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誰が勇者とか魔王とか、そんなことどうでもいい  作者: きし
プロローグ 序章の序章
1/20

プロローグ『人の終わりから魔族の始まりで魔王へと』

 「――目覚めましたか?」


 そんな風なことを言われて、目が覚めた。体を起こし、半分閉じた瞼で周囲を見回した。

 薄暗い洞窟に数名の男性と女性。十名は超えないようだが、それなりの数が俺を囲むように見ていた。不思議に思いもするが、頭が痛くてまともに周りの人間達を見る余裕はない。


 「俺は……」


 それでも、どれだけ辛くても頭の中は欠けたものを求めるために自分のことを考えようとする。

 俺の名前はアオラ。辺境の村で十七まで育ち、数年前に亡くなった父と母から引き継いだ牛と鶏を養い、小さな畑を耕しながら生活していた。大変なことがあっても、周囲の人達に助けられて幸せな日々を送っていたつもりだったが。――それは、ある『悲劇』に塗り潰された。

 意識を失う直前の『悲劇』を思い出したことで、俺はさらに強烈な頭痛を感じて頭に手をやる。

 見覚えのない男性が俺の隣にやってくると、木を削り作られたコップを差し出してきた。


 「あ、ありがとう……!」


 もぎ取るように男性からコップを受け取れば、冷えた水が喉を流れていく。

 おいしい、まるで数年振りに飲み水を口にしたみたいだ。あっという間にコップを空にすれば、やっと周囲の状況が理解できてくる。

 彼らの頭には二つの角、そしてズボンには不自然な膨らみ。おそらく、そこには尻尾があるのだろう。

 

 「貴方達は……人じゃないのか……」


 一番年上、とはいっても四十代に見える男性が俺の隣に座ると柔らかい笑顔を見せた。どうやら、彼が彼らの中心人物なのだろう。


 「ええ、私達は魔族サキュバスです。私の場合は男性なので、インキュバスという呼び方にはなりますが」


 サキュバス、有名な魔族だ。主に人間の夢の中で活動し、寝ている間の記憶を操作し、夢の中で誘惑して精を奪うという。または、直接人間達の元へ赴いて興奮した時に出るあんな液体やこんな液体を食べることもあるという。

 この男性と自分で想像してしまったので、恐ろしい想像から逃げるように質問をした。


 「サキュバスか……。どうして、裏で活躍するような貴方達が俺を助けてくれたんですか?」


 「それは……御恩があるからです。昔、人間達と関わりを持つ私達のことを嫌った先代の魔王が一族ごとサキュバスを滅ぼそうとしたことがありました。そんな時、助けてくれたのは貴方の村の方たちでした。先代の魔王の代が変わるまでの間、村の方達が私達を庇ってくれたお影で今も生き永らえております。その恩を返そうと思ったのですが……残念ながら、『悲劇』を止めることはできませんでした……」


 想像していたよりもずっと丁寧な話し方をするインキュバスの男性に対して頭を振る。


 「仕方がなかったんです。この『悲劇』は誰も悪くない……」


 「強いのですね、貴方は」


 「……いいえ。あえて何も考えないようにしているだけです。少しでも良くないことを考えてしまえば、俺はきっと生き残った意味を無駄にしそうだ」


 重たい空気が周囲を包む。よく見れば、彼らの服は破れ、ところどころ泥が付き、怪我をしている人もいた。きっと、俺一人を逃がすためによほど無理をしたのだろう。

 場の空気を変えたくて、「ところで」と俺は口を開いた。


 「……助けてもらっておかしな質問かもしれませんが、俺はたぶんあの時に……」


 「……はい、完全に死んでいました。いいえ、正確には死にかけていました。そして、死の淵にいた貴方を助けたのは私達です。ただし、そこにはある代償が必要となりました」


 「代償?」


 穏やかじゃない言葉に顔をしかめる。


 「たくさんの悲しみと苦しみの中、魔族転生の儀を行いました。その結果――貴方はインキュバスとして転生しました」


 「俺が……魔族……!? いや、だけど……」


 体に触れてみてもそこに尻尾や角は見当たらない。人間のままの姿だ。そうして、ふと直感的に胸元に違和感を覚えて、破れた服の隙間をさらに広げた。自分の胸元には、渦巻く炎の形のような印が刻まれていた。その印を指でなぞってみれば、確かに今まで感じたこのない力のうようなものを感じた。


