3匹目 フリースタイル対決!?俺はディスカス!
「ち、ちゃうんですよプレ子さん!忘れてた、わけじゃないんです!!」
「ウソだ絶対忘れてた!ネオンにばっか気を取られて私の事を放置してただろ!!」
「違いますってぇ!ちょっと優先順位がネオンの方かな?って思っただけで、それならプレ子さんは後でもと思っただけなんです!」
「余計に質が悪いぞ!!」
"──ガブリッ!"
「いやあぁあぁぁ!マジで痛いマジで痛い!!」
利眞守の背後に張り付き、肩から首筋にかけてを容赦なく噛み付くプレ子。
何があったかと言うと、彼女を元にもどす為にネオンを擬人化させたにも拘らず、目的を忘れネオンに付きっきりでいた事に怒っているのだ。
ガサツなプレ子と哀愁漂うネオンなら、どうしてもネオンを優先してしまうのは人の性。
おかげで"どうしたら元にもどるのか"という一番大事なところを完全に見落としてしまっていた。
プレ子の怒りは治まらず、オーバーフローした憤怒の牙が利眞守めがけ、ひたすらに噛み付きまくる!!
おかげで店内の至る所に血痕が付着、利眞守自身も真っ赤に染まっていた。
プレコストムスの歯はコケ類を、石や流木から剥がして食べる為に、鋭く発達している。
その歯は古代魚達の硬いウロコ (ガノイン鱗と呼ばれる皮膚と同化したソレは、強固に連結した重厚構造になっている為、別名を硬鱗と呼ぶ)を削り取ってしまう程に鋭いのだ。
そんなプレ子に噛み付かれれば、幾度となくヒールレスラーに噛み付かれてきた、歴戦のレスラーとて悲鳴を上げずには、いられない。
擬人化した彼女もプレコストスムの例に違わぬ立派な牙を隠し持っており、ソレが利眞守の全身に無慈悲な歯形を刻み込む。
世の中にはチラッと見える尖った八重歯が可愛い!だなんて意見もあるが実際問題そんなモノただの凶器に他ならない事を身を以って実感する。
なにせ、この流血三昧な光景は最早拷問ないし、ただの公開処刑も同じであった。
「うおぉおぉぉ肩がなくなるや、やめれぇぇ!!」
「私を放置した愚行を悔いるがよい!!」
"──ガブリッ!"
「いやあぁあぁぁ!」
その後、利眞守はプレ子の気が済むまで噛まれ続けた。
「お、おのれプレ子!俺は今・・・"ポリプ"の気持ちが・・・い、痛いほど・・・わかる・・・ぞ!」
ピクピクッとなりながら床に這い蹲る半死人の利眞守は、とある水槽に向かってアイコンタクトを送る。
その水槽には通称ポリプと呼ばれるポリプテルス目ポリプテルス科に属する淡水魚ポリプテルスが砂利の上でぽけ〜っとしていた。
そんな事をして何が楽しいのかは、わからないがポリプテルスは約4億年前に現れたと言われる古代魚で生態は肉食性、名前の由来になった"沢山のヒレ"が示す通り、その姿は遥か古の時代に地球上を支配していた、恐竜に瓜二つである。
このように原始の姿を今に残す事こそが、古代魚の魅力と言えるだろう。
その古代魚ポリプテルスの気持ちが分かるとは、どういう意味なのか?
実はポリプテルスとプレコストムスの相性は"最悪"と言われており、2匹を同じ水槽に入れようモノならサイズにもよるが基本的にはポリプテルス側がプレコストムスにピタッと張り付かれ、そのまま皮膚を食い破られてしまうのだ。
詳しくは、よくわかっていないのだが、なぜかポリプテルスはプレコストムスに噛み付かれても嫌そうな素振り1つ見せずに、ぽけ〜っと噛まれ続けてしまう。
知らない人から見れば2匹が、じゃれあっているようにも見えるが、その実は一方的にポリプテルスが大怪我を負ってしまい最悪死亡する事もある。
健気で我慢強い?ポリプテルスに自分を重ね合わせた利眞守は、ボロボロになりながらも気力だけで立ち上がる。
「だぁ~痛いっての!なんか俺さぁ毎度の如く、お前に致命傷を負わされてるような気がするんたが!?」
今だけは威勢良く文句を言いつつも、なんだかんだで最後は利眞守が頭を下げるハメになる・・・人間も熱帯魚も女の子の扱い方はシビアすぎる。
しばらくしてから、ようやく口を聞いてもらえるようになった利眞守はプレ子を元にもどす為の手段を考える。
今度失敗したら利眞守に春は2度と訪れない・・・これ即ち、死あるのみ!
サーッと全身から血の気が引いていくような、青い感覚に襲われながらドリームタブを片手に落ち着きなく店内を徘徊する。
前回は一番安全そうな生体としてネオンテトラを選んだが、次はどの生体にするべきか再び悩み考える。
「自ら爆弾を引く必要はない・・・かと言って地雷に当たってしまっても意味がない・・・さて、どうする?」
いっその事、甲殻類にしてみるか?
だとしたら店内にいるのは"ヤマトヌマエビ"や"ビーシュリンプ"といった淡水エビないし"バンパイアクラブ"や"バルバドスオオオカガニ"といった淡水カニか・・・いや、あえての"アカハライモリ"や"タガメ"もありか?
悩み尽きぬ利眞守は、自分でも気付かぬうちに物凄いスピードで店内を徘徊していた。
その様子を、ずーっと目で追っていたプレ子は利眞守にかまってもらえず、つまらなくなったのか、はたまた新しい遊びでも思い付いたのか一瞬の隙を突いて、彼の手からドリームタブを奪い取り、声高らかに言い放つ。
「オーナーに任せておくと明日になりそうなので、代わりに私が決めてしまおうと決めました!!」
「はっ!?お、おいよせ!やめろ!!そんな事して変なヤツが出てきたら──」
「この水槽に決めた!」
「うぉーい!人の話を聞けぇえぇぇ!」
"タタッ──バシュッ!"
「あっ!」
間一髪!
フタを開けられは、したが中身を水槽にぶちまけられる事だけは阻止できた・・・安堵のため息をついて利眞守はプレ子に向き直る。
すると彼女は、なぜか感心したような表情を浮かべ剰え賞賛の声を送ってきた。
何やら嫌な予感を感じずにはいられない利眞守はやや目線を逸らし、おそるおそるその表情の真意を問い質す。
「・・・如何様な心境の元に、その面持ちを浮かべておられるのかな?」
「なんだかんだ言っても決める時には決めるだなぁって感心してる顔。しかも中身だけを器用に水槽に入れるなんて、さすがはオーナーって感心してる顔」
「はっ!?」
なんとなく分かってはいたが、自らの意思で拒絶していた現実を宣告されてしまう。
振り返れば、そこに転がるタブケース。
その前方には大口を開けた水槽が1つ。
プレ子の話によれば空中で飛び散ったドリームタブは誰に躊躇う事もなく、我先に!とその水槽に飛び込んで行ったらしい。
一体何の水槽に入ったのか大至急確認すると──
「げえぇ!?コイツは!!」
"──パアアァアァァァ!!"
「くっ!!」
「眩しいぃ!!」
ネオンの時と同じく水槽が眩い輝きを放ち始め、光に包まれたソレが飛び出して来る。
"──トゥクドゥク!──テーテテテーテーテーテテテー!"
刹那、店内に謎のミュージックが鳴り響く!
何がなんだかさっぱりだが最初のスクラッチ音に、この独特のリズムは・・・まさかDJ!?
ようやく静まった光の中から現れたのはタボッとした衣装にキャップを決め、大きめのサングラスにジャラジャラとしたチェーンネックレスをした、典型的な悪そうなヤツである。
そして手に握られているのは・・・マイク!?
そういう事か・・・理解したぞ!
