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君の声が聞こえない  作者: 葉方萌生
第2章 告白
13/43

3.

2章の大学生partはここまでです!

感想ください(切実)

その日、僕は帰宅してから何もやる気が起きず、いつかのようにベッドにダイブしていた。考えても無駄だと分かってはいるが、頭の中で今日の出来事が何度もフラッシュバックして、思考を巡らせることをやめられなかった。


貴船神社でのデート。

彼女は昔と変わらず、楽しそうに笑っていた。

だからデートの最中は、彼女の気持ちも僕と同じだと思っていた。


でも、蓋を開けてみればそんなことは全然なくて。彼女の笑顔は、全て偽りだったのだろうか。「面白そうだ」と水占いの紙を水面に浮かべる時の彼女の真剣なまなざしは。大きく口を開けて抹茶パフェにぱくついた時の満面の笑みは。


「はぁ……」


僕は何をしているのだろう。

勝手に彼女の気持ちを想像して、舞い上がって想いを告げて、玉砕して。


「格好悪い」

自身に毒づき、嘲笑う。お前はとんでもない勘違いやろうだと腹を抱えて笑う。僕の中に住まうもう一人の僕は冷静に自分を観察していたのだ。そうでもしなければ、立っていられなくなるから。

気づいたら目の端から涙が伝っていた。


「何だよ、失恋して泣くなんて、女かよ」

 

格好悪い自分を笑い飛ばしたくて、否定したくて、僕は自嘲しながら無意識のうちに携帯電話に手を伸ばしていた。

呼び出し音が数回鳴った後、電話に出る相手の声が聞こえた。


「もしもし、水瀬?」


「……後藤」


電話の主はバイト仲間の後藤彬。なぜ僕が彼に電話をかけたのかというと、彼なら話を聞いてくれると思ったからだった。


「何だ何だ、暗い声して。何かあったのか?」


突然電話なんかしてきた僕に心配そうに訊いてくる後藤。


「僕はどうすれば、いい」


自分でも分かるぐらい、僕の声は震えていて、電話の向こうの彼もただごとではないと感じたのか、「落ち着け」と諭すように言った。


「何がどうしたんだよ、水瀬。いつものお前らしくないぞ。何があったのか、よかったら俺に話してくれ」


彼に促されるまま、夏音のことを話した。

彼女とデートをしたこと。

また好きになったこと。

告白して振られたこと。

彼女も、僕のことを好きだと言ってくれたこと。


「僕は、彼女が何を考えてるのか全然分からないんだ」


好きじゃないから付き合いたくない、というならば僕だってこんなに悩みもしないだろう。


でも彼女は違う。

僕に好きだと言ってくれた。

初めて再会した時も、彼女の方からやり直さないかと言ってきた。


それなのになぜ……。


「なるほどな。元カノさんねぇ……。複雑だよな、そういうのって。俺には経験ないけどさ、普通の恋愛とはやっぱ違うだろ」


「普通の恋愛……」


「ああ。相手は元恋人なんだぜ。少なくとも一度は壊れてしまった仲だろ?そこにもう一度信頼関係を築くのって、相当大変なんじゃないか?」


後藤の言葉に僕ははっとする。

僕は何か勘違いしてたんじゃないか?

彼女のことをちゃんと理解しようとしてなかったんじゃないか。


「それと、好きだけど付き合えないって気持ちも何となく分かるよ」


「そうか……」


「とにかくお前はどうしたいんだ?諦めるのか、追いかけるのか」


電話の向こうで、後藤の真剣な声が僕の思考に詰め寄った。考えろ。誰かが決めてくれることなんてない。自分のことだ。僕と、夏音のことなんだ。


「僕は、諦めたくない」


このまま、全てうやむやのまま、終わりにしたくない。

今になって彼女と再会したこと、きっと何か意味があるはずなんだ。


「だったら答えなんか一つしかないだろう。みっともなくても、恥かいてでも、がむしゃらに追いかけろよ。くだらないプライドにしがみついてる場合じゃないだろ。もたもたしてると、一生彼女とやり直せなくなるぞ」


