一本目 「スプーン曲げ」
人気の無い廃工場の片隅に、身を隠すように男女が居た。
「もう一度言ってくれるかしら?」
目の前の名前も知らぬ少女が疑うような眼差しで聞いてきた。
近くの高校の制服を着た少女。
しかし、何かで切られたかの様に真新しい制服と白い柔肌は傷だらけ。流血もしている。
俺のような紳士ならば、普通こんな時には110番をして少女の手当をするべきなのだろう。
しかし、現状況においてそれは悪手である。
警察が来ても助かる保証はなく、むしろ被害が大きくなってしまう。
それでは、この少女が頑張って身体を張った意味が無くなるではないか。
ならば、どうするべきか。
簡単だ。そんな事は決まっている。
俺は、もう一度ハッキリと少女に言った。
「俺の能力は【スプーンを曲げる】ことだ」
誰かがではなく、目の前の少女を俺が救ってやるのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ふぎゅっ!」
今に思えば、この行為が、この失態が俺の始まりだったのだろう。
高校からの帰り道、俺はタイムセールで手に入れた豚バラ肉で何を作ろうかと模索していた為、足元の注意が疎かになっていた。
短い悲鳴と足から伝わる柔らかい感触。
「た、たしゅてぐださぃ・・・ガクッ」
視線を下に向けた先には薄汚れた少女が倒れており、それを踏んづけていた。
「いや〜、助かりました!空腹でもう駄目かと思いましたよ。ありがとうございます」
「まあ、俺も気づかず踏んじまったしな。困った時こそ助け合いだ」
感謝の言葉を述べながらも箸を動かす手を止めず飯をかき込み続ける謎の少女。
しかし、俺の分まで食いやがったよコイツ。折角手に入れた豚バラが。
しゃあない、今日の夕飯はカップ麺にすっか。
そんな事を考えている内に、やっと箸が止まりふぃーと一息吐く少女。
「いやー、ありがとうございました。貴方は私の命の恩人です」
「それは言い過ぎだろ」
「いえいえ、あのままだったら空腹でミイラみたいに干からびて何処かの博物館に展示されてましたよ」
博物館て、コイツはクフ王みたく偉大なる血筋の者かなんかなのか。
何故にわざわざ例えをビッグスケールにするのか。
「というわけで、何か恩返しさせて下さい」
「そんなのいいって別に」
俺がかってにやったことだし。
それに何かしらの宗教は面倒くさいことになるしな。
俺はやんわりと断りを入れるが、この少女、中々引いてくれない。
だからこそ、俺はあんな適当なことを言ってしまったのだろう。
「じゃあ、あれだ。スプーン曲げのやり方とか知ってるなら教えてくれ」
「スプーン曲げ、ですか?」
「ああ、今度部活で一発芸しなきゃいけないからな。知ってるなら教えてくれ」
「なるほど、それなら出来ます」
おし、これで帰ってもらえるな。
・・・あれ、何か少女の体が光っている。
「では、貴方のその願い叶えましょう」
「え、ちょっとま」
そこで俺は意識が消えた。