8匹目 不死身が故の悲しき運命、プラナリア襲来
「オ"ーナー!しっがり"してよオーナ"ー!!」
「・・・」
「何"してんの"!目開けてよ"!!」
「・・・」
「オーナ"ーはアクア"リストなんでしょ!?だったら起"きてよ!!」
"ブゥオォンッ!──キュイィー!──ガシャン!"
「大丈夫かっ!?」
「オ"ーナーが・・・あぁ・・・あぁ"あぁ"っ」
「っ!?オイどうした!!」
それは遡る事、数時間前。
この日も平凡な1日になるハズだった。
「はあぁぁ・・・寝てしまった・・・私とした事が」
プレ子は寝たい時に寝て、食べたい時に食べ(基本利眞守におねだり)噛み付きたい時に噛み付く(基本利眞守相手)という羨ましい生活を送っている。
昼下がりの暖かな陽射しを受けた彼女は、お気に入りの柱で目を覚まし、さっそく利眞守探索を開始するが姿が見当たらない・・・ドコへ行ったのか?
地下フロア改め利眞守邸やバスルーム、棚の下を探索していると、不意に店の外から話し声が聞こえてくる。
それは利眞守と千春の声だった。
実は、たまたま店を訪ねて来た千春に、柱に張り付き眠っている彼女の姿を見せるわけにもいかないと2人は外で雑談していたのだ。
この日のプレ子は気まぐれを起こし、その会話を"盗み聞きしてみたい!"と思い、入り口付近に張り付き盗聴を開始。
2人のいる位置が少し遠いのか、会話は途切れ途切れでしか聞き取れない。
「前に──が──ってた──バブの──る?」
「──え──トル────レだ──なんで──言わせ──バブの──スコ──ち──し──ソイ──た──」
(バブ?スコ?なんだろう・・・?)
足りない部分を頭の中で補いながら会話の内容を想像し組み立ててみる。
プレ子は探偵にでもなったかのようなテンションで、さらに聴き耳を立てる。
「──その──気になって──私──を食べて──」
「だ──」
(その気になって私を食べて!?日中堂々あのあばずれは何言ってんだ!!)
だが奇跡的に意味として成り立ってしまった一文を聞いたプレ子は取り乱し、その脳細胞はアッチ方面の事しか考えられなくなってしまう。
こうなると足りない部分を補う為に想像出来るモノの内、最優先されるのは当然アレな意味を成す為の言葉。
「──全然──ま──に──私の味──お──しい──て言う──」
「なる──そん──展開なん──だ──る──気が──のは──袋の中身──スコ──バブだから──」
(私おいしいだぁ!?つーかオーナーも断れよ!しかもなんだ"袋の中身"ってアレか?アレの事を言ってるのか!?だとするとスコとかバブもアレな隠語なのか!?)
「分かって──早い──利食べて──」
「──レを食わせ──ざわ──コまで──ての──さえ不──ラン──に──するお前が──レ──を上げてどう──」
(2回も言いやがった!オーナーは肉食系が好きなのか!?私じゃ不服なのか!!)
「んっ──」
「だ──たから──押し──バブ──」
(おいコラあばずれ!その"んっ"て声はなんだ!!喘ぎ声か!?オーナーにヤられて喘いでるのか!?)
プレ子の暴走は止まらない。
豊かな想像力と縛りのない発想力を最大限発揮して、利眞守と千春の"青空教室"を妄想しまう。
「──確かに──ち──パイ──だが言うほど──ねぇ──」
「──やっ──ま──がおお──なだけで全然──」
(何がちっパイが言うほどねぇだよ殺すぞ?)
「──どう──利」
「ぃぎゃ──あ──あぃ──えあぁ──ぁ」
(オーナーの、この声は一体何が!?まさか攻守交代して焦らされ焦らされ委員長に弄ばれてるのか!?)
「ファ──アァァアァ──アアァアァァ──!!!」
(そうか・・・オーナーは、ただ単に"飢えてた"のか!)
