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アクアリウム・バックヤード  作者: 鈴木 崇嗣
第1章 利眞守奮闘編
5/16

3匹目 フリースタイル対決!?俺はディスカス!



「ち、ちゃうんですよプレ子さん!忘れてた、わけじゃないんです!!」


「ウソだ絶対忘れてた!ネオンにばっか気を取られて私の事を放置してただろ!!」


「違いますってぇ!ちょっと優先順位がネオンの方かな?って思っただけで、それならプレ子さんは後でもと思っただけなんです!」


余計(よけい)(たち)が悪いぞ!!」

"──ガブリッ!"


「いやあぁあぁぁ!マジで痛いマジで痛い!!」


利眞守(とします)の背後に張り付き、肩から首筋にかけてを容赦(ようしゃ)なく噛み付くプレ子。

何があったかと言うと、彼女を元にもどす為にネオンを擬人化させたにも(かかわ)らず、目的を忘れネオンに付きっきりでいた事に怒っているのだ。

ガサツなプレ子と哀愁(あいしゅう)(ただよ)うネオンなら、どうしてもネオンを優先してしまうのは人の(さが)

おかげで"どうしたら元にもどるのか"という一番大事なところを完全に見落としてしまっていた。

プレ子の怒りは(おさ)まらず、オーバーフローした憤怒(ふんど)(やいば)利眞守(とします)めがけ、ひたすらに噛み付きまくる!!

おかげで店内の(いた)(ところ)血痕(けっこん)付着(ふちゃく)利眞守(とします)自身も()()()まっていた。

プレコストムスの歯はコケ(るい)を、石や流木から()がして食べる為に、(するど)く発達している。

その歯は古代魚(こだいぎょ)達の硬いウロコ (ガノイン(りん)と呼ばれる皮膚と同化したソレは、強固に連結した重厚(じゅうあつ)構造になっている為、別名を硬鱗(こうりん)と呼ぶ)を削り取ってしまう程に(するど)いのだ。

そんなプレ子に噛み付かれれば、幾度(いくど)となくヒールレスラーに噛み付かれてきた、歴戦(れきせん)のレスラーとて悲鳴を上げずには、いられない。

擬人化した彼女もプレコストスムの例に(たが)わぬ立派(りっぱ)(きば)を隠し持っており、ソレが利眞守(とします)の全身に無慈悲(むじひ)歯形(はがた)(きざ)み込む。

世の中にはチラッと見える(とが)った八重歯(やえば)可愛(かわい)い!だなんて意見もあるが実際問題そんなモノただの凶器に他ならない事を身を()って実感する。

なにせ、この流血三昧(ざんまい)な光景は最早(もはや)拷問(ごうもん)ないし、ただの公開処刑(しょけい)も同じであった。



「うおぉおぉぉ肩がなくなるや、やめれぇぇ!!」


「私を放置した愚行(ぐこう)()いるがよい!!」

"──ガブリッ!"


「いやあぁあぁぁ!」



その後、利眞守(とします)はプレ子の気が済むまで噛まれ続けた。


「お、おのれプレ子!俺は今・・・"ポリプ"の気持ちが・・・い、痛いほど・・・わかる・・・ぞ!」


ピクピクッとなりながら床に()(つくば)る半死人の利眞守(とします)は、とある水槽に向かってアイコンタクトを送る。

その水槽には通称ポリプと呼ばれるポリプテルス(もく)ポリプテルス()(ぞく)する淡水魚ポリプテルスが砂利(じゃり)の上でぽけ〜っとしていた。

そんな事をして何が楽しいのかは、わからないがポリプテルスは約4億年前に現れたと言われる古代魚で生態は肉食性、名前の由来になった"沢山のヒレ(polypterus)"が(しめ)す通り、その姿は(はるか)(いにしえ)の時代に地球上を支配していた、恐竜に瓜二(うりふた)つである。

このように原始(げんし)の姿を今に残す事こそが、古代魚の魅力と言えるだろう。

その古代魚ポリプテルスの気持ちが分かるとは、どういう意味なのか?

実はポリプテルスとプレコストムスの相性は"最悪"と言われており、2匹を同じ水槽に入れようモノならサイズにもよるが基本的にはポリプテルス側がプレコストムスにピタッと張り付かれ、そのまま皮膚を食い破られてしまうのだ。

詳しくは、よくわかっていないのだが、なぜかポリプテルスはプレコストムスに噛み付かれても(いや)そうな素振り1つ見せずに、ぽけ〜っと噛まれ続けてしまう。

知らない人から見れば2匹が、じゃれあっているようにも見えるが、その(じつ)は一方的にポリプテルスが大怪我を()ってしまい最悪死亡する事もある。

健気(けなげ)我慢(がまん)強い?ポリプテルスに自分を(かさ)()わせた利眞守(とします)は、ボロボロになりながらも気力だけで立ち上がる。



「だぁ~痛いっての!なんか俺さぁ毎度の(ごと)く、お前に致命傷(ちめいしょう)()わされてるような気がするんたが!?」



今だけは威勢(いせい)良く文句を言いつつも、なんだかんだで最後は利眞守(とします)が頭を下げるハメになる・・・人間も熱帯魚も女の子の(あつか)い方はシビアすぎる。

しばらくしてから、ようやく口を聞いてもらえるようになった利眞守(とします)はプレ子を元にもどす為の手段を考える。

今度失敗したら利眞守(とします)に春は2度と(おとず)れない・・・これ(すなわ)ち、死あるのみ!

サーッと全身から()()が引いていくような、青い感覚に襲われながらドリームタブを片手に落ち着きなく店内を徘徊(はいかい)する。

前回は一番安全そうな生体としてネオンテトラを選んだが、次はどの生体にするべきか再び悩み考える。



「自ら爆弾を引く必要はない・・・かと言って地雷に当たってしまっても意味がない・・・さて、どうする?」


いっその事、甲殻類(こうかくるい)にしてみるか?

だとしたら店内にいるのは"ヤマトヌマエビ"や"ビーシュリンプ"といった淡水エビないし"バンパイアクラブ"や"バルバドスオオオカガニ"といった淡水カニか・・・いや、あえての"アカハライモリ"や"タガメ"もありか?

悩み()きぬ利眞守(とします)は、自分でも気付かぬうちに物凄いスピードで店内を徘徊(はいかい)していた。

その様子を、ずーっと目で()っていたプレ子は利眞守(とします)にかまってもらえず、つまらなくなったのか、はたまた新しい遊びでも思い付いたのか一瞬の(すき)を突いて、彼の手からドリームタブを奪い取り、声(たか)らかに言い放つ。


「オーナーに(まか)せておくと明日になりそうなので、代わりに私が決めてしまおうと決めました!!」


「はっ!?お、おいよせ!やめろ!!そんな事して変なヤツが出てきたら──」

「この水槽に決めた!」


「うぉーい!人の話を聞けぇえぇぇ!」

"タタッ──バシュッ!"


「あっ!」


間一髪(かんいっぱつ)

フタを開けられは、したが中身を水槽にぶちまけられる事だけは阻止できた・・・安堵(あんど)のため息をついて利眞守(とします)はプレ子に向き直る。

すると彼女は、なぜか感心したような表情を浮かべ(あまつさ)賞賛(しょうさん)の声を送ってきた。

何やら嫌な予感を感じずにはいられない利眞守(とします)はやや目線を()らし、おそるおそるその表情の真意(しんい)()(ただ)す。


「・・・如何様(いかよう)心境(しんきょう)の元に、その面持(おもも)ちを浮かべておられるのかな?」


「なんだかんだ言っても決める時には決めるだなぁって感心してる顔。しかも中身だけを器用に水槽に入れるなんて、さすがはオーナーって感心してる顔」


「はっ!?」



なんとなく分かってはいたが、自らの意思で拒絶していた現実(リアル)宣告(せんこく)されてしまう。

振り返れば、そこに転がるタブケース。

その前方には大口を開けた水槽が1つ。

プレ子の話によれば空中で飛び散ったドリームタブは誰に躊躇(ためら)う事もなく、我先(われさき)に!とその水槽に飛び込んで行ったらしい。

一体何の水槽に入ったのか大至急(だいしきゅう)確認すると──

「げえぇ!?コイツは!!」


"──パアアァアァァァ!!"


「くっ!!」

(まぶ)しいぃ!!」


ネオンの時と同じく水槽が(まばゆ)い輝きを放ち始め、光に(つつ)まれたソレが飛び出して来る。


"──トゥクドゥク!──テーテテテーテーテーテテテー!"


刹那(せつな)、店内に謎のミュージックが鳴り響く!

何がなんだかさっぱりだが最初のスクラッチ音に、この独特のリズムは・・・まさかDJ!?

ようやく静まった光の中から現れたのはタボッとした衣装にキャップを決め、大きめのサングラスにジャラジャラとしたチェーンネックレスをした、典型的(てんけいてき)な悪そうなヤツである。

そして手に握られているのは・・・マイク!?

そういう事か・・・理解したぞ!

