カルキ抜き 愛の名の下に
愛の形とは?
互いの好意を寄せ合う事?
抱き合いながら同じ時間を共有する事?
愛を愛だと認め合う事?
その答えを利眞守はまだ知らない。
「・・・具体的に何をどう示したら良いんだ?」
「それは利が教えてくれるんでしょ?」
自分でもよくわかってない事を他人に教えるなんて出来るハズもなく、それこそ無茶振りと言うモノに違いない。
代わりに今、自分のわかっている事を口にする。
「プレや」
「なに?」
「そう言ゃ返事をまだ聞いてなかったぞ」
「なんの?」
「一世一代戦場利眞守の大傾奇に対する答えだよ。返事をもらわなきゃ俺は失恋したのと同じだからな」
「・・・なんて言ってほしい?」
答えなんて最初から決まっていると言うのに無駄な駆け引きで、場を焦らす。
1つ1つブロックを積み重ねるようにして"利の変なところが好きだ"とか"変態印のキャップが好きだ"などと言いながら、ゆっくりと答えていき──
「結論を言うと利の事は・・・好きだよ」
「だが今までのセリフを聞くからに、お前は変態が好きだって事になるぞ?」
「・・・変態じゃない利は利じゃないじゃん?キャップのせいで顔だってよく見えないし無駄に身長高いし服だってシャツ以外全部緑色だし・・・だから・・・え〜とね、見た目じゃないんだよ?利が利だから好きなんだよ?」
不器用ながら露骨に好きだと言われて嬉しくないワケがない。
彼女からの確かな愛を受け取った事で封印されていた"利眞守もう1つの顔"が開化する。
彼には史上最強のアクアリストの他に、むっつり帝国総統閣下として名を馳せいた時期もあった。
もっぱら学生時代はアクアリストよりも"利眞助平"の通り名が有名であり、思春期真っ只中の男子生徒達から常に一定の支持を集めていた。
だからこそ、今なら何を言っても許されそうな、この雰囲気を逃しはしない。
立ち止まっちゃあ、いられねぇ!
目の前にチャンスがあるってんなら指を咥えて拱いてちゃならねぇんだ!
捕まるな掴み取れ!
それがこの俺、戦場利眞守!!
ならばストレートに"おっぱい触らせて"とでも言ってみるか?
揉むのではなく触る事に意義がある!
それともウザったいくらいに頭を、なでなでしてみるか?
その距離感まさに愛の距離!
それとも・・・。
「・・・」
マジマジと彼女の唇を観察してみる。
今まで意識した事もないがプレ子の唇は、とても柔らかそうで妙にセクシーで・・・ソレを我が物に出来るならと利眞守は回りくどく言い放つ。
「なら・・・キスしてくれって言ったら・・・してくれるのか?」
言葉と言うヤツは不思議なモノで、1度喉元で痞えてしまうと、なかなか口から出て来ようとしない頑固者のクセに、一度飛び出してしまえば打って変わって今度は、なかなか引っ込んでくれなくなる天邪鬼。
要は無理矢理にでも喋ってしまえば、あとは成るように成るのが言葉である。
プレ子とキス・・・おそらく初めて同士の嬉し恥ずかしファーストコンタクト。
彼女にとって、その行為自体に意味なんてないのかも知れないが人間からしたら、それはそれは大変な偉業と言っても差し支え無ない。
好きな相手以外と本気のキスなんてするか?
そう考えれば利眞守の真意に邪な気持ちなんて、これっぽっちも存在しないと断言出来る。
「キスって唇を重ね合わせる事だよね?だったら・・・初めてだったけど・・・したよ」
「は?・・・はぁ!?だだ、だ誰とと!?まさか政宗そそ、それとももミ、ミハイルか!?」
嬉し恥ずかし以前に圧倒的絶望が襲い来る!
プレ子が既に経験済み、つーか相手は誰だ!?
ソイツが羨ましくて悔しくて、憎たらしくて堪らない!
仮に相手が政宗だったとしたら、今すぐアイツを殺してやる!!
ミハイルだったとしても殺してやる!!
ショックに震えながらも平常心を装い、その相手が誰かを聞いてみる。
すると彼女はモジモジしながら目線を逸らし、一点を指差した。
おそるおそる指差す方を見てみるが、そこには誰もいないどころか水槽1つ置いていない。
さらに言えば、その方角には政宗の会社も千春の服屋も、ミハイルの店だって存在しない。
指差す所にあるモノと言えば・・・俺?
