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アクアリウム・バックヤード  作者: 鈴木 崇嗣
第1章 利眞守奮闘編
10/16

6匹目 内気なあの娘はヒットマン?ピラニア登場



「おい入間門左衛門(いるまもんざえもん)コーヒー取ってくれよ」


「・・・おらよ」


入間門左衛門(いるまもんざえもん)、黒の油性ペンってドコかしら?」


「・・・ココだよ」


「オー・・・じゃなくて入間門左衛門(いるまもんざえもん)!スムージまだぁ?」


「・・・できたよ」


「ИЛУМАМОНЗАЭМОН・・・хи-хи」

(訳:入間門左衛門(いるまもんざえもん)・・・ぷぷ)


「だあぁあぁぁテメェらいい加減にしろ!なんで俺の名前が入間門左衛門(いるまもんざえもん)って事になってんだよ!?最初の"い"しか合ってねぇじゃねぇか!」



ココは現在休業中の水生生物専門店アクアリウム・バックヤード。

そこに(つど)いし、不思議な(えにし)の元に導かれた4人と1匹が何をしているかと言うと──

「へっ、負け犬の分際(ぶんざい)で何ほざいてんだぁ?悔しかったら来年の誕生会でリベンジしな!」


これは仲間内(利眞守(とします)政宗(まさむね)千春(ちはる))の恒例行事(こうれいぎょうじ)で、3人の内の誰かが誕生日を(むか)えたら"その日はココを貸切(かしきり)状態にして盛大(せいだい)に祝おう!"という一大イベントの()最中(さいちゅう)なのだ。

しかも今年から新たにプレ子とミハイルも参戦(さんせん)している。

来年の誕生日会は、さらに(さわ)がしくなりそうだ!

そして今日は政宗(まさむね)の誕生日で、利眞守(とします)(いわ)く"ヤツはまた1つジジィへの階段を登って行った"らしい。

3人は同級生として共に青春を過ごしていたが、実は利眞守(とします)だけ年齢が1つ下となっている。

彼は1月の早生(はやう)まれで、コレが数年ないし数ヵ月でもズレていたら、この3人が出会う事はなかったかも知れない。

まさに不思議な(えにし)と言えよう。

だがそんな仲間達にさえ、打ち明けられぬ秘密と苦悩(くのう)(かか)えた利眞守(とします)は、頭の片隅(かたすみ)(よぎ)る不安に毎晩(まいばん)(うな)されていた。


「そろそろケーキなんてどうかしら?今回のケーキは、あの名店が誕生日限定で(つく)ってくれるスペシャルな一品よ」


「うぉマジで!?千春(ちはる)が俺の為に・・・くうぅうぅぅ泣けてくるぜぇ!」


「テメェは毎年、同じ事しか言えねぇのか?これだからいつまで()っても万年平社員は万年平社員なんだよ!!」


千春(ちはる)がテーブルの上に豪華な装飾(そうしょく)(ほどこ)された箱を置くと、()らす事なく中からスペシャルケーキを取り出した。

美し過ぎるクリームの造形(ぞうけい)(あで)やかに(いろど)られたフルーツは、まるで白き大地に散りばめられた宝石が(ごと)し!

その中央には"happybirthday"と書かれたチョコ板が圧倒的存在感を(かも)()しながらも繊細(せんさい)に、全体のバランスや雰囲気を壊す事なく存在していた。


「・・・こりゃスゲェな」


「おぉ!ケーキだ、ケーキだぁ!!」


「Это уровень искусства」

(訳:最早(もはや)芸術の(いき)ですね)


「いくら俺の誕生日ケーキと言えど、喰っちまうには勿体(もったい)なさ過ぎるレベルの代物(しろもの)だぜ」


「あらそう?なら代わりに俺が(もら)って──」

"バシッ!"


「待てやコラァ。入間門左衛門(いるまもんざえもん)風情(ふぜい)がケーキを(いただ)こうなんざ1億年早ぇんだよ」



政宗(まさむね)利眞守(とします)の手をブロッキングすると、2人は目線を交差させる。

刹那(せつな)バチバチッ!と火花を立てて互いの眼力(がんりき)がぶつかり合い、一触即発(いっしょくそくはつ)均衡(きんこう)状態にまで発展した!


政宗(まさむね)・・・どうやらケーキを(いただ)く前に、貴様を(ほふ)らねばならんようだな。今日という日を命日(めいにち)に、黄泉(よみ)(くに)への片道切符(かたみちきっぷ)をくれてやる」


遺言(ゆいごん)は終わりか?なら貴様には、アクアリストに相応(ふさわ)しい最期(さいご)として、水槽の藻屑(もくず)になる権利をくれてやる」


"──ササッ!──タスッ!"



2人は素早くバックステップで距離を開ける。

利眞守(とします)は重心を落として左半身を1歩前へ出しながら、両手の親指から順に人差(ひとさ)し指と中指を曲げ、薬指(くすりゆび)小指(こゆび)をさらに深く曲げた独特の(かま)えを取る。

これはまさしく禁じ手殺法(さっぽう)(かま)えに他ならない!

対する政宗(まさむね)は右半身を後ろに隠すようにステップでリズムを(きざ)む。

この時、相手を正面にして自身の体が、その垂直(すいちょく)のラインに来るように(かま)えれば399戦398勝1敗という武勇伝(ぶゆうでん)を生み出した、政宗(まさむね)必殺の(かま)魔罹死天(まりしてん)喧嘩殺法(けんかさっぽう)の完成だ。

()くして利眞守(とします)VS政宗(まさむね)一騎討(いっきう)ちが始まった!

そんな事はお(かま)い無しと、千春(ちはる)()れた手付きで1ホールのケーキを5等分にして小皿に取り分ける。

メッセージの書かれたチョコ板が乗っているのが政宗(まさむね)のケーキだろう。



「あの2人の事はディナーショーだと思って気にしないで。はい、大きなフルーツの乗ったコレはプレ子ちゃんので──」

「やったぁー!委員長ありがと!!」


「Это ваш」

(訳:コレがあなたのよ)


「Поблагодарите вас любезно」

(訳:親切にありがとうございます)



激しいバトルを繰り広げる2人を余興(よきょう)に、3人は早速(さっそく)スペシャルケーキを食べてみる。

フワッとしたクリームの濃厚(のうこう)な舌触りと甘さと香りが口の中一杯(いっぱい)に広がると同時に、丹念(たんねん)()されたスポンジケーキの優しい食感が味覚、嗅覚を(かい)して脳を刺激する。

さらに()()ちを掛けるように、フルーツの甘酸っぱさがソレらを極限の領域(りょういき)でフルシンクロさせる。

まさに芸術!

その衝撃たるや無辜(むこ)なる喜び(エデン)と叫ぶに相応(ふさわ)しい!!

旧約聖書(きゅうやくせいしょ)創世記(そうせいき)で人類の()、アダムとイブは神が(もう)けた楽園で、その命令に(そむ)き"善悪の知識の実"を食べて楽園から追放(ついほう)されたと聞く。

その実は、さぞ甘く瑞々(みずみず)しく(くる)おしき香りだったであろう・・・3人はそんな事を考えながらケーキを食べ進める。


「オラァ!殺劇鉄拳制裁(さつげきてっけんせいさい)!!」

"──ドガガガッ!バヂゴオォオォォン!!"


「禁じ手殺法(さっぽう)が1つ!ギュンター式スイッチ・プラスター!!」

"──バシュウゥンオワァアァァン!!"



「普通にケーキを食べれば良いのに、あの2人は毎年ああやって戦ってるのよ」


「うん。なんとなく、みてたからわかる。だから、このあとにどうなるかも、なんとなくわかる」


プレ子はお行儀(ぎょうぎ)悪く、ケーキを口一杯(いっぱい)(ほう)()みながら千春(ちはる)の言葉に返答する。

しかし千春(ちはる)はその返答に違和感を感じた・・・"なんとなく見てた"とは、どういう意味なのか?

何気(なにげ)なくプレ子は言葉を返したが、その真意(しんい)は"水槽の中から見てた"という前提条件(ぜんていじょうけん)があって、初めて意味を()す。

千春(ちはる)政宗(まさむね)、ミハイルからすれば彼女(プレ子)はアクアリウム・バックヤードに住み込みで働く"人間の女の子"であり、その正体が熱帯魚プレコストムスである事など考えもしないし、思い付きもしない。

だからこそ千春(ちはる)は違和感を感じずにはいられなかった。

利眞守(とします)からは"コイツは俺の店で働いているプレ子だ!"とは説明されたが、ソレ以外の事は何も聞かされていない。

今まではソレで十分だったのだが、ちょっと考えれば千春(ちはる)を含め、この場にいる人間の中でプレ子という存在について"詳しく知っている"のは利眞守(とします)と当人だけである事に気付かされる。

だから何だと言うわけではないが、自分達はプレ子の事を知らなさ過ぎるのでは?

その疑問こそが彼女の感じた違和感の正体である。


「プレ子ちゃんは(とし)とドコで知り合ったの?」


「オーナーとはココでしりあった。わたしが、はじめてココにきたときオーナーが、でむかえてくれたんだ」


(出迎(でむか)えた・・・あの(とし)が初めて合った相手にそんな事するかしら?)


「それから、まんねんひらしゃいんが、いろんなモノを、はこんできて──」

「え?プレ子ちゃんは(まさ)を知ってたの?」


「うん。ココでなんどもあってる。いいんちょうとイケメンは、さいきんしったけど」


相変(あいか)わらず口にケーキを()め込みながら何気(なにげ)なく返答するプレ子。

しかし彼女は、この会話に微妙なズレが(しょう)じている事には気付いてはいない。

なぜなら彼女は"ありのまま"を素直に喋っているからだ。

例え真実のみを語っていたとしても、それが求める結論に(たっ)するかと言われれば、そうではない。

大切なのは結論に(いた)るまでの過程(かてい)であり、見るべき点もソコにある。

アクアリウム・バックヤードでは現在プレ子という女の子が住み込みで働いている。

ココまでは理解出来た。

ではこのプレ子という少女は"ドコの誰で、いつからココにいるのか?"

