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誰が勇者とか魔王とか、そんなことどうでもいい  作者: きし
第三章 魔王の過去 野望と希望
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第二話『アオラの魔王になった日 前編』

 ――これは一年と少し前の話。


 俺が体験した『悲劇』、それは密に物流を持っていた魔族に人間の情報を流していたと誤解された俺の村の人達が、王国軍の手によって滅ぼされたことだ。もしかしたら、火をつけられて一部の人間が捕まるだけで済んだかもしれないが、魔王軍が俺達の村を有益だと判断して助けに来るとは思わなかった。

 その場で人間達と魔王軍の戦争が始まり、誰が味方で誰が敵か分からない混戦状態に陥った。その結果、村は全焼、住んでいた人間達も俺を除いて全員が死んでしまった。

 そんな瀕死の状態の俺を救い出してくれたサキュバス達には感謝するが、時間が経過するごとにどんどんと心が重たくなっていった。

 なぜ、俺だけが生き残ったのか。

 なぜ、あの『悲劇』を止められなったのか。

 なぜ、あんなにも多くの命が一度に失われてしまったのか。

 たくさんのなぜの中で、俺は一向に答えを出せることはできずにいた。

 数日で答えが出る問題ではないのはわかっていたが、俺はただただ割り切ったような顔をして夢魔サキュバスの集落での生活を続けた。


 精力を餌にするといった話の夢魔だが、実際のところ普通に人間と同じように食事をしていれば問題ないらしい。最初は人間に好かれるために、人の形になったらしいが、今は人間そのものに近い存在へと進化したらしい。まあ、人間の精力が好物なのは変わらないらしいが。

 そのため、嫌々ながら夢魔として活動しなくてもよくなった俺は、集落の農作業を手伝いながら生活していた。

 夢魔達も知らないような農作物の知識を多く持っていた俺は、それなりに重宝し彼らの期待に応えるように、そして、過去の『悲劇』から逃げるように仕事を頑張ることにした。


 その日は快晴の空だった。

 魔王城の近くはいつもどんよりと曇っていることが多かったが、今日は珍しく太陽の光が温かく降り注いでいた。

 農作物を育てる身としては、合間の天気ほどありがたいものはない。一通り作業を終えた俺は、畑の隅に座り、木製の筒状の水筒を手にすれば口内に流し込んだ。冷えてはいないが、全身が水分を欲しがっているので飲み水なら何でもありがたい。


 「アオラ」


 声をかけられて振り返れば、そこには相変わらず派手な格好をしたチュリィがいた。

 夢魔といってもみんながみんな露出度の高い服装をしているわけではない。当たり前に上下、しっかりと服を着て、下着も本来の用途で使用している。

 じゃあどうしてチュリィが過激な格好をしているかというと、彼女がこの集落のお姫様であり、その格好こそが正装なのだという。人間の王国でも王女がドレスを着て、王が王冠を被っていた。それと同じく、これがチュリィにとっては基本的な衣装になるのだといえば価値観の違いとしか言いようのない。

 そのお姫様であるチュリィが何で俺の世話役なのかというと、夢魔の救世主としての力を手に入れた俺に仕えるのがチュリィの役目だという。ただ全盛期に比べて、夢魔の魔族内で地位というのはかなり低い位置になるようで、チュリィの父である王族の血を引くインキュバスの王は雨漏りもすれば虫だって走り回る納屋のような家で生活している。こんなことは言いたくないが、村にいた俺の方がまだいい家に住んでいた気がする。さらに、その生活は夢魔の集落に住む者達全員に共通していた。ちなみに、インキュバスの王こそ俺が死にかけた時に最初に声をかけてくれた男性である。

 その中でも、チュリィの美貌というのは荒野の中に咲く花というか、神聖さすら感じさせていた。

 慣れというのは恐ろしいもので、最初はその姿にドキドキしていた俺も今では生活の一部として受け入れている。それには、チュリィの毒舌家という個性が大きく貢献しているのは言うまでもない。


 「わざわざ、どうしたんだ?」


 「いえ、様子を見に来ただけです。もう随分と生活に慣れてきたようですね」


 「まあな、最初はどうなることかと思ったけど、前の生活と大きな変化もないしそれなりに楽しくやっているよ」


 「それは何よりです」


 自然な感じで、チュリィは俺の隣に座った。別に俺もそれを嫌がる理由はないので、当然のようにそれを容認する。いつからか、俺とチュリィの関係が少しずつ身近なものになっていった。

