プロローグ プランも水槽も立ち上げが肝心
時代は現代、舞台は某所。
その中でもローカルな風合い漂う某地区のとある場所。
陸の孤島、或いは世界の終着点。
最果ての地を彷彿とさせるムダに開けた土地のど真ん中には一軒の水生生物専門店が存在する。
奇跡的な立地条件の悪さにもめげず、デンッと構えるその店は地元民でも通らない横道を抜け、急勾配な上り坂を突っ切り、遊具も無い地味な公園を目印に十字路を右折。
さらに、そこから約1km直進した所にソレは突如現れる。
古ぼけた外装に破れた暖簾、塗装の剥がれた看板は辛うじて読める程度。
店の名は"アクアリウム・バックヤード"
まだまだ陽の光が眩しい時間だというのに、周辺には人っ子ひとりの気配も感じられない。
それどころか蟻んこ1匹すら、その気配を感じ取る事ができない。
にも拘らず周りの事など我関せずと、その店を1人で切り盛りする男が居た。
緑色の長ズボンに黒いシャツ。
その上に緑色のジャケットを羽織り、頭にはトレードマークの色褪せたカーキ色のキャップ。
しかもソレを目元が隠れるまで深く被たその姿は紛う事なき変質者。
男の名は"戦場利眞守"。
元々は学生の頃からの趣味としてアクアリウムに興じ、後に卸のブリーダーとして生計を立て独立。
最終的には若くして自分の店まで手に入れた猛者である。
ポンプが生み出す穏やかな水流の音と、酸素を供給するエアーのブクブクをBGMに1人生体達の世話をしていたその時──
"──ガチャッ"
「相変わらず寂れてんなオイ!」
「それが客に対する第一声か?おぉ?宅配ぐらい、さっさと出来ねぇのか万年平社員!」
店にやって来たのは客ではなく学生時代からの幼なじみにして無二の悪友、現在は自ら立ち上げた小さな宅配業を営む強面男"千芭政宗"だった。
グレーにオレンジ色のラインが入ったツナギをバッチリ着こなし、程よく蓄えられたアゴヒゲと後ろ手に結んだ髪から、彼がヤンチャな学生時代を過ごしてきた事が窺い知れる。
対面するなり文句を言い合う2人だが、この貶し合いが彼らにとっては挨拶のようなモノ。
その証拠に利眞守も政宗も、その表情は澄み切っていた。
「おい・・・そこ片付けてくれよ・・・コレ結構重いんだよ」
「あんりまぁ、こりゃまた仰山な事で」
改めて見た荷物のスケールに利眞守は少し驚いた。
とりあえずレジ前に散らばったフィルターやらを片付け"ココに置け"の指示を出す。
"──ドサッ!"
「え〜とフィルターとエサとCO2ボンベ、それとガラス板・・・あっ、あとネットと砂利で全部だったよな?」
「パーフェクトだぜ」
荷物を受け取り、ささっと殴り書きのサインを済ませるとソレを政宗めがけカードのように投げ付ける。
挑戦的なパスに応え政宗も2本の指だけで華麗にソレをキャッチしてみせた。
お互い特に意味のない行為だが、それはそれで悪くない。
さっそく中身を確認していた利眞守は段ボールの奥底に転がった、何やら見慣れぬ物体を発見する。
それは円錐形の容器に入った・・・エサのようだが・・・?
「これなんぞ?」
「おうソレか?なんか俺宛のモンらしいけど、どう見たってお前の担当領域の代物だよな?別に魚のエサなんて必要ねぇし、つーわけでお前にやるよ」
「なにが"つーわけで"だよ。大体YAMAMOSOなんてメーカー聞いた事ねぇし何より"ドリームタブ"ってなんだよ?胡散臭さ満点でねぇの」
「そう言わずに貰っとけよ!」
シャカシャカと容器を振りながら"こんなモンいらねぇよ!"と返品を要求する利眞守に対し、政宗は暴力的な笑顔を浮かべながら親指を立てて気前の良さをアピールする。
悪友2人が揃えばこんなムダ話も毎度の事・・・なのだが、この時だけは"意味"が違った。
自営業の水生生物専門店アクアリウム・バックヤードを舞台に、史上最強のアクアリスト戦場利眞守の波乱に満ちた日常系異種コミュニケーション黙示録が今、幕を開ける!