本当は聞く必要のない事なのかも知れないが、()を決して千春(ちはる)はプレ子に聞いてみる。


「プレ子ちゃんって元々ドコに住んでたの?」


「んあ?"沖縄"に住んでた」


「ちょっと待てえぇえぇぇ!!」


突然バトルを中断した利眞守(とします)が、プレ子の座る席の前へ飛んで来る!



「プレ・・・お前、今何て言った?」


「沖縄に住んでた?」


「・・・」

"──ガシッ!"


無言のまま彼女の両脇に手を入れると、仔犬(こいぬ)を持ち上げるかのようにして店の片隅(かたすみ)に走って行った。

そして誰にも聞かれまいと、プレ子にひそひそ声で()い掛ける


「お前アマゾン川原産(げんさん)じゃないのか?」


「誰もアマゾン川から来たなんて言ってないぞ。私は沖縄の川から来たんだ!だから私は日本生まれのプレコストムスなのだ!」


「・・・」


予想だにしなかった衝撃的カミングアウト!

なんとプレ子は草木の()(しげ)亜熱帯(あねったい)、南米はアマゾン川から来たのではなく、日本の最南端(さいなんたん)沖縄の川から来たと言うのだ!

つまりプレ子は沖縄という環境に適応して野生化した外来種(がいらいしゅ)だという事になる。



「おまっ!お前はこのタイミングで、なに核爆弾を投下してくれてんだあ!?沖縄生まれだなんて初めて聞いたぞ!」


プレ子が野生化した外来種(がいらいしゅ)・・・。

とんでもない衝撃だが冷静に考えれば、その原因は人間にある。

そうか・・・だから彼女は南米を原産とする熱帯魚(仲間達)ネオンテトラとカージナルテトラの違いが分からなかったのか。

そういう事なら説明は付くし、()にかなっている。

彼女《プレ子》は悪くない・・・ただ、あまりに突然で少々取り乱しただけだ。

利眞守(とします)はキャップに手を当てポジションを直すと、彼女の肩を(つか)み言い放つ。



「ヤーはワッコーネーンドー・・・ヤシガ、アンスカシカマサンケー?エェアンマサン・・・イーバチュン」

(訳:お前は悪くないんだ・・・だけど、あんまし驚かすなよ?あぁ頭痛が・・・吐きそうだ)


「シワサンケー!ナンクルナイサー!」

(訳:心配するな!何とかなるさ!)


ニカッ!と笑ってプレ子が利眞守(とします)の手を握り返す。

その後2人は各々(おのおの)着席して誕生日会を再開した。

結局利眞守(とします)VS政宗(まさむね)のバトルは今年も引き分け。

内容こそ違えど、毎年バトルのオチはコレである。



「プレが沖縄生まれだった事を今さっき知ったんだが・・・まさに衝撃だった」


「今まで彼女をドコ出身だと思ってたの?」


「・・・南米のジャングル」


「ブーッ!お、お前そりゃねぇぜ!プレ子ちゃんはアマゾネスかよ!?」



口に(ふく)んでいたコーヒーを、豪快に吹き出す政宗(まさむね)

利眞守(とします)の発言は、この場にきた全員がギャグだと(とら)えて爆笑しているが、(とう)の本人は本気でプレ子は南米から来たと思っていた。

こうして年に3度の誕生日会は幕を閉じ、アクアリウム・バックヤードは再び静けさを取りもどした。

しかし利眞守(とします)は知っている・・・これが嵐の前の静けさである事を。

だが引き退(さが)るわけにはいかない!俺にはやらねばならぬ事がある!

その(ちか)いを胸に1人とある水槽の前に立ち、中を泳ぐ生体を見つめている。


「なぁプレ?お前・・・ケガとかしてないよな?」


「してないよ?どして??」


「"ピラニア"ってのは本来臆病な生体なんだが血の臭いなんかを察知(さっち)すると興奮(こうふん)状態になっちまうんだ。つまりどんな姿で擬人化するかは知らねぇが、ヘタすっといきなり手が付けられない状態で出てくるかも知れないって事だ」


「・・・なんか言い方が恐いぞ」


(そな)えあれば(うれ)いなし、屍山血河(しさんけつが)なんてお断りだぜ!」

"カラカラ・・・シャカッ──シャッシャッ!"


ピラニアが(するど)い牙を見せびらかしてドリームタブに食らい付く。

映画やアニメでは度々"殺人魚"として登場する事もあるピラニア。

その凶悪なイメージと知名度から名前を知っている人は大勢いると思うが、その実態についてはどうだろう?あまり知らない人も多いのでは?

ピラニアはアマゾン川などの熱帯地方に生息する肉食の淡水魚の総称(そうしょう)であり、基本的にはカラシン(もく)セルラサルムス()セルラサルムス亜科(あか)(ぞく)する(しゅ)を言うのだが、その分類は曖昧(あいまい)でいい加減な所もある。

実はピラニアとは特定の淡水魚に付けられた名前ではなく、現地の言葉(トゥピ語)ピラ(pira)は魚、アーニャ(anha)は歯。

つまりピラニア(piranha)とは"歯を持つ魚"という意味になる。

他にも南米には"(ピラ)"と名の付く淡水魚がいて"ピラルク"や"ピライーバ"や"ピラーラ"などが例に上がる。

さらに言うなれば"ピラシカバ"と言う地名があり、その意味は"魚の集まる場所"らしい。

(よう)は"歯を持つ魚"はイコールで、全てピラニアと言う事になってしまうのだ。

イメージだけで想像すると飼育は難しそうと感じてしまうかも知れないが、先述(せんじゅつ)の通り基本は臆病な性格なので、数匹から数十匹単位の群を作り一日中、流木の(かげ)などに隠れている事も多い。

エサは小型の魚など()き餌がベストだが、鶏肉や人工フードといったモノも、しっかり食べてくれるので飼育難易度自体は、そこまで高くもない。

だが噛み付かれればケガをする可能性はあるので、むやみやたらと水槽の中に手を突っ込んだりするのは(ひか)えるが吉。



"──パアァアアァァァァッ!"


「くっ・・・」

「今回も(まぶ)しいぃ!!」


もう何が出て来ても驚かない!

だってコレで6匹目になるんだぞ!

物事は常に最悪のパターンを想像していれば、大抵の事は"あれ?この程度ですか?"くらいの余裕を持って切り返せる!

例えば扉を開けたと瞬間ワサワサと数億匹のゴキブリが出て来たとしよう。

普通なら悶絶必須(もんぜつひっす)なシチュエーションだが、これが最悪のパターンを予想して扉を開けたとしたら?

この扉を開けたら、チェーンソーを持った血まみれの大男が(うな)を上げ、襲い掛かってくる・・・そう思って扉を開ける!

しかし出て来たのは、たかだか数億匹のゴキブリじゃないか。

なーんだ心配して(そん)した!ってな具合よ!!

しかし世の中、そう上手く行かないのが(つね)であり、結局(けっきょく)利眞守(とします)は絶叫する事になるのだが、今回ばかりはニュアンスが違っていた。

光に(つつ)まれていた生体の姿が徐々(じょじょ)に見えてくる。

ソレは先日のヤマトと比べれば小さいが、プレ子と比べると頭1つ分ほど大きい。

以前プレ子の身長を(はか)ったら158cmだったので、ピラニアの身長170cm前後が妥当(だとう)なラインか?

そして何より気になるのは、そのシルエット。

全体的にスラリとしているが前面、特に上半身にあたる部分が(みょう)(ふく)らみを()びている。

ピラニアは、ずんぐりむっくりした体型の淡水魚なのだが何か関係があるのか?


「・・・なんだ?」


光は消え去り、その姿を肉眼(にくがん)でハッキリと(とら)える事が出来るようになった。

それを見た利眞守(とします)の第一声は──

「おっ・・・おぉおぉぉぉ!?」


「・・・」



目の前に現れたのは全体的に黒を基調(きちょう)としたカラーリングの服に身を(つつ)み、目元を前髪で隠したボブヘアが何とも言えない"いじらしさ"を演出する。

その見た目からイメージ出来るのは、教室の(すみ)で1人読書をしながら物静(ものしず)かに休み時間を過ごす、コミュニケーション能力皆無(かいむ)な女学生と言ったところか。

なぜなら足元は黒いローファーに黒いニーソックス、赤と黒のチェッカリング模様(もよう)のスカートに、上はグレーより黒に近い色のYシャツ。

しかも第2ボタンまで開けたセクシーオプション付き。

パッと見で学校指定の制服にも見えるがコレは、なんちゃって制服の(たぐ)い。

よく10代から20代の女性アイドルが着ているアレだろうと推測できる。

だがしかーし!そんな事はどうでも良い!

なぜなら──

「あんりまぁ!いやはや、これはまた何とも御立派(ごりっぱ)な乳・・・いやいやいや!生体が出て来たもんでねぇの!!」



擬人化を()たしたピラニアの少女は、今まで現れた生体の中でも(ぐん)を抜いての巨乳ちゃん!!

そもそも今まで女性として現れたプレ子、ネオン、タニシが体格的な意味も()まえて、全員(ひか)えめボディだった反動もあってか利眞守(とします)の目線はピラニアの豊満(ほうまん)なバストに首ったけなのだ!

もしバストサイズ・ランキングを作るとしたら1位はピラニアで異論(いろん)はない・・・のだが2位がヤマトという、とんでもないランキングが出来上がってしまう。

鍛え上げた大胸筋(だいきょうきん)が2位にランクインしている混沌(カオス)状態に、長い(あいだ)()かっていた利眞守(とします)がソレを求めてしまうのも、わからないでもない・・・気もする。

だからと言って浮かれすぎてはイケない。

1つの事に集中しすぎると、周囲に(ひそ)む危険への対応が(おろそ)かになってしまう。

例えば、このように──

"ガブリッ!"


