カルキ抜き 今日からお前は!
「くぅあぁ・・・あの野郎・・・!」
あれからそう時間も経っていない現在時刻は午後1時55分。
負傷した首を庇いながら擬人化してしまったプレコを元にもどす為の、具体的な方法を考えていた利眞守は、さっそく大きな壁にぶち当ったていた。
それは"今のプレコ"をどうするかという事だ。
お魚ボディから人間ボディになってしまった彼女の扱い方がわからなかったのだ。
例をあげると、まずは食事。
本来プレコストムスはコケやアカムシ(ユスリカという生物の幼虫)といったモノを食べるのだが、今の彼女は何を食べるのだろう?
やっぱりプレコだからコケを食べる?
もしそうだとしてもビジュアル的な意味でNGだ。
試しに美少女プレコがコケやアカムシを食べている所を想像してみる・・・結果は想像しなければ良かったの一言で事足りた。
次に環境の事もそう。
いくら適応力の高い生物だと言っても、水の民がいきなり陸上生活をおくるのは、さすがに酷というモノに違いない。
適正な温度の湯船を用意してあげれば大丈夫か?
そして一番の問題となるのが彼女と、どのように生活していくかである。
自分のせいで擬人化させてしまったと言えど、こうなった以上最低限、彼女にも"人間らしく"振る舞ってもらわなければならない!
コケを食べたり壁に張り付いたりするのはもちろん"私はプレコストムスだ!"的な発言もNG。
その為には、まず彼女に相応しい"名前"を付ける所からスタートしよう。
「名前か・・・う~む・・・」
エリ?ダメだ、コイツ全然エリっぽくない。
じゃあマドカ?・・・もダメだ、雰囲気がマドカじゃない!
となるとカエデ?いや・・・何かが違う!
だとするとジェッピーノ?・・・コレもダメだ、ジェッピーノ要素が足りない!
そもそも利眞守からして見れば、如何に姿形が変わろうとも彼女の事は熱帯魚プレコストムスとしか見る事が出来ないのだ。
「だあぁもうプレコはプレコだろ!プレ・・・あ?いや、ちょい待ちぃの・・・」
ヤキモキとした胸糞悪さを振り払うべく叫んだ時、一瞬何かが見えた気がした。
その答えがすぐ目の前にあるというのに・・・何かこう最後の一押しが足りない!
しかしヒラメキはソコにあるのだ!!
「プレコ・・・プ・・・レコ・・・プレ・・・そうか!!」
"パサッ──キュポン!──キュキュキュウ!"
思い立ったがすぐ行動。
利眞守はスラスラと厚紙に黒の油性ペンで何かを書いていく。
そして書き終えた厚紙をハサミで長方形に切って、それをネームプレートに入れば──
「で、出来たぁ!おーいプレコ!!」
「何用か?」
壁に張り付ついていたプレコが空中を泳ぐようにヒラリと華麗なジャンプを決め、彼の前に飛んで来た。
その姿は、まるで天駆ける天女の舞が如く、或いは清風に身を任せて揺らぐ陽炎のようでもあった。
「いいか、今からお前には・・・ハッ!?しまったソレを忘れて・・・だ、だがココまで来たからにゃ・・・お、おい!少し、買い出しに行ってくるから、その間ドコにも行くんじゃないぞ!?いいか、これフリじゃないかんな!絶対ドコにも行くなよ!壁に張り付いて待ってろよ!!」
"ガシャ!──バタンッ!"
彼女を呼びつけておいた挙句、慌ただしく店を飛び出す利眞守。
1人店内に残されたプレコはその後ろ姿を、きょとんとした表情で見つめている。
「なにあれ?」
一方、店を飛び出した利眞守は昼下がりの街中を物凄いスピードで爆走、迷いなき足取りで1軒の店の中へと突撃する。
「うぉーい!居るかあぁ!!」
「誰も居なかったら、お店は開いてないわよ?あなたが私の所に来るなんて珍しい事もあるのね」
荒々しい風と共に利眞守がやって来たのは、落ち着いた雰囲気の綺麗な服屋だった。
突如巻き起こった大嵐を受け流す清風が如き対応で、店の奥からは淑やかな口調と仏のような表情が魅力的な、いかにも大人のお姉さんと言った感じの女性が現れた。
彼女の名は"御堂千春"。
どう考えても対極に鎮座する野蛮で無作法な利眞守と、清楚で物事の所作を心得た千春に接点なんてあるのか?
