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アクアリウム・バックヤード  作者: 鈴木 崇嗣
第1章 利眞守奮闘編
14/16

9匹目 充電120%!デンキウナギ超電圧の奇跡



大切な人を助ける為に。

最愛の人を守る為に。

大好きな人に生きてほしいと願うが為に。

森羅万象の理(絶対のルール)(おか)す覚悟はあるか。


"カラカラ・・・シャカッ──シャッシャッ!"



(ことわり)を超えた進化により、文明を持たない熱帯魚が自らの意思で他の命を超進化させた愚行(ぐこう)を、(いにしえ)の神々は(けっ)して許してはくれないだろう。

だが今の彼女にとって神々の怒りなど(おそ)るるに()らず。

禁じられし種族の壁を越えてまで愛してしまった人を救えるのならこの命、貴様らに差し出す覚悟など、とっくに出来ている。

奪いたければ奪うがいい。

たかだか1匹の熱帯魚が持つ小さな命で最愛の人(とします)が助かるのなら血も、肉も、心も、魂も喜んで(ささ)げてやる。

されどこの願いすらも聞き入れぬと言うのであれば、この哀しみは大地を(しず)め、この怒りは天を穿(うが)ち、この(はかな)き想いは森羅万象(しんらばんしょう)を無に(かえ)すだろう。



"パァアァアァァァァ!!"


最後の望みを(たく)してドリームタブを与えた生体が姿を現した。

長身で全体的に黒を基調としたパンクファッションにスタッドブレス。

正面には(あか)色で十字架(クロス)のシンボルが描かれ、その(あか)に引けを取らない程に(きら)びやかな深紅(しんく)のロングヘア。

(くわ)えたシガーからは、灰色の煙が細く(するど)く立ち上がり、左目の下にはこの生物最大の特徴である"(かみなり)マーク"のタトゥーが(ほど)されている。


「ふぅ〜・・・」


長い髪を()き上げながら()かした煙は、天井に到達する前に霧散(むさん)、葉っぱの残り()だけが辺りを(ただよ)っている。

だが事は一刻(いっこく)を争う緊急事態。

利眞守(とします)を助けてもらうべくプレ子が1歩踏み出した瞬間、横目で彼女を(とら)えたパンクレディが(くわ)えていたシガーをその足元めがけ投げ付ける。

彼女の正体はデンキウナギ(もく)デンキウナギ()に分類され、南米はアマゾン川(ある)いはオリノコ川に生息する硬骨魚類(こうこつぎょるい)"デンキウナギ"。

名前にウナギとあるように外見は細長い円筒状(えんとうじょう)をしてるが、その(じつ)ウナギとは()()なる全くの別生物。

名前の由来(ゆらい)ともなった発電能力については、全身に()(めぐ)らされた"発電板(はつでんばん)"と呼ばれる筋肉の細胞が変化した特殊な器官により、それを可能としている。

1つ1つの発電板(はつでんばん)が発生させる電圧は約0.15(ボルト)微々(びび)たるモノだが、それらの器官が体の大半(たいはん)()めるデンキウナギは数千個にも(およ)ぶ発電器官を一斉に発電させる事により、最高電圧約800(ボルト)、電流に(いた)っては1(アンペア)という強烈な数値を叩き出す。

この数値が一体どれ程のモノなのか?

例を出すと人間は10mA(ミリアンペア)を超える電流を受けると、筋肉の動き(痙攣(けいれん)など)を自らの意思で制御する事が不能となる。

中でも心臓は特に敏感(びんかん)で0.1mA(ミリアンペア)を超える電流が心臓を通過しただけで心室細動(しんしつさいどう)心停止(しんていし)を起こし死に(いた)る事もある。

その為デンキウナギの存在に気付かず川や池に入った人間が不運にも超電撃を受け、肉体の自由を奪われたまま溺死(できし)してしまった話は有名。

犠牲者自体は、そこまで多くないが現地では(いま)だに"殺人魚"として恐れられている。

現に彼女も指先からパチパチと放電しているのが見て取れる。

充電100%!

