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第二話『四天魔集結・揺れる魔王様』

 さっそく、翌日には武闘大会の話を進めることとなった。ちなみに、一番の課題になるだろうと予想していたエリンの参加の可否の問題だが、二つ返事で了承した。よほどやる気なのか、一週間ほど先に予定していた武闘大会に備えて毎日のように庭で剣の素振りをしている。

 勇者の剣というのは、鞘から抜くだけでも魔族には効果がある。勇者の剣からは、魔族に害となる魔力の波動が常に放出するような作りになっている。この剣を魔族に向けたなら、人間で言うところの炎の塊を強引に顔に押し付けられるような状態なのかもしれない。今、エリンが魔王城の付近ではつらつと過ごしていられるのは、その伝説級の剣と装備している鎧の力、おまけにエリン本来の人並み外れた身体能力に違いない。それはそれとして、魔族にとっては百害あって一利なしの勇者の剣を振り回すおかげで、庭師である竜族のワイバーンのグルンドラさんが仕事にならないとお困りの様子だ。

 事情が事情だから武闘大会が終わるまでは休んでいいと告げてはいるが、グルンドラさんなりにこだわりがあるようでエリンの剣の稽古が終わるのを待ってから仕事を取り掛かるようにしている。仕事に情熱を注ぐことのできる良い部下を持ったなぁ、としみじみと思ったのだ。

 明後日には大会が開かれるとのことで、滅多なことではすることのないイベントを前に魔王城もどこかそわそわとしている。

 そんな中、私室の机の上で武闘大会用の書類に目を通し終えた直後のことだった。

 二度のノックが静かだった部屋に鳴る。

 「どうぞ」と言えば、扉を開き音もなく歩いてくるのはチュリィだ。


 「魔王様」


 「お、チュリィか。どうかしたか?」


 「四天魔が到着されました」


 「まさかみんな同じ日に集まることになるとはな……。玉座の間にいるんだろ? すぐにそこまで行くから、先に通していてくれ」


 机の上の後片付けをしながら、四天魔のことを何となく考える。

 俺は、一年前に魔王になったばかりの新参者だ。まだ個人差はあれど二、三回ぐらいしか四天魔とは直接話をしたことがない。本来なら、俺が魔王という立場になっていないなら三秒も経たない内にあの世行きだろう。

 恐ろしい想像に背筋が冷たくなる。

 そうだ、俺が今から会いに行くのは簡単に街一つを滅ぼすことのできる魔族達だ。舐められないように、気を引き締めて向かわないと――。

 壁にかけていた肩の部分にドクロの装飾があるマントを羽織ると、背中を伸ばして玉座の間へと歩き出した。



                  ※



 「おう、みんな待たせたなー」


 玉座の間に入ると目に飛び込んでくるのは、片膝をつき、頭を垂れる四人の強者。

 一人は漆黒の鎧に身を包んだ長い髪を結んだ女性。黒い髪に暗闇のような瞳、肩から先の袖はなく下半身も膝上程度のスカート、戦うにしてはぎょっとするほどの軽装だった。見た目は人間にしか見えないが、浅黒い肌と長い耳は闇に愛されるほどの美貌と称されるダークエルフの特徴だった。――それが、無限槍むげんそうのエイダ。

 一人は藍色の髪に高い鼻、穏やかな眼差しの美青年。どこからどう見ても人間にしか見えず、一般的な男性よりもやや長めな髪は青年どころか女性と勘違いされそうな外見をしている。暗い色のジャケットにズボン、ジャケットの下の黄色のシャツにはストリングタイの紐ネクタイが貴族の御曹司ではないかと連想させる。――彼が、魔女と魔法使いの間に産まれた忌み子、魔法阻止マジックキャンセラーのシャッハ。

 一人は顔が竜の顔をしていた。首から上が竜、その下が男性の人間の肉体という変わった姿。人間の世界で暮らしていた彼の父である竜族のドラゴンが人間の女性に恋をして、産まれたのが彼だった。オーバーオールだけをまとった肉体からは、よく鍛え抜かれた筋肉が見える。――彼こそ、仲間殺ドラゴンスレイヤーしのルクウ。

 一人は燃えるような真っ赤な髪をした少女。髪だけではなく二つの目も赤い少女は美しく、身に着けた赤がまるで少女の為に存在しているような錯覚すら覚えるほどだ。色が人間に恋をするほどの眩さを持つ少女。彼女は吸血鬼ヴァンパイアであり、前魔王の娘でもある。――鮮血乙女ブラッドラヴァー、レヴィア。

