9匹目 充電120%!デンキウナギ超電圧の奇跡
大切な人を助ける為に。
最愛の人を守る為に。
大好きな人に生きてほしいと願うが為に。
森羅万象の理を犯す覚悟はあるか。
"カラカラ・・・シャカッ──シャッシャッ!"
理を超えた進化により、文明を持たない熱帯魚が自らの意思で他の命を超進化させた愚行を、古の神々は決して許してはくれないだろう。
だが今の彼女にとって神々の怒りなど恐るるに足らず。
禁じられし種族の壁を越えてまで愛してしまった人を救えるのならこの命、貴様らに差し出す覚悟など、とっくに出来ている。
奪いたければ奪うがいい。
たかだか1匹の熱帯魚が持つ小さな命で最愛の人が助かるのなら血も、肉も、心も、魂も喜んで捧げてやる。
されどこの願いすらも聞き入れぬと言うのであれば、この哀しみは大地を沈め、この怒りは天を穿ち、この儚き想いは森羅万象を無に還すだろう。
"パァアァアァァァァ!!"
最後の望みを託してドリームタブを与えた生体が姿を現した。
長身で全体的に黒を基調としたパンクファッションにスタッドブレス。
正面には紅色で十字架のシンボルが描かれ、その紅に引けを取らない程に煌びやかな深紅のロングヘア。
咥えたシガーからは、灰色の煙が細く鋭く立ち上がり、左目の下にはこの生物最大の特徴である"雷マーク"のタトゥーが施されている。
「ふぅ〜・・・」
長い髪を搔き上げながら吹かした煙は、天井に到達する前に霧散、葉っぱの残り香だけが辺りを漂っている。
だが事は一刻を争う緊急事態。
利眞守を助けてもらうべくプレ子が1歩踏み出した瞬間、横目で彼女を捉えたパンクレディが咥えていたシガーをその足元めがけ投げ付ける。
彼女の正体はデンキウナギ目デンキウナギ科に分類され、南米はアマゾン川或いはオリノコ川に生息する硬骨魚類"デンキウナギ"。
名前にウナギとあるように外見は細長い円筒状をしてるが、その実ウナギとは似て非なる全くの別生物。
名前の由来ともなった発電能力については、全身に張り巡らされた"発電板"と呼ばれる筋肉の細胞が変化した特殊な器官により、それを可能としている。
1つ1つの発電板が発生させる電圧は約0.15Vと微々たるモノだが、それらの器官が体の大半を占めるデンキウナギは数千個にも及ぶ発電器官を一斉に発電させる事により、最高電圧約800V、電流に至っては1Aという強烈な数値を叩き出す。
この数値が一体どれ程のモノなのか?
例を出すと人間は10mAを超える電流を受けると、筋肉の動き(痙攣など)を自らの意思で制御する事が不能となる。
中でも心臓は特に敏感で0.1mAを超える電流が心臓を通過しただけで心室細動、心停止を起こし死に至る事もある。
その為デンキウナギの存在に気付かず川や池に入った人間が不運にも超電撃を受け、肉体の自由を奪われたまま溺死してしまった話は有名。
犠牲者自体は、そこまで多くないが現地では未だに"殺人魚"として恐れられている。
現に彼女も指先からパチパチと放電しているのが見て取れる。
充電100%!
さらにドリームタブの効果で最高電圧は1000万V、電流は125Aまで増大。
心肺蘇生の電気ショックとしては補って余る程の数値だ!
シガーによる牽制にも臆する事なく、プレ子は思いの丈を彼女に伝える!
「デンキウナギ!その電撃でオーナーを助けて!!」
「・・・」
「お願いだからオーナーを──」
"パチンッ!"
プレ子に向けた指先から電撃を大気中に放電させるデンキウナギ。
一瞬だが強烈な閃光に思わず目を閉じ、顔を背けたプレ子が怯んだ隙にステップインで間合いを詰め、デンキウナギは絡み付くようにしてプレ子の細い首筋に腕を回す。
「出てきた早々自分の事ばかり言ってんじゃないよ!それにアタシには"エイル"って名前があるんだ」
パンクな見た目に相応しく肝の座ったエイルの先制に、プレ子は出鼻を挫かれた。
やはり一筋縄ではいかないか・・・最悪は嫌がるエイルの首根っこを掴んで無理矢理にでも電気ショックをやってもらう覚悟は決めてある。
憎まれようとも恨まれようとも関係ない!