「・・・?なんか超痛いぃぃいやあぁあぁぁ!?」


「死ねえぇぇこのド変態!そんなに巨乳が魅力的か!そんなに肉塊(にくかい)が好きか!?」


「ま、ま待てプレ・・・!こ、これは誰かが俺に禁断の黒魔術"make(メイク) it(イット) o-pai(オーパイ) own(オウン)"を掛けたに違いない!!」


「そんなわけあるかぁ!!(けが)れた血は(めっ)せ──」

「血!?お、おい待てそれはマジでダメだ!!」


血と言うワードで思い出す。

目の前に現れたおっぱ・・・もとい少女がピラニアである事を。

今の彼女は、へっぴり腰で小刻(こきざ)みに震えながら、両腕で顔を隠すような仕草(しぐさ)を取っているが、それはピラニア本来の臆病で内気な性格が出ているからにすぎない。

だが一度(ひとたび)血の烙印(らくいん)を解放すれば、その性格は豹変(ひょうへん)する。

例え相手が歳いかぬ赤子(あかご)であろうと、獰猛(どうもう)(あば)(うし)であろうと、純血(じゅんけつ)殺し屋(ヒットマン)と化したピラニアは、無慈悲(むじひ)にソレらを(むさぼ)()()らかす。

それは空腹だとか防衛の為だとかではなく、血によって解放された本能の(おもむ)くまま冷酷(れいこく)に、そして冷血(れいけつ)に、まるで相手を殺す為だけに存在するマシンが(ごと)冷徹(れいてつ)に。

その牙を獲物(えもの)へと食い込ませながら肉を(えぐ)り、アマゾン川を()()()め上げ、あとに残るモノは無惨(むざん)にも()()くされた獲物(えもの)の骨だけとなる。

この極端(きょくたん)な性格を分かりやすく例えるなら"覚醒(かくせい)"とでも言えばイメージしやすいだろう。

他にも大きな物音を立てても覚醒(かくせい)する場合があるので、ピラニアの生息する川に入った状態でバシャバシャと水面を叩くようなマネもよろしくない。

なぜなら獲物(えもの)を求める無数の殺し屋(ヒットマン)がターゲットを狙っているかも知れないからだ・・・。

だからこそプレ子に噛み付かれて出血なんてしたらマジでシャレにならん!

利眞守(とします)は噛み付いたプレ子をそのままの体勢で(かか)えながら急ぎ、地下の自宅へと避難する。


「ピ、ピラニアさんよ!ちょっと待っててくれ、すぐにもどって来っから!!」


「あ、あのっ・・・」


彼を呼び止めようとするピラニアに左手で"待っててくれ"の合図を出し、大急ぎで自宅へと走って行った。



・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・



「いやあぁあぁぁ!ま、待て──うぉおぉぉ!?──あ"あ"ぁ"!マジで死ぬって!!──ちょ、待──があ"ぁあ"ぁ"ぁ!!──や、やめれぇって──ぬおぉ!?──お前それはアカンぞ!!マジでアカ──」

"──グギッ!"


「あ"ぁあ"ぁ"ぁ!!」


「わ、わわわ・・・」


地下から聞こえてくる利眞守(とします)の悲鳴にピラニアは震え上がった。

その場で(うずくま)り耳を押さえてガタガタと(おび)えている。

その断末魔(だんまつま)からは、浮気がバレて修羅(しゅら)と化した(つま)を相手に、バッチバチにされている(おっと)の絵を想像せずにはいられない・・・。

その後、地下ではこのような()問答(もんどう)が繰り広げられていた。



「・・・実は俺あんまり、おっぱいとかに興味ないんだ」


「・・・」

"──ガブリッ!"


「・・・とか何とか言ってんけどもよ?実はお前のが好きなんだ」


「・・・」

"──ガブリッ!"


「・・・と言いつつも実はヤマトみたいな大胸筋(だいきょうきん)が好きなんだ」


「・・・」

"──ガブリッ!"



何を言ってもプレ子は噛み付いてくる。

その怒りは当分(しず)まりそうもない。

確か前にもこんな事あったっけ?

アレはまだドリームタブで擬人化した生体達の登場に戸惑(とまど)い、それが現実だと受け入れられなかった時だった。

突然現れたプレ子を筆頭(ひっとう)にネオン、ディスカス・・・なんだかあの頃が、やけに懐かしく感じる。

初めてプレ子に噛み付かれた時は、それこそ殺意すら覚えたが、今では噛み付かれる事にも()れ日常化してる・・・ような気がする。

それはそれでダメだけど彼は妙な充実感に(ひた)っていた。

そう・・・まるで過去の出来事を走馬灯(そうまとう)のように一気に()(かえ)っ・・・走馬灯(そうまとう)


破邪滅殺(はじゃめっさつ)!」

"──ガブリッ!"


「このフワフワした感覚に走馬灯(そうまとう)って・・・マジで死にそうになった時のアレじゃねぇかよ!」

"──ガシッ!──シュバッ!"



死の瀬戸際(せとぎわ)から現世(うつしお)にもどって来た利眞守(とします)は、背後から噛み付くプレ子の腕を取り、そのまま一本背負(いっぽんぜお)いの要領(ようりょう)で彼女を投げ飛ばす!

しかしプレ子も空中でクルクル回りながら体勢を立て直し、無傷で着地。

そのまま(おおかみ)ないし狂犬(きょうけん)よろしく()つん()いとなり、髪を逆立(さかだ)て"ガルルルルッ!"と利眞守(とします)威嚇(いかく)する。


「お前は狂犬(きょうけん)か!なんでピラニアを前にしてプレコストムスに噛み殺されそうになってんだ俺は!この流れは色々と間違ってるぞ!!」


「ガルルルルッ!ウガアァ!!」



それから数分後。

ピラニアの待つ水槽前に利眞守(とします)とプレ子はもどって来た。


「ま、待たせたな・・・」


「え、えぇっ!?あ・・・あの・・・」



ワナワナと落ち着かない様子のピラニア。

それはもどって来た2人に対して、どう反応して良いか分からないと言った仕草(しぐさ)だった。

それもそのハズ。

そこに現れたのは全身包帯でグルグル巻きのミイラ男(とします)と、(あさ)のロープでグルグル巻きに(しば)られたプレ子だった。

しかもプレ子に(いた)っては、手も足も出ない状態なのにガシッ!ガシッ!と牙を打ち()らして彼に噛み付こうとしている。



「さて、お前の願いとやらを──」

「いやぁあぁぁ!!」


「あっ・・・」


ピラニア逃走・・・確かに、この姿で"願いを叶えよう"なんて言われても誰が信じるか?

逃げ出すのも当然。

しかし物事、()いては事を仕損(しそん)じるとも言うので、一旦(いったん)包帯が取れるまで、おとなしくしていよう。

その間にプレ子を落ち着かせるのも悪くない。



「"死灰(しかい)また()ゆ"という(ことわざ)を知っているか?意味は燃え尽きた(はい)が再び激しく燃え上がる(さま)に例えて、昔の事を()(かえ)すって意味だ」


「ガルル?」


(よう)は、さっきのおっぱい騒動を今後お前に()()えされないように、納得してもらう為の()(わけ)するから聞いてくれって事だよ」


「ガルルッ!!」


話題は何でもいい。

とりあえず包帯が取れるまでプレ子の注意を引き付ける時間稼ぎをせねば!

しかしコイツは本当に狂犬(きょうけん)か?

髪を逆立(さかだ)てるのはプレコストムスの特徴的な背鰭(せびれ)をイメージしているといえば、わかるのだが牙を()き出してガルルルルッ!と威嚇(いかく)するその姿は、人間でもなければ熱帯魚ですらない・・・それとも単純に彼女は怒るとこうなるのか?

最近、悩みと疑問の尽きない利眞守(とします)である。


「良いかプレ?人間(ホモサピエンス)は猿が進化モノだと言われている。そして進化の過程(かてい)にこそ、人間とおっぱいの(みつ)な関係があるんだ」


「ガル?」


「人間と猿の違いで、まず思い出すのは2足歩行か4足歩行かってところだ。猿は4足歩行・・・つまり、おケツを突き出して歩いているよな?そうなるとメスがオスを誘惑(ゆうわく)する部位(ぶい)は、もっとも目立つ"尻"という事になる。わかるか?」


「・・・?」


「ところが人間は2足歩行で、おケツ突き出して歩くようなマネはしない。つまりメスがオスを誘惑(ゆうわく)する部位(ぶい)を変えなければならない。だってケツが目立(めだ)たなくなっちまったからな」


「・・・」


「人間はどうやって歩いてる?2足歩行で胸を()って歩いてるだろ?そうなると自然と目立つ部位(ぶい)は──」

「・・・おっぱい?」


「そうだ!つまり俺が一瞬でもピラニアの巨乳に目を奪われたのは、人間(ホモサピエンス)としての本能だったんだ!全ての生命(いのち)は本能に従順(じゅうじゅん)であり、それが摂理(せつり)である!」

"──ベリベリッ!──バサァ!"



ここぞとばかりに胸元から包帯を引きちぎり、往年(おうねん)の名レスラーが(ごと)()で立ちで己の持論(じろん)()く。

禁じ手殺法(さっぽう)にはギュンター式集気(しゅうき)治癒術(ちゆじゅつ)なるモノがあり、ある程度の傷なら常人を(はる)かに(しの)ぐ速度で回復するらしい。



「本能なら・・・仕方ない!」


「・・・お前ならきっと分かってくれる信じてたぜ!」


さすが野生個体(WC)、本能と言うモノに対しての理解はあるようだ。

だいぶ寄り道をしたが、これでようやく本題(ピラニア)に行けそうだ。

さて彼女はドコに行ったんだ?

店内を軽く見渡すと・・・いた!

水槽(ひし)めく店内の片隅(かたすみ)(うずくま)り、うっ・・・うっ・・・と(うめ)き声を上げながら震えていた。

本当は水槽を置いてある(たな)の下に逃げ込みたかったのだろうか、片足だけを隙間(すきま)に入れている。

きっと身長がありすぎて(約170cm)全身を入れる事が出来なかったのだろう。

なんだか、その姿を見ていると昔見たホラー映画を思い出す。

主人公達が廃墟(はいきょ)と化したホテルのベッドの下に隠れる場面。

一緒にいた大柄(おおがら)な男だけが体格のせいで逃げ込めず、そのまま怪物(クリーチャー)にバリバリと喰われるシーンがあった。

その時は映画だしフィクションだしと思っていたがピラニアを見ていると、その男の心境(しんきょう)を想像せずにはいられない。

利眞守(とします)はゆっくりと(おび)えるピラニアに近付き、目線を合わせて()い掛ける。


「あぁピラニアよ、驚かせてすまなかった。知ってるだろうが改めて言わせてもらうぜ。俺こそが水槽の(うわさ)で名を()せる、天覆地裁(てんぷうちさい)のアクアリストにして背負った想いは幾星霜(いくせいそう)色即是空(しきそくぜくう)空即是色(くうそくぜしき)森羅万象(しんらばんしょう)(もっ)てしてもその心意(しんい)(はか)規格(きかく)のない男。それがこの俺──」


謎の文言(もんごん)(とな)えながら足をがに股に広げ、左手を突き出し、首を物凄(ものすご)(いきお)いでグルグルと回す。

やたらと古風(こふう)な言動・・・まさか傾奇者(かぶきもの)のつもりか?


