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君の声が聞こえない  作者: 葉方萌生
第4章 真実

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3.

「三宅君は、夏音のことが、好きだったんだね」


どきん、と鳴ったのは僕自身の心臓。三宅君の表情がみるみるうちに強張ってゆき、先生にいたずらがバレてしまって、お説教されるのを覚悟している小学生みたいに肩をすくめている。

「水瀬、ごめんな」


彼の言う「ごめん」は、一体誰に向けられたものなんだろうか。少なくとも、今彼の目の前にいる僕ではない。1年前の「僕」のはずだ。


「やっぱりそうだったんだね」


「……ああ」


迷宮入りするはずだった彼の“罪”。一年経って明かされてしまった彼の本当の気持ち。僕は、そのどれも責める気にはなれなかった。


「もう、いいんだ。そういうの、特別なことじゃないだろう? 友達の恋人を好きになってしまう例なんて、きっとこの世にごまんとある」


三宅君の夏音への気持ちが特別だったんじゃない。それに、1年も前のことを僕はこれ以上蒸し返したくない。

カラオケ画面のCMの音声が、また徐々に耳に流れ込んでくる。彼女がいた1年前の僕らの時間が、今この瞬間まで早送り再生されて、大学1年生の現実に引き戻された。


「……水瀬はあれから彼女に会ったか?」


「いいや、会ってない。住んでる場所も違うし、もう会わないと思う」


「もう会わないって。そんなことないだろう? 学年の同窓会だってあるだろうし」


「そういうの、きっと彼女は来ない」


「そうか」


三宅君はなぜかしゅんとして残念そうにそう呟いた。この態度が、彼なりの罪滅ぼしだったのかもしれない。


これ以上湿っぽい雰囲気になるのを恐れた僕は、カラオケを再開しようとテーブルの上に無造作に置いてあったマイクを手に取って、「月間ランキング」の一番上にあった曲を入れた。


「俺さ、今はちゃんと、水瀬たちが前みたいに仲の良い二人に戻ってくれるように願ってるんだ」


イントロ部分が流れ出し、僕はマイクを握る手にぐっと力を入れる。


「本当に、そう思ってるんだ」



 ***



僕が1年前の出来事を話し終えた頃、沢田さんの手はすっかり止まっていて、おまけにお客さんも全然やって来なかったため、僕らはすっかり一昨日の晩に二人で飲みに行ったときのテンションに戻っていた。


「夏音は、その友達——三宅君が自分のことを好きだったっていうの、知ってたのかな」


「さあ、どうなんだろう。でも三宅君とは一度しか出かけてないみたいだし、知らなかったんじゃないかと思ってる」


「そっか。よくあることとはいえ、三人とも辛かったよね」


「まあ、今となってはタイミングが悪かったとしか言いようがないな。それと、僕が子供だった。彼女のことを疑って、信頼を失ってしまったことが最大の間違いだと思う」


「間違いだなんて、悲しくなるからやめようよ」


「そうだな。仕方ない。どっちにしろあの時はなるようになっただけ。今はこうしてまた彼女と再会したし、不満はないんだ。ただ……」


店の窓から外を見ると、相変わらず雨がしとしとと降り続いている。この様子では今日は一日店内もゆったりしていそうだ。


「心配なんだ、今の夏音が」


そう。一昨日の一件から、彼女の体調はすぐれないままだった。それに、京都に来た時の記憶がないというのもかなり心配だ。記憶が失われたのには、何か理由があるはず。例えば、頭を強く打ってしまった……とか。


「そうよね。やっぱり、病院に連れてってみた方が良いと思う。嫌がるかもしれないけど、何か大きな病気だったら危ないじゃない……?」


沢田さんが、もっともな意見を僕にくれる。病院に行くべきだというのは、僕も同感だ。


「是が非でも、夏音を病院に連れて行くよ」




バイトを終えて家に帰り着く頃、朝から降り続いていた雨が余計に激しくなっていた。おかげで傘を差していたものの、肩やズボンの裾、それから運動靴がびしょ濡れになってしまった。


「ただいま」


部屋の奥にいるであろう彼女に聞こえる声で帰宅を知らせると、彼女が起き上がってゆっくりと玄関まで出迎えてくれた。しかし、「おかえり」と言う彼女は部屋着姿のままだったし、何より頭を抑えながらおぼつかない足取りをしていたため、僕はいよいよ彼女に対する心配が最高潮に達していた。


「服、濡れてるよ。私、着替え持ってくるからシャワー浴びて来たら?」


フラフラな身体をした彼女が、僕のことを気遣って「はい」と手を差し伸べてくる。僕は、そんな彼女を目にした途端、なぜかやり切れない気持ちになって、差し出された彼女の右手をぎゅっと掴んだ。咄嗟の動きに、彼女が「わっ」と小さく声を上げた。

それから、グイッと彼女を部屋の方まで引っ張って、僕のベッドに寝かせる。


「夏音、体調良くなるまでは僕のこと気にしないで」


「だ、大丈夫よ友一。今日はずっと雨降ってるから、偏頭痛がするだけなんだわ」


「いいから、寝てて」


僕は普段より強い口調でそう言った。いつも僕のことを真っ先に考えてしまう彼女のことだ。強引にでも休ませないと、きっと体調も良くならないままだろう。

そんな僕の願いが通じたのか、彼女もようやく「うん」と頷き、大人しく横になってくれた。それから僕は、彼女に大事なお願いをしなくちゃいけない。


「あのさ夏音。明日、病院に行かないか?」


「……うん」


「え、行ってくれるのか」


彼女があまりにすんなりと合意してくれたため、僕は一瞬拍子抜けしてしまう。


「ええ。病院行くの、ちょっと怖かったけれど……。でも、これ以上心配かけられないわ」


そう言う夏音は何かを決意した様子で胸に手を当てていた。彼女には彼女なりに「病院に行きたくない理由」というものがあったはずだ。


それは、訳の分からない病名を告げられることへの恐怖かもしれない。それとも、彼女の中にある何かしらの「負の確信」が正当化されるかもしれないことへの恐れかもしれない。


しかしどちらにしても、病院に行けば夏音の記憶や体調について、何か「答え」が得られるだろう。


「友一に、これ以上心配かけられない」


結局は「僕のため」に選んだ答えになってしまったが、病院に行くという彼女の決心が、結果的に彼女のためになるのだと僕は信じていたんだ。


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