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第六話『女の前哨戦』

 魔王用の観覧席を離れ、レヴィアに頼まれて通路の方に出る。外の賑わいがまるで遠くの出来事のように、小さな声がざわざわと聞こえ、そこは外の熱気から離れたことで別世界のようにも思えた。そして、もう一つ別世界かなと思う要因の一つが――。


 「――魔王様ぁ! 魔王様っ! 寂しかったんですよ! なんで部屋まで来ていただけなかったんですか!? 魔王様ッ――!」


 ――レヴィアが俺の腰の辺りにしがみついて、下腹部に顔面を擦り付けていた。

 赤い髪やこの大会に備えて新しく用意したのか、真っ赤なドレスをくしゃくしゃにしながら俺をがっしりと掴まえていた。


 「き、急にどうした……」


 「どうしたもこうしたもないわよ! いつも私こうだったじゃない!」


 まあ確かに、普段のレヴィアはこうだった。ただし、俺の前だけでの話だ。

 前魔王から魔王の座を奪った時に、俺は少なからずレヴィアには罪悪感のようなものを感じていた。どんな形であれ、強制的に魔王を失脚させて――封印した。

 レヴィアはよくあることだと言っていたが、もともとが人間だったのが影響してか魔族のように割り切れず、頻繁にレヴィアには会いに行くようになったのだ。朝、昼、晩と余裕がある時は顔を出していく内に、レヴィアからも誘いがかるようになり、最後の方になるとレヴィアの家にお邪魔した瞬間に胸に飛び込んでくるようになった。

 通い続けた結果なのか、それともレヴィアがチョロイだけなのか。どちらかは判断できないが、鈍感な俺でもさすがに棍棒をひたすら振り回すようなレヴィアの直球過ぎる気持ちには気付いているが、そこはあえて見ないフリを続けている。こういうのは良くないことだと、口酸っぱくチュリィにも言われるが、これ以上の解決策が浮かぶことはない自分の人生経験の少なさを恨む。

 ちなみに、どうして他人の前と俺だけの前でここまでレヴィアの様子が違うのかというと、彼女なりに外面を気にしているからかもしれない。

 レヴィアという少女は極端な性格をしており、今のようにものすごく甘えてくるかものすごく冷静に話をするかのどちらかしかできないらしい。そのため、一度気を抜けば、このようなへろんへろんのデレデレな状態になるため、レヴィアなりにはこうした態度の切り替えには頭を悩ませるらしい。素直に飛び込みたいけど、それをすると我慢ができなくなる。そんな強い気持ちを向けてくれるのは嬉しさ半分、申し訳なさ半分と複雑な気持ちだ。

 


 「そりゃいつも……というか、俺の前ではこんな感じだけど……。次のエリンとの試合はレヴィアの番じゃないのか? 準備は?」


 「あんな筋肉だけの女には負けないわよ! ……ねえねえ、魔王様ぁ」


 急に甘い声になるレヴィア。いつからだろうか、女の猫撫で声に寒気を覚えるようになったのは。


 「なんだ」


 「最初にこっち来た時に何で私が不満そうだったのか……。魔王様は、その理由分からない?」


 「……エリンか?」


 外れてほしい気持ちで言ったつもりだったが、大正解だったようでレヴィアは俺の顔にぐいっと顔を近づけた。


 「そう! なんなの、あの子!? いくら魔王様の野望の為とはいえ、あんな脳みその半分を故郷の村に忘れてきたような女と結婚するなんて、どう考えてもおかしいでしょう!? 魔王様の婚約者はココにいるのにぃ!」


 断じて、婚約者なんて言ったつもりはない。ここで、俺のうっかりで気に入られてしまったのは謝罪したいが。

 平らな胸を何度も叩くレヴィアは、俺が言い訳を言うよりも早く言葉をまくし立てた。


 「ねえ、魔王様……。魔王様は、あの女勇者とは夜を共にしたことはあるの?」


 「は!? あるわけないだろ!?」


 あー、びっくりした。童貞には刺激が強すぎるわ! この体勢もな! 嬉しいから、あえて言わないけどね!


 「ふふ、やったぁ……。もしもね、この大会の優勝賞品が手に入ったら、あらゆる魔法薬とあり余る魔力を駆使して強制的に……」


 「強制的に?」


 「――子種いただくから」


 色っぽくレヴィアは舌舐めずりをしながらそんなことを言った。


 「ぴぎゃぁ!?」


 と、俺の口からは鶏のような甲高い奇声が溢れだす。

 エリンが勝ったら地獄かと思ったが、レヴィアが買っても地獄だ。


 「……で、でもさ、レヴィアがエリンに勝っても他に四天魔がいるし……」


 なぜ、ここでレヴィアが優勝する心配をしなければいけないのか。


 「それは問題ないわ、前魔王である父の遺産を使って他の二人は買収済みだから」


 「もっと有効活用しろよ!?」


 エリンもなかなかキてる奴だと思っていたが、レヴィアもなかなかぶっ飛んでいる。確かに、レヴィアのような美少女が俺のことを好になってくれているのは嬉しいが、どうも魔族達と一緒にいる女はケダモノ染みた発想に陥りやすいようだ。あっちが女の子で俺が男で良かった。

 レヴィアはもじもじと頬を紅潮させつつ、再び開口する。ていうか、今さらどこに恥ずかしがる要素あるの?

