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アクアリウム・バックヤード  作者: 鈴木 崇嗣
第1章 利眞守奮闘編
16/16

10匹目 殺意に染まった鎧武者!アリゲーターガー



「ネオン・・・」


日付も変わり、夜も明けた。

ポンプがブクブクとエアーを送る音。

ろ過装置がキュルルと水を吸い上げる音。

それら設備の稼動音が、こんなにもハッキリ聞こえるのは今ここに利眞守(とします)がいないから。

(つい)に人間不在となってしまった店内で、プレ子は1匹イスに座り、頬杖(ほおづえ)をつきながら無二(むに)の親友ネオンと語らっていた。

物思(ものおも)いに(ふけ)る彼女の表情は、まさに年頃の乙女のモノであり、その正体が熱帯魚だなんて誰が想像出来ようか?

究極に、ぶっ飛んだ感性(かんせい)の持ち主であろうとも1発で彼女の正体にたどり着ける者など、まずおるまい。

色を知った熱帯魚は水槽越しにネオンをツンツンしながら(あわ)い恋バナに花を咲かせる。


(とし)が好き・・・私って、やっぱ変かな?」


"・・・"


「そうだよね・・・うん・・・なんだろう」


"・・・"


「別に(とし)()めたって私は嬉しくないよ。でも悪い気はしないかな」


"・・・"


「そっか。ネオンはモテるからなぁ・・・決めた!ネオンは今から私の師匠だ!」


"・・・"



利眞守(とします)がいなくとも寂しくはない。

周りを見渡せばネオンが舞い、ディスカスが(いん)を踏み、タニシが新たなネタを探している。

ヤマトは肉体の鍛錬(たんれん)(いそ)しみ、ニアとラーニャは互いに微笑(ほほえ)み合い、アーチャー大尉(たいい)怒号(どごう)共に部隊を指揮(しき)している。

きっとプラナリアだって見守ってくれているハズだし、エイルも相変(あいか)わらずプレ子を気に掛けてくれてるみたいだ。

こんな素晴らしい仲間達に囲まれて、しみったれた顔など見せられるか。

むしろパーフェクト過ぎるくらいに()()りして、ヤツからオーナーの()を奪い取り泣かせてやる!

気合いを入れ直したプレ子が店内を()け回る一方(いっぽう)利眞守(とします)サイドは──

「・・・おい政宗(まさむね)


「なんだ?」


包帯(ほうたい)取ってくれよ。こんなにグルグル巻きにされちまっちゃ治るモンも治んねぇよ」


「ダメだ。今年のエジプトコンテストに向けての特訓だと思って我慢しろ」



病室の片隅(かたすみ)晴天(せいてん)一望(いちぼう)できる窓辺(まどべ)のベッドで、生きたミイラと化しているのが利眞守(とします)その人。

その文句に()いの手を入れるのは無二(むに)の悪友千芭(せんば)政宗(まさむね)

病院に(かつ)ぎ込まれた利眞守(とします)否応(いやおう)なしに衣服を脱がされ、全身を徹底消毒、感染症を防ぐ為の塗り薬を、たんまりと塗られた(のち)、頭からつま先、()てには口元(くちもと)まで包帯(ほうたい)(おお)われた(げき)ミイラスタイルへと変貌(へんぼう)()げていた。



「ところで俺の御神木(ごしんぼく)は?」


御神木(ごしんぼく)・・・あぁ、あの薄汚ぇキャップの事か?」


「なにが薄汚ぇだコラァ!はっ倒すぞ万年平社員!」


「おうおう出来るモンならヤってみてくれや?あぁ?」



手も足も出ない状態なのに口だけで噛み付こうとする彼を、政宗(まさむね)は普段通りに(あし)らった。

一応の心配こそすれど2人の関係は常に対等。

極端(きょくたん)に言えば、どちらかが総理大臣になろうとも世紀(せいき)の大罪人として闇に(ほうむ)り去られようとも、この関係性が変わる事はない。

直後、大きな紙袋を持った千春(ちはる)がやって来て、それを利眞守(とします)に差し出すが、今の彼は受け取る事は(おろ)か、中身を見る事すら出来ない。

(あい)も変わらぬ不思議ちゃん補正(ほせい)を見かねた政宗(まさむね)が代わりに袋を受け取り、中を確認すると──

「なんだこの薄汚ぇキャップは・・・ゴミか?」


「ンなわきゃねぇだろ!一刻(いっこく)も早く、その聖なるキャップを我に(ささ)げるのだ!さもなくばエジプト神の(たた)りが()()かるぞ!!」



袋の中に自身のキャップが入っていると、わかった途端(とたん)"キャップがないと力が出ない!"などと騒ぎまくるミイラ男に対して"うるせぇな"と、ぶっきら(ぼう)な態度でキャップを(かぶ)せる政宗(まさむね)

すると利眞守(とします)は、おしゃぶりを与えられた赤子(あかご)のように、おとなしくなった。

包帯(ほうたい)でグルグル巻きの彼だが、キャップ1つ装備させた事によりその正体が利眞守(とします)であるとパッと見で、かるようになった。

一言で表すなら"これだ!"的フィット感とでも言うのだろうか、まさに利眞守らしさ(アイデンティティ)具現化(ぐげんか)したような光景に2人は改めて、そのキャップをマジマジと観察してみる。

もしかしたらキャップ(コレ)自体が戦場(いくさば)利眞守(とします)という存在なのかも知れない・・・声には出さずとも政宗(まさむね)千春(ちはる)は胸の内で同じ事を考えていた。



「昨日かしら?それとも今日の夜中だったかしら?急に(まさ)から、利眞守(とします)の服を直してくれー!って電話が来た時は、びっくりしたわよ」


「お、おい千春(ちはる)っ!?」


政宗(まさむね)が?」


「おかげで徹夜(てつや)するハメに・・・はぁ〜たわ・・・」


利眞守(とします)の為、政宗(まさむね)の為、何より親友の為に身を(てい)して尽力していた千春(ちはる)は、相当眠いのだろうか片手では隠しきれない程の大きなあくびを1発。

なんとも()の抜けた乙女の天然っぷりに野郎共は少し癒された。



「あくびしながら喋るなよ?タダでさえ、のほほんとしてるお前がンな事してたら、そのまま()けっちまうんでねぇかとコッチが心配になるぜ?」


「人をスライムみたいに言わないで!それに()けてたのは、あなたの衣服でしょ?そのジャケットと同じような生地(きじ)を探すのに、どれだけ苦労したと思ってるの?反省しなさい!でなきゃ服は返さないわよ」


「そんじゃ俺は全裸でGOってか?」


「むぅっ!そのまま捕まりなさい!」


珍しく千春(ちはる)が強い口調で文句を返す。

彼女は、のほほんとしてる事を小馬鹿にされて怒っている分けではなく、スライムみたく言われた事に対して怒っているのだ。

笑うポイントも怒るポイントも驚くポイントも常に斜め上を行く千春(ちはる)(あつか)いは、その(じつ)利眞守(とします)政宗(まさむね)よりも難しい。

なぜならスライムはNGだけどアメーバはOKという、その境界線が見極められないからだ。

キュートな糸目(いとめ)の、のほほん(つら)がいつもより15度程度つり上がっているが、それでも"怒ってるぞ!"的な迫力(はくりょく)は一切なく(むし)可愛(かわい)くさえ見える。

わざとらしく千春(ちはる)を持ち上げ誠意(せいい)のない謝罪を繰り返す利眞守(とします)を相手に、甘噛み程度の脳天チョップを打ち込んで千春(ちはる)の怒りは(おさま)った。



「・・・とりあえず、これで全員(そろ)ったな」


一息入れて政宗(まさむね)が場の空気をリセットすべく2人の注目を集める。

もちろん利眞守(とします)からしたら何が何だかサッパリの展開だが、政宗(まさむね)千春(ちはる)の表情をみればソレがハッピーサプライズ的なモノではない事だけは確かだと確信する。

