表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アクアリウム・バックヤード  作者: 鈴木 崇嗣
第1章 利眞守奮闘編
15/16

カルキ抜き 愛の名の下に



愛の形とは?

互いの好意を()せ合う事?

()き合いながら同じ時間を共有する事?

愛を愛だと認め合う事?

その答えを利眞守(とします)はまだ知らない。



「・・・具体的に何をどう(しめ)したら良いんだ?」


「それは(とし)が教えてくれるんでしょ?」


自分でもよくわかってない事を他人に教えるなんて出来るハズもなく、それこそ無茶振(むちゃぶ)りと言うモノに違いない。

代わりに今、自分のわかっている事を口にする。



「プレや」


「なに?」


「そう言ゃ返事をまだ聞いてなかったぞ」


「なんの?」


「一世一代戦場(いくさば)利眞守(とします)大傾奇(おおかぶき)に対する答えだよ。返事をもらわなきゃ俺は失恋したのと同じだからな」


「・・・なんて言ってほしい?」



答えなんて最初から決まっていると言うのに無駄な()け引きで、場を()らす。

1つ1つブロックを()み重ねるようにして"(とし)の変なところが好きだ"とか"変態印(へんたいじるし)のキャップが好きだ"などと言いながら、ゆっくりと答えていき──

「結論を言うと(とし)の事は・・・好きだよ」


「だが今までのセリフを聞くからに、お前は変態が好きだって事になるぞ?」


「・・・変態じゃない(とし)(とし)じゃないじゃん?キャップのせいで顔だってよく見えないし無駄に身長高いし服だってシャツ以外全部緑色だし・・・だから・・・え〜とね、見た目じゃないんだよ?(とし)(とし)だから好きなんだよ?」



不器用ながら露骨(ろこつ)に好きだと言われて嬉しくないワケがない。

彼女からの確かな愛を受け取った事で封印(ふういん)されていた"利眞守(とします)もう1つの顔"が開化(かいか)する。

彼には史上最強のアクアリストの他に、むっつり帝国総統閣下(そうとうかっか)として名を()せいた時期もあった。

もっぱら学生時代はアクアリストよりも"利眞(としま)助平(すけべえ)"の通り名が有名であり、思春期()只中(ただなか)の男子生徒達から常に一定の支持(しじ)を集めていた。

だからこそ、今なら何を言っても許されそうな、この雰囲気を逃しはしない。

立ち止まっちゃあ、いられねぇ!

目の前にチャンスがあるってんなら指を(くわ)えて(こまね)いてちゃならねぇんだ!

(つか)まるな(つか)み取れ!

それがこの俺、戦場(いくさば)利眞守(とします)!!

ならばストレートに"おっぱい(さわ)らせて"とでも言ってみるか?

()むのではなく(さわ)る事に意義がある!

それともウザったいくらいに頭を、なでなでしてみるか?

その距離感まさに愛の距離!

それとも・・・。


「・・・」


マジマジと彼女の唇を観察してみる。

今まで意識した事もないがプレ子の(くちびる)は、とても柔らかそうで妙にセクシーで・・・ソレを我が物に出来るならと利眞守(とします)(まわ)りくどく言い放つ。


「なら・・・キスしてくれって言ったら・・・してくれるのか?」



言葉と言うヤツは不思議なモノで、1度喉元(のどもと)(つっか)えてしまうと、なかなか口から出て来ようとしない頑固者(がんこもの)のクセに、一度(ひとたび)飛び出してしまえば()って()わって今度は、なかなか引っ込んでくれなくなる天邪鬼(あまのじゃく)

(よう)は無理矢理にでも喋ってしまえば、あとは()るように()るのが言葉である。

プレ子とキス・・・おそらく初めて同士の嬉し恥ずかしファーストコンタクト。

彼女にとって、その行為自体に意味なんてないのかも知れないが人間(とします)からしたら、それはそれは大変な偉業(いぎょう)と言っても()(つか)え無ない。

好きな相手以外と本気のキスなんてするか?

そう考えれば利眞守(とします)真意(しんい)(よこしま)な気持ちなんて、これっぽっちも存在しないと断言出来る。


「キスって(くちびる)を重ね合わせる事だよね?だったら・・・初めてだったけど・・・したよ」


「は?・・・はぁ!?だだ、だ誰とと!?まさか政宗(まさむね)そそ、それとももミ、ミハイルか!?」


嬉し恥ずかし以前に圧倒的絶望が襲い来る!

プレ子が(すで)に経験済み、つーか相手は誰だ!?

ソイツが(うらや)ましくて悔しくて、(にく)たらしくて(たま)らない!

仮に相手が政宗(まさむね)だったとしたら、今すぐアイツを殺してやる!!

ミハイルだったとしても殺してやる!!

ショックに(ふる)えながらも平常心(へいじょうしん)(よそお)い、その相手が誰かを聞いてみる。

すると彼女はモジモジしながら目線を()らし、一点を指差(ゆびさ)した。

おそるおそる指差(ゆびさ)す方を見てみるが、そこには誰もいないどころか水槽1つ置いていない。

さらに言えば、その方角(ほうがく)には政宗(まさむね)の会社も千春(ちはる)の服屋も、ミハイルの店だって存在しない。

指差(ゆびさ)す所にあるモノと言えば・・・俺?