さらにドリームタブの効果で最高電圧は1000万(ボルト)、電流は125(アンペア)まで増大。

心肺蘇生の電気ショックとしては(おぎな)って(あま)る程の数値だ!

シガーによる牽制(けんせい)にも(おく)する事なく、プレ子は思いの(たけ)を彼女に(つた)える!


「デンキウナギ!その電撃でオーナーを助けて!!」


「・・・」


「お願いだからオーナーを──」

"パチンッ!"


プレ子に向けた指先から電撃を大気中に放電させるデンキウナギ。

一瞬だが強烈な閃光(せんこう)に思わず目を閉じ、顔を(そむ)けたプレ子が(ひる)んだ隙にステップインで間合(まあ)いを()め、デンキウナギは(から)み付くようにしてプレ子の細い首筋に腕を回す。


「出てきた早々(そうそう)自分の事ばかり言ってんじゃないよ!それにアタシには"エイル"って名前があるんだ」


パンクな見た目に相応(ふさわ)しく(きも)の座ったエイルの先制に、プレ子は出鼻(でばな)(くじ)かれた。

やはり一筋縄(ひとすじなわ)ではいかないか・・・最悪は嫌がるエイルの首根っこを(つか)んで無理矢理にでも電気ショックをやってもらう覚悟は決めてある。

(にく)まれようとも恨まれようとも関係ない!

ホールドしていた腕を、すり抜けるようにして脱出するとプレ子も物怖(ものお)じせずに向き直る。


「はっ!ずいぶんと自分勝手な態度じゃないか!わざわざアタシを呼び出しておいての(さま)がソレかい?」


「違っ・・・いや違くない。でも──」

「聞きたかないよ!アンタは自分の願いを何個叶えりゃ気が済むんだい!!そこの死人を生き返られたきゃ自分の願いを使ってやりな」


「出来るなら、とっくにやってるよ!!」



目を見開き、怒鳴(どな)り声にも似たプレ子の叫びを聞いた途端(とたん)、エイルはなぜだか驚いた表情を浮かべていた。

しばらくの()()け、胸ポケから1本のシガーを取り出すとソレを(くわ)え、人差(ひとさ)し指と親指の間に発生した電撃を利用して火を点ける。


「・・・アンタは自分の願いより、この男を選ぶってのか?それともその願いは(はな)から、この男の為のモノだったのか?」



何かに勘付(かんづ)いたのか、意味深な言葉を投げ掛けるがプレ子は何も答えない。

その様子を見たエイルは口角(こうかく)(わず)かに上げ、(あく)どい笑みを浮かべる。


「そうだねぇ・・・アンタがアタシの願いを叶えてくれるってんなら電撃の1つや2つ、この男にくれてやっても良んだが・・・この条件で乗るかい?」



もう何だって良い。

利眞守(とします)を救えるのなら何だってかまわない。

後にも先にも、大切なのは今にある。

後悔するのは後悔してからでも遅くはない。

プレ子が(ふた)つ返事で快諾(かいだく)するとエイルは満足そうに高笑いしながら、真下に向けて腕をクロスさせる。


"バチバチ・・・ビジッ!──バリリッ!"



刹那(せつな)、先ほどとは比べ物にならないレベルの電撃を発生させ、彼女自身を中心に店内が隅々(すみずみ)まで青白く発光し始めた。

アクアリウム・バックヤード始まって以来の異常事態を前に、プレ子は流木(りゅうぼく)ケースの後ろに隠れ、水槽の中の生体達もバチャバチャと暴れ出し、(たな)やポンプといった店内にある様々な物体が青白いプラズマ放ちながらソレをエイルめがけて伸ばしていく。


「・・・仕上げだ!」

"バリリッ!──ビジジジッ!"


今度はクロスさせた腕を天高く(かか)げて再び放電を開始する。

屈折(くっせつ)を繰り返しながら天井へとたどり着いた電撃が、主電源の切れた蛍光灯を外部から無理矢理、点灯させる。

それを数十秒キープした(のち)、両腕を()ぎ払うようにして電撃を遮断(しゃだん)

にも(かかわ)らず店内は(いま)だ青白いプラズマに(つつ)まれ、彼女自身からもバチバチとプラズマが発生し続けている。

放電の目的、それは周囲の物体を帯電(たいでん)させ、自身の能力を最大限発揮(はっき)させる為の超電界(ちょうでんかい)を作っていたのだ。

充電100%+ドリームタブ+超電界(ちょうでんかい)により最大出力120%の限界突破!

