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誰が勇者とか魔王とか、そんなことどうでもいい  作者: きし
第三章 魔王の過去 野望と希望
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第五話『救世の勇者』

 「これで、真・魔族転生の儀は終わりですね……」


 魔方陣の上に寝かせた二人の体は一つになっていた。今のところ、魔方陣の上で横になっているのはエリンが一人。先程までとは違い、顔色も良くなっているようだが、そこにいるのはエリン。つまりは、そういうことなのだろうかとチュリィはレヴィアの顔を見た。


 「私だって、これをするのは初めてなのよ……。どうなるか分からないし、今エリンの中には魔王様がいるかもしれない。いずれにしても、目覚めるまではどうなるか分からないわね」


 この儀式のために、既にレヴィアの体内の魔力は空っぽになり、治療をしていたチュリィも同じく疲弊していた。治癒魔法程度ならできるかもしれないが、こんなところを敵に狙われたら逃げられる自信はなかった。

 そのため、ただ待つしかないという状況にその場にいた全員が無事に儀式が終わったという安心感があるものの、中心の二人が回復する様子のない状況にその表情を曇らせていた。


 「それにしても、意外ですね。レヴィア様は何が何でも、魔王様を生かすと思ったのですが、こんな方法をとるなんて……」


 生き苦しい静寂がそうさせるのか、おもむろにチュリィがレヴィアに問えば、その顔には苦笑いが浮かぶ。


 「……私だって、魔王様が大切よ。少なくとも、今お父様が生きていても、この人が望むなら、手を貸して一緒に反逆を起こそうとするぐらいにはね。……でも、この人はそれを望まない。一人で死ぬなら笑って済ませるのでしょうけど、その結果、他の誰かが傷つくのは見たくない人よ。……後は借りかな?」


 「借り?」


 エリンの隣で体を屈めれば、その髪を研ぐように撫でる。


 「ええ、この子ってさ、シャッハの放った眷属達に私が襲われていた時に身を挺して私を救ってくれたのよ。私なんて放っといて逃げ出しちゃえば良かったのに、『それは、あの人が悲しむから』とかなんとか言っちゃって、最後は私を逃がすために自分が死にかけて……。本当ふざけるなって感じよ、この私にこんな大きな借りを作らせるなんて」


 「そう、ですか……」


 「どうして笑うのよ、チュリィ」


 「いえいえ、なんだかレヴィア様も魔王様に似ているなて思いまして」


 複雑そうな表情を浮かべるレヴィアを見て笑うチュリィ。ゆっくりと訪れた穏やかな空気にゴルガムも肩の力が抜けたようにふっと笑った時だった。


 「――こんなところにいたのか」


 三人同時に振り返れば、そこには――エイダがいた。さらに、背後にはシャッハ達に洗脳されたゴーレムやオーク、ゴブリン達いた。顔から飛び出した眼球や口から溢れて止まらない唾液を見ていると、彼らがまともの状態ではないのは子供でも見抜けるだろう。

 二人を庇うようにゴルガムが前に出れば、エイダを睨みつけた。


 「二人とも、命懸けで魔王様を助けてくれて感謝するわ。ここからは、私が二人を守る番よ!」


 「ゴルガム、貴方ではエイダに勝つことは……」


 「無理でしょうね。だけど、やってやるわよ。二人が紡いでくれた魔王様達の命を無駄にすることはできない。それは、私の命を引き換えにしても価値のあることよ」


 ゴルガムとチュリィはのやりとりを黙って見ていたエイダは、呆れたように溜息を吐いた。


 「随分と良い部下を持ったようだな、魔王は。闘う力はなくても、人望は人並み以上に持っていたようだ」


 言うが早いか動くが早いか、ゴルガムが駆け出した。


 「――アンタの口で、魔王様のことを語るんじゃないわよ!」


 エイダは、やれ、と呟くと周囲にいたゴブリン達が手に持った斧を構えてゴルガムへと迫る。拳を振れば、一気に二体のゴブリンの体が吹き飛び、体を浮かせてキックをすれば、ゴブリンの持っていた斧を砕き、瞬く間にゴブリン達は地面に顔を埋めることになる。