コイツの正体は──
「Hey yo俺は"ディスカス"おめぇの口は単なるbig mouth?切れ味よすぎる言葉の刃が一刀両断叩きKILL!鳴かぬホトトギスも俺を前にして狂ったようにリズムを刻む!力の差は最早歴然だから俺の勝利は疾うに必然!勝った者が常に正しい?ならI'm a winner俺は常に楽しい!墓標に刻む名前などいらねぇ!心に刻むぜ音とリズム!yeah!!」
「やっぱりラッパーかよ!?しかも挨拶がてらのフリースタイルって、なにこれは?ディスカスとディスリスペクトをかけてんの!?ディスってんの!?」
yeah!なポーズを決めたラッパーを横目に、なぜか利眞守は軽い会釈をして、そそくさとプレ子に駆け寄り、当然の権利とばかりに文句を垂れる。
このタイミングでラッパーが出て来るとは思わなかったし、出てほしくもなかった。
ヤツが出てきたのは80%がプレ子のせいだ!
しかも相手は対処法不明の完璧クレイモア!!
さぁプレ子!この落とし前どう付けるつもりだ!?
答えを、お聞かせ願おうか!
焦り25%、戸惑い25%、怒り50%の割合で構成された、その表情を見たプレ子はポンッと彼の両肩に手を起き、衝撃的な一言を放つ。
「大切なのは気持ちだ!頑張れ!!」
ま、丸投げ・・・だと!?
この痴れ者めに無法を示されては、さすがのアクアリストと言えども沸点を超える!
ピンッと張った1本の糸が、甲高い音を立てて切れたかのように利眞守のリミッターが弾け飛ぶ!
この世界には武闘家、軍警察、裏武術界の猛者達の間で、実しやかに噂される一子相伝の体術が存在する・・・禁じ手中の禁じ手とまで謳われた、その名を"禁じ手殺法アクアリウム四十八手"!
その正統伝承者の名を戦場利眞守!
禁じ手中の禁じ手、熱帯魚相手に解禁!
「ぬぅあぁあぁぁ!プレ子オォォ!!」
"ガシッ!"
プレ子の右脇に自身の左腕を通し、右腕を股ぐらに通して彼女を持ち上げ、ちょうどボディスラムのような体勢を取る。
その状態から勢いをつけて反時計回りに180度回転、遠心力で浮いたプレ子の体を自身の頭上まで持ち上げる。
そのまま全体重を右足にかけ、自身の左腕で彼女の左腕を、右手を使って腰部をしっかりとロックする。
後は全身のバネと筋力を使って前方へ投げ飛ばせば──
「禁じ手殺法が1つ!ギュンター式トラジディ・インパクト!!」
"──バヒュウゥウゥゥン!──ドグゥオアァン!!"
「にゃああぁぁあぁぁぁ!?」
カタパルトから発射された飛翔体が如き安定性と速度で、水平に投げ飛ばされたプレ子は成す術なく、壁に叩きつけられた。
壮絶な断末魔を最期に彼女は白目を剥き気絶してしまう。
禁じ手殺法・・・恐るべし!
「あうぅぅ・・・」
"──トゥクドゥク!──テーテテテテテテー!"
「ディスった俺がイケねぇのか?ディスられたおめぇがイケねぇのかぁ?答えなんてモンは1つだろanswer!no more music!ノリきれねぇヤツぁ屍も同じ!全ての武器をマイクに替えて言葉の弾丸放つ者がhero!わかってんならさっさと奏でな!かませの片言カスラップ!」
状況を知ってか知らずかラッパーディスカスがフリースタイルで攻撃してきた!
ディスカスはスズキ目シクリッド科シムフィソドン属に分類される南米原産の熱帯魚で、扁平な円盤状の体を持つ事からその名が付けられた。
また背ビレと尾ビレが長く、美しい模様を持ち"熱帯魚の王様"の異名もあるが飼育の難易度は、やや高い生体とも言える。
その他の特徴としては稚魚を育てる際に親魚は"ディスカスミルク"と呼ばれる粘液を分泌し、稚魚はソレを吸って成長する。
つまりディスカスの稚魚を育てる場合、親魚と隔離しない方が良いと言う事だ。
そんな愛と魅力に溢れるディスカスだがシクリッド科は獰猛と、アクアリストの間では認知されており、混泳させる際には注意を必要とする一面もある。
その獰猛性が攻撃的なラップになって表れているのか?
とにかくコイツはディスカスの困った部分だけが表面化しているようだ。
「Hey come onどうしたカモ野郎?俺を前にして既にお手上げ?腹ごなしにもならねぇ相手に俺の空腹は満たされねぇ!つまり俺はお腹ペコペコおめぇは俺に頭ペコペコ?媚び売る弱者の腑抜け面!持ち得る言葉は全て筒抜け!対する俺には抜け目がねぇ!」
"ブチッ!"
無責任なプレ子に続いて人の苦悩など、おかまい無しなディスカスを前に利眞守最後のリミッターが崩壊する。
刹那のステップインから一瞬にしてディスカスのマイクを奪い取るとソレを天高く掲げ、店内にあのミュージックが流れ始める。
"──トゥクドゥク!──テーテテーテテテーテテテー!"
「俺は遠慮を知らねぇexecutioner!選ぶが良い!従順か死か!」
"──ガッ!──グゥワン!!"
「ディス!?」
マイクを片手にディスカスにヘッドロックを決め、そのまま相手の首を軸に180度回転。
互いが反ったまま上を見上げる体勢となった。
「ルールは全て俺が決める!別け隔てなく支配する!いいかよく聞けたわけ共!俺の戯れに付き合いてぇならテメェら全員死ぬ気で来い!」
"──ググッ!──ブワァ!"
「ディーース!!」
右腕でしっかりディスカスの首をロックした状態で左手で相手の腰を掴みブレーンバスターのような体勢でディスカスを持ち上げ、相手の両足が真上を向いたところで動きを止める。
そしてマイクを片手にフリースタイル!
「おっとこりゃ失礼戯れすぎたぜ圧倒的な力量を前にテメェは既にdrop out!坊っちゃんvs無敵の僕ちゃん!ぶっきらぼうにリズム刻みながら問答無用で口から暴力!」
"──シュバッ!!"
「ディーーーース!!」
"──ドグゥアァアアァァァン!!"
素早くロックを解除してクイックターン。
ディスカスの背後から両脇に腕をまわし、相手の背中で合掌をするような体勢のまま跳躍。
なんとも珍妙なブリッジを描きながら、相手の脳天を床に叩き付け、そのままディスカスは突き刺さった。
「決まり手は禁じ手!ギュンター式菩薩落としyeah!!」
マイクを高々と掲げた利眞守は瞬く間に2匹の屍?を築き上げた。
これでディスカスも少しは頭を冷やしてくれれば良いが・・・。
激闘から数分後、最初に起きたのはプレ子だった。
「うぅ~ん・・・クラクラするぅ~・・・」
「う〜む、ちとやり過ぎたか」
プレ子に歩み寄り、優しく支えながら座らせる。
彼女の肩に手を当てた時ふと"そう言えば俺からコイツに触ったのって、これが初めてだな"と、自分が今まで擬人化した生体達には極力触れないようにしていた事を思い出した。
その理由は"体温の違い"にある。
水生生物は基本的に温度の低い水周りに生息している(熱帯魚でさえ24~26度の水温)が故に、平均体温36度以上の人間がむやみに触れると生体達は火傷を負ってしまうのだ。
火傷した生体は保護粘膜が剥がれ、細菌等に対する免疫が無くなってしまい最悪は死亡する事もある。
なので基本は間接的に触れるか、やむを得ない場合でも、水などで手の表面温度を下げてから触れるのがアクアリウムのマナーでありアクアリストの鉄則。
その姿こそ違えど、迂闊にも鉄の掟を破ってしまった利眞守は少し動揺していた。
「おい大丈夫か?まぁ8割お前のせいだけど、さすがにな・・・それと俺の手は熱くないか?」
「大丈夫・・・オーナー温かい・・・」
コイツは驚いた。
先の惨劇を彷彿とさせる噛み付き攻撃をしてくるかと思いきや、なんとプレ子は彼に寄り添うようにして、もたれ掛かってきた!
やはり禁じ手のダメージが残っているのか?
