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第四話『エリンVSシャッハ①』

 エリンという少女が一体どういう存在なのか、

 敵で妻で……それは周囲が作り上げた立場でしかない。俺にとってのエリンという存在を考えなければいけない時が来ているかもしれない。そして、何を守らなければいけないのかももう一度よく考えないといけない。

 過去の回想は止めて、俺は現在の光景に集中する。

 ちょうど、二回戦が始まるところだ。


 『――さあ、続きまして注目すべきカードがやってきました。第一回戦で赤子の手を捻るように相手選手を圧倒したバカ勇者……ごほごほ、エリン選手に登場です』


 淡々と実況するのはチュリィ。彼女も俺が使っていたのと同じような音声を拡散させる水晶を使用している。

 他にも喋りのうまい魔族はいるのだが、俺やエリンが不利になるようなことを言う可能性もあるので、実力は抜きにして信頼と安全からチュリィへとこの仕事を頼んだ。……おそらく、大丈夫なはずだ。

 実況の声に導かれるように現れたのは、自信に満ちた笑みを浮かべたエリン。


 『続いて、対戦相手となるのは、知る人ぞ知る。いや、知らない人なんて誰もいない。有名なあのお方……さすがに、黄色い歓声も聞こえて来ますねえ……。我らが敬愛する魔王様直属の部下、四天魔のシャッハの登場です』


 確かにチュリィの言う通り、シャッハが光の下に現れた瞬間に甲高い歓声に包まれた。やはり、あの美貌は異種族どころか魔族共通ということか。

 男が惚れ惚れするような颯爽とした動きで、中央の石畳の舞台に軽くスキップするように乗った。ただそれだけのことなのに、これ以上は大きくならないだろうと思っていた女性達の声は鼓膜を震わせるほど音量を上げた。


 「すげえ、人気だな」


 独り言のつもりだったが、背後に立っていたゴルガムさんには聞こえていたようで、


 「もしも魔王様が武闘大会に出た時は、きゃーきゃー言ってあげるわよ」


 脳内に観客席でただ一人、きゃーきゃー、正確には、ぐおぁーぐおぁー、という声になるのだろうが、俺に応援をするゴルガムさんを想像した。


 「……狂気を感じさせる光景だな」


 今さっきしてしまった嫌な想像を強引に頭から切り離すためにも、中央の舞台に意識を集中させた。



                  ※



 十歩ほど前に立つシャッハを見たエリンは一回戦で抜くことはなかった剣を抜いた。

 そんなエリンを見たシャッハは、さわやかに笑った。


 「嬉しいな、会っただけでエリン様が僕に剣を抜いていただけるなんて……。四天魔の中でも最弱と呼ばれている僕にはもったいない」


 「嘘言うな、隠しきれないんだよ。……普通の魔族が発することができないぐらい、キツイキツイ瘴気がさ。最近、何か臭いなて思っていたけど、お前が原因か」


 シャッハはズボンのポケットに手を突っ込めば、肩を揺らして笑った。


 「隠していたつもりなんだけど、簡単に肌とか鼻で僕の瘴気を感じるなんて経験の差なのかな。……まあエリン様が何と思おうが、僕は仕事を果たすだけさ。ここで倒そうが、僕が負けようが、仕事は仕事だよ」


 腰を低くしたエリンは、その刃に魔力を滾らせる。エリンの体内から流し込まれた魔力はいつしか明確な質量を持ち、敵を切り裂く刃へと変わる。


 「損な仕事ね。私だったら、とっくの昔に辞めているわ」


 「担ぎ上げられた勇者には言われたくないな」


 三度、数字を唱えた後。試合の開始を告げる鐘が鳴り響いた。――直後、エリンは弾丸のようにシャッハへと突進した。


 「すぐに死なす!」


 戦闘のプロにしては、少しばかり早計過ぎたとも思える無茶な攻撃。しかし、エリンはただの戦闘のプロではない、常に命の奪い合いをしていた。そのため、綺麗な勝利よりも確実な生存を求める。よって、エリンは躊躇をしない。さらに、例え何らかの反撃があったとしてもエリンはうまく立ち回れる自信も同時に兼ね備えていた。

 エリンの刃は容赦なくシャッハの首へと伸びた。


 「悪いね、僕はそう簡単には死なないんだ。そういう風に作られたからね」


 突進するエリンの動きを完全に読み、軽い動作で体勢を低くした。シャッハの髪の毛を数本切り取るが、その肉体には一切傷はついていない。ただ低くした体勢をそのままに、エリンの脇を抜けるように駆けた。そのまま、立ち位置を変えれば最初の始まりよりも近づいた二人になる。位置が変わっただけではなく、本気の一振りであるエリンの攻撃を簡単に避けたことがまた意味が変わってくる。