コイツの正体は──

「Hey yo俺は"ディスカス"おめぇの口は単なるbig mouth?切れ味よすぎる言葉の刃が一刀両断叩きKILL!鳴かぬホトトギスも俺を前にして(くる)ったようにリズムを刻む!力の()最早(もはや)歴然だから俺の勝利は()うに必然!勝った者が常に正しい?ならI'm a winner俺は常に楽しい!墓標(ぼひょう)に刻む名前などいらねぇ!心に(きざ)むぜ音とリズム!yeah!!」


「やっぱりラッパーかよ!?しかも挨拶(あいさつ)がてらのフリースタイルって、なにこれは?ディスカスとディスリスペクトをかけてんの!?ディスってんの!?」


yeah!なポーズを決めたラッパーを横目に、なぜか利眞守(とします)は軽い会釈(えしゃく)をして、そそくさとプレ子に()()り、当然の権利(けんり)とばかりに文句を()れる。

このタイミングでラッパーが出て来るとは思わなかったし、出てほしくもなかった。

ヤツが出てきたのは80%がプレ子のせいだ!

しかも相手は対処法(たいしょほう)不明の完璧(パーフェクト)クレイモア!!

さぁプレ子!この落とし前どう付けるつもりだ!?

答えを、お聞かせ願おうか!

(あせ)り25%、戸惑(とまど)い25%、怒り50%の割合で構成された、その表情を見たプレ子はポンッと彼の両肩に手を起き、衝撃的な一言を放つ。


「大切なのは気持ちだ!頑張れ!!」



ま、丸投げ・・・だと!?

この()れ者めに無法(むほう)(しめ)されては、さすがのアクアリストと言えども沸点(ふってん)を超える!

ピンッと()った1本の糸が、甲高(かんだか)い音を立てて切れたかのように利眞守(とします)のリミッターが(はじ)け飛ぶ!

この世界には武闘家、軍警察、裏武術界の猛者(もさ)達の間で、(まこと)しやかに噂される一子相伝(いっしそうでん)体術(たいじゅつ)が存在する・・・禁じ手中の禁じ手とまで(うた)われた、その名を"禁じ手殺法(さっぽう)アクアリウム四十八手(しじゅうはって)"!

その正統伝承者(せいとうでんしょうしゃ)の名を戦場(いくさば)利眞守(とします)

禁じ手中の禁じ手、熱帯魚相手に解禁!



「ぬぅあぁあぁぁ!プレ子オォォ!!」

"ガシッ!"


プレ子の右脇に自身の左腕を通し、右腕を股ぐらに通して彼女を持ち上げ、ちょうどボディスラムのような体勢を取る。

その状態から勢いをつけて反時計回りに180度回転、遠心力で浮いたプレ子の体を自身の頭上まで持ち上げる。

そのまま全体重を右足にかけ、自身の左腕で彼女の左腕を、右手を使って腰部(ようぶ)をしっかりとロックする。

後は全身のバネと筋力を使って前方へ投げ飛ばせば──

「禁じ手殺法(さっぽう)が1つ!ギュンター式トラジディ・インパクト!!」


"──バヒュウゥウゥゥン!──ドグゥオアァン!!"

「にゃああぁぁあぁぁぁ!?」



カタパルトから発射された飛翔体(ひしょうたい)(ごと)き安定性と速度で、水平に投げ飛ばされたプレ子は()(すべ)なく、壁に叩きつけられた。

壮絶な断末魔(だんまつま)を最期に彼女は白目を()き気絶してしまう。

禁じ手殺法(さっぽう)・・・恐るべし!


「あうぅぅ・・・」


"──トゥクドゥク!──テーテテテテテテー!"

「ディスった俺がイケねぇのか?ディスられたおめぇがイケねぇのかぁ?答えなんてモンは1つだろanswer!no more music!ノリきれねぇヤツぁ(しかばね)も同じ!全ての武器をマイクに()えて言葉の弾丸放つ者がhero!わかってんならさっさと(かな)でな!かませの片言(かたこと)カスラップ!」


状況を知ってか知らずかラッパーディスカスがフリースタイルで攻撃してきた!

ディスカスはスズキ(もく)シクリッド()シムフィソドン(ぞく)に分類される南米原産の熱帯魚で、扁平(へんぺい)円盤(ディスク)状の体を持つ事からその名(ディスカス)が付けられた。

また背ビレと尾ビレが長く、美しい模様(もよう)を持ち"熱帯魚の王様"の異名もあるが飼育の難易度は、やや高い生体とも言える。

その他の特徴としては稚魚(ちぎょ)を育てる(さい)に親魚は"ディスカスミルク"と呼ばれる粘液(ねんえき)を分泌し、稚魚(ちぎょ)はソレを吸って成長する。

つまりディスカスの稚魚(ちぎょ)を育てる場合、親魚と隔離(かくり)しない方が良いと言う事だ。

そんな愛と魅力に(あふ)れるディスカスだがシクリッド()獰猛(どうもう)と、アクアリストの間では認知(にんち)されており、混泳(こんゆう)させる(さい)には注意を必要とする一面もある。

その獰猛(どうもう)性が攻撃的なラップになって表れているのか?

とにかくコイツ(ラッパー)はディスカスの困った部分だけが表面化しているようだ。


「Hey come onどうしたカモ野郎?俺を前にして(すで)にお手上げ?腹ごなしにもならねぇ相手に俺の空腹は満たされねぇ!つまり俺はお腹ペコペコおめぇは俺に頭ペコペコ?()び売る弱者の腑抜(ふぬ)(づら)!持ち()る言葉は全て筒抜(つつぬ)け!対する俺には抜け目がねぇ!」


"ブチッ!"



無責任なプレ子に続いて人の苦悩など、おかまい無しなディスカスを前に利眞守(とします)最後のリミッターが崩壊する。

刹那(せつな)のステップインから一瞬にしてディスカスのマイクを奪い取るとソレを天高く(かか)げ、店内にあのミュージックが流れ始める。


"──トゥクドゥク!──テーテテーテテテーテテテー!"

「俺は遠慮を知らねぇexecutioner!選ぶが良い!従順(じゅうじゅん)か死か!」


"──ガッ!──グゥワン!!"

「ディス!?」


マイクを片手にディスカスにヘッドロックを決め、そのまま相手の首を軸に180度回転。

互いが()ったまま上を見上げる体勢となった。



「ルールは全て俺が決める!()(へだ)てなく支配する!いいかよく聞けたわけ共!俺の(たわむ)れに付き合いてぇならテメェら全員死ぬ気で来い!」


"──ググッ!──ブワァ!"

「ディーース!!」



右腕でしっかりディスカスの首をロックした状態で左手で相手の腰を(つか)みブレーンバスターのような体勢でディスカスを持ち上げ、相手の両足が真上を向いたところで動きを止める。

そしてマイクを片手にフリースタイル!


「おっとこりゃ失礼(たわむ)れすぎたぜ圧倒的な力量(りきりょう)を前にテメェは(すで)にdrop out!坊っちゃんvs無敵の僕ちゃん!ぶっきらぼうにリズム(きざ)みながら問答無用で口から暴力!」

"──シュバッ!!"


「ディーーーース!!」

"──ドグゥアァアアァァァン!!"



素早くロックを解除してクイックターン。

ディスカスの背後から両脇に腕をまわし、相手の背中で合掌(がっしょう)をするような体勢のまま跳躍(ちょうやく)

なんとも珍妙(ちんみょう)なブリッジを(えが)きながら、相手の脳天を床に叩き付け、そのままディスカスは突き刺さった。


「決まり手は禁じ手!ギュンター式菩薩(ぼさつ)落としyeah!!」


マイクを高々と(かか)げた利眞守(とします)(またた)()に2匹の(しかばね)?を(きず)き上げた。

これでディスカスも少しは頭を冷やしてくれれば良いが・・・。

激闘から数分後、最初に起きたのはプレ子だった。



「うぅ~ん・・・クラクラするぅ~・・・」


「う〜む、ちとやり過ぎたか」


プレ子に(あゆ)()り、優しく支えながら座らせる。

彼女の肩に手を当てた時ふと"そう言えば俺からコイツに触ったのって、これが初めてだな"と、自分が今まで擬人化した生体達には極力(きょくりょく)触れないようにしていた事を思い出した。

その理由は"体温の違い"にある。

水生生物は基本的に温度の低い水周(みずまわ)りに生息している(熱帯魚でさえ24~26度の水温)が(ゆえ)に、平均体温36度以上の人間がむやみに触れると生体達は火傷(やけど)()ってしまうのだ。

火傷(やけど)した生体は保護粘膜(ほごねんまく)()がれ、細菌等に対する免疫(めんえき)が無くなってしまい最悪は死亡する事もある。

なので基本は間接的(かんせつてき)に触れるか、やむを()ない場合でも、水などで手の表面温度を下げてから触れるのがアクアリウムのマナーでありアクアリストの鉄則。

その姿こそ違えど、迂闊(うかつ)にも鉄の(おきて)を破ってしまった利眞守(とします)は少し動揺(どうよう)していた。



「おい大丈夫か?まぁ8割お前のせいだけど、さすがにな・・・それと俺の手は熱くないか?」


「大丈夫・・・オーナー温かい・・・」


コイツは驚いた。

先の惨劇(さんげき)彷彿(ほうふつ)とさせる噛み付き攻撃をしてくるかと思いきや、なんとプレ子は彼に()()うようにして、もたれ掛かってきた!