警戒する利眞守(とします)同様2人もまた、少し緊張感したような面持(おもも)ちをしている。

正直コレを利眞守(とします)本人に聞く事は、かなりのリスクを()っていた。

最悪は3人の(つむ)いできた友情が一瞬の内に崩壊(ほうかい)する可能性もある。

かけがえのないモノを失うのは誰だって怖い。

だが仲間を信用出来なくなる事は、それ以上に怖い。

2人は利眞守(とします)という男を理解している。

普段はどうでも良い事を、べらべらと()れるが本当に大切な事は一切(いっさい)口に出そうとしない。

良い事も悪い事も全部1人で(かか)え込み、人知れず苦しみ、(なげ)き、周りが彼の異変に気付いた頃にはケロッとした表情で、事は(すで)に後の祭り。

別に利眞守(とします)が周りを信用していない分けではない事も理解している。

むしろ周りを思うがあまり(かか)え込んでしまうのだが、今回の一件は()を超えている。

仮にも利眞守(とします)は一度"死んでいる"のだ。

変に遠慮して彼の意思を尊重(そんちょう)したが挙句(あげく)利眞守(とします)に"(まん)(いち)"でもあれば、それこそ()やんでも()やみきれない。

なにがあったか()(ただ)したところで、おそらく彼は誤魔化(ごまか)してくるだろうが、今回ばかりは引き下がれない。

政宗(まさむね)千春(ちはる)は互いに目で合図すると、改めて利眞守(とします)に向き直る。



単刀直入(たんとうちょくにゅう)に聞くぜ。普通に生活してる中で全身に(さん)()びるなんて事自体が常軌(じょうき)(いっ)しているのはわかるな?なにがあったんだ?」


「・・・覚えてねぇな」


「なら質問を変えよう。"誰にやられたんだ"?」


「誰・・・悪いがマジで記憶がないんだ」


「・・・相手は"人間"だったのか?」


「おい政宗(まさむね)さんよぉ?お前はいつから妄想(もうそう)多重責務者(たじゅうせきむしゃ)になったんだ?俺にナニをした犯人がいたとして、ソイツが人間じゃねぇってどういう事よ?」



覚えていない?

健全(けんぜん)たる一般人の口から出た言葉ならいざ知らず、人間やめましたランキングに入賞(にゅうしょう)()ねない勢いの、この男に(かぎ)ってソレはあり()ない。

やはり利眞守(とします)は何かを隠している・・・が、具体的な所まではわからない。

多少の罪悪感を押し殺し、政宗(まさむね)はさらに1歩踏み込んだ。



「それで隠してるつもりかよ。プレ子ちゃんがお前の所に来てからの事は、もう全部知ってるんだぜ」


「・・・なに?」


「じゃ彼女がドコの誰なのか答えられるのか?」


「え〜とアマゾン出身と見せかけて実は沖縄生まれの17歳とか2歳とかで・・・本名は宝山守(ほうざんのかみ)(うい)だったっけ?沖縄の苗字(みょうじ)ってなぁ独特だからな」


ジョークを(まじ)えながら被告人(とします)はビックリする程スラスラ答えたがソレは"だからこそ"の結論を露呈(ろてい)する事となる。

戦場(いくさば)利眞守(とします)という男はウソや言い逃れをしている時こそ、頭や舌が良く回る。

わざとらしくウケを狙ってます的な口調で語る、その裏には必ず真実を隠している・・・つまり黒!

ヘタをすると足元を(すく)われ、真相を闇の中へ(ほおむ)られてしまうかもしれなかったが()えて政宗(まさむね)はカマを掛けたのだ。

そして2人は1つの結論を出す。



「目の前にあるのは現実か、それとも幻想(まぼろし)か・・・ソレを知ってるのはお前だけなんだぜ」



意味深(いみしん)な言葉を残して政宗(まさむね)は病室を後にした。

しばらくの静寂(せいじゃく)が続いた(のち)千春(ちはる)も少しだけ悲しそうな顔をしながら、この場を去った。

その表情はナニを思ってのモノなのか・・・包帯(ほうたい)に隠されてはいるものの、利眞守(とします)の表情もまた2人同様に(くも)っていた。

その頃アクアリウム・バックヤードでも動きがあった。



"・・・"


「水流が弱すぎて身が引き()まらない?知らないよ!」


"・・・"


「え?ウィローモスが成長しすぎて縄張(なわば)りを占拠(せんきょ)された?でも・・・勝手に切って良いのかな?」


"・・・"


「砂利を(あさ)ってたらアヌビアス・ナナが引っこ抜けた?()め直すから待ってて」


"・・・"


「今度はなに!?水温を少し上げてくれ?え〜と・・・これで良い?」


"・・・"


「えぇ!?卵を隔離(かくり)してくれって・・・ちょっと待ってよ!!」


"・・・"


「お腹空いた?我慢しろ!!」


"・・・"


「隠れ家が小さくなってきたから新しい流木が欲しい?じゃあの中から選んどいて!」


"・・・"


「んぐぐっ!!うるさーい!そんな事いっぺんに言われたって出来るかあぁあぁぁ!!」


"──ガチャランッ!──ドサッ"


手にしていたフィルターとオーナー代理の使命を盛大(せいだい)に投げ捨て、その場に寝そべりプレ子は不貞腐(ふてくさ)れた。

生体達の声が聞こえる分、彼女にのし掛かる苦労は人一倍(ひといちばい)・・・いや魚一倍(うおいちばい)か?

この時、初めて利眞守(とします)苦悩(くのう)とタフネスさを知る事となったプレ子が、一端(いっぱし)のアクアリストになる為の道はまだまだ遠い。

それから1週間がすぎ、療養(りょうよう)中の利眞守(とします)(おお)い隠していた包帯も取れてきた頃、彼は見舞(みま)いに来てくれた政宗(まさむね)率直(そっちょく)心境(しんきょう)を語っていた。



「なんだかんだで、もう1週間か・・・今頃アイツは大丈夫なんかねぇ?」


「心配か?なんならロシアンにサポートでも頼めば良いんじゃねぇのか?」


「簡単に言ってくれんでねぇの?アイツだって暇じゃねぇんだし、俺の店にゃ俺なりのやり方ってモンがあるんだ。むしろミハイルにもミハイルのやり方だってあるだろうし、同業者に頼むと余計混乱しちまうのよ」


「そういうモンなのか?」


「ンだ」


「まぁどのみち完治するまでお前はベットの上から出られねぇんだ・・・とか言ってる内に(うわさ)のアイツが来たみたいだぜ」


政宗(まさむね)(さわ)やかな強面(こわもて)フェイスで病室の入り口を親指で()すと、そこには花束を持ったミハイルの姿があった。

同業者の(うわさ)利眞守(とします)の身に起こった事態を聞き付け、多忙(たぼう)なスケジュールの合間(あいま)()見舞(みま)いに来てくれたのだ。

変な気を()かせた政宗(まさむね)がその場を立ち去ると、入れ替わるようにして先ほど彼が座っていた小さな丸椅子(まるいす)にミハイルが腰掛ける。


「михаил・・・」

(訳:ミハイル・・・)


「・・・」


ベッドの上に横たわる利眞守(とします)を悲しそうな目で見つめた(のち)、ミハイルは無言のまま持って来た花束を花瓶に移し替える。

それは(むらさき)色の美しい花を広げながら辺りに柔らかな香りを(ただよ)わせるヒヤシンスと、少々季節を先取りし過ぎたのか(かす)かに薄紫(うすむらさき)(のぞ)かせた(つぼみ)二分(にぶ)咲き状態のスカビオサとバーベナだった。


「Это сексуальная фиолетовый. этот опасный секс апелляцию・・・подходит для меня?」

(訳:こりゃまたライトパープルがセクシーなこと。この危険な色気(いろけ)・・・俺にこそ相応(ふさわ)しいってか?)



この花には友人、戦場(いくさば)利眞守(とします)を心配する純粋(じゅんすい)な彼の想いの他にミハイル・ロスティスラーヴォヴィチ・ドラグノフからの"(つた)える事を禁じられたメッセージ"の意味も込められていた。

ソレは近い未来で"初源(しょげん)の悪"と対峙(たいじ)する事になる利眞守(とします)への、せめてもの(つぐな)(ある)いはソレこそがミハイルの本当の想いだったのかも知れない。

だが利眞守(とします)が、その想いに気付く事はなかった。


「Если это возможнодо тех пор, пока все закончится・・・нет ничего」

(訳:できれば全てが終わるまで・・・いえ、何でもありません)


「Н?подождите минуту михаил」

(訳:あ?お、おい待てよミハイル)


そそくさと逃げるように病室を出ようとするミハイルを呼び止め、語り掛ける。



「・・・"Вы также"секрет?」

(訳:・・・"お前も"ワケありか?)


