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君の声が聞こえない  作者: 葉方萌生
最終章 僕はいま、君の声を探しにいく

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2.

東京へと向かう新幹線は、お盆やお正月に帰省するときとは違い、まばらに空席があってゆったりとしていた。もっとも、今年のお盆は実家に帰っていないので、あの時期の窮屈な新幹線の感じも、少し忘れつつある。

しかし、まさかこんな形で東京に帰ることになるとは思ってもみなかった。

それもこれも、彼女との不思議な再会と別れによってもたらされた結果だった。


「夏音……」


京都から東京まで約2時間半。今の自分にとって、その時間は永遠に続くかのように感じられて、移動時間の間中彼女のことが頭から離れなかった。しかし、新幹線のアナウンスが終点への到着を告げたとき、ふと我に返って言いようもない虚無感に襲われ、この先訪れる彼女の死との対面が怖くなって逃げ出したい気持ちにもなった。

それでも、新幹線から東京駅のホームに一歩踏み出した時、意外にも冷静にこの先の予定のことを考えている自分がいることに驚く。


実家は東京駅から少し離れていて、最寄り駅まで30分程電車に揺られていた。

「ただいま」、と玄関の扉を開けると、母が丁度リビングから顔を覗かせて、「まあ」と驚いた声を上げる。

それもそうだ、家に帰ることを家族に告げていなかったのだから。お盆もバイト尽くめで実家に帰らず、母は怒っているかとも思ったが、「おかえりなさい」と何の気なしに出迎えてくれてほっとする。

母は昔から温厚な性格で、僕が何をしようと決して「ダメ」とは言わなかった。それは今も同じで、僕の大学受験も、突然の帰宅も、自分のやりたいようにやらせてくれた。


と、自分の母親のことを考えるうちに、ふと高校生の時の夏音のことを思い出していた。彼女はずっと母親との関係で悩んでおり、僕と別れてから結局二人の関係がどうなったのか分からないままだ。

僕は彼女と接点のなかった2年の間に、どうか二人の仲が修復されていることを願った。だってそうでなければ、交通事故で亡くなってしまった彼女と彼女の母親が、あまりに不憫じゃないか。


「母さん、父さんはまだ仕事?」


「そうよ」


母親は専業主婦、父親がサラリーマンである僕の家庭は、ごくごく一般的な家庭で、高校に入るまで、彼女のように当たり前の家族生活が送れない家庭があることなんて、これっぽっちも知らなかった。


僕は、大学入学まで18年間過ごした自分の部屋に行き、持ってきた荷物を整理しながら明日のことを考える。明日、彼女を弔いに、彼女の実家に向かうつもりだ。彼女の母親は、今もあの家でひとり暮らしているのだろう。

とにかく一刻も早く彼女ときちんとお別れしなければ、僕の行き場のない気持ちが、どこかに置いてきぼりにされそうだった。


翌日、実家で母の作ってくれた昼食を食べてから家を出た。今日は日曜日なので、彼女の母親もきっと家にいるだろう。

僕は、彼女の家の正確な住所を知らなった。だから、高校二年生の文化祭の日に、家の玄関前で震えていた彼女を見つけた時のことを思い出しながら、彼女の家を探し当てることにした。


いつもの帰り道、彼女とお別れをした例の公園までたどり着くと、そこから南に進み、あの日の景色を思い浮かべながら目をあちこちに動かし、夏音の家を探す。

すると、いつかと同じように、「天羽」と書かれた表札の家を見つけ、僕は立ち止まってその家をまじまじと見つめた。


「ここだ」


高校生の夏音が、肩を震わせて、ここにいた。

僕は、夏音の手を引っ張って、彼女を遠くに連れ出す。


そんな風景が蘇ってきて目頭が熱くなるのを感じたが、今はまだ感傷に浸る時ではない。

僕は大きく深呼吸して、玄関に備え付けられたインターホンを鳴らそうと、右手をそっと持ち上げた。


と、その時。


ガラッと引き戸の開く音がして、中から40代ぐらいの女性が出てきた。僕は思わず二、三歩後ずさりしてしまう。


「あら……」


その人は紛れもなく、夏音の母親に違いなかった。大きな黒い瞳と、桜色の唇が、大人になった彼女の姿を彷彿とさせるぐらい、よく似ていたからだ。しかし、夏音とは違って、目の下の隈や、艶を失った髪の毛が、彼女の長年の苦労を十分すぎるぐらいに語っていた。


「あなたは……?」


玄関前に佇んでいる僕を不審に思ったのだろう、夏音の母親が、困惑した表情で僕の目を見ていた。


「僕は、昔天羽さんと交際をしていた者です。突然押しかけてきてごめんなさい。彼女が、交通事故に遭ったと聞いて……」


僕が恐る恐る身元を明かすと、彼女は「ああ」と納得した様子で頷いた。それにしても、夏音の母親は、僕が想像していた彼女とは違い、ずいぶんと落ち着いているように見えた。この人が夏音に暴力を振るっていたなんて、全然想像できない。だから本当は家族思いの優しい母親だったのだと、この時実感した。


「あの……僕、夏音さんには高校生の時、仲良くさせてもらっていて。弔いに来たのですが、ちょっとお邪魔しても大丈夫でしょうか」


ぶしつけだとは思いながらも、彼女の冥福を祈るために、僕は思い切ってそう打診した。

しかし、夏音の母親は、「弔い……?」と首をかしげて、それから何か僕に向かって言うことがあったのだろう。すっと息をして口を開きかけたが。


ルルルルルル


彼女のズボンのポケットから、携帯電話の鳴る音が聞こえて、彼女は慌ててそれをポケットから取り出し、耳に当てた。


「もしもし……はい、はい、そうですけど……え、本当ですか!? 分かりました。すぐに向かいます」


何やら大事な電話だったらしく、通話ボタンを切った後も、彼女は携帯をぎゅっと握りしめて、真剣な眼差しでそれを見ていた。そして、今度はその大きな瞳で僕の目を見つめて、こう言った。


「あなた、娘の友達だって言ったわよね。いや、元恋人なのよね。私についてきて」


「え?」


いまいち状況が掴めていない僕は、夏音の母親の言うことについていけない。

しかし、彼女の放った次の言葉が、今の状況を何一つ理解していない僕を動かすだけの十分な力を発揮した。



「夏音が、目を覚ましたの」




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