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アクアリウム・バックヤード  作者: 鈴木 崇嗣
第1章 利眞守奮闘編
13/16

8匹目 不死身が故の悲しき運命、プラナリア襲来




「オ"ーナー!しっがり"してよオーナ"ー!!」


「・・・」


「何"してんの"!目開けてよ"!!」


「・・・」


「オーナ"ーはアクア"リストなんでしょ!?だったら起"きてよ!!」



"ブゥオォンッ!──キュイィー!──ガシャン!"



「大丈夫かっ!?」


「オ"ーナーが・・・あぁ・・・あぁ"あぁ"っ」


「っ!?オイどうした!!」



それは(さかのぼ)る事、数時間前。

この日も平凡な1日になるハズだった。



「はあぁぁ・・・寝てしまった・・・私とした事が」


プレ子は寝たい時に寝て、食べたい時に食べ(基本利眞守(とします)におねだり)噛み付きたい時に噛み付く(基本利眞守(とします)相手)という(うらや)ましい生活を送っている。

昼下がりの(あたた)かな陽射(ひざ)しを受けた彼女は、お気に入りの(なわばり)で目を覚まし、さっそく利眞守(とします)探索を開始するが姿が見当たらない・・・ドコへ行ったのか?

地下フロア改め利眞守(とします)(てい)やバスルーム、(たな)の下を探索していると、不意に店の外から話し声が聞こえてくる。

それは利眞守(とします)千春(ちはる)の声だった。

実は、たまたま店を(たず)ねて来た千春(ちはる)に、(はしら)に張り付き眠っている彼女の姿を見せるわけにもいかないと2人は外で雑談していたのだ。

この日のプレ子は気まぐれを起こし、その会話を"盗み聞きしてみたい!"と思い、入り口付近に張り付き盗聴(とうちょう)を開始。

2人のいる位置が少し遠いのか、会話は途切れ途切れでしか聞き取れない。



「前に──が──ってた──バブの──る?」


「──え──トル────レだ──なんで──言わせ──バブの──スコ──ち──し──ソイ──た──」


(バブ?スコ?なんだろう・・・?)


()りない部分(ことば)を頭の中で(おぎな)いながら会話の内容を想像し組み立ててみる。

プレ子は探偵(たんてい)にでもなったかのようなテンションで、さらに()き耳を立てる。



「──その──気になって──私──を食べて──」


「だ──」


(その気になって私を食べて!?日中(にっちゅう)堂々あのあばずれ(ちはる)は何言ってんだ!!)


だが奇跡的に意味として()り立ってしまった一文(いちぶん)を聞いたプレ子は取り乱し、その脳細胞はアッチ方面の事しか考えられなくなってしまう。

こうなると()りない部分(ことば)(おぎな)う為に想像出来るモノの内、最優先されるのは当然アレな意味を()す為の言葉。



「──全然──ま──に──私の味──お──しい──て言う──」


「なる──そん──展開なん──だ──る──気が──のは──袋の中身──スコ──バブだから──」


(私お()しいだぁ!?つーかオーナーも(ことわ)れよ!しかもなんだ"袋の中身"ってアレか?アレの事を言ってるのか!?だとするとスコとかバブもアレな隠語(いんご)なのか!?)



「分かって──早い──(とし)食べて──」


「──レを食わせ──ざわ──コまで──ての──さえ不──ラン──に──するお前が──レ──を上げてどう──」


(2回も言いやがった!オーナーは肉食系が好きなのか!?私じゃ不服(ふふく)なのか!!)



「んっ──」


「だ──たから──押し──バブ──」


(おいコラあばずれ!その"んっ"て声はなんだ!!(あえ)ぎ声か!?オーナーにヤられて(あえ)いでるのか!?)


プレ子の暴走は止まらない。

豊かな想像力と(しば)りのない発想力を最大限発揮(はっき)して、利眞守(とします)千春(ちはる)の"青空教室"を妄想(みて)しまう。



「──確かに──ち──パイ──だが言うほど──ねぇ──」


「──やっ──ま──がおお──なだけで全然──」


(何が()()パイが言うほどねぇだよ殺すぞ?)



「──どう──(とし)


「ぃぎゃ──あ──あぃ──えあぁ──ぁ」


(オーナーの、この声は一体何が!?まさか攻守交代して()らされ()らされ委員長に(もてあそ)ばれてるのか!?)



「ファ──アァァアァ──アアァアァァ──!!!」


(そうか・・・オーナーは、ただ単に"()えてた"のか!)