頃合(ころあ)いと見たのか、(くわ)えたシガーを名残惜(なごりお)しそうに一口(ひとくち)だけ吸うと、親指でソレを弾き飛ばし真上へ打ち上げる。

(のぼ)るだけ(のぼ)ったシガーは一瞬空中で静止。

あとはクルクルと回転しながらエイルの頭上めがけ一直線に落ちてくるが──

"バリリバリッ!──ビジジジッ!"


シガーは彼女に触れる事なく()()な炎に(つつ)まれ消し炭となった。


「1000万(ボルト)全開!ボルテージ・ライトニング!」



右腕を突き出したエイルは利眞守(とします)めがけ、物凄い轟音を立てながら電撃を照射(しょうしゃ)する!

屈折(くっせつ)しながらも(やり)のように突き刺さったソレは、彼の肉体に青白いプラズマを(まと)わせながら外部より無理矢理、筋組織(きんそしき)を動かしているが意識はもどらない。

そもそも心肺蘇生に電気ショックを(もち)いる場合、本来なら"いくつかの条件"が存在する。

まずは対象の心臓が動いているか止まっているか。

心室細動(しんしつさいどう)無脈性心室頻拍(むみゃくせいしんしつひんばく)心静止(しんせいし)無脈性電気活動(むみゃくせいでんきかつどう)の4種類に分けらる心停止(しんていし)の内、電気ショックが有効とされているのは最初の2つのみ。

これに関しては(すで)に確認した結果、利眞守(とします)心停止(しんていし)状態であるまでは、わかっている。

わかってはいるが、それが先述(せんじゅつ)の"どれなのか"を判断する事など所詮(しょせん)素人(しろうと)には無理な話。

だからこそ正確に、確実に、機械的に状態を判断できるAEDを探しに行ったのだが、政宗(まさむね)は1つ決定的なミスを犯した。

それはプレ子に対して電気ショックの存在を断片(だんぺん)的にしか(つた)えてなかった事。

その為、彼女は"瀕死(ひんし)+電気ショック=復活"という間違った結論を出してしまった。

これは根本的な誤解(ごかい)で、電気ショックはあくまでも不規則に(ふる)えた心臓の乱れを一時的に止めて正しいリズムにもどす、というモノであり止まった心臓を再び動かすモノではない。

それどころかヘタをすれば助かったハズの利眞守(とします)に、自らトドメを()す事にもなり()ねない。

そうとは知らずにエイルも電撃を照射(しょうしゃ)し続けた。

ドクターストップ待ったなしの暴挙(ぼうきょ)だが、彼を思うがあまりの(はや)まった結論を誰が()められようか?


"ビビッ!──ジジビジビビッ!"



だが忘れてはイケない・・・只者(ただもの)ではない、そのアクアリストの名を。

いかなる時も大胆不敵(だいたんふてき)でスマートな彼は、常に不条理(ふじょうり)な程にスタイリッシュな結末(けつまつ)を呼び込んでくる。

その身に余多(あまた)の視線を感じたら、背負った想いも起こした奇跡も幾星霜(いくせいそう)

なぜなら森羅万象(しんらばんしょう)(もっ)てして(はか)れる規格(きかく)のない、その男こそ戦場(いくさば)利眞守(とします)



「禁じ・・・法・・・」



ビジジジッ!と電撃が音を立てる中、(わず)かに聞こえた利眞守(とします)の声。

それに気付いたエイルは照射(しょうしゃ)を止め、ケースの後ろに隠れてたプレ子も姿を現しただ一点、彼だけを見つめ耳を()ませる。



「集気・・・癒・・・」


"──シュウゥンッ・・・パァアァァァ!"



(まと)わり付いていたプラズマを吸収すると両足を頭上付近まで折り(たた)み、今度はソレを勢い良く振り下ろすと同時に両腕で地面を押し下げ、アーチを描きながら利眞守(とします)は立ち上がる!