若干の不安を感じる利眞守だが、それと同時に妙な高揚も感じていた。
なぜだかプレ子を意識してしまう。
彼女の髪の毛1本から、息づかい、細かな仕草まで、その全てが気になってしまう。
プレ子って、こんな匂いだったのか・・・元が熱帯魚だからエゲツない程、泥臭いモノかと思っていたのだが全然そんな事はない。
むしろ・・・顕然たる"女の子"の匂いがする。
"ドキドキ・・・ドキドキ・・・"
「・・・うぉわっ!?」
「オーナー?」
「あっ?いや・・・なんでもないぞ?」
(あ、あぶねぇ!お前の事をちょっとだけ可愛い、とか思っちまったなんざ絶対言えねぇ死んでも言えねぇ!しかもそう思った自分自身に驚いたなんて事・・・言える分きゃねぇだろうがぁ!!)
彼は"プレコストムス"を愛でる事はあっても"プレ子"にそういった感情を抱いた事はなかった。
なぜならそれはイケナイ感情だと考えているからだ。
それなのに今のプレ子を見ていると"ソレはダメだ!"と自制していた感情が大きく募っていく。
何がキッカケで何がどうなるかなんて誰にも分からない事だが、少なくともコレを悪いキッカケだとは思っていない。
ディスカスの登場、プレ子の投げやりな対応、必殺の禁じ手殺法。
その全てが、今に繋がっていたのか?
運命なんてモノは信じないが理論では説明できない事もあるとか無いとか。
片膝を立てプレ子と寄り添いながらも、躍動するドキドキを悟られまいとする利眞守は、絶妙な距離感を保ちながら1人そんな事を考えていた。
「ディ・・・ディース・・・」
それからほどなくして床に突き刺さってたディスカスも意識を取りもどしたようだ。
ゆっくりプレ子から手を離すと今度はディスカスの元に歩み寄る。
「お、おい・・・お前も大丈夫か?」
視線を落とし、背を向けたままのディスカスに声を掛ける。
埋まった頭を自力で引き抜くとディスカスは片膝を着き背中で喋りだす。
「す、凄まじいラップだ・・・実際に殴られたかと錯覚しちまったぜ」
「いや、殴っちゃないけど実際に投げたし・・・」
「ふっ・・・上には上がいるって事か。フリースタイルなら自信あったんだがな」
「いやいやフリースタイル関係ないかんな?ただの投げ技だし」
「あ~ぁ・・・結局、俺は何やってもダメだな」
「おい大丈夫か?今のはマジでフリースタイル関係ないぞ?」
「ダッセェな俺!周りと同じ事をするのが嫌で意気がってラッパーまがいの事をしたってのに・・・いつも俺はこうだよ!何やっても結局はボロが出て・・・自分が嫌になるぜったくよ!」
「お、おいディスカス大丈夫か!?」
先ほどまでの勢いがウソのように・・・と言うよりも別個体のようにネガティブ発言を繰り返すディスカスを見て、さすがに心配になった利眞守は、そっと彼の表情を覗き込み言葉を失った。
声にならない驚きの声をあげる利眞守の様子が気になったのか、プレ子もちゃっかりディスカスの表情を覗き込み言葉を失った。
"またその反応かよ・・・"と言いたげにアンニュイな笑みを浮かべるとディスカスは、ゆっくり立ち上がり2人に顔を向け、改めてマジマジとソレを見た利眞守とプレ子は声を揃えて同じ発言をした。
「なんて、つぶらな瞳なんだ!!」
「なんて、つぶらな瞳なんだ!!」
禁じ手によりサングラスを吹き飛ばされたディスカスの素顔・・・虚勢と見栄で塗り固め、悪というメッキで隠されたその眼は、汚れを知らない無垢な輝きを放っている。
ダボッとした悪ファッションとのギャップが、エゲツない程の違和感を醸し出しながら2人の度肝を抜いた。
「笑いたきゃ笑えよ・・・俺は周りのヤツらとは違うと信じて意気がってきた。誰の言う事にも耳を貸そうともしなかった。でもソレは現実から・・・いや、本当は自分自身から逃げてただけなんだよな・・・何も出来ない自分が嫌いで、何の取り柄も無い自分が嫌いだった。そして何事もない一生を何事もなく終えていくのが怖かったんだ・・・俺はただ認めて欲しかったんだ。1匹のディスカスではなく"俺自身"という存在を認めて欲しかっただけなんだ」
驚きを隠せない、なんともマヌケな顔を晒しながら利眞守とプレ子は相も変わらず言葉を失ったままだった。
なんて声を掛けたら良いのか分からない程ディスカスは・・・もうなんて表現したら良いのかさえ分からない状態になっていた。
ハッ!と我に返った利眞守がパンパンッと気付けしたのを見てプレ子もマネをする。
「まぁ・・・なんだぁディスカスさんよ?とりあえずグリーンスムージーがあるから・・・ソレでも飲みながら語らおうぜ?」
少し前の話だが、擬人化したプレ子がアカムシやコケを食べないように試行錯誤の末グリーンスムージーを与えたところ、彼女はソレをお気に召したのか常食するようになった。
それ以来利眞守は"擬人化した生体にはグリーンスムージー!"という1つの結論を出した為、店内の冷蔵庫には野菜と果物が常備されるようになった。
あくまでグリーンスムージーは"擬人化した"生体に対してのモノなので、普通の水生生物にあげてるなんて話は聞いたこともないし、彼自身あげようとも思っていないがアクアリウムの新たな可能性として利眞守のリストには追加された。
"キュイーーン!──ガガガガガガ!"
倉庫と化していた店内地下フロアの一画にメンバーを集めると、小さなちゃぶ台を囲むように座らせ目の前でスムージー作製を実演する。
今回はリンゴ、トマト、ブロッコリー、枝豆、小松菜を混ぜた渋めのスムージーを作り、ディスカス、プレ子と自分用にグラスを分けて振る舞い、さっそく味をチェックする。
"ズズッ・・・"
「・・・うむ悪くない。皆の衆も遠慮せずに飲むが良い!」
その言葉を合図にビシッと正座をしたプレ子が伝説の茶人のような表情でグラスを手にして口に運ぶ。
「・・・2点!」
「毎回思うけどその判断基準は何ですの?俺のスムージーがお前のジャッジで5点以上を取った事が1度もないんだが・・・ちと辛口過ぎんでねぇの?」
スムージー評論家のプレ子さんに辛口評価を受けた利眞守は、今回の主役ディスカスにも2点のスムージーを飲んでみるように促した。
ネオンの時もそうだが、まずは話を出来る環境作りから始めなければならない。
"ズズッ・・・"
「・・・」
「どうよ?2点のスムージーの味は?」
「・・・うぅっ」
語り掛けるや否や、涙ぐむディスカス。
「うぉ!?やっぱり2点は口に合わなかったか!?」
「ぞんな事"ない・・・うめ"ぇ・・・うまずぎる!ただ、ぞれ以上に兄さんの優"しさが・・・うぅっ・・・沁み"るんだよ!」
アウトローなオーラを纏い、他を寄せ付けなかったラッパーディスカス。
しかしフタを開けてみると中身は人情味溢れる超良い子・・・コイツはギャップの塊か!?
絶え間なく襲いかかる衝撃の数々に、利眞守とプレ子の処理能力は限界を迎かえていた。
「そ、そうか?まぁスムージーは、まだまだあるから落ち着くまでゆっくりしてると良い」
「兄さん・・・ぢぐしょう"!こんな俺"に優しすぎるぜぇ!!」
一気にスムージーを飲み干すディスカス。
悪ファッションに身を包んだラッパーが感情を爆発させ涙、鼻水なんでもござれな姿を見て、さすがのプレ子もちょっと引いてるようだ。
それから何杯のスムージーを飲んだだろう?