何か凄まじい勘違いをしているプレ子。

ちなみに利眞守(とします)千春(ちはる)の会話の本当の内容はコレ。



「前に(まさ)が言ってた激辛ケバブの話、覚えてる?」


「駅前の似非(えせ)トルコ人が作るアレだろ?なんでも政宗(まさむね)に言わせりゃ、ケバブの名を(かた)ったスコヴィル()権化(ごんげ)らしい。ンでソイツがどったの?」


「うん・・・その話が気になって、さっき私も激辛ケバブを食べてみたんだけど・・・」


「だけど?」


「それが全然辛くないの!で、(まさ)に電話したら私の味覚がおかしいなんて言うのよ!?」


「なるほど・・・そんたら、この後の展開なんとなくだけんどもよ?わかる気がしちゃうのは、その紙袋の中身が(うわさ)のスコヴィルケバブだからかね?」


「わかってるなら話は早いわ!(とし)食べてみて!!」


「・・・まさかコレを食わせる為だけに、わざわざココまで来たってのか?タダでさえ不思議ちゃんランキング上位に君臨(くんりん)するお前が、これ以上レベルを上げてどうすんだよ!?」


「んっ!んっ!!」


「だぁ!わぁったから押し付けんなケバブるな!」

"──パクッ──モチャモチャ・・・"


「んんっ・・・確かに、ちとスパイシーだが言うほどでもねぇんでねぇのか?」


「でしょ!?やっぱり(まさ)大袈裟(おおげさ)なだけで全然辛く──」

「ッ!!!?」


「ど、どうしたの(とし)!?」


「ぃぎゃおぉふあぁあぃあぁぁえあぁぁぁぁ!?」


"──パスッ"



「ファイアァァアァァァァアアァアァァァァ!!!」

"──ボバババババチバボババババ!"



千春(ちはる)の差し出したケバブ(ナパーム弾)不用意(ふようい)に口の中へと放り込んだ結果、利眞守(とします)は全身の穴という穴から火柱(ひばしら)を上げて大噴火(イラプション)した。

どうやら今回に(かぎ)っては、政宗(まさむね)の言い(ぶん)が正しかったらしく、千春(ちはる)は雰囲気だけでなく味覚の方も、()かりなく不思議ちゃんだった。

オチを言えば2人は激辛ケバブの話をしていただけに過ぎなかった。

それが1匹の熱帯魚を間違った方向に進ませているなどとは微塵(みじん)も思わず、スコヴィル(辛さの単位)地獄から解放された利眞守(とします)は涙ながらに"今度はミハイルにも喰わせてやれ!"と捨てゼリフを吐き、千春(ちはる)と解散した。

命辛々(いのちからがら)自宅にもどった彼を、今度は別の衝撃が出迎(でむか)える。


「・・・なにしてん?」


「・・・オーナーに食べられる準備」


顔を(あか)らめながら全身にハーブ(ローズマリーやレモングラス)を巻き付けたプレ子が利眞守(とします)の布団に(くる)まっている。

まさに奇怪(きかい)!理解不能とはこの事か!!


(ハーブと一緒に(くる)まれてる・・・ムニエルにでもなるつもりか?そういやコイツ(プレコストムス)って身は赤いけど、たぶん白身魚だよな・・・ってソコじゃねぇよ!!)


「なにやってんの!!」

"──バサッ!"


どこぞの艦長よろしくキレのあるセリフと共に、無理矢理プレ子を布団から引きずり出す。


「なにすんだー!せっかく準備したのに!!」


「なんの準備だよ!?」


「さっき委員長と青空教室してただろ!だから私もオーナーの()えを癒そうとしてあげてんのに!」


「はぁ?何が青空教室だ!?」


「わー!食べて食べて食べて!!」


(やかま)しいエロ魚!!」



"──パアァアァァァ!"


「っ!?」

(まぶ)しいぃ!!」


トラブルは立て続けに起こる。

今度は店内に雷でも落ちたかのような、激しい光が広がった!

この光は(まぎ)れもなく擬人化のアレだ!



「お前まさかドリームタブを水槽に入れたのか!?」


「入れてないし知らないよ!!」



何が起きた?

メインフロアに()け付けた2人は辺りを見渡すが、そこには何者の姿もなかった。


「・・・?」


(ねん)の為ドリームタブを確認するが異常はない。

なにやらモノ知れぬ不安を(かか)えながら店内を探索するが・・・やはり異常はない。


()せぬ・・・何が起こったんだ?」


色々な可能性を考えてみよう。

あの光は間違いなく擬人化の光。

何かの拍子(ひょうし)に生体が擬人化した事は、ほぼ確定だ。

だとしたらソイツはドコヘ?

そう言えば最近スズキ(もく)タイワンドジョウ()タイワンドジョウ(ぞく)の"フラワートーマン"という淡水魚のベビーを入荷したな・・・ベビーが擬人化したから小さくて見えないのか?

それか擬態(ぎたい)のスペシャリスト"モクズガニ"のような生体が擬人化して、背景(はいけい)の一部に同化しているのか?

はたまた純粋に姿の見えない、いわばステルス能力を会得(えとく)した何かがいるのか?


「・・・」


この空間には確実に"何か"がいる!

自分達以外の第三者が!


「嫌な雰囲気だぜ・・・」



"──シュルルルッ!"


「っ!!」


一息(ひといき)つく間もなく死角(しかく)から利眞守(とします)めがけ、何かが飛んできた!!

プレ子を(かば)いながらソレを回避すると体勢を立て直し、攻撃された方向を確認するが何もない。

なんだ!一体何がいるってんだ!?

