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第一話 『あっという間に一年後。あっという間に勇者と対面』

 俺はこの世界を見渡している。

 魔族と人間が共に争い、魔法という力の強弱で全てが変わってしまう世界で王と呼ばれている。

 地上では巨躯に鋭い目つきのオークが闊歩し、何重にも張られた魔力による結界に守られた――魔王の城にいる。ちなみに、俺はこの城の主人、つまりは魔王だ。

 短く文章にすれば、きっと気でも触れたのだと思われてしまうかもしれない。空想に現実を投影するには数年遅かったようだ。しかし、今この瞬間では俺が魔王になった経緯やその事実はあまり大きな意味を持たない。魔王がどうとかこうとかの話題は、俺の中では既に風化した物語だ。

 魔王の城のてっぺんよりも少し下は俺の部屋である魔王の間がある。木製ベッドに質素な机、まだ新しい本棚、内装は割と庶民的にしてあるのは俺の好み。

 魔王の間もとい俺の私室には魔王城の付近を一望できる大きな窓がある。そこから、外を眺めればげんなりとした気持ちが去来する。


 「魔王様」


 気が付けば、隣にはピッタリと張り付いた下着のような露出の高い格好をした女性がいた。見えている肌の部分は、両腕と両足なのだが、水着のような恰好のせいで慣れるのにしばらく時間がかかったのを覚えている。

 そんな、彼女の名前はチュリィ、サキュバスだ。外見だけで見れば年齢は二十歳前後、外見も暗く陰湿な雰囲気の魔王城のイメージを変えてしまいそうになるほど美しい、金色の髪に褐色の肌、そして頭から飛び出す二本の突起は角。魔族でありサキュバスの証明だった。


 「……どうしよう?」


 「いや、貴方まで困った顔されたら、こっちこそどうしたらいいのか分からなくなるのですが」


 視線を交錯した後、俺とチュリィは溜め息を吐いた。


 「そもそも、この世界で魔法一つろくに使えない俺がこんな立場になることがありえないんだ。おかしいだろ、この世界」


 「アウストガルド、この世界に名前はないけど、大陸名は確かこんな名前ですね」


 「いや、大陸名とか聞いていないから。……最終的には俺の意思だし、今さらぶつぶつ言ってもしかたねえんだけどな」


 「諦めなさい、魔王様。悩んでいたら、毛根失いますよ?」


 「そん時は、魔王権限を使って毛根を復活させる研究を進めるさ。……ありがとよ、魔王という立場の有意義な使い道が見えてきたぜ」


 「どういたしまして」


 皮肉を華麗に流されたが、俺は目下のある『人物』を指さした。


 「それはさておき、アレどうするよ」


 「っちゃいます?」


 「血生臭いこと簡単に言うなよ」


 「魔王がそれ言っちゃいますかー?」


 「……それもそうか」


 気だるそうな会話の後に、話題の中心人物に視線を送る。

 魔王城の前には巨人族でも乗り越えることのできないほどの高い高い壁に阻まれている。巨人族といえば、大きさに個人差はあるものの人間が十人以上肩車をしても届くことはないと言われているからかなり大きな壁だ。むしろ、肩車している人間の方を見てみたいところだが、それもさておき。壁と同等の大きさの格子型の城門から庭園が続いており、二つある噴水には緑色の水と赤色の水が流れ、花壇に咲いている花達は時折奇声を上げる。

 正直、あの花の声てうるさいんだよなぁ。あ、いやいや、今はそういうことじゃなくて――。


 今重要なのは、その城門付近の珍事だ。


 「――おおぉぉぉぉぉい!!! 魔王様あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! ここを開けてえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 年齢は十六歳程度、綺麗な藍色の長い髪にパッチリと開いた二つの金色の瞳。銀色の軽装甲の鎧、腰のショートソードの柄には特殊な魔力の封じ込められた宝石。パッと見れば、女戦士が喚きながら城門を揺さぶっているように見える。しかし、普通の少女なら城門を揺らすことなんてできるわけがない。それこそ、少女十五人ぐらいが肩車だ。

