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君の声が聞こえない  作者: 葉方萌生
第4章 真実
30/43

1.

「大学1年生の夏休みに何をしていたか?」そう訊かれると、大抵の下宿生が「帰省」と答えるのではないだろうか。特に僕みたいに大学の部活やサークルに所属しているわけでもなく、バイト以外にやることがない人にとって、初めての大学生活での夏休みは実家に帰るのが最も賢明な長期休みの過ごし方なのだ。


そういうわけで、僕は去年の夏休みに2週間ほど東京の実家に帰省していた。

帰省の醍醐味と言えば、もちろん家でだらだらと過ごすことなのだが、ちょうど僕が帰省している期間に、私立六花高校3年A組の同窓会が催されるため、僕も同窓会に参加することになった。ちなみに六花高校では、2年から3年でクラスが変わらないため、同じクラスの人とはかなり親交が深まる。それゆえ、大学生になってもこうして皆で集まっているというわけだ。


「よお水瀬」


同窓会会場——と言っても、よくある普通の居酒屋の大部屋に入るやいなや、真っ先に声をかけてきたのは高校時代の僕の親友、三宅創だった。髪を茶色に染めたせいか、以前よりだいぶ垢ぬけて見える。しかし、まだ「やんちゃなスポーツ少年」という感じが少しだけ残っているところもあり、僕を安心させた。


「……三宅君、久しぶり」


「おう」


夏音との一件以来、彼とは没交渉だったため、始めこそ彼と話すことに戸惑いを隠せなかったが、三宅君は思ったより僕に普通に接してくれた。あれから半年以上経過しているし、時効というわけか。


「水瀬じゃないか、久しぶりだな~!」


三宅君以外の友達とも、それぞれ久々に挨拶を交わしながら、僕は懐かしい気持ちにさせられた。元クラスメイトの多くは、関東の大学に通っているため、僕のように地方の大学に通っている人は、どうやら「天然記念物」扱いだ。

やがて参加者が全員お店に集まり、それぞれが久しぶりの友人との再会に歓喜の声を上げるなか、僕たちの初めての同窓会が始まった。


最初の1時間は、くじ引きで決められた席につき、近くの人たちと高校時代の話で盛り上がった。未成年なのでお酒は飲んでいないはずなのに、なぜか皆の声がどんどんと大きくなり、会場全体が高揚とした雰囲気に包まれる。


「水瀬といえば、あれだよな」


「そうそう、アレ!」


幸か不幸か、「天然記念物」の僕は、近い席の人たちの間で話題の中心になることが多かった。


「なんだよ、あれって」


大体の予想はついていたが、話題の中心になるのが小っ恥ずかしい僕は、「何のこと?」というようにとぼけてみせた。


「おいおい、すっとぼけんな!」


「そうよ、学校中で噂になってたじゃない」


「学年一美人の天羽さんと付き合ってたこと!」


……やっぱり。

僕は、予想通りの答えに「はあ」と溜息をつきながら、彼らがこの後どう話を進めるのか、大人しく見守ることにした。


「いや~まさか水瀬が天羽さんと付き合うなんて思ってもみなかったよ」


「ほんとほんと、クラス中、いや学年中の人がびっくりしたんだから」


皆が「ウンウン」と頷きながら、僕と夏音の話を繰り広げる。「まさか」「あの水瀬が」というところから、皆の僕に対する評価の低さを感じないわけではなかったが、僕も大人だ、それぐらいでいちいちとやかく言う器じゃない。


「悔しかったけど、まあ二人仲良かったし、俺たち応援してたんだぜ」


一人の男子がそう言うと、これまた他のメンバーも首を縦に動かしながら僕の方を見た。さっきはあれだけ「何でお前が天羽さんと」とでも言うかのように話を展開していたのに、意外にも皆僕のことを擁護してくれていたらしい。


