第五話『エリンVSシャッハ②』
エリンの空気に流されていることを察知したシャッハはすぐさまボルケイノフに指示を与えた。
地面を溶解させながら中央のボルケイノフが、まず先陣を切った。ボルケイノフはマグマのような拳をエリンに振り下ろした。地面が弾け、爆煙が舞う。しかし、既にそこにはエリンの姿は見当たらない。
「……上だ」
主であるシャッハの声に反応して視線を変えれば、いつの間にか遥か頭上にいるのはエリンだ。ただ、シャッハも何も考えずにボルケイノフを一体だけ突っ込ませたわけではない。
他の二体が大口を開けて、既に次の攻撃の準備に入っていた。
「焼き尽くせ! ボルケイノフ!」
二体のボルケイノフの開いた口から、真っ赤な炎が空へと放たれ、エリンのいた場所を交錯する。
威力もすさまじく、レーザーが届くまでのスピードも常人では目で追うことすらできない。エリンが消し炭になった姿を想像したのか、観客席の一部の魔族達が指笛を吹いて煽る。しかし、シャッハは手ごたえのなさに恐怖を覚えていた。
敵の姿はないのに、敵がどこかにいる。交錯するレーザーをじっと目を凝らしてみる。いいや、そこには確実にいない。じゃあどこだ? 視線をさらに上に向けた。
「舐めたことしてくれるね」
エリンはレーザーの手を逃れ、狙われた位置よりもさらに上にいた。
シャッハはエリン本来が持つ身体能力の高さに思わず苦笑する。
常識なんてものを壊す存在である勇者。彼女はその役割を全うしている。迫りくるレーザーを前にして、エリンは――空中で地面を今一度ジャンプをしたのだ。
ただシャッハも予想していないわけではなかった。ほぼ棒立ちになっていた最初に攻撃をしたボルケイノフに指示を与え、宙に漂うエリンへ向けてレーザーを発射した。
「二個なら難しいけど、一つなら!」
宙で体を捻り、迫りくるレーザーへと剣を振るう。
「バカな、自殺行為だ」
シャッハはエリンが単純思考な人物だとは聞いていたが、まさか灼熱の魔力の塊に直接触れるような真似なんてするとは思わなかった。シャッハは勝利を確信し、同時に期待外れだった勇者に呆れもする。それでも、ここまで生き残ってきた。
「うおおおおぉぉぉぉ――!!!」
レーザーがエリンの剣に衝突したことで半分に裂けた。裂けて広がっていくレーザーを辿るように落下すれば、そこにいるのはただ命令通りに開口を続けるボルケイノフの姿があった、
「まずは一体ぃ!」
切り裂き続けたレーザーの先にいたボルケイノフを着地と同時に真っ二つ。しかし、勇者の剣によって倒されたせいか、再び復活するのに時間がかかっているようだった。そして、それだけの余裕があればエリンには十分すぎた。
「ボルケイノフ!」
シャッハは口には出さずともボルケイノフに指示を送る。それは、一体が力の加減をしたレーザーを連射しもう一体が直接肉薄しエリンを攻撃するといったものだ。
腕の形を大きく変え、斧のように太く凶器的に変形させたボルケイノフは接近するエリンへと横殴りの攻撃を行う。それすらも、エリンはあっさりと地面を滑り、攻撃の直後でもはや死に体となったボルケイノフの懐へ潜り込む。
「ちっ……おしい!?」
そのまま攻撃に移ろうとしたエリンだったが、数歩先から放たれるボルケイノフのレーザーによる連射攻撃を前に慌てて後退する。そこを逃さないようにと二体のボルケイノフはレーザーを小刻みに放つ。だが、それが大きな失敗を招いた。
「なっ……!?」
シャッハはそこで初めて驚愕の声を発した。レーザーの雨の中でエリンは、一つ一つのレーザーを回避し必要になれば剣で弾き返していた。その上、少しずつボルケイノフとの距離は縮まりつつあった。これは、大きな油断からきたものであり、エリンの本質に気付かなかったシャッハが原因なのは明白だ。