「・・・」


その言葉にミハイルは一瞬立ち止まったが、コチラに振り返る事はなかった。

そしてなぜかはわからないが、彼の後ろ姿は泣いてるようにも見えた・・・常識も良識も欠片(かけら)程度しか持ち合わせていない利眞守(とします)だが、本能的にこれ以上ミハイルを(とど)めておくのはイケない事だと(さと)り、無言のまま去り行く彼を見送った。



「ミハイル・・・まさか、お前も俺と同じなのか?」


利眞守(とします)は現在進行形で"あり()ない状況"の()只中(ただなか)にいる。

そしてミハイルの意味深(いみしん)な言動・・・こうなると2人の共通点(アクアリスト)から推測(すいそく)するに"もしや?"という疑問が浮かぶのは至極(しごく)当然。

誰にも言えない究極の秘密・・・(ひと)彷徨(さまよ)った未開(みかい)のアクアリウム。

自分と同じ状況にいる誰かの存在など、考えもしなかったが、この世界にはアクアリストと呼ばれる者達が"ごまん"といる。

ならばその可能性は(ゼロ)ではない。

もっと言うなればアクアリウムだけに(かぎ)った話でもないのかも知れない。

森羅万象(しんらばんしょう)不可説不可説転(ふかせつふかせつてん)の中の1つの可能性。

それがこの俺、戦場(いくさば)利眞守(とします)だとしたら──

「ダ〜メだ!考えれば考えるほど、わけがわからなくなるぜ!そもそも答えがあんのかも、わからん問題をどう()けってんだ?俺は摂理(せつり)探求者(たんきゅうしゃ)じゃなくてアクアリストなんだぞ!畑違いも良いところだぜったくよぉ・・・って、あぁっ!?この花全部、根っこ付いてんじゃねぇかよ!日本だと根っこ付いた花を見舞(みま)に持ってきちゃダメなんだぞ!ミハイル聞いてんの!?」



思わぬ不意打ちに一瞬あらっ!?となったが、それも(つか)()

ふかふかの(まくら)にドサッと後頭部を(しず)め、病室から見上げた空はどことなく、いつもより広く大きく見えた。

退院の許可が()りるまであと1週間くらいか?

なんとも言えない時間を持て(あま)した利眞守(とします)は、包帯の(はし)を爪で(つま)むと、慎重(しんちょう)にソレを(めく)りあげ皮膚の状態を確認してから目を閉じた。

それから数時間後。

すっかり日も()れ、辺りが闇の(とばり)(つつ)まれた現在の時刻は午後9時半前。

まだまだ人々の活気(かっき)(おとろ)えぬ市街地から裏路地を抜ける事、約1km。

奇跡的な立地条件の悪さにもめげず、人知れず(かま)えた水生生物専門店アクアリウム・バックヤード内部は、まるで盗人(ぬすっと)にでも入られたかのようなヒドい散らかりようであった。

その犯人は言わずもがなプレ子である。

しかも困った事に散らかすだけならまだしもこの時、彼女はアクアリスト鉄の(おきて)を3つも(おか)していた。

1つは水槽のフタは開けっ(ぱな)しにしている事。

魚類にしろ甲殻類(こうかくるい)にしろ水生生物というヤツは驚くほどアグレッシブに活動するモノで、水面を飛び跳ねたり、水槽内のシリコンやレイアウトを(たく)みに利用して外へ飛び出してしまうのだ。

これは小型の淡水魚や淡水エビに限った話ではなく、カラシン(もく)エリュトリヌス()ホプリアス(ぞく)に分類される大型(約50cm前後)の底生(ていせい)魚"ホーリー"でさえ、(わず)かなフタの隙間から脱走。

翌朝、見るも無惨な姿で発見された事例があるのだから、アクアリストにとって水槽のフタがどれだけ重要なモノであるかなど言うに(およ)ばず。

2つ目はライトを付けっ(ぱな)しにしてる事。

アクアリウムにおいてライトの存在もまた無視できないモノで、水槽内の明るさはイコールで生体達の生活リズムとなり太陽光と違い常に一定の光量(こうりょう)熱量(ねつりょう)を供給できるライトは"管理"という意味でも必要不可欠なモノなのだ。

(ひら)けた庭に巨大な池でもあれば別だが、そうじゃないのが、この御時世(ごじせい)

水草が光合成を行うにも生体達が健康的に育つにも屋内という環境下では、いかんせん光量(こうりょう)不足となやすい。

のだが常時点灯というのも、またよろしくない。

日中(にっちゅう)に活動する生体もいれば、夜間に活動を開始する生体もまた(しか)り。

その生体にあった本来の生活リズムが(くず)れれば、それは大きなストレスとなり水草に(いた)ってはパワーフィーディング(エサを与え続け生体を巨大化させる事)ならぬパワー光合成?で異常成長を()げた挙句(あげく)、水槽内のスペースを占領(せんりょう)したり、最悪は水槽全体に深刻(しんこく)酸欠(さんけつ)を引き起こす事もある。

最後に冷凍アカムシを常温で放置してドロドロに()かしてしまっている事。

冷凍アカムシは1度でも解凍すると、凍っていた栄養素などが体外へ()け出し、品質(ひんしつ)が大きく劣化する。

さらに()け出したそれらが水質を悪化させてしまうのと、なにより見た目が悪い!

挙句(あげく)に当人は見て見ぬフリをする為か、(はしら)の影に張り付き爆睡(ばくすい)を決め込む(たち)の悪さと来たモンだ。

利眞守(とします)がこの場にいたら彼女は間違いなく、御叱(おしか)りを受けていただろう。


「Zzz・・・」



"──バチャバチャ・・・ドサッ!──ベチッベチッ!"



その時、店内奥にズッシリと(かま)える一際(ひときわ)大きな水槽から、これまた一際(ひときわ)大きな巨影(きょえい)が飛び出して来た!

程よい弾力と力強い(すじ)(かたまり)とでも言うべき巨体が、鈍い音を立てながらタイルの上で暴れ回っている。

本来陸地に打ち上げられた魚が暴れる時、それは"ジッとしていたら助からない"と考えた時や"地表の温度で火傷(やけど)しそうな時"などに行う防衛本能。

つまり水中を目指して移動している分けでもなく大抵は同じ場所をクルクルと回転するだけの、その場しのぎに終わる事が(ほと)んどなのだが、この巨影(きょえい)は器用に体をしならせながら一直線にドコかへ向かっている。

水の(たみ)が水槽を飛び出してまで、何を目指す?

辛々(からがら)散乱した障害物を乗り越えて、目的地にたどり着いた巨影(きょえい)は大きく口を()け──

"ガリッ!──パァアァァァ!!"


「・・・ふぇ!?」


店内を(まばゆ)い光が弾け飛んだのと同時にプレ子は飛び起きた。



「この時を、今や遅しと待っておったぞ・・・」



点々とライトが照らす暗闇の中、(かす)(まなこ)を細め何が起きたと辺りを見渡せば、そこにいたのは鎖帷子(くさりかたびら)の上からガノイン(りん)彷彿(ほうふつ)とさせる装飾(そうしょく)(ほどこ)された燻銀(いぶしぎん)甲冑(かっちゅう)(まと)い、さらには陣羽織(じんばおり)を着こなした身の(たけ)(しゃく)(すん)(約2m30cm)の鎧武者(よろいむしゃ)だった。

内側に鋸状(のこぎりじょう)()が付いた、鍬形(くわがた)立物(たてもの)が目を()烏帽子形兜(えぼしなりかぶと)と、左腰には(つい)となる2本の刀。

1本は禍々(まがまが)しい(さや)(おさ)められた5(しゃく)(約150cm)の大太刀(おおたち)

(かた)簡素(かんそ)(さや)(おさ)められた2(しゃく)(約60cm)の脇差(わきざ)しを(たずさ)えている。

甲冑(かっちゅう)に刀というだけで(もう)し分ない迫力(はくりょく)と威圧感を(かも)し出しているにも(かかわ)らず、その顔には鬼のような表情を()した面頬(めんぽお)まで装備した徹底ぶり。


"カチャン・・・カチャ・・・"



「"誰ぞ()く 月が()らすは (とむら)いの 手向(たむ)(かたき)()るふ一太刀(ひとたち)"・・・今宵(こよい)は月も狂喜(きょうき)()っておるわ」


カチャカチャと甲冑(かっちゅう)を鳴らしながら窓から夜空を見上げた鎧武者(よろいむしゃ)は、(みょう)物騒(ぶっそう)短歌(たんか)()み上げた。

満月が放つ神々(こうごう)しい輝きをその眼に焼き付けているのか、しばらく微動(びどう)だにしなかったが突如(とつじょ)刀に手を伸ばしたのを見て、慌ててプレ子が待ったの声を掛ける。


「ち、ちょっと待って!まずその・・・誰!?」


(それがし)()うておるのなら、まずはお(ぬし)が名乗られよ」


「えっ、わ私はプレコス・・・プレ子だ!!」


"カチャ・・・"



月明かりに()らされた燻銀(いぶしぎん)鎧武者(よろいむしゃ)は刀から手を引き、姿勢を正し自らを名乗る。


(それがし)は名を"(ガー)"と(もう)す」



やたらと古風(こふう)だが丁寧(ていねい)な口調で"(ガー)"と名乗った鎧武者(よろいむしゃ)の正体はガー(もく)ガー()アトラクトステウス(ぞく)に分類される、全長2m超えの大型硬骨(こうこつ)魚類"アリゲーターガー"である。