何か凄まじい勘違いをしているプレ子。
ちなみに利眞守と千春の会話の本当の内容はコレ。
「前に政が言ってた激辛ケバブの話、覚えてる?」
「駅前の似非トルコ人が作るアレだろ?なんでも政宗に言わせりゃ、ケバブの名を騙ったスコヴィル値の権化らしい。ンでソイツがどったの?」
「うん・・・その話が気になって、さっき私も激辛ケバブを食べてみたんだけど・・・」
「だけど?」
「それが全然辛くないの!で、政に電話したら私の味覚がおかしいなんて言うのよ!?」
「なるほど・・・そんたら、この後の展開なんとなくだけんどもよ?わかる気がしちゃうのは、その紙袋の中身が噂のスコヴィルケバブだからかね?」
「わかってるなら話は早いわ!利食べてみて!!」
「・・・まさかコレを食わせる為だけに、わざわざココまで来たってのか?タダでさえ不思議ちゃんランキング上位に君臨するお前が、これ以上レベルを上げてどうすんだよ!?」
「んっ!んっ!!」
「だぁ!わぁったから押し付けんなケバブるな!」
"──パクッ──モチャモチャ・・・"
「んんっ・・・確かに、ちとスパイシーだが言うほどでもねぇんでねぇのか?」
「でしょ!?やっぱり政が大袈裟なだけで全然辛く──」
「ッ!!!?」
「ど、どうしたの利!?」
「ぃぎゃおぉふあぁあぃあぁぁえあぁぁぁぁ!?」
"──パスッ"
「ファイアァァアァァァァアアァアァァァァ!!!」
"──ボバババババチバボババババ!"
千春の差し出したケバブを不用意に口の中へと放り込んだ結果、利眞守は全身の穴という穴から火柱を上げて大噴火した。
どうやら今回に限っては、政宗の言い分が正しかったらしく、千春は雰囲気だけでなく味覚の方も、抜かりなく不思議ちゃんだった。
オチを言えば2人は激辛ケバブの話をしていただけに過ぎなかった。
それが1匹の熱帯魚を間違った方向に進ませているなどとは微塵も思わず、スコヴィル(辛さの単位)地獄から解放された利眞守は涙ながらに"今度はミハイルにも喰わせてやれ!"と捨てゼリフを吐き、千春と解散した。
命辛々自宅にもどった彼を、今度は別の衝撃が出迎える。
「・・・なにしてん?」
「・・・オーナーに食べられる準備」
顔を赤らめながら全身にハーブ(ローズマリーやレモングラス)を巻き付けたプレ子が利眞守の布団に包まっている。
まさに奇怪!理解不能とはこの事か!!
(ハーブと一緒に包まれてる・・・ムニエルにでもなるつもりか?そういやコイツって身は赤いけど、たぶん白身魚だよな・・・ってソコじゃねぇよ!!)
「なにやってんの!!」
"──バサッ!"
どこぞの艦長よろしくキレのあるセリフと共に、無理矢理プレ子を布団から引きずり出す。
「なにすんだー!せっかく準備したのに!!」
「なんの準備だよ!?」
「さっき委員長と青空教室してただろ!だから私もオーナーの飢えを癒そうとしてあげてんのに!」
「はぁ?何が青空教室だ!?」
「わー!食べて食べて食べて!!」
「喧しいエロ魚!!」
"──パアァアァァァ!"
「っ!?」
「眩しいぃ!!」
トラブルは立て続けに起こる。
今度は店内に雷でも落ちたかのような、激しい光が広がった!
この光は紛れもなく擬人化のアレだ!
「お前まさかドリームタブを水槽に入れたのか!?」
「入れてないし知らないよ!!」
何が起きた?
メインフロアに駆け付けた2人は辺りを見渡すが、そこには何者の姿もなかった。
「・・・?」
念の為ドリームタブを確認するが異常はない。
なにやらモノ知れぬ不安を抱えながら店内を探索するが・・・やはり異常はない。
「解せぬ・・・何が起こったんだ?」
色々な可能性を考えてみよう。
あの光は間違いなく擬人化の光。
何かの拍子に生体が擬人化した事は、ほぼ確定だ。
だとしたらソイツはドコヘ?
そう言えば最近スズキ目タイワンドジョウ科タイワンドジョウ属の"フラワートーマン"という淡水魚のベビーを入荷したな・・・ベビーが擬人化したから小さくて見えないのか?
それか擬態のスペシャリスト"モクズガニ"のような生体が擬人化して、背景の一部に同化しているのか?
はたまた純粋に姿の見えない、いわばステルス能力を会得した何かがいるのか?
「・・・」
この空間には確実に"何か"がいる!
自分達以外の第三者が!
「嫌な雰囲気だぜ・・・」
"──シュルルルッ!"