 「魔王様の身近にいた私を舐めてんじゃない!」


 ゴブリンの亡骸を踏み台にすれば、咆哮を上げながら向かってくる二体のオークの首に腕を巻き付けて、そのまま首をへし折った。残りのオーク達も拳を叩き付けるが、ゴルガムは同じオークとは思えないほど俊敏な動作で拳をかいくぐりオーク達を沈める。

 華麗なフットワークと呼んでも違和感のない動きで倒してしまえば、ゴルガムはすぐさま背後に控えていた岩の塊でできた人型の魔族ゴーレムへと接近する。

 ゴルガムの何倍もある大きさの岩の巨人だったが、臆することなく飛びかかった。


 「ごめんね、私より大きな男は大好物なんだけど」


 両手両足の筋肉を全開に使い、ゴーレムの足から胴体へと飛べば、次は頭部へと飛びかかる。弓矢を弾き、炎をものともしないゴーレムといえど生物だ。人体と同じく、脆い部分は必ず存在する。そして、ゴルガムはその弱点を狙い、岩の隙間から除く目を見つけると、目の中に拳を突き刺した。

 あまりの激痛に体を左右に振ったゴーレムから逃れるようにゴルガムは地面へ着地すれば、気を失ったゴーレムが吸い込まれるように地面へと倒れた。その要領で残りのゴーレムも片づければ、ゴルガムはエイダの前に立つ。


 「残りはアンタだけよ」


 チラリとチュリィ達がいた場所を盗み見れば、三人の姿はなく既にこの場から離れた後のようだ。


 「そうか、私だけか。……なら、私だけと対峙したという事実に感謝しながら消えろ」


 エイダが右手を前にかざせば、手先から指が消え、槍先のような形状へと変化。そのまま、一直線に黒い槍が腕から放たれる。


 「ぎぃ――!」


 ゴルガムは自分の膨らんだ腹部を今日ほど恨んだことはないだろう。腹の先を槍が傷つけるが、直撃を避け、ゴルガムは前進する。もしも自分の腹がもっと小さければ、無傷で避けることができただろうが、もしもを捨て去りただ相手を殴り飛ばすだけを考える。

 覆いかぶさる勢いで近づけば拳を引き、それをエイダへと伸ばす。


 「見事だ、お前は称賛に値する。……雑魚にしてはな」


 痛みに堪えながら放ったパンチでは、エイダからしてみればゆっくりとした動きにしか見えない。首を軽く反らすだけで、ゴルガムの拳は空を切った。


 「無限槍」


 とエイダの小さな呟きと共に右腕から槍が放たれる。それはゴルガムの伸びた腕に引き寄せられるように向かうと腕を貫通した。


 「いぎゅあああぁぁぁぁ――!!!」


 腕の中に直接熱湯を注がれたような激しい痛みが襲う。


 「安心しろ、お前は殺しはしないさ。お前ほど使える部下なら、シャッハも喜んで生かすだろう。頭の中は少々いじらせてもらうがな」


 痛みに意識のほとんどを持っていかれながらも、ただがむしゃらに貫通した右腕とは反対の左腕を振るう。

 くるりとエイダが反転すれば、先程の繰り返しを行うように左腕に槍を放ち、貫通させた。

 そこまできて、ようやくゴルガムの意識は根こそぎ持っていかれ、血まみれの両腕を痙攣させながら地面に両膝をついた。上半身まで倒れないのは、なおも立ち上がろうとする気力が体半分を支えたからかもしれない。

 

 「やはりここで殺すには、惜しいな。お前というやつは」


 ゴルガムをその場に残して、エイダは地面にエリンを引きずった跡を確認しチュリィとレヴィアを追って森の中を疾走する。



                 ※



 ゴルガムをその場に残したことに罪の意識を感じながらも、チュリィとレヴィアの足は止まらない。二人はエリンの体を両脇から支える形で、木々の間を抜ける。


 「どこかに身を隠しますか……?」


 荒い呼吸でチュリィが聞くが、レヴィアは歩くのも精一杯という顔をしており。魔力が切れたことで全身に鉛でもぶら提げているように体が重たくなっていた。本心で言うなら、泥だらけの地面でもいいので座れれば楽になるのだが、一回でもそれをしてしまえば、エイダに追いつかれて、もう立ち上がることはないだろう。