 エリンは舌打ちをした。


 「やっぱり戦い慣れているわね……。久しぶりに勇者の血が騒いでくれるわよ」


 称賛の言葉に対してなのか、それとも、勝機を感じた余裕からなのか、相変わらずシャッハの口元には笑み絶えない。

 腰に手を回したシャッハは、指の隙間で支えた三本の棒状の瓶を取り出した。三本とも濃い紫の色をしていた液体が入っている。


 「僕はね、魔法使いと魔女との間に生まれながら魔法を使用することができないんだ。その代わり、全ての魔法を打ち消す力を手に入れたんだけど、どうやらその力が僕の魔法の才能まで打ち消しちゃったみたいでね」


 三本の瓶を頭上へと掲げるシャッハに、エリンは警戒心を高める。

 魔法使いと魔女というのは、微妙に違う存在だ。

 魔法使いはいわば人間の味方をする魔法の使い手、魔女というのは魔法使いから堕ちた女性のことを指す。魔法の研究を求め続けるあまり、その存在が歪み、魔力と瘴気に侵され続けた結果、完全に魔族と同等の存在に生まれ変わるのだ。そうすることで、より一層に身近に魔法の真理に近づける。

 だからこそ、魔法の真理を求め続けた魔法使いと魔女の夫婦が息子に落胆した姿がエリンでさえもあっさりと目に浮かんだ。


 「でも、魔法の知識を蓄えることができた。僕はその知識を使い、戦場に赴く。……この瓶、エリン様なら見たことあるんじゃないかい?」


 「……魔法瓶マギカグラス。詠唱途中で停止させた魔法を瓶の中に封じ込めて、魔法を使用できない人間でも使用を可能にする魔道具マギカアイテム


 「そうさ、僕はこれを利用してキミを倒す弱者さ。さあ、どうなるかな? 才能を与えられたキミと才能を強制的に奪われた僕の戦いだ。人でありながら魔族に等しい力を持つエリン様、魔族でありながら本来持つべき力を持たない僕。……いずれにしても、僕にとってはかなり興味深い時間になることは間違いないね」


 シャッハは三本の魔法瓶を地面に叩きつけた。瞬間、足元に爆薬でも設置されていたかのように三本の炎の柱が上がった。

 嫌な予感を感じ、エリンはシャッハから大きく後退をした。そして、火柱の正体を目撃する。


 「――ボルケイノフ。僕の傑作品、全てを焼き尽くす召喚獣」


 ボルケイノフと呼ばれたそれは、火柱が形を変えて作り出した三体の巨人の名前だとエリンは気づいた。

 言ってしまえばそれは炎、言ってしまえばそれは巨人、言ってしまえばそれは鬼もしくは悪魔。実体を持たないのか、二本の足で立つボルケイノフの体はメラメラと燃え、頭の先から伸びた一本の角、それからその顔つきはオーガのようでもあり炎に焼かれた人間の悲痛な顔のようにも見える。何より、その体は五メートルほどの大きさがあり、背中から生えた翼を広げるだけで火の粉が散り、周囲数メートルを強烈な熱気が這う。――ボルケイノフは、炎の鬼の姿をしていた。


 「ちまちま肉弾戦を続けていたら、今日中に大会は終わらないよ。最も分かりやすい方法で、単純かつ明確に決着をつけようじゃないか」


 ボルケイノフは四魔天のシャッハを知っているなら、一度は耳にしたことがある怪物だ。

 口から吐き出す炎は大地を焦がし海を裂き、その拳は鋼鉄をも溶かし、実体のない彼らは何度も無限に蘇る。シャッハを今の地位まで押し上げたのは、ボルケイノフという強力な怪物が助力した部分は少なからずあるだろう。

 観客席から眺めているだけの魔族達でさえ、噂話のように聞いていたその炎の怪物を前に体を強張らせていた。


 「――ハハハッ!」


 硬く割れるはずのないガラスに突如として亀裂が走るかのように、その重たい空気を切り裂く笑い声が響いた。

 観客もシャッハも魔王であるアオラでさえも、その声の先へと自然と視線が流れた。とんとん、と剣の面の部分を肩に当てて、強敵を前にして楽しそうに口の端をぐにゃりと曲げたエリンがいた。


 「最近さ、何だか落ち着いちゃっててドキドキすることあまりなかったんだ。ああ、もちろん魔王様のことは別だよ? ただ勇者のアレとかソレとかは最近なかったからさ……」


 ぐるんと肩に当てていた剣を反転させ、エリンはその剣の先をボルケイノフの後方に立つシャッハへと向けた。


 「――こういう冒険、嫌いじゃないよ」


 その強敵を前にして、エリンは豪胆に笑うのだった。それは、まさしく――英雄然とした姿だった。

 


 

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