 「それが、魔族転生の証明です。私達のように外見が変わるのは生まれつきの産物。本来、人だったものは、外見をそのままに私達の力を得る。その結果、肉体に流れ込んだ魔力の流れを調整するために印が刻まれるのです」


 衝撃が全身を駆け巡る。

 俺が魔族になった。実感は湧かないこともないが、口から火を吐くわけでも、いきなり強力な魔法が使えるわけではなさそうだ。それでも、気持ちは不思議と落ち着いている。これは一度、命を失ったことへの諦めから変に達観してしまったからなのだろうか。いや、もっと暴力的な力なら、俺はこの力を使って『悲劇』への復讐へと向かうだろう。

 あれほど衝撃的な『悲劇』の後に、平静としている自分が狂っているようにすら感じた。

 動揺の少ない俺を見て安堵の息を吐いたインキュバスの男性は、話を続けた。


 「魔族転生というのは人間の方には聞き慣れない言葉だと思われます。それは、ある意味では奇跡の秘術。特殊な条件がいくつも揃った時に可能な儀式で、文字通り瀕死の別種族の者をまた別の種族へ転生させます。ただし……この力はそれだけではないのです」


 まだ何かあるのか? 既に人を無傷で生き返らせて、力を与えるだけでも信じられないぐらい強烈な魔法、いや、奇跡とも呼べた。


 「――魔族転生を受けた者は、転生した魔族の救世主として復活するのです」


 淡々と聞いていた俺もさすがに『救世主』という一言に反応する。


 「救世主!? そりゃ、どういう……?」


 「救世主といっても、私達から貴方に何かを頼むという意味ではないのです。私達サキュバス、インキュバスの最強の力が貴方様に宿るのです。魔族転生を受けた者は、種族の皆から祝福を受けたとされ、その王とも呼べる強大な力が手に入ります。きっと、今の貴方のインキュバスの力は私達が束になっても足元にも及ばないでしょう」


 あまりに突飛な話に、口から乾いた笑い声が漏れた。

 俺が最強のインキュバスだって? そんなもの手に入れてどうするんだよ。

 女を誘惑してこれから過ごせていうのか、それとも、この力を使いまくって一国でハーレムでも築くか? そんな馬鹿な、必死に生き返った結果、この世界でも人間や魔族からも淫売とバカにされるインキュバスになれっていうのか。

 未だに正常じゃない頭の中で、ろくなことを考えられないことを実感する。だが、チラリと見たインキュバス達の顔はみんなが心の底から俺を心配していた。そんな彼らを見てしまえば、後悔は消えて、変わりに感謝としてその形を変える。そんな単純かつ素直な自分で良かったと、初めて感謝した。


 「どうしたらいいのか分からないけど、とにかく……ありがとうございます」


 わぁ、と小さな歓声が洞窟内に響いた。そこで、ようやく生き残ったことへの実感が湧き、俺の体から力が抜ける。


 「これからは、どうしましょうか? 私達と共に暮らしますか、旅商人に知り合いもいるので、そちらにお願いしてもいいですが? ああすいません、今はゆっくり休んでもらった方がよろしいですよね?」


 いろいろと気遣いのできる男性だ。こんな人なら、インキュバスをしているよりも貴族の執事でもしていた方が似合いそうだ。


 「いろいろ魔族の話を聞かせてほしい、それからゆっくりと考えるよ」


 はい、と男性が頷けば、「チュリィ」と名前らしきものを呼んだ。

 はい、と今度は高い女性の声が聞こえて洞窟の隅から現れたのは一人の少女サキュバス


 「この子が、貴方の案内役とお世話をさせていただきます」


 美しい少女は頭を深く下げた。


 「――はじめまして、チュリィと申します」



                    ※



 ――それから、三か月後。


 俺は魔王になった。

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