なんともスタイリッシュなラバーハンドを決めて華麗(かれい)なる復活を()げたのだ!!

()(かえ)り、小刻(こきざ)みに(ふる)えながらも利眞守(とします)は、しっかりと2匹を見つめ、それに(こた)えるべくプレ子が()()ろうとした刹那(せつな)──

「待ちな!ドコへ行く気だい?アンタには、これからアタシの願いを叶えてもらわなくちゃなんないんだ。勝手なマネはさせないよ!」


エイルが後ろ(えり)(つか)んで力任(ちからまか)せに手繰(たぐ)()せると、そのままプレ子の首に腕を(から)ませ拘束(こうそく)した。



「げほっ!・・・お、お前は?」


「アタシはエイル。アンタにとっちゃ命の恩人ってヤツさ」


「この電撃・・・そうか、デンキウナギか」



利眞守(とします)の記憶はプラナリアの願いを叶えたあとを(さかい)欠落(けつらく)していたが、彼女の正体がデンキウナギとわかった事で、その後に何があったかは(おおよ)そ理解出来た。

姿勢を正し利眞守(とします)深々(ふかぶか)と頭を下げ、エイルに感謝を()べた(のち)、先ほどの言葉の意味を改めて聞いてみる。



「願いを叶えるんだったらプレじゃなくとも俺がいる。エイルのおかげで復活出来たんだから俺に叶えさせてくれないか」


「それで恩を返したつもりかい?アタシの願いはアンタじゃなく、この小娘に叶えてもらう。そういう約束だったよなプレコストムス」


「そうか・・・なら手伝いだけでも──」

「アンタに出来る事なんざ何1つありゃしないよ!アタシの願いはプレコストムス・・・アンタがアタシのモノになる事だからね」



エイルの願いはプレ子を自分のモノにする?

どういう意味だ?

デンキウナギが集団で1ヶ所に(とど)まると言う話なら聞いた事はあるが・・・それも同族ならまだしもプレコストムス??

ただ単にパシリや下僕(げぼく)的な相手が欲しいのか、それとも熱帯魚ならではの何かがあるのか。

どちらにせよプレ子を欲しがっている理由を聞かない事には話を発展させる事すら(まま)ならない。

利眞守(とします)はエイルを刺激しないように、内容を掘り下げていく。


「どうしてプレを自分のモノにしようと?」


「はっ!欲しいモンを欲しがる事に理由なんているのか?とにかくプレコストムスはアタシが(もら)った。まぁアンタには関係ないこったね」


「待てよエイル──」

「なんだい?まさかアンタも、この小娘が欲しいなんざ言うんじゃないだろうね?」


「あ、いや・・・そういう分けじゃ──」

「なら口出(くちだ)しすんじゃないよ!今からプレコストムスはアタシのモンだ。だから、これからはアタシの好きなように使わせてもらう。文句ないよな?」



明確(めいかく)な理由を答える事なく"プレコストムスはアタシのモノだ"の一点張(いってんば)り。

エイルは何がしたいんだ?

それに、この違和感・・・エイルの言動や一語一句(いちごいっく)の全てが、まるで"アタシからプレコストムスを奪い返してみろ!"と言わんばかりの態度ではないか。

なにか意図(いと)があっての事なのだろうが、彼女の目的や願いが分からない以上、やはり様子を見るべきか・・・。

利眞守(とします)が彼女に違和感を感じたように、エイルもまた利眞守(とします)(さぐ)りを入れている事に気付く。

その途端(とたん)、つまらなそうな顔を見せながら彼女はシガーに火を点け、優雅(ゆうが)()かしながら言い放つ。


「・・・1つだけ答えな。アンタにとってプレコストムスはどういう存在だ?ココにいる大勢の熱帯魚の内の1匹なのか、それとも特別な感情を(いだ)いちまった相手なのか」


「なに?」


それは、とても奇妙な質問だった。

利眞守(とします)がプレ子に対して感じている"気持ち"を特別な感情と言うのであればそうなのだろうが、それは特別であると同時に、何1つおかしな事もない当たり前な感情でもある。