やはり禁じ手のダメージが残っているのか?

若干(じゃっかん)の不安を感じる利眞守(とします)だが、それと同時に妙な高揚(こうよう)も感じていた。

なぜだかプレ子を意識してしまう。

彼女の髪の毛1本から、息づかい、細かな仕草(しぐさ)まで、その全てが気になってしまう。

プレ子って、こんな(にお)いだったのか・・・元が熱帯魚だからエゲツない程、泥臭(どろくさ)いモノかと思っていたのだが全然そんな事はない。

むしろ・・・顕然(けんぜん)たる"女の子"の(にお)いがする。



"ドキドキ・・・ドキドキ・・・"

「・・・うぉわっ!?」


「オーナー?」


「あっ?いや・・・なんでもないぞ?」

(あ、あぶねぇ!お前の事をちょっとだけ可愛(かわい)い、とか思っちまったなんざ絶対言えねぇ死んでも言えねぇ!しかもそう思った自分自身に驚いたなんて事・・・言える分きゃねぇだろうがぁ!!)



彼は"プレコストムス"を()でる事はあっても"プレ子"にそういった感情を(いだ)いた事はなかった。

なぜならそれはイケナイ感情だと考えているからだ。

それなのに今のプレ子を見ていると"ソレはダメだ!"と自制(じせい)していた感情が大きく(つの)っていく。

何がキッカケで何がどうなるかなんて誰にも分からない事だが、少なくともコレを悪いキッカケだとは思っていない。

ディスカスの登場、プレ子の投げやりな対応、必殺の禁じ手殺法(さっぽう)

その全てが、今に(つな)がっていたのか?

運命(さだめ)なんてモノは信じないが理論では説明できない事もあるとか無いとか。

片膝を立てプレ子と()()いながらも、躍動(やくどう)するドキドキを(さと)られまいとする利眞守(とします)は、絶妙な距離感を(たも)ちながら1人そんな事を考えていた。



「ディ・・・ディース・・・」


それからほどなくして床に突き刺さってたディスカスも意識を取りもどしたようだ。

ゆっくりプレ子から手を離すと今度はディスカスの元に(あゆ)()る。


「お、おい・・・お前も大丈夫か?」


視線を落とし、背を向けたままのディスカスに声を掛ける。

()まった頭を自力で引き抜くとディスカスは片膝を着き背中で喋りだす。


「す、凄まじいラップだ・・・実際に殴られたかと錯覚(さっかく)しちまったぜ」


「いや、殴っちゃないけど実際に投げたし・・・」


「ふっ・・・上には上がいるって事か。フリースタイルなら自信あったんだがな」


「いやいやフリースタイル関係ないかんな?ただの投げ技だし」


「あ~ぁ・・・結局、俺は何やってもダメだな」


「おい大丈夫か?今のはマジでフリースタイル関係ないぞ?」


「ダッセェな俺!周りと同じ事をするのが嫌で意気(いき)がってラッパーまがいの事をしたってのに・・・いつも俺はこうだよ!何やっても結局はボロが出て・・・自分が嫌になるぜったくよ!」


「お、おいディスカス大丈夫か!?」



先ほどまでの勢いがウソのように・・・と言うよりも別個体のようにネガティブ発言を繰り返すディスカスを見て、さすがに心配になった利眞守(とします)は、そっと彼の表情を(のぞ)き込み言葉を失った。

声にならない驚きの声をあげる利眞守(とします)の様子が気になったのか、プレ子もちゃっかりディスカスの表情を(のぞ)き込み言葉を失った。

"またその反応かよ・・・"と言いたげにアンニュイな笑みを浮かべるとディスカスは、ゆっくり立ち上がり2人に顔を向け、改めてマジマジとソレを見た利眞守(とします)とプレ子は声を(そろ)えて同じ発言をした。


「なんて、つぶらな瞳なんだ!!」

「なんて、つぶらな瞳なんだ!!」



禁じ手によりサングラスを吹き飛ばされたディスカスの素顔・・・虚勢(きょせい)見栄(みえ)で塗り固め、(ワル)というメッキで隠されたその眼は、(けが)れを知らない無垢(むく)な輝きを放っている。

ダボッとした(ワル)ファッションとのギャップが、エゲツない程の違和感を(かも)し出しながら2人の度肝(どぎも)を抜いた。


「笑いたきゃ笑えよ・・・俺は周りのヤツらとは違うと信じて意気(いき)がってきた。誰の言う事にも耳を貸そうともしなかった。でもソレは現実から・・・いや、本当は自分自身から逃げてただけなんだよな・・・何も出来ない自分が嫌いで、何の取り()も無い自分が嫌いだった。そして何事もない一生を何事もなく終えていくのが怖かったんだ・・・俺はただ認めて欲しかったんだ。1匹のディスカスではなく"俺自身"という存在を認めて欲しかっただけなんだ」


驚きを隠せない、なんともマヌケな顔を(さら)しながら利眞守(とします)とプレ子は(あい)も変わらず言葉を失ったままだった。

なんて声を掛けたら良いのか分からない程ディスカスは・・・もうなんて表現したら良いのかさえ分からない状態になっていた。

ハッ!と我に(かえ)った利眞守(とします)がパンパンッと気付(きつ)けしたのを見てプレ子もマネをする。



「まぁ・・・なんだぁディスカスさんよ?とりあえずグリーンスムージーがあるから・・・ソレでも飲みながら(かた)らおうぜ?」



少し前の話だが、擬人化したプレ子がアカムシやコケを食べないように試行錯誤(しこうさくご)(すえ)グリーンスムージーを与えたところ、彼女はソレをお気に()したのか常食するようになった。

それ以来利眞守(とします)は"擬人化した生体にはグリーンスムージー!"という1つの結論を出した為、店内の冷蔵庫には野菜と果物が常備(じょうび)されるようになった。

あくまでグリーンスムージーは"擬人化した"生体に対してのモノなので、普通の水生生物にあげてるなんて話は聞いたこともないし、彼自身あげようとも思っていないがアクアリウムの新たな可能性として利眞守(とします)のリストには追加された。



"キュイーーン!──ガガガガガガ!"



倉庫と化していた店内地下フロアの一画(いっかく)にメンバーを集めると、小さなちゃぶ台を囲むように座らせ目の前でスムージー作製を実演する。

今回はリンゴ、トマト、ブロッコリー、枝豆、小松菜を混ぜた(しぶ)めのスムージーを作り、ディスカス、プレ子と自分用にグラスを分けて()()い、さっそく味をチェックする。

"ズズッ・・・"


「・・・うむ悪くない。(みな)(しゅう)も遠慮せずに飲むが良い!」


その言葉を合図にビシッと正座をしたプレ子が伝説の茶人(ちゃじん)のような表情でグラスを手にして口に運ぶ。


「・・・2点!」


「毎回思うけどその判断基準は何ですの?俺のスムージーがお前のジャッジで5点以上を取った事が1度もないんだが・・・ちと辛口(からくち)過ぎんでねぇの?」


スムージー評論家のプレ子さんに辛口評価を受けた利眞守(とします)は、今回の主役(メイン)ディスカスにも2点のスムージーを飲んでみるように(うなが)した。

ネオンの時もそうだが、まずは話を出来る環境作りから始めなければならない。


"ズズッ・・・"

「・・・」


「どうよ?2点のスムージーの味は?」


「・・・うぅっ」


語り掛けるや(いな)や、涙ぐむディスカス。


「うぉ!?やっぱり2点は口に合わなかったか!?」


「ぞんな事"ない・・・うめ"ぇ・・・うまずぎる!ただ、ぞれ以上に(あに)さんの優"しさが・・・うぅっ・・・()み"るんだよ!」


アウトローなオーラを(まと)い、他を()せ付けなかったラッパーディスカス。

しかしフタを開けてみると中身は人情味(あふ)れる超良い子・・・コイツはギャップの(かたまり)か!?

()()なく襲いかかる衝撃の数々に、利眞守(とします)とプレ子の処理能力は限界を()かえていた。


「そ、そうか?まぁスムージーは、まだまだあるから落ち着くまでゆっくりしてると良い」


(あに)さん・・・ぢぐしょう"!こんな俺"に優しすぎるぜぇ!!」


一気にスムージーを()()すディスカス。

(ワル)ファッションに身を(つつ)んだラッパーが感情を爆発させ涙、鼻水なんでもござれな姿を見て、さすがのプレ子もちょっと引いてるようだ。

それから何杯(なんぱい)のスムージーを飲んだだろう?