プレ子に自分と背中合わせになるように指示(しじ)を出して、互いの死角(しかく)をカバーしつつ正体不明の相手を探し出す。

こんな時アーチャー大尉(たいい)がいてくれれば、(もっと)も的確で効率的な指示(しじ)を出してくれただろう・・・そんな事を考えながらBE水槽に目をやると、1匹のテッポウウオが天井に向かって水鉄砲を発射している。

まさか大尉(たいい)なのか?

いや、大尉(たいい)に間違いない!だとすると何をしている?

例え本来の姿にもどったとしても、あれ程の男が無意味な行動をするとは思えない。

利眞守(とします)は導かれるように天井を確認するが、そこには火災報知器の(ほか)、照明と空調(くうちょう)が付いた質素(しっそ)な天井があるだけで、特に変わったモノはない。


大尉(たいい)・・・何を(つた)えようとしてるんだ?」


"──ピシュッ!ピシュッ!"



一向(いっこう)に水鉄砲を止める気配のないアーチャー大尉(たいい)

利眞守(とします)は目を()らし、さらに詳しく彼を観察・・・すると水鉄砲には"ある法則"が存在する事に気付かされる。


「・・・空調(くうちょう)?」


アクアリウム・バックヤードの天井には全部で6ヵ所空調(くうちょう)が付いている。

そして大尉(たいい)(ねら)っている先には、全てピンポイントで空調(くうちょう)が存在している。

まさか──

空調(くうちょう)の中にいるってのか?」


"──バチャチャッ!"


テッポウウオ達が一斉(いっせい)に水面を()らした。


「プレ空調(くうちょう)だ!空調(くうちょう)を見とけ!」


「おぉー!!」



1人3ヵ所をカバーすればイケる!

アーチャー大尉(たいい)意図(いと)を理解した利眞守(とします)が監視を始めた矢先(やさき)──

「ひぇっ!?オ、オーナーなんか出てきた!!」


その声に振り向き、プレ子の指差(ゆびさ)す場所を見てみると──

"ドロリ・・・ドロドロ──ベチャッ!"



空調(くうちょう)から()れ落ちるようにして何か出てきた!

それは茶色いスライム状の物体としか表現出来ず、ウニュウニュと動いている!

このクリーチャーは一体なんだ!?

身構(みがま)える2人の前で、次第(しだい)にスライム状の物体が何かの形に()っていく。


「オーナーなにあれ!?気色(きしょく)悪い!」


"ドロドロ・・・──グニュゥゥ・・・"



スライムが成形(せいけい)()えると、それは人間のようなシルエットになった。

全身は薄茶色で口や耳、鼻や体毛なども一切ない不気味なフォルムに、顔と思われる場所には黒い目のようなモノが2つ。

それも白目の部分は無く、黒目だけという不気味さに拍車(はくしゃ)をかける()で立ちだ。


"ベチャ・・・ベチャ・・・"



「ここ、こっち来た!」


「お前!お前は何者だ!!」


「・・・」

"ベチャ・・・ベチャ・・・"


「お前もドリームタブで擬人化した1匹か!?」


「人の子よ、我々は単一(たんいつ)の存在ではない」


口も無いのに喋った!

それはボイスチェンジャーで加工したような無機質でエコーの掛かった、とても生命体のモノとは思えない声だった。

ベチャベチャと気味の悪い足音を立てながら謎のクリーチャーはコチラに向かってくる。

"──ベチャ"


「我々は"プラナリア"と呼ばれし存在。(なんじ)らと異なる運命(さだめ)を生きるモノなり」



アクアリストなら"悪い意味で"その名を知らぬ者はいない。

水槽を立ち上げたら、いつの間にか存在しているプラナリア。

これと言って害があるわけではないが、水槽のレイアウトを(みだ)したり、ごく(まれ)に生体に噛み付く事もある。

そして除去する事が難しい点も、プラナリアがアクアリスト達にとって悪名(あくめい)高い存在となっている所以(ゆえん)であろう。

その理由は後述(こうじゅつ)として、プラナリアは扁形(へんけい)動物(もん)ウズムシ(もう)ウズムシ(もく)(ぞく)する水性生物の1種であり、扁形(へんけい)動物とは(たい)らな形をした体を持ち、循環(じゅんかん)器官や呼吸器官、血管や(えら)が存在しない為、体に栄養や酸素を運ぶには拡散(かくさん)に頼る(ほか)なく、この事からも単純な構造かつ原始的な生物である事が、わかっている。

その他にも種類によっては細長くなったりする事もあるが、逆に太くなったり丸くなったりする事は体の構造上、ほぼ不可能。

無理に形を変えれば千切(ちぎ)れたり(つぶ)れたりしてしまうのがオチである。

扁形(へんけい)とは扁平(へんぺい)の事であり"変形(へんけい)"とは、まったくの別物。

にも関わらず、先ほどコイツは自身の形をスライム状から人形へと変えて見せた。

これがドリームタブの影響かは(さだ)かではないが、変形(へんけい)能力を()たプラナリアは危険な存在である事に変わりはない。

しかもコイツにドリームタブを与えた記憶もない・・・だとすると、どうやって擬人化を果たしたのか?