 ましてやここで生息するのは魔物や魔人の総本山である魔王城だ。少女だろうが少年だろうが青年だろうが、ここまで辿り着くことすら困難だ。どう考えてもおかしな状況である。

 

 「魔王様のせいでしょう? アレ。あの子を追い出そうとしたゴーレムやオーク達がボコボコにされるもんだから、誰も止めたがらないんですよ。責任とってくださいよ」


 「責任つったってな……。まさか、こんなことになるとは……」


 「そりゃそうですけど、だってアレ――」


 他の奴から言われると何だか責められている気がするので、不本意ながら俺が答えを口にする。


 「――勇者なんだよなぁ」


 少し顔を出せば、勇者が俺を見ていることに気づいて大きく手を振ってくる。

 どうしてなのか、何故なのだろう。

 ――勇者は俺に一途な愛を向けてくれている。



                 ※


 それは三日ほど前の話になる。

 魔物達の間で、悪魔と星が恋をするといわる月の中頃。魔物達の中では非常に実りの良い時といわれる。

 地上を渦巻く瘴気は満ち、魔物に力を与え、人間達はなるべくこの一ヶ月は外を出歩かないようにする。そんな両者にとっては、それなりに思い入れのある期間の出来事――。


 「――魔王様、魔王様。少しだけ、緊急事態です」


 夜明け前、ドクロの装飾のされた天蓋付きのベッドの中で眠っていた俺を揺すって起こしたのはチュリィだ。

 重たい体を起こせば寝ぼけ眼でチェリィを見た。


 「少しだけなら、わざわざ起こさなくてもいいだろう……。昨晩は神々の黄昏すごろくを遅くまでやっていたから眠いんだよ……」


 「また部下達と遅くまで遊んでいたんですか? あ、そういえば門番のサイクロプスが大きな欠伸をしているなと思っていたら魔王様のせいだったんですか?」


 「なんだよ、説教なら後にしてくれよ」


 「後でいいんですか? ――勇者が魔王城に侵入しましたよ」


 「勇者……が……? て――はあ!? 勇者てあの勇者!? 嘘ついてない!?」


 「もお、チュリィさん嘘つかないですよ」


 こんな軽い感じで会話を交わせば、じわじわと緊張感が迫り飛び起きて大急ぎで魔王のマントに身にまとう。


 「で、その勇者はどこにいるんだ」


 「はい、今のところ勇者は広間の罠に捕まっています」


 「は? 広間の罠てあのネズミ捕り的なやつのことか? あれって人間じゃなくて迷い込んだ魔物対策だよな」


 「はい、その下等種族用の罠に一直線に突っ込んだ愚かな勇者が魔王様をお待ちです」


 「やばいな……。同じ人間なのか疑いたくなるぜ」


 「で、どうしますか?」


 「あまりに異常な状況過ぎるから、どうするかて言われても混乱中です。俺が聞いた勇者の話だと、頭良く顔良く剣術魔術も最強最悪に強いはずなんじゃないのか?」


 「ええ、そのはずですが……。まあ噂は盛られるものですからね。大げさに話を広めれば、国民達の希望の星としての役割も大きくなるでしょうから」


 なるほど、一種の政治的な宣伝というやつか。


 「……まあいいや、こうしていても仕方ないし、とにかく広間まで行くぞ」


 「ええ、畜生並の知能まで落ちた勇者のツラでも拝みにいきましょうか」


 「……誰もそこまで言ってねえよ」



                 ※



 「出せえぇぇぇぇぇぇ! ここから、出せやコラアアアァァァァァァ!!!」


 「うわ、本当に捕まってるし」


 広間に到着した魔王が発見した勇者は、見事に四角形の鉄格子の中に閉じ込められていた。格子をガシャンガシャン揺さぶるその姿は、まるで捕まえて来たばかりの野生動物だ。

 檻の中にうっかり捕獲された勇者様は汗だくになりながら藍色の長髪をバタバタと動かす。

 確かに外見は凄く可愛いな。残念なことに……うん、中身は残念そうだ。うっかり二回も残念て言葉を使っちゃうぐらいに残念だ。あ、これで四回目か。……かわいそうに、王様。

