7・女騎士の決闘(後編)
ジェシカには呪いがかけられている。
奴隷契約によってレベルが強制的に1になっている?
違う——それは魔法のチョークさえあれば、すぐに解決する類の軽い呪いだ。
しかしその呪いは魔法のチョークがあろうとも解くことが不可能であり、それによってジェシカは本気を出すことが出来ないのである。
その呪いについて俺が知ったのは、奇しくも決闘が終わった後であった。
「模擬剣を使った模擬戦。どちらかがギブアップというか、勝負がついたと判断すれば審判が止める。これで良いか?」
ジェシカ、一組代表の女の子が双方コクリと頷く。
「セシル。ぶちかましてやれ。お前のパワーだったら、あんなヒョロヒョロの女、一発で吹っ飛ばせる」
一組代表の女の子はセシルというらしい。
見窄らしい服は着ているものの、縦にも横にも巨体でまるでお相撲さんのようだ。
セシルの肩をリュウヤが揉んでいる。
「ジェシカ? 本当に大丈夫か。嫌だったら止めてもいいんだぞ」
「バカにするな……クッ、先生に憐れみをかけられた。クッ殺」
「最後まで言うの面倒臭くなって、略してるじゃないか」
「注意された。クッ殺」
「はいはい」
ジェシカの『クッ殺』は、「恥ずかしいよー」とロリボイスで変換すれば可愛く聞こえない……こともないか?
さて……今度は相手のセシルを観察しよう。
俺は通信簿を開いて、セシルのレベルを確認する。
『セシル
種族:人族
ジョブ:拳闘士
レベル:4』
まだ一ヶ月経過していないことを考えれば、セシルのレベルは破格だ。
きっとリュウヤの教え方が良かったのだろう。
しかし……、
「リュウヤ。どうしてその子は血の飢えた野獣のような顔をしているんだ?」
赤い目を光らせるセシル。
決闘の始まりを待たずに、今にも襲いかかってきそうだ。
それをリュウヤが無理矢理、抑えつけているようにも見える。
「ああ。こいつは一組の中でも戦いっていうのが大好きなんだ」
「何でクラスに狂戦士みたいなのがいるんだよ」
「昔は優しい子だったのに……」
「一体、セシルに何があったっ?」
「冗談だ——ただ、この決闘に負けたらこいつがどうなるか。こいつ自身が分かってるんじゃねえか?」
ビクッ、とセシルの肩が震える。
鼻息が荒く、その野獣のような顔はそのままだ。
しかし瞳の中にわずかに恐怖というものが混入したような。
(あいつ……恐怖で抑えつけているんだな)
まさに三組とは対極。
ハーレムクラスには体罰とか恐怖とか無縁なのだ!
「じゃあ両者。向かい合って」
俺が二人の間に入り、近付かせる。
「スポーツマンシップに基づいて、戦うように」
「ん? 先生、スポーツマンシップってのは何だ?」
「正々堂々に、ってことだ。ジェシカ」
「成る程。騎士道を重んじる私にピッタリの言葉だな」
薄くジェシカの口元に笑みが浮かぶ。
「心配しないでくれ、先生。正々堂々と相手を倒すから」
俺は何かとんでもない勘違いをしていたのかもしれない。
ジェシカの心配など、最初からする必要がなく——、
「始め!」
「ぐぉぉおおおおおお!」
うわっ!
本当に戦闘狂みたいだな!
セシルは拳を振り上げて、ジェシカに襲いかかった。
「そんな一直線な動き。私には通用しないぞ!」
楽しそうに、ジェシカは身を翻し突進を回避する。
——まるで踊っているようであった。
セシルの重そうな拳が襲いかかってくる。
しかしそれを寸前のところでジェシカが回避する。
きっとこの子にとって、もっと早い段階で回避することも可能なのだろう。
「はっは。何をしている。目は付いているのか!」
だが——根っからの戦闘狂であるジェシカ。
ギリギリのスリルを楽しむようにして。
わざとハンデを背負うために。
このように風に揺れる衣のように、ギリギリで攻撃を避けている。
「クソッ。セシル! 何をしてやがる。もうちょっとじゃないか」
ジェシカが手加減しているのが分からないのだろうか。
リュウヤは歯軋りをして、貧乏揺すりを始めている。
(さっさと決めやがれ……ジェシカ)
審判をしながら、俺はジェシカの動きに見とれている。
俺の思念に気付いたのか、
「よし……! 十分、楽しんだからこの戦いはそろそろ終わりにしよう」
そう言って。
予め腰に差してあった模擬剣を一気に抜き放つ、
「貴様のおかげで思い出したよ」
セシルの腹部に向かって、横凪ぎの一閃——、
いや、
「くらえ! 奥義『七閃』!」
ただの一閃に見えた横一文字は。
七度の振りになり、セシルに襲いかかった。
「ぐっはぁ!」
女の子らしかぬ声を上げながら。
セシルは後ろへと吹っ飛び、地面へと倒れた。
腹部には七閃の後が。
最早、勝負は決したと言っていいだろう。
「勝者、ジェシカ!」
俺はジェシカの方へと右手を挙げる。
この土壇場(?)で、ジェシカは奥義『七閃』を完全習得したのである!
「おい、やったなジェシカ! 凄いじゃな……っ!」
楽勝だとは思っていたが、いざ自分とこの生徒が勝ったとなれば嬉しいものだ。
ジェシカへと歩み寄ろうとすると、
「ふっ。当たり前のことだ。私にかかれば、これくらい楽に……どうした? 先生」
「お、お前……ふ、服が!」
そうなのだ。
澄ました顔して立つジェシカ。
しかし——その鎧、そして服が完全に破れており。
下着姿になっているのだ!
「——っ!」
すぐに気付いたのか、ジェシカは顔を真っ赤にして地面にしゃがむ。
「見たな?」
「い、いや……何でお前下着姿になってるんだ?」
「私の秘密を知ったな!」
後から聞いた話。
ジェシカは奴隷契約をかけられるのと同時に、その強大な力を封じるためにもう一つの呪いがかけられた。
それが奥義を成功させたら服が破れてしまう、という訳の分からない呪いである。
差し詰め名付けるとしたら、『ラッキースケベの呪い』と言うだろうか。
「チッ……興ざめだ。おい! 今日は体術の授業を中止にして、教室に戻って説教だ」
「待ってくれリュウヤ! 俺を置いてかない……」
「オレは自分のことを鬼畜鬼畜、だと思っていたが、生徒を下着姿にするなんて……お前も鬼畜なんだな」
「違ぁぁぁぁあああう!」
俺は悪くないんだ!
しかし下着姿を見られたことを恥ずかしがっているのか、
「先生! こうなったら、貴様を殺してこの恥辱を抹消するしかない!」
ジェシカが模擬剣を振り回しながら、追いかけてくる。
「どうしてこうなるんだぁぁああああ!」
空に向かって吠えながら逃げる。
……異世界に来て、もう一つ分かったこと。
どうやらこっちの女の子も下着といったら、ブラジャーにパンツ。ニホンにいる女子中学生と大して変わらないようだ。
メロンを小さな布で隠している、ジェシカの胸を思い浮かべながら戦闘狂から全力で逃げた。
『ジェシカ
種族:人族
ジョブ:騎士
ラッキースケベの呪い発動中
レベル:47』