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第三話『押しの強いキミと拒否したい俺とうっかり屋さんなお前』

 「――どうして、あの勇者は俺に付きまとうんだああああああぁぁぁぁぁ!!!」


 「いきなり、うるせえでごぜますよ。魔王様」


 魔王城の自室で、昼夜問わず響き渡る勇者の魔王を呼ぶ声に疲れ切った精神と共に叫ぶ。そりゃ、俺だってうるさくしたくないけど嫌でも叫んでしまう。

 眠れずにチュリィを呼んで、一緒に魔界トランプをしていたがとうとう我慢できずにカードを宙に放る。騒音のおかげで、魔王城に住む部下たちが殺気立って仕方ない。


 「ていうか、私が勝っていたのに今さらりと無かったことにしましたよね?」


 深夜、魔物だろうが人間だろうが、夜は大体の生物が寝ているが、勇者は今もなお、「魔王様ああああああぁぁぁぁ! 早く顔を見せてえぇぇぇぇぇ!」と、自分で作ったのかうちわに手書きの俺の顔を描いたものを振り回している。

 ああ、昔村に来た舞台俳優もこんな人気だったな……。


 「なんかモテてるようですね、少し嬉しそうな顔しているのが腹立ちますが。やはり、童貞をこじらせると良いことはありませんね」


 「うるせえよ! おっしゃる通りモテたことねえから、嬉しいんだよ! それにな、俺ぐらいの年齢で童貞は割と普通なの! 世界中の大多数の童貞に謝れ!」


 まさかまさかと思っていたが、チュリィの説明も受けたことではっきりした。どうやら、どういうワケか勇者エリンに好かれてしまったらしい。悪い印象を持たれないようにしようとは思っていたが、まさかここまで好意を寄せられるとは……。


 「さすがです、魔王様。インキュバスの力を使わずに、ここまで女性の心を掴むとは」


 「それは皮肉か何かか? 俺はインキュバスを使うつもりはないっての。最初から言っているが、俺にあの力は似合わないよ」


 「本当に面白い人ですねえ」


 クスクスとチュリィが笑う。対して、俺はバツが悪そうな顔をすれば話題を切り替えるように少し声を大きくして喋りだす。


 「とりあえず、もう一度……エリンに会ってこようと思う。経緯はどうあれ、今のエリンなら俺のことを信用してくれそうだ」


 自室を出ようとする俺の背中へ、チュリィは小さな声で呟いた。


 「……さて、そう簡単にいくでしょうか」



                    ※


 魔王城の門をがちゃがちゃ揺らす姿からは、決して天界とか神とか王様とかそういう誰もが頭を垂れるような偉い存在に選ばれた人間の要素は感じられない。むしろ、猿とか犬とか牛とかそういう類の凶暴な種類のものなら共通点も多くありそうだ。

 城門に近づく俺の姿を見たエリンは、餌を運んできた飼育員を見る動物のように勇者の強靭な脚力を見せつけるかのごとく飛び上がって喜色を滲ませる。


 「……こんばんは」


 「こんばんは! 魔王様!」


 落ち込んだ俺と元気いっぱいのエリン。これでは、どっちが城の主か分からない。


 「俺は確かに勇者との良好な関係を望んだが――」


 「エリン!」


 「……。確かに、俺はお前との戦う気はなく――」


 「――エリンッ!」


 「……」


 「俺は……エ、エリンと戦う気はなかった」


 俺がエリンの名前を呼ぶのを聞けば、満足そうに「うんうんううん!」と頷くエリン。

 たぶんこの疲れは、寝不足だけではないのだろうなと考えながら会話を続ける。


 「……いろいろ言葉を考えていたけど、面倒だ。……エリンは、俺に何を望む?」


 「――結婚!」


 「血痕?」


 「たぶん、魔王様のおっしゃっているものとは違います。現実から目を逸らしていてたらいい大人にはなれませんよ」


 一緒についてきていたチュリィがさらりと俺を現実に引き戻す。


 「おいおい、結婚てどういう意味か分かっているのか? 決闘と勘違いしているんだろう?」


 「知っているに決まっているじゃん! 花も恥ずかしくてドラゴンに覚醒する乙女だよ!」


 わけわからんが、ツッコミ所満載のことわざが勇者達の中で伝わっていることだけは勉強になった。

 

 「第一、俺は魔王でエリンは勇者だ。抵抗はないのか?」


 そこでほんの一瞬、考えるように顎に手を当てるエリン。ああまだ、物事を考える脳みそが残っていたのかと安心を覚えていると、すぐにヒマワリのような笑顔を向ける。


 「ううん! キミが魔王なら抵抗はないよ! キミは人間だってのも大きな理由だけど、何より私を見つめる視線からは嫌な気持ちは何も伝わってこない。いろいろ、難しいことは言えないけど、キミは信用できる人間だよ! ……それになにより……あんな風に求められたらね……」

 