それにプレ子が勝手にドリームタブを与えたとは考えにくい。

なぜなら彼女の中には、ウソという概念(がいねん)が存在しないからだ。

その彼女が"知らない"と言っていたならなぜ?

その時、利眞守(とします)はスープレックスでドリームタブをぶちまけた事を思い出す。

あの時だ!あの時に回収しきれなかった粒が残ってたんだ!!

プラナリアは水中に生きる生物だが、ある程度の湿度が(たも)たれていれば陸上でも生活ができる。

陸地に上がる基本的な行動目的は、より(てき)した環境を求める以外にも"餌を喰らう"という本能がある。

予想外の生体の出現だが、状況を理解してしまえばやるべき事は見えてくる。

(よう)はプラナリアの願いを叶えてやれば良いのだ。

少しだけ安堵(あんど)の表情を見せた利眞守(とします)は、プラナリアに()い掛ける。


「プラナリア・・・お前にも願いがあるんだろ?」


「我々の願いは"絶対の死"。人の子よ、(なんじ)ならば我々が願い叶えられよう」


「死って・・・コイツ、ヤバいよ!!」


「第一印象で決めつけるな。で、プラナリアよ?お前の願い・・・その・・・"絶対の死"ってのはどういう意味だ?」


「我々に寿命、死、終焉(しゅうえん)などと言う概念(がいねん)は存在しない。例え我々という1個体が消滅しても、(すで)に"別の我々"が誕生し、無限の輪廻(りんね)彷徨(さまよ)い続ける。我々にとって死は無意味でありソレによって、もたらされる(かりそめ)安息(あんそく)では我々の姿、形、存在する次元を変える事はできない」

"ブチブチッ!──ニュウゥ・・・"


「にゃあぁあぁぁ!!」



左右にちぎれて分裂(ぶんれつ)するプラナリアを見てプレ子は絶叫する。

プラナリアは驚異の再生能力を持つ事でも有名で、その能力は(わず)か数cmに()たない体を300の破片(はへん)に切り(きざ)んだとしても、全てが独立したプラナリアとして再生する程である。

この能力(ゆえ)に物理的(ピンセットなどで)に水槽から除去しようとした場合、途中で千切(ちぎ)れたり、いつの間にか肉片の一部が欠落(けつらく)したりで、さらに大繁殖する事も。

河原(かわら)という身近な場所に生息する身近なクリーチャーは、有性(ゆうせい)生殖と無性(むせい)生殖ができる。

さらに水質や水温などで生息環境が悪化すると、次第(しだい)に腹部が(くび)れてきて2つに分裂(ぶんれつ)、そこから新たに2匹のプラナリアが誕生する。

もしかしたらその異常な再生能力、生命力、生きる事への渇望(かつぼう)は本人が望んでの事ではないのかも知れない。

全ては本能の(さだ)め・・・確かにプラナリアは不死身かも知れないが"無敵"ではない。

何も食べずにいれば、いずれ餓死(がし)もするし強烈な光に身を焼かれる事もある。

しかしソレを本能が(こば)むのだ。

本人の意思に(はん)して本能が生き続けようとする。

その結果プラナリアは死から見放され、終わる事のない今を彷徨(さまよ)い続けている。

それに分裂(ぶんれつ)して増えるのは、あくまでも自分自身であり、新たなプラナリアが誕生したとしてもそれは別の個体ではなく、いわば自分自身を100%受け継いだ"完璧なクローン"と言える。

(ゆえ)にプラナリアは自らを"我々"と名乗り、終わる事のない輪廻(りんね)に"絶対の死"を(もっ)てして終止符(ピリオド)を打とうとしているのか?

まさに唯一にして絶対の願い。

人間は無限を望む生き物だが、プラナリアに言わせれば有限(ゆうげん)だからこそ、生きる事に意味があるのだろう。


「死ぬ事が望みか・・・後悔はないのか?」


悠久(ゆうきゅう)の時を彷徨(さまよ)い続ける我々が最後に望むはソレだけだ」


複雑な思いが利眞守(とします)の胸を()め付ける。

まさか死ぬ事を本気で願う生体が出てくるなんて・・・だが"アクアリストたるモノ、時として非情(ひじょう)(かか)げよ!"とは利眞守(とします)の言葉であり、人間の勝手な解釈(かいしゃく)による中途半端な優しが、生体達にさらなる悲劇を生む事を彼は知っていた。



「不死なる(さだ)めに(とら)われし我々を解放できるのは、最早(もはや)(なんじ)をおいて他にあらず。人の子よ、我々に(いつわ)りなき真実の終焉(しゅうえん)を与えたまえ」


プラナリアを殺す方法・・・(いな)!絶対の死を与える方法を考える。

プラナリアは極端に光を(こば)む。

ならば太陽の元に・・・ダメだ!それではコイツの本能を裏切る行為になる!

