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君の声が聞こえない  作者: 葉方萌生
第4章 真実
31/43

2.

勘違いってなんだ。


半年ぶりに再会した親友の口から不可解な言葉が出てきて、僕は戸惑う。


「だからそれは天羽さんのことで」


言いづらいことを、本当に言いにくそうにして、彼は夏音の名を口にした。


「じゃあ、そろそろ一次会は終わりまーす! 二次会行く人は店の外で待っといてください!」


不意に、幹事をしていた藤井君が声を張り上げて同窓会の終わりを告げた。三宅君の言葉に咄嗟に二の句が継げなくなっていた僕にとって、それは天からの救いの声のように聞こえた。


「三宅君、二次会行く?」


「行くつもりだったんだけどさ」


周囲にいた元クラスメイトたちが各々鞄の中から財布を取り出し、一次会の費用を藤井君に渡している。僕と三宅君も、とりあえず払うべきお金を払ってもう一度二人で向き合った。


「水瀬とちゃんと話したいから、これから二人でどっか行かね?」


彼の提案に僕は賛成し、二人でカラオケに行くことになった。

三宅君が二次会に行かないというので、何人かの女子が「え~三宅君行かないのぉ~?」と残念がっていたが、藤井君はじめ、二次会組の男子が「俺らがいるじゃん」と威勢よく胸をとんとんと叩くと、不満顔だった女子も「それならいっかー!」と、ぱっと笑顔になった。完全に酔っぱらいだ。


「じゃあ、僕たちはこれで」


「水瀬、またな~!」


「うん、また来年にでも」


一次会が始まった時には、あれほど再会を懐かしんでいた同級生たちも、別れ際はあっさりとしていた。まあ、それもそうだ。だって若い僕たちは、「今」目の前にある、楽しいことや辛い現実、幸福な瞬間しか見えていないものだから。今の別れだって今生の別れになる可能性がないわけでもないのに、こうして僕らはまるでまた明日も会えるかのようにさよならを告げる。僕らはこの幾何もの「さよなら」を、毎日の中で繰り返している。

なんて、大人ぶったことを考えている僕だって、まだお酒も飲めない子供だ。

 

一次会の会場を出た僕と三宅君は、会場近くにあったカラオケ店に入った。夏休みというだけあって、飲み会終わりのこの時間は、カラオケも一、二組待たなければならない程度には混んでいた。

幸い、15分程待ったところで部屋に空きができ、僕らはいそいそと個室に向かった。カラオケなんていつぶりだろうか。部屋の扉を開けた瞬間の、何とも言えないもわっとした空気が懐かしい。


「懐かしいなあ」


たった今僕が思ったのと同じことを口にする彼。


「三宅君、普段カラオケ行かないの?」


彼は、僕なんかよりよっぽど活動的なので、大学生活の中でカラオケなんか毎週のように行っているものだと思っていたが、そうでもないのか。


「いや、カラオケは行くよ。ただ、こうして水瀬と二人でどこかに行くっていうのが久しぶりだなって」


「ああ、そっちか」


確かに言わずもがな、僕たちは約一年前から二人で遊びに行くことはおろか、話すことさえしていなかった。だから、彼が「懐かしい」と言ったのも十分理解できた。


「僕も、懐かしいよ」


「とりあえず歌いますか」彼がマイクを手に取って爽やかな笑みを浮かべた。「え、歌うの?」僕はあまり歌が得意ではないので少し戸惑う。「当たり前じゃん。せっかくお金払って来たんだし」それもそうか、と僕も知っている曲をいくつか入れておいた。


三宅君はスポーツが得意でクラスの人気者、もちろん歌だって呆れるほど上手い。

なんて、物語の主人公のようなことはまるでなかった。


彼が最初に入れた曲は、なぜか日本の国歌『君が代』。何故この選曲なのか、僕は真っ先に聞こうとしたが、彼の歌声を聞くと、思わず飲みかけの水を吹き出しそうになった。まず、声がやたらと大きい。本来粛々と歌うはずの国歌なのに、「腹から声を出せぇ!」と教師から喝を入れられた直後であるかのような野太い歌声だった。まあ、そこまでは許すとして、


「……君が代って、音程外し得るんだね」


そう、彼はよっぽど音痴なのか、メロディーの音が全くと言っていいほど合っていなかった。僕も歌は得意ではないが、彼に比べたらましに思えるほどだ。


「うるせーな。細かいことは気にすんなって」


僕が歯に衣着せぬコメントを添えたところで、彼は簡単に屈するような男ではなかった。その後も流行の曲や、懐メロを次々と歌い上げる。もちろんどの曲も、聞き心地の良い歌声ではなかったというのは言うまでもない。

僕も何曲か歌えそうな曲を歌ったが、三宅君が傍らで「水瀬、歌うめーな」と感心してくれるようだったが、それは間違っている。

気がつくと1時間、僕たちは歌うことに集中していた。たまには歌って日頃のストレスを発散するというのも悪くないものだ。といっても、僕はそれほどストレスフルな生活を送っているわけではなかったのだが。