ホールドしていた腕を、すり抜けるようにして脱出するとプレ子も物怖じせずに向き直る。
「はっ!ずいぶんと自分勝手な態度じゃないか!わざわざアタシを呼び出しておいての様がソレかい?」
「違っ・・・いや違くない。でも──」
「聞きたかないよ!アンタは自分の願いを何個叶えりゃ気が済むんだい!!そこの死人を生き返られたきゃ自分の願いを使ってやりな」
「出来るなら、とっくにやってるよ!!」
目を見開き、怒鳴り声にも似たプレ子の叫びを聞いた途端、エイルはなぜだか驚いた表情を浮かべていた。
しばらくの間を空け、胸ポケから1本のシガーを取り出すとソレを咥え、人差し指と親指の間に発生した電撃を利用して火を点ける。
「・・・アンタは自分の願いより、この男を選ぶってのか?それともその願いは端から、この男の為のモノだったのか?」
何かに勘付いたのか、意味深な言葉を投げ掛けるがプレ子は何も答えない。
その様子を見たエイルは口角を僅かに上げ、悪どい笑みを浮かべる。
「そうだねぇ・・・アンタがアタシの願いを叶えてくれるってんなら電撃の1つや2つ、この男にくれてやっても良んだが・・・この条件で乗るかい?」
もう何だって良い。
利眞守を救えるのなら何だってかまわない。
後にも先にも、大切なのは今にある。
後悔するのは後悔してからでも遅くはない。
プレ子が二つ返事で快諾するとエイルは満足そうに高笑いしながら、真下に向けて腕をクロスさせる。
"バチバチ・・・ビジッ!──バリリッ!"
刹那、先ほどとは比べ物にならないレベルの電撃を発生させ、彼女自身を中心に店内が隅々まで青白く発光し始めた。
アクアリウム・バックヤード始まって以来の異常事態を前に、プレ子は流木ケースの後ろに隠れ、水槽の中の生体達もバチャバチャと暴れ出し、棚やポンプといった店内にある様々な物体が青白いプラズマ放ちながらソレをエイルめがけて伸ばしていく。
「・・・仕上げだ!」
"バリリッ!──ビジジジッ!"
今度はクロスさせた腕を天高く掲げて再び放電を開始する。
屈折を繰り返しながら天井へとたどり着いた電撃が、主電源の切れた蛍光灯を外部から無理矢理、点灯させる。
それを数十秒キープした後、両腕を薙ぎ払うようにして電撃を遮断。
にも拘らず店内は未だ青白いプラズマに包まれ、彼女自身からもバチバチとプラズマが発生し続けている。
放電の目的、それは周囲の物体を帯電させ、自身の能力を最大限発揮させる為の超電界を作っていたのだ。
充電100%+ドリームタブ+超電界により最大出力120%の限界突破!
頃合いと見たのか、咥えたシガーを名残惜しそうに一口だけ吸うと、親指でソレを弾き飛ばし真上へ打ち上げる。
昇るだけ昇ったシガーは一瞬空中で静止。
あとはクルクルと回転しながらエイルの頭上めがけ一直線に落ちてくるが──
"バリリバリッ!──ビジジジッ!"
シガーは彼女に触れる事なく真っ赤な炎に包まれ消し炭となった。
「1000万V全開!ボルテージ・ライトニング!」
右腕を突き出したエイルは利眞守めがけ、物凄い轟音を立てながら電撃を照射する!
