表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰が勇者とか魔王とか、そんなことどうでもいい  作者: きし
第三章 魔王の過去 野望と希望
16/20

第四話『キミと俺の儀式』

 ――再び、現在。


 レヴィアは魔王の隣に時折、苦しそうに呻くエリンを寝かせた。

 小刻みに震えるエリンの鎧はところどころ砕け、シャッハの下僕達がしつこく勇者であるエリンを狙っていたことが分かった。


 「大丈夫でしたか、レヴィア様」


 ゴルガムの問いかけにレヴィアは疲労の滲む表情で首を横に振った。


 「なんとか、ね。エリンを抱えていたおかげで、敵は私なんてまるでそこにいなかったかのようにエリンばかりを狙って攻撃していたわ。だから、敵の攻撃もうまく読むことができたんだけど……。シャッハの下僕達は、たぶん何かの魔法薬で操られているのは間違いないわね」


 「操られていたって……。これだけ大勢を同時に?」


 「エイダの魔法の知識はそこら辺の研究者じゃ手も足も出ないし、シャッハは魔法瓶開発の天才よ。洗脳させるクスリを作るのに、さほど時間はかかからないはずよ。ずっと機会を窺っていたんでしょうね。……奴は四天魔が傷つき合い弱りきったところを狙っていた。さらに、勇者も一緒に滅ぼすことができるなら、これほど反乱を起こすのにうってつけの日はないでしょうね」


 ゴルガムは自分の不甲斐なさに奥歯を噛みしめた。魔王の改革のために、なるべく争いが起こらないように事を進めてきたつもりだった。しかし、ここにいるのは摩族達だ。破壊と暴力を再生だと信じて生きてきた者達を味方にするのは、こういう道だということだ。

 チュリィは流れる汗もそのままにレヴィアを見た。


 「……さっきまだ葬式には早いとおっしゃっていましたよね? それって、どういうことなんでしょうか?」


 突然現れた希望のような発言だったが、レヴィアの表情がそれは無条件で誰かを助けられる方法ではないことを物語っていた。

 細々とレヴィアは喋りだした。


 「私だって試したことはないけど、今死にかけているエリンを魔族転生の儀を使用して生き返らせるのよ」


 「……それでは、魔王様は助かりません」


 低い声で言うチュリィの顔には明確な怒りの感情が表に出ていた。それはいつも近くにいたゴルガムですら見たことのない顔だった。

 レヴィアは一度目を細め、刃のようなするどい声色で告げた。


 「――もう魔王様は助からないわ」


 「ふざけないで! だったら、コイツが……エリンが生き残っても仕方がないのですよ!?」


 ゴルガムが割って入ることすらできないほど、チュリィは激しい剣幕で叫ぶ。

 両手で魔王を治癒しながらも、その背中から大きく広がった翼はチュリィの中の魔族としての威嚇行為だった。

 冷やかに表情を変えることもなく、レヴィアが言う。


 「魔王様は言っていたわ、『野望が消えたら俺も死ぬ』って。ここで魔王もエリンも死んでしまえば、本当の意味で魔王様は死ぬことになる。どちらかに、シャッハを必ず止めてもらわないといけないのだから。それに――私は魔王様を愛している。だからこそ……それだけは絶対に阻止したいの。そのために、私が行うのは魔王の血族しか知らない秘儀――真・魔族転生の儀」


 聞きなれない言葉に反応したのか、嘘偽りのないチュリィの『愛してる』という言葉がチュリィを制止させたのか、チュリィは閉口しレヴィアの次の言葉を待った。


 「真・魔族転生の儀を使えば、摩族転生以上の強大な力が体内に宿る。その代償として、強大な魔力を持つ者の肉体を犠牲にしなければならない。それだけではなく、真・魔族転生を使用した者の肉体に、犠牲になった者の魂が宿る。肉体に宿したことで、逆に心を食い破られることもあれば、宿った魂を喰らい潰すこともある。精神の中で、二つの魂が肉体の生存権を求めて争うのよ。そして、その戦いから勝利した方が強力な魔力と肉体を手に入れる。……この方法なら、どちらかが生き残り、シャッハを止めてくれる」