「そろそろ休憩するか」


三宅君がドリンクバーで注いできたジンジャエールをゴクゴクと飲み干して言った。流石の彼も、あれほど大声で1時間歌い続けていたら疲れがくるというわけだ。

僕も、カラオケに来た本来の目的を思い出して、「そろそろ話の続きをしよう」と彼に申し出る。


「よし、じゃあさっきの話の続きな。俺が、お前に勘違いさせたこと謝りたいっていうの」


そう。同窓会の席で彼が告白した言葉の意味を、僕は早く知りたくてうずうずしていたのだ。


「全部、話してほしい」


「ああ、分かった。その前に一つお願いがある」


「何?」


「俺の口から何を聞いても、彼女のことを決して責めないでほしいということだ」


「それは、大丈夫。もう終わったことだしね」


三宅君がこれから何を言ったとしても、僕と夏音の終わってしまった関係がどうにかなるわけではないのだ。だから僕は、彼の要求を快く承諾した。


「よかった」


それから彼はひと呼吸おいて、高校3年生の秋の出来事を話し始めた。三宅君と夏音の真実を。


「天羽さんがA組の教室にやって来たのは、去年の10月の頭だった。昼休みに彼女が一人で教室の入り口から中を覗いていたのが見えたもんで、俺は彼女が水瀬を呼びに来たのかと思った。だから、『水瀬なら今いないよ』と教えてやったんだ。その時お前、ちょうど教室にいなかったんだよな」


「昼休みは大抵教室にいたはずなんだけどね。先生に呼び出されでもしたんだっけ? あんまり覚えてないや」


「ん、まあとにかく水瀬が教室にいなかった日なんだ。天羽さんは俺の言葉を聞いて『いえ、違うんです。今日は別の人に用があって。あの、三宅君っていますか?』って答えたんだよ」


俺、びっくりしたけど、「三宅って俺のこと?」と自分を指さしたんだ。


「そうしたら彼女も驚いて『あ、そうだったんですね。失礼しました』って丁寧に頭下げてきたのね」


それから三宅君は、去年夏音と交わした会話を思い出しながら僕に教えてくれた。


『突然ごめんなさい。私、三宅君が友一……水瀬君の親友だって聞いて』


『ああ、そうだけど。どうしたの?』


『実は、友一と仲が良い三宅君に相談したいことがあるんです』


『相談? なに、俺でよければ何でも聞くよ』


『ありがとうございます。ここでは他の人に聞かれるかもしれないので、場所を移しませんか?』


夏音はほっとしながら三宅君と二人で食堂に向かったそうだ。

 

「それで、彼女の言ってた相談っていうのが…」


『三宅君は知ってるかもしれませんが、来月彼の誕生日なんです』


『そういえばそうだったな』


『はい。それで、丁度私たちの一年半記念日も近いので、何か彼に喜んでもらえるようなプレゼントを渡したいと思って……それで、その』


『なるほど。それで、水瀬と仲の良い俺にアドバイスをしてほしいわけだな』


『そうなんです。図々しくてすみません。あの、お引き受けしてもらっても良いですか?』


『もちろん。それなら今度一緒に水瀬へのプレゼント買いに行くか』


『いいんですか?』


『俺も、水瀬に何かプレゼント買いたいしな。丁度良かった』


『わあ、ありがとうございます』


「……そういうわけで、俺は天羽さんとお前の誕生日プレゼントを買いに行ったんだ。あの日の、日曜日に。その結果、お前に目撃されることになって、色々勘違いさせちまった。俺と天羽さんは、全然皆が言っていたような関係じゃなかったんだ。ただ、勘違いをさせるようなことをしてしまったのは謝る。ごめん。俺が軽率だった」


そうか。そうだったのか。夏音は僕を喜ばせるために、三宅君と二人で出かけていたんだ。


「あの日のことは分かったよ。夏音が僕のことを想って行動してくれたことも。でもさ」


三宅君は次に僕の口から発せられる言葉を予想してか、すまなそうに身を縮めながらちらりとこちらを見た。


「それならどうして、あの後僕に本当のことを言ってくれなかったんだ?」


「それは、彼女が『サプライズにしたいからどうしても言わないでほしい』って言ったからだ」

 

確かに、夏音ならそんなことを言いかねないな。僕が彼女を問いただした時も、決して本当のことを言おうとしなかった。その結果僕が腹を立て、関係が危うくなったのだが、それでも彼女はあの日のことを僕に内緒にしていた。だから彼女が、三宅君にも『内緒にしててほしい』と言ったのだとしても全然不思議じゃない。むしろその方が自然に思える。


だけど。


「クラス中でさ……いや、学年中で僕らの噂が流れ始めて、僕と夏音の関係が壊れそうになっても、きみは僕に真実を教えてくれなかったんだね。たとえ夏音から口止めされていたって、僕たちが破局したら夏音との約束だってなかったことになってしまうのにさ。そうなる可能性を、きみは予想していたはずだ。それでも口を噤んでいた」


「ああ。俺も、彼女に言ったんだよ。『このままじゃ水瀬に勘違いされたままだぞ。本当のこと言わなくて大丈夫なのか?』って。それでも彼女が頑なに首を横に振るもんだから、どうしても俺は水瀬に本当のことを言えなかった」


違う。

もし仮に夏音が頷かなかったとしても、三宅君がこっそり教えてくれれば、僕だって「知らないフリ」をして誕生日を迎えられたんだ。

そんな解決策だって、きみは思いついていたはずなのに、それでも僕に真実を教えてくれなかったのは、きっと。


三宅君はいつの間にか両掌をぎゅっと膝の上で握りしめている。その緊張感溢れる様子が、僕の考えを確かなものにしてしまった。

利用者が歌うことを放棄したカラオケ部屋のテレビ画面には、まだ多くの人に名前を知られていないアーティストたちの宣伝が繰り広げられている。テレビの音量はそれなりに大きいはずなのに、僕と三宅君を包むピリピリとした空気が、テレビの音をかき消してしまった。

それから僕は、恐らく彼が知られたくないと思っている事実をゆっくりと口にした。



「三宅君は、夏音のことが、好きだったんだね」


  


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