二本目 「被害者」
この日を境に俺はスプーンを曲げることが可能となった。
しかし、手品ではない。ましてや力任せといった訳でもない。
当てはめるなら、超能力。
まさにタネも仕掛けも御座いません、である。
「御座いません」と言うよりは「分かりません」だ。
願いを叶えるだなんだ言われ、目が覚めると謎の名も知らない少女は居なかった。
そして、冗談半分でスプーンよ曲がれと念じたら、グニャリと熱で溶けた飴細工のように曲がった。
色々と検証してみた結果は次のようになる。
・手で触れず離れていても曲げられる。
・何故かどんなに繰り返し曲げてもスプーンが摩耗して折れる事は無い。
・頭でイメージした形になる(総体積、重量には変化なし)
・同時に何本でも曲げられそう。
以上のことが判明した。
・・・・・・・・・で?
つまるところ、これだけだ。
こんな事しか出来ない。
もしかしたら、あの少女は神様かなんかだったのかもしれない。
それなのに。それなのにだ。
俺が頼んだのはスプーン曲げ。
アホか、俺。
こんなこと、マジシャンだって出来る。
むしろ、スプーン曲げ以外の事も出来るマジシャンの方がマシだ。
こんな事なら別の事でも頼んでおくべきであった。
あと、体にも異常が起きた。
手の甲に数字の1が浮かび上がっているのだ。
擦って洗っても落ちないし、しかも、どうやら他の奴には見えて無いらしい。
後輩にも聞いてみたが、「何もないじゃないですか先輩」と返されてしまった。
不気味ではあるが、だがそれ以外は普通通りだ。
こうなった原因を突き止めようにも、分からずじまいで、謎の少女の行方も掴めない。
そんなこんなで1週間が経過した訳だが。
「本当にどうしたもんやら」
俺はかざした手の甲をジーと睨む。
「何やってるんですか勇利先輩?」
おっと、後輩に不審がられてしまったか。
学校では控えないとと思っていたが、無意識にやってしまっていた。
「いや、何でもないさ。そっちこそ何の本を見てるんだ」
「世界武器大全です。先輩もあとで見ますか?」
「お、おう。見てみるわ」
この子は俺の部活の後輩である、葉霧 雫。
黒髪おかっぱとJKらしからぬ髪型ではあるが、彼女にはそれが似合っている。それはもうだ。
顔も美少女の類いに当てはまり、その眼鏡をかけた姿は絵に描いたような文学美少女。
だが、神様とやらは釣り合わせる為にか、何かしらの欠点を付けるのだ。
この子はどこかしらズレている。
例えば、スズメを見て美味しそうとは普通思わねえだろ。
そう言うことさ。
この学校でも、美人ではなく、残念美人として有名だ。
俺は雫ちゃんからズシッと意外に重い本を受け取りながら、本人からすれば失礼極まりないことを考える。
「先輩、何か変なこと考えてませんか?」
「いやー、別にー」
ジト目の勘が鋭い後輩に冷や汗を流しながらはぐらかす。
そんなこんなで、いつもの通り夕陽さす部室でグダグダと2人で過ごした。
キーンコーンカーンコーン
存外気に入っている時間はあっという間に過ぎ、気づけば学校から帰れと訴える鐘の音が聞こえてきた。
「じゃ、そろそろ帰るか」
俺がカバンを手に帰る準備にかかる。
すると、雫ちゃんがふと思い出したかのように、読んでいた本から顔を上げ、気になることを言ってきた。
「そうだ、勇利先輩。最近変な事件があるので気をつけて下さい」
「事件?通り魔とか痴漢?」
「いえ、『変な』事件です」
ヤケに変を強調してくる雫ちゃん。
話を聞くと、なんでも最近おかしなことが起きてるらしい。
帰り道途中の道路のカーブミラーが二本に増えたり、かと思えばカーブミラーがスッパリ横に両断されていたり、カーブミラーが怪力で捻じ曲げられたようにグニャグニャだったり。
「なんていうか・・・間違いなく一番の被害者はカーブミラーだな。カーブミラーになんの恨みがあったのやら」
「聞いて思うのが、まずそれですか。いや、私も思いましたけど」
まるで、都市伝説だな。
三文ホラー小説のようなオチをつけるなら、そのカーブミラーが復讐に走るってな感じかな。
「でも、嘘だと思うかもしれませんけど本当に起きてる事なんですよ」
「ふ〜ん、なるほど」
確かに良く考えれば危ないな。
どうやったのかは知らないが、カーブミラーが切られたのだ。方法より結果。
それを起こした頭のおかしな奴らは、少なくともチェンソーとか持ってるかもしれない。
「なら、むしろ雫ちゃんの方が危険だろ。俺が家まで送ってあげるよ」
そんな話を聞いてしまっては、女の子一人で帰らすわけにはいかない。
「いえ、結構です」
しかし、雫ちゃんは頑なに俺の提案を断った。
「こんな事で先輩の手を煩わせる訳にはいきません」
「いや、危ないし、そういう訳には『結構です』・・・はい」
あまりの頑なな拒否に、なくなく引き下がる俺。
決して女々しいとは思わないでくれたまえ。
経験上から、こういう時の雫ちゃんは何を言っても譲らない。
これ以上言っても、平行線だ。
雫ちゃんはささっと帰る支度をし、部室を出で行こうと扉に手をかける。
だが、雫ちゃんはすぐに出ず立ち止まり、こちらを振り向いた。
「先輩のお気遣い嬉しかったです。では、また明日です」
そう言って雫ちゃんは笑顔を浮かべ、ペコリと頭を下げ帰っていった。
俺は恥ずかしながら、雫ちゃんの不意打ちの笑顔に見惚れてしまっていた。
「・・・でも」
俺は手にしている世界武器大全と記された本を見る。
およそ麗しき女子高生が、それこそ文学少女が読むどころか手にしている物ではない。
「やっぱ、変わってるよなあ」
ああ、確かに。これは残念だわ。