 「……じゃあ、魔王様が勝利すれば、もしくは……」


 最後まで話を聞いたゴルガムは慌てた様子で会話に割り込む。


 「ちょっと待ちなさい! だったら、エリンはどうなんのよ!? それに、魔王様が逆に消滅してしまうかもしれないでしょう!?」


 「魔王様は死にません。もし死ぬようなら、私がエリンを殺してでもその力を奪います」


 前々から考えていたかのようにチュリィはサラサラとそんなことを言えば、レヴィアに向き直った。


 「もう覚悟はできています。レヴィア様、お願いします」


 「……もう一つの可能性もあるかもしれないけどね」


 「もう一つ?」、と。ポツリと呟いたレヴィアの声に反応するチュリィ。


 「いいえ、それは忘れましょう。あるかもしれない奇跡にすがっている暇はないわ。……準備をするから、ゴルガムも手伝って」


 「で、でも……!」


 「ゴルガム、これしか方法はありません」


 チュリィに催促されれば、気持ちが折れたようで大人しく準備にとりかかる。

 今一度、チュリィは魔王の顔を見れば、その苦しそうな表情を瞳に焼き付けた。


 「必ず、貴方を助けてみせますから」



                       ※

 俺は一人、広い草原に立っていた。

 どこまでも果てしなく広がる緑色の地面に、終わりのない青空、手を伸ばせば空に吸い込まれそうになる。

 どこまでも広い大地と決して終わることのない空。ゆったりとした大気が身を包めば、視線の先には一人の少女がいた。

 白いワンピースをはためかせて、少女は俺を見た。


 「……あなた」


 俺はその声に消えかけていた記憶を取り戻し、少女の名前を呼ぶ。


 「エリン」


 エリンは表情なく、たガラス玉のような目で俺を見つめていた。

 本来ならたくさん笑って、たくさん泣く少女だ。やはり、表情がよく変わる方がエリンには似合っている。

 エリンに近づき、その肩に手を伸ばす。


 「どうしたん――」


 肩に触れた途端に、


 「――だ?」


 辺り一面が炎に包まれた。最初は何か幻覚かと思ったが、肌に降りかかる炎の熱さも物の焼ける臭いも本物だ。……物が燃えているだって?

 よく周りを見れば、いくつもの建物が並んでいることが分かる。いや、それは過去形だ。並んでいたはずの建物達は、いずれも炎に焼き尽くされているのだ。

 変貌し過ぎた周囲の光景に動揺していた俺は、はっとなってエリンのいた方を見た。


 「ごめん……なさい……」


 目の前でエリンは小さな魔族の子供を抱きしめて泣いていた。

 結論に到達するのは、その光景だけで十分だった。この『悲劇』を起こした張本人はエリンだ。視界のところどころには、動く影が複数いる。たぶん、彼らがエリンの仲間というやつなのだろう。

 子供を抱きしめたままで泣き崩れるエリンと違い、彼らの暴力には迷いはない。今、大剣を振るった戦士の男なんて、命乞いをした魔族の女性を笑いながら切り捨てていた。


 「なんだ、この光景は……最悪だ……」


 人間と魔族の戦いとは思えない光景を前にして、俺はその場に両膝をついた。激しい眩暈と頭痛、おまけに吐き気まで。

 膝をついたところで、ピクリとも動こうとしない子供の体を抱きしめたエリンを見た。


 「やめろ!!! やめろ、お前ら! これ以上、魔族達の命を奪って何になるというのだ! 早く、その暴力をやめてくれ!」


 泣きじゃくりながら叫ぶエリンの剣は血で濡れている様子はなく、今エリンが抱きしめている子供もきっとエリンは何もしていないのだろう。

 男の笑い声が聞こえた。


 「おかしなことを言うぜ、勇者様! 俺達のやるべきことは魔族の殲滅だ! こいつらは、人じゃねえ、害虫やケダモノと同じだっ!」


 次は女の笑い声。


 「ええ、そうですよ、勇者様。こんな何でもない顔をしながら、ここにいる人達は一瞬にして人間を殺す力を持ったバケモノです。さあさあ、勇者様こそそんなところで遊んでないで、一緒にお掃除をしましょうよ!」


 愕然としたエリンは、小刻みに震えながらその場で小さくなった。


 「……これが、勇者の姿なのか。年端もいかない少女を戦いに出して、情け容赦なく命を奪えと強制させる。……こんな戦いが、誰かを守る戦いだなんてあってたまるかよ!?」


 その光景はきっとエリンの過去の出来事。俺は、それでも目の前にいるエリンをこの地獄から救い出したくて手を伸ばした。


 「早くここから離れるぞ、エリン! こんなところいたら、気がおかしくなる!」


 ――-そして、世界は暗転。再び俺が立たされたのは、最初にやってきた草原だった。


 「また、ここか……」


 舌打ちをすれば、数十歩歩けば届きそうな距離に小さな民家が見えた。煙突からは煙が上がり、その民赤を囲うように柵が作られていた。

 他に目指す場所はどこにもないので、俺はそこへ向かって歩き出す。自分の足で歩いていく時間が少しずつ気持ちを冷静にさせていく。

 本来なら、俺はあの武闘大会で死んでいたはずだ。ほぼ生身の人間のような体をした俺が、あんな槍で胸を貫かれれば生きてはいないだろう。じゃあ、これは死後の世界か? それにしては、なんでここまでエリンが関わってくるのか理解できない。まるで、エリンの死後の世界に俺が侵入しているようだ。