屈折しながらも槍のように突き刺さったソレは、彼の肉体に青白いプラズマを纏わせながら外部より無理矢理、筋組織を動かしているが意識はもどらない。
そもそも心肺蘇生に電気ショックを用いる場合、本来なら"いくつかの条件"が存在する。
まずは対象の心臓が動いているか止まっているか。
心室細動、無脈性心室頻拍、心静止、無脈性電気活動の4種類に分けらる心停止の内、電気ショックが有効とされているのは最初の2つのみ。
これに関しては既に確認した結果、利眞守は心停止状態であるまでは、わかっている。
わかってはいるが、それが先述の"どれなのか"を判断する事など所詮素人には無理な話。
だからこそ正確に、確実に、機械的に状態を判断できるAEDを探しに行ったのだが、政宗は1つ決定的なミスを犯した。
それはプレ子に対して電気ショックの存在を断片的にしか伝えてなかった事。
その為、彼女は"瀕死+電気ショック=復活"という間違った結論を出してしまった。
これは根本的な誤解で、電気ショックはあくまでも不規則に震えた心臓の乱れを一時的に止めて正しいリズムにもどす、というモノであり止まった心臓を再び動かすモノではない。
それどころかヘタをすれば助かったハズの利眞守に、自らトドメを刺す事にもなり兼ねない。
そうとは知らずにエイルも電撃を照射し続けた。
ドクターストップ待ったなしの暴挙だが、彼を思うがあまりの早まった結論を誰が責められようか?
"ビビッ!──ジジビジビビッ!"
だが忘れてはイケない・・・只者ではない、そのアクアリストの名を。
いかなる時も大胆不敵でスマートな彼は、常に不条理な程にスタイリッシュな結末を呼び込んでくる。
その身に余多の視線を感じたら、背負った想いも起こした奇跡も幾星霜。
なぜなら森羅万象を以てして測れる規格のない、その男こそ戦場利眞守。
「禁じ・・・法・・・」
ビジジジッ!と電撃が音を立てる中、僅かに聞こえた利眞守の声。
それに気付いたエイルは照射を止め、ケースの後ろに隠れてたプレ子も姿を現しただ一点、彼だけを見つめ耳を澄ませる。
「集気・・・癒・・・」
"──シュウゥンッ・・・パァアァァァ!"
纏わり付いていたプラズマを吸収すると両足を頭上付近まで折り畳み、今度はソレを勢い良く振り下ろすと同時に両腕で地面を押し下げ、アーチを描きながら利眞守は立ち上がる!
なんともスタイリッシュなラバーハンドを決めて華麗なる復活を遂げたのだ!!
咽せ返り、小刻みに震えながらも利眞守は、しっかりと2匹を見つめ、それに応えるべくプレ子が駆け寄ろうとした刹那──
「待ちな!ドコへ行く気だい?アンタには、これからアタシの願いを叶えてもらわなくちゃなんないんだ。勝手なマネはさせないよ!」
エイルが後ろ襟を掴んで力任せに手繰り寄せると、そのままプレ子の首に腕を絡ませ拘束した。
「げほっ!・・・お、お前は?」
「アタシはエイル。アンタにとっちゃ命の恩人ってヤツさ」
「この電撃・・・そうか、デンキウナギか」
利眞守の記憶はプラナリアの願いを叶えたあとを境に欠落していたが、彼女の正体がデンキウナギとわかった事で、その後に何があったかは凡そ理解出来た。
姿勢を正し利眞守は深々と頭を下げ、エイルに感謝を述べた後、先ほどの言葉の意味を改めて聞いてみる。
「願いを叶えるんだったらプレじゃなくとも俺がいる。エイルのおかげで復活出来たんだから俺に叶えさせてくれないか」
「それで恩を返したつもりかい?アタシの願いはアンタじゃなく、この小娘に叶えてもらう。そういう約束だったよなプレコストムス」
「そうか・・・なら手伝いだけでも──」
「アンタに出来る事なんざ何1つありゃしないよ!アタシの願いはプレコストムス・・・アンタがアタシのモノになる事だからね」
エイルの願いはプレ子を自分のモノにする?
どういう意味だ?
デンキウナギが集団で1ヶ所に留まると言う話なら聞いた事はあるが・・・それも同族ならまだしもプレコストムス??