 檻の隣で困ったように頭を掻いているのは、門番を任せているオークのゴルガムさん。何故かゴルガムさんに合わせた女性物の下着に腰には何かの動物の皮で作られたズボンを履いている。大きさは三メートルほどあるので、いずれもビックサイズだ。

 人間の世界で一般的にはオークといえば、割と野蛮な偏ったイメージがあるが、きちんと話をすれば友好的だ。なおかつ、学ぶことにも積極的。環境さえ整っていば、オークも人間と友好的になれただろう。オークがここまで野蛮な印象があるのは、きっと何年間前からかオークにあんなことやこんなことをされる女騎士の物語がこの大陸で流行しているからだろう。偏見のために犠牲になった架空の女騎士のご冥福をお祈りする。


 「やあ、ゴルガムさん」


 「あらぁん、勇者さまぁん。今日はお早いのねえぇん。あんなに、遅くまで……盛り上がったのに! いやん、ばかん! 何言わせるのよ!」


 「そうだね、すごろく楽しかったよ」


 「もう、いけずな魔王様!」


 ゴルガムさんはオークの中でも頭が良く腕も立つ。そのため、城の護衛をお願いしているのだが、一つ難点がある。それは、少し古いタイプのオカマさんであることだ。

 体の大きな男性にしか興味がないらしいから、今のところ心配はしていないが、最近はたまに熱っぽい視線を向けてきている気がする。気のせいだ、視線から愛は生まれることはないのだと俺は言い聞かせ続ける。それ以外は気の良い、年上の友達という感じだろう。

 同性のオークに手を出そうとして、いろいろトラブルを起こして集落から孤立していたゴルガムさんを雇ったことが始まりなのだが……。まあこれも今話をすることじゃないだろう。


 「むっ――! お前が魔王か! 案外普通だな!」


 そりゃほぼ人間だもん。

 俺に気づいた女勇者は慌てて剣を抜こうとするが、自分の腰に剣がないことにようやく気づいたようだ。ていうか、その剣を使って檻を壊せばよかったのに。その一旦失敗してから、次の行動に移る姿はますます動物に近づいているようだ。

 

 「私の剣がない!? い、いつの間に!?」


 「――どうぞ、魔王様」


 「あんがと、チュリィ」


 体勢を低くしたチュリィが宝物を献上するように大げさに勇者の剣を渡した。


 「コイツ、いつの間に部下を使って……!? この腐れ外道め! うんこ魔王が!」


 酷い言葉遣いだな、勇者。俺がこの子の出て来る物語を読むなら、序盤で投げそうだ。


 「油断していたのが悪いんだろ? キミがわんわん叫んでいる内に、こっそり檻に侵入して剣を奪うウチのチュリィがばっちり見えていたよ。なんなら、キミの隣チュリィなんてピースとかしてたんだから」


 勇者は何かに気づいたように、ハッとした表情を見せた。


 「墓穴を掘ったな! 魔王! つまり、この檻には出られる場所があるということだ! そして、それは背後からだな! あーはっはっはっはっは!!!」


 「あ、いや――」


 「――べげらぁ!?」


 高笑いを上げながら背後の檻に突進した勇者は全身を強打し、奇声を上げながら倒れこんだ。そして、そのまま意識を失ったようだった。たぶん、寝たフリとかできない性格だろうから、間違いなく昏睡しているんだろう。


 「……内側から出入りできるようには作ってないからな、普通。それに、自由に出入りできるのも、チュリィと俺とゴルガムさんを入れた数名だけだし」


 「コイツ、勇者じゃないですよね? ただのバカですよね」


 「うぅぅん~、ちょっとアタシでも庇護できないわねぇん」


 「酷い言われようだな、この勇者。まあ事実、この子の未来が不安になるような、おつむの中身だ。……どこにるんだよ、魔王に心配させる勇者なんて」


 さて、どうしたものかと勇者を見てみるが、鼻血を垂らしながら気を失ってる姿は本当にダメな奴っぽい。だが、これは俺が最近考えていたある野望に役立てることができるかもしれない。

 さて、どう使うかな……。

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