 後半はごにょごにょ言っていたので聞き取れなかったが、エリンからの真っ直ぐな信頼の言葉に俺も照れてしまう。


 「えと、まあ……うん、ありがとう。そこまで言ってもらえるなんて、俺は嬉しいよ。――てちょっと待て、今の話は結婚のことについての答えになっていないだろう!?」


 「言ったじゃん! 私が『求められた』って!」


 「……いや、そういうつもりは――」


 ――俺には君が必要だ。


 「あ」と思い出して声を上げると同時に、あの時の記憶が鮮明によみがえった。

 もしかして、あの言い方はそういう風にとられるのか……。いやだが、考えられるとしたらあれだけか……。ああぁ、俺はなんて面倒なことをしてしまったんだ。

 目から星でも飛び出しそうなエリンを前にして、何とか怒らせないように当たり触りのない笑みを見せる。

 さて、どうしたものかと困っているとチュリィは俺の耳に顔を寄せてきた。


 「魔王様、これは好都合ではないのでしょうか」


 「ちょっと、魔王様から離れなさいよー!」とかほざいているエリンを無視して、俺はチュリィとの会話に意識を向けた。


 「どこが好都合なんだ、アイツなんてこっちの都合なんておかまいなしだろ」


 「どうあれ、もっと難航すると思っていた勇者の懐柔がこんなにすぐ終わるんですから、これは喜ぶべきことででしょう。……それに、見ている私は実に愉快ですし」


 「それが本音だな、チュリィ……」


 「つまり、悪い話ではないということですよ」


 こそこそとした話を止めて、溜め息を一つ吐いた。チュリィの肩を押せば、文字通り戦場へ赴く戦士のような気持ちを込めた眼差しでエリンを見た。ちなみに、そんなエリンも挑戦者の目をしていた。


 「エリン、俺は……」


 「う、うん……」


 夢見る乙女のような少女エリンの目をここまで恐ろしいと感じるとは思いもしなかった。だからだろうか、つい本音が胃液を吐き出すようにこぼれだす。


 「――やっぱ、無理だぁ!」


 「ぬわんでよぉ!?」


 「……肝心なところでヘタレなんですね」

 

 まさに三者三様の反応の中で、正直これは一番有効な発言とは言えない。だが、それでもこのガサツで後先を考えないもうまとめてしまえばバカとしか言いようのないこのエリンとかいう勇者は俺の好みではない。

 俺の好みの異性はといえば、清楚で守ってやりたくなる童貞丸出しの妄想を具現化した女子なんだ。少し変化球だが、街の図書館で本ばかり読んでいる隠れ美少女なんかも俺の心の掻いてほしいところを刺激してくる。いいじゃない、夢ぐらい見たっていいじゃない。

 奴には、そういった琴線を刺激してくれるような部分はない。

 聞いてみたいが、どれだけ外見の美しい人間がいたとしても、その中身が猿なら結婚したいと思うのか。

 おそらく、一緒に食事をしていていても奴は隣でバナナしか食べない。俺が洒落た軽食屋に誘って「ここのパスタおいしいよね?」と聞いても、きっとその辺にぶら下がっているバナナを口に運びながら「ウホ、ウホホーイ、ウホホホイ! ウッキキキノキー!」とバナナのおいしさを語るに違いない。

 いいや、これでは猿に失礼だ。なら、奴は――と、どの動物に例えようかと俺が思案していると。


 「ちょっと、魔王様! どういうことよ!」


 俺の胸倉をガッシリとその剛力で掴んでくるエリン。なんか、つい少し前も同じ体験をした気がする。違うのは、その時より立場がおかしなことになっていることぐらいか。


 「チュリィ! 早くエリンを俺から引き離してくれ!」


 「よろしいのですか?」


 「頼む!」


 「本当に?」


 「いいから!」


 「……よろしい? モテてると調子に乗っていた魔王様?」


 「調子に乗っていてすんませんでしたー! お願いだから、協力してくださいチュリィ様!」


 ムカつくぐぐらい呆れるようの溜め息を吐いたチュリィが背中から漆黒の翼を生やせば、隙だらけのエリンの腰に両手を回せばそこに魔力を込める。


 「普遍なる肉体よ、共に色香に惑わん」


 チュリィの力なんて大したことないと思っていたエリンだったが、チュリィの魔法にも等しい小さな詠唱の後に変化が起こる。


 「な、なな、なんか、こ、腰が……んっ」


 「どうでしょうか、エリン様。これはサキュバスの基本魔法の一つなのですが、触れた部分を敏感にさせる魔法です。いくら勇者とはいえ、この手の訓練は難しいですからね。なかなか、こうゾクゾクするでしょ」


 フッとチュリィがエリンの耳に息を吹きかける。それは顔を赤くするだけで何とか堪えたようだが、腰に回した手をほんの僅かにきゅっと絞めた。ただ、それだけで快感が体を刺激する。


 「――あぅん! あ、いやあああぁぁぁぁぁ!」


 悲鳴と奇声が入り混じった声を発したエリンは、なおも俺の胸倉から手を離そうとしない。だが、既に今のエレンの腕力なんて少女と一緒だ。俺はその体をぐっと押せば、その手は離れた。

 俺の様子に気づいたチュリィはすぐさま、次の魔法に取り掛かるため、エリンの頭上に魔法陣を召喚した。


 「それじゃ、エリン様を遠くまで飛ばしますね。――転移ティレポ


 上から出てきた魔法陣が下へとスライドすればエリンの体を飲み込んでいく、俺はホッと息を吐けば、頭の消えたエリンが手を伸ばした。


 「え」


 まさかと思えば、その手は俺の服の裾を掴んでいた。

 この転移魔法を抗う人間を初めて見たことの衝撃とこの土壇場でのこの展開に思考がついていこうとしない俺は、声を出すことも逃げることもできずに範囲を広げて転移対象だと誤認した転移魔法が俺とエリンを共に飲み込んでいく。


 「ま、魔王様……」


 どこかに飛ばされながら、最後にチュリィの声が聞こえた。


 「――全力で笑いを取りに来るその姿勢、嫌いじゃないです」


 チュリィ、絶許。

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