"──いよ~!・・・カカンッ!"


「い──」

入間門左衛門(いるまもんざえもん)だ!!」


「ちがーう!人がカッコ良く決めてたってのに乱入してくんな!!」


「カッコ良くって・・・今のドコがカッコ良いの?オーナーのセンスは理解できないぞ!!」


「あぁ?これだから傾奇御免(かぶきごめん)を知らぬ()(もの)は!!」


「・・・くすっ」


毎度の(ごと)く言い争う1人と1匹を見て、ピラニアは小さく可愛らしい笑い声を上げた。

これこそ狙い通りの展開。

彼は(おび)えるピラニアに笑って欲しかったのだ。

いつか誰かが言っていた。

世界共通の言語は存在しないし共通の価値観も存在しないが、笑いだけは世界どころか宇宙共通だと。

しかし、ちと頑張りすぎた・・・首を回し過ぎて吐き気がする。


「あ、あのっ・・・利眞守(とします)・・・さん?オーナー・・・さん・・・どう呼んだら・・・いいでしょうか・・・?」


「オーナーでいいぞ!」


「俺が言う前にお前が答えるのかよ?」


「いつも・・・水槽から見てた・・・オーナーさんと・・・やっぱり変わらない・・・くすっ」


「変わる必要なんてないからな。なんたって俺は常に5世紀先を行く男だぜ?時代が俺に追い付くまで変わらんよ」


(あい)()わらず、わけのわからない返しをする利眞守(とします)

そのわけのわからなさが、ある意味で相手に安心感を与えるのかも知れない。

ピラニアはゆっくり立ち上がり改めて自己紹介をする。


「あ、あの・・・私は・・・"ニア"・・・って呼ばれてます・・・はい」


モジモジと恥ずかしそうに自らを"ニア"と名乗るピラニアの少女。

仕草(しぐさ)の1つ1つが"いじらしく"て魅力的な彼女を改めて、まじまじと見る・・・そのスタイルはパーフェクトとしか表現する言葉が思い当たらない程のナイスバディ。

そんなパーフェクトボディに見とれるのは本能だから仕方ないとプレ子から許可?をもらった利眞守(とします)は、イケない事と知りながらも禁じ手殺法(さっぽう)"左方(さほう)の奥義"を使ってみる。

なぜなら・・・それが本能だから!



(禁じ手殺法(さっぽう)左方(さほう)の奥義!ギュンター式三千界眼(さんぜんかいがん)!)

"──シュー・・・キュピンッ!"


キャップに隠された、その眼が怪しく光る。

突然だが説明しよう"ギュンター式三千界眼(さんぜんかいがん)"とは!?

禁じ手殺法(さっぽう)には"四方(しほう)の奥義"と呼ばれる禁じ手中の禁じ手の中の、さらに禁じ手が存在する!

それは前方(ぜんぽう)の奥義"天地破断拳(てんちはだんけん)"から時計回りに、右方(うほう)の奥義"愛染逢魔浄化拳(あいぜんおうまじょうかけん)"。

前方(ぜんぽう)(つい)()す、後方(こうほう)の奥義"凰翼飛水翔(おうよくひすいしょう)"。

そして右方(うほう)(つい)となる、左方(さほう)の奥義こそが"三千界眼(さんぜんかいがん)"である。

三千界眼(さんぜんかいがん)は通常では認識()えないモノを認識()る事が出来る奥義であり、その他にも眼から取り入れた情報を瞬時(しゅんじ)に脳内で具現化(ぐげんか)、360度あらゆる角度からソレを認識()る事が出来る。

これ(すなわ)ち!

一時的に、ある(しゅ)魔眼(まがん)邪眼(じゃがん)といった力を行使(こうし)する事が出来るのだ!

そしてコレを少々"けしからん"方向に使うと、例え鋼鉄(こうてつ)(よろい)に身を(つつ)み、絶対防御された相手でも、その使い手の脳内では丸裸にされた挙句(あげく)、ありとあらゆる情報を認識()られてしまうのである!

そして利眞守(とします)がニアの"肉体(からだ)"を三千界眼(さんぜんかいがん)で見た結果──

(こ、これは!その美しい(曲線)()りを維持(いじ)しながらバスト85のEカップ・・・だと?コイツはとんでもねぇ殺し屋(ヒットマン)だ!!)



思わず鼻血が()き出そうになるが、ここは我慢(がまん)

ニアの前で鼻血を出す事はイコールで、彼女を覚醒(かくせい)させてしまうかも知れない危険性を秘めている。

(ゆえ)に一度、三千界眼(さんぜんかいがん)を解除しようと精神を統一して、ゆっくり眼を閉じる・・・たが──

「オーナー!!」

プレ子の呼び掛けに思わず眼を開いて彼女を認識()てしまった刹那(せつな)利眞守(とします)の脳内で神秘のぺったんこボディ・・・プレ子さんのヴィーナス・ウォール(女神の壁)の情報が360度(あま)す事なく入ってくる!

それは最早(もはや)神の領域(りょういき)・・・(いな)!彼女こそが"神"であった事を証明する神々(こうごう)しいまでのイメージが一気に押し()せる!


(な、なんだコレは!?バスト65のAAAカップがこれ程までに神秘的な輝きを!?ヤ・・・ヤバい!もう・・・ダメだ!!)


利眞守(とします)認識()ている至極(しごく)の絶景。

この眼福(がんぷく)三昧(ざんまい)三千界眼(さんぜんかいがん)会得(えとく)してない人達にも詳しく説明すると、そもそもカップサイズとはトップバストとアンダーバストとの差で決まるモノであり単純に"大きいから○○カップだ!"というわけではない。

なのでAとかBとかCとかのアルファベットがそのまま、おっぱいの大きさを表しているという考えはノットイコールである。

例えばトップバスト130cm、アンダーバスト120cmの人がいたとしよう。

その場合トップとアンダーの差は10cmでコレをカップに直すと、なんとAカップに分類されてしまう!

その基準はAAAAAカップ(トップとアンダーの差が0cm)という理論上のサイズからスタートして2,5cmを(さかい)に1つ上ないし下のカップへと変動する。

つまり利眞守(とします)の言っていた"ニアのバストは85!"というのを正確な数値で表すとトップとアンダーの差が20cmのE85となり、そのサイズは約105cmとなる。

そしてプレ子はトップとアンダーの差が5cmのAAA65となり、そのサイズは約70cmとなる。

そんな女神達を脳内で具現化(ぐげんか)してしまったからさぁ大変。

最早(もはや)我慢(がまん)の限界を超え、その(あふ)れ出る"男気"が、ついにオーバーフローを(むか)えてしまう。



「ぬうぅああえぇえぇぇ!!」

"──ブシャァ!"


豪快に鼻血を()き出しながら、()()り吹っ飛んだ利眞守(とします)

突然の事にプレ子とニアは何が起きた理解出来ないでいた・・・と言うよりドン引きしている。

しかーし!重要なのはそんな事ではない!

欲深き愚鈍(ぐどん)軽率(けいそつ)な行動が、ニアの封印されていた"血の烙印(らくいん)"を解放するカラミティ・トリガー(惨事の引き金)となってしまった!



"──ドクンッ!"



「ああっ・・・あぁ・・・!!」



両腕を交差させ自らの肩を()きながらニアは震え膝から崩れ落ち、呼吸を(みだ)しながら苦しそうにしている。


「なにやってんだよバカ!!」


「クソッ俺とした事がぁ!!大丈夫かニア!?」


「はぁっ・・・うっ・・・に、逃げて・・・はやく!!」



"──ドクンッ!──ドッ!"



「ニ、ニアの顔を見て!(すご)い汗だよ!!」


「ニア!しっかりしろニア!!」


安易(あんい)な言葉で彼女を心配する事は出来るが、具体的に何をどうしたら良いかが、わからない!

そもそも何が起きているのかさえ、わからない!


「は、はやく・・・逃げ・・・"彼女"が・・・来る!!」



"──ドクンッ!ドクンッ!──ドクンッ!"



「"彼女"?」



"──ドッ!・・・"



ニアの震えはピタッ止まり、先ほどまで聞こえていた苦しそうな息づかいも聞こえなくなったが、依然(いぜん)として彼女は膝から崩れた体勢のまま動かない。

自らの顔に付着した鼻血を()き取り、利眞守(とします)はニアの様子(ようす)を確認する。

(ねん)の為、プレ子には離れるよう指示(しじ)を出し、ゆっくりと(のぞ)き込むように彼女に近いた刹那(せつな)──

"ドォゴオォオォォォ!!"



突如(とつじょ)としてニアの全身からドス黒い邪気(じゃき)のようなモノが(はっ)せられる!!

それをいち早く察知(さっち)した利眞守(とします)は腕をクロスさせ、本能的に防御の体勢を取る。


「くっ・・・ニア!」


邪気(じゃき)(つつ)まれたニアは、(うつむ)いたまま立ち上がる。

元々前髪で顔の半分が隠れている為、その表情は(うかが)い知れないが(あき)らかに様子(ようす)がおかしい。


「き・・く・・・な・・ん・・・・ねぇ・・・」


「・・・ニア?」


気安(きやす)く、その名を呼ぶんじゃねぇ!!」

"──ザシュッ!"


「うぉっ!?」



突然ニアが(するど)い斬撃を放ってきた!