なんて答えたら正解なのかは、わからないがそれを聞きたいってんなら聞かせてやる。

利眞守(とします)一語一句(いちごいっく)()まる事なくエイルの()いに答えを出す。


「知れた事を聞いてくれんでねぇの?後にも先にもプレはプレであり、俺にとってアイツは"熱帯魚プレコストムス"である事に変わりはない!!」


「はっ・・・ははははっ!聞いたかいプレコストムス!結局コイツは"その程度の男"だったってわけさ!アンタの想いなんざ、何1つ(つた)わっちゃいないんだよ」


「どういう意味だ!?」


「意味もクソもあるか!アンタらの事はずっと見てたし水槽の(うわさ)だって耳にしてる。なのにどうして身近にいるプレコストムスの気持ちを理解してやれないんだヘタレ野郎!!」



ホールドしていたプレ子を自身の後ろに引き倒すと、そのまま利眞守(とします)めがけ電撃を照射(しょうしゃ)する。

眼前に(せま)り来るソレをサイドステップで回避しようとするが電撃は途中で進路を変え、屈折(くっせつ)しなが利眞守(とします)追尾(ついび)する!

回避できないと理解するや即座(そくざ)に腕をクロスさせ防御の姿勢を取る。

しかし受け止めた両腕を(かい)し、1000万(ボルト)の衝撃が全身を駆け(めぐ)利眞守(とします)は感電した。

強烈な電撃に身を焼かれながら片膝を着き、自身から立ち()める煙と、(まと)わり付いプラズマを(はら)いのけ、苦悶(くもん)の表情と共にエイルを(にら)み付ける。

本当は立ち向かって行って無理矢理にでも話し合うチャンスを作ろうとも考えたが、電撃を()びると自分の意思とは関係なく筋肉が収縮して体が言う事を聞かなくなる。



「オーナー!!」


「アンタは黙ってな!!」


プラズマを(まと)わせた右手を利眞守(とします)に向けたままビジジッ!と音を立てて牽制(けんせい)するが、彼女の一方的な意見に納得(なっとく)できるハズもない利眞守(とします)は、電撃に焼かれた痛みが後を引く中、(おく)する事なく言い返す。



「なにがプレの気持ちだコラァ!俺はお前よりもずっと長く、プレと同じ時間を過ごしてるんだ!お前の方こそ知ったふうな口を聞くな!!」


()き違えてんじゃないよ!!アンタは一瞬でもプレコストムスの願いが何なのかを本気で考えた事があんのかい!?それが叶っちまったらアンタと(はな)(ばな)れにならなきゃなんない、その気持ちを考えた事があんのか!!」



再び電撃を受けた利眞守(とします)生々(なまなま)しい悲鳴が店内に響き渡る。

ビジジッ!と音を立てながら電撃が彼を射抜(いぬ)(たび)に、その悲鳴は激しさを()し、プレ子は目を(そむ)け耳を(ふさ)ぎ、その場に(うずくま)る。

それでも店内が青白く発光すると、次の瞬間には(ふさ)いだハズの耳の隙間から利眞守(とします)の悲鳴が鼓膜(こまく)を振動させ、電撃に焼かれるその姿を想像させる。

エイルが何を考えているのかは、わからないが、これはあまりに(むご)過ぎる。


「女の心もわからないようなヘタレ野郎がアクアリストだの何だのと偉そうに、ほざくんじゃないよ!!」



だが他人の為に感情的になりながら(むち)を振るう彼女は、プレ子の為に()えて悪者になろうとしているのだ。

エイルは()っからの姉御肌(あねごはだ)

(わず)か数分の内にプレ子の本当の想い、本当の願いを感じ取り理解したからこそ、いつまで()ってもその想いに(こた)えようとしない利眞守(とします)苛立(いらだ)ち、(あわ)れんだのと同時に彼の本心を聞き出そうとしていたのだ。

それは今まで利眞守(とします)本人が擬人化した生体達に対して、やって来た事と同じである。

口を開けばプレ子がどうだ、プレ子の事がなどと叫び電撃を放つエイルの姿が、次第(しだい)利眞守(とします)にも全てを(さと)らせる。

そして彼は()りし()に放った、自分の言葉を思い出す。



"(もっと)も身近にいる存在だからこそ(つた)わらない事だってある"