ようやく落ち着きを取りもどしたディスカスと改めて話し合うべく向き直る。
まずは悪ぶったラッパーと化していたディスカスを理解してやる事が大切だ。
「えぇと・・・ディスカス?なしてお前さんラッパーなんぞに?」
「俺は今まで周りのヤツらと同じように同じ事をしながら生きてきた。誰かに教えられたわけでもないのに延々と同じ事を一切疑う事もなく・・・だけどある日、俺は気付いたんだ」
「ラッパーになるって?」
プレ子がディスカスの話を遮るように口を挟んできた。
悪気はなくても、こうやって流れを止めてしまうヤツというのはドコにでもいるモノだ。
利眞守は無言のまま彼女の頭を上から押し下げ、何事もなかったかのように無理矢理黙らせた。
「・・・そうじゃないんだ。見ての通り俺はディスカスとしては模様も綺麗じゃないしスタイルだって悪い。そんな俺は周りから"出来損ない"として扱われてきたんだ」
「周りにいたディスカスってのも情けないヤツらだ。ソレを"個性"として捉える事が出来ないなんてな」
差別は人間だけの問題じゃない・・・同じ仲間が集まってグループを形成すれば必ずドコかで綻びが生じる。
つまりは同志達が集まり、作り上げた社会或いは秩序といった1つの世界が歪むという事になる。
歪んだ世界において100%の安全は存在しない。
では安全を確保するにはどうするのか?その答えは簡単。
自分の身を守る為に、自分以外の"何か"を共通の敵にしてしまえば良いだけだ。
すると、その"敵"を攻撃する為に自分と周りの仲間達は共闘する事が出来る。
そして共に敵を攻撃している間は、自分が敵になる可能性は限りなく0%に近づく。
ソレはある意味での防衛本能なのかも知れない。
「ドコへ行っても俺は省かれてきた・・・そんな俺が周りと同じように生活していくなんて出来やしなかったんだ」
「・・・」
「そんな環境の中にいた俺は次第に荒んでいったよ・・・周りが憎かったし周りと違う自分が憎かった!そして俺は周囲を傷付ける事で自分が傷付かないように逃げていた!でも・・・それは何の解決にもならなかった」
「・・・」
「なら俺は"俺"という存在であり続ける事に意味なんてあるのか?そもそも"俺"とは何なんだ?わからなくて・・・怖くて・・・不安で俺は・・・」
利眞守は知っていた。
今のディスカスのように何も信じる事が出来ず、周りを憎み恨み"こんな世界などクソ食らえ!"と憂いてしまう、その本当の原因を。
それは"自分に自信が持てず、自分自身を信じられない"状況が出来上がってしまっている事にある。
そして厄介なのは、それを"本人自身が気付いていない"事であると。
だからこそ周りが助けてやらねばならない・・・利眞守は誰よりもソレを理解している。
「俺にもあった・・・そういう時が・・・俺も周りから、ずいぶんと理不尽な仕打ちを受けたモンさ」
「兄さん・・・?」
「なぁに俺は周りの連中と比べると、少し唐変木だったらしい」
「少しじゃないよ!かなりだよ!!」
"──グイッ"
「うにゅうぅぅ・・・!」
唐変木という言葉の意味もわからないのに、とりあえずプレ子は口を挟んでみる。
案の定、利眞守に押し下げられ黙らされた彼女は、なぜか悔しそうな顔をしながら"また乱入してやる!"と自らに誓い虎視眈々とその機を狙う事にした。
「まぁとにかく周りと違うヤツってのは"いい的"になっちまうのよ。もしかしたらソレは自分に無いモノを持ってる相手が羨ましくて、やっかんで攻撃してきているだけの、つまりは無い物ねだりの駄々っ子ちゃんってヤツなのかもな」
「俺は兄さんと違って余裕を持ったまま周りを見る事が出来ない・・・兄さんみたいに強くないんだ・・・!」
「焦りなさんな。全ては"キッカケ"だよ」
彼の言う"キッカケ"とは一体?
「当時、学生だった俺は人と関わるのが嫌いでね。ドコへ行っても独り、ドコへ行っても孤立してたし俺自身もソレを望んでそういう環境を作ってたんだ。本当に友人と呼べる相手は2、3人居たかどうかレベル。でもそんな俺はヤツらの・・・まぁ同学年の不良君達の事だわな。ヤツらの目には良い遊び相手に見えたんだろう。その時の俺は他人の顔色ばかり伺って自分の意見も言えないような奥手だったんだ。それに加えて自分の世界に閉じ籠り好きな事にしか興味がなく、人付き合いよりソレを優先してるような男だったんよ。まぁソレがダメだったとは今でも思っちゃないけど・・・完全に"イジってくれぇ!"って言ってるようなモンだよな?いや~懐かしい懐かしい!」
いつもの適当な口調で過去を語る利眞守だが、彼にとってソレは思い出したくもない過去のハズ。
なのになぜ笑いながら自らの古傷を抉るようなマネをするのか?
「そんでもってのある日ね。ドコで知ったんだかその不良君達が俺の部屋に乗り込んで来ちゃったのよ。なんでも俺と遊ぶ為だとか言ってたな・・・もちろん当時の俺に拒否するなんて選択肢は無かったからヤツらの好き勝手、俺の部屋は一瞬のうちに無法地帯の世紀末」
「ひでぇ話だ・・・」
「正直自分に対する痛みになら俺はいくらでも耐えれた・・・もしかしたらソレが既にダメだったのかもな?耐える事に慣れて耐える必要なんてなかった事に対しても"それが、いつもの事だ"と我慢してたのかも知れない。そしてヤツらは・・・面白半分に俺の"大切なモノ"に手を出した」
「大切なモノ・・・!」
聞かなくてもわかる。
今も昔も利眞守にとって大切なモノとは自分の世界であり、それはイコールでアクアリウム・・・つまりは水生生物の入った水槽の事だと。
故にディスカスとプレ子は反応した。
「目の前で水槽をぶちまけられた俺は、初めて本気で怒り他人に刃向かった!だが結果は惨敗・・・俺は全てを失った気分になったよ。ピチャピチャっと跳ねるクチボソ達が次第に動かなくなっていくのを見せつけられ・・・悔しさと怒りの入り交じったドス黒い血の涙が両目から溢れてくるのが自分でもわかった。そしてヤツらにも同じ思いを・・・いや、それ以上の!それこそ、この世で最も残酷な手段で殺してやろうと──」
「もしかしてオーナーの"キッカケ"って──」
プレ子が不安そうな声で尋ねるが利眞守はチチチッと人指し指を横に振った。
その顔は結論を行き急ぐなと言わんばかりの余裕がある。
「自暴自棄になってた俺は、その後もヤツらの遊び相手として散々な日々を送っていた。生き地獄と表現するのが最も似合うような毎日だった。だがそんな時、俺は奇妙な偶然から、今にも逝っちまいそうな1人の爺様と出会った。そんで、その爺様の口から出た言葉が"禁じ手殺法アクアリウム四十八手"だった。まさに神の御告げだと思ったよ・・・ヤツらを殺せと天が俺を導いてくれているような、ある意味地獄の日々に一寸の光明が射し込んだが如き嬉しさと喜び・・・否、狂喜とでも言うべき感情が俺の中に満ち溢れた。そしてヤツらを地獄へ葬り去る為に──」
「やっぱりオーナーは・・・」
「だぁ焦りなさんなっての。確かに俺は禁じ手殺法を習得して、ヤツらを徹底的に叩き潰した。それこそ泣きながら許しを求めて来ても俺は躊躇せず、一切の手心を加えずに復讐を続けた。気付いた時には俺の全身はヤツらの返り血で赤黒く染まってた。半ば楽しみながら復讐の免罪符を掲げていた俺は"ある事"に気付いた。そんでソレが俺の"キッカケ"になったんだ。禁じ手殺法を習得した俺にとって最早ヤツら程度、相手じゃなかった。俺は今まで、こんな弱いヤツらに怯えてたのかと思えるようになったんだ」
「暴力に暴力で打ち勝っても何も変わらない・・・オーナーならそう言うと思ったのに・・・」
悲しそうな目でプレ子は彼を見つめている。
その様子を見た利眞守も一息つき、改めて彼女達に向き直り、キャップに隠された目をカッ!と力強く輝かせ話を続けた。
「そうだプレ子の言う通りだ。大切なのはヤツらを叩き潰し復讐出来た事じゃない。恐怖の象徴だったヤツらを"大した事ない相手"だと思えるようになった事が肝心なんだと思う。これはヤツらが変わったんじゃなく俺自信が変わったから、モノの捉え方が変わったんだ。もしかしたら自分の暴力を正当化しているだけだと思うかも知れないが、物事には端からわかる事と、行動している途中にわかる事と、行動し終わり結果が出た時にわかる事があると俺は考える」
「兄さんが変わったから周りが変わった・・・」
彼の話を聞いてディスカスには思うところがあったようだ。
その僅かな変化を感じ取った利眞守は、ここらで話を締める事にした。
「っとまぁ俺の話ばっかで面目ない!その後は周知の通りアクアリストの知識や経験を武器として、さらには禁じ手殺法という最終兵器があるから大丈夫だ!って余裕に繋がるのさ」
「・・・言ってる事も、よくわからないしオチとして締まらない!」
そしてプレ子もこの瞬間を待っていた!