電話越しの彼の力強い言葉が、僕の頭の中で何度も反芻された。


そうだ、僕は彼女が好きだ。確かに一度は終わってしまった気持ちだけれど、今はどうしようもないくらい彼女に惹かれている。


「ありがとう、後藤」


「おう、頑張れよ」


僕は親身になって話を聞いて助言してくれた彼にお礼を言って電話を切った。

それから彼女のことを考えた。彼女の気持ちを。


——もの思へば沢の蛍もわが身よりあくがれいづる魂かとぞ見る


不意に、彼女が口にした和泉式部の歌が頭をよぎった。

その瞬間、僕は無意識のうちにネットでその歌を検索していた。

そして、とあるページに書かれていたことが僕の目に飛び込んできた。


「この歌は夫の心変わりに悩んだ和泉式部が、夫との復縁を願って詠んだ歌である……」


——きっと苦しかったんだろうな…って


寂しそうにそう言った彼女の胸の内を、僕はその時きちんと考えようとしなかった。


あれはきっと、彼女自信の言葉だったはずなのに。

僕はその気持ちを無視して、見えないように蓋をしていた。


「夏音、ごめん」


気がつけば僕はスマホと家の鍵をポケットに入れて家を飛び出していた。


彼女が今どこにいるかなんて、僕には全然わからなかったけれど、走って走って走りまくって、夕方彼女と別れた橋に辿り着いていた。

辺りはもうすっかり暗くなっていて、橋の下には夜の闇を吸い込んだ川の水が不気味に光っていた。


そして、さっきと同じ橋の真ん中に彼女は立っていた。


なぜ彼女がまたここにいるのか、友人の家に帰ったのではなかったのか、様々な疑問が湧いたが、今はそんな些細なことはどうでもよかった。


「夏音」


愛しい人の名前を呼ぶ。彼女は僕が自分のもとにやってくることを予感していたのか、特に驚く様子もなくこちらを振り返った。


「和泉式部の歌。あれは、きみの気持ちだったんだろ」


走ってきたばかりで肩で激しく息をする。呼吸を整えるより先に彼女に伝えたいことがあった。

夏音は静かに僕の動く肩を見つめた後、怒りとも哀しみとも言い表せない表情で答えた。


「そうだよ」


「それなら、やっぱりきみだって望んでるんだろう。僕と、もう一度やり直すことを」


「……」


「なあ、答えてくれ。きみは苦しかったんだよな。僕があの時、きみの手を離したから……。本当にごめんな。でも、もう絶対にあんなことしない。傷つけたりしない。だから——」


「分かったようなこと言わないでよっ……!」


突然、聞いたこともないような叫び声が彼女の口から漏れてきて僕は唖然とした。


「傷つけないって何? “絶対”って何? そんなの信じられると思う……?」


「それは」


「ええ……そうよ。私は苦しかったんだよ……。あなたに捨てられて苦しかったよ。だってあなたは、側にいてくれるって言ってくれたんだもの。大好きで大好きでたまらなかったんだものっ。それなのに、急に私の隣からいなくなって、二度と並べなくなって……傷ついて、後悔して、何度も何度もやり直したいと思った。時間が戻ればいいのにって……!でも、できない。もうあなたと、友一と手を繋ぐことも抱きしめることもできないんだって気づいて諦めてたのにっ……。諦めて、ちゃんと前を見なきゃって思って、やっと忘れかけてたのに」


それなのにあの日、あなたは私の前に現れた。


「ねえ、教えてよ。私はどうやってあなたを信じればいいの……? 私は今でも友一が好き。だけど、またあなたとそういう関係になって、傷つくだけなら付き合いたくなんかないっ。もう二度と、あんな苦しい思いはしたくない」


彼女の怒り。

彼女の悲しみ。

その全てが今この瞬間、鋭い(きっさき)となって僕に突きつけられる。

2年前僕が傷つけたせいで、彼女は今もその傷に疼いて苦しんでいる。


「僕の、せいだ」


僕が、もともと人間不信だった彼女と信頼関係を築いて、それをバラバラに壊してしまった。


その時彼女は一体どんな気持ちだったんだろう。

この世でたった一人、一番信頼していた人に真っ先に裏切られた彼女はその後どうやって今まで過ごしてきたのだろう。


その痛みを、僕は考えたことがあっただろうか。


「馬鹿かよ。何やってんだよ、僕は。最低で最悪だ。ああああああ!」


突然、僕が頭を抱えて雄たけびを上げたので、流石の彼女も驚いているようだった。


「二年前、僕はきみを裏切って、その後のきみの声にも気づかないフリして、傷つけて、壊して、拒絶して、ぐちゃぐちゃにして……取り返しのつかないことしてたんだな。それなのにまた好きになったから付き合ってだと? なんて自分勝手で身の程知らずなんだよ! ああもう! 僕は大馬鹿野郎だ」