生息地は(おも)に北米から南部にかけてでミシシッピ川、リオグランデ川、トリニティ川などのメキシコ(わん)(そそ)ぐエリアが原産地と言われており、基本的には流れの(ゆる)やかな淡水域、汽水域(きすいいき)に生息するが海域(かいいき)でも発見されたりとその実、淡水と海水の両方に対応出来る魚類としても知られている。

また本種を(ふく)むガーパイク(ガー(もく)の総称)は古代魚特有のガノイン(りん)で覆われている為、ナイフやナタで斬り付けても(はじ)かれるどころか最悪コチラが刃こぼれを起こし、へし折られる事もある。

(くわ)えて無数に並んだ(するど)い牙が凶悪なフォルムを演出するのに一役(ひとやく)買っている。

鉄壁の(よろい)にキラリと輝く牙は、まさに刀を(かざ)した鎧武者(よろいむしゃ)に他ならない。

だが目から()た情報と先入観(せんにゅうかん)だけで相手を決め付けるのはナンセンス。

実はアリゲーターガーという生物は本来、臆病でおとなしい性格をしているのだ。

その為"ガーは人喰い怪魚(かいぎょ)だ!"などと言う与太(よた)話を本気にしてはイケない。

確かに2mを超える巨体が暴れれば軟弱(なんじゃく)な人間など一瞬の内に大怪我を食らう事もあるだろうが、それは全てスケールの問題。

小さなメダカやエビだって、ちょっかいを出されれば暴れ(くる)うのと同じで、それがアリゲーターガーのスケールで起きただけの事。

"少し見た目が恐いから"その理由だけで()びれの付きまくった都市伝説がアリゲーターガーを悪名(あくめい)高き怪魚(かいぎょ)に変えたと言って間違いない。

その証拠に、目の前に現れた鎧武者(よろいむしゃ)は落ち着いた口調でプレ子と向き合っているではないか。



「水槽の(うわさ)にて聞いた言葉。初めこそは(てん)が放った一時(いっとき)(たわむ)れ、願いを叶えようとは()(おお)せとも思ったが・・・全ては(まこと)であったか」



(てん)()(おお)せ?(まこと)??

(ガー)の使う独特の言い回しは、プレ子に新たな可能性と知的好奇心を植え付けた反面、理解不能な単語に困惑させると同時にソレに対する、もどかしさも植え付けた。

ポジティブな感情とネガティブな感情が一瞬の内に頭の中を支配した結果が、今の彼女のキョトンとした表情として表に出てきていた。

しかし状況を理解する事は出来る。

なんたって自分も(ふく)めれば、これで10匹目となる生体の擬人化現象。

(ガー)にも叶えたい願いがあるから、こうして出て来たに違いない。

例え目の前に巨大な鎧武者(よろいむしゃ)が現れようと落武者(おちむしゃ)が現れようと、やるべき事さえわかっていれば苦心惨憺(くしんさんたん)(おそ)るるに()らず!


「あっ、でも今は(とし)がいないんだった・・・」



だがしかし()すべき事が、わかっていようとも出来ない場合もある。

生体達の願いを叶えるのはプレ子ではなく、あくまで利眞守(とします)その人だ。

相手の願いを聞き出しプランを立て、知恵を(しぼ)り出してソレを叶える。

工程(こうてい)自体は簡単だが、いざこれを実践しようとすると中々どうして難しいモノである。

なのでプレ子は今の状況を(ガー)に伝え、少し待ってもらおうとしたのだが──

彼奴(あやつ)が・・・()らぬ?」


"ゴゴッ──ショワァアァァ・・・"


肝心(かんじん)の叶え(びと)利眞守(とします)がいないと聞くや(いな)や、(ガー)(たずさ)える大太刀(おおたち)尋常(じんじょう)ならざるドス黒い(ねん)を放ち始めた!

血飛沫(ちしぶき)、電撃、消化液とイレギュラー飛び交う水生生物専門店アクアリウム・バックヤードでもココまで禍々(まがまが)しい気配が店内を支配するのは初めての事。

その迫力(はくりょく)たるや敵意を剥き出しにしていた頃のラーニャが放っていた邪気(じゃき)ですら、そよ風とも呼べないレベルの代物(しろもの)

辺りがざわめきに(つつ)まれる中、面頬(めんぽう)(わず)かな隙間から狂喜(きょうき)に満ちた笑みを(うかが)わせ、(ガー)(あふ)れ出た(ねん)()でるようにして大太刀(おおたち)に語り掛ける。



「そうかそうか・・・そう慌てずともよい。(てん)もこの(とむら)合戦(がっせん)一夜(いちや)にしてならずと言うておるのだろう。されど安心(いた)せ・・・(それがし)が願いは()(あら)ず、お(ぬし)らの無念(むねん)必ずや()らしてみせようぞ。天命(てんめい)はこの一太刀(ひとたち)、常にお(ぬし)らと共にある」

"シャァァ──キシンッ!"


直後、腰に(たずさ)えた150cmにも(およ)大太刀(おおたち)華麗(かれい)抜刀(ばっとう)術で引き抜いた。

剣術なんて知らないが、その完成されすぎた1つ1つの動きにプレ子は思わず見惚(みと)れていた。

そして全ては数秒後・・・その()(さき)が彼女自身に向けられている事に気付いたのは。

そもそも大太刀(おおたち)とは本来、馬上(ばじょう)からの攻撃に使用したり、持ち歩く時も家来(けらい)小姓(こしょう)に持たせたり(この時、素早く刀を抜くために家来(けらい)(さや)の部分を持ち、()を常に主人(あるじ)に向け、いざ刀身を引き抜くと同時に家来(けらい)らも(さや)を引っぱった)と個人単体が使うようなモノではない。

その性質上、大太刀(おおたち)(やり)に近い武器とも言われている事から、この一刀(いっとう)がどの程度の大きさなのか想像できよう。

そんな代物(しろもの)を、いとも容易(たやす)(あつか)えるのは(ひとえ)(ガー)の巨体と技術あってのモノ。



現世(うつしよ)蔓延(はびこ)下賤(げせん)御霊(みたま)を、斬り()(ほふ)るは妖刀"斬奪命葬牙(ざんだつめいそうが)"!一族郎党(いちぞくろうとう)が受けた不当(ふとう)な仕打ち、その(むく)い今こそ貴様(にんげん)らが死を()ってして(つぐな)う時と知れ!」

"──シャッ!"



此度(こたび)(とむら)合戦(がっせん)彼奴(あやつ)御首級(みしるし)頂戴(ちょうだい)(つかまつ)りし(おり)鮮血(せんけつ)狼煙(のろし)とし、者共(そろ)いて修羅(しゅら)とならん大戦(おおいくさ)にあるぞ!天網恢恢(てんもうかいかい)()にして()らさず人間共よ(ゆる)すまじ!」

"──ダシュッ!"



重心を落とし手首を返しながら放たれた渾身(こんしん)刺突(しとつ)は、目にも()まらぬ速さでプレ子の眉間(みけん)に噛み付いた!

だが不思議な事にたった今、刀が貫いたであろう眉間(みけん)には一切痛みを感じない・・・それどころか血の一滴(いってき)すら落ちる事なく、受けたダメージはコンッと軽く(つつ)かれた程度であった。

この一撃は質量(しつりょう)、刃の角度、力加減、必殺の間合(まあ)いを完璧に把握(はあく)した(ガー)()えて放った"()(さき)での峰打(みねう)ち"という究極の神業(かみわざ)であると同時に、先の文言(もんごん)がただの虚仮威(こけおど)しでない事を物語る。

理由はわからないが、その(くる)おしき願いは利眞守(とします)皮切(かわき)りに、人間達を叩き斬る事だと理解した途端(とたん)、先ほどまで(いだ)いていた興味は一瞬にして恐怖へと変わる。


「月を見るからに()下刻(げこく)(現在の時刻で午後10時20分から午後11時の間)・・・今より三日間(みっかかん)だけ待つ(ゆえ)彼奴(あやつ)(つた)えよ。斬奪命葬牙(ざんだつめいそうが)がお(ぬし)の肉を斬らせろと、血を吸わせろと狂喜(きょうき)()き叫んでおるとな」