彼の身の上話が終わったら、すぐさま乱入すると決めていたのだ!
だが、この乱入は良い意味でベストなタイミング。
若干ナーバスになっていた場の空気を一撃で打ち砕き、いつもの騒がしい店内の雰囲気に変えたのだ。
その流れを止める必要はないと利眞守も、いつものノリと勢いでプレ子に返した。
「なにぃ!?語るも涙、聞くも涙な俺の壮絶なる実体験になんて事言うんだ!また荒れるぞ嵐が吹くぞ!」
「締まらないから締まらないって言って何が悪い!?オーナーの話は毎回よくわからないしキレイに着地する事が少なすぎる!分かったか!!」
「この痴れ者め!禁じ手殺法掛けたろ──」
"ガブリッ!"
「いやあぁあぁぁギブギブ!参りましたぁ!!」
「先手必勝!思い知ったかオーナーめ!!」
いかに禁じ手殺法の使い手であろうともプレ子の噛み付きには、お手上げのようだ。
それでもめげず、プレ子の攻撃に耐えながらディスカスにアドバイスを送る。
「ディスカス!形はどうあれ、お前は自分を変えようと行動している!良いと思うぜラッパー!ソレがお前の"キッカケ"になると俺は信じている!だが周りを攻撃する事だけがフリースタイルじゃない!要は周りと違う、お前にしか魅せれない事をやるんだ!出来るか出来ないかは、やってみなきゃわからないし、やった本人にしかわからないけどその価値は十分にあるぜ!」
「あ、兄さん・・・」
例え、よくわからない内容の話しだったとしてもソレが僅かでもディスカスの"キッカケ"になってくれれば良いのだ。
"辛いのはお前だけじゃない!"なんて無責任なアドバイスよりも"俺にも辛い事があったけど、こうして、こんなんして、こうやって乗り越えたんだ!"と少しでも相手の心境に踏み込めれば、そっちの方が数億倍マシだと思う。
だからこそ利眞守は、かつての古傷を堂々と抉り、その中に蠢く汚いモノから何から何まで全てぶちまけたのだ。
"──ガブリッ!"
「あ"あぁ"あぁぁ"ぁぁ"!いつまで噛み付いてんだ!」
「周りと違う俺だからこそ出来る事がある・・・そうか・・・兄さん!俺、変われるかな?こんな俺でも変われるのかな!?」
「あぁ変われるぜ!生まれ変わっちまおうぜ!!」
「ありがとう・・・兄さん」
それから一同はディスカスの"変わりたい"という願いを叶えるべく行動を始めた。
どう変わりたいのかは全てディスカスに任せて利眞守とプレ子は、その手伝いだけをする。
最初に行動を開始したのは利眞守。
彼はディスカスの"ある要望"に応える為、店内で一番広い地下フロアを片付けながら、数少ない知り合い達に片っ端から連絡を取っていた。
「おいコラァ万年平社員お前どうせ暇だろ!分かったら明日の午後2時に店に来い!以上!!」
「以上じゃねぇよ!いきなり、わけのわかんねぇ事言ってねぇで説明くらいしろって──」
"ガチャ!──ツーツーツー・・・"
「マジかよアイツ・・・クレイジー過ぎねぇか?」
"プルル・・・プルル・・・──ガチャ"
「うぉーい!お前も暇だろ!?明日の午後2時に店で待ってるぞ!以上!!」
"ガチャ!──ツーツーツー・・・"
「あらあら今度は何を仕出かすつもりかしら?」
"プルル・・・プルル・・・──ガチャ"
「Я жду в магазине в 14:00 завтра!Приезжайте если вы понимаете его!Конец!!」
(訳:明日の午後2時に店で待ってるぞ!わかったら来い!以上!!)
"ガチャ!──ツーツーツー・・・"
「Вы игнорируете мой план?」
(訳:コチラの予定は無視ですか?)
「よっしぁ!まだまだ行くぜ!!」
利眞守が携帯を片手に奮闘している頃、プレ子達は──
「何をどうしろって言うんだ!こんなモノ触った事もないのにオーナーはバカか!!」
「姉さんは姉さんの思った通りにやってくれれば良いんだ。本能でやってほしい!」
「私の本能?う~ん・・・本能的にコレを拒否しているような気がするんだけど・・・だって私っぽくないんだもん!」
"ガンガンッ!"
「ちょ、あ姉さん!本能でとは言ったけど叩くのは使い方が違う!!」
コッチはコッチで大変そうだ。
果たして彼らは何をしようとしているのか?
その答えは明日の午後2時に分かるとして、今は出来る事を精一杯やるだけだ。
「オーナーのバカァ!!」
"──ガンガンッ!──ギリギリ──ガッ!"
「壊れる壊れる!姉さんストップ!!」
それからあっという間に時は流れて今日は昨日に、明日が今日となりその日の午後2時が訪れる。
時計の針と、にらめっこしながら今や遅しと利眞守が徘徊する中、彼を焦らすようにして、呼び掛けに応えた知り合い達が、ゆっくりとアクアリウム・バックヤードの前に集まってきた。
飽きるまで見慣れた顔ぶれを発見した利眞守の表情は、キャップに隠れてはいるものの無垢な笑顔を浮かべている。
それはディスカスの為のモノでもあり"俺の人望もまだ捨てたモンじゃないな!"という表情から来るモノだった。
「おー!よう来たのぅ!!正直本当に来るか、わからんでしかし不安だったんがな」
「相変わらず、めちゃくちゃな喋り方ね。あなたはドコの人なのかしら?」
喜びを全身で表現する為、バク宙を繰り返す利眞守。
最早サルと同等どころか、その領域である。
自国の言葉さえ、あやふやな猿眞守を保護者的な目線で心配しているのは才色兼備の学級委員長こと御堂千春。
「良いか!俺が今日来たのはお前に文句を言う為であって決して暇な分けじゃない事を──」
「さすが暇人!誘って来ないハズがない!」
「はっ倒すぞテメェ!?暇じゃねぇって言ってんだろ!」
千春の傍らで、いきなり悪態をついているのは、互いに無二の悪友と認め合う、喧嘩倶楽部総本山13代目頭こと千芭政宗。
「ふふ・・・利と政が揃うと、どんな場所でも一瞬でうるさくなるわね」
「お前がそうやって煽るから政宗がヒートアップしちまうんだろ。つまり全部お前が悪い!」
幼き日にもどりて年甲斐もなく戯れる3人。
まさに"君子の交わりは淡きこと水の如し"とは、この事かと思い知らされる。
"大人の器"を与えられた少年少女達は目紛しく変化する時代の中において、変わらぬ事の素晴らしさを訴えているかのようであった。
変わらぬからこそ、いつまでも語り伝えられていくモノだけど、変わっていく事で生まれるモノある。
政宗と千春から利眞守を切り離すように、新たな風が吹き抜ける。
「Это одностороннее обещание・・・Я пришел?」
(訳:一方的な約束でしたが・・・ちゃんと来ましたよ?)
「Долго ждали!Человек в той же самой профессии!」
(訳:待ってたぜ!同業者さんよ!)
