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誰が勇者とか魔王とか、そんなことどうでもいい  作者: きし
第三章 魔王の過去 野望と希望
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第一話『繰り返される悲劇』

 「――シャッハアァァァァァァ!!!」


 魔王が完全に意識を失った姿を視界に入れた瞬間、地面を砕きレヴィアが翼を広げてシャッハの元まで一直線に突っ込んだ。高速でシャッハに接近するレヴィアは、再びその手にブラッディクロウを発生させればシャッハへと振るう。


 「まだそんなに元気があったのか。――キミの力は届かないよ」


 シャッハが手をかざせば、その爪に触れた途端に魔力の粒子となり弾け散った。まさにそれこそ、シャッハの生まれながらに持つ異能中の異能力――魔法阻止マジックキャンセラー


 「くっ――」


 「そのドレス、よく似合っていたよ」


 体勢を崩したレヴィアにシャッハが鋭い蹴りを腹部に放てば、レヴィアは地面を真下の観客席まで猛スピードで落下した。

 圧倒的な力の前に倒れるレヴィアを見て、チュリィとゴルガムは戦慄を覚えていた。

 同等の力を持つとされていた四天魔のはずだったが、ここまで圧倒的な差が出るとは予想もできない。同等なんかではなく、シャッハは最初からその手の内を明かしてはいなかった。

 「さて」と、シャッハは身動きのできなくなっていた二人を見た。


 「できることなら、僕だって有能な仲間を失いたくない。僕の言いたいことわかるよね?」


 まるで物でも扱うように、お前の肩に乗っている物を渡せとゴルガムに手を伸ばすシャッハ。


 「一体、どうしてこんなことをしているんですか……。本来なら魔王様を守ることが貴方達の使命のはずです! 魔王様は貴方達のことを信用していました! それなのに、どうしてこんな裏切るような真似を!?」


 つい先程までニコニコと無害そうな笑みでチュリィの話を聞いていたシャッハは深くため息を吐くと冷たい眼差しを送る。


 「……うるさいな」


 別人のような低い声にぎょっとするチュリィだったが、隣に立つエイダは肩をすくませた。

 シャッハはその冷たい口調のままで言葉を続ける。


 「僕やエイダ、それに君達支持していない他の魔族達はいずれもこの世界に恨みを抱えている。人間達にも同じ魔族達にも、飽き飽きなんだ。僕達が欲しいのは、制約でも平和でもない。……自由だ。僕らが僕らであるための世界が欲しい。憎しみや恨みと共に育った僕やエイダはなおさらね!」


 「そんなことのために……」


 「そんなこと? ハッ……嫌になるねえ。サキュバス達は人間や魔族達に媚を売って生きている下品な生物ばかりだ。だが、それゆえに本当の絶望や苦しみを知らない。お前は知らないだろう? 僕がどんな気持ちで、魔王に頭を垂れてきたか!? だが、もう時代は違う。あの強い魔王はいない、今ここにいるのは魔法の一つもまともに使えないお飾りの魔王だ!」


 シャッハが一通り話を終えたのを確認すれば、エイダが前に立つ。右手を伸ばせば、そこは黒く変色し無数の槍の先がいくつも顔をみせる。


 「お前たちに恨みはない。魔王を渡さないなら、どちらにしても魔王ごとお前らを串刺しにする」


 ゴルガムは魔王を庇うように胸元で強く抱きしめればシャッハ達から背を向けた。


 「嫌よイヤ! 魔王様は私達の希望になるお方なんだから! アンタ達には絶対に殺させないわ!」


 エイダは短く息を吐けば、次にチュリィのことを「お前は?」といった意味合いの視線を送る。


 「私に聞いても無駄です。私は魔王様のお世話係。死ぬ時も道を間違える時も一緒です」


 「やれやれ、お前はもう少し頭の良い女かと思ったんだがな。……ならば、死ね」


 エイダの腕から三本の槍が一瞬にしてチュリィとゴルガムへと放たれた。槍に対して全く身動きのとれない二人は、ただじっとその槍を見つめることしかできない。下手をすれば槍が放たれたと気付いた頃には、二人に突き刺さっているかもしれない、そんな驚異的な速さの槍が迫った。


 「――やらせんぞ」


 今度は天井から来訪者があった。その来訪者はチュリィ達とエイダの間に、屋根を崩壊させながら立つと三本の槍を拳と蹴りで叩き落とした。

 シャッハは思わず我慢できないといった様子で大きな声で笑う。


 「ハハハハハッ! 愉快な展開だ。困難もなしに、魔王になるのも面白くなかったところだ。君が僕の相手をしてくれるなら、喜んで歓迎するよ。――ルクウ」


 チュリィとゴルガムを守るように、半竜族のルクウがシャッハとエイダの前に立ちはだかった。

 拳を握り左の掌を見せるような構えをとるルクウ。


 「早く行け、急がないと魔王様が死ぬぞ」


 短くそれだけ言えば、チュリィとゴルガムは顔を合わせて二人でその場から駆け出した。離れていく足音を確認すれば、ルクウは残されたシャッハとエイダを睨む。


 「裏切り者共め、忠誠心すら守れない奴が魔王になれるわけはない」


 「あえて聞くけど、どうしてルクウはそこまでして魔王を守ろうとするの?」


 愉快そうにシャッハがルクウに聞く。

 無視して戦闘を開始しようかとも考えるルクウだったが、それでも低い声で返答をする。


 「俺にとって魔王様は恩人だ。敵に操られた仲間を殺してしまい行き場を失っていた俺を助けてくれた魔王様への恩を返したい。お前やエイダは、昔から魔王の部下だったそうだが、俺は違う。――俺が使える魔王は、今の魔王様だけだ」


