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君の声が聞こえない  作者: 葉方萌生
第1章 再会
4/43

3.

翌日の月曜日、2日ぶりに学校に行き2年A組の教室に入ってクラスメイトと挨拶を交わす。とはいえまだ2年生になったばかりで、教室にいる人は会話をしたことがない人がほとんどだった。


「おはよう、三宅君」


「おう水瀬、おはよう!」


A組の教室に来て僕が真っ先に声をかけたのはサッカー部の三宅創(みやけはじめ)。彼とは出席番号が隣同士なので、4月のこの時期の席順では僕が彼の一つ前の席になっている。


「今日の朝礼、体育館だってね」


「そういえばそうだったな。水瀬、一緒に行こうぜ」


「うん」


僕の通う私立六花高校では毎月1回、朝礼が体育館で行われる。一応私立高校というだけあって、体育館はそこそこ広く、全校生徒が一度に集まっても余裕がある。


「真崎、おはよう!」


「おー、誰かと思ったら三宅か。相変わらず朝から元気なやつだな」


「俺のアイデンティティだからな」


「ははっ、そうかもな」


僕らが体育館に向かう途中、三宅君はすれ違う友達に次々と声をかけていく。


僕はそんな彼を横目に見ながら、彼はつくづく明るい人だと思う。サッカー部の三宅君はただ運動神経が良いだけでなく、前向きで明るい。おまけに顔もいいので男女関係なく皆から慕われ、友達が多い。そんな人気者の彼と、どこにでもいそうな平凡な僕が一緒にいるのは自分でも変だと思う。それでも彼はそんなこと全然気にしてないように僕に話しかけてくれる。いや、本当に何も気にしてなんかいないのだろう。


「えー、皆さんおはようございます」


全校生徒が体育館に整列し終わるとすぐに校長先生が登壇し、挨拶を始める。


「今月から新しい学年になりましたが……」


校長先生の話が長くて退屈なのは言わずと知れたことなので、ここでは省略しておく。校長先生の話が終わると生徒指導の先生からいくつか連絡があり、全員で校歌を歌う。そこで朝礼は終わった。


1年生から順に退場を始め、僕たち2年生も自分たちの教室に戻るため体育館を後にした。


「にしても、今日も校長の話長かったな」


「そうだね、寝てる人たくさんいたよ」


「俺も寝てたわー。つか、あんぐらい話せる能力があったら俺も苦労しないのにな」


三宅君はそう言って、鼻の下を指で擦る。

彼はスポーツ万能で美形だが、勉強だけは苦手らしい。


僕たちがそんなふうに他愛のない会話をしながらもうすぐA組の教室に辿り着く、という時だった。

ほんのりとした甘い香りとともに前方から歩いてきた女子生徒を見て、僕ははっとした。


「あ……」


その人は紛れもなく、昨日書店で会った女の子だった。


彼女も僕に気づいた様子でちらりとこちらを見たが、すぐに正面に向き直りそのまま「2-D」と書かれた教室に入って行った。


「三宅君、今の女の子誰か知ってる?」


僕は咄嗟に隣にいる彼に訊いた。

すると彼は、心外だというふうに頓狂な声を上げて言った。


「え、お前、彼女のこと知らねーの!?」


「うん。去年同じクラスだったわけでもないし」


「いや、俺だってクラスが一緒だったわけでもねーけど、彼女かなり有名だぞ。天羽夏音っつーんだけど、主席で六花に入ったらしい。ほら、入学式の時、天羽夏音が新入生代表で挨拶してたじゃん」


「そうだったんだ」


そういえば書店で彼女に会った時、初対面のはずなのにどこか見覚えがあるような気がしたんんだ。あの時は私服だったから気がつかなかったが、さっき見た制服姿の彼女は、確かに一度は目にしたことのある人だった。


「理系のD組で美術部らしい。文理分かれたのは今年からだけど、まあ余裕で理系トップだろうな。そうそう、彼女、容姿もいいから男子から絶大な人気を誇ってるぞ。にしても水瀬、何で彼女のこと訊いてきたんだ? もしかしてお前も彼女のこと狙ってるのか」


「いやそんなんじゃないよ。第一、名前も知らない人のこと好きになるわけないじゃん」


「だよなー。天羽さん、確かに頭が良くて可愛いけど愛想ないもんな。聞くところによると、告白してくる男子を『お断りします』の一言で一蹴してるらしいぞ。フラれた奴はさぞショックだろうな」


「はあ」


確かに、昨日『徹底数学』を手にした時の彼女は、どこにも隙のない完璧な女の子に見えた。


「てなわけで水瀬、お前も夢見すぎんなよーって、別に彼女が好きなわけじゃないなら大丈夫か」


「当たり前だよ」


ははは……と心の中で悲しく笑ってごまかした。

三宅君の話を聞いた限りでは、僕には一縷の望みすらも残っていないようだ。なにせ僕は運動も勉強も平均並みで、これといって誇れるものは何もないのだから。


そもそも、彼女とは昨日初めて会って少し話しただけの関係に過ぎない。僕がこれから過ごしていく毎日の中に彼女は登場しないし、彼女の世界にも僕はいないだろう。

現実ってそんなものだ。


僕と三宅君がA組の教室に戻る頃にはクラスメイトの大半がもう教室に帰ってきており、それからその日はいつも通りの授業が行われた。


「んじゃ水瀬、部活行くからまた明日な」


放課後になるとサッカー部の三宅君はいつも勢いよく教室を飛び出してゆく。

部活動に入っていない僕は鞄にせっせと荷物を詰めて帰宅しようとしたが、


「水瀬、ちょっと職員室に来てくれ」


国語科で担任の二階堂先生にそう呼び止められ、僕はがっくりと肩を落とした。


「何か話があるんですか。それとも説教ですか」


職員室の二階堂先生のもとを訪れた僕は「おう」と手を挙げて僕の訪問を待っていた先生に向かってそう尋ねた。


「ははっ、お前面白いやつだな水瀬」


「はあ」

 