そこに現れたのは白銀の頭髪にトパーズ色をした綺麗な瞳。
白いシャツと青いジーンズ、薄茶色の靴がパーフェクトなルックスを、さらなる高みへと昇華させる。
祖国の雪を散りばめたような白く透き通る肌に甘いマスク。
利眞守を以ってして同業者と言わしめた男の名はロシア出身のイケメンブリーダー。
その名を"михаил ростиславович драгунова"。
国を越え、人種を越えた利眞守の繋がりに政宗は心底驚いた。
ちなみに彼の名前がこんなに長いのは、苗字と名前以外に父称というモノが含まれているからで彼の場合だと名前がмихаил。
苗字がдрагунова。
父称がростиславовичとなる。
なので呼び名としてはмихаилかその愛称形のмиша。
もしくはдрагуноваと呼ぶのが良いかも知れない。
しかし、それ以上に驚愕だったのは──
「オイオイ今のはロシア語か?なんだってアイツ、ロシア語なんか喋れるんだよ?日本語すら危ういクセに」
「彼にロシア語を教えたのは私よ?」
「千春が?」
同類が流暢なロシア語を喋っている事だった。
発音に独特の癖を持つロシア語を聞き取り、理解し、使いこなし、それを相手に理解させて言葉のキャッチボールをしている。
幻の珍獣を見つめるような顔でフリーズした政宗を見て、利眞守は早うと急かす。
「コラァ!そこの万年平社員と万年委員長は何をコソコソ密会してやがる!?早く店内に入ってください!!」
「・・・ロシア語より先に日本語を教えた方が良かったんじゃ?」
「かも知れない・・・困った人だわ」
数少ない知り合い(総勢5人)に連絡して結局集まったのは3人のみだが、これで十分だ。
後はプレ子とディスカスが抜かりなくやってくれてる事を祈り政宗、千春、ミハイルを店内に押し込んだ。
「相変わらず狭い店だなおい!」
入るや否や、さっそくケチをつける政宗だが、むしろ2人の関係からすると文句を言わない方が失礼にあたる。
要は利眞守と政宗だけの形式美と言うヤツだ。
実際のところ普段生活している中で、ここまで多くの水生生物達に囲まれるという状況は、なかなか訪れるモノでもないし、陸の孤島という開けた土地に構えるアクアリウム・バックヤード店内は狭いどころか、むしろ無駄に広いレベル。
文句を垂れつつも政宗は若干テンションが上がっていた。
そしてテンションの上がっているのは他の2人も同じでようで──
「Хорошее качество воды」
(訳:良い水質ですね)
同業者ミハイルは生体よりも、その水質に着目していた。
事実、水質の違いがアクアリストとしての実力を決定づけると言っても過言ではないこの世界において大切なのは1にも2にも環境、即ち水質である。
その証拠に利眞守が管理する、全ての水槽からは悪臭などは一切感じらず、それも水面ギリギリまで鼻を近付けて微かに"土のような匂い"がする程度である。
これは悪臭の原因である食べ残し、排泄物、藻類を分解しながらバクテリアが活発に活動出来る環境が完成していて、水質のバランスが取れている事に他ならない。
なので、やたらめったら水槽の水を取り換える事はオススメしないどころか愚の骨頂とでも言うべき行為である。
プロの目から見ても非の打ち所がないアクアリウム・バックヤードの水槽群は、素人目にもわかるレベルの完成度を誇っている。
そんな中、千春が食い付いた水槽はコレだった。
「あら?この子・・・すごく可愛い」
「お目が高いな。ソイツは"コリドラス"っつって熱帯に生息するナマズの仲間だ」
「じゃあコリちゃんだ。チュンチュン♪」
水槽越しにコリドラスを指の腹でツンツンしてみる。
「千春って、たまに不思議ちゃん補正入るよな?」
コリドラスを夢中でツンツンする千春を政宗が小バカにするが──
「けっ!これだから万年平社員はダメなんだよ!ソイツは"コリドラス・アエネウス"っつう種類で通称"赤コリ"の名で呼ばれてんの!だからコリちゃんでも間違いではない!!」
「そー言う事を言ってんじゃねぇんだよ!?」
なぜか利眞守に小バカにされてしまった。
彼らの悪い癖で1度脱線してしまうと、なかなか本線に復帰出来ず、そのまま突っ走ってしまうという習性がある。
特に利眞守は今回の主催にも拘らず本来の目的をすっかり忘れていた。
「Этот водяной бак・・・」
(訳:この水槽は・・・)
暴走した主催を片目にミハイルが再び足を止める。
それは以前利眞守がネオン達の為に作った、ブラックウォーターと流木で構成されたアマゾン水槽だった。
「Красивый・・・Черная вода и тетра」
(訳:美しい・・・ブラックウォーターとテトラですね)
普通なら無色透明な水槽の中に入れ、よりクリアな状態で生体を見たいと思うところだが、そこはアクアリストの感性。
ミハイルが食い付いたのは見栄え云々ではなく、この水槽の環境を見ての事。
より自然な姿で泳ぐテトラ達を見ての事なのだ。
「Это специальный водяной бак」
(訳:ソイツは特別な水槽なんだ)
「Что вы имеете в виду?」
(訳:どういう意味ですか?)
「・・・Теперь я не могу сказать」
(訳:・・・今は言えねぇな)
「Я понимаю я чувствую доброта от этого водяного бака」
(訳:分かりました。でもこの水槽からは優しさを感じます)
「ムダに感慨深いヤツめ・・・」
"さすがはミハイル"と感心しつつも警戒する利眞守。
彼は日本に来て既に数年になるのだが、未だにロシア語しか理解出来ない為、聞かれたくない呟きや愚痴なんかは全て日本語で話せばいい。
もっとも日本語を覚えられないのではなく、覚えようともしないミハイルもミハイルなのだが。
「チュンチュン♪あっ反応した」
「委員長はコリドラスお買い上げか?」
その一方で飽きずにコリドラスと戯れる続ける千春に目をやり、何気なく声を掛ける。
「え〜っ?コリちゃん欲しいかも」
"──キュピンッ!"
その一言を聞いた利眞守の眼が光る!
そして戦隊ヒーローが如きモーションで彼女の前に飛んで来るや否や、ここぞとばかりに怒濤の解説を始める!
「ならナマズ目カリクティス科コリドラス亜科コリドラス属の"コリちゃん"の飼い方をレクチャーしてくれるぜ!必要なモノは、とにかく砂だ!まずは砂を1~2cm程度敷き詰めエサは小粒な沈下性のモノを用意する!贅沢を言えばアカムシがベストなんだが、これはコリドラスが砂に顔を突っ込み、エサである微生物や有機物を漁る底棲魚だからだ。しかーし水底に生息していると言ってもコリドラスは腸管呼吸、つまり水面に空気を吸いに来るって事を忘れちゃならねぇ。要は水槽にフタをするのはオススメしないって事と、水面が縁のギリギリだと思わぬ悲劇を招く事がある事には注意しろよ!後は飼うなら5匹くらいを同じ水槽に入れるのがオススメだぜ?コリドラスは群れを作って生活するからな!そしてコリドラスは種類が多いって事も覚えておけ!アエネウス、パレアトゥス、アルビノ、パンダ、ステルバイその他多数、自分の好きなコリドラスが必ず見つかるハズだ!以上でレクチャーは終了!!後は水槽にフィルターにレイアウト!己の信じた世界観を信じて貫け!そして君もレッツ、コリドラス!!」
「買ったわ!コリちゃん5匹と水槽一式!!」
アクアリウムの事となると利眞守は熱くなる。
その熱に促されて、なぜかヒーロー&ヒロインよろしくなポーズを2人でバッチリ決め、今ココに新たなアクアリストが誕生した。
しかしその光景を、ただ見てる事しか出来なかった政宗には不評のようで──
「おい千春、ソイツの悪ノリに付き合う必要はねぇと思うぞ?」
「あぁ~ん?さては貴様、俺と千春が盛り上がってる事にジェラシーかぁ?そりゃ昔からお前が千春の事──」
「ふんぬぅあぁ!」
"ドゴオォォォッ!!"