ともなれば薬品や餓死(がし)などで死を与える事も同じだ。

あくまでもプラナリアが求めるモノは"本能に(じゅん)ずる死"であり、それを叶えられなければ俺にアクアリストたる資格はない!


「わかった・・・ならば俺と戦いその激闘の(すえ)()てるがいい。お前は本能に(したが)い俺を捕食してみせろ!」


「そんなのダメだ!危なすぎるよ!!」


「おいおいプレさんよぉ、まさか俺が負ける(死ぬ)とでも思っているのか?大胆不敵(だいたんふてき)でスマートに、不条理(ふじょうり)な程にスタイリッシュ。その身に余多(あまた)の視線を受けて、背負った想いは幾星霜(いくせいそう)森羅万象(しんらばんしょう)(もっ)てして(はか)れる規格(きかく)のない男。それがこの俺、戦場(いくさば)利眞守(とします)


とは言ったモノのプレ子の意見は正しい。

だがコレ以外に方法が思い付かなかった。

プラナリアは今この瞬間も苦しんでいる。

ならば1分1秒でも早く、その苦しみから解き放ってやるのがアクアリストの(つと)め!

命を()けたやり取りは、(いにしえ)の時代より生きとし生ける全ての生命に、淡々(たんたん)と受け継がれてきた本能。

それは自分を()し殺して生きる現代人とて同じ事。

今こそ本能を解き放て!

それがプラナリアの願いを叶える唯一の方法だ!!


「プレ下がってろ!コイツの願いを叶えるにはコレしかないんだ!さぁ本気で来やがれプラナリア!お前に最高の手向(たむ)けをくれてやる!!」


(なんじ)が命を(もっ)てして我々は解放される。(こうべ)()げぬぞ人の子よ」


「オーナー!!」


「いくぜ!!」

"──ドチャッ!"


利眞守(とします)先制のハイキックがプラナリアの頭部を(とら)えた!

しかし結果は予想通り、(あん)(じょう)プラナリアは再生してしまい、それどころか(くだ)け散った破片(はへん)が新たなプラナリアとしてゾロゾロと(せま)り来る!!


「やっぱこうなるか・・・ならコイツでどうだ!」

"──ザシュッ!"


「おぉおぉぉぉぉ!!」

"──ザシュバババズサシャザシュッ!"


「禁じ手殺法(さっぽう)が1つ!ギュンター式蛇影交連刃(じゃえいこうれんじん)!!」

"──ジュブシュッ!"


目にも止まらぬスピードで連続突きを放つ!

だがこれもプラナリアの異常な再生能力の前では無意味だった。


「まだまだぁ!ギュンター式驟雨墜煉閃(しゅううついれんせん)!!」

"──ドチャッ!"


「無駄だ」


(まい)ったねこりゃ・・・」


今度はプラナリアが腕を伸ばして利眞守(とします)(つか)み掛かる!

すると周りにいたクローン達の腹部が大きく開き──

"ガブリッ!"


「ぬぅっく!!」


一斉に噛み付いた!!

プラナリアの頭部には口が存在しない代わりに、腹部に(ふん)と呼ばれる部位(ぶい)があり、ここからエサを取り入れ体内に(めぐ)らせている。

また肛門(こうもん)も存在しない為、残りカスは全て(ふん)から吐き出すという独特な方法を取っている。


「まだだぁ!!」

"──バシュッバ!"


(つか)み掛かった腕と噛み付いたクローン達を高速回転で(なぎ)ぎ払う。

そしてその破片(はへん)がまた新たなプラナリアとして再生する。


「ダメだよ!プラナリアは不死身なんだから、このままじゃオーナーが!!」


(だま)らっしゃい!俺にはまだ"秘策(ひさく)"があるんだ!!」


プレ子は不安だった。

プラナリアが放つ不気味な雰囲気もあるが、相手は死を望んで利眞守(とします)と戦っている。

つまり死ぬ事を恐れていないどころか喜んでいる。

ある意味でプラナリアは、失う事で望みを()ようとしているのだ。

対する利眞守(とします)はどうだろう?

いかに彼が強くとも死んでしまえば、それまでだ。

(まん)(いち)にも彼がプラナリアに捕食されてしまったら残されたプレ子を含む生体達はどうすれば良いのか?

利眞守(とします)の事、自分達の事、なにより捕食された(のち)ジワジワと消化されていく彼の最期(すがた)を見たくなかった。


「我々に絶対の死を、真実の終焉(しゅうえん)を与えたまえ」

"──シュルルルッ!"