僕の身もふたもない問いに吹き出した先生は笑いを押さえるためか、机の上にある淹れたてのコーヒーを啜って言った。


「説教ではない。水瀬に頼みたいことがあるんだ」


「頼みたいこと、ですか?」


「ああ。来月、学校(うち)で文化祭があるだろう? その実行委員をクラスから1人出さないといけないんだ。それでほら、水瀬は部活に入っていないだろう。だから委員になってくれないか」


そう、ここ私立六花高校では毎年5月に文化祭、通称「雪の舞祭」が2日間にわたって開催される。クラスごとに何か企画を考え、当日までに準備する。雪の舞祭は六花高校の生徒だけじゃなく、校外から一般のお客さんも来る一大イベントだ。


その実行委員を、この僕が?

無理だ、無理無理。こんな影が薄くてクラスの脇役である僕が人前に立つなんて。


「お言葉ですが。僕にはクラスをまとめる能力なんてありません」


「まあそう言うな。実行委員って言ってもあれだぞ、会議に出てそれを皆に伝えるだけでいいんだ。皆もちゃんと協力してくれるだろうし」


僕は騙されない。先生というのは生徒を納得させるためならありとあらゆる言葉を操って説得してくるのだ。


「そう言われても……」


僕があまりに後ろ向きだったからだろう。二階堂先生は仕方ない、というふうに肩をすくめて、それから僕の耳元でそっと、


「国語の成績、上げてやるから」


と囁いた。

僕は「成績を上げる」という甘美な響きにすっかり心を奪われてしまい、思わず頷いてしまった。所詮僕も人の子だったというわけだ。


「よし、よくぞ頷いてくれた。水瀬、実行委員任せたぞ」


「は、はい」


それにしても、先生が自らこんな取引をしても良かったのだろうか。「成績UP」なんて、もはや賄賂だ。


「じゃあ今日はもういいぞ。2日後に早速実行委員会の集まりがあるから、それに出席してくれればいい。……あ、ちょっと待った」


僕が軽く会釈をして職員室から出ようとしたところ、先生は思い出したかのように僕を呼び止め、僕の両手にどっさりと国語のノートを載せた。


「これ、教室まで運んでおいてくれないか。頼んだぞ」


そう言って彼は、爽やかに笑った。「成績UP」という名の賄賂を渡された僕はその憎たらしいほど爽やかな微笑みにも逆らうことができず、渋々教室にノートを運ぶことにした。


「失礼しました」


職員室から出た途端に、僕は深く後悔した。実行委員なんて絶対に面倒なだけだ。それを簡単に引き受けてしまうとは。


僕は肩を落としながら、A組の教室に向かおうとした。しかし、ふと顔を上げた時に職員室の反対側の扉から出てきた彼女を見て、僕は足を止めた。


「えっと、きみは確か……」


彼女の方も、僕の存在に気づいたようで、真っ直ぐこちらを見つめていた。


お互い何も言葉を発しないまま数秒間見つめ合って、僕も何を言えば良いか分からなくなり、いい加減二人の間に気まずい空気が漂い始めた時。


「それ、重いでしょう?」


彼女が僕の方につかつか歩いてきて僕の方に両手を差し出した。


「え、これ?」


「うん。重そうだから、半分持つよ。教室? 一緒に行こ」


彼女は僕が両手で抱えていた国語のノートを半分受け取って階段を上り始めた。


「ほら、早く行こう」


僕は彼女が手を貸してくれている、という現実に思考が追い付かずにその場で固まっていたが、先を行く彼女の姿を目にして急いで彼女の後を追った。


「何組?」


彼女が振り返ってそう訊いてきたので、僕は「A組」と答えて前方を指さした。A組は階段から一番近いところにあるのですぐに教室に辿り着いた。


「文系なんだね、水瀬君。……はい、到着!」


「ありがとう、天羽さん。おかげで助かったよ」


「いえいえ、お安い御用です。てか、私のこと知ってるの?」


「え、うん。だってほら、きみは有名人じゃないか」


 ……本当は今日まで彼女の名前を知らなかったことは秘密だ。


「有名人? ふふ、また誰かがそんなこと言ったの。有名人なんかじゃないのになあ。ま、いっか」


彼女はおかしそうにクスクスと笑いながら自分の鞄を手にとって、


「じゃあね、水瀬君。また今度」


と手を振って帰って行った。


「またね」


僕も咄嗟に手を振って去って行く彼女を見送った。

それにしても、なぜ彼女は僕の名前を知っていたのだろうか。そんな疑問を抱いたが、それ以上に僕は自分の胸の鼓動が高鳴るのを感じていた。


天羽夏音。


彼女のことをもっと知りたいと思った。


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