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アクアリウム・バックヤード  作者: 鈴木 崇嗣
第1章 利眞守奮闘編
2/16

1匹目 爆誕!プレコストムス!!



「え~と食い付きバツグンゆっくり沈む極小サイズで・・・淡水魚の必要とする栄養素を全て配合?」


政宗(まさむね)の帰ったあと"いらない!"としてゴミ箱に投げ捨てたドリームタブ。

その後は何事もなく通常営業にもどったが、時刻が午後8時を過ぎた頃。

閉店作業をしている中でふと、その存在を思い出した利眞守(とします)はゴミ箱からそ〜と、ソレを引き上げ今に(いた)る。

さっそく謎のエサ"ドリームタブ"を調べてみるが、このご時世にも(かかわ)らずネットにも、それらしい情報は一切なかった。

パッケージの(うた)い文句からしか()られるモノがない怪しさ満点のコレ・・・。

物言わぬドリームタブとしばらくの間にらめっこしていた利眞守(とします)は、限りなくクロに近い犯人を見つめる刑事(けいじ)(ごと)き表情で考えたのち──

「まぁ・・・大丈夫なんでねぇの?気に入れば喰うし気に入らなかったら喰わない。水生生物なんてそんなモンよねぇ?」

"カラカラ・・・シャカッ──シャッシャッ!"


()(けっ)して何個かの水槽、何匹かの生体にドリームタブを与えてみる。

すると、どうだろう?

エサを入れた矢先(やさき)、次々と生体達が(むら)がって来るではないか。

まずは(うた)い文句に(いつわ)りなし!と言ったところか。

気付けば、なんだかんだしている()に時刻は(すで)に午後9時を(むか)えていた。

誰が待ってるわけでもないが、さっさと水槽のライトを消して帰宅しよう。




・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・



"コポッ──コポコポッ!──バシャッ!!"




翌朝。

いつものように朝特有(とくゆう)()えない(つら)を天下に(さら)しながら店のシャッターを開け、店内に入る。

しかし今日は"何か"が違う気がする・・・得体(えたい)の知れない雰囲気を感じ取った利眞守(とします)一旦(いったん)立ち止まり、体重を落とし姿勢を低くする。

先ほどまでの()えない(つら)一転(いってん)、彼の表情は(すで)にアクアリストの面構(つらがま)えになっていた。

左腕を前に出し、右腕をその後ろに待機させ(かかと)から、ゆっくりと地面に吸い付けるように歩を進め、足音を殺しならが店内を探索する。

ポンプが空気を送る音、水流が(かな)でる音、フィルターが水を()み上げる音・・・今はその全てが敵意に満ちた(うめ)き声に聞こえる。


"──ガタッ!!"


「そこか!?」


(たな)(へだ)てた向こうの通路。

すぐさま音のした場所へ()()ると、薄暗いケース(だな)の下に(うごめ)く小さな影を発見!

少し戸惑(とまど)いながらも冷静に、外付(そとづ)けライトを外してソレを照らし出す。


"──カチッ!"


「きゅうぅうぅぅ!!」


「うぉっ!?」


刹那(せつな)、謎の影は結構なスピードでコチラに突っ込んで来た!

アタフタする利眞守(とします)嘲笑(あざわら)うかのように彼の足元をすり抜けると、またドコかへ行ってしまう。

一瞬すぎて何だかよく分からなかったが、その影は"数人の少年少女"のように見えた気がした・・・だが驚いている余裕はない!

相手も、この暗闇の中では自由に動く事すら(まま)なるまいと、大至急(だいしきゅう)振り返りライトで照らす!

そこで目にしたモノは──

押忍(おす)!!」



少年少女とは()ても()つかぬ(ふんどし)1丁のムキムキ角刈り男が!

漢気(あふ)れる()で立ちで!

コチラを見つめているではないか!!


「・・・は?」


瞬間的に全ての思考能力(しこうのうりょく)が機能を停止した。

本能が状況を理解するという行為を放棄(ほうき)してフリーズしたのだ。

なぜに俺の店にムキムキ角刈り(ふんどし)男が居るの?

そしてなぜコチラを見つめているの?

目の前に突如(とつじょ)現れた理解不能な事象(じしょう)拒絶(きょぜつ)するかの(ごと)利眞守(とします)の視野は一気に広がった。

そしてようやく、店内に踏み()った(さい)に感じた"違和感"の正体に気付かされる事となる。



「コッチコッチ!パス!」


「きゅうぅ~」


「Kneel before your master!」


「・・・寒い」


店内をところ(せま)しと()け回る少年少女達。

段ボールと(たわむ)れる謎の原住民族。

ツープラントの練習をしている覆面レスラーコンビ、その他大勢の曲者(くせもの)達がアクアリウム・バックヤードを占拠(せんきょ)していたのだ!