「ちょっと待ってよ!なんで(とし)を!!」


「・・・お(ぬし)、人()らざる身でありながら何故(なにゆえ)人間の肩を持つ?よもや彼奴(あやつ)らが愚行(ぐこう)を忘れたわけではあるまいな?」


「でも(とし)は──」

「この()れ者めがぁ!!」


殺気(さっき)に満ちた(ガー)怒号(どごう)で、プレ子の身体は(たましい)ごと硬直した。



(おのれ)(いつわ)るのも大概(たいがい)(いた)せ!一斑(いっぱん)を見て全豹(ぜんぴょう)(ぼく)すとはまさにこの事、如何様(いかよう)な言葉で塗り固めようとも一寸(いっすん)(きょ)、混じわらざるは()り豆に花が(ごと)し!お(ぬし)の中に渦巻(うずま)憎悪(ぞうお)は、(いま)だ人間を(ゆる)しておらぬ事なぞ(すで)に見切っておるわ。されどその偽善(ぎぜん)、あくまで()(とお)すつもりならば(それがし)が思い出させて(しん)ぜよう。人間がお(ぬし)らに(おこな)ってきた非道(ひどう)の数々を」



刀を引くと同時に(するど)い踏み込みで間合(まあ)いを詰め、巨大な(しょう)でプレ子の顔面を鷲掴(わしずか)みにして持ち上げる。

(つか)みかかった(ガー)の腕を殴りながら"離せ!"と、(もが)くが──

何故(なにゆえ)(ぬし)は生まれ育った地を()いやられねば、ならかった?お(ぬし)が一体、人間に何をしたと言うのか?」


"ジュッ!──ショワァアァァ・・・"



大太刀(おおたち)(まと)わり付いていたドス黒い(ねん)(ガー)の腕を(かい)して彼女を(つつ)み込む。

心の奥底から()み上げてくる言いようもない強烈な不快感(ふかいかん)()り払おうと、叫び(もが)くがドス黒いソレは増すばかり。


「思い出せ・・・自らの意思で来たわけでもないモノを、異国の地にて外来種(がいらいしゅ)(さげす)まれた挙句(あげく)"生態系保護の為"と、(おのれ)の都合だけで(かか)げた大義名分(たいぎめいぶん)免罪符(めんざいふ)に、人間共はお(ぬし)らに何をした?」


「あぁ"あぁ"ぁ!があぁ"ああ!!」


「保護とは名ばかり、殺す事を前提(ぜんてい)(とら)われたお(ぬし)らは()()きにされ、火(あぶ)りにされ、その他(おぞ)ましき程の理不尽な仕打ち。忘れようにも忘れえぬは、まさに鬼畜(きちく)所業(しょぎょう)


「やめろ!ヤメろ!!()め──げほっ!」


「そうだその調子だ。(おのれ)を解放せい・・・お(ぬし)彼奴(あやつ)に救われたのではない。その優しさは自ら()いた(たね)が芽を出し、それが自らの首を()め始めている事に恐怖したが(ゆえ)の苦し(まぎ)れの愚行(ぐこう)と知れ」


「うぅ"うう"!人・・・(にく)・・・」


「ならば(それがし)賛同(さんどう)こそすれど止める理由などあるまい?生態系に影響がなどとは笑止千万(しょうしせんばん)。なれば何故(なにゆえ)、異国の地にお(ぬし)らを()てた者共を(ばっ)せぬのだ?彼奴(あやつ)らこそが(まこと)咎人(とがにん)だというのに・・・(あまつさ)え、全ての罪を押し付けられたお(ぬし)らを()ったモノには、手柄首(てがらくび)だと(はや)し立てる始末よ」


(にく)・・・しい・・・」


(にく)むがよい・・・怒るがよい・・・その殺意至極(しごく)()(とう)、当然の感情であるぞ。(それがし)が斬り捨てるは人間共の悪意。是即(これすなわ)ち、()()しての(かたき)(あら)ずして"人の意思"こそが(まこと)の悪」


「・・・」


一太刀(ひとたち)()太刀(たち)(さん)太刀(たち)、斬っても斬っても斬れ味(おとろ)えぬは、この斬奪命葬牙(ざんだつめいそうが)宿(やど)る殺意にあり。者共の()らせぬ恨みが今この瞬間も"人間を斬れ!"と(たぎ)り叫ぶ」


「斬レ殺ス、死ネ・・・yサn、k・・・sネ・・・」


「ふふ・・・ふはははーっ!()れを聞いてなお異議(もう)し立てるは誰ぞある!!」


"シュッ──ガシャンッ!"



(つか)んだプレ子を右腕だけで強引に投げ捨てると刀を納め、店内にいる全ての生体達に()いただす。

(ガー)の目的、それは利眞守(とします)を斬る事ではなく"人間共を斬る"事だった。

何故(なにゆえ)(ガー)はココまで人間を(にく)み、(うら)み、強烈な殺意を(いだ)いているのか?

その理由は先の言葉からも分かるように昨今(さっこん)議題(ぎだい)となっている"外来種(がいらいしゅ)問題"にある。

言わずもがなアリゲーターガーは本来この国にいるハズのない生物だが、アクアリウム専門店などでは許可も必要とせず、誰でも購入する事が出来た。

その圧倒的な存在感は見るモノの心を奪い、数cm程度の稚魚(ちぎょ)ならば値段も安く、人間とアリゲーターガーとの距離は縮まっていくかに思えた・・・。

だが本種に関する知識もなにもない、無知な人間共の手に渡ってしまったのが、全ての悲劇の始まりだった。

先述(せんじゅつ)の通りアリゲーターガーは2mを超える大型の淡水魚。

初めこそ一般的なサイズの水槽でも飼育出来るが、次第に巨大化していくアリゲーターガーを前に、なんの知識もなかった人間はどう考えるだろう?

"こんなに大きくなるなんて知らなかった"とか"飼い殺しにするくらいなら川や池で元気に育ってね"などと飼育する者の義務を放棄して"アリゲーターガーを破棄(はき)する"という選択肢が浮かんでくるのではなかろうか?

そもそも生息する環境が違うというのに、それに対応出来ず死んでしまっても"残念だったね"くらいにしか考えていないのか?

それこそ真の無責任と言えよう。

しかしアリゲーターガー浮き袋に毛細血管を()(めぐ)らされており、水深(わず)か数cmの川であろうとも酸欠(さんけつ)を起こす事なく環境に対応する事が出来た。

その生きて行く為の進化が、今の外来種(がいらいしゅ)問題に繋がっていると考えると皮肉なモノだ。

このように身勝手な解釈(かいしゃく)をする人間がいる事は否定できない事実であり、以前アクアリウム・バックヤードの軒下(のきした)に、明らかにサイズの合っていない水槽に入れられた体長1mを超えるデンキウナギが捨てられるという事件があった。

この時、利眞守(とします)は激しい怒りに身を焦がし"飼い殺しにするのは可哀想だ、などと思っての愚行(ぐこう)かも知れないが、お前のようなヤツに飼われていた日々こそが、このデンキウナギにとっては生き地獄だったと断言する。(あさ)ましき()れ者よ恥と知れ!!"と、客商売を(いとな)むオーナーにあるまじき文言(もんごん)を紙に書き、デンキウナギの入れられてた水槽に貼り付け、なんと3ヶ月もの間、堂々と店の前に(さら)していた程だった。

そしてデンキウナギは(のち)に"エイル"と名乗り、利眞守(とします)対峙(たいじ)する事になる。

持ち前の姉御肌(あねごはだ)からなのか特別人間を(うら)んでいる様子はなかったが、本来なら彼女に対して人間は(つぐな)っても(つぐな)いきれない程の大罪(たいざい)を犯している事を忘れてはならない。

このアクアリウム・バックヤードの生体達にとっても(けっ)して他人事では、ない人間の無責任さ。

それを重々理解して、尚且(なおか)(ガー)から(はっ)せられる"本物の殺意"を知った上で誰が反論など出来ようモノか?

それに、ある意味で彼の言い分は正しい。

かつて人間と共存出来ていたブルーギル、カダヤシ、ヨーロピアンパーチなどの淡水魚も、今や状況をよくわかっていない人間にさえも、()み嫌われる"特定外来生物"に指定されてしまっている。

此度(こたび)の決意を(ガー)自身も勧善懲悪(かんぜんちょうあく)だとは思っていないが、一方的な悪とも思っていない。

全ては刀に宿(やど)った仲間達の無念(むねん)()らす為の"(とむら)合戦(がっせん)"なのだ。



「来るがいい戦場(いくさば)利眞守(とします)。手始めに、お(ぬし)の首を天下に(さら)してくれる・・・例え悪鬼羅刹(あっきらせつ)(さげす)まれようとも、この一刀(いっとう)の元に、者共の無念(むねん)(とむら)えるとあらば、如何様(いかよう)罵詈雑言(ばりぞうごん)とて賞賛(しょうさん)の声に聞こえるわ」


(ガー)(たな)に腰掛け、脚を大きく開き腕を組んだ。

その威風堂々(いふうどうどう)たる(たたず)まい、まさに合戦(がっせん)(ひか)えた戦国武将さながらの迫力(はくりょく)

来たる3日後には(けっ)して語り継がれる事のない現代の大戦場(おおいくさ)"アクアリウム・バックヤードの戦い"が火蓋(ひぶた)を切って落とされる。

相手が誰だとか、そんな事は関係ない。

人間が魚を見るとき、全て同じに見えるように(ガー)からして見れば"敵は人間"の一言で事足(ことた)りる。

死線(しせん)()(くぐ)る殺気と緊張感を忘れ去った現代人が、悪鬼羅刹(あっきらせつ)となりて刀を振りかざす(ガー)遭遇(そうぐう)してしまったが最後、()(すべ)なく無残な肉片へと変わり果てるのは必然(ひつぜん)

殺意に()まった鎧武者(よろいむしゃ)を止められるのは、最早(もはや)利眞守(とします)を置いて他にいないのだ!