ようやく落ち着きを取りもどしたディスカスと改めて話し合うべく向き直る。

まずは(ワル)ぶったラッパーと化していたディスカスを理解してやる事が大切だ。


「えぇと・・・ディスカス?なしてお前さんラッパーなんぞに?」


「俺は今まで周りのヤツらと同じように同じ事をしながら生きてきた。誰かに教えられたわけでもないのに延々(えんえん)と同じ事を一切(うたが)う事もなく・・・だけどある日、俺は気付いたんだ」


「ラッパーになるって?」


プレ子がディスカスの話を(さえぎ)るように口を(はさ)んできた。

悪気はなくても、こうやって流れを止めてしまうヤツというのはドコにでもいるモノだ。

利眞守(とします)は無言のまま彼女の頭を上から押し下げ、何事もなかったかのように無理矢理黙らせた。



「・・・そうじゃないんだ。見ての通り俺はディスカスとしては模様(もよう)綺麗(きれい)じゃないしスタイルだって悪い。そんな俺は周りから"出来損(できそこ)ない"として(あつか)われてきたんだ」


「周りにいたディスカスってのも(なさ)けないヤツらだ。ソレを"個性"として(とら)える事が出来ないなんてな」


差別は人間だけの問題じゃない・・・同じ仲間が集まってグループを形成(けいせい)すれば必ずドコかで(ほころ)びが(しょう)じる。

つまりは同志達(どうしたち)が集まり、作り上げた社会(ある)いは秩序(ちつじょ)といった1つの世界が(ゆが)むという事になる。

(ゆが)んだ世界において100%の安全は存在しない。

では安全を確保するにはどうするのか?その答えは簡単。

自分の身を守る為に、自分以外の"何か"を共通の敵にしてしまえば良いだけだ。

すると、その"敵"を攻撃する為に自分と周りの仲間達は共闘(きょうとう)する事が出来る。

そして共に敵を攻撃している間は、自分が敵になる可能性は(かぎ)りなく0%に近づく。

ソレはある意味での防衛本能なのかも知れない。


「ドコへ行っても俺は(はぶ)かれてきた・・・そんな俺が周りと同じように生活していくなんて出来やしなかったんだ」


「・・・」


「そんな環境の中にいた俺は次第に(すさ)んでいったよ・・・周りが(にく)かったし周りと違う自分が(にく)かった!そして俺は周囲を傷付ける事で自分が傷付かないように逃げていた!でも・・・それは何の解決にもならなかった」


「・・・」


「なら俺は"俺"という存在であり続ける事に意味なんてあるのか?そもそも"俺"とは何なんだ?わからなくて・・・怖くて・・・不安で俺は・・・」


利眞守(とします)は知っていた。

今のディスカスのように何も信じる事が出来ず、周りを(にく)み恨み"こんな世界などクソ食らえ!"と(うれ)いてしまう、その本当の原因を。

それは"自分に自信が持てず、自分自身を信じられない"状況が出来上がってしまっている事にある。

そして厄介(やっかい)なのは、それを"本人自身が気付いていない"事であると。

だからこそ周りが助けてやらねばならない・・・利眞守(とします)は誰よりもソレを理解している。



「俺にもあった・・・そういう時が・・・俺も周りから、ずいぶんと理不尽(りふじん)な仕打ちを受けたモンさ」


(あに)さん・・・?」


「なぁに俺は周りの連中と比べると、少し唐変木(とうへんぼく)だったらしい」


「少しじゃないよ!かなりだよ!!」


"──グイッ"

「うにゅうぅぅ・・・!」


唐変木(とうへんぼく)という言葉の意味もわからないのに、とりあえずプレ子は口を(はさ)んでみる。

(あん)(じょう)利眞守(とします)に押し下げられ黙らされた彼女は、なぜか悔しそうな顔をしながら"また乱入してやる!"と自らに(ちか)虎視眈々(こしたんたん)とその()を狙う事にした。



「まぁとにかく周りと違うヤツってのは"いい(まと)"になっちまうのよ。もしかしたらソレは自分に無いモノを持ってる相手が(うらや)ましくて、やっかんで攻撃してきているだけの、つまりは無い物ねだりの駄々(だだ)っ子ちゃんってヤツなのかもな」


「俺は(あに)さんと違って余裕を持ったまま周りを見る事が出来ない・・・(あに)さんみたいに強くないんだ・・・!」


(あせ)りなさんな。全ては"キッカケ"だよ」


彼の言う"キッカケ"とは一体?



「当時、学生だった俺は人と関わるのが嫌いでね。ドコへ行っても独り、ドコへ行っても孤立(こりつ)してたし俺自身もソレを望んでそういう環境を作ってたんだ。本当に友人と呼べる相手は2、3人居たかどうかレベル。でもそんな俺はヤツらの・・・まぁ同学年の不良君達の事だわな。ヤツらの目には良い遊び相手(オモチャ)に見えたんだろう。その時の俺は他人の顔色ばかり(うかが)って自分の意見も言えないような奥手(おくて)だったんだ。それに(くわ)えて自分の世界に閉じ(こも)り好きな事にしか興味がなく、人付き合いよりソレを優先してるような男だったんよ。まぁソレがダメだったとは今でも思っちゃないけど・・・完全に"イジってくれぇ!"って言ってるようなモンだよな?いや~懐かしい懐かしい!」


いつもの適当な口調で過去を語る利眞守(とします)だが、彼にとってソレは思い出したくもない過去のハズ。

なのになぜ笑いながら自らの古傷(ふるきず)(えぐ)るようなマネをするのか?


「そんでもってのある日ね。ドコで知ったんだかその不良君達が俺の部屋に乗り込んで来ちゃったのよ。なんでも俺と遊ぶ為だとか言ってたな・・・もちろん当時の俺に拒否するなんて選択肢は無かったからヤツらの好き勝手、俺の部屋は一瞬のうちに無法地帯(むほうちたい)世紀末(せいきまつ)


「ひでぇ話だ・・・」


「正直自分に対する痛みになら俺はいくらでも耐えれた・・・もしかしたらソレが(すで)にダメだったのかもな?耐える事に()れて耐える必要なんてなかった事に対しても"それが、いつもの事だ"と我慢(がまん)してたのかも知れない。そしてヤツらは・・・面白半分に俺の"大切なモノ"に手を出した」


「大切なモノ・・・!」


聞かなくてもわかる。

今も昔も利眞守(とします)にとって大切なモノとは自分の世界であり、それはイコールでアクアリウム・・・つまりは水生生物の入った水槽の事だと。

(ゆえ)にディスカスとプレ子は反応した。



「目の前で水槽をぶちまけられた俺は、初めて本気で怒り他人に刃向(はむ)かった!だが結果は惨敗(ざんぱい)・・・俺は全てを失った気分になったよ。ピチャピチャっと()ねるクチボソ達が次第に動かなくなっていくのを見せつけられ・・・悔しさと怒りの()()じったドス黒い血の涙が両目から(あふ)れてくるのが自分でもわかった。そしてヤツらにも同じ思いを・・・いや、それ以上の!それこそ、この世で(もっと)残酷(ざんこく)な手段で殺してやろうと──」

「もしかしてオーナーの"キッカケ"って──」

プレ子が不安そうな声で(たず)ねるが利眞守(とします)はチチチッと人指(ひとさ)し指を横に振った。

その顔は結論(けつろん)()(いそ)ぐなと言わんばかりの余裕がある。



自暴自棄(じぼうじき)になってた俺は、その後もヤツらの遊び相手(オモチャ)として散々(さんざん)な日々を送っていた。()地獄(じごく)と表現するのが(もっと)も似合うような毎日だった。だがそんな時、俺は奇妙(きみょう)偶然(ぐうぜん)から、今にも()っちまいそうな1人の(じい)様と出会った。そんで、その(じい)様の口から出た言葉が"禁じ手殺法アクアリウム四十八手(しじゅうはって)"だった。まさに神の御告(おつ)げだと思ったよ・・・ヤツらを殺せと天が俺を(みちび)いてくれているような、ある意味地獄(じごく)の日々に一寸(いっすん)光明(こうみょう)()し込んだが(ごと)き嬉しさと喜び・・・(いな)狂喜(きょうき)とでも言うべき感情が俺の中に満ち(あふ)れた。そしてヤツらを地獄(じごく)(ほうむ)()る為に──」

「やっぱりオーナーは・・・」


「だぁ焦りなさんなっての。確かに俺は禁じ手殺法(さっぽう)習得(しゅうとく)して、ヤツらを徹底的に叩き潰した。それこそ泣きながら(ゆる)しを求めて来ても俺は躊躇(ちゅうちょ)せず、一切の手心(てごころ)(くわ)えずに復讐を続けた。気付いた時には俺の全身はヤツらの(かえ)り血で赤黒く染まってた。(なか)ば楽しみながら復讐(ふくしゅう)免罪符(めんざいふ)(かか)げていた俺は"ある事"に気付いた。そんでソレが俺の"キッカケ"になったんだ。禁じ手殺法(さっぽう)習得(しゅうとく)した俺にとって最早(もはや)ヤツら程度、相手じゃなかった。俺は今まで、こんな弱いヤツらに(おび)えてたのかと思えるようになったんだ」


「暴力に暴力で打ち勝っても何も変わらない・・・オーナーならそう言うと思ったのに・・・」


悲しそうな目でプレ子は彼を見つめている。

その様子を見た利眞守(とします)も一息つき、改めて彼女達に向き直り、キャップに隠された目をカッ!と力強く輝かせ話を続けた。


「そうだプレ子の言う通りだ。大切なのはヤツらを叩き(つぶ)復讐(ふくしゅう)出来た事じゃない。恐怖の象徴(しょうちょう)だったヤツらを"大した事ない相手"だと思えるようになった事が肝心(かんじん)なんだと思う。これはヤツらが変わったんじゃなく俺自信が変わったから、モノの(とら)え方が変わったんだ。もしかしたら自分の暴力を正当化しているだけだと思うかも知れないが、物事には(はな)からわかる事と、行動している途中にわかる事と、行動し終わり結果が出た時にわかる事があると俺は考える」


(あに)さんが変わったから周りが変わった・・・」


彼の話を聞いてディスカスには思うところがあったようだ。

その(わず)かな変化を感じ取った利眞守(とします)は、ここらで話を()める事にした。


「っとまぁ俺の話ばっかで面目(めんぼく)ない!その後は周知(しゅうち)の通りアクアリストの知識や経験を武器として、さらには禁じ手殺法(さっぽう)という最終兵器があるから大丈夫だ!って余裕に(つな)がるのさ」


「・・・言ってる事も、よくわからないしオチとして()まらない!」


そしてプレ子もこの瞬間を待っていた!