"互いの事を探索するようなヤボなマネなどするまいて"


"だからこそ俺がいるんだよ"



そうか・・・そういう事だったのか、今ようやくエイルの意図(いと)を理解できた。

まったくもって、お節介(せっかい)なヤツめ・・・ならば小細工(こざいく)(さぐ)り、読み合いなど無用(むよう)

これ程まで純粋(じゅんすい)に"答え"を求められてしまっては、こちらも()()ける他あるまい!

プレ子に対する想い。

自ら(ふう)じ秘めていた感情。

今ココで全部吐き出してやる!!



「ふざけるな・・・俺が・・・俺がアイツとの日々に何を思い、何を感じ、何に(おび)えるこの気持ちがお前に分かるのか!願いを叶えちまったら2度と会えなくなる、(はな)からわかりきった結末を前にしても!それでも願いを叶えなきゃなんねぇ俺の気持ちが分かってたまるかぁあぁぁ!!」


「言われたから、そう言い返してるだけだろ!ウダウダと御託(ごたく)を並べて(もっと)もらしい言い訳をしたかと思えば、今度は怒鳴(どな)り散らして考えてるフリと来たか!?」


「ゴタゴタとうるせぇぞクソナマズ!この想いが一方的なモンだったらどうしようと(おそ)れる事の何が悪い!願いを叶えた後の事を(おそ)れて何が悪い!愛に奥手(おくて)で何が悪い!好きと言えない事の何が悪いってんだ!!」


「ソレが相手に(つた)わらなきゃ意味なんてないだろ!想いを(つた)えられない事が(すで)罪ってモンじゃないのか!」



ようやく本音で対峙(たいじ)してきた利眞守(とします)を相手に、さらに感情をむき出しにして電撃を放つが──

「禁じ手殺法(さっぽう)が1つ!ギュンター式ヴィクトル・コンバート!」


"ビジジッ!──シュッ・・・"


「そう何度も同じ手が食らうかってんだ!電気はお前だけの専門特化じゃねぇんだよ!!人の肉体を動かしてるのも脳から(はっ)せられる電気信号!ならばお前の電撃を俺の力に変換(コンバート)出来ない(どお)りはない!!」


先ほどまで散々(さんざん)苦しめられてきた電撃を一対(いっつい)(しょう)で受け止め無効化しただけではなく、わけのわからない持論(じろん)展開(てんかい)させながら、その全てを吸収する。

利眞守(とします)(はな)から電撃を(ふう)じる(すべ)を持っていたにも(かかわ)らずソレを使わなかったのだ。

正しくはエイルの()いに対する"(まよ)い"が邪魔をして出来なかったと言った方が良いだろう。

だがそんなモノ()()ってしまえば、どうという事はない!

心の奥底に(ふう)じ込めていた想いが全ての(しがらみ)から解放され、我先(われさき)にと次々(あふ)れ出てくる。

こうなると聞いてるコッチが耳を(ふさ)ぎたくなる程の恥ずかしい言葉だろうと、利眞守(とします)躊躇(ちゅうちょ)なく言い放つ。



「俺がアイツの事を何とも思ってねぇとでも言いたいのかクソナマズ!そんなわきゃねぇだろうが!!」



叫びながら突っ込んで来る利眞守(とします)めがけ、エイルはミドルキックを放つが、最早(もはや)その程度で彼を止められるハズもなく、(わず)か1秒()らずの間でエイルは手の内の全てを封殺(ふうさつ)されてしまう。


「アイツの事を!!」


形勢(けいせい)を逆転されたエイルが、その姿を眼下(がんか)(とら)えた時(すで)に、利眞守(とします)は両の(まなこ)を光らせ次の行動へと移っていた。

咄嗟(とっさ)に脇を()め、上体(じょうたい)()らし回避行動を行うが──

「誰よりも!森羅万象(しんらばんしょう)の何者よりも!!」


真下からカチ上げるようにして放たれた右の裏拳(うらけん)が、()を描くように彼女のガードを(はじ)き飛ばす。



「愛しているのは、この──」


振り上げた(こぶし)の勢いを利用して左半身を、さらに1歩踏み込むと左手で彼女の延髄(えんずい)をしっかりと押さえ体の自由を奪い、そのまま右手を肩の位置で(かま)え、腰の(ひね)りと共に打ち出した!