 一通り顔を見てみるが、全員に変わった様子はない。だが、胸の内はどうなっているのかはその顔からは窺い知れないのが正直な本音だ。


 「みんな頭を上げてくれ、今度開かれる武闘大会はそんな堅苦しいものじゃない。皆が楽しめるように、勇者との試合でその実力を発揮してくれ」


 とりあえず、サラリと挨拶を終わらせて席を立とうとしたが、やはりそう簡単にはいかない。


 「――魔王様」


 前魔王の娘でありながら前魔王の破滅を心の底から望んでいた少女、レヴィアが短い言葉で俺の退席を妨げた。

 やれやれ、困るようなことを聞かなければいいが。


 「……なんだ」


 僅かに浮かせた腰を再び下ろす。

 レヴィアは一歩前に出れば、階段により高い位置にいる俺を見つめた。その目からは、好意的な感情は感じ取れない。


 「魔王様、この武闘大会はお妃様となられた勇者の為の催しなのでしょうか?」


 刺々しいレヴィアの発言。無視することもできないので、素直に答えることにする。


 「……ああ、そうだ。俺の妻を祝うための催しだ。それが、どうかしたか?」


 「お言葉ですが、魔王様。本来なら勇者は私達の憎むべ怨敵のはずでは? 勇者を討ち取った祝いのための催しならまだしも、多くの同胞達を苦しめてきた女の為に見世物になるのは四天王としての誇りに泥を塗られるようなものです。私の言い分はこれが全てです。これ以上は聞きもしませんし語りもしませんが、今の魔王様の正直なお気持ちを聞かせていただいてもよろしいでしょうか。私達には、それを知る権利があるはずです」


 言い方こそ目上の者へ向けられたものだが、レヴィアから放たれるピリピリとした殺気は肌に感じられる。

 どういう言い方をすれば角が立たないだろうか、何て今さら考え始めていると、四天王の一人であるシャッハがレヴィアの隣に並ぶように前進すれば「レヴィア」とゆったりとした声色で呼んだ。


 「なによ……?」


 「そう睨まないでくれ、魔王様がお困りのようだから、僕なりにご助力しようと思ってね」


 「あら、魔法を殺すことしか能のない劣等種が何の用かしら?」


 シャッハは大げさに肩をすくめて見せれば、魔王である俺を庇うようにレヴィアの前に立つ。


 「相変わらずキミは雷神の剣のように、近づいただけでも蒸発しそうな殺意を向けるね。何をそんなに怒っているんだい? 僕らは別に村を滅ぼせといわれているわけでも、軍隊を全滅させろと言われているわけじゃない。僕らの得意な戦いでお祭りを盛り上げてくれといわれているんだ。いわば、道化さ。しかも、ただの道化じゃない舞台の主役になれる道化なんだよ? 僕らにしかできない役割で、祭りに花を咲かせようじゃないか」


 瞬間、レヴィアは顔を怒りに歪ませた。


 「……おい、シャッハ。お前がどう思おうと知ったことじゃないが、私は私なりに魔王様に期待をしているし、この立場に誇りを持っている。だが、私は魔族として勇者に頭を下げるなんて気がおかしくなりそうなのよ。数百年間、勇者という存在に怯え続けた。そんな恨むべき相手を魔王様の妻として受け入れることはできるのかしら、いや、率直に言うわ。――勇者に従うことはできるの?」


 シャッハはただ冷静に返答する。


 「――従うさ、彼は僕らの愛すべき魔王なんだからね」


 「それが、答えか……?」


 「答えも何も僕はこれ以外に返事を知らない」


 「シャッハ! お前に四天魔の誇りはないの!?」


 「ハハッ……。レヴィアこそ、ただ好いている男を取られて喚き散らしているだけにしか見えないけど?」


 売り言葉に買い言葉とはこういうことで、戦闘に不慣れな俺でも分かるぐらい二人の殺気と魔力が満ちていくのが分かる。

 照り付ける太陽に似た殺気と殺気を前に、一般人に近い俺の肌はビリビリと体が震えて頭の中で警戒しろと訴えかけてくる。止めなければいけないが、強烈な二人の力を前にうまく口が動かない。椅子に縛り付けられたように、ただ黙って二人の成り行きを見守るしかできずにいた。