まさに店内は混沌(カオス)芽吹(めぶ)地獄絵図(じごくえず)!!


「いやあぁあぁぁ!?」

"タタッキュゥイィィ!──バタンッ!!"



華麗(かれい)なコーナリングを決め、(せま)い通路を猛ダッシュ!

一目散(いちもくさん)に外へと逃げ出した利眞守(とします)は扉にロックを掛け、その場に(くず)れ落ちるようにして座り込んだ。

何が起きている?ヤツらは一体何者だ!?

処理落ちして固まった身体を無理矢理動かし、おそるおそる店内を(のぞ)き込むが──

「はぁあぁ!やっぱりいる!?」


すぐに目線を()らして何がどうなってるのかを考える。

最初に断っておくと、彼の頭の中には警察に通報するという選択肢など存在しない事を言っておこう。

声なのか魂の()れ出す音なのか、どこからともなくヒシィ・・・と奇妙な音を立てながら利眞守(とします)は"ある事"を思い出す。

若干(じゃっかん)ニュアンスは違うが"もしかしたらイケるかも!?"と一途(いちず)の希望が()いてくる!



「た、たた確か幽霊とか熊が出た時ってててさ、叫べば良いんだったよな?実は相手もコッチにビビってるから押忍(おす)とか言ってくるんだよな!?・・・勝てる!!」


御門(おかど)違いだろうが畑違いだろうが何だって良い!!

()(けっ)して扉のロックを解除すると先制(せんせい)怒号(どごう)を上げるべく1歩踏み出し──

「コラァ──」

押忍(おす)!!」


「いやあぁあぁぁ!!」

"バタンッ!カチャッ!"



YOU LOES・・・。

なぜか入り口正面で待ち構えていた角刈り(ふんどし)の、漢気(あふ)れる"押忍(おす)!"の前に()(すべ)なく(かえ)()ちにあってしまった。

過呼吸(かこきゅう)気味(ぎみ)になりながらも、今度は全身全霊ヘルプの雄叫(おたけ)びを上げてみる。

しかし時刻は午前10時をすぎた頃、人通りは皆無(かいむ)

その(さけ)びも(さわ)やかな晴天へと(むな)しく吸い込まれてゆく。

ため息1つ投げ捨てて、べた〜っと地面に座り込みアスファルトの隙間から顔を出す、健気(けなげ)な雑草達を意味もなく引き抜いた、その時──

"パァアァァァ!!"


「っ!?」


突如(とつじょ)店内から(まばゆ)閃光(せんこう)が立ち()める。

今度は何だ!?

さらなる混沌(カオス)と絶望、そしてこの世の終わりを覚悟した利眞守(とします)念仏(ねんぶつ)(とな)えながら、おそるおそる再び店内を(のぞ)き込む──

南無(なむ)っ!!」



すると先ほどまで走り回っていた少年少女達もムキムキ(ふんどし)の姿も見当たらない?

店内に渦巻いていた混沌(カオス)がウソのように綺麗(きれい)さっぱり無くなった??

外に置いてある水槽に隠れ、疲れきった表情を浮かべながら2度見、3度見を繰り返した(のち)滑稽(こっけい)ながらも意外に確かなホフク前進でゆっくり内部へ潜入する。


南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)・・・南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)・・・」


再び念仏(ねんぶつ)(とな)えながら辺りを見渡し、さらに奥へと入って行く。

時おり後ろを振り返っては、ゆっくりと前進し続ける。

いつもと同じように水槽の設備が稼働(かどう)する音だけが響き渡る・・・それが不気味でならないのだ。


「いきなり押忍(おす)とかやめてくれよ、いやマジで」


段ボールの中、(たな)の下、設備の裏、あらゆる場所を徹底的に捜索したが誰も居ない・・・さっきのアレは何だったんだ?

夢の中で見た悪夢から目覚めたような不思議な感覚に(ひた)りながら立ち上がり、ブレーカーをONにして店内に()かりを(とも)す。

なんだか今日は店を開く気力もない・・・一息ついてキャップのポジションを直し、日課の水槽チェックだけして帰ろうと動き出した刹那(せつな)──

"ドザッ!"


「どぉっ!?」

「ぎゃあぁっ!?」


天井から不意(ふい)に"何か"が落ちてきた!