しかし当の利眞守(とします)が、この事実を知る(すべ)はない。

まして入院中とあらば(なお)の事。

だが彼の状況を知らない(ガー)からしてみれば"利眞守(とします)が逃げた"として人斬りを始める理由になる。

斬奪命葬牙(ざんだつめいそうが)怨念(おんねん)から解放されたプレ子ただ1匹だけが、その全てを(さと)った。

だからこそフラフラと立ち上がった彼女は、無謀(むぼう)にも(ガー)の前に立ちはだかった。



「・・・何人(なんびと)かの為か?あくまで(それがし)楯突(たてつ)くと(もう)すなれば、お(ぬし)から先に斬ってくれる」


(ガー)・・・」


カチャカチャと甲冑(かっちゅう)を鳴らしながら立ち上がった(ガー)は、(わず)かに重心を落として腰を(ひね)る。

刹那(せつな)、刀を抜くよりも早くプレ子の背後に回り込む。

背後を取られたと彼女自身が理解したのは、カチャッという金属音が聞こえた時だった。



「背を取られれば是即(これすなわ)ち死あるのみ!」

"──ザシッ!"


脇差(わきざ)しを(もち)いた目にも()まらぬ抜刀(ばっとう)からの(かえ)し刀。

背中をVの字に斬られたプレ子は吹き飛ばされ、ピクリとも動かなくなった。

鮮やかにして冷酷(れいこく)太刀筋(たちすじ)で、1匹の熱帯魚を斬り()せたのだから、さぞ満足そうな笑みを浮かべているだろうと思いきや、なぜか(ガー)の表情は(くも)っていた。


「・・・」


目線よりやや高い位置で固定した脇差(わきざ)しを、じーっと見つめながら時に片目を閉じ、時に光を反射させるように刀身を細かく動かしている。



因果(いんが)頑丈(がんじょう)な奴よ・・・脇差(わきざ)しの腰が伸びてしもうたわ。(それがし)が刀に(なまくら)なし・・・であるにも、お(ぬし)ごときに()けを取ろうとは」


腰が伸びるとは硬いモノを斬った(さい)に、刀の()りが(ゆが)んでしまったという意味で、このような状態になると刀の斬れ味は格段に低下、(さや)にすら納まらなくなる。

刀身の背を(つか)み力尽くで修正して、今回はなんとか(さや)には納められたものの実際、戦国の乱世を()け抜けた武士(もののふ)達も刀が曲がった場合、足で踏みつけテコの原理で修正したり、そのまま捨てたりしていた聞く。

二対(につい)の刀を我が子のように溺愛(できあい)していた(ガー)にとって、これは由々(ゆゆ)しき事態であり、第三者が見ても彼の動揺が分かる程に(あせ)りの色が(にじ)み出ていた。

そもそもなぜプレ子を斬ったら刀が、ひん曲がってしまったのか?

それ程までに彼女は硬かったのか?

実はプレコストムスの仲間は、強固(きょうこ)(うろこ)(高密度なカルシウムの(かたまり))で全身を(おお)われており、その見た目と硬さから"アーマードプレコ"と名付けられた種類までいる程で、アクアリストなら誰しもがプレコストムス=鉄壁のイメージを持っている。

本種の(うろこ)は、まさに強化骨格と呼ぶに相応(ふさわ)しいレベルで、魚の天敵と言われる水鳥の(するど)(くちばし)を弾き返し、あの超大型肉食魚サメに襲われても、少し傷が付いた程度で何事もなかったかのような(つら)で去って行ったと記録にも残っている。

ぽけ〜っとした見た目に(はん)して、実際のところプレコストムスという熱帯魚は物理攻撃に対して無類の強さを誇り、天敵と呼べる天敵はワニ、寒さ、そして人間くらいしかいない。

つまりプレ子も、刀は(おろ)か弾丸すらも(はじ)き返す、絶対防御に守られた鎧少女だったのだ。

その為、誰よりも彼女の事を理解している利眞守(とします)から言わせれば、噛み付き攻撃よりも時たま放ってくるフライングヘッドバットの方が数億倍ヤバいらしい。

(げん)にプレ子は利眞守(とします)千春(ちはる)を必殺のヘッドバットで吹き飛ばしている。

唯一、腹部だけは若干(じゃっかん)強度が弱いらしく、利眞守(とします)の脳天に腹部から落下した(さい)には悶絶(もんぜつ)していたが今の(ガー)に、ソレに気付く余裕などあるわけがない。

だが衝撃まで無効化するかと言われればそうでもない。

タダでさえボロボロになっていたところに、鋼鉄の打撃を打ち込まれたプレ子は一緒にして気を失ってしまった。

その後、(ガー)は改めて今という状況を確認する。

刹那(せつな)と言えど取り乱した自分を"珍しい感情だった"と客観的に(とら)え冷静さを取りもどし、再び(たな)に腰掛ける。

その後プレ子が起き上がる事はなく、(ガー)も腕を組んだ状態から微動だにせず夜が明けた。

それからの時間が経過するのは早いモノで、(ガー)の指定した期限も残り8時間となった現在時刻は午後3時。

驚異的な回復力でミイラを卒業した利眞守(とします)はベッドの上ではあるものの、いつもの服装へともどっていた。

緑のズボンに黒いシャツ、緑のジャケットは損傷(そんしょう)の激しかった(えり)肩部(けんぶ)、ポケット周りを新たに黒のレザーで修理した為、少し印象が変わっているが当人も満更(まんざら)ではない様子。

なにより政宗(まさむね)千春(ちはる)心遣(こころづか)いが嬉しかった。

そして目元が隠れるまで深くキャップを(かぶ)れば、誰がどう見ても戦場(いくさば)利眞守(とします)の完成だ。


「こうして見るとミイラだった頃のお前が懐かしく感じるな」


「まぁアレはアレでコーディネートの心配もなかったし楽っちゃ楽だったんだけんね」


「その服しか持ってねぇクセしてなにがコーディネートだぁ?」



利眞守(とします)が病院に運ばれた日から、ほぼ2日に1回のペースで政宗(まさむね)は顔を出しに来る。

また見舞(みま)いの品として大量の青リンゴをくれたり、ドコから仕入れたのか与太(よた)話を聞かせてくれたりと。

その甲斐(かい)あってか政宗(まさむね)利眞守(とします)の中で、究極の暇潰(ひまつぶ)しを提供(ていきょう)してくれる、ありがたい存在へと昇格していた。

そして今は近所のゲームセンターに有名アーケードの最新台が導入される話で盛り上がっている。

学生の頃はよく昼休みに学校を抜け出して2人でゲーセン行ったよなぁとか、その後2人して千春(ちはる)にマジ説教(せっきょう)されたよなぁとか。

少し(すさ)んだ学生時代も、今は昔の良い思い出。

懐かしい風が吹き抜ける中、話は政宗(まさむね)の一言で急展開を(むか)える。



「しっかしまぁ、お前も変なヤツだよな?防犯だがなんだか知らねぇが自分の店の、ど()(なか)鎧武者(よろいむしゃ)を置いてるような野郎、見た事ねぇぞ」


「あ?(よろい)・・・武者(むしゃ)・・・?」


「ったく、あんなモン置いといたら空き巣どころかプレ子ちゃんだって()り付かねぇぞ?」


「おい、ちょっと待て──」

「つーかあんなデカい鎧武者(よろいむしゃ)骨董品(こっとうひん)屋にすら──」

「そんなモン知らねぇぞ?なんだそりゃ??」



今度は利眞守(とします)の一言で、話は急展開を(むか)えた。

"救急車に乗せられベッドの上に放り込まれるまで()()いをしていたお前の目を盗んで、どうやって鎧武者(よろいむしゃ)をセットするんだよ"と正論を叩き込んだ利眞守(とします)の言葉で政宗(まさむね)はあの瞬間を思い出す。

2人は同じタイミングで、あの場を立ち去ったのにその時、鎧武者(よろいむしゃ)なんてあったか?