その答えは単純にして簡単。
2人は幼少期から小中高において同学年のクラスメートだったのだ。
つまりは利眞守の幼なじみたる政宗とも彼女は幼なじみ。
同じ学校に通っていたとは言え、利眞守と千春を見ていると、人はこうも差が出るモノなのかと思わずにはいられない。
まさに雲上月鼈、逆にココまでかけ離れた者同士だからこそ利眞守、政宗、千春は今でも友として揺るがぬ絆を紡いでいるのかも知れない。
そして2人の間には良い意味で、男だの女だのと言った隔たりも存在しない。
さっそく利眞守が彼女に無理難題を押し付ける。
「最初に言っておくが何も聞くな!そして今すぐ女モンの服を選んでくれ!服のセンスはお前に任せる!」
「困ったわね~・・・あなた、いつから変態の仲間入りをしていたの?昔から危ない人だとは思ってたけど今度はどんな事件を起こす気なのかしら」
「うるせぇ!とにかく女モンの服を選んでくれってんだよ!それといつまでも学級委員長気取りは、よろしくないぞ!つーかもう事件は起きてんですよ!?」
「話を詰め込み過ぎよ・・・まぁ良いわ。で、イメージとかって決まってるの?」
「あっ・・・え~と・・・キリッとした顔立ちで黒のロングヘアで身長は平均的な女学生並みで・・・歳は・・・たぶん18から19くらいの・・・まな板ボディ!コーディネート任せた!!」
困り果てた表情で服を選ぶ彼女を尻目に、店内を見渡す利眞守はポケットに手を突っ込み、落ち着かない様子。
おそらく、この空間に自分という存在は場違いである事を自覚しているのだろう。
周りを見渡せば、お洒落な女学生からリッチなマダムまで。
その中に1人薄汚れた緑のズボンにジャケット、色褪せたカーキ色のキャップを被った己の姿を思い出す・・・場違いも甚だしい、まさに完全無欠の変質者そのものだ。
彼の中に後悔の2文字が浮かび始めた矢先、千春から声が掛かる。
「お待たせ、こんなのはどうかしら?」
彼女は少ない情報からモンタージュのようにイメージを組み合わせコーディネートを完成させた。
薄い色のジーンズにシンプルながら存在感のあるロゴ入りシャツ、その上から羽織る為のお洒落なポンチョ。
仕上げに小物をアクセントにした"お洒落上級者ですがなにか?"的完璧なセンス!
見事なり・・・さすがはプロと言った仕上がりだ。
しかし気になるのは、やはりそのお値段。
「How match?」
「14万7800──」
「うぉーい破綻させる気か!14万あったら中古の軽が買えんぞ!?えぇいじゃあ・・・ソレとソレとソレのセット!その5点で良いです!How match!?」
「5点で税込み2万4000円ね」
「あぁわかった買いだ!」
最後の最後まで慌ただしさ満点の利眞守が店を飛び出すと同時に、店内は嵐が過ぎ去ったような静けさを取りもどす。
まさに一瞬の出来事だった。
「結局自分で決めてるじゃない。本当にあなたは何も変わらない人ね・・・でも、それがちょっとだけ羨ましくもあるんだけど」
再び爆走する利眞守。
その強烈な空気抵抗に紙袋が悲鳴を上げながら散ってゆく。
それでもスピードを落とさず、勢いそのままにプレコの待つ店内へと帰って来た。
「うおぉぉおおおぉぉぉぉいプレコォ!!」
「うるさーい!!」
約束を守ってかプレコは、おとなしく壁に張り付いて待っていた。
その様子に安堵の表情を浮かべた利眞守は、紙袋と思わしき何かを彼女に渡し倒れ込む。
その姿は、まるで戦場で負傷した兵士が死力を振り絞り仲間に家族の写真を託し散り逝く、あのシーンが如く。
「ひぃ・・・げほっ!うぅえ!!」
「ちょっ、オーナー!?」
「へっ・・・は、はしゃぎ過ぎたぜ・・・」
彼を心配しつつもプレコは渡された紙袋を開けて中身を確認する。
そこには利眞守センスでチョイスされた女性用衣類一式が入っているのだがソレを見たプレコの第一声は──
「なにこれぇ!?」
明らかに不満そうな彼女の声など聞く耳持たず、薄れ行く意識の中で彼は自分の計画を再度確認していた。
まずはプレコに女性らしい服を着てもらう事。
今、彼女が着ている服はプレコストムス感が全面に出すぎている。