脳天から直下型で押し潰された利眞守(とします)は一瞬気絶しかけるが、最後の気力を振りしぼり体勢を立てなおし、バタバタと(もだ)え苦しんでいるソレを凝視(ぎょうし)した。


「な、なんだぁ!?」


「いだーーい!あ"ぁ"ー死"ぬぅーー!!」


「ちょっ、えぇ?いや大丈夫か!?」


腹部を押さえ苦しんでいるのは涙を浮かべた少女(年齢は10代後半だと思う)だった。

ダークブラウンスをベースにスポット(がら)Ω(オメガ)マークのようなワンポイントが入った個性的な服を着て、体型は(ぞく)に"つるぺったん"と表現される見事な(ひん)・・・もとい、まな板ボディである。

あとは黒いロングヘアに身長は平均的な女学生並みと言ったところだろう。

しかーし!肝心(かんじん)なのはソコではない!


「・・・ハッ!ま、まず誰というかなんでココに、つーか天井に!?」


「うおぉ・・・し、死ぬ・・・」


「だから死ぬとか・・・って、ちょっ!待て待て待て!それだけはダメだ!!」


なんだかよく分からないが死なれるのだけはダメだ!

()にも(かく)にも人として、(もだ)え苦しむ少女を放置する分けにもいかない利眞守(とします)は再び尽力(じんりょく)する。

と言っても正直なところ物理的な痛みは、時間が解決するモノだし彼女に対して今現状(げんじょう)できる事なんて何1つなかった。

代わりに"なにか食べたいモノはない?"などと、あり()ない質問ばかり繰り返す利眞守(とします)に、謎の少女は少しイラだち始める有様(ありさま)

それから数分後。


「あぁ・・・死ぬかと思った・・・」


「俺の店で死人が出るのだけは、なんとしても阻止しなければな。で?すいませんが、どちら様ですか?」


やっと・・・やっとこれで本題に入れる。

臥薪嘗胆(がしんしょうたん)(すえ)目的を達成したような妙な、やりきった感が全身を隈無(くまな)く支配するがコレで終わりじゃない。

今ようやく"少女と向き合う"というスタートラインに立てた・・・つまりココからが始まりなのだ!!


「どちら様って・・・私を忘れたのか!?」


「忘れた?以前お会いした事が・・・?ちょいっと待っておくんなせぃ・・・えぇ!?」


人の記憶というのは曖昧(あいまい)だ。

しかしなんの特徴もない野郎(やろう)共ならともかく、このレベルの美少女を忘れるモノなのか?

少女の放った何気(なにげ)ない一言は利眞守(とします)の中で、男としての大切なモノを()けた勝負に昇華(しょうか)しつつある。

思い出せ・・・思い出すんだ!

さもなくば男として大切なモノを失う事になる!

意地でも思い出すせ!!

首を(かし)げ、頭を(かか)え、脳を(ひね)るも何も出て来ない。

その様子を見た少女は肩を落とし、ため息をつく。

最早(もはや)ノリと勢いだけで、どうこう出来る状況ではなくなってしまった・・・しばらくの沈黙(ちんもく)が場を支配した(のち)、ソレを打ち破ったのは少女の方だった。


「それでも本当に"オーナー"か?」


「オーナーっと言われ・・・あ?」



今なぜ自分は"オーナー"と呼ばれたのか?

利眞守(とします)は、その一言をヒントに(もっと)もあり()ない可能性を想像してみる。

オーナーと呼ばれた事。

コッチは知らないのに向こうはコチラを知っている事。

何より少女の着ている服には、何処(どこ)()く見覚えがあった事。

正しくは服それ自体よりその模様。

ダークブラウンの下地にスポット(がら)、そしてΩ(オメガ)マークのようなワンポイント。

もしコレが"オメガアイ"を意味しているとしたら?

以上のヒントと脳内にインプットされた情報をフル活用して考えた結果、彼の頭脳(コンピュータ)は"1匹の熱帯魚"の存在を(みちび)き出した。

そして、おそるおそるその名前を口にする。


「・・・・・・プ・・・プレコ?」


「おぉ!やっと思い出したかオーナーめ!プレコストムスだぞ!!」



アマゾン川を中心とした南米の熱帯域に生息するナマズ(もく)ロリカリア()アンキストルス亜科(あか)の熱帯魚"プレコストムス"だと自らを名乗った少女は両腕を大きく広げ(ほこ)らしげな表情をしている。

それに対して利眞守(とします)はポカーンとした表情を(さら)している。

ある意味コレが正しい反応だが、それで終わらせてしまっては話が(こじ)れるは必然。

彼は次なる1手として少女の発言を全面否定する。


「いやいやいやプレコストムス?冗談はいけませんぜ!?まぁツッコミたい所は1億箇所(かしょ)くらいありますけど、何より先より言いたいのはプレコは魚!アナタ様は人間じゃありませんか!えぇ?」


こんな与太話(よたばなし)肯定(こうてい)するわけもなく小馬鹿にした口調で切り捨てる。

そんなバカな事ある分けがないし、あってたまるか!