「うごぉっ!?」
人の体が宙に浮く程の破壊力を持った、政宗渾身のボディブローが利眞守の腹部に炸裂する。
「なんか言ったかアクアリスト?」
「ボ、ボディブローは・・・ねぇんでねぇの?」
利眞守は片膝を着きダウン寸前の致命傷を受けた。
「で、俺達を呼んだのは何の為だ?まさか顔が見たかったってオチじゃねぇだろ?」
「あ、焦んじゃ・・・ねぇぜ!地下へ・・・行こう」
「この店、地下なんかあったのか?」
だいぶ脱線したが、ようやく目的を思い出し地下へと一同を案内する。
そこで待っていたのはプレ子だけだった。
「遅いぞオーナー!」
当たり前の如く文句を言うプレ子。
利眞守は"すまねぇ!"とばかりに片手をあげるが、ボディブローのダメージが残っているのか、上げた手はフラフラしている。
「オイ・・・ありゃ誰だ?」
政宗が利眞守の耳元で囁いた。
「おぉ紹介がまだだったな!数週間前から住み込みで働いてるアシスタントのプレ子だ。当たり前だが"プレ子"はアダ名だぞ?」
それを聞いた政宗はプレ子を、じーっと見つめ──
「なぁ?あの子お前の"コレ"じゃないよな?」
小指を立てて再び問い掛ける。
それを見た利眞守はムッとした表現で問いを無視して、おもむろに政宗の小指を掴み──
"グギッ!"
「ああぁあぁぁぁぁ!!」
指の可動範囲を超えた角度までひん曲げた!
鈍い音と政宗の絶叫が地下フロアに響き渡る。
「ボディブローのお返しだボケ!!」
「おま、ちょっ!コ、コレはシャレにならないって!」
あり得ない角度で曲がる自分の小指を見てプルプルと震える政宗。
「うるさいヤツめ!」
"グギッ!"
「ああぁあぁぁぁぁ!!・・・れ?治った??」
「相変わらず仲が良いわね」
悪ガキ共の戯れを見る度に千春は微笑み、ふと部屋の隅で待機しているプレ子に目をやると──
「あら?あの服・・・そう言う事だったの」
「オーナーなに遊んでるんだ!!」
しびれを切らしたプレ子が半ギレ状態で急かしてきた。
確かに、そろそろ本題に入るべきだ。
3人を即席のイスに座らせると利眞守はマイクを片手にアナウンスを始めた。
「さぁ今回集まってもらったのは他でもない!なんと我がアクアリウム・バックヤードを舞台に1人の流離いラッパーが、自身の新たなる旅立ちの為にラストフリースタイルを魅せてくれる事となった!さっそく紹介するぜ!その勇者の名は・・・淡水系ラッパー"D-Squas"だぁ!!」
"──バシュウゥゥ!!"
水草用のCO2ボンベを改造した特製ランチャーが大量のガス吹き出し、手作り感満載の簡素な垂れ幕が開いていく!
中から現れたのは、もちろんディスカスに他ならない。
「よーしプレ子!ミュージックを掛けろ!!」
「おー!!」
"──トゥクドゥク!──テーテテーテテテーテテー!"
先ほどまでプレ子が座っていた物体のカバーを外すと、なんとソレはターンテーブル!
彼女がディスカスに本能でやってくれと頼まれた事とはDJだったのだ!
確かにターンテーブルは叩くモノではないと最低限の使い方を覚えた彼女は、がむしゃらにディスクを回し、目の前にあるツマミを乱暴に回したり引き下げたりしている。
しかし不思議な事に、めちゃくちゃながらもリズム自体は取れている。
コレが本能の成せる技なのか?
「うぉおぉ本物のラッパーなんて初めて見たぜ!」
「ふふっ、利の交遊関係は謎に包まれてるわね♪」
「Я не понимаю значение слов но наслаждаюсь ритмом и чувством」
(訳:私には言葉の意味はわかりませんが、リズムと気持ちで楽しませていただきます)
「そしてこのD-Squasの最後を飾る相手は、誰が呼んだか陸地に潜む水生生物こと底無しラッパー!アクア・ジ・オーナメンタルだ!!」
「アクア・ジ・オーナメンタル?水の装飾品ってどういう意味だよ」
「細かい事を気にしちゃ利に悪いわよ?」
プレ子の創るBGMに利眞守・・・もとい今だけは"オーナメンタル"が場を盛り上げるべくマイクパフォーマンスを繰り広げる。
会場に集まったのは当人達を入れても6人だけだが、ディスカスとオーナメンタルは1000万人の観客を前にしているかのような優越感に浸っていた。
「おーら早速始めようじゃねぇか!D-SquasVSオーナメンタルの壮絶なる言葉遊びをなぁ!フリースタイル対決come on!!」
"──トゥクドゥク!──テーテーテテテーテテーテー!"
プレ子が曲調を変えてマイクを手にした。
ココからの進行は彼女が担当するようだ。
「まずは先攻D-Squas!!」
マイクを手にしたディスカスがオーナメンタルに詰め寄り攻撃を開始する!
「時代は冷戦!時に冷静に戦場見据えて一太刀あびせるsword俺は孤高のサムライone man-armyワンパンgloryこの手に握る1本の刀が折れたその場が俺の墓場だ!武士道貫く俺の手前にてboogieな覚悟は赤子も同然!危機感覚えたビッチがkick it?ただチキってるだけだろビビりはbeat it!!」
ディスカスのフリースタイルが決まった!
それに対するオーナメンタルのアンサーは!?
「つべこべ抜かす継ぎ接ぎだらけテメェのラップは相手じゃねぇつーかラップじゃねぇし?テメェのソレはボヤキってんだよ自覚しろ!さっさと***に***して来い!南無三掛ける言葉も無ぇってつまりは興味も無ぇのよ?魅力も無ぇし甘すぎ未熟なミルキーボーイ!俺なら沸かすぜこの会場!テメェにゃわからぬこの高揚!バトル以前に逃げ腰awayなチキン野郎!出直して来いよbye check out!」
アンサーを返したうえに攻撃も決めた!
"端からテメェなんざ相手にしてねぇ!"と余裕を見せつけた両者の戦いは、観客達のボルテージに炎を注ぐ!
「いいぞD-Squas!オーナメンタルなんかヤッちまえ!!」
「2人ともカッコいいわよ!!」
「Горячая мысль друг друга звучит через ритм!」
(訳:互いの熱い思いがリズムを介して響き渡っている!)
"──トゥクドゥク!──テテテーテテーテテテーテー!"
「さぁウォーミングアップは済んだかウォーリアー共!?一息ついてる余裕なんてないぞ!Get ready for the next battle!let's fight like a madman!!」
ナチュラルな発音でプレ子が第2回戦の開始を宣言、曲調もより激しいモノへと変わり、再びディスカスの先攻で戦いの火蓋は切って落とされる!
「人にどうこう言われようが己の信じたモノを貫く!それが正義でありjust meetありきたりな御託を並べたがるおたくはただのマニュアルオタクか?型にハマらねぇラップ見せつける俺にハマる中毒者続出!注意一秒怪我一生?犠牲を恐れて動かぬが罪なり!ならばこの俺D、S、Q、U、A、S神に代わりて手ぇ下そう!最後の審判待つ暇なくしておめぇの未来は俺が決める!判決有罪!罪状はダセェ韻刻むヘボラップ即ちおめぇは大罪人!大枚叩いて手に入れた偽物なんざ***1発で脆くも崩壊!耳澄ましゃ聞こえんだろ?澄まし顔の死神さんが音と共に狩りに来るのがdead or alive取って付けたような見せかけばかりの紛い物ラップが罷り通るハズねぇimitation!存在意義なんざ説くだけ無意味だ!俺こそがルール!i'm true rapper yeah!!」
ディスカスの攻撃が終ると同時に歓声が巻き起こる!
喧嘩っ早い政宗は、その熱に血が沸るのか、立ち上がって腕を振りまわし、千春も身を乗り出して声援を送っている。
ミハイルもリズムを取りながらロシア語で2人を煽っている。
そしてプレ子はディスクに張り付き自分ごとターンテーブルにまわされている・・・こんなDJ見た事ない!