 ガガガガガ、と音を立てて長く鋭利な物体がレヴィアとシャッハの間に降り注いだ。


 「――そこまでにしろ、二人とも」


 同時に振り返れば、右腕を掲げたエイダがいた。その腕からはずるずると、数本の突起が現れる。それは、無数の槍だった。

 体中のありとあらゆるところから、槍を生み出すことができるエイダ。それが、無限槍と呼ばれる由来だった。

 もともとは槍の扱い得意とする戦いをしていたエイダだったが、次第に己の力量に不安を感じるようになる。しかし、彼女はダークエルフとしての魔法の知識や薬学の知識はあるものの魔法を使用するとなると力の調整が苦手で、お世辞にも褒められたものではなかった。そのため、彼女は己の肉体と魔法を研究し尽くし、最後には全身から槍を生み出すことに成功した。要は、体内の強力な魔力に明確な目的を与えたということだろう。槍という攻撃的な方向へ。

 肉体の八割を魔力という不安定なものに変えた彼女は、体内で槍を生成するという魔法を行い、様々な槍を作り出すのだ。


 「エイダ……。僕に刃を向けるつもりか?」


 シャッハは魔法阻止マジックキャンセラーという特殊能力の持ち主。魔力で槍を作り出すエイダとは反対の位置にいる。つまりは、弱点だ。それゆえ、シャッハはエイダに対して強気でいるのだろう。


 「いいや、私はただそのやかましい戯れを止めてほしかっただけだ。――レヴィア」


 鋭い声がレヴィアを射抜いた。人間ならば、それだけで腰を抜かしそうなものだが、当の本人であるレヴィアは冷ややかな目線で受け止めた。


 「闘技大会の前に場外乱闘でもやる?」


 「お前の言い分も聞くつもりもなければ、シャッハの話も興味はない。だが、これだけは覚えておけ。……お前は既に魔王様の配下。言われれば従い、声をかければどんな場所にいようが馳せ参上する。それだけだ。そして、それだけしか考えることのない私にとっては、お前の言い分はいささか不愉快だ」


 エイダとレヴィアの視線は交錯し、シャッハは何故か楽しそうに口笛を吹いた。


 ゴリィ、と続いて音が響いた。それは、彼ら三人の足元からだった。蜘蛛の巣のように、彼らの足元には亀裂が入っていた。

 そこには、床に拳を突き立てるルクウの姿があった。彼の剛力が三人の口論を止めたのだ。


 「――黙れ」


 ただ低くただ力強く、ルクウの声が玉座の間に響いたことで一瞬即発だった空気が床にできた亀裂から抜けていったような気がした。

 ルクウの機転に感謝しつつ、俺はやや早口でその場を収めるのだった。


                   ※



 ピリピリとした空気のままで解散となった玉座の間を出た後、俺は深く肩を落とした。


 「相変わらず、アイツらといると疲れることばかりだな……」


 レヴィアは前々から何かと俺に突っかかってくるのだ。

 あの日、俺が魔王になった時。正直なところ、レヴィアに恨まれるかと思っていた。なんせ、前魔王は彼女の父親だ。それを失脚させた存在を前にしたら、誰だって怒るものだろう。しかし、それは予想外の反応だった。


 ――そう、アンタが魔王になったの。いいじゃない、この世界は弱肉強食だから楽しいの。アンタの抱える野望は絵空事だろうけど、誰も叶えなかった望むこともしなかったその野望を叶えるために共に進んだ方が有意義な時間を送れそうね。……歓迎するわ、魔王。


 今も胸の中には、あの時のレヴィアの声が蘇る。気高くも俺のことを迎え入れてくれたレヴィアのことを信じたい。あの時の彼女には、奪い奪われることが日常となっていた魔族の誇りを感じたのだ。

 ついこの間、レヴィアに会った時は普通に接してくれたのにな……。いつからあんなに厳しくなったんだっけ、俺がエリンとの婚約を発表した時ぐらいからかな。


 「まったく、女心というのは分からんな。……ん?」


 インキュバスになっても、異性の心というものは難しい。そして、また一人俺が頭を悩ませている少女がいた。

 私室に戻ろうと中庭に出た時のことだったが、その少女は一心不乱に、手にした剣を振り下ろし、剣の稽古をしていた。――エリンだ。

 玉のような汗を掻き、真っ直ぐに剣を上下にするその姿を見れば、どこか神聖染みたものを感じさせる。その横顔は年齢よりもずっと大人びた顔をしていたが、その顔を見れば見るほどにエリンよりも十や二十ぐらい年齢を重ねてもきっと同じ顔つきはできないような気した。