 「たぶんあの女のことだから、下手に身を隠したらそこら中を槍だらけにするわよ……。とにかく、できるだけ遠くに……」


 無残にエイダの手によって槍で穴だらけにされる光景を思い浮かばせる二人。その最悪の結末が、折れそうな手足を無理やりにでも支えた。

 急に体が重たくなり、チュリィはレヴィアの方に目をやる。


 「どうかしたんですか……レヴィア様……」


 「ここまでのようね」


 うなだれるレヴィアに気付き、とっさに前方に目を凝らす。右腕を槍の形に変化させたエイダが立っていた。


 「諦めないでください、レヴィア!」


 急いで体を横に向けようとした二人だったが、行く手を阻むように黒い槍が他の木々を貫通してレヴィアの足元に突き刺さった。

 顔をエイダの立っていた場所まで向ける頃には、既にエイダは槍の一振りで首を落とすことすら可能な位置まで近づいていた。


 「同じ四天摩の仲間じゃない……。冷たいわね」


 「あら、驚くことを言うのね。そういう仲間意識とか、貴女が一番嫌っているように見えたけど」


 軽口を言うレヴィアだが、その声には力がない。追い詰められたことで、どうしても敗北の二文字を拭いきることができない。それでも、敗北の二文字を捨て去ってチュリィが叫ぶ。


 「この世界に、何を求めるですか! 本当にシャッハの言う通りに進めて、エイダ様にとって幸せは来るのですか!?」


 僅かに考え込むように顔を伏せると、エイダは自分なりに答えが出たのか声を発した。


 「そうだな、シャッハにどれだけ協力しても私が幸福を感じることはないだろう。……かと言って、今の魔王様の夢物語もそれほど面白くはなさそうだ。つまるところ……選んだ結果だな。どちらが楽しいか、どちらが私に合っているのか、その程度の結論にしかならないよ。お前はさ、難しいことを考え過ぎだし、聞き過ぎだ」


 「そんな理由で……」


 ああ、と何か思い出したようにエイダは言葉を付け足した。


 「――この世界に飽き飽きしていたんだ」


 そんな忘れ物を思い出したような一言と同時に、チュリィ達を殺すための槍が複数発射された。ただそこにいるだけでも、顔から足まで貫き、横を向いて逃げようと思うなら腕ごと貫くだろう。無情な槍の雨を前に、レヴィとチュリィが身を強張らせた――。


 ――ギィン、と一際高い音が周囲に響いた。


 「え……?」


 チュリィは閉じていた瞼を開けば、自分の体が軽くなっていることに気付く。ずっと引きずるようにのしかかっていた重さがなくなっていた。その重さの正体はエリンの肉体。その重さが無くなったということは――。


 「「――今度は、間に合った」」


 同時にエリンとアオラの声が聞こえた。


 「まさか……共生しているの……」


 レヴィアの呟きが聞こえたが、チュリィの目は目の前に立つエリンの姿から目を離すことができずにいた。その姿はエリンでいながら、一年前に魔王から自分を救い出したアオラの姿と重なって見えたのだ。

 そのままエリンは自然な動作で、息をのむエイダへと剣先を向ける。


 「さぁて、私の夫の領地で好き勝手やってくれたわね!」


 その声は紛れもなくエリン声だけだった。二度の足音で、一気にエイダへと距離を縮めれば、動揺していたエイダもすぐさま両腕からエリンの視界いっぱいに黒い槍を放つ。

 フッ、とエリンは鼻で笑った。


 「草木よ、俺に愛を語れ」


 次はアオラの声だった。周囲の木々がまるで意思を持っているかのように、強引に体を傾ければ、それは頑丈な木の壁のようになりエリンを守る盾になる。黒い槍が木の壁に突き刺されば、数本は貫通するもののそれがエリンに届くことはない。


 「なんなんだ、お前は……!?」


 上ずった声でエイダが言えば、両手を重ねた先から丸太ほどの大きさの黒い槍を放つ。一気にエリンを守る壁となった木々を貫通すれば、開けた先には既にエリンの姿は見当たらない。


 「「ここだ」」


 エリンとアオラの声が重なり、その声に驚きと共に反応するエイダ。背後で剣を構えたエリンがそこにはいた。


 「すまない、お前のことも救ってやりたかった。だけど、俺はもう止まれない。俺の野望はもう揺るがないんだ」


 「ま、まおうさ――!」


 エリンは一切の躊躇なく、その剣でエイダを切り裂いた。

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