頭が熱くなり、暴走する脳内の声を止められなかった。もしここに人が通りかかったらかなり不審に思われるだろう。真夏の夜、川辺ではジージーと虫が輪唱する声が聞こえる。僕と夏音の対峙を、彼らだけが覗き見ている。お願いだ、誰も通らないでくれ。

自分自身を罵倒する僕を見て、彼女はどう思っているだろう。きっと途轍もなく滑稽に見えているだろな。


「夏音、ごめん! 本当にごめん。こんな言葉信じられないよな。許してもらえるなんて思ってないし、もう付き合ってなんて言わない。きみが嫌だと思うことは絶対にしない。だから、どうするかは夏音が決めてくれ」


僕は彼女に深々と頭を下げてそうお願いした。

彼女はきっと僕を許しはしないだろう。

罵倒されて、叩かれて、川に突き落とされたって仕方ない。

だって僕は、彼女にそれ以上の傷を負わせたのだから。


「そんなの……ずるい」


けれど、予想していた反応とは違い、頭上から降ってきたのは彼女のか弱げな声だった。

僕は思わず「え」と顔を上げて彼女を見た。

いつかと同じ、光る雫をこぼしている彼女は、その水滴を拭いながら続けた。


「謝るなんてずるい。そんなこと言われたら、気許しちゃうじゃない。私、ずっと聞きたかったんだ……好きだって言葉。だから今日その言葉を聞いた時、すごく嬉しかったの。今まで生きてきて一番嬉しかった。だって私は、今でも友一のことがどうしようもないくらい大好きなんだもの」


「夏音……」


「大好きだから、怖くて仕方なかった。また同じことになったらどうしようって。今度裏切られたら、私はどうなっちゃうんだろうって。怖くて怖くてどうしようもなくて。だけど、気がついたらまたここに戻ってきてた。もしかしたら、またあなたが迎えに来てくれるんじゃないかって……」


ゆっくりと、彼女の口から吐き出される本音。突き刺さる言葉の数々。


「ねえ友一、今度は最後まで信じていいの……? もうあんな辛い思いしなくていいのかな」


夏音はきっと、欲している。僕が、自分を手放さないという確固たる言葉。表面的じゃなく、心の底から信じられる想いを。


「ああ。もう二度ときみを裏切ったりしない。もし裏切ったら、今度こそここから僕を川に投げ捨ててくれても構わない」


「ふふっ……なにそれ」


「いや、そのぐらいの覚悟だってことだよ」


「私、そんなことしないよ。大好きな人にそんなひどいことするわけないじゃない」


「ははっ。そうだな、きみは優しい人だから」


静かに、彼女の身体を抱きしめた。途端、懐かしい彼女の香りがふわりと漂ってきて。生まれて初めて、誰かを好きになった時の気持ちを思い出す。高校時代の僕が、夏音に抱いていた透明な気持ち。今その気持ちは倍膨らんで僕の真ん中にあった。


「なに、これ。久しぶりすぎて頭が追い付かない」


「それは、僕もだよ」


彼女の温もりは、懐かしさと共に、複雑な想いを思い出させてくれる。彼女もきっと同じ気持ちなのだろう。きゅっと縮こまっていた身体から次第に力が抜けてゆくのが分かった。


「友一、あなたともう一度付き合いたいです」


ゆっくりと、深呼吸をするように夏音は伝えてくれた。

瞬間、虫の声が聞こえなくなる。それぐらい、彼女の想いをすくいあげようと集中していたのだ。


「ありがとう、夏音。僕を許してくれて」


どれほど勇気がいっただろう。一度裏切られた人を再び信じようとすることに。想像を絶するほどの葛藤があったはずだ。だからこそ、再び僕を信用してくれた彼女を、二度と手放さない。

真夏の夜に雲の切れ間から差し込む月の光の下で、心に誓ったのだ。



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