ただ単にパシリや下僕的な相手が欲しいのか、それとも熱帯魚ならではの何かがあるのか。
どちらにせよプレ子を欲しがっている理由を聞かない事には話を発展させる事すら儘ならない。
利眞守はエイルを刺激しないように、内容を掘り下げていく。
「どうしてプレを自分のモノにしようと?」
「はっ!欲しいモンを欲しがる事に理由なんているのか?とにかくプレコストムスはアタシが貰った。まぁアンタには関係ないこったね」
「待てよエイル──」
「なんだい?まさかアンタも、この小娘が欲しいなんざ言うんじゃないだろうね?」
「あ、いや・・・そういう分けじゃ──」
「なら口出しすんじゃないよ!今からプレコストムスはアタシのモンだ。だから、これからはアタシの好きなように使わせてもらう。文句ないよな?」
明確な理由を答える事なく"プレコストムスはアタシのモノだ"の一点張り。
エイルは何がしたいんだ?
それに、この違和感・・・エイルの言動や一語一句の全てが、まるで"アタシからプレコストムスを奪い返してみろ!"と言わんばかりの態度ではないか。
なにか意図があっての事なのだろうが、彼女の目的や願いが分からない以上、やはり様子を見るべきか・・・。
利眞守が彼女に違和感を感じたように、エイルもまた利眞守が探りを入れている事に気付く。
その途端、つまらなそうな顔を見せながら彼女はシガーに火を点け、優雅に吹かしながら言い放つ。
「・・・1つだけ答えな。アンタにとってプレコストムスはどういう存在だ?ココにいる大勢の熱帯魚の内の1匹なのか、それとも特別な感情を抱いちまった相手なのか」
「なに?」
それは、とても奇妙な質問だった。
利眞守がプレ子に対して感じている"気持ち"を特別な感情と言うのであればそうなのだろうが、それは特別であると同時に、何1つおかしな事もない当たり前な感情でもある。
なんて答えたら正解なのかは、わからないがそれを聞きたいってんなら聞かせてやる。
利眞守は一語一句詰まる事なくエイルの問いに答えを出す。
「知れた事を聞いてくれんでねぇの?後にも先にもプレはプレであり、俺にとってアイツは"熱帯魚プレコストムス"である事に変わりはない!!」
「はっ・・・ははははっ!聞いたかいプレコストムス!結局コイツは"その程度の男"だったってわけさ!アンタの想いなんざ、何1つ伝わっちゃいないんだよ」
「どういう意味だ!?」
「意味もクソもあるか!アンタらの事はずっと見てたし水槽の噂だって耳にしてる。なのにどうして身近にいるプレコストムスの気持ちを理解してやれないんだヘタレ野郎!!」
ホールドしていたプレ子を自身の後ろに引き倒すと、そのまま利眞守めがけ電撃を照射する。
眼前に迫り来るソレをサイドステップで回避しようとするが電撃は途中で進路を変え、屈折しなが利眞守を追尾する!
回避できないと理解するや即座に腕をクロスさせ防御の姿勢を取る。
しかし受け止めた両腕を介し、1000万Vの衝撃が全身を駆け巡り利眞守は感電した。
強烈な電撃に身を焼かれながら片膝を着き、自身から立ち込める煙と、纏わり付いプラズマを払いのけ、苦悶の表情と共にエイルを睨み付ける。
本当は立ち向かって行って無理矢理にでも話し合うチャンスを作ろうとも考えたが、電撃を浴びると自分の意思とは関係なく筋肉が収縮して体が言う事を聞かなくなる。
「オーナー!!」
「アンタは黙ってな!!」
プラズマを纏わせた右手を利眞守に向けたままビジジッ!と音を立てて牽制するが、彼女の一方的な意見に納得できるハズもない利眞守は、電撃に焼かれた痛みが後を引く中、臆する事なく言い返す。
「なにがプレの気持ちだコラァ!俺はお前よりもずっと長く、プレと同じ時間を過ごしてるんだ!お前の方こそ知ったふうな口を聞くな!!」
