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君の声が聞こえない  作者: 葉方萌生
第2章 告白
11/43

1.

「昨日は急に電話してごめん。来てくれてありがとう」


もう一度会ってくれないかと昨夜彼女に電話してから、本当に彼女が会ってくれるかどうか不安だった。でも、今日待ち合わせの駅に彼女の姿を見つけると、胸の奥の不安がすーっと抜けていくのが分かった。


「ううん、電話が鳴ったときはびっくりしたけど……嬉しかった」


「そっか。にしても、電話番号変わってなくて良かった。繋がらないかと思ったよ」


「携番変えるの面倒だし、それに……もしかしたら友一と、また会えるかもしれないと思って」


「それって」


「なーんてね」


くすくす、と口に手を当てて彼女は目を細めた。昔から彼女には独特な会話のペースとノリがあったのを思い出す。高校生時代だって、彼女の言動にいちいち心を乱されていたんだっけ。


「それで、今日はどうして私と会おうと思ったの?」


「ちょっと行きたいところがあるんだ」


「行きたいところ?」


「ああ、貴船神社。知ってるか?」


「え、ええ、もちろん知ってるわ。京都に来る前に人気の場所は調べたのよ」


「そうか。実はまだ一度も行ったことがなくて、行ってみたいと思ってたんだ」


「そうなんだ。でもそれって」


彼女が一瞬、反応に戸惑い目を泳がせた。分かっている。きみの疑問の声ぐらい、とっくに聞こえてきたから。

僕は大きく息を吸い、意を決して口を開いた。


「僕と、デートしてくれないか?」

 

彼女に対し、こんなことを伝えるのは久しぶりだった。終わってしまった僕らの関係を思うと、些か勇気がいった。

彼女がどんな反応をするか怖かった。しばらく黙ったままだったから、失敗したなと諦めかけた。が、僕の心配も束の間、彼女は「うん」と頷いてくれた。



叡山電鉄の出町柳駅から貴船口駅まで約30分、ワンマン電車に揺られて僕たちは目的地へと向かった。

夏休み中というだけあって、この暑い中観光地へと向かう乗客は多く、一車両だけの車内がたくさんの人で満たされていた。


「人、いっぱいだね」


「ああ」


いくら冷房が効いているとはいえ、これはかなり堪える。


ガタンゴトンと電車が揺れる度、経っている乗客が左右に揺れて時々押し潰されそうになる。


『次は貴船口、貴船口です』


次の停車駅を知らせる車内アナウンスが流れた時、流石に乗客も少しは減っていたが、まだ7割ぐらいの人が残っていて、どうやら皆同じような所に行くことが分かった。


『貴船口、貴船口です。お降りの際はお忘れ物のないようお気を付けください』


「ぷはー! やっと着いたな」


「しんどかったねぇ」


貴船口に着いて電車から降りると、新鮮な外の空気が肺いっぱいに流れ込んできて、自然と背筋が伸びる。一緒に降りた他の乗客たちも、肩を回したりしばらく遠くの山の景色を眺めたりしていた。


「気持ち良いなぁ」


「うんうん、空気がきれい」


「よし、それでは神社に参りますか」


「参りましょう」


昔のように彼女とテンポの良い会話ができるようになってきた。僕たちは互いに顔を見合わせて笑って、それから貴船神社までの道を歩き始めた。貴船口から貴船神社まで、さらに30分程歩くことになる。神社までの道中はずっと登り坂。一人で登るのはちょっと苦しいが、二人で歩くと不思議とそこまで辛くない。坂道の途中で土産物屋や川床のある食事処がたくさん見受けられた。