答えは"よ"の字もなかった。

ならプレ子がドコかから持って来た?

いやいや、あり()ないだろ。

つまり政宗(まさむね)の見たソレは突然と現れた事になる。

店内にいるプレ子を鎧武者(よろいむしゃ)と見間違えたのか?

だとしたら彼の目は相当、愉快(ゆかい)な目をしていると言わざるを()ない。

"あれ?この流れどうしよう・・・"的な雰囲気が(ただよ)い始めた刹那(せつな)利眞守(とします)はすかさず次なる話題を切り出した。



政宗(まさむね)


「なんだ?」


「見なかった事にしねぇか?」


「・・・」


「・・・」


「そ、そそうだな!!あるわけねぇよなぁ鎧武者(よろいむしゃ)なんて?まったく俺は老眼か?何と見間違えたのかな〜?は、はは!はははは!!」



わざとらしい口調で誤魔化(ごまか)そうとする政宗(まさむね)

強面(こわもて)暴力フェイスに(はん)してこの男、幽霊や怪奇現象などホラー系が大の苦手で少しでも"そういう雰囲気"を感じ取ると、しばらく1人で行動したがらなくなる程に怖気付(おじけづ)いてしまうのだ。

苦手な理由を本人に言わせると"急に出て来てコッチの攻撃が通用しないから"らしい。

理由はどうあれ、政宗(まさむね)の幽霊嫌いは利眞守(とします)的には好都合。

突如(とつじょ)現れた鎧武者(よろいむしゃ)の正体は、おそらく自分の所の水生生物だろうと確信した彼は口八丁(くちはっちょう)政宗(まさむね)を丸め込み、しばらくアクアリウム・バックヤードには近付かない方が良いと信じ込ませる事に成功する。

そうすれば・・・最悪の事態だけは避けられよう。


「確かちょい先にある二百姓(にひゃくしょう)寺ならいつでも、お(はら)いは出来るみたいだぜ」


「マジか!?」



その一言は2人にとって、まさに救いの言葉。

先手必勝とばかりに病室を飛び出した政宗(まさむね)は風よりも速く疾走(しっそう)する。

1人残された利眞守(とします)もジッとしちゃあ、いられないとキャップのポジションを直しベッドから飛び降り、退院予定を5日も前倒しして、こっそり病室を後にする。

変質者と見紛(みまご)うばかりの利眞守(とします)の服装は一瞬にして病院勤務者達に知れ渡り、何食わぬ顔で抜け出す事は不可能となっていた。

その為、医師達に見つからぬよう遮蔽物(しゃへいぶつ)に身を隠し、時には無駄にアクロバティックな動きを()せながら順調に出口へと向かっていたのだが──

「あら、(とし)?」


突然背後から名前を呼ばれてビクッ!としながら振り返る。

タイミング悪く、そこにいたのは千春(ちはる)だった。

どうやら政宗(まさむね)と入れ替わるようにして、見舞(みま)いに来てくれたところに遭遇(そうぐう)してしまったらしい。

さしもの千春(ちはる)も彼の奇行(きこう)には違和感を感じたらしく──

「・・・ねぇ?」


「はい?」


「病院を抜け出すつもり?」


「いえ、違います」


「ウソ!病人はおとなしくベッドの上で安静にしてなさい!」


"ガシッ!"


「あっ、あぁあぁぁ!!」


ジャケットの(えり)(つか)まれベッドの上へと強制送還された利眞守(とします)

その後たっぷりとお説教(せっきょう)された挙句(あげく)、病院側が許す(かぎ)りの時間まで千春(ちはる)に監視されるハメになってしまった。

擬人化した生体が現れた今、その1分1秒が()しいと言うのに、最悪のタイミングで確保された利眞守(とします)はダダをこねながら反抗を(こころ)みるが、政宗(まさむね)を含む悪ガキ2人はドコか千春(ちはる)に頭が上がらないところがあり、彼女に何か言われてしまうと基本的には逆らえないのだ。

それでも利眞守(とします)は反抗し続ける。

今まで現れた生体達の性格は擬人化した(さい)の見た目に比例している事が多い。

おとなしくて優しいネオンとニアは落ち着いた服装だったし、漢気(おとこぎ)(あふ)れるヤマト達は角刈(かくが)(ふんどし)姿だったし、強気なアーチャー大尉(たいい)は軍服、同じくエイルもパンクファッションだった。

これらの前例から推測(すいそく)すると今回はどうだ?

しかも政宗(まさむね)(いわ)く"デカい鎧武者(よろいむしゃ)"・・・事が穏便(おんびん)に済むとは到底思えない。

なんとかこの状況を突破して、直接その鎧武者(よろいむしゃ)とやらに会わなければ、以前のタニシのように生体が暴走してからでは取り返しのつかない事にもなりかねないし、なによりプレ子が危ない。

唯一の救いは、さすがの千春(ちはる)も他人の頭の中までは分からない事。

だが相手は斜め上行く感性の不思議委員長。

裏をかいたつもりが、まんまと千春(ちはる)包囲網(ほういもう)に引っ掛かってしまっては意味がない。

さらには妙に感の(するど)い彼女を前に、ヘタに行動してはコチラの考えを先読みされる危険性もあるため、利眞守(とします)()えて数時間のクールタイムを取る事にした。

もどかしさに焼き殺されそうになりながらも虎視眈々(こしたんたん)と"その時"が来るのを狙っていた彼にチャンスが訪れたのは、午後7時を(むか)えた頃だった。



「なぁ千春(ちはる)や、お前少し疲れてないか?」


「私が眠った隙に逃げ出すつもりね?でも残念だけど今は眠くないわ」


「とーかなんとか言っちゃって本当は眠くて(たま)らないんでねぇの?」


「しつこいわよ!まさか睡眠薬でも使おうとしてるの!?」


「まさか!まぁ睡眠薬も麻酔銃もないけど"コレ"なら・・・な?」



不敵な笑みを浮かべた利眞守(とします)が見せたモノは、何も持ってない両手の(ひら)だった。

妙に(ふく)らみを持たせた言い回しの割には早すぎるネタばらしに千春(ちはる)(あき)れ顔を浮かべたその時──

「悪いな千春(ちはる)。5分だけ眠ってもらうぜ」


「え?」


"ススッ──パンッ!"




・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・




「時間だ」



同じ空の下、同じ時間を共有している小さな島国の時刻は午後11時を(むか)えた。

三日三晩(みっかみばん)指先1つ動かさなかった(ガー)は目を見開き、辺りを見渡した(のち)ゆっくりと腰上げる。

正面出口に向かって1歩1歩着実(ちゃくじつ)に歩み()るさまは()()め、惨劇(さんげき)へのカウントダウン。

事情を知らなかったとは言え利眞守(とします)は間に合わなかったのだ。

最早(もはや)殺意の鎧武者(よろいむしゃ)を止めるモノは何もないかに思えたが、水槽の影から不意に何者かが、(ガー)骨太(ほねぶと)な足首を両手でガッチリ(つか)み動きを止めた。

が、それに関して眉1つ動かさず(むし)ろ"やっと動いたか"くらいの笑みを浮かべ鼻で笑った。



「やはり目覚めておったか。(かばね)(ふん)刹那(せつな)の機を(とら)えるも兵法(へいほう)の1つと知るが(ゆえ)に、お(ぬし)の手の内も読めたと言うものよ」


「・・・」


()(つくば)ったプレ子を見下す(ガー)の視線と、弱々しい表情を浮かべながら(ガー)を見上げるプレ子の視線が交差する。

正直、両手で(つか)まれようが全身を使って(まと)わり付かれようが、一蹴(いっしゅう)で振り払えるモノを(ガー)()えて立ち止まった。



()()に及んで、まだ人間共を(かば)うか?」


「だけじゃ・・・ない・・・よ」


「ほぅ。なれば何の為に(あらが)うと?」


「・・・(ガー)の為だよ」


「なに?」


その一言は(ガー)の予想していた全ての可能性を裏切り、一抹(いちまつ)の疑問を(いだ)かせた。

それと同時にプレ子の次の言葉を聞いてみたいとも思わせた。

寝言(ねごと)戯言(ざれごと)綺麗事(きれいごと)、何をほざくいてくれるやら・・・今まさに燃え尽きんとするロウソクの火を払い、出陣(しゅつじん)啖呵(たんか)にするのも悪くない。

楽しみを(のち)(ひか)えたような笑みを浮かべ、()(つくば)った彼女の(えり)(つか)むと無理矢理立たせて向き直る。



「その真意(しんい)(もう)してみよ」


「だって・・・このまま人を斬っちゃったら・・・本当に・・・(ガー)は悪いヤツになっちゃうじゃん」


「な、なんとお(ぬし)っ!!」


プレ子の一言は(ガー)度肝(どぎも)を抜いた。

"此奴(こやつ)は、この状況を理解した上で()えて(それがし)の身を(あん)じると(もう)すか!?"声に出さず、心の内にそう叫んだ。

なぜなら彼女の言葉の意味、それはイコールで(ガー)を"信じている"という事に他ならない。

1度は自分を殺そうとした相手を・・・ましてや、この状況でそんな事を口走(くちばし)れるのか?