「履き違えてんじゃないよ!!アンタは一瞬でもプレコストムスの願いが何なのかを本気で考えた事があんのかい!?それが叶っちまったらアンタと離れ離れにならなきゃなんない、その気持ちを考えた事があんのか!!」
再び電撃を受けた利眞守の生々しい悲鳴が店内に響き渡る。
ビジジッ!と音を立てながら電撃が彼を射抜く度に、その悲鳴は激しさを増し、プレ子は目を背け耳を塞ぎ、その場に蹲る。
それでも店内が青白く発光すると、次の瞬間には塞いだハズの耳の隙間から利眞守の悲鳴が鼓膜を振動させ、電撃に焼かれるその姿を想像させる。
エイルが何を考えているのかは、わからないが、これはあまりに酷過ぎる。
「女の心もわからないようなヘタレ野郎がアクアリストだの何だのと偉そうに、ほざくんじゃないよ!!」
だが他人の為に感情的になりながら鞭を振るう彼女は、プレ子の為に敢えて悪者になろうとしているのだ。
エイルは根っからの姉御肌。
僅か数分の内にプレ子の本当の想い、本当の願いを感じ取り理解したからこそ、いつまで経ってもその想いに応えようとしない利眞守に苛立ち、哀れんだのと同時に彼の本心を聞き出そうとしていたのだ。
それは今まで利眞守本人が擬人化した生体達に対して、やって来た事と同じである。
口を開けばプレ子がどうだ、プレ子の事がなどと叫び電撃を放つエイルの姿が、次第に利眞守にも全てを覚らせる。
そして彼は在りし日に放った、自分の言葉を思い出す。
"最も身近にいる存在だからこそ伝わらない事だってある"
"互いの事を探索するようなヤボなマネなどするまいて"
"だからこそ俺がいるんだよ"
そうか・・・そういう事だったのか、今ようやくエイルの意図を理解できた。
まったくもって、お節介なヤツめ・・・ならば小細工、探り、読み合いなど無用!
これ程まで純粋に"答え"を求められてしまっては、こちらも打ち明ける他あるまい!
プレ子に対する想い。
自ら封じ秘めていた感情。
今ココで全部吐き出してやる!!
「ふざけるな・・・俺が・・・俺がアイツとの日々に何を思い、何を感じ、何に怯えるこの気持ちがお前に分かるのか!願いを叶えちまったら2度と会えなくなる、端からわかりきった結末を前にしても!それでも願いを叶えなきゃなんねぇ俺の気持ちが分かってたまるかぁあぁぁ!!」
「言われたから、そう言い返してるだけだろ!ウダウダと御託を並べて最もらしい言い訳をしたかと思えば、今度は怒鳴り散らして考えてるフリと来たか!?」
「ゴタゴタとうるせぇぞクソナマズ!この想いが一方的なモンだったらどうしようと怖れる事の何が悪い!願いを叶えた後の事を怖れて何が悪い!愛に奥手で何が悪い!好きと言えない事の何が悪いってんだ!!」
「ソレが相手に伝わらなきゃ意味なんてないだろ!想いを伝えられない事が既罪ってモンじゃないのか!」
ようやく本音で対峙してきた利眞守を相手に、さらに感情をむき出しにして電撃を放つが──
「禁じ手殺法が1つ!ギュンター式ヴィクトル・コンバート!」
"ビジジッ!──シュッ・・・"
「そう何度も同じ手が食らうかってんだ!電気はお前だけの専門特化じゃねぇんだよ!!人の肉体を動かしてるのも脳から発せられる電気信号!ならばお前の電撃を俺の力に変換出来ない通りはない!!」
先ほどまで散々苦しめられてきた電撃を一対の掌で受け止め無効化しただけではなく、わけのわからない持論を展開させながら、その全てを吸収する。
利眞守は端から電撃を封じる術を持っていたにも拘らずソレを使わなかったのだ。
正しくはエイルの問いに対する"迷い"が邪魔をして出来なかったと言った方が良いだろう。
だがそんなモノ吹っ切ってしまえば、どうという事はない!