その後、人工呼吸と言えど意識のない時にソレが行われた事を聞いた利眞守(とします)発狂(はっきょう)した。

そりゃないぜ!

なんたって、いつも俺はこうなんだ!

破裂した水道管が(ごと)き豪快さで、悔し涙を流す彼の姿は実に滑稽(こっけい)であると同時に、水槽(じゅう)の同情を買った。


「でも(とし)がどうしてもって言うなら・・・もう1回してあげても良いよ?」


「あ"ぁ・・・?」


「キス・・・したいんでしょ?」


泣き(くず)れる利眞守(とします)の耳に神託(しんたく)が聞こえてきた。

そりゃ本当の本気なのか!?

すぐに涙を()き取ると同時に涙腺(るいせん)への活動停止命令を出し、キリッとした表情で利眞守(とします)は立ち上がる。



「だけど・・・今度は(とし)からして」


この誘い、無下(むげ)にするは男の恥!

目を閉じ早くと()かさんばかりのプレ子の表情を脳裏に焼き付けながら、その両頬(りょうほほ)に手を当てた時、利眞守(とします)は気付く。

キスって()正面(しょうめん)からしようとすると(くちびる)より先に鼻とかが当たるよな・・・むしろ俺の場合だと鼻以前にキャップの(つば)がプレ子の(ひたい)を直撃するよな?

だから気持ち斜めに(かま)えて、かぶり付くようにしなきゃならないのか。

俺は今まで、そんな事すら知らなかった・・・だがそれも今日までだ!

現時刻を()って俺は、戦場(いくさば)利眞守(とします)はプレ子に"初めて"を(ささ)げるのだ!!

互いに目を閉じ、1つになろうとした刹那(せつな)──

"ガチャガンッ!"

利眞守(とします)!!」


「はぁあぁぁ!?」

「にゃあぁあぁ!?」


息を切らした政宗(まさむね)が正面扉を蹴破(けやぶ)り乱入して来たと同時に、利眞守(とします)はプレ子に突き飛ばされた。

人生とは常にイレギュラー!

最高のシチュエーション、最高のタイミング、最強の激アツ雰囲気は一瞬の内に消し飛んでしまった。



「まま、ま政宗(まさむね)!?」


「おまっ・・・生き返ったのか!?」


AEDを片手に政宗(まさむね)は驚きと安堵(あんど)の表情を見せるが、ホッと胸をなでおろして安心する事はできなかった。

思い出せば今の利眞守(とします)は消化液と電撃を受けて服はボロボロ、全身は焼け(ただ)れ、まさにゾンビが(ごと)()で立ち。

これを見て"無事だったか"などと言えるわがない。

その直後、遠くの方からサイレンの音が聞こえてくる。

今さらになって通報を受けた救急車が()け付けたのだろう。

赤いランプがクルクルと回りながら周囲を照らし出す中、数名の救急隊員が一斉に店内へと突入、重傷を負った利眞守(とします)早速(さっそく)救急車に乗せようとするが当人は"問題ない"の一点張(いってんば)り。

だが救急隊員達も()れたもので、駄々(だだ)をこねる患者の相手は日常茶飯事(にちじょうさはんじ)、口と手を器用に動かしながら、あれよあれよと利眞守(とします)を救急車の中へ放り込こんだ。

さすがに観念(かんねん)したのか政宗(まさむね)の手間だからなのか、不服(ふふく)そうな顔をしながらも利眞守(とします)はプレ子に()げる。



「しゃあねぇな、何だかわかんねぇけど俺は病院送りにされるらしい」


(とし)じゃなかったら棺桶(かんおけ)送りだったと思う」


「まぁ棺桶(かんおけ)にゃ入らねぇけど・・・少しの間、この店と生体達(アイツら)の事を頼んでも良いか?」


「しょうがないな!全部私に(まか)せとけ!!」



渋々(しぶしぶ)連行(れんこう)される利眞守(とします)付添(つきそ)い人として政宗(まさむね)も空いてるスペースに乗り込むと、夕暮れの空にサイレンを轟かせ救急車は疾走(しっそう)する。

2人を乗せた白い車体が雲の彼方(かなた)に消え去るまで見送ったプレ子は、利眞守(とします)の温もりをその身に感じながら、己の使命を果たすべく店内にもどって行った。

この日からアクアリウム・バックヤード、オープンして以来(いらい)初となる利眞守(とします)不在の数日間が始まった。

その間、代理のオーナーを(まか)されたプレ子は早速(さっそく)生体達に、今の自分の立場を宣言(せんげん)するが生体達も聞いているのか、いないのか。

むしろ彼女の方が生体達とのコミュニケーション能力は高いような気もするが、それはそれで不安がないと言えばウソになる。

かつて利眞守(とします)は、こんな言葉を残していた。



"俺の悪い予感は当たるんだよ・・・"



その言葉(どお)りプレ子を(ふく)む生体達はアクアリウム・バックヤード史上最大の危機に直面する。

それは利眞守(とします)不在という最悪のタイミングで現れた"(くる)おしき最凶の牙"によって、もたらされる事となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