彼の()(うえ)話が終わったら、すぐさま乱入すると決めていたのだ!

だが、この乱入は良い意味でベストなタイミング。

若干ナーバスになっていた場の空気を一撃で打ち砕き、いつもの騒がしい店内の雰囲気に変えたのだ。

その流れを止める必要はないと利眞守(とします)も、いつものノリと勢いでプレ子に返した。


「なにぃ!?語るも涙、聞くも涙な俺の壮絶(そうぜつ)なる実体験(じったいけん)になんて事言うんだ!また()れるぞ嵐が吹くぞ!」


()まらないから()まらないって言って何が悪い!?オーナーの話は毎回よくわからないしキレイに着地する事が少なすぎる!分かったか!!」


「この()れ者め!禁じ手殺法(さっぽう)掛けたろ──」

"ガブリッ!"


「いやあぁあぁぁギブギブ!(まい)りましたぁ!!」


「先手必勝!思い知ったかオーナーめ!!」


いかに禁じ手殺法(さっぽう)の使い手であろうともプレ子の噛み付きには、お手上げのようだ。

それでもめげず、プレ子の攻撃に耐えながらディスカスにアドバイスを送る。


「ディスカス!形はどうあれ、お前は自分を変えようと行動している!良いと思うぜラッパー!ソレがお前の"キッカケ"になると俺は信じている!だが周りを攻撃する事だけがフリースタイルじゃない!(よう)は周りと違う、お前にしか()せれない事をやるんだ!出来るか出来ないかは、やってみなきゃわからないし、やった本人にしかわからないけどその価値は十分にあるぜ!」


「あ、(あに)さん・・・」


例え、よくわからない内容の話しだったとしてもソレが(わず)かでもディスカスの"キッカケ"になってくれれば良いのだ。

"(つら)いのはお前だけじゃない!"なんて無責任(むせきにん)なアドバイスよりも"俺にも(つら)い事があったけど、こうして、こんなんして、こうやって乗り越えたんだ!"と少しでも相手の心境(しんきょう)()み込めれば、そっちの方が数億倍マシだと思う。

だからこそ利眞守(とします)は、かつての古傷(ふるきず)を堂々と(えぐ)り、その中に(うご)く汚いモノから何から何まで全てぶちまけたのだ。



"──ガブリッ!"

「あ"あぁ"あぁぁ"ぁぁ"!いつまで噛み付いてんだ!」


「周りと違う俺だからこそ出来る事がある・・・そうか・・・(あに)さん!俺、変われるかな?こんな俺でも変われるのかな!?」


「あぁ変われるぜ!生まれ変わっちまおうぜ!!」


「ありがとう・・・(あに)さん」


それから一同はディスカスの"変わりたい"という願いを叶えるべく行動を始めた。

どう変わりたいのかは全てディスカスに(まか)せて利眞守(とします)とプレ子は、その手伝いだけをする。

最初に行動を開始したのは利眞守(とします)

彼はディスカスの"ある要望"に(こた)える為、店内で一番広い地下フロアを片付けながら、数少ない知り合い達に(かた)(ぱし)から連絡を取っていた。



「おいコラァ万年平社員お前どうせ暇だろ!分かったら明日の午後2時に店に来い!以上!!」


「以上じゃねぇよ!いきなり、わけのわかんねぇ事言ってねぇで説明くらいしろって──」

"ガチャ!──ツーツーツー・・・"


「マジかよアイツ・・・クレイジー過ぎねぇか?」



"プルル・・・プルル・・・──ガチャ"

「うぉーい!お前も暇だろ!?明日の午後2時に店で待ってるぞ!以上!!」

"ガチャ!──ツーツーツー・・・"


「あらあら今度は何を仕出(しで)かすつもりかしら?」



"プルル・・・プルル・・・──ガチャ"

「Я жду в магазине в 14:00 завтра!Приезжайте если вы понимаете его!Конец!!」

(訳:明日の午後2時に店で待ってるぞ!わかったら来い!以上!!)

"ガチャ!──ツーツーツー・・・"


「Вы игнорируете мой план?」

(訳:コチラの予定は無視ですか?)


「よっしぁ!まだまだ行くぜ!!」



利眞守(とします)が携帯を片手に奮闘している頃、プレ子達は──

「何をどうしろって言うんだ!こんなモノ触った事もないのにオーナーはバカか!!」


(あね)さんは(あね)さんの思った通りにやってくれれば良いんだ。本能でやってほしい!」


「私の本能?う~ん・・・本能的にコレを拒否しているような気がするんだけど・・・だって私っぽくないんだもん!」

"ガンガンッ!"


「ちょ、あ(あね)さん!本能でとは言ったけど叩くのは使い方が違う!!」


コッチはコッチで大変そうだ。

果たして彼らは何をしようとしているのか?

その答えは明日の午後2時に分かるとして、今は出来る事を精一杯やるだけだ。


「オーナーのバカァ!!」

"──ガンガンッ!──ギリギリ──ガッ!"


「壊れる壊れる!(あね)さんストップ!!」



それからあっという間に時は流れて今日は昨日に、明日が今日となりその日の午後2時が(おとず)れる。

時計の針と、にらめっこしながら今や遅しと利眞守(とします)徘徊(はいかい)する中、彼を()らすようにして、呼び掛けに(こた)えた知り合い達が、ゆっくりとアクアリウム・バックヤードの前に集まってきた。

()きるまで見慣れた顔ぶれを発見した利眞守(とします)の表情は、キャップに隠れてはいるものの無垢(むく)な笑顔を浮かべている。

それはディスカスの為のモノでもあり"俺の人望(じんぼう)もまだ捨てたモンじゃないな!"という表情から来るモノだった。


「おー!よう来たのぅ!!正直本当に来るか、わからんでしかし不安だったんがな」


「相変わらず、めちゃくちゃな喋り方ね。あなたはドコの人なのかしら?」


喜びを全身で表現する為、バク(ちゅう)を繰り返す利眞守(とします)

最早(もはや)サルと同等どころか、その領域である。

自国の言葉さえ、あやふやな猿眞守(さるます)を保護者的な目線で心配しているのは才色兼備(さいしょくけんび)の学級委員長こと御堂(みどう)千春(ちはる)



「良いか!俺が今日来たのはお前に文句を言う為であって(けっ)して暇な分けじゃない事を──」

「さすが暇人!(さそ)って来ないハズがない!」


「はっ倒すぞテメェ!?暇じゃねぇって言ってんだろ!」


千春(ちはる)(かたわ)らで、いきなり悪態(あくたい)をついているのは、互いに無二(むに)悪友(あくゆう)と認め合う、喧嘩(けんか)倶楽部(くらぶ)総本山13代目(ヘッド)こと千芭(せんば)政宗(まさむね)


「ふふ・・・(とし)(まさ)(そろ)うと、どんな場所でも一瞬でうるさくなるわね」


「お前がそうやって(あお)るから政宗(まさむね)がヒートアップしちまうんだろ。つまり全部お前が悪い!」


幼き日にもどりて年甲斐(としがい)もなく(たわむ)れる3人。

まさに"君子(くんし)(まじ)わりは(あわ)きこと水の(ごと)し"とは、この事かと思い知らされる。

"大人の器"を与えられた少年少女達は目紛(めまぐる)しく変化する時代(とき)の中において、変わらぬ事の素晴らしさを(うった)えているかのようであった。

変わらぬからこそ、いつまでも語り(つた)えられていくモノだけど、変わっていく事で生まれるモノある。

政宗(まさむね)千春(ちはる)から利眞守(とします)を切り離すように、新たな風が吹き抜ける。


「Это одностороннее обещание・・・Я пришел?」

(訳:一方的な約束でしたが・・・ちゃんと来ましたよ?)


「Долго ждали!Человек в той же самой профессии!」

(訳:待ってたぜ!同業者さんよ!)