心の奥底に封じ込めていた想いが全ての柵から解放され、我先にと次々溢れ出てくる。
こうなると聞いてるコッチが耳を塞ぎたくなる程の恥ずかしい言葉だろうと、利眞守は躊躇なく言い放つ。
「俺がアイツの事を何とも思ってねぇとでも言いたいのかクソナマズ!そんなわきゃねぇだろうが!!」
叫びながら突っ込んで来る利眞守めがけ、エイルはミドルキックを放つが、最早その程度で彼を止められるハズもなく、僅か1秒足らずの間でエイルは手の内の全てを封殺されてしまう。
「アイツの事を!!」
形勢を逆転されたエイルが、その姿を眼下に捉えた時既に、利眞守は両の眼を光らせ次の行動へと移っていた。
咄嗟に脇を締め、上体を反らし回避行動を行うが──
「誰よりも!森羅万象の何者よりも!!」
真下からカチ上げるようにして放たれた右の裏拳が、弧を描くように彼女のガードを弾き飛ばす。
「愛しているのは、この──」
振り上げた拳の勢いを利用して左半身を、さらに1歩踏み込むと左手で彼女の延髄をしっかりと押さえ体の自由を奪い、そのまま右手を肩の位置で構え、腰の捻りと共に打ち出した!
「戦場利眞守に決まってんだろうがあぁあぁぁ!!」
"ガッ!──ドシャァンッ!"
周囲の大気が震える程の掌底をエイルの腹部めがけて叩き込む!
彼女の想い、プレ子の想い、そして自分自身の想いを理解したからこそ利眞守は一切の手心を加えず彼女に応えた。
全てを乗せた一撃の威力は凄まじくエイルは一瞬の内に気を失い、利眞守に寄り掛かるようにして力無く倒れた。
「オーナー・・・エイル!!」
「大丈夫だ。デンキウナギってのは体の大半を発電器官が占めている。それ故に内臓類は全て、頭部付近に密集した特殊な配置になってるんだ。だからエイルの場合、腹部にあるのは発電器官と筋肉だけでココに一撃打ち込んでも他の生体よりは致命傷になりにくい」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
気絶したエイルが意識を取りもどしたのは、それから数分後の事だった。
まだ目もハッキリ見えていない状態だが、今やアクアリウム・バックヤードの生体達にとってお馴染みとなった2人の言い争いが聞こえて来る。
目を閉じたまま声のする方へと顔を向けると案の定、しょうもない原因でモメていた。
「だーかーらー!エイルはナマズじゃなくてウナギでしょ!?さっきはクソナマズって言い間違えたと認めたらどうなんだ!!」
「だぁね!何度も言ってるようにデンキウナギってのは生物学的な分類上骨鰾上目っつうナマズとかコイとかに近い生物だってされてんのよ!そもそもアクアリストたるこの俺がソレを間違えるわけないだろ!」
「引き際を知れ!だからエイルにヘタレ野郎とか言われるんだよ!!」
「それは関係ねぇだろ!?」
「うぅっ・・・今度は何を言い争ってんだい?」
まだダメージは残っているが、なんだか居ても立っても居られなくなったエイルは、よろよろと2人の間に割って入る。
すると、このタイミングを待ってました!とばかりにプレ子は彼女に問い質す。
「エイルはナマズじゃなくてウナギだよね!?」
「ンなモン本人に聞いたところで結果は変わらんぞ」
「利は黙ってて!!」
「・・・ん?アンタいつからソイツの事を"利"って呼ぶようになったんだ?」
ナマズだのウナギだのを答えてやる前に、エイルから別の疑問が飛び出して来た。
それに対してプレ子はモジモジしながら渋い表情を浮かべ、利眞守の事を横目で見ては目線を外す行為を繰り返している。
「んぁ?それはだって・・・さっき愛の告白されちゃったし・・・だったら私もオーナーって呼ぶより利って呼んだ方が良いかなぁって」
「愛のって、おまっ・・・!」
「なんだそのリアクションは!!まさかさっき言ってた事は全部ウソだったのか!?森羅万象の何者よりも──」