普通なら信じる事は(おろ)か、(ゆる)す事さえ出来ぬハズ!

だとすればコイツは"普通じゃない"・・・いや、そんな単純な事なのか?

むしろ人間を(うら)み、(にく)み、殺意を(たぎ)らせる自分が"普通じゃない"だけなのか?

プレ子は仲間を信じ、人間を信じ、(あまつさ)え自らを斬り付けた相手を信じると言っているのに対して自分はどうだ?

信じてきたモノは刀に宿(やど)った無数の怨念(おんねん)のみ・・・邪魔するモノは例え仲間であろうとも(ことごと)く斬り捨てた。

周りを見渡せば(にく)(にく)まれの渦中(かちゅう)にいた。

そこが自分の居場所だと信じてきた。

外来種(がいらいしゅ)(さげす)まれるモノ達のあるべき姿だと信じて疑わなかった・・・なのに・・・コイツは・・・。


(ガー)は・・・少し恐いだけ、で・・・悪いヤツなんかじゃ・・・ない」



プレ子は、ずっと何かを(うった)えかけてきているようだが最早(もはや)その言葉が(ガー)の耳に届く事はなかった。

人間を信じる・・・始めこそ、この店内にも人間に対する心地(ここち)良いばかりの憎悪(ぞうお)(ひし)めき合っていたというのに、今やドリームタブをキッカケに奮闘する1人の人間の姿を見た生体達の憎悪(ぞうお)は消え去ってしまっている。

確かその人間も"お前達を信じる"などと綺麗事(きれいごと)を言っていた・・・だけどソイツは(いく)たびの死線(しせん)を乗り越え、最後まで誰も見捨てず"大胆不敵(だいたんふてき)なアクアリスト"を貫き通していた。

たかだか1人の人間に・・・戦場(いくさば)利眞守(とします)という1個体に触れただけで、お前達は人間を(ゆる)してしまったのか?

(ガー)は人間を信じる事が出来た周りが(うらや)ましくもあり、同時に(にく)たらしくもあった。



「もうよいっ!性懲(しょうこ)りもせず、のうのうと戯言(ざれごと)()れる()れ者め!最早(もはや)捨て置けぬ!!」

"シャァァ──キシンッ!"



感情的になった(ガー)は声を(あら)斬奪命葬牙(ざんだつめいそうが)に手を掛ける。

"叩き斬る"為に存在する大太刀(おおたち)の、全力の兜割(かぶとわ)りを受ければ、如何(いか)にプレ子の防御力を()ってしてもタダでは済まない。

だが一瞬の迷いは大きな隙となり、気付けばプレ子に(ふところ)への侵入を(ゆる)してしまう。

密着した相手を振り下ろしで斬る事は不可能。

(ガー)は1度ならず2度までも刀を封じられた。

これが意味するモノは(すなわ)ち"心技体(しんぎたい)の乱れ"。

(ガー)の強さの根本にあるモノは"殺意"。

しかしプレ子と接している内に()るぎなき信念だったハズのソレに、本人自身が疑問を(いだ)いてしまったのだ。

その時、斬奪命葬牙(ざんだつめいそうが)が再び強烈な(ねん)を放出し始め、(ガー)の全身を(つつ)み込む。

すると(ガー)は思い出したかのように893キックでプレ子を蹴り飛ばし、斬奪命葬牙(ざんだつめいそうが)を頭上高くに(かか)げ、これより斬るべき相手を見下した。



小賢(こざか)しい真似(まね)を・・・神妙(しんみょう)(いた)せ!!」


腹部を押さえたプレ子は、その場に(うずくま)り苦しそうに(もだ)えている。

逃げられない・・・(ガー)が刀を振り下ろせば天井、床もろとも今度こそプレ子は()(ぷた)つにされる。

だがこのまま彼女を死なすわけにはいかない!

利眞守(とします)不在の中で(おとず)れた未曾有(みぞう)の危機を前にして、(つい)にアクアリウム・バックヤードの生体達が立ち上がる!



"(ガー)さんやめて!!"


"ソレだけはイケねぇぜ!もう少し待ってくれ!!"


"が、(ガー)殿(どの)やめるでござるよ!!ププレ子殿(どの)斬ってしまったらオーナー殿(どの)のげ、逆鱗(げきりん)回避不可の死亡フラグでござる!!"


"そうじゃ!どうしても斬ると言うのならワシらを斬ってからにせい!!"


「お、お(ぬし)らっ!」


擬人化してるならいざ知らず、本来の姿のまま(ガー)の斬撃を受ければ死を(まぬが)()ぬは必然。

にも関わらず生体達が、逃げ場もない状況で()えて立ち向かって行けたのはプレ子を、利眞守(とします)をずっと見てきたからに他ならない。

今ココにアクアリウム・バックヤードは、(しゅ)を超えた繋がりに1つとなったのだ!



"だから、その・・・刀を(おさ)めて・・・(ガー)さん!!"


"それでも()りてぇんなら先にオレが相手になってやんよ!!"


"貴様の敵は人間のハズだ!!ならばなぜ伍長(プレ子)に武器を向ける!!己が敵さえ見えぬ貴様は新兵(しんぺい)にも(おと)る!!"


"ハッ!今のアンタはプレコストムスに()()たりしてるだけのヘタレ野郎って事だな!!"


「・・・人間なぞに(おく)した腑抜(ふぬ)け共が知った(ふう)な口をぬかすなっ!!(それがし)(すで)修羅(しゅら)!死の安らぎさえも打ち捨て、八万地獄(はちまんじごく)()ちるも(さだ)めと受け入れし修羅(しゅら)なるぞ!(もと)より死ぬと思わばこその大戦場(おおいくさ)今更(いまさら)躊躇(ためら)いなど毛頭(もうとう)もないわ!!」



だからこそ(ガー)も引けなかった。

なぜなら(ガー)も人間達に(さげす)まれてきた仲間の"思い"を背負っているからだ。



(にく)いか!(それがし)(にく)いか!(もう)してみよ!!(それがし)(にく)いかあぁあぁぁ!!」


周りの声を()き消すように狂気(きょうき)に満ちた怒号(どごう)を上げると、再び怨念(おんねん)(まと)い、先ほど(いだ)いてしまった感情を"一時(いっとき)の迷い"と一蹴(いっしゅう)して(うれ)いを断ち切った。



"ダメ・・・プレ子さん逃げて!!"


「ネ、オ・・・逃げたい、けど・・・体が動かない・・・もうダメ・・・みたい」


"(あきら)めないで!!"


(あわ)れなり!人間に(くっ)したが挙句(あげく)末路(まつろ)(そう)じて何とやらとなぁ!!」



左足を1歩前へ出した(ガー)は背筋を伸ばし()を握る手に力を込める。

今こそ思い知るがいい・・・修羅(しゅら)(やいば)を!!



"あぁっ・・・プレ子さんを・・・助けて!!(ガー)さんを止められるのは・・・プレ子さんを救けられるのは"首領(ドン)"しかいません!!"


"・・・"


"お願いです!彼女を・・・親友を助けて!首領(ドン)!!"


(しま)いだ!!」


"──ガガッ!"


天井に突き刺さった刀をプレ子めがけて一気に振り下ろす!


(とし)・・・ごめんね・・・」



死を覚悟したプレ子は、涙ながらに最期の言葉を残し目を閉じた。

その刹那(せつな)、激しい閃光と共に金属の咆哮(ほうこう)が店内に木霊(こだま)する。

(ガー)を止める事は出来なかった・・・絶望にうち(ひし)めく生体達を他所(よそ)に、事態は急展開を(むか)える事となる。



"──ギギッ・・・"



「・・・何奴(なにやつ)か」


「オレ様の縄張り(テリトリー)でずいぶんと好き勝手してくれたなぁ、この殺戮嗜好(ボレアフィリア)め」


強烈な閃光は斬奪命葬牙(ざんだつめいそうが)によるモノではなく、生体が擬人化した(さい)のアノ光だった!

プレ子と(ガー)の間に割って入った光は、2匹を引き離すように強く輝きながら間一髪(かんいっぱつ)のタイミングで修羅(しゅら)(やいば)を受け止めていた!!



"親友を助けたい"



ネオンの想いに(こた)え、姿を現したのはアクアリウム・バックヤード"もう1本の(きば)"だった。

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