戦場(いくさば)利眞守(とします)に決まってんだろうがあぁあぁぁ!!」


"ガッ!──ドシャァンッ!"


周囲の大気(たいき)(ふる)える程の掌底(しょうてい)をエイルの腹部めがけて叩き込む!

彼女の想い、プレ子の想い、そして自分自身の想いを理解したからこそ利眞守(とします)は一切の手心(てごころ)(くわ)えず彼女に(こた)えた。

全てを乗せた一撃の威力は凄まじくエイルは一瞬の内に気を失い、利眞守(とします)()り掛かるようにして力無く倒れた。


「オーナー・・・エイル!!」


「大丈夫だ。デンキウナギってのは体の大半(たいはん)を発電器官が()めている。それ(ゆえ)に内臓類は全て、頭部付近に密集した特殊な配置になってるんだ。だからエイルの場合、腹部にあるのは発電器官と筋肉だけでココに一撃打ち込んでも他の生体よりは致命傷になりにくい」



・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・



気絶したエイルが意識を取りもどしたのは、それから数分後の事だった。

まだ目もハッキリ見えていない状態だが、今やアクアリウム・バックヤードの生体達にとってお馴染(なじ)みとなった2人の言い争いが聞こえて来る。

目を閉じたまま声のする方へと顔を向けると(あん)(じょう)、しょうもない原因でモメていた。



「だーかーらー!エイルはナマズじゃなくてウナギでしょ!?さっきはクソナマズって言い間違えたと認めたらどうなんだ!!」


「だぁね!何度も言ってるようにデンキウナギってのは生物学的な分類上骨鰾上目(こっぴょうじょうもく)っつうナマズとかコイとかに近い生物だってされてんのよ!そもそもアクアリストたるこの俺がソレを間違えるわけないだろ!」


「引き(ぎわ)を知れ!だからエイルにヘタレ野郎とか言われるんだよ!!」


「それは関係ねぇだろ!?」


「うぅっ・・・今度は何を言い争ってんだい?」



まだダメージは残っているが、なんだか()ても立っても()られなくなったエイルは、よろよろと2人の間に割って入る。

すると、このタイミングを待ってました!とばかりにプレ子は彼女に()(ただ)す。



「エイルはナマズじゃなくてウナギだよね!?」


「ンなモン本人に聞いたところで結果は変わらんぞ」


(とし)は黙ってて!!」


「・・・ん?アンタいつからソイツの事を"(とし)"って呼ぶようになったんだ?」


ナマズだのウナギだのを答えてやる前に、エイルから別の疑問が飛び出して来た。

それに対してプレ子はモジモジしながら(しぶ)い表情を浮かべ、利眞守(とします)の事を横目で見ては目線を外す行為を繰り返している。



「んぁ?それはだって・・・さっき愛の告白されちゃったし・・・だったら私もオーナーって呼ぶより(とし)って呼んだ方が良いかなぁって」


「愛のって、おまっ・・・!」


「なんだそのリアクションは!!まさかさっき言ってた事は全部ウソだったのか!?森羅万象(しんらばんしょう)の何者よりも──」

「あぁーーーー!!ウソじゃねぇけどヤメれよ!あんなセリフ、リピートされっちまったら俺は色々と爆死(ばくし)モンだ!!」


「・・・愛しているのは、この戦場(いくさば)──」

「プレエェエェェェ!!」


じゃれあう2人の姿も毎度お馴染(なじ)みなのだが、今はなぜだか"決定的に何か"が違うような気がする。

(ステップオーバー)(トーホールドウィズ)(フェイスロック)で無理矢理プレ子を黙らせた利眞守(とします)はゆっくり立ち上がり、キャップのポジションを直しながら今度はエイルに投げかける。