「あぁーーーー!!ウソじゃねぇけどヤメれよ!あんなセリフ、リピートされっちまったら俺は色々と爆死モンだ!!」
「・・・愛しているのは、この戦場──」
「プレエェエェェェ!!」
じゃれあう2人の姿も毎度お馴染みなのだが、今はなぜだか"決定的に何か"が違うような気がする。
STFで無理矢理プレ子を黙らせた利眞守はゆっくり立ち上がり、キャップのポジションを直しながら今度はエイルに投げかける。
「ったく・・・余計な事だとは言わねぇが急かしすぎだぜ。おかげで、まともな言葉1つ浮かんでねぇ状態でサラッと言い放っちまったじゃねぇか。アイツの性格を考えると、しばらくはこのネタ引っ張り続けるぜ?マジで政宗や千春に、このセリフ言うんじゃねぇかと怯える俺の心境も──」
「文句を垂れてるわりには、ずいぶんなニヤケ面を晒してるじゃないか」
「エイル・・・!」
「さっきの言葉に嘘偽りはないんだね?」
「まぁ・・・あんな状況でフェイクをかませる程、俺は器用じゃねぇし・・・それに言っちまったモンは仕方ねぇだろ」
「ハッキリしな!!此の期に及んでまだヘタレてんのか!?」
「ヘタレとらんがな!!」
「ならさっきと同じ事がもう一度言えるのかい?アンタの言うノリと勢いなしにさ」
「・・・このクソナマズ!!」
ギリギリと歯を食いしばりながらエイルめがけ流木を投げつけると、利眞守はプレ子に向き直る。
「プレ、お前が俺をどう思っていようと関係ない。だが1つだけ言っとくぜ・・・俺は・・・俺はお前を・・・」
「・・・」
「本気で・・・愛しちまったみたいだ」
「・・・え?なに?聞こえない」
「聞こっ・・・この野郎!ならもう1度だけ言ってやる!!俺はお前が好きだ!!likeじゃなくて100%のloveの方だ!!」
「・・・なんだって?聞こえなかった」
「俺はお前が好きだ!!」
「聞こえな──」
「いい加減にしろ!!」
"ガシッ!──パァアァァァ!!"
プレ子をヘッドロックで捕らえ、今度はビクトル膝十字を掛けるべく腰を落とした時、あの光が利眞守の視界を奪い去る。
まさか・・・プレ子の願いが!?
一瞬絶望にも似た感覚に青ざめるが、すぐにソレが彼女のモノではない事を理解する。
「あ〜あ見てらんないよ。お節介だとはわかっていてもヘタレ野郎に振り回される女を見てると、居ても立っても居られない性分でね。おかげでアタシの願いは全部パァだ」
光に包まれていたのはシガーを吹かしながら優しそうな眼で2人を見つめるエイルだった。
悪態をつきながらも、そのセリフからは自分の願いよりもプレ子の願いを本気で考えていた事が窺い知れる。
まさに粋な姉御とでも言うべきか。
「本当はド派手にシビれるライブでもしたかったんだけど、どうせアンタじゃ叶えられそうになかったし」
「お前がシビれさせたら死人が出るぞ?」
「アタシのステージで乗れないヤツなんざ端から死んでるのも同じさ。まぁとにかく・・・アンタは2度とプレコストムスを泣かせるようなマネだけはすんじゃないよ」
「・・・クソナマズめ」
"パァアァァァ!"
少し乱暴だったがエイルの計らいによって利眞守とプレ子は、大きな壁を越えたように感じる。
それが良い事なのか悪い事なのかはわからないが、建前や周囲の目、常識だの何だのと細かい事を気にする必要なんてないと思う。
種を超えた禁断の愛と言えば聞こえは良いだろうが、世間様に言わせれば下手物の一言で事足りる。
だがそんなモンに気を取られているようではダメだ。
利眞守が無言のまま彼女を抱きしめると、それに応えるようにしてプレ子も彼の背中に腕を回す。
互いの鼓動を感じ取れる程、強く抱き合う2人を、しばしの沈黙が包み込む。
今だけは言葉なんていらない・・・ただ、こうしているだけでも充分過ぎるくらいだ。
どちらからともなく絡めていた腕を緩めると2人は見つめ合い、そして利眞守は口を開く──