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第四話『脅迫、求婚、接吻、悲鳴』

 暗闇の中にあった世界は少しずつ白み始め、その次に現実感を教えるのは痛覚。まだ慣れない目で体をよじれば、腰からの痛みが意識の完全覚醒を早める。


 「いてて……ここは……」


 近くの木に手をつき体を支えて立ち上がれば、口の中に広がるのは草の味。その独特な味が嫌で唾を吐けば、俺はようやくそこから立ち上がった。

 周りを見渡せば森の中。森といってもその目に映るのは緑の木々ではなく、茂る葉はどれも紫色に染まる。これは魔王城一帯の魔力の瘴気による影響で、森の草木の色を変えてしまっているのだ。


 「ここは魔王城の近くか……。そういえば、エリンのやつはどこいったんだ?」


 しかし、ここが魔王城の付近の森だとしても、巨大な魔王城が視界に入らないところを見るとかなり離れてしまったようだ。どれだけ離れていても森の中なら一日も歩けば城に戻れる。それに、この森の魔物達には面識がある。本来なら人間が歩けば、すぐに魔物達が警戒して騒ぎ出すところだが、俺は人間とは言っても魔王だ。無闇やたらに人を襲わないように指示を与えていたから、心配はないだろう。今ここで、心配があるとするなら――エリンのことだ。

 勇者というのは本来なら、問答無用で魔物を攻撃する存在だ。人間の世界では、魔物は悪、勇者は正義という勧善懲悪の構図で出来上がっている。

 魔物の世界の考え方でいくなら、勇者や戦士や魔法使いなんて災害みたいなものだ。いきなり現れて、当然な顔をして攻撃していく。それが何百年も何千年も続いているものだから、すっかり魔物達も割り切った考えをするようになった。だがら、自然と魔物達は人間の住む場所に近づかないようになっていった。そうやって、今の魔物達と人間達の生存圏ができあがっていったのだ。

 じゃあ、魔王はどんな存在?

 それは人間が生み出したものだ。魔物達は集団で攻撃をしてくる人間達を真似て、頭脳や戦闘力に秀でた魔物を魔王に仕立て上げた。はっきりとしたことは分からないが、きっとそういうのはなるべくして時代が作り上げたものだろう。つまり、魔王というのは人間から魔物達を守るために生まれたのだ。つまり、魔王を作り出したのは人間だ。

 偶然にも一応人間として魔物側にいて、ああいうエリンみたいなバカを見ていると、どっちが魔物なのかよく分からなくなる。


 「エリンのいない今の内に、さっさと魔王城に戻ろう」


 転移に巻き込まれてしまったのは残念だが、結果としては面倒なエリンを魔王城から離すことができたのは幸運と呼べるかもしれない。

 物事を前向きに考えつつ、俺は静かになったはずの我が家を目指して森を進む。


 「――ん?」


 何か声が聞こえる。

 細い糸を辿るような集中力で声のした方へ耳を傾ければ、確かにそれらしいものが聞こえる。この辺はオークの村も近い、子供達が森で遊んでいるのだろうかと考えてもみるが、何となく気になって声の方を目指して歩き出す。


 「げ」


 と、辿り着いた先で俺はげんなりとした声を漏らす。

 進んだ先には、大木の地面から半分飛び出した木の幹の上に腰かけた――エリンがいた。

 一仕事終えたような顔に嫌な予感を感じながら、あっちはとっくに俺に気づいているようで頬を伝う汗を拭いもせずに笑顔を俺に見せる。

 やはり外見だけならなかなかの美少女だけあって、その笑顔は俺の心をガンガンと揺さぶってくる。これだけの美少女なら、自分が村にいた頃なら何気なくエリンみたいな可愛い子からあんな笑顔を向ければ一瞬で恋に落ち、アイツ俺の事好きんじゃねえ? とドキドキしているところだっただろう。