「っ!!」
一息つく間もなく死角から利眞守めがけ、何かが飛んできた!!
プレ子を庇いながらソレを回避すると体勢を立て直し、攻撃された方向を確認するが何もない。
なんだ!一体何がいるってんだ!?
プレ子に自分と背中合わせになるように指示を出して、互いの死角をカバーしつつ正体不明の相手を探し出す。
こんな時アーチャー大尉がいてくれれば、最も的確で効率的な指示を出してくれただろう・・・そんな事を考えながらBE水槽に目をやると、1匹のテッポウウオが天井に向かって水鉄砲を発射している。
まさか大尉なのか?
いや、大尉に間違いない!だとすると何をしている?
例え本来の姿にもどったとしても、あれ程の男が無意味な行動をするとは思えない。
利眞守は導かれるように天井を確認するが、そこには火災報知器の他、照明と空調が付いた質素な天井があるだけで、特に変わったモノはない。
「大尉・・・何を伝えようとしてるんだ?」
"──ピシュッ!ピシュッ!"
一向に水鉄砲を止める気配のないアーチャー大尉。
利眞守は目を凝らし、さらに詳しく彼を観察・・・すると水鉄砲には"ある法則"が存在する事に気付かされる。
「・・・空調?」
アクアリウム・バックヤードの天井には全部で6ヵ所空調が付いている。
そして大尉が狙っている先には、全てピンポイントで空調が存在している。
まさか──
「空調の中にいるってのか?」
"──バチャチャッ!"
テッポウウオ達が一斉に水面を揺らした。
「プレ空調だ!空調を見とけ!」
「おぉー!!」
1人3ヵ所をカバーすればイケる!
アーチャー大尉の意図を理解した利眞守が監視を始めた矢先──
「ひぇっ!?オ、オーナーなんか出てきた!!」
その声に振り向き、プレ子の指差す場所を見てみると──
"ドロリ・・・ドロドロ──ベチャッ!"
空調から垂れ落ちるようにして何か出てきた!
それは茶色いスライム状の物体としか表現出来ず、ウニュウニュと動いている!
このクリーチャーは一体なんだ!?
身構える2人の前で、次第にスライム状の物体が何かの形に成っていく。
「オーナーなにあれ!?気色悪い!」
"ドロドロ・・・──グニュゥゥ・・・"
スライムが成形を終えると、それは人間のようなシルエットになった。
全身は薄茶色で口や耳、鼻や体毛なども一切ない不気味なフォルムに、顔と思われる場所には黒い目のようなモノが2つ。
それも白目の部分は無く、黒目だけという不気味さに拍車をかける出で立ちだ。
"ベチャ・・・ベチャ・・・"
「ここ、こっち来た!」
「お前!お前は何者だ!!」
「・・・」
"ベチャ・・・ベチャ・・・"
「お前もドリームタブで擬人化した1匹か!?」
「人の子よ、我々は単一の存在ではない」
口も無いのに喋った!
それはボイスチェンジャーで加工したような無機質でエコーの掛かった、とても生命体のモノとは思えない声だった。
ベチャベチャと気味の悪い足音を立てながら謎のクリーチャーはコチラに向かってくる。
"──ベチャ"
「我々は"プラナリア"と呼ばれし存在。汝らと異なる運命を生きるモノなり」
アクアリストなら"悪い意味で"その名を知らぬ者はいない。
水槽を立ち上げたら、いつの間にか存在しているプラナリア。
これと言って害があるわけではないが、水槽のレイアウトを乱したり、ごく稀に生体に噛み付く事もある。
そして除去する事が難しい点も、プラナリアがアクアリスト達にとって悪名高い存在となっている所以であろう。
その理由は後述として、プラナリアは扁形動物門ウズムシ綱ウズムシ目に属する水性生物の1種であり、扁形動物とは平らな形をした体を持ち、循環器官や呼吸器官、血管や鰓が存在しない為、体に栄養や酸素を運ぶには拡散に頼る他なく、この事からも単純な構造かつ原始的な生物である事が、わかっている。
その他にも種類によっては細長くなったりする事もあるが、逆に太くなったり丸くなったりする事は体の構造上、ほぼ不可能。
無理に形を変えれば千切れたり潰れたりしてしまうのがオチである。
扁形とは扁平の事であり"変形"とは、まったくの別物。
にも関わらず、先ほどコイツは自身の形をスライム状から人形へと変えて見せた。
これがドリームタブの影響かは定かではないが、変形能力を得たプラナリアは危険な存在である事に変わりはない。
しかもコイツにドリームタブを与えた記憶もない・・・だとすると、どうやって擬人化を果たしたのか?
