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君の声が聞こえない  作者: 葉方萌生
第3章 異変

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6.

沢田さんとは結局、2時間ぐらい話し込んでいた。


「じゃああたし、こっち方向だから。水瀬君、夏音とちゃんと話して、どうだったかまた教えて。それから、これからもよろしくお願いします」


彼女はそう言って、電車の駅の方へとスタスタ歩いて消えていった。彼女と別れてからの帰り道も、先程彼女と話した内容をずっと考えていた。


「それにしても、まさか夏音の友達が同じバイト先に入ってくるなんてなあ」


僕は一人夜道を歩きながらそう独りごちた。

自分と、恋人の中学時代のたった一人の友人が、別の土地で出会う確率って、一体どれくらいなんだろうか。

そんな、計り知れないようなことを想像しては、「くだらないなぁ」と苦笑してしまう。

家に帰り着くまで、夏音にどうやって本当のことを聞き出そうかと考えながら歩いた。


夏音はなぜ、京都に来たんだろう。

今まで「友達のところに行ってくる」と言っていた日は、一体どこで何をしていたのだろう。

思えば今日も、朝から友達と遊ぶと言って出かけていた。でも、その「友達」であるはずの沢田さんは、昨日も今日もバイトに来ていたのだ。


だから多分、いや間違いなく、夏音は嘘をついている。


もしそうだとしても、何のために?


そうやって一人で悶々と考えても、何一つ答えは出ない。現在午後10時10分。夏音はもう、僕の家に帰っているだろうか。


下宿先のマンションに辿り着き、部屋のドアを回すと鍵がかかっていた。試しにインターホンを鳴らしてみたが、夏音の「はーい」という返事は聞こえてこない。どうやら彼女はまだ帰っていないようだ。

 

僕は鞄の中からゴソゴソと鍵を取り出し、扉を開けた。

当然だが部屋の中はお昼に僕が部屋を出た時の状態のままだった。部屋着や靴下がその辺に放り出されているのが情けない。最近は夏音が家にいることが多かったので、部屋の片付けを任せっきりにしていた。しかしいざ、こうして彼女がいないとなると、いかに自分が怠惰な生活を送っているのかということが身に染みて感じられた。


それから僕は適当にシャワーを浴びたり本を読んだりして彼女の帰りを待った。

そうして実際に彼女が帰ってきたのは、僕が帰ってから約一時間が経過した頃だった。


「ただいま」


帰ってきた彼女はいつも通りの彼女で、特に変わったところはないように見えた。


「おかえり。遅かったな」


「何時に帰る分からないって言ったじゃない」


「そうだけどさ。思ったより遅かったなって」


「ごめんごめん。お酒飲んでたら話に花が咲いちゃって。この間から会ってる友達なんだけど、話し始めたらいくらでも話すことって出て来るものね。女の子の習性なのかしら」


夏音は、鞄の中の荷物を整理しながらまんざらでもないふうに今日の出来事を話してくれた。それがあまりにも自然な様子だったので、僕は一瞬、彼女が“真実”しか言っていないような気がして混乱する。


でも、ここで引くわけにはいかない。


「夏音、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


沢田さんから聞いたことを思い出しながら意を決して彼女に質問をすることにした。


「聞きたいこと?」


夏音は依然として普通だった。鞄からひと通り出すものを出して中身を整理し終えると、僕の方に顔を向けて「なに?」と訊いてきた。


「夏音は、なんで京都に来たんだ?」


「なんでって……何度も言ってるでしょう。夏休み暇だから友達に会いに来たって」


僕が前に聞いたのと同じ質問をしたので、彼女は「どうしてまたそんなことを聞くの?」と怪訝そうな顔をしていた。これぐらいではまだ彼女も真実を言う気はないということか。


さて……と。

やっぱり核心をついていくしかないか。


「その友達って、誰?」


「誰って……中学の時の友達よ。前にも言ったわよね」


「その友達の名前は?」


「名前? 名前なんて聞いてどうするの。言ったって友一には分からないじゃない」


だんだんと、彼女がいら立ち始めているのを感じる。それもそうだ。彼女にしてみれば、なぜ僕がここまで執拗に友達のことを聞くのか分からないだろうから。


「いいから教えて」


「どうして? 友一に私の友達のこと教えたって、意味な——」


「沢田さん……だろ」


僕が、沢田さんの名前を口にした瞬間、夏音の肩がビクッと震えるのが分かった。


「どうして」


「沢田桃。昨日僕のバイト先に入ってきた女の子なんだ」


今度は怯えるような表情で僕を見る夏音。本当はこんなふうに、彼女を追い詰めたくなんかない。家に帰ってきたら、「おかえり」と言って一緒にテレビを見たりくだらない話をしたりするだけでいい。僕だってそうしたい。彼女と思い描いた幸せな日常は、そういう些細な温かい風景なのだから。

沢田さんが僕のバイト先に入ってきたこと。それから僕が、沢田さんと夏音の関係を知っていること。その事実を繋ぎ合わせたら、僕が何を言いたいのかぐらい、頭の良い夏音には簡単に分かっただろう。


「夏音、きみは本当は今日……いや、今日までずっと、沢田さんに会ってなんかない。そのことは彼女から直接聞いた。それと、きみには沢田さん以外、中学時代の友達がいないことも」


「……そんなこと」


彼女は明らかに動揺していた。自分の嘘が、完全にばれてしまったと悟ったのだろう。先ほどの堂々とした態度とは違って、今は小動物みたいに小さくなって僕のことを見ている。

そんな彼女を見ていると、なんだか彼女をいじめているような気分になって、申し訳ない気持ちがした。

それでも、本当に夏音のことを好きで大切に思うなら、僕は真実を知らなければならない。


「夏音。きみは、嘘をついてたんだね」


「私、嘘なんか」


「ついてるんだ。僕は沢田さんから全部聞いたから知ってる。勘違いしないでほしいのは、きみが嘘をついているからと言って、僕はきみを責めたいわけじゃない。ただ、本当のことを言ってほしいだけなんだ。夏音、きみは本当は何をしに京都に来たんだ? それから今まで、僕と一緒にいない間、何をしてたんだ」


僕は一気に彼女を問いただした。決して彼女のことを責めたいわけじゃないというのは本当だ。彼女とこれからもずっと一緒にいたいと思うからこそ、心を鬼にするしかなかった。


しばらく彼女は、何か得体のしれないものを見るような目で僕をじっと見つめた後、徐に視線を落として何か考え始めたようだった。しかしそれは、「どうやってこの場を切り抜けるか」を考えているというよりも、本当に何を言えば良いか分からないというふうに見えた。

彼女が黙り込むと、二人の間に気まずい空気が流れる。喧嘩をしているわけでもないのに、互いに互いの出方を様子見ているような時間がとても居心地悪い。背中から嫌な汗が滲みてくる。全部なかったことにしたいと思うと同時に、彼女の真実を知らなければならないという使命感がかろうじて僕をその場に立たせていた。

数分の出来事だったのに、永遠かと思っていた時間。彼女はようやく口を開いて、蚊の鳴くような声でこう呟いた。


「私……分からない」



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