 


 「私ね、お城の近くの人喰い魚のいる湖の近くで小さな家を建てて、そこで伝説の龍種ドラゴンと地獄の番犬ケルベロスを飼うのが夢なの。子供は四人は欲しいわ。きっと、魔王様と私の子供なら魅力的な子が産まれるはずよ。……リリィ、ミリファ、クロウ、テリオ」


 「もしかして、最後の子供の名前かな!? 将来設計聞かされてるけど、この武闘大会でレヴィアが優勝したらそうなっちゃうってことでいいわけ!? いいの!?」


 律儀に聞き返しちゃう、俺。


 「すごーくいいわ。初めての夜は部屋を暗くしてね。次からは、魔王様がお好きなお外でも」


 「ものすげえ大胆ですね。後、俺がそういう変態的な趣味があるという誤解はどこから来たのかお聞きしたいんだが」


 「チュリィよ」


 「やっぱりかよ!」


 「――来たわね、泥棒猫」


 急にレヴィアの表情が険しくなった。その視線は、俺の背後へと向かっている。

 はっとなった俺は慌てて後ろを振り返れば、そこには怖い顔をしたエリンとばつが悪そうに頭を掻くゴルガムさんがいた。


 「――夫の腰から手を放しなさい、淫乱」


 低い声で告げるエリン。いや、淫乱とかレヴィアもお前にだけは言われたくないだろう。

 さすがに第三者の目を気にしてか、レヴィアは俺の腰から手を放せば、レヴィアを睨む。


 「夫? まあ、それも今日までよ。優勝したら、魔王様は私と共に生きるのよ」


 「ふざけないで、魔王様と――」


 くそ、二人の殺気が激しくてまともに体が動かない。頭の中では、体に指示を与えても全く言うことを聞こうとしない。


 「――外でヤるのは私よ」


 「て、何でそこだけ聞いているんだよ!? バカなの!?」


 あ、ツッコミできた。凄いな、ツッコミは緊張感すらもぶち壊す。

 レヴィアは俺のツッコミなんて聞き流して、ハッ、と鼻で笑う。


 「違うわ、外でするのは私」


 「ふざけるな! お前もバカか! いつ、どこで、何時、俺がそんな変態行為をしたいて言ったのか教えてくれ!」


 「チュリィよ」


 「知ってるよ! このやりとり、時間が巻き戻ったのかとビックリしたわ!」


 何故か緊張感を漂わせている二人以上に呼吸を乱していると、ゴルガムさんが助け舟をだしてくれた。


 「とにかく、次は二人の戦いなのよね。だったら、この続きは武闘大会で決着をつけなさい。ここで争ってもしょうがないし、体力の無駄よ。どうせ遅かれ早かれ、二人がぶつかるのは決まっているんだから、最も相応しい場所で決めなさい。……ね、魔王様」


 「おう、ゴルガムさんの言う通りだ! 何のために、こんな大会を用意したと思っているんだ」


 今すぐにでも戦闘を開始したいと互いの顔には書いてあるが、先に半歩後退したのはレヴィアだった。


 「……そうね、こんなところで激情に駆られて戦いなんて始めたら、どこかのサル女と変わらないわ」


 「あん?」


 睨みを利かせるエリンにレヴィは肩をすくませれば背中をみせた。


 「観客達の目の前で恥をかかせてあげるわ、じゃあねおサルさん」


 「それはこっちのセリフよ、泥棒女」


 フン、と不満そうに鼻を鳴らしたエリンはレヴィアと反対方向に歩き出す。

 呆然としている俺の横にゴルガムさんがやってくれば、内緒話をするように顔を寄せた。


 「魔王様、もしかしてわざと火に油を注ごうとしてない?」


 「……その火が他所の畑ならいいかもしれないが、俺そのものが燃やされそうだからな」


 「……私は魔王様を応援しているわ」


 最近はゴルガムさんの優しさに触れることが多いなと思いながら、俺はこれから先に起こるであろう波乱に頭痛を覚える。どうか、武闘大会が無事に終わり、俺も無事に過ごしていけますようにと心の底から祈りながら自分の席に戻ることにした。

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