それにプレ子が勝手にドリームタブを与えたとは考えにくい。
なぜなら彼女の中には、ウソという概念が存在しないからだ。
その彼女が"知らない"と言っていたならなぜ?
その時、利眞守はスープレックスでドリームタブをぶちまけた事を思い出す。
あの時だ!あの時に回収しきれなかった粒が残ってたんだ!!
プラナリアは水中に生きる生物だが、ある程度の湿度が保たれていれば陸上でも生活ができる。
陸地に上がる基本的な行動目的は、より適した環境を求める以外にも"餌を喰らう"という本能がある。
予想外の生体の出現だが、状況を理解してしまえばやるべき事は見えてくる。
要はプラナリアの願いを叶えてやれば良いのだ。
少しだけ安堵の表情を見せた利眞守は、プラナリアに問い掛ける。
「プラナリア・・・お前にも願いがあるんだろ?」
「我々の願いは"絶対の死"。人の子よ、汝ならば我々が願い叶えられよう」
「死って・・・コイツ、ヤバいよ!!」
「第一印象で決めつけるな。で、プラナリアよ?お前の願い・・・その・・・"絶対の死"ってのはどういう意味だ?」
「我々に寿命、死、終焉などと言う概念は存在しない。例え我々という1個体が消滅しても、既に"別の我々"が誕生し、無限の輪廻を彷徨い続ける。我々にとって死は無意味でありソレによって、もたらされる苟の安息では我々の姿、形、存在する次元を変える事はできない」
"ブチブチッ!──ニュウゥ・・・"
「にゃあぁあぁぁ!!」
左右にちぎれて分裂するプラナリアを見てプレ子は絶叫する。
プラナリアは驚異の再生能力を持つ事でも有名で、その能力は僅か数cmに満たない体を300の破片に切り刻んだとしても、全てが独立したプラナリアとして再生する程である。
この能力故に物理的(ピンセットなどで)に水槽から除去しようとした場合、途中で千切れたり、いつの間にか肉片の一部が欠落したりで、さらに大繁殖する事も。
河原という身近な場所に生息する身近なクリーチャーは、有性生殖と無性生殖ができる。
さらに水質や水温などで生息環境が悪化すると、次第に腹部が括れてきて2つに分裂、そこから新たに2匹のプラナリアが誕生する。
もしかしたらその異常な再生能力、生命力、生きる事への渇望は本人が望んでの事ではないのかも知れない。
全ては本能の定め・・・確かにプラナリアは不死身かも知れないが"無敵"ではない。
何も食べずにいれば、いずれ餓死もするし強烈な光に身を焼かれる事もある。
しかしソレを本能が拒むのだ。
本人の意思に反して本能が生き続けようとする。
その結果プラナリアは死から見放され、終わる事のない今を彷徨い続けている。
それに分裂して増えるのは、あくまでも自分自身であり、新たなプラナリアが誕生したとしてもそれは別の個体ではなく、いわば自分自身を100%受け継いだ"完璧なクローン"と言える。
故にプラナリアは自らを"我々"と名乗り、終わる事のない輪廻に"絶対の死"を以てして終止符を打とうとしているのか?
まさに唯一にして絶対の願い。
人間は無限を望む生き物だが、プラナリアに言わせれば有限だからこそ、生きる事に意味があるのだろう。
「死ぬ事が望みか・・・後悔はないのか?」
「悠久の時を彷徨い続ける我々が最後に望むはソレだけだ」
複雑な思いが利眞守の胸を締め付ける。
まさか死ぬ事を本気で願う生体が出てくるなんて・・・だが"アクアリストたるモノ、時として非情を掲げよ!"とは利眞守の言葉であり、人間の勝手な解釈による中途半端な優しが、生体達にさらなる悲劇を生む事を彼は知っていた。
「不死なる定めに囚われし我々を解放できるのは、最早汝をおいて他にあらず。人の子よ、我々に偽りなき真実の終焉を与えたまえ」
プラナリアを殺す方法・・・否!絶対の死を与える方法を考える。
プラナリアは極端に光を拒む。
ならば太陽の元に・・・ダメだ!それではコイツの本能を裏切る行為になる!