 民家に近づいてきたところで、窓ガラスが割れる音が聞こえた。


 「今度はなんなんだよっ」


 胸騒ぎを感じて、民家まで走っていけば、女性の金切り声が耳に届いた。


 「――出て行ってよ! バケモノ!」


 割れた窓に近づけば、窓の外には木製のおもちゃが転がっていた。外まで転がってきていた積み木を一つ取れば、それを握り窓の外から民家を覗き込んだ。

 一人の女性が小さな子供を激しい剣幕で口汚く罵声を浴びせていた。

 バケモノ、カイブツ、マジュウ、ゴミ、クサイ、キタナイ……たくさんの暴言は、絶対に子供に向けられるはずはない、向けてはいけない刃のような言葉たちだった。


 「おい、アンタ――」


 手を伸ばすが、見えない壁に遮られて民家に触れることができない。


 「……またこれかよ」


 子供の小さな背中には見覚えがあった。――エリンだ。

 これはきっと、彼女の幼い頃の記憶。目の前に立つ女性は母親で、人が持たざる力を持ってしまったことで、何らかの差別を受けたのだろう。その差別は両親へと向けられ、そのぶつけようのない憎悪の連鎖は幼いエリンへとぶつけられる。

 ふとエリンの母親は大声をやめた。


 「アンタがバケモノかどうか、少し試してやるわ。……来なさい」


 エリンの母親はエリンの腕を掴めば、ずるずると調理場へと連れていく。


 「いや! やめて、お母さん! やめて!!!」


 尋常ではない子供の悲鳴に俺は民家を半周し、調理場が見えるところまで移動した。そこには、実の娘に包丁を突き立てる母親の姿があった。


 「やめろ! 自分の子供に何をするつもりなんだよ!? おい、やめろっ――!!!」


 見えない壁が邪魔をする。俺は、手に握った積み木を振り上げる。それとほぼ同時に、母親も包丁を振り上げた。


 「お母さんの子供かどうか試すだけよ」


 母親のまるで『愛してます』という雰囲気すら感じさせる言葉に、頭の中が一瞬に熱を帯びる。


 「だったら、もっと母親らしくしろよ――!」


 振り落す包丁と振り下ろす積み木、そして、泣き喚くエリンの声が一際大きくなる。うるさくてさわがしい音の中で、再び世界は弾けた――。



                  ※



 気が付けば、周囲は一面真っ白の世界に変わっていた。

 雪が降っているとかでもなく、白い壁の部屋にいるというわけでもなく、何もない白い紙の中に俺という存在を放り投げられたようにひたすらに海のような白さに沈む。そんな時、ぽっかりと物体がこの世界に現れた。

 誰だ? なんて無粋なことは聞かない。そいつのことは知っている。さっきよりもずっと身近なところでそいつを感じられる。まるで、互いから吐き出された無色の世界で溶け合うかのように自然と俺の中に少女の存在が浸透していく。


 「エリン」


 そこに少女エリンがいた。

 真っ白な世界で、ぺたんと地面があるかどうかも分からない場所に尻をついて泣き腫らした顔で俺を見た。


 「……あなたの過去を見たよ」


 「俺もエリンの過去を見た」


 だろうな、と。さほど驚きもなく頷く。俺にエリンが浸透しているように、きっとエリンにも俺のことが浸透しているのだろうと何故か理解できた。


 「あなたの過去、悲しすぎるよ……。目の前の大勢の人がたくさん死んで……お年寄りは……貴方を庇って大勢死んで……。もう今の平穏を楽しめばいいのに……あなたは優しすぎるから……誰かのために苦しい道を進みたいんだね……」


 「エリンも同じだ。やりたくもない勇者になるしか道はなくて、一緒に居たくない奴らと旅して、ずっと辛くて苦しい思いだけをして……。もういいだろう、どうして俺なんだ。どうして、俺の側にいようとするんだ。お前はお前の幸せを楽しめ、きっとお前なら必ず幸せになれる」


 ふるふるとゆっくりもはっきりとエリンは首を横に振った。


 「もう無理だよ、だって私はもっとあなたのことを好きになったんだから。……幸せになんてなれない、そこにあなたがいないなら。私は幸せになりたくない、あなたに幸せにしてほしいんだよ」


 「エリン……」


 そっとエリンを抱きしめていた。甘く優しく、それこそ砂糖水の中に共に溶けてしまうような甘美な温もりがそこにはあった。

 俺は顔を赤くするエリンの髪を撫でながら、おでこに軽くキスをした。


 「もう一人じゃないよ。……俺は決めた。野望をもう一つ増やすよ、全てを綺麗にした後の世界で、エリンの夫として平和に過ごす。過ごしてやるんだ」


 「……はい、それなら私はあなたの妻として、最後の瞬間まで側にいます。だって、それが私の幸せなのですから」


 俺の胸元に顔を擦り付けて、エリンは小さく肩を震わせた。それが笑っているのか泣いているのか不明だったが、いずれにしてもそれはきっとエリンにとっては喜びの感情なのは間違いないはずだ。

 この気持ちが同情からなのか、それとも単なる傷の舐めあいなのか、そんなことはどうでもいい。――キミさえ、笑ってくれればそれでいい。

 少しずつ体にエリンが溶けていく、俺の体にもエリンが溶け込んでいく。俺がエリンなのか、エリンが俺なのか、それすらも不明瞭なものへと変化する。これでいい、どんな結果になっても、これで互いが苦しむことはない。これはある意味では、俺とエリンが望んだ形だ。さあ、行こう。エリン。

 俺達の苦しくて辛い幸福の世界へ――。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