それはナイフにも()けを取らないレベルの手刀(しゅとう)によるモノで、確実に利眞守(とします)首筋(くびすじ)を、かっ切ろうと狙って放たれた事を瞬時(しゅんじ)に理解し、彼は冷や汗をかく。

だが驚いた最大の理由はソコではなかった。


「この俺が・・・()けきれなかった・・・」



(ほほ)から首筋にかけてタラリと、血が流れ落ちる。

至近(しきん)距離からの予想外な攻撃だったとしても、禁じ手殺法(さっぽう)の使い手たる利眞守(とします)が、相手の攻撃を本気で回避(かいひ)(そこ)ねたのはコレが初めてであった。


「消え失せろ!この障害があぁ!!」

"──ザシュッ!──ズサッ!──シャ!"


「うはぁ!?やめろニア!!」


「テメェごときが軽々しくニアの名を口にしてんじゃねぇ!」

"──シュパッ!"


「どうしたんだよニア!?」


状況を理解する為の時間すら与えてくれそうにない、(するど)い斬撃を前に後退(あとずさ)りするしか選択肢がない利眞守(とします)の背後には気付けば壁が!

追い詰められた彼に"緋色(ひいろ)(ひとみ)"をしたニアが渾身(こんしん)の手刀を打ち放つ!



「こ、こなクソォッ!」

"──バシッ!"


しかし利眞守(とします)としても、わけもわからずに殺されてたまるか!と白刃取(しらはど)りの要領(ようりょう)でニアの一撃を受け止めるが、彼女も戦況(せんきょう)瞬時(しゅんじ)に判断して、止められた右手を(じく)跳躍(ちょうやく)

そのまま利眞守(とします)の腹部に強烈な蹴りを打ち込み、その反動を利用し後方へバク(ちゅう)して距離を開けた。

硬い壁と強烈な蹴りに(はさ)まれた利眞守(とします)は腹部(およ)び内臓系に、ギュウゥッという(にぶ)い痛みを覚えながら斬撃の猛攻(もうこう)から解放される。


「があぁっ・・・ニア・・・!!」


「チッ死に(ぞこ)ないが・・・まぁいい。次で確実に仕止(しと)めてやる」


「うぅおぇっ・・・お、お前は・・・誰だ?」


激しい吐き気を押さえながら()い掛ける。

()き立つ邪気(じゃき)で髪と、着ている服がフワフワと(なび)き、隠れていた目元と表情がハッキリ見える。

実は三千界眼(さんぜんかいがん)でニアを認識()た時に彼女の隠れていた表情も、ちゃっかり確認していた利眞守(とします)だからこそ、わかる事がある。

その素顔は争いを(こば)み、優しさに満ちた"青い(ひとみ)"をしていたのに、今の彼女はまるで血に()まってしまったかのような"緋色(ひいろ)(ひとみ)"をしている。



「誰だぁ?ククッ・・・死に()く獲物の遺言(ゆいごん)か?まぁ時間を掛けて、じっくり(なぶ)り殺すってのも悪くねぇ・・・教えてやる。オレは"ラーニャ"だ!」


(せま)り来る、緋色(ひいろ)(ひとみ)をしたニアは自らを"ラーニャ"と名乗った。

これは血によって解き放たれたピラニアもう1つの顔・・・覚醒(かくせい)状態に違いない!

つい数秒前までオドオドしていた内気で臆病なニアはもういない。

目の前にいるのは五指(ごし)をナイフのように(あつか)う、鮮血(せんけつ)殺し屋(ヒットマン)ラーニャだ!


「まずはテメェの右腕が気に入らねぇ。切り落としてやるよ」


「・・・やむを()んか。アクアリストとして出来れば、お前達を傷付けたくはなかったんだがな」


体勢を立て直した利眞守(とします)はキャップのポジションを直すと、両の(まなこ)(せま)り来るラーニャを(とら)えて身構(みがま)える。


「よく喋る口だな!先にその口ごとツラの皮を()いでやる!!」

"──シャァッ!"


振り下ろされた手刀の太刀筋(たちすじ)瞬時(しゅんじ)見切(みき)り、手首から受け流し背後を取る。

そのままラーニャの腕をなぞるようにして、脇から自身の腕を通し変形チキンウィングフェイスロックで固め、彼女の自由を奪った。


「なにっ!?」


「ラーニャ、お前に俺は殺せない」

"──ギッ!"


「うっ!」


少し強めに首、肩、(ひじ)、手首を締め上げると、ラーニャは苦しそうな声を()らす。

利眞守(とします)がその気になれば彼女の関節を破壊し、腕をへし折る事など造作(ぞうさ)もないがソレが狙いのフェイスロックじゃない。

もっと言うなれば熱帯魚だとしても女の子の、か弱い腕や関節がギシギシッと悲鳴を上げ、その感覚が自らの手に(つた)わってくる、この瞬間こそ本当は(つら)くて(たま)らない。

だがアクアリストたる者、時に非情(ひじょう)(かか)げよ!

生体に対する中途半端な優しさが水槽全体を死に(いた)らしめる事もある、アクアリウムの世界を生き抜いてきた利眞守(とします)は、今こそ鬼となる!

その為にラーニャの肉体に"しっかりと痛みを覚えさせる"必要があった。

直後、彼女が体勢を崩すように乱暴に投げ捨て、またすぐに背後を取る。

(まと)わりつくような痛みから解放されたその一瞬、生物の肉体は本人の意思に反して"一切の言う事を聞かなくなる"タイミングがある。

それを見切った利眞守(とします)はラーニャの両(あし)めがけ技を放つ。


「禁じ手殺法(さっぽう)が1つ!ギュンター式落凰呪縛鎖らくおうじゅばくじょう!」

"──ドシュッ!"


「があぁあぁぁ!!」


落凰呪縛鎖らくおうじゅばくじょう・・・(あま)()ける鳳凰(ほうおう)すらも地に落とし、その呪縛(じゅばく)(しば)り付ける呪いの(くさり)。お前は最早(もはや)その場から1歩も動く事は出来ない」


「し、障害が・・・!!」


よろめきながら片膝を着き、殺意に満ちた眼で利眞守(とします)(にら)みつけるが、その意思に(はん)して(あし)が言う事を聞かない。

苛立(いらだ)ちと屈辱(くつじょく)(ねん)(つの)る彼女の頭の中に"誰か"が直接語り掛ける。


(ラーニャもう止めて!!)


「な、何言ってやがるニア!コイツは障害だ!」


(その人は私達に危害(きがい)(くわ)えたりしない!)


「そんなモン信じられるか!お前は優しすぎるんだよ!そうやって周り(かば)って傷付くのは、いつもお前じゃねぇか!!」


突然取り乱したかのように"(ひと)り言"を叫び続けるラーニャを見て利眞守(とします)は言葉を失った。

なぜなら彼の耳に"ニア"の声は届いていなかったからだ。



「やっぱりテメェは障害だ!これ以上ニアを・・・傷付けるなあぁあぁぁ!!」


落凰呪縛鎖らくおうじゅばくじょうにより自由を奪われた体で、再び襲い掛かろうとするラーニャだが、結果として体勢を崩しその場に倒れ込むだけとなった。


(ラーニャ!!)


「うるせぇ!お前を(まも)れるのはオレしかいないんだ!誰であろうとお前を傷付けるヤツは・・・皆殺しにしてやる!!」


「・・・ラーニャ!!」


倒れたラーニャの前で片膝を着き、彼女の目線に合わせた利眞守(とします)が両手を()()べる。


"──スス・・・パンッ!"


「っ!?」


「なんだか、わからないが今は眠れ」


()()べた両手を()り合わせたかと思ったら、今度はいきなり手を叩く。

すると先ほどまで発狂(はっきょう)していたラーニャは目を閉じ死んでしまったかの(ごと)く動かなくなった。

だが本当に死んだ分けではなく、コレはただ眠っているだけ。

禁じ手殺法(さっぽう)が1つギュンター式ルーラビィ・ノック。

音を(かい)して直接相手の脳を深い眠りへと(いざな)い、対象を一切傷付ける事なく無力化する非殺傷(ひさっしょう)技であり、まさに今のような状況下でこそ真価(しんか)発揮(はっき)する慈悲(じひ)の禁じ手。



「オーナー・・・大丈夫?」


「ん?あぁ大丈夫だ」


危険はないと判断したのか、隠れていたプレ子が()け足で利眞守(とします)と合流する。

やはり彼女を避難させておいて正解だった・・・もしラーニャがプレ子に襲い掛かろうとしたら、きっと手加減なんて出来なかっただろう。

複雑な思いで眠るラーニャを見つめていると、彼女を(つつ)み込んでいた禍々(まがまが)しい邪気(じゃき)が消えてゆくのが確認できた。


「ニア・・・それともラーニャ・・・本当のお前はどっちなんだ?」


眠る彼女を優しく()き上げ自宅の布団(ふとん)に運び()え、一息ついた利眞守(とします)はラーニャに付けられた切り傷を親指でなぞりながら、あの瞬間を思い出す。



「・・・」


「・・・痛い?」


「まさか」


「・・・」

"──ドッ"


「っ!?」


突然プレ子が利眞守(とします)の背中に()き付いてきた。



「・・・オーナーはバカだから痛くても痛いって言えないんでしょ?」


「誰がバカだってコラァ!」


喧嘩腰(けんかごし)利眞守(とします)の返しに、普段なら噛み付いてくるプレ子が今は何もしてこない。

それどころか彼のジャケットをギュッと(つか)み、その背中に顔を密着させてきた。

なんだか彼女の声のトーンは小馬鹿(こばか)にした物言いと言うより彼を心配して()い掛けている・・・そんなニュアンスだ。


「オーナーがどんなに強くたって痛いモノは痛いだろうし、(つら)いモノ(つら)いと思う。でも本当にオーナーが(つら)い思いをしてる時って必ず、虚勢(きょせい)()って誤魔化(ごまか)してるじゃん・・・私にだってわかるよ。ずっとオーナーと一緒にいるんだから」


「プレ?」


「でもそれって私達に心配かけないようにしてる、つもりなんだろうけどさ・・・余計心配になるんだよ。だってオーナーなんでもかんでも自分1人で(かか)え込んで私達を(たよ)ってくれないじゃん。少しくらいさ・・・誰かに(たよ)っても良いんじゃないの?」


彼の心境(しんきょう)(さと)ったのかプレ子は優しすぎるくらいに声を掛ける。

確かに利眞守(とします)はラーニャの一撃によりダメージを()っていたが、ソレは物理的な意味ではない。

むしろこの程度ただのかすり傷。

それよりもメンタル的な意味でダメージを()っていたのだ。

今まで利眞守(とします)にとって禁じ手殺法(さっぽう)は"絶対"の象徴(しょうちょう)であり、彼の根本にある自信であり(ささ)え。

それが音を立てて崩れ落ちる・・・このダメージは当人にしか、わからない事だろうが致命傷(ちめいしょう)となり()る程の出来事だった。


「それにオーナーは相手が水生生物(私達)だったから本気になれなかった・・・そうでしょ?」



図星(ずぼし)だ・・・プレ子の言葉はどれも的確に彼の心境(しんきょう)()ぬいてくる。

痛くても痛いと言えない?