ともなれば薬品や餓死などで死を与える事も同じだ。
あくまでもプラナリアが求めるモノは"本能に殉ずる死"であり、それを叶えられなければ俺にアクアリストたる資格はない!
「わかった・・・ならば俺と戦いその激闘の末に果てるがいい。お前は本能に従い俺を捕食してみせろ!」
「そんなのダメだ!危なすぎるよ!!」
「おいおいプレさんよぉ、まさか俺が負けるとでも思っているのか?大胆不敵でスマートに、不条理な程にスタイリッシュ。その身に余多の視線を受けて、背負った想いは幾星霜。森羅万象を以てして測れる規格のない男。それがこの俺、戦場利眞守」
とは言ったモノのプレ子の意見は正しい。
だがコレ以外に方法が思い付かなかった。
プラナリアは今この瞬間も苦しんでいる。
ならば1分1秒でも早く、その苦しみから解き放ってやるのがアクアリストの務め!
命を賭けたやり取りは、古の時代より生きとし生ける全ての生命に、淡々と受け継がれてきた本能。
それは自分を圧し殺して生きる現代人とて同じ事。
今こそ本能を解き放て!
それがプラナリアの願いを叶える唯一の方法だ!!
「プレ下がってろ!コイツの願いを叶えるにはコレしかないんだ!さぁ本気で来やがれプラナリア!お前に最高の手向けをくれてやる!!」
「汝が命を以てして我々は解放される。頭は下げぬぞ人の子よ」
「オーナー!!」
「いくぜ!!」
"──ドチャッ!"
利眞守先制のハイキックがプラナリアの頭部を捉えた!
しかし結果は予想通り、案の定プラナリアは再生してしまい、それどころか砕け散った破片が新たなプラナリアとしてゾロゾロと迫り来る!!
「やっぱこうなるか・・・ならコイツでどうだ!」
"──ザシュッ!"
「おぉおぉぉぉぉ!!」
"──ザシュバババズサシャザシュッ!"
「禁じ手殺法が1つ!ギュンター式蛇影交連刃!!」
"──ジュブシュッ!"
目にも止まらぬスピードで連続突きを放つ!
だがこれもプラナリアの異常な再生能力の前では無意味だった。
「まだまだぁ!ギュンター式驟雨墜煉閃!!」
"──ドチャッ!"
「無駄だ」
「参ったねこりゃ・・・」
今度はプラナリアが腕を伸ばして利眞守に掴み掛かる!
すると周りにいたクローン達の腹部が大きく開き──
"ガブリッ!"
「ぬぅっく!!」
一斉に噛み付いた!!
プラナリアの頭部には口が存在しない代わりに、腹部に吻と呼ばれる部位があり、ここからエサを取り入れ体内に巡らせている。
また肛門も存在しない為、残りカスは全て吻から吐き出すという独特な方法を取っている。
「まだだぁ!!」
"──バシュッバ!"
掴み掛かった腕と噛み付いたクローン達を高速回転で凪ぎ払う。
そしてその破片がまた新たなプラナリアとして再生する。
「ダメだよ!プラナリアは不死身なんだから、このままじゃオーナーが!!」
「黙らっしゃい!俺にはまだ"秘策"があるんだ!!」
プレ子は不安だった。
プラナリアが放つ不気味な雰囲気もあるが、相手は死を望んで利眞守と戦っている。
つまり死ぬ事を恐れていないどころか喜んでいる。
ある意味でプラナリアは、失う事で望みを得ようとしているのだ。
対する利眞守はどうだろう?
いかに彼が強くとも死んでしまえば、それまでだ。
万が一にも彼がプラナリアに捕食されてしまったら残されたプレ子を含む生体達はどうすれば良いのか?
利眞守の事、自分達の事、なにより捕食された後ジワジワと消化されていく彼の最期を見たくなかった。
「我々に絶対の死を、真実の終焉を与えたまえ」
"──シュルルルッ!"