万が一にも"あれ?あの子プレコストムスじゃない?"的な空気になる事を恐れた利眞守は、転ばぬ先の杖として彼女用の服を新調したのだ。
そんな空気になる可能性は限りなく0%だが絶対にならないとも言い切れない。
さらには買ってきた服を拒否された場合に備え"とある最終兵器"も用意してある。
次に名前。
これは別にアダ名でも良いんじゃないか?と彼は結論を出した。
それなら多少違和感があってもアダ名ですからと誤魔化せるだろう。
そしてそのアダ名は既にネームプレートに用意してある。
最後に生活面だがいっその事プレコはこの店に住み込みで働く従業員という設定にしてしまおうと考えた。
全ては計画を無事遂行する為の爆走であり、何事もノリと勢いが肝である事を熟知しているが故に利眞守はテンションを無理にでも高めて頑張っていたのだ。
そしてその反動で力尽きてしまい今に至る。
それから数分後。
ようやく目覚めた彼を待っていたのはもちろんプレコなのだが──
「プレ・・・って!なんで渡した服、着てないの!?」
「はぁ!?あんなダサいの着れるわけないじゃん!」
「おぉコラ!その発言は荒れるぞ!モメるぞ!?」
「それに!この服にも私のプレコストムスとしての誇り、名誉、威厳があるんだぞ!私にソレを捨てろと言うのか!?」
案の定衣類一式全てが拒否された。
しかーし!利眞守には、まだ最終兵器がある!
さっそくポケットから何かを取り出し、焦らすようにして彼女に見せつける。
「これが何だか分かるかね?んん?」
取り出したのは100円均一にありそうな黄色い円盤型の髪飾りだった。
ソレを見たプレコの反応は──
「なにソレ?」
氷よりも冷たいリアクションで返してきた。
が、利眞守も余裕綽々想定の範囲内といった表情をしている。
まだ何か秘密があるのか?
「あら分からないってか?そんたらコレでどうよ?」
"──キュポン!──キュキュ!キュ!"
鼻歌交じりに黒の油性ペンで髪飾りに何かを書いていく。
ものの数秒程で完成したソレを、改めてプレコに見せつける。
すると先ほどまでの冷めたリアクションがウソのように、今度は目を見開いて食いついてきた。
「まさかソレは!」
「ふふっ・・・ご名答!コレこそ紛う事なき真のプレコストムスの誇り・・・"オメガアイ"だぁ!」
オメガアイとは?
プレコストムスの眼は暗い所では円形をしているが、明るい所に出るとCを半時計回りに90度回転させたような形に変化する。
その形がギリシャ文字のΩを上下反転させたように見える事から通称オメガアイと呼ばれており、コレはプレコストムスを代表する特徴の1つで彼女の言う威厳や誇りに価するモノなのだろう。
「このオメガアイが欲しくば服を着替えるんだ」
「ぬくぅ~・・・!」
あくまでも、この服装こそ自分がプレコストムスである証!
しかしオメガアイも・・・彼女の心境を見抜いてか利眞守はトドメの一言放つ。
「オメガアイだぞ?」
「着替える!」
とりあえずプレコ順応計画の第一段階はクリア!
この調子でどんどん行こう!
それから数分後。
「・・・さっさとよこせ」
自前のプレコストムス装備から一転、白いシャツに薄茶の上衣、深緑のホットパンツと黒いタイツを履いた彼女は、滲み出る不機嫌オーラと共にもどって来た。
足元は黒地に白のラインが入ったシンプルなデザインのハイカットスニーカーで決めてある。
まぁ何も考えずに指差したにしては、適当ながらもギリギリ組み合わせは完成している。
「パーフェクトだ!」
その台詞は彼女に対してなのか?
それとも自分のセンスに対してなのか?
その後、利眞守は約束通りオメガアイバッジと共にネームプレートも一緒に彼女に投げ渡す。
そこに書かれている名前を見たプレコはさらに不服そうな顔をした。
「・・・なに"プレ子"って?」
「自然な名前だろ?それなら怪しまれる事もあるまいて」
相変わらず目元はキャップの影で隠されてはいるが、妙に自信たっぷりな利眞守の表情を見てプレ子は泣きそうになる。
悲しいのか呆れているのか・・・彼女の複雑な思いが彼に届く事はなかった。
「世の中ノリと勢いよ!はーはははっ!!」
こうして1つの問題を解決?した利眞守は明日から本格的にプレ子を元にもどす為、頑張ろうと誓うのであった。