「ったく・・・余計な事だとは言わねぇが()かしすぎだぜ。おかげで、まともな言葉1つ浮かんでねぇ状態でサラッと言い放っちまったじゃねぇか。アイツの性格を考えると、しばらくはこのネタ引っ張り続けるぜ?マジで政宗(まさむね)千春(ちはる)に、このセリフ言うんじゃねぇかと(おび)える俺の心境(しんきょう)も──」

「文句を()れてるわりには、ずいぶんなニヤケ(つら)(さら)してるじゃないか」


「エイル・・・!」


「さっきの言葉に嘘偽(うそいつ)りはないんだね?」


「まぁ・・・あんな状況でフェイクをかませる程、俺は器用じゃねぇし・・・それに言っちまったモンは仕方ねぇだろ」


「ハッキリしな!!()()(およ)んでまだヘタレてんのか!?」


「ヘタレとらんがな!!」


「ならさっきと同じ事がもう一度言えるのかい?アンタの言うノリと勢いなしにさ」


「・・・このクソナマズ!!」



ギリギリと歯を食いしばりながらエイルめがけ流木を投げつけると、利眞守(とします)はプレ子に向き直る。



「プレ、お前が俺をどう思っていようと関係ない。だが1つだけ言っとくぜ・・・俺は・・・俺はお前を・・・」


「・・・」


「本気で・・・愛しちまったみたいだ」


「・・・え?なに?聞こえない」


「聞こっ・・・この野郎!ならもう1度だけ言ってやる!!俺はお前が好きだ!!like(ライク)じゃなくて100%のlove(ラブ)の方だ!!」


「・・・なんだって?聞こえなかった」


「俺はお前が好きだ!!」


「聞こえな──」

「いい加減にしろ!!」

"ガシッ!──パァアァァァ!!"


プレ子をヘッドロックで()らえ、今度はビクトル膝十字(ひざじゅうじ)を掛けるべく腰を落とした時、あの光が利眞守(とします)の視界を奪い去る。

まさか・・・プレ子の願いが!?

一瞬絶望にも似た感覚に青ざめるが、すぐにソレが彼女のモノではない事を理解する。


「あ〜あ見てらんないよ。お節介(せっかい)だとはわかっていてもヘタレ野郎に()(まわ)される女を見てると、()ても立っても()られない性分(しょうぶん)でね。おかげでアタシの願いは全部パァだ」


光に(つつ)まれていたのはシガーを()かしながら優しそうな眼で2人を見つめるエイルだった。

悪態(あくたい)をつきながらも、そのセリフからは自分の願いよりもプレ子の願いを本気で考えていた事が(うかが)い知れる。

まさに(いき)姉御(あねご)とでも言うべきか。


「本当はド派手にシビれるライブでもしたかったんだけど、どうせアンタじゃ叶えられそうになかったし」


「お前がシビれさせたら死人が出るぞ?」


「アタシのステージで乗れないヤツなんざ(はな)から死んでるのも同じさ。まぁとにかく・・・アンタは2度とプレコストムスを泣かせるようなマネだけはすんじゃないよ」


「・・・クソナマズめ」


"パァアァァァ!"



少し乱暴だったがエイルの(はか)らいによって利眞守(とします)とプレ子は、大きな壁を越えたように感じる。

それが良い事なのか悪い事なのかはわからないが、建前(たてまえ)や周囲の目、常識だの何だのと細かい事を気にする必要なんてないと思う。

(しゅ)を超えた禁断の愛と言えば聞こえは良いだろうが、世間様(せけんさま)に言わせれば下手物(げてもの)の一言で事()りる。

だがそんなモンに気を取られているようではダメだ。

利眞守(とします)が無言のまま彼女を()きしめると、それに(こた)えるようにしてプレ子も彼の背中に腕を回す。

互いの鼓動(こどう)を感じ取れる程、強く()き合う2人を、しばしの沈黙(ちんもく)(つつ)み込む。

今だけは言葉なんていらない・・・ただ、こうしているだけでも充分(じゅうぶん)過ぎるくらいだ。

どちらからともなく(から)めていた腕を(ゆる)めると2人は見つめ合い、そして利眞守(とします)は口を開く──

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