「くっ!その為にも全力で俺を捕食しに来い!!」


「オーナー!!」


物理攻撃が通用しないプラナリアに苦戦する利眞守(とします)

しかもドリームタブの影響か、全ての能力が(けた)違いに上昇している。

それだけでも厄介(やっかい)なのに、コイツは分裂(ぶんれつ)したクローンと融合(ゆうごう)する、あり()ない能力まで会得(えとく)していた。

戦いが長引(ながび)くに()れ、利眞守(とします)の体には傷が増えていく。

対するプラナリアは再生、分裂(ぶんれつ)融合(ゆうごう)を繰り返しダメージを無効化している。

このままではプレ子の不安が現実のモノとなるのも時間の問題・・・なぜならこの戦いの本質は、有限(とします)VS無限(プラナリア)の超規格外(きかくがい)ハンディキャップ戦。

根本的な次元が違いすぎるのだ。



「うひゃぁ・・・(たま)ったモンじゃねぇな」


片膝を着き、息を切らせながら(あふ)れ出てくる血を()き取る利眞守(とします)だが、満身創痍(まんしんそうい)に追い込まれるも、彼の眼は輝きを失ってはいない。

全ては秘策(ひさく)として"背水(はいすい)の陣、諸刃(もろは)(つるぎ)にて(そうろ)う!"作戦があったからだ!

だがこの作戦、後にも先にもチャンスは一度っきり!

傷付きボロボロになった利眞守(とします)に対してプラナリアが"アレ"を狙ってくる、その瞬間(とき)だけだ!


「ま、まだまだぁ!!」


「我々の死が先か、(なんじ)が我々の血肉となるのが先か。人の子よ、決断の時だ」


「答えなら1つだろ!お前の為に用意した死出(しで)旅路(たびじ)手向(たむ)け!遠慮なく受け取りなぁ!!」

"──ドシュッ!"


無意味・・・滑稽(こっけい)にも程があるレベルで無意味。

放たれた渾身(こんしん)の右ストレートはプラナリアの腹部を貫通するも(またた)()に再生し、そのまま利眞守(とします)はプラナリアに()らえられてしまう。


「我々は、この世に生きる存在でありながら死を拒絶されしモノ。世界は我々だけを取り残し、新たな時代を(めぐ)る。(なんじ)こそが我々を終焉(しゅうえん)(みちび)きし希望と信じていたが人の子よ。(なんじ)(もっ)てしても我々を解放する事は出来なかった」

"──ガパッ!"


プラナリアが腹部が大きく()利眞守(とします)(おお)(かぶ)さりながら丸飲みにした!

飲み込まれた利眞守(とします)は体勢を大の字にされ、その右腕はプラナリアの右腕の中に、その左足はプラナリアの左足の中に取り込まれ、身動き1つ取れずいた。



「は、早く!早く逃げて!!」


「まだまだぁ!!」


"──ジュワァァ・・・"


「があぁあぁぁぁっ!!」


全身に強烈な痛みが走る!

プラナリアが利眞守(とします)(くらう)べく消化液を出し始めたのだ!!

こんな痛み、今まで味わった事もない!

例えるのなら最初はヒリヒリとした表面的痛みだが、次第(しだい)にそれは肉の内部まで浸透(しんとう)していきジュワッと血管や神経を泡立てる。

しかも(もが)けば(もが)く程、消化液が全身に()まなく行き渡ってくると同時に、骨から肉が()がれ落ちそうな感覚に襲われる。


「ま、まだ・・・まだだぁ!!」


「いやあぁあぁぁぁ!!」


泣き崩れるプレ子。

この状況、誰がどうもても(すで)に勝敗は(けっ)している。

これがただの試合(スポーツ)であれば審判ないし、レフリーが止めに入るのだが、今(おこな)われているのは利眞守(とします)とプラナリアが本能の元に(ちから)を振るう、命賭けの死合(しあ)(ある)いは()たし合いであった。

()たし合いの作法(さほう)は、相手にしっかりとトドメを()すのが流儀(りゅうぎ)

これが"試合(しあい)死合(しあ)い"の決定的な違いである。

しかし両方にも共通点はある。

それは最後まで何が起こるか、わからないと言う所だ。

"勝って(かぶと)()()めよ"とは、まさにそれを体現した言葉であり、戦国の世において(もっと)も危険な瞬間は、倒した敵将の首を()るその時だった言う。

つまり勝敗の見えた戦いであっても、まだ決着は着いていないと言う事だ!!

その証拠に、ここへきて利眞守(とします)が動き始めた。



「お、俺からの手向(たむ)け・・・しっかり受け取ってくれた・・・みたいだな・・・」


プラナリアの体内で一瞬背筋を伸ばし、密着していた手足に(わず)かな隙間を作る。

そして両腕を自身の胸元で交差させ片膝を曲げる。


「不死なる(またた)きを持つ鳳凰(ほうおう)の翼は・・・一寸(いっすん)の光も届かぬ()(ごく)に落とされようとも・・・烈火の炎と共に再び舞い上がる!!」


「オ"ーナー"・・・」


「おぉおぉぉぉぉ!禁じ手殺法(さっぽう)後方(こうほう)の奥義!ギュンター式凰翼飛水翔(おうよくひすいしょう)!!」

"──パアァアァァァ・・・──サッ──バシュッ!"


交差させた両腕から一瞬(まばゆ)い光が(はっ)せられたと思ったら、素早く両腕を左右に広げ、曲げていた片足を使い跳躍(ちょうやく)

それと同時に反対の足を曲げて、さらに勢い付けプラナリアを内部から切り()利眞守(とします)が飛び出してきた!