「くっ!その為にも全力で俺を捕食しに来い!!」
「オーナー!!」
物理攻撃が通用しないプラナリアに苦戦する利眞守。
しかもドリームタブの影響か、全ての能力が桁違いに上昇している。
それだけでも厄介なのに、コイツは分裂したクローンと融合する、あり得ない能力まで会得していた。
戦いが長引くに連れ、利眞守の体には傷が増えていく。
対するプラナリアは再生、分裂、融合を繰り返しダメージを無効化している。
このままではプレ子の不安が現実のモノとなるのも時間の問題・・・なぜならこの戦いの本質は、有限VS無限の超規格外ハンディキャップ戦。
根本的な次元が違いすぎるのだ。
「うひゃぁ・・・堪ったモンじゃねぇな」
片膝を着き、息を切らせながら溢れ出てくる血を拭き取る利眞守だが、満身創痍に追い込まれるも、彼の眼は輝きを失ってはいない。
全ては秘策として"背水の陣、諸刃の剣にて候う!"作戦があったからだ!
だがこの作戦、後にも先にもチャンスは一度っきり!
傷付きボロボロになった利眞守に対してプラナリアが"アレ"を狙ってくる、その瞬間だけだ!
「ま、まだまだぁ!!」
「我々の死が先か、汝が我々の血肉となるのが先か。人の子よ、決断の時だ」
「答えなら1つだろ!お前の為に用意した死出の旅路の手向け!遠慮なく受け取りなぁ!!」
"──ドシュッ!"
無意味・・・滑稽にも程があるレベルで無意味。
放たれた渾身の右ストレートはプラナリアの腹部を貫通するも瞬く間に再生し、そのまま利眞守はプラナリアに捕らえられてしまう。
「我々は、この世に生きる存在でありながら死を拒絶されしモノ。世界は我々だけを取り残し、新たな時代を廻る。汝こそが我々を終焉に導きし希望と信じていたが人の子よ。汝を以てしても我々を解放する事は出来なかった」
"──ガパッ!"
プラナリアが腹部が大きく開け利眞守に覆い被さりながら丸飲みにした!
飲み込まれた利眞守は体勢を大の字にされ、その右腕はプラナリアの右腕の中に、その左足はプラナリアの左足の中に取り込まれ、身動き1つ取れずいた。
「は、早く!早く逃げて!!」
「まだまだぁ!!」
"──ジュワァァ・・・"
「があぁあぁぁぁっ!!」
全身に強烈な痛みが走る!
プラナリアが利眞守を喰べく消化液を出し始めたのだ!!
こんな痛み、今まで味わった事もない!
例えるのなら最初はヒリヒリとした表面的痛みだが、次第にそれは肉の内部まで浸透していきジュワッと血管や神経を泡立てる。
しかも踠けば踠く程、消化液が全身に汲まなく行き渡ってくると同時に、骨から肉が剥がれ落ちそうな感覚に襲われる。
「ま、まだ・・・まだだぁ!!」
「いやあぁあぁぁぁ!!」
泣き崩れるプレ子。
この状況、誰がどうもても既に勝敗は決している。
これがただの試合であれば審判ないし、レフリーが止めに入るのだが、今行われているのは利眞守とプラナリアが本能の元に力を振るう、命賭けの死合い或いは果たし合いであった。
果たし合いの作法は、相手にしっかりとトドメを刺すのが流儀。
これが"試合と死合い"の決定的な違いである。
しかし両方にも共通点はある。
それは最後まで何が起こるか、わからないと言う所だ。
"勝って兜の緒を締めよ"とは、まさにそれを体現した言葉であり、戦国の世において最も危険な瞬間は、倒した敵将の首を刈るその時だった言う。
つまり勝敗の見えた戦いであっても、まだ決着は着いていないと言う事だ!!
その証拠に、ここへきて利眞守が動き始めた。
「お、俺からの手向け・・・しっかり受け取ってくれた・・・みたいだな・・・」
プラナリアの体内で一瞬背筋を伸ばし、密着していた手足に僅かな隙間を作る。
そして両腕を自身の胸元で交差させ片膝を曲げる。
「不死なる瞬きを持つ鳳凰の翼は・・・一寸の光も届かぬ地の獄に落とされようとも・・・烈火の炎と共に再び舞い上がる!!」
「オ"ーナー"・・・」
「おぉおぉぉぉぉ!禁じ手殺法が後方の奥義!ギュンター式凰翼飛水翔!!」
"──パアァアァァァ・・・──サッ──バシュッ!"
交差させた両腕から一瞬眩い光が発せられたと思ったら、素早く両腕を左右に広げ、曲げていた片足を使い跳躍!
それと同時に反対の足を曲げて、さらに勢い付けプラナリアを内部から切り裂き利眞守が飛び出してきた!
その姿、今まさに飛翔せんと翼を広げた鳳凰が如し!