たった十数秒のボルケイノフのレーザー攻撃を経て、エリンはその攻撃に目が慣れてしまっていたのだ。
じりじりと迫るエリンを前にして、ようやく彼女が生き残ってきた理由に気付いた。――それは、エリンは戦闘の達人であり、戦いに愛されている。さらに、彼女には勇者という才能を持つことで勝利にも愛されているのだ。
「どっけえええぇ――!」
二体目のボルケイノフは、上半身と下半身を半分された。次の攻撃を考える前にエリンは既にボルケイノフ三体を超える領域を追い越した。続けて、手薄になったレーザーを難なく潜り抜けてボルケイノフを細かく切り刻んだ。
「これで、三体目だ! 後はてめえぇだけだよな!?」
言うが早いか足が速いか。一気にシャッハへと距離を詰めたエリンはるような突きをシャッハの首元へと――。
「――降参です」
ため息のようなシャッハの声を聞いたエリンの動きがピタリと停止した。
「後から不意打ちとかは無しだぞ?」
「不意打ちして勝てるぐらいなら、とっくにしていますよ。僕以外の魔族の方達が……。後、痛いんで早く手を引いてもらえませんか?」
止まったはずが、エリンの剣の先はシャッハに首に触れており、ポタポタと雨漏りのような血液がシャッハの首からは流れていた。
「だが、お前はいろいろと隠し事をしてそうだ」
「……意外と鋭いですね、勇者としての勘ですか? なら、今ここで僕を殺しちゃいますか?」
「いいや、お前を殺せば魔王が悲しむし、他の魔族達にも迷惑をかける。それに、何かしてくるようだったら、返り討ちにすればいい話だからな」
それだけ言えば、ふっとエリンは息を吐けば、その剣を観客達に掲げてみせた。
「私の勝ちだ!!!」
高らかに勝利宣言をしてみせれば、観客のざわつきと歓声と罵声と悲鳴と嗚咽と何か訳のわからない奇声の中でエリンはただ一点を見つめ続けていた。ーーその視線の先には、魔王がいた。
※
あなたに贈る勝利です、といった感じのエリンの顔を見た俺は複雑な気持ちになってしまう。
俺がやっていることは善なのか悪なのか? それとも、単なる詐欺か。いいや、たくさんの人を巻き込んだ結果が今のこの状況だとしら?
野望の始まりで、俺は大きな石に躓いてしまったようだ。
「次のエリンの戦いまでは、まだしばらくかかるよな?」
ゴルガムさんは顎に手を当てて、手元の試合表を見る。そして、俺へとにんまりと笑ってみせた。こういう笑い方をする時は、ゴルガムさんがオークなんだなと再認識する。
「もしもいろいろ悩んでいるようだったら、今のうちにちゃっちゃと済ませとくのよ。シャッハ様との戦いはもう少し時間がかかる予定だったから、遅れる場合はうまく調整するわよ。……インキュバスの本領発揮ね!」
「……ゴルガムさんが考えているようなことは、断じてないから」
インキュバスがみんなスケベだと思わないでよね!
などと心の中で言ってみるが、ゴルガムさんの気遣いに感謝する。
「悪いんだけど、エリンを近くまで呼んでもらってもいいかな?」
「ええ、すぐに使いの者を走らせるわ」
離れていくゴルガムさんを見送れば、また背後から足音が聞こえた。
ゴルガムさんの場合は、のしのし、という音だが、この軽い足取りはおそらくチュリィだろうか?
「どうした、実況を抜け出してこんなところに何か用か? さっきみたいな問答はもう勘弁してくれよ」
「誰と勘違いしているの? 魔王様」
違う、チュリィの艶やかな声じゃない。
後ろを振り返れば、そこには――。
「少し、お時間いいかしら?」
――微笑みかけるレヴィアの姿があった。