相手が水生生物だから?

ここまで言い当てられると泣きたくもなってくる。

しかしその目から涙が(こぼ)れ落ちる事はなかった。

それは意地でもある。

ちょっと優しくされただけで誰が泣いてやるモノか。



「お前に心配されるたぁ俺も落ちたモンだな。誰かに(たよ)っても良い・・・か」


()き付くプレ子を優しく(はら)って彼女に正面から向き直る。


「だったら・・・お前が(たの)もしいくらい立派(りっぱ)な熱帯魚になってくれよ?そしたら俺にも・・・俺にも本気で甘えられる相手が出来るってモンだ」


「私はもう立派(りっぱ)なプレコストムだぞ。オーナーの1人や2人いつでも受け入れてやる!」


「プレ・・・」


「オーナー・・・」


なんとも言えない時間が2人を(つつ)み込む。

こんな感覚は生まれて初めてだ・・・どう表現して良いか分からないが、一言で例えるなら"悪くない"とでも言っておこう。

視線同士が絡み合い、2人はどちらからともなく自然に手を取り合う。


「優しさってのは"人を(うれ)う"と書くんだぜ?」


「・・・知ってる」


「・・・」


「・・・」


その会話を最後に無言のまま2人は互いに見つめ合う。

その時、どこからか視線を感じた利眞守(とします)()り返ると、そこには上体(じょうたい)を起こしたラーニャが・・・いや、その(ひとみ)綺麗(きれい)な青色をしている・・・ニアだ!

(ほほ)を赤らめキラッキラッした眼差(まなざ)しでニアがコチラを見つめている。


「あっ・・・あの・・・どうぞ・・・続けてください」


「・・・」

「・・・」


「ドキドキ・・・ドキドキ・・・」


利眞守(とします)は思い出す。

ルーラビィ・ノックで眠らせた相手は5分ジャストで目を覚ます事を。

彼女を布団(ふとん)まで運ぶのに約3分。

その後感傷(かんしょう)(ひた)っていた時間は約1分。

プレ子が()き付いてきたのは、その1分後。

つまり──

「ニ、ニアいつから見てたの!?」


「さ、最初から・・・です・・・はい・・・」


「いやあぁあぁぁ!ただの公開処刑だぁ!!」


利眞守(とします)とプレ子は、先ほどまでの自分達がなんだか急に恥ずかしく思えてきた。

しかも何かを期待しているかのような眼差(まなざ)しでニアがコチラを見つめている事が、さらに追い打ちをかける!


「ニアャアァ!変に勘繰(かんぐ)るなよ!別に何もねぇからな!発展なんざしねぇからな!!」


「ドキドキ・・・」


「わざとらしく擬音(ぎおん)(かな)でるなぁ!!プレお前からも何とか言ってや・・・れ?」


そこにプレ子の姿はなかった。

彼女は顔を()()にしながら一足先に逃走していた。

(あい)()わらず本題の"願いを叶える"というスタートラインに立つまで()り道をしたが、これで落ち着いて話が聞けそうだ。

さっさとプレ子を見つけ出した利眞守(とします)は改めてニアの願いを聞いてみる。


「んん!いいかニアさっきの事は忘・れ・て!!願いを聞かせてもらおうじゃないの」


「で、では・・・その・・・あっ・・・でも・・・」


"いいよ"と言われた事でも自分の願い事を叶えてもらうのは"わがまま"だと考えてしまうのか、言い出すのを躊躇(ためら)っているようだ。

そういう性分(しょうぶん)だから仕方ないと言えば仕方ないのだろうがソレでは(らち)が開かないので、利眞守(とします)は助け船を出す事にした。


大胆不敵(だいたんふてき)でスマートに、不条理(ふじょうり)な程にスタイリッシュ。その身に余多(あまた)の視線を受けて、背負った想いは幾星霜(いくせいそう)森羅万象(しんらばんしょう)(もっ)てして(はか)れる規格(きかく)のない男。それがこの俺、戦場(いくさば)利眞守(とします)


前回、言いそびれたセリフを文言(もんごん)を変えて再度言い放つ。

以後コレが(ひそ)かに利眞守(とします)の決めゼリフとなった事を知るモノは誰もいなかった。


「あの・・・」


きょとんとするニアに対して決めゼリフを言い終えてから微動だにしない利眞守(とします)

それを見()ねたプレ子が、さらに助け船を出す。


「俺はそのくらい凄い男だから、遠慮せずに願いを聞かせてくれって意味だと思うよ?」


(コク・・・コク・・・)


無言のまま(うなず)く彼を、(あき)れた表情で受け流すプレ子。

それを聞いて水槽の中から、普段の利眞守(とします)達を見ていたニアもなんとなく理解した。

決心したのかオドオドしながらも自らの願いを語り始める。

内気な彼女にしては上出来だ!


「わ、私の願いは・・・そ、その・・・私じゃなくて・・・あの・・・ラーニャの事・・・です・・・はい」


「ラーニャ?でもラーニャってのはニア──」

「あっ・・・いえ・・・違うんです・・・ラーニャは・・・その・・・」


「お?お??」


「こらぁ!話が進んでないぞメカクレ共!!」



プレ子の性格上、ニアのオドオドした態度は()れったさ以外の何物(なにもの)でもないのだろう。

それに(くわ)えて利眞守(とします)も、ずけずけと踏み込んで行かないから、さらに()れったいのだ。

そんな2人を叱咤(しった)すべく口を(はさ)もうとしたのだが1人ずつ言っていては面倒だ。

そこで利眞守(とします)とニアの共通点である、目元が見えない事を()(くる)めてメカクレ共と(りゃく)して()かしてきた。

だがニアは前髪の隙間(すきま)からチラチラと片目(かため)が見えているの対し、利眞守(とします)はキャップの影で完全に目元が隠れているので、正確に言えば2人のメカクレというジャンルは別の(あつか)いとなる。


「あうぅ・・・メカクレ・・・」


「俺は違うだろ!目ぇ見えてるだろ!!」


申し訳なさそうに(ちぢ)こまるニアとは対照(たいしょう)的に"俺の目はココだ!"と指差(ゆびさ)利眞守(とします)

しかしキャップの(つば)が作る影に隠れて、相変(あいか)わらず彼の目元は見えない。

おそらく未来永劫(みらいえいごう)何があってもこの先、利眞守(とします)の目元がお披露目(ひろめ)される事はないだろう。

無論(むろん)片目(かため)であろうとも。


「まぁ()かすなよ。全員がお前みたく溌剌(はつらつ)な性格じゃないんだ。ニアにはニアのペースってモンがあるんでねぇの?なぁ?」


利眞守(とします)のフォローを受けてニアは語り始める。


「オーナーさん・・・いえ・・・はい・・・え~と・・・私とラーニャは・・・その・・・別々なんです」


「別々?どういう意味だ?」


「あ、はい・・・え~・・・私とラーニャは2つで1つ・・・え~と・・・」


「・・・つまりニアとラーニャは1つの身体(からだ)を互いに共有しあってるって事か?」


「あっ!それです、はい!」


こいつは驚いた!

あり()ないと思いつつも可能性の1つとして考えていた事が、まさかのビンゴだったとは。

彼女の豹変(ひょうへん)ぶりと、自らをラーニャと名乗った事などを()まえてニアは"解離性同一性障害(かいりせいどういつせいしょうがい)"と呼ばれる多重人格・・・いや"多重魚格"とでも言うのか?

とにかく、その(たぐ)いかと思っていたのだが、事はそんな単純な事ではなかった。

言うなれば1つの身体(からだ)に2つの心・・・ニアとラーニャは"別々の意思"を持った生命(いのち)として確実に存在している。

そんな"彼女達"の願いを叶える・・・もしかしたら今までとは比べ物にならない程の内容になるかも知れない。

しかし利眞守(とします)(ひる)まない!



「な、なるほど・・・つまり今もラーニャは見てるって事か?」


「あ、はい・・・その・・・(あば)れてます・・・」


「ったく・・・()しがたいヤツだな」


「ち、違うんです!彼女は・・・そんな悪い子じゃないんです!!悪いのは・・・私なんです・・・」


何気(なにげ)ない文句に対して、ニアが珍しく強い口調(くちょう)反論(はんろん)してきた。

彼女の食い気味(ぎみ)な反応は何かある・・・利眞守(とします)はさらに1歩踏み込んだ。



「そりゃまた、どういう意味で?」


「彼女が攻撃的になったのは・・・全部・・・私のせいなんです・・・私が・・・自分の意見も言えないような・・・臆病者だから・・・」


「ニアを(まも)れるのはオレしかいない・・・アイツもそんな事を言ってたな。もしかして願いってぇのは、自分(ニア)の事は大丈夫だからアイツには安心して自由になってほしいとか、そういう事か?」


「は、はい!でもラーニャは・・・その・・・私の言う事を聞いてくれなくて・・・だから──」

(よう)するにラーニャは、お前の為に()くそうとしてる分けだ。それを(わずら)わしいと思っているのか?」


少々キツい言い方にも聞こえるが、なんとなく2匹の関係性、その本質が見えてきた利眞守(とします)には考えがあった。



「もっとも身近にいる存在だからこそ(つた)わらない事だってある。ニアの願いはラーニャの為に・・・そこまではわかった。じゃあラーニャの願いって何だと思う?もし、お前の為に生きる事がアイツの願いだったらどうする?」


