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君の声が聞こえない  作者: 葉方萌生
第1章 再会
2/43

1.

真夏の太陽が照りつけるアスファルトの照り返しと道行く人々のガヤガヤとした話し声にうんざりしながら、交差点で信号を渡ろうとした時、僕は息を呑んだ。


風になびく黒い髪と白い肌。

大きな漆黒の瞳と桜色の唇。


横断歩道の反対側に立っていた彼女も顔を上げて目を見開いていた。

時が止まったみたいに、僕の心臓が脈打つ音だけが鳴り響いて聞こえる。


それでも青信号で立ち止まるのは不自然だと思い、ぎこちない足取りで僕は進んだ。彼女は瞠目したまま横断歩道の手前で立ち止まっている。やがて僕が信号を渡り切り、横目で彼女を見ながらも無視して通り過ぎようとした。が、不意に彼女が僕の腕を掴んだ。


「……ゆういち」


と呟いた彼女の声が久しぶりで懐かしく感じると同時に、なぜここに彼女がいるのか分からず、頭の中が混乱してごちゃごちゃになっていた。




近くにある喫茶店「来夢」の扉を開けると、カラランという涼し気な音と、冷やりとした空気に体じゅうの汗がすーっと引いてゆくのが分かった。


僕は適当にアイスティーを二つ頼んで近くの空いている席に座った。店内は薄暗く、聞いたことのないジャズミュージックが流れている。いわゆる「純喫茶」であるその店では、カウンターの奥でマスターがゆっくりと、しかし手際良くコーヒーを淹れており、雰囲気だけで洒落た人間になった気分を味わえそうだ。


少しウェーブがかった彼女の黒髪の彼女は2年前最後に見た彼女と全然変わっていなくて、僕は動揺を隠すのに必死だった。


それに比べて彼女は全く臆することなく僕の目を真っ直ぐに見つめて口を開いた。


「久しぶりだね、友一」


彼女の澄んだ声は、2年前のそれと何ら変わりもなくて、僕はいたたまれない気持ちになる。でも反対に、目の前にいる彼女が僕の記憶の中の彼女と少しも違わないことに安堵したのも事実だ。


「何でこっちにいるんだ、夏音」


彼女——天羽夏音(あもうなつね)は今、東京の大学に通っていて、僕が暮らしている京都にはいないはずだった。それなのに不思議なことに彼女は今、僕の目の前で冷たいアイスティーをすすっている。時折ストローでアイスティーをかき混ぜてはカランカランと氷が音を立てた。彼女が手慰みにストローで飲み物をかき混ぜるその光景が、どこか懐かしくて僕は思わず表情が緩んでしまった。


「何でってほら、もうすぐ夏休みでしょ。私、早めに試験も終わったしこっちに友達いるから遊びに来たの」


言われてみれば単純な理由で、ああそうかとすぐに納得したが、


「友達?」


僕らの通っていた高校から今年京都に来たのは僕一人のはずで、彼女の「友達」に心当たりがなかった。


「高校の友達じゃないよ。中学の時の友達」

 

なるほど、そういう繋がりがあったか。

僕は腕組みをしてうんうんと頷いた。


「それにしても不思議ね。またあなたと会えるなんて」


そう口にした時の彼女は懐かしいものを見るような眼で僕を見つめていた。いや、実際僕は彼女にとって「懐かしいもの」に違いないけれど。でも、確かにここで彼女に再会したことに最初は戸惑っていたが、落ち着いて彼女と話していくうちに、以前の調子を思い出してきた。それに、確かに彼女は2年前と変わっていないけれど、例えば派手ではない、自然に施された化粧が、整った顔立ちをしている彼女を前よりいっそう魅力的にしている気がした。


僕が彼女をじっと見つめながらそんなことを考えていると、夏音は不意に淡く微笑んで言ったんだ。



「ねえ友一、私たちもう一度やり直さない?」


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