その後、人工呼吸と言えど意識のない時にソレが行われた事を聞いた利眞守は発狂した。
そりゃないぜ!
なんたって、いつも俺はこうなんだ!
破裂した水道管が如き豪快さで、悔し涙を流す彼の姿は実に滑稽であると同時に、水槽中の同情を買った。
「でも利がどうしてもって言うなら・・・もう1回してあげても良いよ?」
「あ"ぁ・・・?」
「キス・・・したいんでしょ?」
泣き崩れる利眞守の耳に神託が聞こえてきた。
そりゃ本当の本気なのか!?
すぐに涙を拭き取ると同時に涙腺への活動停止命令を出し、キリッとした表情で利眞守は立ち上がる。
「だけど・・・今度は利からして」
この誘い、無下にするは男の恥!
目を閉じ早くと急かさんばかりのプレ子の表情を脳裏に焼き付けながら、その両頬に手を当てた時、利眞守は気付く。
キスって真っ正面からしようとすると唇より先に鼻とかが当たるよな・・・むしろ俺の場合だと鼻以前にキャップの鐔がプレ子の額を直撃するよな?
だから気持ち斜めに構えて、かぶり付くようにしなきゃならないのか。
俺は今まで、そんな事すら知らなかった・・・だがそれも今日までだ!
現時刻を以って俺は、戦場利眞守はプレ子に"初めて"を捧げるのだ!!
互いに目を閉じ、1つになろうとした刹那──
"ガチャガンッ!"
「利眞守!!」
「はぁあぁぁ!?」
「にゃあぁあぁ!?」
息を切らした政宗が正面扉を蹴破り乱入して来たと同時に、利眞守はプレ子に突き飛ばされた。
人生とは常にイレギュラー!
最高のシチュエーション、最高のタイミング、最強の激アツ雰囲気は一瞬の内に消し飛んでしまった。
「まま、ま政宗!?」
「おまっ・・・生き返ったのか!?」
AEDを片手に政宗は驚きと安堵の表情を見せるが、ホッと胸をなでおろして安心する事はできなかった。
思い出せば今の利眞守は消化液と電撃を受けて服はボロボロ、全身は焼け爛れ、まさにゾンビが如き出で立ち。
これを見て"無事だったか"などと言えるわがない。
その直後、遠くの方からサイレンの音が聞こえてくる。
今さらになって通報を受けた救急車が駆け付けたのだろう。
赤いランプがクルクルと回りながら周囲を照らし出す中、数名の救急隊員が一斉に店内へと突入、重傷を負った利眞守を早速救急車に乗せようとするが当人は"問題ない"の一点張り。
だが救急隊員達も慣れたもので、駄々をこねる患者の相手は日常茶飯事、口と手を器用に動かしながら、あれよあれよと利眞守を救急車の中へ放り込こんだ。
さすがに観念したのか政宗の手間だからなのか、不服そうな顔をしながらも利眞守はプレ子に告げる。
「しゃあねぇな、何だかわかんねぇけど俺は病院送りにされるらしい」
「利じゃなかったら棺桶送りだったと思う」
「まぁ棺桶にゃ入らねぇけど・・・少しの間、この店と生体達の事を頼んでも良いか?」
「しょうがないな!全部私に任せとけ!!」
渋々連行される利眞守の付添い人として政宗も空いてるスペースに乗り込むと、夕暮れの空にサイレンを轟かせ救急車は疾走する。
2人を乗せた白い車体が雲の彼方に消え去るまで見送ったプレ子は、利眞守の温もりをその身に感じながら、己の使命を果たすべく店内にもどって行った。
この日からアクアリウム・バックヤード、オープンして以来初となる利眞守不在の数日間が始まった。
その間、代理のオーナーを任されたプレ子は早速生体達に、今の自分の立場を宣言するが生体達も聞いているのか、いないのか。
むしろ彼女の方が生体達とのコミュニケーション能力は高いような気もするが、それはそれで不安がないと言えばウソになる。
かつて利眞守は、こんな言葉を残していた。
"俺の悪い予感は当たるんだよ・・・"
その言葉通りプレ子を含む生体達はアクアリウム・バックヤード史上最大の危機に直面する。
それは利眞守不在という最悪のタイミングで現れた"狂おしき最凶の牙"によって、もたらされる事となった。