 「まさか、ルクウがこんなに熱い奴だったんてね。本当ならルクウには仲間になってほしかったけど……。――エイダ、キミの力を見せてくれ」


 「私はお前の部下じゃない。指図するな」


 それだけ言えばエイダはシャッハの前に出れば戦闘態勢をとる。

 いつ戦いが始まってもおかしくない二人の空気の中で、懐を漁れば出てくるのは五本の魔法瓶。草木に水でも撒くような気軽さでシャッハは魔法瓶を宙に放り投げた。


 「盛り上げてくれ、僕の愛しい愛しいけだもの達よ」

 

 空中で瓶が割れれば、割れた瓶の中から現れるのは五体の魔族。

 一体目は虎、二体目は鷹、三体目は蛇、四体目は鹿、五体目は熊。いずれも、全長は二十メートルを超える。それ全てが、魔力の塊でありはっきりとした実体を持たないシャッハに作られた存在。ボルケイノフと同質ではあるが、彼らが内包する魔力もその大きさもボルケイノフの十数倍。

 五体の獣達は、一斉に野に放たれた。魔王城を完膚なきまでに崩壊させるために。


                   ※


 チュリィとゴルガムは武闘大会会場の近くの大木の根本で身をひそめていた。

 ゴルガムは近くに追手が来ないかを見張り、チュリィは生死の境をさまよい続けている魔王に回復魔法をかけ続けていた。


 「魔王様、魔王様……。死んだら許しませんよ、絶対に戻ってきてください。私は決めているのですよ。貴方が野望を果たすその日を絶対に見るんだって」


 どれだけ魔法で回復させようが、魔王の血は止まることはない。それどころか、魔王の肉体からどんどん体温が低くなっていっているような気さえする。この程度の付け焼刃の前法では、単なる延命措置にしかなっていないんじゃないかとチュリィは思うが、これしか彼を生き永らえさせる方法はなかった。


 「チュリィ、大変なことになったわ!」


 その時、チュリィのいる場所へとゴルガムがドシドシ焦った様子で飛び込んできた。


 「……これ以上大変なことですか」


 「シャッハが、魔王城目指して進行してきているわ。裏切り者のシャッハやエイダだけじゃなく、シャッハの作り出した怪物達も一緒よ。魔王城を守るように魔族達には指示を与えているけど、四天魔が相手になるなら時間稼ぎにもならないでしょうね」


 「ここにきて、完全に城を潰されたら、もう魔王様は魔王様に戻ることはできない……。だからといって、私達には彼らを止める力を持たない……。一体、どうすればいいのでしょうか……」


 「何を言っているの!? そんなことより、魔王様を救うのが先決でしょ!? 野望と魔王様どっちが大切なのよ!?」


 チュリィの魔王の命なんて二の次だと思われそうな発言を耳にしたゴルガムは、その太い拳を怒りのままに地面に叩きつけた。

 ゴルガムの目には涙が浮かび、彼が本気で魔王のことを心配しているのがチュリィには痛いぐらい伝わった。

 真剣にぶつかってきたゴルガムに対して、チュリィも真摯に答えることを決めた。

 

 「どっちも大事です。いや、私達にとっては野望が潰えることと死ぬことは一緒なんです。……ここで魔王様が魔王じゃなくなれば、私は魔王様と共に死にます」


 熱くなった頭の中にチュリィのその声だけが、しぃんと響いた。小さな鈴の音ような明らかにその場の空気とは違う凛とした声色にゴルガムは自分の体から熱が冷めていくように感じていた。


 「アンタのその覚悟いったいどこから来るのよ……。私は、魔王になってからの魔王様しか知らないけど……アンタと魔王様が私が考えられないほど心の近い部分で繋がっていることだけはわかったわ」


 どれだけ魔王とチュリィの野望が純粋なものでも、危機的状況に変化はない。

 暗闇の中で魔王の傷口を必死に塞ぐチュリィの姿を見て、ゴルガムはただその指先から発せられる癒しの光を見つめていた。体が大きくても、魔王やチュリィの相談役になっていたとしても、自分の無力感をひしひしと感じていた。


 「まだ葬式には早いわよ」


 本来聞こえるはずのない親しみのこもった声にチュリィとゴルガムは顔を向けた。

 そこには、傷ついたエリンを抱えた――レヴィアの姿があった。

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