 そんな非モテな俺でも、それなりにプライドがある。俺は決して、エリンの天使的な笑顔には屈しないのである。だって、魔王だし。


 「まっおっうっさっまっ――!!!」


 「なんてこったい……ん? おい、なんだそれは」


 ブンブンと大きく手を振るエリン。それはいい、もう笑顔で魔王に手を振る勇者には慣れた。だが、エリンの手には銀色に輝く勇者の剣が握られていた。


 「勇者の剣だよー。あ、魔王様ちょっと聞いていいかな?」


 「俺が不快な気持ちにならない質問なら、なんでも」


 「私と結婚してくれないんですかぁ?」


 「言っただろ? 質問は俺が不快にならないものにしろって。……後、そんな甘えた声出すな」


 不覚にも少し萌えてしまった。

 エリンは落ち込んだのか、顔を僅かに俯かせる。さすがに言い過ぎたかと思ったが、次の瞬間にはエリンは不気味なほどの満面の笑みを見せていた。


 「エ、エリン……?」


 予想できなかったその表情に嫌な予感を感じ、すぐさま逃げ出したい衝動に駆られた。


 「それなら、仕方ないですね――」


 木の幹の陰に隠れて見えていなかった。エリンは足元から、勢いよく何か一回りほど小柄な物体を引き上げるとその物体に剣を突きつけた。


 「――結婚しないなら、この子どうなってもいいんですか?」


 足元から取り出したその物体とは――オークの子供だった。そして、こともあろうに勇者エリンは子供オークを人質に俺に結婚の脅迫をしてきているというのがすぐに状況から把握できた。


 「うわああああぁぁぁぁぁん! 助けて! 魔王様ぁ!」


 顔中を涙でぐしゃぐしゃにしながら助けを求めるオークの男の子。大人になれば人間の何倍も大きくなるオークという種族だが、それでも子供の時は人間と大して大きさは変わらない。近所に一人や二人はいた大柄な子をイメージしてもらえれば分かっていただけるだろう。


 「エ、エリンさん……? 何をしているのでしょうか……」


 聞いても無駄だと知りつつ、俺はそんなことを言ってしまう。

 オークの男の子の首根っこを掴んだままで、その首元へと剣の先を近づけた。


 「見て分からない? 求婚してるんだけど?」


 見て分かるわけがない。どう見ても、子供を人質にしている悪人だ。

 この光景を見てエリンが俺に求婚をしているんだと答えられる奴がいたなら、魔王の領地の半分をやってもいい。

 さも当然と答えている正気を失っているであろうエリンの瞳はどこか無機質な作り物にすら見える。

 歯噛みして、俺はエリンに意識を集中させた。


 「……おい、そんなことをしても俺の気持ちは動かないぞ。そもそも、無理やり俺と結婚しても意味がないんじゃないか? 結婚とは互いを好きになって結ばれるからこそ意味がある。全てをすっ飛ばして、結婚をしても無意味だとは思わないのか」


 俺の言ったことを黙って聞いていたエリンはすぐに返事をした。


 「いいえ、最初はそれでもいいのよ。形でも結ばれてしまえば、後からどんな手を使ってでも篭絡できる。……例えば、既成事実とか。ウフフ」


 怖っ! 生まれて初めて、女の子の笑い声に悪寒を覚えたぞ。

 腕を交錯させてバッテンを作りながら必死に訴えかける。


 「善処できません! ……ここまできて、褒めるのはおかしいかもしれないが、正直言うならエリンはかなり可愛い部類に入る」


 「もう、そんなに褒められると照れちゃうじゃない」


 よほど嬉しいのか、身をくねらせるエリンが微妙に動くため、人質にされているオーク少年は「ヒイィ」と悲鳴を発している。

 初年よ、少し待ってくれ。何とかして、その犯罪者エリンの魔の手から救い出してみせる。


 「魅力的なお前だったら、別に俺じゃなくても好意を向けられたことの一つや二つあるんじゃないか?」


 外見だけはな!


 「そんなことあるわけないじゃない。私の側にいてくれた男性は、共に冒険する仲間達ぐらいしかないかなったわ。旅の途中に立ち寄った村や町では、私達のために舞踏会なんかも開かれたりしたけど、私に近づく男性なんて一人もいなかったわ。私には魔王を倒すていう崇高な使命もあったし、別にそれでも構わなかったから気にすることはなかった。……そんな私でも、可愛いと言ってくれるの?」


 エリンは俺に潤んだ瞳を向けてくる。

 どうやら、俺は墓穴を掘ったようだ。何度も男性達に声をかけられているであろう経験を刺激して、他にも良い男性がいることを思い出せたかったのだが、どういうわけかエリンにはそういうことは記憶にないらしい。この性格を気づかれたか、それとも、高嶺の花というやつか、どちらにしても、このままでは……。

 次の言葉が見つからず、探しているとエリンは甘い吐息を漏らすように口を開いた。


 「――やっぱり、私の運命の……ヒ……ト」


 おまけにウインク的なものもかましてくる。ちなみに、ウインク的なものというのは、片目だけ閉じているつもりなのだろうが、エリンは両目を閉じてしまっているのだ。……やはり、性格の面で男は近寄って来ていないのか。

 くっそ、こうなったら今度は奴の善意に訴えかけてやる。一応、勇者をしているなら人並み以上の正義感を持っているはずだ。


 「……エリン、お前は勇者だ。それなのに、罪のない子供を人質にとってもいいのか? お前が目指そうとした勇者は、本当に子供の刃を向けるような人間のことを言っているのかよ」