 チュリィに恩を感じているからか、それともチュリィは俺がインキュバスの救世主になる力を持つからこそ側にいるのか、いろいろ考えてしまえばきりがないが、チュリィの隣というのは疲れなくていい。自然体の自分でいられた。


 「王様にもよろしく伝えてくれ。今度、野菜ができたら持っていくよ」


 「はい、父にもそう伝えておきます。今度、アオラが残飯を持ってくると言っていたと」


 「言ってねえよ! それはお前の感想だろ!? 残飯なら絶対食うなよ!?」


 表情にさほど変化は見当たらないがチュリィが小さく笑った気がした。

 たまにこういう風に笑われるとドキッとするもんだから困ったものだ。


 「……今日は本当に様子を見に来ただけか?」


 「さっきも言った通りです。お世話役を任された以上は、私にもいろいろ責任はありますから」


 淡々と答えるチュリィだが、何となく引っ掛かりを覚える。

 相談役としての役目なら、毎日チュリィのお父さんにも報告に行っているし、まだまだ不明なところも多いので、相談があればチュリィに直接聞きに行く。何より、チュリィは自分にとって無駄な時間を嫌う性格であり、こんな二度手間とも呼べる行為は彼女らしいとは呼べない気がする。


 「しかし、アオラがここに来てもう三か月ぐらいですかね?」


 「ああ、たぶんそれぐらいだよな。でも、まだそぐらいか……もっと長い時間過ごしているような気がするよ」


 「来たばかりの時はぎこちなかったですけど、みんなもアオラのことを受け入れているようです。それに、アオラは仕事も頑張るしよく気が利く奴だと父が褒めてましたよ」


 「そう言ってくれると俺も頑張ったかいがあるってもんだ」


 「……こう見えても私もアオラのことを評価しているんです。全てを失い傷ついた貴方は、何かを憎むわけでもなく、今も必死に生きている。紛れもなく、アオラは強い人でしょう。……私からしてみれば、闘うことに特化した者がどれだけ己を鍛えても手に入らない強さを持っているようにも思えます。だから、もっと自分のことを誇ってください。……どうか、そのままの強い貴方で生きてください」


 決してチュリィは俺を褒めようとしない。そんな彼女が、まるで俺が特別な存在のようにその目に優しい眼差しを込めて笑いかけるのだ。

 弓矢で心臓を射抜かれたような衝撃を受けた俺は、ただの一言も口にできないままチュリィの背中を見送ることしかできなかった。



                   ※



 それから数時間ほどして、やっぱりチュリィのことが気になった俺は放心状態から脱出してチュリィの家に向かった後――。


 「――はぁ……はぁ……!」


 俺は森の中を全力疾走をしていた。


 チュリィの家に着いたはいいが、なかなか目的の人物が見つからないので、インキュバス王の家に向かった。そこで、俺は違和感の正体を教えられる。


 『なに? チュリィを探しているだと……!? まさか、あいつはキミに何も言わずに行ったのか?』


 嫌な予感を感じながら、俺はインキュバス王に問い詰めた。


 『偶然チュリィを見かけた魔王様は、その美しい姿を一目で気に入り――妾することを決めた。……すまない、私には止める術がなかった。父として最低だと罵ってくれてもいいが、私達は……魔王には逆らうことができない……』


 今にも死にそうな顔をしたインキュバス王を前にすれば、俺はそれ以上言うこともできず集落を飛び出した。目指す先は一つ、魔王の城。

 チュリィは別れの時に何も言わなかった。だけど、根拠なんてなくてもこれだけは気付くことができた。――チュリィは魔王の妾なんて望んじゃいない。チュリィはサキュバスでいながら、好きでもない男と夜を共にすることも淫らな夢を見せることも嫌がっていた。

 これが俺の思い込みならいい。本当は魔王の女になることを喜んでるならいい。だけど、アイツが望まずに泣いているなら、俺は死にもの狂いで止める。

 別れ際に見たチュリィの蝋燭の火のような弱々しい笑顔。

 俺が見たいのはあんなものじゃない。いつもの淡々と真顔で毒舌を吐く、あの不器用に楽しそうなチュリィの顔だ。偉そうに満面の笑みをみたいなんて言わない、いつものアイツを見ていたいだけなんだ。

 待ってろ、チュリィ。俺の一度死んだ命なら、お前に捧げることを決めた。その牢獄から救い出してやる、絶対に。



 例え、魔王を殺してでも、だ。

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