彼女はコチラの発言をボケと受けっとてノってくれただけだ!そうに違いない!

魚が人間になる?一体ドコの錬金術士(アルケミスト)仕業(しわざ)だ?

そんなモン今時(いまどき)の幼稚園児だって愛想(あいそう)なく否定するぞ!

メルヘンとしては面白いがクオリティは低くいし、何より現実味(げんじつみ)がなさすぎる。

だが謎の少女も黙ってはいない。

若干(じゃっかん)ムキになりながら利眞守(とします)の発言に異議(いぎ)(もう)し立てる。


「さっき自分で私の事を呼んだだろ!何を否定する!」


「それはアレじゃん、ほら・・・アレだよ!!てか本当にプレコなら"壁に張り付く"くらい出来るハズでねぇの?」


「もちろん!」


「い、意気込(いきご)むじゃないか・・・では張り付いてもらおうじゃないの?」


「よかろう!!」



無理に決まっている。

人間が壁に張り付くなんて出来る分けがない。

しかし妙な自信に満ちた表情の少女は迷う事なく、薄汚れた壁の前に立ち、じー・・・とその1面を見つめている。

さて何をしてくれるのか?

壁に張り付けずスベり落ちた少女に対して"どんなリアクションをしてやろうか?"と利眞守(とします)が1人嫌味(いやみ)ったらしく考える中、おもむろに彼女は壁に向かって跳躍(ちょうやく)

すると──

"ピトッ"


「えっ?」


ちょっと待て・・・分けが分からんぞ!

だが実際に目の前で少女は壁に張り付いてみせた!

しかも両手両足で()ん張っている分けでもなく、体を一直線にして自然体で張り付いているではないか!!


「・・・マジで?」


「恐れ()ったか!プレコストムスの(ちから)、ナメるなよ!」


この瞬間、利眞守(とします)は少女を否定する権利を失った。

こうなりゃ最後の悪あがきだ!とばかりにアクアリストの知識で対抗してみるも──

「マジで・・・プレコなの?いや、だけどプレコって吸盤(きゅうばん)状の口を使って張り付いてるんじゃなかったか?なんで喋れんの!?」


「そんなの知るか!オーナーが私をこんな体(擬人化)にしたんだろ!!」


「・・・なに?はぁっ!?俺が犯人なの!?」


さらなる()()ちを食らう結果となってしまった。

身に覚えのない事だが当事者がそう言っているのなら、そうなのだろう。

だが彼女(プレコ)に何をした記憶もないのだが、何がどうしてこうなった?

全てが()に落ちないが一応彼女に聞いてみる。


「お、俺は何したんですか?」


「はぁ!?あの食事はオーナーが用意したんでしょ!」


「メシ・・・はぁあぁぁっ!?」



脳裏に浮かぶドリームタブ、(あさ)ましきは(おのれ)愚行(ぐこう)、そして全ての元凶(げんきょう)たる政宗(まさむね)(にく)たらしい程の暴力(づら)

利眞守(とします)は全てを(さと)った。

店内を走り回っていた少年少女達もムキムキ(ふんどし)も、全てこの店にいる水生生物達。

だから・・・だから"いらない!"って言ったんだよ!

()()たりにも近いイラだちを覚えた直後、脳天に核弾頭を撃ち込まれたかのような激しい目眩(めまい)利眞守(とします)に襲い掛かる。

そんな中、プレコの(うった)えが彼にトドメを()した。


「分かったか?分かったら私を元にもどせ!」


「なに?元にもどせってまさか、もどれないのか?」


他の生体達はもどっているのに、なぜかプレコだけがもどれない?

マズい、これは非常にマズい。

なんだかよく分からない内に、なんだかよく分からない事が起きて、なんだかよく分からない展開を(むか)えている!!

森羅万象(しんらばんしょう)のバカやろう!

なんたって、こんなエゲツない試練を与えてくれちゃったりしてくれちゃうんだ!!