 よほど痛いところを突かれたのか、堂々としていたエリンの表情が急に曇る。それ以前に、ここまで言われて動揺しないのはさすがにどうかしている。

 下手なことを言って刺激することもできず、次の言葉を紡げないでいると、おもむろにエリンが口を開いた。


 「これは、私の運命の恋、いや、愛だ。ここまで強く激しく誰かを求めたことはない。己の一生を焼き尽くすほどの熱い熱い恋物語なんだ。だから、この恋が貴方まで届かないなら、私は決めた――」


 「なにを……?」


 「――この子供を殺して私も死ぬ!!!」


 むちゃくちゃ凛とした声でとんでもないことを言いやがった。


 「――ふざくんなっ!!!」


 ほぼコンマの速度で突っ込む俺。


 「――びえええええん! 助けて、助けてぇ! お母さん! お母さーんっ――!」


 そして、命の危険がより現実を帯びたことにさらに声を荒げるオーク少年。


 「これだけ本気なのに、どうして私の想いが伝わらない!?」


 「むしろ、どうして伝わると思ったのか教えてほしいよ!?」


 ダメだ、らちが明かない……。ここまで、他人の好意を煩わしく思ったのは生まれて初めてだ。しかし、これは俺が招いた失敗だ。本来なら巻き込まれるはずのなかった少年が、俺が不用意に放った一言で死にかけている。これ以上、選択を間違えるわけにはいかないし、このまま口八丁手八丁で少年を救出しても、エリンは暴走を続ける危険性が高い。魔族からしてみれば、歩く爆弾と変わらないし、ここは俺が犠牲になってでもこの場をおさめるしかないのだろう。

 インキュバスの力を使うか……? いいや、ダメだ。勇者に対して迂闊に能力を使用していたら、この先は何も救えない。特に勇者だけは、何が何でも魔王であり人間でもある俺自身の力で仲間にするんだ。

 決めた。俺の夢のために、俺は自分を犠牲にする。勇者エリンの力が手に入るなら、安いものだ。

 無理やりかつ強引に自分を言いくるめて、俺はエリンに向き直る。


 「……分かった。お前の真っ直ぐな気持ちに……折れたよ」


 「へ、あ、えと……も、もしかして……」


 現金な奴だ。青白い色をしていたエリンの頬が紅潮していく。

 内心に抱えているエリンへの気持ちを押し殺し、俺はなるべく感情を込めて言葉を続けた。


 「エリン、俺と結婚しよう。そして、共に人と魔族が共存する世界を作ろう」


 俺はそっとエリンに手を伸ばした。


 「あ……あぁ……あぁぁ……!」


 奇妙な声を上げながらエリンがガクガクと震えれば、少年を拘束していた腕の力は抜けたようで、少年はそのまま地面を転がった。


 「ま、魔王様……」


 不安そうな少年に安心させるように笑いかける。

 俺の笑顔に何やらいろいろと察したようで、肉食獣から逃げるように少年はエリンからゆっくりと距離をとれば俺に深々と頭を下げれば森の奥へと走り去った。

 少年から視線を変えて、エリンの方を見たつもりがそこに姿はない。


 「あれ?」


 などと呑気に呟いたかと思えば、視界から消えるほどの素早い動きで俺の懐に飛び込んでたエリンが強引の俺の腕を引いた。


 「魔王様! 魔王様! いや、今日からは――!」


 何やら猛烈に喋るエリンを前に抵抗することもできず、俺の唇はエリンに強引に奪われた。唇を温かな感触と互いの粘液の混ざり合う水音。

 まさか、生まれて初めてのキスがこんなねちっこいものになるとは思わなかった俺は、ただされるがままに唇を蹂躙される。

 口の周りを唾液まみれにした後に、念入りに俺の唇を吸いつくような力強い接吻を俺にお見舞いしたエリンはようやく口を離した。

 正直、呼吸困難になりながら前方に目をやればエリンがそのままの勢いで強く抱きしめた。勇者の鎧が体にぶつかって、痛い。


 「――あなた! これから、私とよろしくね!」


 あなた、か……。危険な響きだぜ。


 「あ、ああ……」


 「ふふ……初めての接吻だったんだけど、どうだった?」


 「……。将来性を感じた」


 「やだもう!」


 「……やだ、もう」


 「何か言った?」


 「いえ、何も……」


 そうこうしている内に、考えていたよりもかなり早い段階で勇者と手を結ぶことができた。

 考えていたよりも、斜め上の展開で。

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