そこに現れたのは白銀の頭髪にトパーズ色をした綺麗(きれい)(ひとみ)

白いシャツと青いジーンズ、薄茶色の靴がパーフェクトなルックスを、さらなる高みへと昇華(しょうか)させる。

祖国の(スニェーク)()りばめたような白く()(とお)る肌に甘いマスク。

利眞守(とします)()ってして同業者(アクアリスト)と言わしめた男の名はロシア出身のイケメンブリーダー。

その名を"михаил(ミハイル) ростиславовロスティスラーヴォヴィチич драгунова(ドラグノフ)"。

国を越え、人種を越えた利眞守(とします)(つな)がりに政宗(まさむね)は心底驚いた。

ちなみに彼の名前がこんなに長いのは、苗字(みょうじ)と名前以外に父称(ふしょう)というモノが含まれているからで彼の場合だと名前がмихаил(ミハイル)

苗字(みょうじ)драгунова(ドラグノフ)

父称(ふしょう)がростиславовロスティスラーヴォヴィチичとなる。

なので呼び名としてはмихаил(ミハイル)かその愛称形のмиша(ミーシャ)

もしくはдрагунова(ドラグノフ)と呼ぶのが良いかも知れない。

しかし、それ以上に驚愕(きょうがく)だったのは──

「オイオイ今のはロシア語か?なんだってアイツ、ロシア語なんか喋れるんだよ?日本語すら(あや)ういクセに」


「彼にロシア語を教えたのは私よ?」


千春(ちはる)が?」


同類(バカ)流暢(りゅうちょう)なロシア語を喋っている事だった。

発音に独特の(くせ)を持つロシア語を聞き取り、理解し、使いこなし、それを相手(ロシア人)に理解させて言葉のキャッチボールをしている。

幻の珍獣(ちんじゅう)を見つめるような顔でフリーズした政宗(まさむね)を見て、利眞守(とします)(はよ)うと()かす。


「コラァ!そこの万年平社員と万年委員長は何をコソコソ密会してやがる!?早く店内に入ってください!!」


「・・・ロシア語より先に日本語を教えた方が良かったんじゃ?」


「かも知れない・・・困った人だわ」


数少ない知り合い(総勢5人)に連絡して結局集まったのは3人のみだが、これで十分だ。

後はプレ子とディスカスが抜かりなくやってくれてる事を祈り政宗(まさむね)千春(ちはる)、ミハイルを店内に押し込んだ。



「相変わらず(せま)い店だなおい!」


入るや(いな)や、さっそくケチをつける政宗(まさむね)だが、むしろ2人の関係からすると文句を言わない方が失礼にあたる。

(よう)利眞守(とします)政宗(まさむね)だけの形式美(けいしきび)と言うヤツだ。

実際のところ普段生活している中で、ここまで多くの水生生物達に囲まれるという状況は、なかなか(おとず)れるモノでもないし、陸の孤島(ことう)という開けた土地に(かま)えるアクアリウム・バックヤード店内は(せま)いどころか、むしろ無駄に広いレベル。

文句を()れつつも政宗(まさむね)若干(じゃっかん)テンションが上がっていた。

そしてテンションの上がっているのは他の2人も同じでようで──

「Хорошее качество воды」

(訳:良い水質ですね)


同業者ミハイルは生体よりも、その水質に着目(ちゃくもく)していた。

事実、水質の違いがアクアリストとしての実力を決定づけると言っても過言ではないこの世界において大切なのは1にも2にも環境、(すなわ)ち水質である。

その証拠に利眞守(とします)が管理する、全ての水槽からは悪臭などは一切感じらず、それも水面ギリギリまで鼻を近付けて(かす)かに"土のような(にお)い"がする程度である。

これは悪臭の原因である食べ残し、排泄物、藻類(そうるい)を分解しながらバクテリアが活発に活動出来る環境が完成していて、水質のバランスが取れている事に他ならない。

なので、やたらめったら水槽の水を取り換える事はオススメしないどころか()骨頂(こっちょう)とでも言うべき行為である。

プロの目から見ても()()(どころ)がないアクアリウム・バックヤードの水槽群は、素人目にもわかるレベルの完成度を(ほこ)っている。

そんな中、千春(ちはる)が食い付いた水槽はコレだった。


「あら?この子・・・すごく可愛(かわい)い」


「お目が高いな。ソイツは"コリドラス"っつって熱帯に生息するナマズの仲間だ」


「じゃあコリちゃんだ。チュンチュン♪」


水槽越しにコリドラスを指の腹でツンツンしてみる。



千春(ちはる)って、たまに不思議ちゃん補正入るよな?」


コリドラスを夢中でツンツンする千春(ちはる)政宗(まさむね)が小バカにするが──

「けっ!これだから万年平社員はダメなんだよ!ソイツは"コリドラス・アエネウス"っつう種類で通称"赤コリ"の名で呼ばれてんの!だからコリちゃんでも間違いではない!!」


「そー言う事を言ってんじゃねぇんだよ!?」



なぜか利眞守(とします)に小バカにされてしまった。

彼らの悪い(くせ)で1度脱線(だっせん)してしまうと、なかなか本線に復帰出来ず、そのまま突っ走ってしまうという習性がある。

特に利眞守(とします)は今回の主催(しゅさい)にも(かかわ)らず本来の目的をすっかり忘れていた。


「Этот водяной бак・・・」

(訳:この水槽は・・・)


暴走した主催(しゅさい)を片目にミハイルが再び足を止める。

それは以前利眞守(とします)がネオン達の為に作った、ブラックウォーターと流木で構成されたアマゾン水槽だった。


「Красивый・・・Черная вода и тетра」

(訳:美しい・・・ブラックウォーターとテトラですね)


普通なら無色透明な水槽の中に入れ、よりクリアな状態で生体を見たいと思うところだが、そこはアクアリストの感性。

ミハイルが食い付いたのは見栄(みば)云々(うんぬん)ではなく、この水槽の環境を見ての事。

より自然な姿で泳ぐテトラ達を見ての事なのだ。


「Это специальный водяной бак」

(訳:ソイツは特別な水槽なんだ)


「Что вы имеете в виду?」

(訳:どういう意味ですか?)


「・・・Теперь я не могу сказать」

(訳:・・・今は言えねぇな)


「Я понимаю я чувствую доброта от этого водяного бака」

(訳:分かりました。でもこの水槽からは優しさを感じます)


「ムダに感慨深(かんがいぶか)いヤツめ・・・」



"さすがはミハイル"と感心しつつも警戒する利眞守(とします)

彼は日本に来て(すで)に数年になるのだが、(いま)だにロシア語しか理解出来ない為、聞かれたくない(つぶや)きや愚痴(ぐち)なんかは全て日本語で話せばいい。

もっとも日本語を覚えられないのではなく、覚えようともしないミハイルもミハイルなのだが。



「チュンチュン♪あっ反応した」


「委員長はコリドラスお買い上げか?」


その一方で飽きずにコリドラスと(たわむ)れる続ける千春(ちはる)に目をやり、何気(なにげ)なく声を掛ける。


「え〜っ?コリちゃん欲しいかも」


"──キュピンッ!"

その一言を聞いた利眞守(とします)の眼が光る!

そして戦隊ヒーローが(ごと)きモーションで彼女の前に飛んで来るや(いな)や、ここぞとばかりに怒濤(どとう)の解説を始める!


「ならナマズ(もく)カリクティス()コリドラス亜科(あか)コリドラス(ぞく)の"コリちゃん"の飼い方をレクチャーしてくれるぜ!必要なモノは、とにかく砂だ!まずは砂を1~2cm程度()()めエサは小粒な沈下(ちんか)性のモノを用意する!贅沢を言えばアカムシがベストなんだが、これはコリドラスが砂に顔を突っ込み、エサである微生物や有機物デトリタス(あさ)底棲魚(ていせいぎょ)だからだ。しかーし水底に生息していると言ってもコリドラスは腸管呼吸(ちょうかんこきゅう)、つまり水面に空気を吸いに来るって事を忘れちゃならねぇ。(よう)は水槽にフタをするのはオススメしないって事と、水面が(ふち)のギリギリだと思わぬ悲劇を招く事がある事には注意しろよ!後は飼うなら5匹くらいを同じ水槽に入れるのがオススメだぜ?コリドラスは群れを作って生活するからな!そしてコリドラスは種類が多いって事も覚えておけ!アエネウス、パレアトゥス、アルビノ、パンダ、ステルバイその他多数、自分の好きなコリドラスが必ず見つかるハズだ!以上でレクチャーは終了!!後は水槽にフィルターにレイアウト!己の信じた世界観(アクアリウム)を信じて貫け!そして君もレッツ、コリドラス!!」


「買ったわ!コリちゃん5匹と水槽一式!!」



アクアリウムの事となると利眞守(とします)は熱くなる。

その熱に(うなが)されて、なぜかヒーロー&ヒロインよろしくなポーズを2人でバッチリ決め、今ココに新たなアクアリストが誕生した。

しかしその光景を、ただ見てる事しか出来なかった政宗(まさむね)には不評のようで──

「おい千春(ちはる)、ソイツの悪ノリに付き合う必要はねぇと思うぞ?」


「あぁ~ん?さては貴様、俺と千春(ちはる)()り上がってる事にジェラシーかぁ?そりゃ昔からお前が千春(ちはる)の事──」

「ふんぬぅあぁ!」

"ドゴオォォォッ!!"