「っと、とぉ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
よろけながら消化液まみれの利眞守が着地する。
この状況を打破したのは大したモノだが、それも全ては無意味に終わる・・・腹部を切り裂かれたプラナリアが再生を開始しようとするが・・・その傷は一向に再生しないどころか、ドロドロと溶け始めている!!
一体何が起こっているのか!?
「驚異的な再生能力で切り刻まれても復活するプラナリアだが、本来それには"いくつかの条件"が必要だ。まず水質の環境が適しているか、また水温は適しているか。それとある程度の栄養があるかも大切だ。そして・・・そのプラナリアが1週間前後"断食"をしていたかだ」
プラナリアの切断実験の際最も気をつけなければならない事は、1週間前後の断食をさせる事である。
その理由は単純。
エサを食べたプラナリアの体内は消化液で満たされた状態であり、その状態で切断してしまうと断面から消化液が漏れだし、自身を溶かしてしまうからである。
故に利眞守はソコに目を付けた。
プラナリアは動きが遅く、元気に動き回る獲物を捕食する事は、ほぼ不可能。
もっぱら弱った獲物ないし死骸を喰う事が殆んどだ。
つまり利眞守が元気な内は捕食しようとはしないが、逆に戦いが長引いて弱ってきたら本能的に捕食しようとするハズ。
そして彼を捕まえ消化液で体内が満たされた、その時が唯一のチャンス!
「人の子よ、感謝する。これで我々も0に還り、絶対の死によって新たな世界を迎える事ができる」
ドコから声を発しているのか、固形と液体の中間を具現化したような、ドロドロの姿に変わり果てたプラナリアは、白目のない両の眼で利眞守を見据えながら、悠久の生き地獄に別れを告げ、最期の時を迎える。
「我々─汝に─り─わ──絶─よ─救われた──よ我───常───を──見────」
"──ジュワアァァ・・・"
その後、プラナリアを包みこんだ光は四散し、ドロドロに溶けたソレが動き出す事は2度となかった。
「願いってぇのは・・・げほっ!せ、千差万別か・・・げほっ!うぅえぇぇ!!」
「オーナー!!」
キャップを押さえながら片膝を着く利眞守。
"心配いらん!"とプレ子に片手の平を向けると、ゆっくり立ち上がる。
ズボンもジャケットも全身の皮膚も焼け爛れているが、とにかく利眞守は生き延びた。
プレ子にとって、これ以上に嬉しい事はない。
消化液にまみれてさえしなければ、すぐにでも抱きついてやりたいが、今だけは我慢だ。
だってこれからも変わらず、いつでも好きな時に彼に抱きつけるのだから。
プレ子が安堵の表情と共に、歩み寄った刹那──
「あ"れ・・・?な"んが・・・変な"・・・っ!?」
"──ドサッ!!"
利眞守は再び倒れ込んだ。
だが様子がおかしい!
先ほどまでとは打って変わり、がっ・・・がっ・・・!と掠れた声のような音を発しながら苦しそうに悶えている!
次の瞬間には力任せに床を殴りながらバタバタと、のたうち回り始めた!!
思い返せば全てはあの時。
プラナリアに捕獲され、消化液を全身に浴びた際、その消化液は利眞守の口内へ侵入。
僅かな量とは言えど、その時既に利眞守は気道を焼かれ炎症を起こしていた。
その結果、体内に酸素を取り入れる為の道を塞がれ、呼吸が出来なくなっていたのだ。
ましてや激しい戦闘を終えた直後の体に新鮮な酸素を供給出来ないともなれば、その苦しさは想像を絶する。
全身の感覚は失われ、意識が遠のいて行く・・・。
そして数十秒後、利眞守はピクリとも動かなくなっていた。
突然の事に何も出来ず、苦しむ彼を見ている事しか選択肢のなかったプレ子は、最早叫ぶ事さえ出来なかった。
頭の中が真っ白になる・・・無力な自分を責める暇さえなかった。
だからこそ彼女は、ゆっくりと立ち上がり店の奥へと向かった。
半開きの口に、開いたままの瞳孔、完全に固まった表情からは滝のように涙だけが溢れ出る。
そして店の奥へたどり着いたプレ子が手にしたのは利眞守の携帯だった。
ゆっくりではあるが慣れた手つきでロックを解除し、そのまま着信履歴のトップにあった番号に電話を掛ける。
"──プルル・・・プルル・・・プル──チャッ"
「おう、なんだ?」
幸いな事に、電話に出たのは悪友政宗だった。
しかし今のプレ子は、とてもじゃないが会話の出来る状態ではない。
いくら語り掛けても返事のない電話をイタズラと思い切ろうとした刹那、スピーカーを通して政宗の耳に彼女のすすり泣く声が聞こえた。
時間に直せば数兆分の数秒以下。
耳から入った情報が鼓膜を介して彼の脳に直接訴えかける・・・アイツらに何かが起こったと。
再び携帯を耳に押し当てながら政宗はマイクに向かって叫び返した。
「利眞守か?プレ子ちゃんか?何かあったのか!?」
いくら叫ぼうとも返事はない。
逆に言えばソレが答えだった。
不意に聞こえてきたガチャンッ!という物音を最後に、スピーカーからは僅かな物音さえ聞こえて来なくなる。
その時スピーカーの向こうではプレ子が力無く携帯を落として、その場を立ち去っていた。
「・・・クソッ!何があったんだ!!」
"──ガチャッ!──ギュルルル!ブォオォオォォン!!"