その姿、今まさに飛翔(ひしょう)せんと翼を広げた鳳凰(ほうおう)(ごと)し!



「っと、とぉ・・・はぁ・・・はぁ・・・」



よろけながら消化液まみれの利眞守(とします)が着地する。

この状況を打破(だは)したのは大したモノだが、それも全ては無意味に終わる・・・腹部を切り()かれたプラナリアが再生を開始しようとするが・・・その傷は一向(いっこう)に再生しないどころか、ドロドロと()け始めている!!

一体何が起こっているのか!?



「驚異的な再生能力で切り(きざ)まれても復活するプラナリアだが、本来それには"いくつかの条件"が必要だ。まず水質の環境が適しているか、また水温は適しているか。それとある程度の栄養があるかも大切だ。そして・・・そのプラナリアが1週間前後"断食(だんじき)"をしていたかだ」


プラナリアの切断実験の(さい)(もっと)も気をつけなければならない事は、1週間前後の断食(だんじき)をさせる事である。

その理由は単純。

エサを食べたプラナリアの体内は消化液で()たされた状態であり、その状態で切断してしまうと断面から消化液が()れだし、自身を()かしてしまうからである。

(ゆえ)利眞守(とします)はソコに目を付けた。

プラナリアは動きが遅く、元気に動き回る獲物(えもの)を捕食する事は、ほぼ不可能。

もっぱら弱った獲物(えもの)ないし死骸(しがい)を喰う事が(ほと)んどだ。

つまり利眞守(とします)が元気な内は捕食しようとはしないが、逆に戦いが長引(ながび)いて弱ってきたら本能的に捕食しようとするハズ。

そして彼を(つか)まえ消化液で体内が()たされた、その時が唯一のチャンス!



「人の子よ、感謝する。これで我々も(ゼロ)(かえ)り、絶対の死によって新たな世界を(むか)える事ができる」


ドコから声を(はっ)しているのか、固形と液体の中間を具現化(ぐげんか)したような、ドロドロの姿に変わり果てたプラナリアは、白目のない両の(まなこ)利眞守(とします)見据(みす)えながら、悠久(ゆうきゅう)の生き地獄に別れを告げ、最期の時を(むか)える。


「我々─(なんじ)に─り─わ──絶─よ─救われた──よ我───常───を──見────」

"──ジュワアァァ・・・"


その後、プラナリアを(つつ)みこんだ光は四散(しさん)し、ドロドロに溶けたソレが動き出す事は2度となかった。



「願いってぇのは・・・げほっ!せ、千差万別か・・・げほっ!うぅえぇぇ!!」


「オーナー!!」


キャップを押さえながら片膝を着く利眞守(とします)

"心配いらん!"とプレ子に片手の平を向けると、ゆっくり立ち上がる。

ズボンもジャケットも全身の皮膚も焼け(ただ)れているが、とにかく利眞守(とします)は生き延びた。

プレ子にとって、これ以上に嬉しい事はない。

消化液にまみれてさえしなければ、すぐにでも()きついてやりたいが、今だけは我慢(がまん)だ。

だってこれからも変わらず、いつでも好きな時に彼に()きつけるのだから。

プレ子が安堵(あんど)の表情と共に、(あゆ)()った刹那(せつな)──

「あ"れ・・・?な"んが・・・変な"・・・っ!?」

"──ドサッ!!"


利眞守(とします)は再び倒れ込んだ。

だが様子がおかしい!

先ほどまでとは打って変わり、がっ・・・がっ・・・!と(かす)れた声のような音を(はっ)しながら苦しそうに(もだ)えている!

次の瞬間には力任(ちからまか)せに床を殴りながらバタバタと、のたうち回り始めた!!

思い返せば全てはあの時。

プラナリアに捕獲され、消化液を全身に浴びた(さい)、その消化液は利眞守(とします)口内(こうない)へ侵入。

(わず)かな量とは言えど、その時(すで)利眞守(とします)は気道を焼かれ炎症を起こしていた。

その結果、体内に酸素を取り入れる為の道を(ふさ)がれ、呼吸が出来なくなっていたのだ。

ましてや激しい戦闘を終えた直後の体に新鮮な酸素を供給(きょうきゅう)出来ないともなれば、その苦しさは想像を絶する。

全身の感覚は失われ、意識が遠のいて行く・・・。

そして数十秒後、利眞守(とします)はピクリとも動かなくなっていた。

突然の事に何も出来ず、苦しむ彼を見ている事しか選択肢のなかったプレ子は、最早(もはや)叫ぶ事さえ出来なかった。

頭の中が真っ白になる・・・無力な自分を()める暇さえなかった。

だからこそ彼女は、ゆっくりと立ち上がり店の奥へと向かった。

半開きの口に、開いたままの瞳孔(どうこう)、完全に固まった表情からは滝のように涙だけが(あふ)れ出る。

そして店の奥へたどり着いたプレ子が手にしたのは利眞守(とします)の携帯だった。

ゆっくりではあるが()れた手つきでロックを解除し、そのまま着信履歴のトップにあった番号に電話を掛ける。


"──プルル・・・プルル・・・プル──チャッ"