「うごぉっ!?」


人の体が宙に浮く程の破壊力を持った、政宗(まさむね)渾身(こんしん)のボディブローが利眞守(とします)の腹部に炸裂(さくれつ)する。


「なんか言ったかアクアリスト?」


「ボ、ボディブローは・・・ねぇんでねぇの?」


利眞守(とします)は片膝を着きダウン寸前の致命傷(ちめいしょう)を受けた。



「で、俺達を呼んだのは何の為だ?まさか顔が見たかったってオチじゃねぇだろ?」


「あ、(あせ)んじゃ・・・ねぇぜ!地下へ・・・行こう」


「この店、地下なんかあったのか?」



だいぶ脱線(だっせん)したが、ようやく目的を思い出し地下へと一同を案内する。

そこで待っていたのはプレ子だけだった。



「遅いぞオーナー!」


当たり前の(ごと)く文句を言うプレ子。

利眞守(とします)は"すまねぇ!"とばかりに片手をあげるが、ボディブローのダメージが残っているのか、上げた手はフラフラしている。


「オイ・・・ありゃ誰だ?」


政宗(まさむね)利眞守(とします)の耳元で(ささや)いた。


「おぉ紹介がまだだったな!数週間前から住み込みで働いてるアシスタントのプレ子だ。当たり前だが"プレ子"はアダ名だぞ?」


それを聞いた政宗(まさむね)はプレ子を、じーっと見つめ──

「なぁ?あの子お前の"コレ"じゃないよな?」


小指を立てて再び()い掛ける。

それを見た利眞守(とします)はムッとした表現で()いを無視して、おもむろに政宗(まさむね)の小指を(つか)み──

"グギッ!"

「ああぁあぁぁぁぁ!!」


指の可動範囲を超えた角度までひん曲げた!

鈍い音と政宗(まさむね)の絶叫が地下フロアに響き渡る。


「ボディブローのお返しだボケ!!」


「おま、ちょっ!コ、コレはシャレにならないって!」


あり()ない角度で曲がる自分の小指を見てプルプルと震える政宗(まさむね)



「うるさいヤツめ!」


"グギッ!"

「ああぁあぁぁぁぁ!!・・・れ?(なお)った??」


「相変わらず仲が良いわね」


悪ガキ共の(たわむ)れを見る度に千春(ちはる)微笑(ほほえ)み、ふと部屋の(すみ)で待機しているプレ子に目をやると──

「あら?あの服・・・そう言う事だったの」


「オーナーなに遊んでるんだ!!」


しびれを切らしたプレ子が半ギレ状態で()かしてきた。

確かに、そろそろ本題に入るべきだ。

3人を即席のイスに座らせると利眞守(とします)はマイクを片手にアナウンスを始めた。



「さぁ今回集まってもらったのは(ほか)でもない!なんと我がアクアリウム・バックヤードを舞台に1人の流離(さすら)いラッパーが、自身の新たなる旅立ちの為にラストフリースタイルを()せてくれる事となった!さっそく紹介するぜ!その勇者の名は・・・淡水系ラッパー"D-Squas(ディスカス)"だぁ!!」


"──バシュウゥゥ!!"


水草用のCO2ボンベを改造した特製ランチャーが大量のガス吹き出し、手作り感満載(まんさい)簡素(かんそ)()(まく)が開いていく!

中から現れたのは、もちろんディスカスに他ならない。


「よーしプレ子!ミュージックを掛けろ!!」


「おー!!」


"──トゥクドゥク!──テーテテーテテテーテテー!"

先ほどまでプレ子が座っていた物体のカバーを外すと、なんとソレはターンテーブル!

彼女がディスカスに本能でやってくれと頼まれた事とはDJだったのだ!

確かにターンテーブルは叩くモノではないと最低限の使い方を覚えた彼女は、がむしゃらにディスクを回し、目の前にあるツマミを乱暴に回したり引き下げたりしている。

しかし不思議な事に、めちゃくちゃながらもリズム自体は取れている。

コレが本能の()せる技なのか?



「うぉおぉ本物のラッパーなんて初めて見たぜ!」


「ふふっ、(とし)交遊(こうゆう)関係は謎に包まれてるわね♪」


「Я не понимаю значение слов но наслаждаюсь ритмом и чувством」

(訳:私には言葉の意味はわかりませんが、リズムと気持ちで楽しませていただきます)


「そしてこのD-Squas(ディスカス)の最後を(かざ)る相手は、誰が呼んだか陸地に(ひそ)む水生生物こと底無しラッパー!アクア・ジ・オーナメンタルだ!!」


「アクア・ジ・オーナメンタル?水の装飾品(そうしょくひん)ってどういう意味だよ」


「細かい事を気にしちゃ(とし)に悪いわよ?」


プレ子の創るBGMに利眞守(とします)・・・もとい今だけは"オーナメンタル"が場を盛り上げるべくマイクパフォーマンスを繰り広げる。

会場に集まったのは当人達を入れても6人だけだが、ディスカスとオーナメンタルは1000万人の観客を前にしているかのような優越感(ゆうえつかん)(ひた)っていた。



「おーら早速始めようじゃねぇか!D-Squas(ディスカス)VSオーナメンタルの壮絶なる言葉遊びをなぁ!フリースタイル対決come on!!」


"──トゥクドゥク!──テーテーテテテーテテーテー!"

プレ子が曲調を変えてマイクを手にした。

ココからの進行は彼女が担当するようだ。


「まずは先攻D-Squas(ディスカス)!!」


マイクを手にしたディスカスがオーナメンタルに()()り攻撃を開始する!



時代(とき)は冷戦!時に冷静に戦場(ステージ)見据(みす)えて一太刀(ひとたち)あびせるsword俺は孤高のサムライone man-armyワンパンgloryこの手に握る1本の刀が折れたその場が俺の墓場だ!武士道貫く俺の手前にてboogieな覚悟は赤子も同然!危機感覚えたビッチがkick it?ただチキってるだけだろビビりはbeat it!!」


ディスカスのフリースタイルが決まった!

それに対するオーナメンタルのアンサーは!?



「つべこべ抜かす継ぎ接ぎだらけテメェのラップは相手じゃねぇつーかラップじゃねぇし?テメェのソレはボヤキってんだよ自覚しろ!さっさと***(自主規制)***(自主規制)して来い!南無三(なむさん)掛ける言葉も無ぇってつまりは興味も無ぇのよ?魅力も無ぇし甘すぎ未熟なミルキーボーイ!俺なら()かすぜこの会場!テメェにゃわからぬこの高揚(こうよう)!バトル以前に逃げ腰awayなチキン野郎!出直して来いよbye check out!」


アンサーを返したうえに攻撃も決めた!

"(はな)からテメェなんざ相手にしてねぇ!"と余裕を見せつけた両者の戦いは、観客達のボルテージに炎を注ぐ!


「いいぞD-Squas(ディスカス)!オーナメンタルなんかヤッちまえ!!」


「2人ともカッコいいわよ!!」


「Горячая мысль друг друга звучит через ритм!」

(訳:互いの熱い思いがリズムを(かい)して響き渡っている!)


"──トゥクドゥク!──テテテーテテーテテテーテー!"

「さぁウォーミングアップは済んだかウォーリアー共!?一息ついてる余裕なんてないぞ!Get ready for the next battle!let's fight like a madman!!」


ナチュラルな発音でプレ子が第2回戦の開始を宣言(せんげん)、曲調もより激しいモノへと変わり、再びディスカスの先攻で戦いの火蓋(ひぶた)は切って落とされる!



「人にどうこう言われようが己の信じたモノを貫く!それが正義でありjust meetありきたりな御託(ごたく)を並べたがるおたくはただのマニュアルオタクか?型にハマらねぇラップ見せつける俺にハマる中毒者続出!注意一秒怪我一生?犠牲(ぎせい)を恐れて動かぬが罪なり!ならばこの俺D、S、Q、U、A、S神に代わりて手ぇ下そう!最後の審判(しんぱん)待つ暇なくしておめぇの未来は俺が決める!判決有罪!罪状はダセェ(いん)(きざ)むヘボラップ(すなわ)ちおめぇは大罪人!大枚(たいまい)(はた)いて手に入れた偽物なんざ***(自主規制)1発で(もろ)くも崩壊!耳()ましゃ聞こえんだろ?()まし顔の死神さんが音と共に狩りに来るのがdead or alive取って付けたような見せかけばかりの(まが)(もの)ラップが(まが)(とお)るハズねぇimitation!存在意義なんざ()くだけ無意味だ!俺こそがルール!i'm true rapper yeah!!」


ディスカスの攻撃が終ると同時に歓声が巻き起こる!

喧嘩(けんか)(ぱや)政宗(まさむね)は、その熱に血が(たぎ)るのか、立ち上がって腕を振りまわし、千春(ちはる)も身を乗り出して声援を送っている。

ミハイルもリズムを取りながらロシア語で2人を(あお)っている。

そしてプレ子はディスクに張り付き自分ごとターンテーブルにまわされている・・・こんなDJ見た事ない!