「もうすぐ着くぞ」


前方にお馴染みの赤い鳥居と灯籠が見えてきた。よく、広告やSNSで見かける風景。


「わ、あの赤い灯籠、広告とかでよく見るやつだ」


夏音は灯籠に感激したのか、いつもより声のトーンが高い。


「すごいね、綺麗だね!」


スマートフォンを片手に写真を撮りながら石段を上る彼女は心底楽しそうで、連れて来て良かったと思った。


石段を上り終えると、参拝をするため手水舎で手や口を漱いで清める。


「冷たいね」


「ああ、気持ち良いくらいだ」


僕たちの他にも参拝客は多く、流石は由緒ある神社だと感心する。

本殿の賽銭箱に五円玉を投げ入れて僕たちは両手を合わせた。


心の中で願い事を唱えてうっすらと目を開けると、彼女はまだ隣で目を瞑っていた。何を願っているのか気になったが、こういうのは聞かない方が良いだろう。

ようやく彼女が目を開けると、僕に見られていたことが恥ずかしかったのか、視線をそらして「行こ」と先に行ってしまった。


「あれ、何だろう」


前を行く彼女が巫女さんのいる方を指さして言った。


「水占い?」


「ああ、あれはな、占いの紙を神水に浸すんだ。そうしたら文字が浮かんでくるらしい」


「へえ~面白そうね。やってみましょう」


ここに来る前に調べておいたことが功を奏し、彼女の関心を買うことができたようだ。

水占いみくじを買った僕らは、本殿の右手奥にある水占齋庭の神水にそれを浮かべた。


「何が出るかな」


たかがおみくじ、されどおみくじ。何も書かれていないみくじの紙が水に浸ってゆく様を緊張しながら見つめた。しばらくすると、紙に文字が浮かび上がってくるのが分かった。


「見て、私大吉だ。ねえ、友一は?」


彼女の嬉しそうな声と、僕の肩をトントンと叩く感触に少しドキッとしながら僕も自分のみくじを見た。


「……小吉だって」


「小吉かぁ。微妙だね」


わざとらしくそう言う彼女はいたずらっ子の笑みを浮かべていた。


「学問、『努力すべし』だって」


「本当だ。神様は分かってるな」


「ふふっ」


僕の冗談に彼女が再びくすくすと笑った。

それから僕は水占いみくじを結び所に結んだが、彼女は「大吉だから」と言って、少しの間それを乾かした後、きれいに折りたたんで財布にしまった。


水占いを終えてしばらく境内を歩いて回った。奥宮まで行って、入り口の鳥居のところまで戻って来る頃には僕も彼女もかなり疲れていた。


「ちょっと休んで帰らない?」


「うん、そうしよ」


こういうデートの時、休憩の時間は貴重だ。落ち着いて彼女と話ができる。甘いものは二人とも好きだしね。


「私、これが食べたい」


彼女はメニュー表の一番上に書かれてあった抹茶パフェを指さした。


「何それ、おいしそう」


「でしょ」


「うん。僕もそれにする」


抹茶パフェを二つ注文したところで、僕たちはお冷グラスに口をつけた。こうして向かい合って座っていると、夏休みに初めて彼女と再会した日を思い出す。喫茶店「来夢」でアイスティーを啜っていた彼女。あれからまだ一週間程しか経過していないのに、目の前にいる彼女に対する僕の気持ちは全く別物になっていた。


「あのさ、夏音」


「ん、どうしたの?」


僕は彼女に改めて今の気持ちを打ちあけようかと思った。しかし、タイミングが良いのか悪いのか、店員さんが注文した抹茶パフェを持ってきたので僕たちの会話は一時中断。それより今は、目の前のパフェだ、パフェ。


「お待たせしました」


「わ~! おいしそう!」


彼女も目の前のパフェに完全に気を取られてしまい、会話どころではなくなった。

潔くスプーンを手にする。彼女は戦闘開始の姿勢で、上に乗っていたアイスをすくう。抹茶パフェは抹茶ソフトクリームに白玉とあんこ、さらに抹茶ババロアがトッピングされていてボリューム満点だった。


「はう~見た目通りの味!」


片手で頬を押さえながら幸せそうな表情を浮かべる彼女を見ていると、僕も自然と頬が緩んでいた。

彼女と同じように抹茶パフェをスプーンで掬って食べると、甘すぎない抹茶ソフトクリームの深みのある味が口の中でじわっと広がり、疲れた体を癒してくれた。


「京都の抹茶パフェって最高ね」


「僕も初めて食べたけど、これはやみつきになるな」


二人で由緒ある神社でお参りをしておみくじを楽しむ。

おいしい物を食べて、おいしいと共感する。

そんな当たり前の時間が、今の僕にとってどんなものよりも愛しかった。


「ごちそうさまでした」


丁寧に両手を合わせる彼女を見て、僕は思った。


もう一度きみの側にいたい、と。



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