「えっ・・・」


「考えた事もなかったか?そりゃお前達は一心同体(いっしんどうたい)と言っても()(つか)えない関係性だ。互いの事を探索するようなヤボなマネなどするまいて。だからこそ俺がいるんだよ」



その言葉を残すと、店の奥から大量のチラシを持ち出して簡素(かんそ)なテーブルの上に広げ、黙々(もくもく)と何かを作り始めた。

大きく固いチラシを折ったり広げたり、利眞守(とします)はなぜかこのタイミングで()(がみ)をしているのだ。

その様子(ようす)を黙って見つめるプレ子とニアは初めて見る、()(がみ)に興味深々(きょうみしんしん)身を乗り出して作業を見つめている。

"──ペリッカシャカシャ"


「え~と・・・こうだったかな?ほんでもってココを広げて()()を付けて・・・こうだよな?」


「オーナー、オーナー!なに作ってんの?」


「ちーと待ちんしゃい。最後にココを折って・・・出来た!」



数分で完成した利眞守(とします)の作品は、三角形に取手(とって)を付けたような珍妙(ちんみょう)な物体であった。

本人が完成と言っている以上コレが完成形なのだろう。

しかしニアとの会話を中断してまで、この三角形を作った目的が分からない。

そんなプレ子達の疑問など気にも止めず、満足そうに三角形をクルクルと回しながら投げては(つか)み、投げては(つか)みを繰り返している。


「それなに?」


「ん?おぉ説明するのを忘れてた!コイツは失敬(しっけい)。これぞ話題の超絶グレイトフル刺激的アルティメット完璧エキセントリック究極マスター無双マックス真ファイナル無敵スーパーノヴァ竜王サイクロン大蛇アームストロング白虎フルスロットル雷神ジェット神裂ダークネス最強ゴッドインフェルノ森羅万象ハーデス天上天下アヴァロン一撃必殺オーバードライブ阿修羅メテオストライク明鏡止水エクスプロージョン覇王ドラゴンテイル百式エメラルドソード超粒子ディメンション焔オブレジェンド三日月バスター山茶花ハウリング──」

「いつまで引っ張る気だ!!」


この瞬間を待っていた!

(ごう)()やしたプレ子が文句を言ってくるこの瞬間を!

その為にわざわざ長い"フリ"をした甲斐(かい)があったと言うモノ。

プレ子とニアの注意が、完全に自分に向いている事を確認して利眞守(とします)は次なる1手に打って出る。


「アスタロ・・・って、おい後ろ!」


突然大声でプレ子達の背後を指差(ゆびさ)し、驚きの表情を浮かべる利眞守(とします)

何事(なにごと)かと2匹が背後を振り向いたその時、あの三角形を大きく振りかぶり、勢いよく振り下ろす!!


(さぁ上手くいってくれよ!!)

"スッ・・・パァンッ!!"


「きゃあぁぁ!!」

「にゃあぁぁ!!」


振り下ろされた謎の三角形は(かわ)いた破裂音を店内に(とどろ)かせながら(やぶ)()り、己の使命を(まっと)うした。

それと同時にプレ子とニアが悲鳴をあげながらビクッ!となるのが見てとれる。

この三角形の正体は通称、紙鉄砲(かみでっぽう)と呼ばれる古き良き時代の玩具(おもちゃ)の1種である。

しかし本題はなぜ紙鉄砲(かみでっぽう)を作り、2匹の不意を打ってソレを()らしたのか?

その答えは(いた)って単純なモノだった。



「と、言うわけだ。聞いてたよな"ラーニャ"?」


「・・・」


無言のまま振り返ったニアの瞳は緋色(ひいろ)をしている。

間違いないラーニャだ!

ピラニアが覚醒(かくせい)する条件の1つに大きな物音を立てるというモノがある。

そしてラーニャはニアを(まも)る為に(あら)れる事もわかっている。

全部のピラニアが、そうなのかは知らないが少なくともニアの場合、血や物音で覚醒(かくせい)する最大の原因は、どちらも"(あらそ)い"をイメージする事があげられる。

内気で気弱(きよわ)で優しいニアが(あらそ)いに巻き込まれれば被害を(こうむ)るのは目に見えている。

だからこそ強気で攻撃的で戦闘能力の高いラーニャが(おもて)に出てくるのだろう。


「気に入らねぇ・・・」


「何がだ?」


「うるせぇ!!」

"──シュパッ!"


いきなり(するど)い手刀で襲い掛かるラーニャだが、2度も同じ手を食う利眞守(とします)ではない。

余裕とばかりに受け流し、彼女と会話をしようとするがラーニャはお(かま)い無しに攻撃してくる。

まずは話を聞いてもらわない事には発展のさせようがない。

この日からラーニャとコミュニケーションを取る為の日々が始まった。



1日目。


"シュパッ!──ズサッ!──シャッ!"


「はーはははっ!かすりもせんぞ!!」


「クソッ!障害風情(ふぜい)が!!」


相変(あいか)わらず邪気を放出しながら襲い掛かるラーニャ。


「一流のアクアリストとは1度犯したミスは2度としないモンだぜ?はい右、か〜ら〜の左回し蹴り、ほんで左手刀の突き、最後に右手刀の振り下ろしだな」


「くっ・・・!!」


「右からの振り下ろしってのは実を言うと右側が、がら()きになるんだぜ?だから腕を上げて下ろすまでの(わず)か1秒以下のタイミングでソコをすり抜ける事が出来るのよ」


「うるせぇ!テメェに言われなくても分かってんだよ!」


「素直じゃないな。はーはははっ!」



3日目。


「・・・」


「ラーニャ・・・そろそろ話を──」

"──ザシュッ!"


「うぉっほ!危ねぇ!!」


最近のラーニャは利眞守(とします)急襲(きゅうしゅう)しなくなっていた。

これは大きな進歩(しんぽ)だが、声をかけると相変(あいか)わらずだ。

しかしなにより、他を()せ付けようとしなかった、あの邪気(じゃき)(わず)かながら、その勢いを落としつつある。

もう少し・・・もう少しでラーニャとコミュニケーションが取れる!

利眞守(とします)は気合いを入れて彼女に語り続けた。



5日目。


「・・・」


「ラーニャ」


「なんだよ」


「片膝を立てて座るな」


「うるせぇ」


「パンツ見えてるぞ?」


「黙れ」


「・・・白の──」

「い、色まで言ってんじゃねぇよ!テメェは変態か!?」


5日目ともなると邪気は完全に消え去り、距離を置きつつもラーニャは利眞守(とします)達の前でベタッと座るようになった。

これが意味するモノ(すなわ)ち、警戒心が薄れている証拠である。

ベタッと地面に座るという行為はイコールで次の行動を起こすまでのタイムロスを意味していた。

つまり"敵"を前にして、この体勢を取ると()め時を逃したり(ある)いは相手の攻撃に対して防御ないし、反撃するまでに遅れを取る事になる。

身近な存在としてネコを思い出してほしい。

ネコは、ぐで~っと無気力に寝転がる時と両腕両足を折り(たた)んで、ちょこんと座ってる時がある。

ぐで〜っ状態はイコールで安心している時。

逆に、ちょこんと座っている時は警戒心を持っている時で、これもすぐに次の行動に移す為の体勢なのだ。

他にも戦国時代の武士達は(うたげ)の場であろうとも、(わず)かに腰を浮かせていたという。



"──ガブリッ!"


「いやあぁあぁぁ!なんでぇ!?」


「変態には死あるのみ!」


たが予想外の展開として突然プレ子に噛み付かれた!

最近の彼女は妙にヒステリックだ。

おそらく、その原因はニア&ラーニャに対する強烈な劣等感(れっとうかん)(身体的な意味で)だろう。

背後から利眞守(とします)羽交(はが)()めにしながら容赦(ようしゃ)なくプレ子は噛み付いている。

それを見たラーニャはニヤッと凶悪な笑みを浮かべ、おもむろに立ち上がる。


「ククッ・・・おいプレ!そのままソイツを押さえておけ!今度こそ息の()止めてやる!!」

"──スタッ!"


この()を逃すまいとラーニャが一気に(せま)り来る!

その光景に危機感を覚えながらも、利眞守(とします)は嬉しさを感じていた。

なぜなら孤高(ここう)の1匹(おおかみ)として誰とも、つるまなかったラーニャが初めて自分からプレ子に声をかけ、さらに名前まで呼んだのだ!

しかーし!今はそんな状況ではない!

さっさと逃げなければ、ラーニャの手刀で()()きにされてしまう!

その上ヘタな逃げ方をすればプレ子に誤爆(ごばく)する可能性もある!



「ぬぬくっ・・・エスケープ!!」


そこで利眞守(とします)の取った行動はプレ子を背後に(かば)いながらギリギリまでラーニャを引き付け一気に跳躍(ちょうやく)

そのまま側宙(そくちゅう)のような体勢でクルクルと回りながら胡座(あぐら)の体勢で見事に着地した。


「その(ほう)心意気(こころいき)見事なり!大義(たいぎ)であった!!」

"──パンッパンッ"


両腕を(しば)られてる為、靴底(くつぞこ)をパンパンと打ち()らしてラーニャの進歩(しんぽ)敬意(けいい)を払う。



10日目。


「・・・」


「オーナー、オーナー!あの本棚(ほんだな)には何入れるの?」


本棚(ほんだな)に入れるモノ?ん~・・・やっぱり()()()


「・・・」


「オーナー、オーナー!買ってきた戦車が汚れてるよ!」


「それじゃ、さっそく戦車を()()しましょうかね」


「・・・」


「オーナー、オーナー!虫が()いてるよ!」


「虫が()いてんの?たまには笑えば良いのにね」


「・・・ぶふっ」


「あっ!ラーニャが笑った!!」


「わ、笑ってねぇよ!」


「ぶふっ言うて吹き出してんじゃねぇかよ」


「だから笑ってねぇっつってんだろ!だいたい、なんなだよ!?くだらねぇシャレを言ってたかと思ったら、いきなり()いてるなら笑えば良いってテメェの感想になってんじゃねぇかよ!?普通虫が()いてんなら()()しとけ、とかそんなんだろ!?笑えば良いってそんなもんシャレでもなんでもねぇだろ!!」


顔を()()にしながら全力の否定をするラーニャ。

普段が普段だけに必死になって誤魔化(ごまか)そうとする彼女の姿は、非常に可愛(かわい)らしい。

利眞守(とします)とプレ子の不意を打ったコンビ技に思わず吹き出してしまったのが、相当恥ずかしかったのだろう。

そして10日目ともなるとラーニャは物理的な攻撃をして来なくなった。

それどころか必殺の間合(まあ)い(確実に相手を仕止(しと)められる距離)に入っても、彼女は何をしてこない。

これは非常に大きな進歩(しんぽ)だ!!