「でもさ、結局別れちゃったんだよね。どうしてだっけ」


クラス内で天然キャラだった佐伯さんが、本気で頭の上に「?」と疑問符を浮かべながら僕にそう訊いてきた。……この子は危険だ。


「ちょ、それは」


佐伯さん以外の人は僕と夏音が破局した時の事情をしっかりと覚えていたらしく、皆揃ってちょっと離れた席に座っている三宅君の方をそうっと確認した。

当の三宅君はというと、近くの席の人たちと会話を楽しんでいて、僕たちの視線には気づいていないようだった。

そんな彼の様子に安心したのか、皆が「もういいだろ」と言うふうに、僕の口から答えを聞こうと静かに耳を傾けてきた。

聞こえていないとはいえ、同じ空間に三宅君がいるため、僕は正直に答えるのはやめて、こう言った。


「マンネリ化ってやつかな」


嘘は言っていない。実際あの頃、僕らの関係は付き合いたての頃よりは冷めていたし、その影響で夏音も三宅君と遊んでいたに違いないから。


「……ま、そうだよな」


「うん、よくあることだわ」


本当は皆、もっと別の答えが聞きたかったのだろうということは、「なーんだ」と肩を落とす彼らの様子を見れば容易に理解できた。しかし、やっぱり皆も大人だ。これ以上僕の過去の話を掘り下げても良い雰囲気にはならないということを察してくれたようだ。


結局そこで僕に関する話題が尽き、それぞれの大学生活の話や、「実は高校時代、○○さんのことが好きだった」というカミングアウトが始まった。今だからこそ言える、みたいな告白は、誰もが聞きたいし盛り上がる話でもあった。そのため、皆が「告白大会」に夢中になり始めた頃、僕はそっと今いる席を立って、三宅君の近くの席に移動した。


「三宅君」


「お、水瀬か。楽しんでるか?」


三宅君は愛想良く突然やってきた僕と乾杯してくれた。どうやら丁度彼の周りにいた人たちがばらけ始めたようで、彼も話し相手を探していたようだ。


「本当に久しぶりだな、水瀬。元気だったか?」


「ああ、元気だったよ。三宅君の方はどう?」


「俺も、相変わらずって感じかなー」


まだ少しぎこちないやり取りではあったが、彼が大学生になっても授業中ほとんど寝ていることや、サッカーサークルで早くもキャプテンに抜擢されたことなんかを話してくれるうちに、自然と以前の調子を取り戻していった。


「それでさ、同期のやつが四月にクラスの女の子に告ったんだぜ。馬鹿だよなあ。そんな急に付き合ってくれなんて、成功しないだろ」


「ははっ。それは言えてる」


彼はなぜか、友達の恋愛事情を知り尽くしていた。それほど交友関係が広いのか深いのか、はたまたそういった話題に敏感なだけなのか。ただ、自分の恋愛のことは一切話さなかった。それでも僕は、彼とまた以前のように仲良く話ができていることが素直に嬉しいと感じた。


「俺さ」


30分ほどお互いの近況について語り合った後、三宅君が神妙な面持ちで僕に向き直る。「これから重大発表をします」とでも言うような彼の様子に、僕は自然ときゅっと身を引き締めてしまう。


「水瀬にずっと、謝りたかったんだ」


彼が何のことを言おうとしているのかは、すぐに分かった。

夏音と三宅君。

あの日、僕が見てしまった二人の真相を、彼は語ろうとしている。


「謝るって、”あのこと”?」


「ああ。あの時水瀬に……お前に、勘違いさせちまったこと、謝りたくて」


彼は、すまなそうに僕の目を見据えてそう言った。

本当はここで僕が、「もういいよ」とすぐに許すべきだったのだが、僕は彼の言葉が引っ掛かって、彼の言いたいことがきちんと飲み込めずにいた。


今、彼が口にした重要なワード。

もう一度、彼に確認するために、僕はゆっくりとその言葉を復唱した。


「勘違い……?」


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