「おう、なんだ?」



(さいわ)いな事に、電話に出たのは悪友(あくゆう)政宗(まさむね)だった。

しかし今のプレ子は、とてもじゃないが会話の出来る状態ではない。

いくら語り掛けても返事のない電話をイタズラと思い切ろうとした刹那(せつな)、スピーカーを通して政宗(まさむね)の耳に彼女のすすり泣く声が聞こえた。

時間に直せば数兆分(すうちょうぶん)の数秒以下。

耳から入った情報が鼓膜(こまく)(かい)して彼の脳に直接(うった)えかける・・・アイツら(としますとプレ子)に何かが起こったと。

再び携帯を耳に押し当てながら政宗(まさむね)はマイクに向かって叫び返した。


利眞守(とします)か?プレ子ちゃんか?何かあったのか!?」


いくら叫ぼうとも返事はない。

逆に言えばソレが答えだった。

不意に聞こえてきたガチャンッ!という物音を最後に、スピーカーからは(わず)かな物音さえ聞こえて来なくなる。

その時スピーカーの向こうではプレ子が力無く携帯を落として、その場を立ち去っていた。


「・・・クソッ!何があったんだ!!」

"──ガチャッ!──ギュルルル!ブォオォオォォン!!"


ポンコツ3号の扉を乱暴にこじ開けると、頭からダイブするように車内に飛び乗り、暖機(だんき)もしないままエンジンを全開にして走り出す!

その後、再び倒れ込んだ利眞守(とします)の姿を見るや(いな)や、彼女は壊れたラジオの(ごと)く叫び出す。

怒り、悲しみ、絶望の入り混じったその叫びは店内に木霊(こだま)して、彼女をさらに絶望の(ふち)へと叩き落とす。

意味もなく利眞守(とします)の体をベチベチと叩きながら必死に彼の名を叫び涙を流した。

そして政宗(まさむね)()け付け、時間軸(じかんじく)は"最初(いま)"となる。



「うっ!この臭いは・・・(さん)か!?」


鼻を(つんざ)く強烈な臭いを(さん)だと理解した政宗(まさむね)は、近くにあったバケツにたんまりと水を入れソレを利眞守(とします)にぶっ掛ける。

(さん)を水で中和(ちゅうわ)させると同時に洗い流そうとした彼の判断は的確だ。

その後利眞守(とします)の呼吸がない事を確認すると、自ら率先(そっせん)して動きつつプレ子に指示(しじ)を出す。


「たぶんココにゃAED(自動体外式除細動器)なんてモンねぇよな・・・プレ子ちゃん!!この店に何か発電出来るモノってないか!?」


「・・・無い」


「やっぱりかよクソッ!こうなりゃ近くの公共施設でパクって来るしかねぇな・・・俺がもどって来るまでソイツに人工呼吸と心臓マッサージをしとくんだ!」


「えっ・・・」


普通に考えれば一般的な教養(きょうよう)かも知れないが、熱帯魚からしてみれば初めて聞く単語の羅列(られつ)困惑(こんわく)する方が先である。

その様子を見た政宗(まさむね)は彼女に一応の手順だけを教えると、1分1秒無駄に出来ぬ状態だからこそ、(あせ)らず冷静に救急隊に連絡した(のち)ポンコツ3号を走らせる。

1人残されたプレ子は(あふ)れ出る涙を()き、教わった心肺蘇生方を(ほどこ)すべく利眞守(とします)の隣で膝を折ると、そーっと彼の後頭部に左手を差し入れ右手で(あご)を上げ気道(きどう)を確保する。

そして──

「オーナー・・・」


空気が()れないように、お互いの(くちびる)を密着させ息を吹き込む。

その後、間髪(かんぱつ)入れずに胸骨(きょうこつ)を連続で押し込んでは、また(くちびる)を重ねて息を吹き込む行為を繰り返す。

行動の1つ1つが半端ではない重労働の為、これを数回繰り返しただけでプレ子の全身からは汗が吹き出していた。

それでも彼女は一向(いっこう)に手を休める事なく、人工呼吸と心臓マッサージを繰り返す。

肉体に、のしかかる負担に対して(むく)われぬ苦労・・・息を切らせながらもプレ子は心肺蘇生を続けるが、とうとう彼に送り込むだけの空気を確保する事も出来なくなってしまう。

隙間なく唇を重ねるが空気が入っていかない。

それどころか酸欠で自分まで倒れてしまいそうだ。

再び泣きそうになるプレ子は、政宗(まさむね)の"もう1つの言葉"を思い出す。



"この店に何か発電出来るモノってないか!?"



先ほどは咄嗟(とっさ)に"無い"と答えてしまったが、改めて思い出してみれば店内には電気を発生させる事が出来るモノが1つだけ存在していた。

正確に言えば"電気を発生させる事が出来る生物"がいる。

プレ子は最後の望みをかけ、その生物が入った水槽のフタを開ける。

そして、その手にはドリームタブが握られていた・・・。

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