ポンコツ3号の扉を乱暴にこじ開けると、頭からダイブするように車内に飛び乗り、暖機もしないままエンジンを全開にして走り出す!
その後、再び倒れ込んだ利眞守の姿を見るや否や、彼女は壊れたラジオの如く叫び出す。
怒り、悲しみ、絶望の入り混じったその叫びは店内に木霊して、彼女をさらに絶望の淵へと叩き落とす。
意味もなく利眞守の体をベチベチと叩きながら必死に彼の名を叫び涙を流した。
そして政宗が駆け付け、時間軸は"最初"となる。
「うっ!この臭いは・・・酸か!?」
鼻を劈く強烈な臭いを酸だと理解した政宗は、近くにあったバケツにたんまりと水を入れソレを利眞守にぶっ掛ける。
酸を水で中和させると同時に洗い流そうとした彼の判断は的確だ。
その後利眞守の呼吸がない事を確認すると、自ら率先して動きつつプレ子に指示を出す。
「たぶんココにゃAEDなんてモンねぇよな・・・プレ子ちゃん!!この店に何か発電出来るモノってないか!?」
「・・・無い」
「やっぱりかよクソッ!こうなりゃ近くの公共施設でパクって来るしかねぇな・・・俺がもどって来るまでソイツに人工呼吸と心臓マッサージをしとくんだ!」
「えっ・・・」
普通に考えれば一般的な教養かも知れないが、熱帯魚からしてみれば初めて聞く単語の羅列に困惑する方が先である。
その様子を見た政宗は彼女に一応の手順だけを教えると、1分1秒無駄に出来ぬ状態だからこそ、焦らず冷静に救急隊に連絡した後ポンコツ3号を走らせる。
1人残されたプレ子は溢れ出る涙を拭き、教わった心肺蘇生方を施すべく利眞守の隣で膝を折ると、そーっと彼の後頭部に左手を差し入れ右手で顎を上げ気道を確保する。
そして──
「オーナー・・・」
空気が漏れないように、お互いの唇を密着させ息を吹き込む。
その後、間髪入れずに胸骨を連続で押し込んでは、また唇を重ねて息を吹き込む行為を繰り返す。
行動の1つ1つが半端ではない重労働の為、これを数回繰り返しただけでプレ子の全身からは汗が吹き出していた。
それでも彼女は一向に手を休める事なく、人工呼吸と心臓マッサージを繰り返す。
肉体に、のしかかる負担に対して報われぬ苦労・・・息を切らせながらもプレ子は心肺蘇生を続けるが、とうとう彼に送り込むだけの空気を確保する事も出来なくなってしまう。
隙間なく唇を重ねるが空気が入っていかない。
それどころか酸欠で自分まで倒れてしまいそうだ。
再び泣きそうになるプレ子は、政宗の"もう1つの言葉"を思い出す。
"この店に何か発電出来るモノってないか!?"
先ほどは咄嗟に"無い"と答えてしまったが、改めて思い出してみれば店内には電気を発生させる事が出来るモノが1つだけ存在していた。
正確に言えば"電気を発生させる事が出来る生物"がいる。
プレ子は最後の望みをかけ、その生物が入った水槽のフタを開ける。
そして、その手にはドリームタブが握られていた・・・。