(いき)つく()もなく攻守交代、オーナメンタルが牙を()く!



「どこにでもいる神様気取りな取り柄の無ぇ凡庸機(ぼんようき)がほざく!どうせテメェは悪ぶっただけの良い子ちゃん!だから見栄張る今だけ噛み付く素振(そぶ)り!普段は御上(おかみ)にシッポ振り振り!here we goホンモンのheelってモンを見せつけてやるぜheaven or hell!一発必中一撃必殺一気に(たた)み掛けるが戦の極意down over count!力量(りきりょう)計れぬ大バカ野郎は2度と立ち上がらずに意気消沈(いきしょうちん)!無理は承知(しょうち)?ならば見せよう愚か者のshow down!勝負に敗けても心配いらねぇたかだか死ぬだけそれが生き恥(さら)させぬ俺の慈悲(じひ)(ゆえ)に安心して(はぜ)るがいい!楽な道しか歩まぬヘタレが()らすヘタの物好きラップより坊主(ぼうず)(かな)でる御経(おきょう)の方が100倍ノレる(いん)踏むぜ?like a bomb飛び散る言葉に飛び乗れride on!ぶっ壊れた暴走車両だ速度規制は(はな)から無視だぜ丸め込まれたくねぇならジャンキーが(ごと)くkeep on crazy journeyイッちまいな音の彼方(かなた)!一番乗りでキレたモン勝ちだ!決められた道なんて歩まねぇ俺が通った後が道になるのさgoing my way to heaven!!」


後攻オーナメンタルが素人(しろうと)とは思えない程のフリースタイルを炸裂(さくれつ)させる!

細かい事など分からないが持ち前のノリと勢いでやりきった。



「いいぞオーナメンタル!今ほどお前をスゲェと思った事はないぜ!!」


「本家ラッパー相手にスゴいわ!見直しちゃった♪」


「Я удивлен в вашем таланте каждый раз」

(訳:あなたの才能には毎回、驚かされます)



戦いを終えた両者に、()しみない歓声が贈られる中、BGMのボリューム下げたプレ子がMCを再開する。


「Excellent heart to heat!燃えたぎるbeatが(みちび)くrouteはダンジョンを越えた先にある感動!D-Squas(ディスカス)&オーナメンタルに今一度、祝福の歓声を!!」


再びオーディエンスから熱い歓声が贈られた。

そして今度はオーナメンタルがマイクを取り、いよいよディスカスの新たなる旅立ちを(むか)えようとしていた。



「最初に話した通りD-Squas(ディスカス)のアグレッシブで(するど)いフリースタイルは、コレで見納めとなる!では今後はどうなるのか?ソレを今日この場で本人から説明してもらおうじゃねぇかcome on!! 」


キレのあるサイドスローでディスカスにマイクを投げ渡したオーナメンタルは、静かにステージから降りた。



「D、S、Q、U、A、S俺がD-Squas(ディスカス)!今日は、この場を借りて俺の覚悟そして旅立ちを1人でも多くの者に(きざ)んでもらいてぇのと俺自身への(ちか)いを立てるべく()(さん)じた!」


「フリートークもイカしてるぜD-Squas(ディスカス)!」


「俺は今まで周りを傷付け、(にく)みながら生きてきた。それは俺自身が自分を(みにく)い存在だと認めてしまいながらも否定し続けた結果の()れの()て。だがソレも今日までだ!俺はオーナメンタル・・・いや、あえて"(あに)さん"と呼ばせてもらおう!(あに)さんに出会い俺は周りと違う自身を受け入れる事が出来た!俺は今、この瞬間から生まれ変わる!!こんな(けが)れて(みにく)くなった俺にさえ、手を差し伸べてくれた(あに)さん、(あね)さん、そしてずっと見放されたと思っていた両親、その他の仲間達!今までの(つぐな)いきれない罪の数々に対するゴメンの気持ちと感謝を込めて俺は歌う!誰も1人では生きていけない・・・俺は自分1人で今日まで生き抜いて来たつもりになっていたがそうじゃなかった。俺が今こうしてココに居るのも、てめぇの世話すら出来なかった俺を育ててくれた両親が居たからだ!()いてくれ・・・そして愛されずに育つ命なんてない事を改めて知ってくれ!」


ふぅー・・・と一息ついたディスカスはゆっくりマイクを口元に近付けた。



「"It'll change(今から変わろう) now"」



"──トゥクドゥク!──テーテーテテーテテテテーテー"

ディスカスが曲名を言い終えると再びプレ子がBGMを流し始めたが、今回のソレは穏やかで落ち着いたテンポとなっている。



~~♪

「誰かが 暗闇で泣いてる 今日を諦めても明日が来ると だからこそ この世は残酷だと 嘆き叫びうつ向いている 顔を上げて前を見てみろ その先にあるのは闇か光か 差し伸べられた誰かの手を掴み 踏み出せ お前にもわかるから It'll change now! 遅くはないさ 今から変われば良いソレだけだろ? 難しくはない 自分を信じる事は お前にだって出来るさ


誰かと 比べるのも良いが お前はお前以外の誰でもないと 自分を誇るか貶すか ソレを決めるのもお前自身さ 何も誇るモノの無い俺でも 誰の役にも立たない俺でも 生まれてきた事に意味があると 見つけろ お前の為の幸せ It'll change now! 遅くはないさ 今から変われば良いソレだけだろ? 恐れる事はない 未来を信じる事は お前にだって出来るさ 


後にも先にも お前はこの世に たった1人だけの かけがえのない 存在なんだ for only you! It'll change now! 遅くはないさ 今から変われば良いソレだけだろ? 難しくはない 自分を信じる事は お前にだって出来るさ」

〜〜♪



先ほどまでの攻撃的なリズムから一転、生まれ変わったディスカスが渾身(こんしん)の1曲を歌いきった!


「・・・ええ歌やぁ・・・ウグッ!」


涙を(こら)えながら政宗(まさむね)が立ち上がって拍手(はくしゅ)を贈る。

ワンテンポ遅れて千春(ちはる)とミハイルも立ち上がり拍手(はくしゅ)を贈る。

満場一致(まんじょういっち)のスタンディングオベーションだ!


「なぜかしら・・・涙が・・・ぐすっ・・・」


「Это здорово слова чтобы выразить кроме не найдены!!」

(訳:素晴らしい以外に表現する言葉が見つかりません!!)


千春(ちはる)は大粒の涙で(ほほ)()らしミハイルは言葉の意味が分からないにも関わらず絶賛(ぜっさん)していた。

それは単純に、心に響いたと言えば良いのだろう。

こうしてディスカスの新たなる旅立ちは大成功に終わりアクアリウム・バックヤード超特設(とくせつ)ステージは(まく)を下ろした。

利眞守(とします)達に見送られながら政宗(まさむね)千春(ちはる)、ミハイルの3人は名残惜(なごりお)しそうに店を後にした。

ちなみに千春(ちはる)はコリドラスと水槽一式を忘れずに買っていった。

今回選んだのは"コリドラス・パレアトゥス(通称 青コリ)"を5匹。

そして政宗(まさむね)利眞守(とします)の目を盗み、ちゃっかりプレ子に自身の連絡先を渡していた!

しかし彼女は"こんなの(もら)った!"とすぐ利眞守(とします)自慢(じまん)してしまい、彼の計画は(もろ)くも崩れ去ってしまう。

そして利眞守(とします)とプレ子はステージの中央、生まれ変わった新生(しんせい)ディスカスに最後のエールを贈っていた。



「・・・立派(りっぱ)だったぜディスカス」


(あに)さん・・・うぅっ!」


「おい泣くなよ。しゃーねぇなぁ!!」


ディスカスと熱い包容(ほうよう)を交わす利眞守(とします)

まさに男の友情と言ったところか。



(あに)ざん!(あね)さん"!あ"りがどう!!」


「うぅ・・・なんで私まで泣いてんの?」



"──パアアァァァアアァァ!!"


ディスカスの体が激しい光に(つつ)まれて利眞守(とします)の腕から、すり抜けて行く。

そして光は1階フロアへと向かい、そのまま消えて行った。


「・・・やっぱりな」


この瞬間、利眞守(とします)は1つの確信を()た。

それは擬人化した生体達が"元にもどる条件"である。

正直な事を言うとネオンが元の"ネオンテトラ"にもどった時に、ほぼ確証は()ていたが今回のディスカスの件でソレは確実なモノとなった。

生体達が元にもどる条件・・・それは"願いが叶う"事であると。

謎のエサ、ドリームタブは強い願いを持った生体が体内に摂取(せっしゅ)する事で、その願いを叶える為に一時的に擬人化させる事が出来るに違いない。

どうやって擬人化させてるかは知らないが、そう考えれば説明は付く。

つまりプレ子を元にもどしてやるには──

「プレ子の"願い"を叶えてやれば良いんだな」


彼は様子を(うかが)いつつプレ子の願いを叶える事にした。

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