第一話『一つになったキミと俺』
真っ二つになったエイダの亡骸を、申し訳ないような、悲しいような、達成感のような、複雑な感情で見るが、それでも足を止めない。犠牲を出した以上、なおさらだ。
最期の精神状態のエイダなら、インキュバスの力で虜にできたかもしれないが、エイダのあるべき姿をねじ曲げてでも味方にするのは命を奪う以上にエイダを苦しめるような気がした。
二人分の足音が聞こえて、音のした方を見れば、レヴィアもチュリィも不安そうに俺の顔を見ていた。
そりゃそうか、俺の体は俺のものじゃない。
(エリン、少しの間自由に体を使わせてくれ)
すぐに心の中にエリンからの返答が返ってくる。
(浮気しちゃダメだよ)
(はいはい)
「よう、二人とも。久しぶり……てのは、やっぱりおかしいか?」
「アオラ……魔王様の声……」
両手を口に当てて、体を震わせるチュリィ。こんなチュリィの姿が見れるなんて、本当に珍しいなと他人事のように思う。隣にいるレヴィアも声には出さなくても、今にも泣きそうな目をしている姿が感情を物語っていた。
「今、体の中はどうなっているの?」
務めて平静を装うレヴィアに気付きつつも、俺は素直に答えることにする。
「……エリンが心の中にいるよ。互いに体を分け合っている……共生しているって言えばいいかもな」
「じゃあ、今体の中には……」
(じゃあ、私が出るわね!)
(お、おう)
半ば強引に意識を持っていかれれば、俺はもう眺めることしかできない。
「――私がいるわ」
ある程度理解をしていたはずのレヴィアも俺の口から出たエリンの声に驚きを隠せない。いや、本来ならこっちが正しいのか。
「勇者とインキュバスの血が混ざりあって、さっき見せたような強力な力を使いこなせたわけね……」
「ええ、アオラの誘惑する力は自然や動物や無機物さえも誘惑して強制的に味方にする。それに、私の中にアオラの魔族の部分の力が流れ込んで来たせいか、敵の魔法の動きとかも前に比べてはっきりと見えるようになったのよ。今までの何倍も、二人で一つになったことで強大な力を手に入れたわ」
つらつらと話をするエリンの顔を黙って見ていたチュリィだったが、おもむろに呟いた。
「……でていけ」
「へ?」
「出ていきなさい! 貴女の役目は終わったでしょう! 魔王様から出て行きなさい!」
「えぇ!? ちょ、ちょっと!? 本来は私の体なのに!? できることなら、私だってチュリィと仲良く――」
「うるさいですよ、この迷惑勇者っ!」
見かねた俺は、エリンを呼ぶ。
(おい、エリン交代だ。後は次の戦いに備えて温存しておけ)
(うぅ……こりゃ時間かかりそう)
すっと体に潜り込む感じがしたかと思えば、俺の意識は完全にエリンの肉体を得る。
「落ち着け、チュリィ」
「ま、魔王様?」
振り上げていた拳を宙で止めれば、それをチュリィは引っ込めた。
本当にギリギリだったんだな……。頭を描いて、俺はチュリィの目をまっすぐに見つめる。
「今はエリンの体かもしれないが、いつか自分の元の体に戻ろうと考えているんだ。いつになるかは分からないけど、それまで待ってほしい。こう見えても、俺とエリンは互いの過去や考えを分かち合った相棒みたいなものなんだ」
ふーん、となぜか声を重ねて不満そうなチュリィとレヴィア。
「互いの過去や考えを……」
とレヴィアが言えば、
「分かち合った、ねえ……」
「なんでそんなに不満そうなのかは分からんが、俺が生きているからにはいつか体を元通りにする方法も必ず見つかるはずだ。……今はそれよりも、することがあるだろ」
無理やり二人を納得させて、俺は魔王城の方向を睨む。
勇者の力があるからか、強く禍々しい魔力が魔王城に向かっているのが分かる。
「……そういえば、ルクウはどうしたんだ?」
レヴィアは首を横に振った。
「エイダと闘っていたところは見たけど、それ以降姿を見てないわね。……でもエイダがピンピンしているということは……」
声の調子を落としてレヴィアが話をすると、
「ここにいるぞ」
「――きゃっ!?」
ヌッと木々の陰から顔を出したルクウに驚き、レヴィアは尻もちをつく。普段なら、潜在的に流れる魔力によってルクウの存在なんてあっという間に感知するのだろうが、今のように魔力が空っぽの状態では素直に驚いてしまうのも無理ない。ルクウの登場を察知していた俺でさえ、内心ドキドキしているのだから。
「生きていたんですね……」
チュリィの声に頷いたルクウは引きずっていた物体を前に出した。
「ああ、そしてコイツが土産だ」
「ゴルガムさん!?」
次に驚いたのは俺だ。両腕から尋常じゃないほどの血液を流すゴルガムさんが、俺達の前に現れた。
息も細い、辛うじて生きているだけだ。今のゴルガムさんの命には一刻の猶予もないだろう。
「チュリィ、急いでゴルガムさんの治療を頼む」
嬉しさと驚きが入り混じったような顔で呆然としていたチュリィが尻を叩かれたように前に飛び出せば、ゴルガムさんへ即座に治癒魔法を施す。
必死に魔力を施すチュリィの耳に顔を寄せれば囁く。
「無理をさせてすまない。これはチュリィにしか頼めないことなんだ。チュリィはチュリィにしかできない戦いを頼む。……俺は、アイツを止める」
チュリィに肩を置き、俺は歩きだす。
「レヴィアはチュリィとゴルガムさんの側にいてくれ。……ルクウついて来れるか?」
後ろからもう一人分の足音が聞こえる。この重たい足音は、紛れもなくルクウのものだ。
「俺はエイダを追いかけてここまで来ました。シャッハとエイダが共闘してきたので不覚をとりましたが、奴を圧倒することはあっても、奴らに劣ったことはありません。必ず勝利を魔王様へお送りしましょう」
「やっぱり、ルクウは頼りになるわ」
(行くぞ、エリン。こっからは、よろしく頼む)
(うん、まずは私達の恋の障害になる邪魔者達をやっつけるところから始めないとね!)
俺は肉体の自由をエリンへと渡しながら、地面を蹴った。
※
たったの一歩で遥かな彼方まで飛んで行ってしまった魔王兼エリンの背中を眺めるチュリィとレヴィア。
「なんか今の魔王様いいわぁ」
うっとりとした様子でレヴィアが言えば、顔を横に向けてチュリィは呟いた。
「ええ、少しドキドキしました……」
「ん? なんか言った?」
「いえ、何も。それより、無能没落魔族のお姫様、私の護衛をお願いしますね」
「アンタ……魔力戻ったら、骨も残さず生命力吸い取ってやるから」
チュリィとレヴィアはこれ以上気を抜けば意識を失いそうになりながら、ただじっと勝利を願う。そして、その勝利はもうそこまで迫っていることを知らせるかのように、遠くでシャッハの眷属の悲鳴が地面を揺らした――。