その証拠にプレ子に(いた)ってはラーニャにペチペチッと、じゃれつく事さえ出来るようになった。

女同士というのもあるとは思うが、以前のラーニャからは想像も出来ない事である。

利眞守(とします)は10日という長い時間をかけて彼女の心を開いたのだ。

ならば、そろそろ本題を出す頃合(ころあ)いか?

ラーニャに向き直り、彼女の願いを聞いてみる。


「さぁて俺達の距離も、だいぶ縮まって来たと思わないかラーニャよ?」


「死ね」


「お前にはお前らしく生きてほしい・・・それがニアの願いだ。じゃあニアがそう願っているお前の願いは何なのか?教えてくれないか」


「・・・」


「ラーニャ」


「オレの・・・願い・・・」


考え込んでいるのか、(うつむ)いて目を閉じるラーニャ。

自分の願いは何なのか?いくら考えても彼女の頭の中に浮かぶのはニアの笑顔だけだった。

つまり──

「・・・ニア」


「ふ~む・・・ある意味予想通りと言うかなんと言うか」


互いが互いを思い願っている・・・それはある意味で矛盾(むじゅん)した願いでもある。

ニアの願いはラーニャの為に、ラーニャの願いはニアの為に。

この(よじ)れた願いを叶えられる存在は、後にも先にもこの世に利眞守(とします)ただ1人!

なぜなら彼こそが──

大胆不敵(だいたんふてき)でスマートに、不条理(ふじょうり)な程にスタイリッシュ。その身に余多(あまた)の視線を受けて、背負った想いは幾星霜(いくせいそう)森羅万象(しんらばんしょう)(もっ)てして(はか)れる規格(きかく)のない男。それがこの俺、戦場(いくさば)利眞守(とします)



気合いの決めゼリフを吐きながら2匹の願いを同時進行で叶えてしまおうと、利眞守(とします)は"あるプラン"を立てていた。

それは互いの事を強く思うニアとラーニャだからこそ出来る事であり、彼自身も根拠(こんきょ)はないが上手(うま)く行くような気がしてならなかった。

それと同時に利眞守(とします)自身も、自分の願いって何かなぁと考えてみる。

その結論は、決めゼリフの(さい)どこからともなくイナズマないしプラズマのエフェクトが出てくれればなぁ・・・と非常に平和な願いだった。



「で、どうするの?」


「簡単ではないが単純な事だよ。ニアには自分の力でラーニャに安心してもらえるように強くなってもらう。そんでラーニャには自分の力でニアを笑顔にしてもらう。そして俺達は2匹の為に全力でサポートをするってわけよ」


「願いを叶えるのはオーナー1人の力じゃないって事だね」


「ほう、(するど)いじゃないか」


「つまりオーナー1人じゃ何も出来ないから協力してくれって事だ!」


「目の付け所がシャープ過ぎるな・・・若干(じゃっかん)引っ掛かる言い方だが結論としては、ほぼ同じ意味か」


別に意地を張るわけではないがプレ子の一言に(しぶ)い顔をする利眞守(とします)

テンションの下がらない内に、さっそくプランの段取(だんど)りに取り掛かろうと、腰を上げたその時──

「オーナーさん・・・」


「ラー・・・じゃなくてニア?あら?アイツはどったの?」


そこにいたのは、いつの間にかラーニャと入れ替わり(おもて)に出てきていたニアだった。

相変わらずモジモジしているが、その表情はとても嬉しそうである。

何があったのか聞いてみると彼女は微笑(ほほえ)みながら、その理由を教えてくれた。


「ラーニャが・・・笑ってるんです・・・私は・・・彼女が笑ってるところを初めて見ました。きっとオーナーさんやプレ子さんに出会わなければ彼女は・・・純粋に笑う事なんてなかったと思います」


もしや、さっきの"笑えば良いのにね"がツボに入っているのか?

咄嗟(とっさ)に思い付いたネタと言えど、そんなにウケてくれるのならこれ以上に嬉しい事はない。

そしてラーニャが笑えばニアも笑う・・・これは最高の連鎖(れんさ)じゃないか!

見えたぞ!ニアとラーニャの願いを叶える為に()すべき事が!

それは"笑顔"だ!

確かな手応えを感じた利眞守(とします)は、力強く(こぶし)を握る。

そして今だからわかる。

ラーニャを安心してもらう為に、ニアに必要な強さとは笑顔であり、その笑顔を(まも)る為にはラーニャにも笑ってもらうのだ!


「見てみろよラーニャ。これがお前の(まも)ろうとしていたニアの笑顔ってヤツじゃねぇのか?その心身が血に染まるまで、必死こいて牙を振り回さなくても、ただお前は純粋に笑ってるだけで良いんだ。さむいセリフになるかも知れんが、大切な相手を(まも)る為の(つるぎ)は血に染まった牙なんかじゃない・・・お前の笑顔なんだよ」


(・・・)


「・・・私も・・・ラーニャに安心してもらえるように・・・強くなる・・・だから・・・!ラーニャにも・・・笑ってほしい!」


(・・・!!)

"──ドサッ"


突如(とつじょ)(うつむ)き片手で顔を(おお)いながら片膝を着くニア。

しかし(おお)った手の隙間から見えるのは緋色(ひいろ)(ひとみ)・・・今度はラーニャが(おもて)に出てきたようだ。

その時、彼女の異変に気付いたプレ子がラーニャに(あゆ)()り、腰を落として同じ目線になる。

背の高い利眞守(とします)からでは、ちょうど影になって見えないが彼女の(ひとみ)からは──

「ラーニャ・・・泣いてるの?」


「ニアが・・・オレに笑ってほしいって・・・自分の事すら何も言えなかった・・・ニアが」


緋色(ひいろ)(ひとみ)から、止めどなく涙が(あふ)れてくる。

(ほほ)(つた)い、指の隙間を(くぐ)り抜け1つ、また1つと大粒の涙が無機質(むきしつ)なタイルに吸い込まれていく。


「オレは・・・間違ってたのか?オレが今までしてきた事がニアを苦しめてたのか?」


「・・・」


「ニアを(まも)る・・・その思いすらも全部オレの自己満足だったのか?ニアが本当に求めてるモノ、願っている事さえ分からなかった・・・いや、分かろうとしなかったオレの・・・!」


「・・・かもな。だが自己満足だったとしてソイツの何が悪い?そんなモン()い掛けたところで誰も答えられまいよ」


「うるせぇ・・・」


「だけど大切な事には気付けただろ?ニアの本当の気持ちってヤツがさ。それに気付いたから止めどなく涙が(あふ)れてくるんじゃないか?」


「・・・?」


「その涙は今までの自分の(おこな)いがムダだとか、愚考(ぐこう)だったとかに対する後悔や苛立(いらだ)ちの涙なんかじゃない。ニアが自分の意思で意見して、お前に対して笑ってほしいって初めて思いを(つた)えて来た・・・その嬉しさが涙の正体だろ」


「・・・!!」



利眞守(とします)の言葉は彼女の真意(しんい)()抜いていた。

だからこそラーニャは(くや)しかった。

決壊(けっかい)したダムが(ごと)く感情が、思いが、涙が(あふ)れてくる。


「チクショウ・・・!結局テメェの事すら何も知らなかったのはオレの方だったってわけかよ!!」


(ラーニャ・・・)


「・・・ほぉらラーニャ!ニアの願いを忘れたか?」



誰が泣き顔を見せてくれと言ったか。

ニアは一言だけ、笑ってほしいと言ったのだ。

ならばラーニャには"あのフレーズ"で笑っていただこう!


「オーナー、オーナー!ラーニャが()いてるよ!」


「ラーニャが()いてんの?たまには笑えば良いのにね」


「・・・2度も同じセリフで笑うかバカ野郎」


文句を言いつつもラーニャは笑った・・・()()(かえ)り血(したた)殺し屋(ヒットマン)が、今は綺麗(きれい)な涙で(ほほ)()らしながら微笑(ほほえ)んでいる。

その表情たるや、なんと良いモノか。

これがニアとラーニャの絆をより強固(きょうこ)に結びつける笑顔の()け橋であり、最強の(つるぎ)となるのだ。


(ニア・・・すまない・・・そして、ありがとう)


(ラーニャが謝る事なんて何もない・・・だから・・・いつまでも、その笑顔を忘れないで)



"──パアァアァァァ!!"


激しい光に(つつ)まれながらもラーニャの微笑みはハッキリと見える。


「おい利眞守(とします)とか言ったな。最後の最後まで、よくわからねぇヤツだったが少しは認めてやるよ・・・お前の事」


「お?ラーニャにもデレ属性があったのか。素直じゃないねぇ」


「・・・オーナーさん、プレ子さん・・・その・・・ラーニャの事・・・ありがとうございました」


「ラーニャだけじゃなくニアもだ。まぁアクアリストとして、このくらいは当然の事よ!」



"──パアァアァァァン!!"


光に(つつ)まれ2匹は水槽へと、もどっていた。


「ちと変わったタイプだったが友情ってのは悪くないモンだな」


1つの身体(からだ)に2つの心を持ったピラニアの少女、ニアとラーニャ。

今までの彼女達は、互いに(もっと)も近い存在だったが(ゆえ)に、互いを理解する事が出来なかった。

しかし今後は、そんな杞憂(きゆう)(いだ)く必要もあるまい。

どちらからともなく笑顔で手を取りあい、一方的な思いではなくニアはラーニャの、ラーニャはニアの本当の気持ちを理解する事が出来た。

その(あかし)こそ彼女達の笑顔だなどと、そんな事は最早(もはや)語るまでもない。

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