息つく間もなく攻守交代、オーナメンタルが牙を剥く!
「どこにでもいる神様気取りな取り柄の無ぇ凡庸機がほざく!どうせテメェは悪ぶっただけの良い子ちゃん!だから見栄張る今だけ噛み付く素振り!普段は御上にシッポ振り振り!here we goホンモンのheelってモンを見せつけてやるぜheaven or hell!一発必中一撃必殺一気に畳み掛けるが戦の極意down over count!力量計れぬ大バカ野郎は2度と立ち上がらずに意気消沈!無理は承知?ならば見せよう愚か者のshow down!勝負に敗けても心配いらねぇたかだか死ぬだけそれが生き恥晒させぬ俺の慈悲故に安心して爆るがいい!楽な道しか歩まぬヘタレが漏らすヘタの物好きラップより坊主が奏でる御経の方が100倍ノレる韻踏むぜ?like a bomb飛び散る言葉に飛び乗れride on!ぶっ壊れた暴走車両だ速度規制は端から無視だぜ丸め込まれたくねぇならジャンキーが如くkeep on crazy journeyイッちまいな音の彼方!一番乗りでキレたモン勝ちだ!決められた道なんて歩まねぇ俺が通った後が道になるのさgoing my way to heaven!!」
後攻オーナメンタルが素人とは思えない程のフリースタイルを炸裂させる!
細かい事など分からないが持ち前のノリと勢いでやりきった。
「いいぞオーナメンタル!今ほどお前をスゲェと思った事はないぜ!!」
「本家ラッパー相手にスゴいわ!見直しちゃった♪」
「Я удивлен в вашем таланте каждый раз」
(訳:あなたの才能には毎回、驚かされます)
戦いを終えた両者に、惜しみない歓声が贈られる中、BGMのボリューム下げたプレ子がMCを再開する。
「Excellent heart to heat!燃えたぎるbeatが導くrouteはダンジョンを越えた先にある感動!D-Squas&オーナメンタルに今一度、祝福の歓声を!!」
再びオーディエンスから熱い歓声が贈られた。
そして今度はオーナメンタルがマイクを取り、いよいよディスカスの新たなる旅立ちを迎えようとしていた。
「最初に話した通りD-Squasのアグレッシブで鋭いフリースタイルは、コレで見納めとなる!では今後はどうなるのか?ソレを今日この場で本人から説明してもらおうじゃねぇかcome on!! 」
キレのあるサイドスローでディスカスにマイクを投げ渡したオーナメンタルは、静かにステージから降りた。
「D、S、Q、U、A、S俺がD-Squas!今日は、この場を借りて俺の覚悟そして旅立ちを1人でも多くの者に刻んでもらいてぇのと俺自身への誓いを立てるべく馳せ参じた!」
「フリートークもイカしてるぜD-Squas!」
「俺は今まで周りを傷付け、憎みながら生きてきた。それは俺自身が自分を醜い存在だと認めてしまいながらも否定し続けた結果の成れの果て。だがソレも今日までだ!俺はオーナメンタル・・・いや、あえて"兄さん"と呼ばせてもらおう!兄さんに出会い俺は周りと違う自身を受け入れる事が出来た!俺は今、この瞬間から生まれ変わる!!こんな汚れて醜くなった俺にさえ、手を差し伸べてくれた兄さん、姉さん、そしてずっと見放されたと思っていた両親、その他の仲間達!今までの償いきれない罪の数々に対するゴメンの気持ちと感謝を込めて俺は歌う!誰も1人では生きていけない・・・俺は自分1人で今日まで生き抜いて来たつもりになっていたがそうじゃなかった。俺が今こうしてココに居るのも、てめぇの世話すら出来なかった俺を育ててくれた両親が居たからだ!聴いてくれ・・・そして愛されずに育つ命なんてない事を改めて知ってくれ!」
ふぅー・・・と一息ついたディスカスはゆっくりマイクを口元に近付けた。
「"It'll change now"」
"──トゥクドゥク!──テーテーテテーテテテテーテー"
ディスカスが曲名を言い終えると再びプレ子がBGMを流し始めたが、今回のソレは穏やかで落ち着いたテンポとなっている。
~~♪
「誰かが 暗闇で泣いてる 今日を諦めても明日が来ると だからこそ この世は残酷だと 嘆き叫びうつ向いている 顔を上げて前を見てみろ その先にあるのは闇か光か 差し伸べられた誰かの手を掴み 踏み出せ お前にもわかるから It'll change now! 遅くはないさ 今から変われば良いソレだけだろ? 難しくはない 自分を信じる事は お前にだって出来るさ
誰かと 比べるのも良いが お前はお前以外の誰でもないと 自分を誇るか貶すか ソレを決めるのもお前自身さ 何も誇るモノの無い俺でも 誰の役にも立たない俺でも 生まれてきた事に意味があると 見つけろ お前の為の幸せ It'll change now! 遅くはないさ 今から変われば良いソレだけだろ? 恐れる事はない 未来を信じる事は お前にだって出来るさ
後にも先にも お前はこの世に たった1人だけの かけがえのない 存在なんだ for only you! It'll change now! 遅くはないさ 今から変われば良いソレだけだろ? 難しくはない 自分を信じる事は お前にだって出来るさ」
〜〜♪
先ほどまでの攻撃的なリズムから一転、生まれ変わったディスカスが渾身の1曲を歌いきった!
「・・・ええ歌やぁ・・・ウグッ!」
涙を堪えながら政宗が立ち上がって拍手を贈る。
ワンテンポ遅れて千春とミハイルも立ち上がり拍手を贈る。
満場一致のスタンディングオベーションだ!
「なぜかしら・・・涙が・・・ぐすっ・・・」
「Это здорово слова чтобы выразить кроме не найдены!!」
(訳:素晴らしい以外に表現する言葉が見つかりません!!)
千春は大粒の涙で頬を濡らしミハイルは言葉の意味が分からないにも関わらず絶賛していた。
それは単純に、心に響いたと言えば良いのだろう。
こうしてディスカスの新たなる旅立ちは大成功に終わりアクアリウム・バックヤード超特設ステージは幕を下ろした。
利眞守達に見送られながら政宗、千春、ミハイルの3人は名残惜しそうに店を後にした。
ちなみに千春はコリドラスと水槽一式を忘れずに買っていった。
今回選んだのは"コリドラス・パレアトゥス(通称 青コリ)"を5匹。
そして政宗は利眞守の目を盗み、ちゃっかりプレ子に自身の連絡先を渡していた!
しかし彼女は"こんなの貰った!"とすぐ利眞守に自慢してしまい、彼の計画は脆くも崩れ去ってしまう。
そして利眞守とプレ子はステージの中央、生まれ変わった新生ディスカスに最後のエールを贈っていた。
「・・・立派だったぜディスカス」
「兄さん・・・うぅっ!」
「おい泣くなよ。しゃーねぇなぁ!!」
ディスカスと熱い包容を交わす利眞守。
まさに男の友情と言ったところか。
「兄ざん!姉さん"!あ"りがどう!!」
「うぅ・・・なんで私まで泣いてんの?」
"──パアアァァァアアァァ!!"
ディスカスの体が激しい光に包まれて利眞守の腕から、すり抜けて行く。
そして光は1階フロアへと向かい、そのまま消えて行った。
「・・・やっぱりな」
この瞬間、利眞守は1つの確信を得た。
それは擬人化した生体達が"元にもどる条件"である。
正直な事を言うとネオンが元の"ネオンテトラ"にもどった時に、ほぼ確証は得ていたが今回のディスカスの件でソレは確実なモノとなった。
生体達が元にもどる条件・・・それは"願いが叶う"事であると。
謎のエサ、ドリームタブは強い願いを持った生体が体内に摂取する事で、その願いを叶える為に一時的に擬人化させる事が出来るに違いない。
どうやって擬人化させてるかは知らないが、そう考えれば説明は付く。
つまりプレ子を元にもどしてやるには──
「プレ子の"願い"を叶えてやれば良いんだな」
彼は様子を窺いつつプレ子の願いを叶える事にした。