「いやあぁあぁぁ!こんなのイヤだあぁあぁぁ!!」

"タタッ!──ガチャンッ!"


「あっ、こらオーナー!ドコに行く気だ!!」



本日3度目の逃走。

壁に張り付ついたプレコ1人(1匹?)を残して利眞守(とします)は店の外へ、出て行ってしまった。


「オーナー・・・」



絶望の雄叫(おたけ)びをあげながら街中を()け回る彼の姿は第三者から見れば文句なしの危険人物。

(おさな)い子供を連れた母親は、そっと我が子の目を隠し、制服を着崩(きくず)した不良(ワル)達も不自然に空を見上げて"良い天気だな"などと()かし始め、挙句(あげく)には警察官すら見て見ぬフリをする。

そんな周りの目など気にも()めず走って、走って、走り続けて気付けばココは県境(けんざかい)

サンサンと(きら)めく太陽を背に浴びて、ようやく冷静さを取りもどした利眞守(とします)は1人考えていた。

これから自分はどうすれば良いのか?

何をすれば良いのか?

そしてプレコは今頃(いまごろ)どうしているのか?

考えても答えは見つからない・・・ならば一度もどるしかないだろう。

現実逃避もココまでだ!

全てと向き合う覚悟を決めて利眞守(とします)はアクアリウム・バックヤードの前まで、もどって来た。


「ふぅ・・・現実とやらよ、いざ(まい)る!!」


"──ガチャ!"


1歩中へ踏み入れば、店はあの時(逃げ出した)と同じ状態で出迎(でむか)えてくれた。

聞き慣れた設備の稼働音を戦歌(せんか)に、奥へ奥へと突き進む。


「プレコ・・・ドコだ?プレコさーん?」


もしかして元の体にもどったのか?

一目散(いちもくさん)にプレコの水槽を確認するが生体の数が多くて、どれがあのプレコ(美少女)か分からない。

まさか店の外に出ていってしまったのか?

不安を(いだ)きながらも、さらに店内の探索を続けた。


「おーいプレコ?オレンジスポットセルフィンプレコストムス?」


()い掛けても返答は無い・・・自分でも分からないが一抹(いちまつ)の寂しさが胸を()め付ける。

先ほどまで厄介者(やっかいもの)(あつか)いしていた相手が居なくなったとあらば、普通なら喜ぶべき事なのだろうが・・・なぜだろう。

この心にポッカリと穴が空いたような(むな)しさは?

ソレを感じ取ったのと同時に、言いようもない罪悪感に襲われる。


「プレコ・・・」


キャップに手を置き片膝を着いて、無気力にその場にしゃがみ込む。

ふと横を見ると、いつもと同じように生物達が水槽(せま)しと泳いでいるが今は何も考えられない。


「そうか・・・俺は・・・」



力無く片膝の体勢を崩して完璧に座り込んでしまった。

最早(もはや)前を向く気力もない。

項垂(うなだ)れる姿は、まるで糸の切れた操り人形(マリオネット)(ある)いは呼吸をするだけの肉塊(にくかい)か。

キャップに隠れた眼を閉じて1人、彼女の事を思い出す・・・その時──

「反省したかバカオーナー!!」


「っ!?」


聞き覚えのある声、聞き覚えのある口調、そして今利眞守(とします)(もっと)も求めていたモノが聴覚を(つた)って脳を刺激する!

間違いないプレコの声だ!ドコにいる!!

左を右をキョロキョロと、後ろを前をグイグイと見渡していた刹那(せつな)──

"──シヒュウゥゥ!!"


「・・・なぁにこの音は?」



無意識に天井を見上げた時、利眞守(とします)は思い出す。

プレコストムスが水槽内の流木、ガラス面など(いた)る所に"張り付いてる姿"を。

そしてソレが無防備な体勢の自分に降ってくるところを。

眼はソレを(とら)え頭はソレを理解したが体が・・・動かない!!


「ヤバい・・・」



"──グギッ!"

「あ"ぁあ"ぁ"ぁ!!」




前回の反省からかプレコは背中から落ちてきた。

本来なら受け止めてあげるのが絵的(えてき)にも良いんだろうけど、それはあくまで理想の話。

結果として利眞守(とします)は己の首だけで彼女の全体重+重力なんちゃらを受け止め、同時に耳を(ふさ)ぎたくなるような(にぶ)い音を鳴り響かせた。

何はともあれプレコとは再開出来たが、この日を(さかい)に彼女を元にもどす為の、生き地獄が(ごと)き日々を送る事になった。

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