 何気なく、俺はエリンの背中へと声をかけた。


 「エリン、剣の稽古か?」


 声ですぐに俺だということ気づいたのか、エリンは真剣な表情を崩して、俺がよく知っているエリンへとその顔を変えた。


 「――あ、あなたっ! はい、武闘大会に備えているんです!」


 今なら分かるが、やはりエリンは他の者に対して反応と俺に対しての反応では大きく差があるように感じられる。声の高さも四、五倍は違うのかもしれない。……自覚するまで、そういうことに気づかなかったが。


 「そ、そうか……。う、うん、エリンは偉いな」


 「もちろん、大切な……あ、あなたの為ですから……きゃ、言っちゃった!」


 「き、きゃ……言われちゃった……」


 のぼせかたが半端ないエリンに苦笑いをしてみるが、よくよく考えてみるとこんなにも真っ直ぐに誰かに愛情を向けられた記憶はない。考え方を変えれば、これは他人から見ればかなりうらやましい状況なのかも。


 「あ、あの、あなた。優勝した後のお願い発表してもいいかな……?」


 と、もじもじしながら口を開くエリンに「ん?」と聞き返す。

 そんなに恥ずかしそうに言うなら、言わなくてもいいのに。むしろ、言わなくてもいいですよ?

 次のエリンの発言の後、俺は本気で数秒ほど心臓が止まりそうになる。


 「――優勝したら、あなたとの子供が欲しいの!」


 精神汚染的爆発魔法発動。

 あまりに衝撃的な発言に、言葉を失っているとエリンはそれを肯定と受け取ったようだ。


 「えへへ、分かってる分かってますよぉ。少し急ぎ過ぎだし、若い二人には早いかにゃぁ……なんて思っちゃったりもしますけど、やっぱり子育てはなるべく若い方がいいて言うじゃない? これから忙しくなるなら、今の内に愛の証を見たいなとか考えちゃうなぁ。……えへへ」


 一瞬にして、口内がカラカラに乾くが、精一杯絞るように声を発する。


 「……エリン、もう少し自分を大事にした方がいいんじゃないか?」


 ようやく絞り出した俺の言葉をエリンは全力で打ち砕くのだった。


 「――精一杯、自分のことを考えた結果です!」


 気のせいか、エリンの目からはキラキラと眩しい星のようなものが見えて来る。エリンが特別な魔法を使えるわけでもないので、確かに、気のせいなのだが、そんな幻が見えてしまうほどにエリンの目は恐ろしく澄んでいる。

 だからなのだろうか、例え子供を人質にするような奴だとしても自然と声が出た。それは、久しく感じたことのないあまりに真っ直ぐな愛情に殴られたような気がしたからかもしれない。


 「……応援してる、がんばれ」


 ただそれだけの言葉に、エリンは世界中で一番幸せなのではないかと思うような笑顔を向けた。


 「がんばります、あなたの為に!」


 チクリと胸が痛んだ。その痛みは、なるべく目を逸らそうとしていた――罪の意識。

 誰かの一途な気持ちを踏みにじるという事実に俺はようやく気付いたのだ。


 「どうかしたの? なんだか、顔色悪そうだけど……」


 「いや、大丈夫だ。四天王達に会ったから、少し疲れちまったんだ」


 「なに!? あのいけすかない奴らね……。安心して、あなた。武闘大会では、ギッタンギッタンにしてやります!」


 「ほ、ほどほどにな……」


 軽く手を上げて、さらに気合を入れて素振りを始めるエリンの視界から外れ、通路の角に腰を下ろせば、むしゃくしゃした気持ちのままに拳を握り壁を殴りつけた。


 「くっそ! なんで、こんな嫌な気持ちになるんだよ……」


 「――今、よろしいかしらぁ?」


 「あ……?」


 声に反応してみれば、曲がり角のところからは大きな巨体を半分以上はみ出したゴルガムさんがいた。


 「ゴルガムさん……。隠れているつもり?」


 「乙女にはそんな日もあるのよん。……そんなことより、魔王様。お耳に入れておきたい話があるの」


 「それは、今じゃないとダメなのか」


 「ええ、今が一番聞いてほしい時よ」


 いつになく真面目なゴルガムさんに対して、俺も冷静さを取り戻しつつ頷いた。


 「……部屋で話を聞こうか」

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