6・女騎士の決闘(前編)
今日の授業は外。
といっても課外授業のことではない。
「一! 二! 三!」
グラウンドにコダマする三組の声。
——そうなのだ。今日は『体術』の時間なのである。
体術の授業では、教室でノートを取って……という方法もあるのだが、ニホンの『体育』のようにこうやってグラウンドに出て、体を動かすことがメインとなってくる。
「よーし! 頑張れー!」
グラウンドに五列六行で並んで、模擬剣を素振りしている生徒達。
グラウンド……って、本当にここって異世界っぽくないよなっ?
と初めは思っていたが、地面は砂ではなく、天然芝なのでそこは無駄に異世界っぽい。
「六十七! 六十八! 六十九!」
奴隷学校の先生になってから二週間が経過しようとしている。
どうやらこの異世界でも一年は三百六十五日、十二ヶ月で計算されているらしい。
みんなのレベルはめきめきと上がっており、生徒の何人かは「こいつ、もう卒業していいんじゃね?」というところまで達している。
俺がここの先生でいられるのも残り十一ヶ月以上になるのか……。
うん、まだまだあるわ。
気にしなくていいや。
「九十八! 九十九! 百!」
授業の締めとして指示しておいた『素振り百回』が終わる。
みんなが疲れたように模擬剣を地面に置き、膝に手を当て肩で息をする。
「よーし、今日はこれで終わりだ!」
「気をつけ! にゃい!」
学級委員のロレッタが『気をつけ』『礼』をする。
って、体術の時間までしなくていいと思うんだがなっ?
というか最初から立っているし。
「さあて……俺も職員室に戻って水でも飲む——ん?」
授業は終わったというのに。
グラウンドの片隅で素振りを続けている生徒がいた。
確かあいつは……、
「どうしたんだ? ジェシカ。何か気になるところでもあるのか?」
一心不乱に模擬剣を振り続けている女の子の名前はジェシカ。
奴隷らしかぬキレイな長い金髪で、よくよく見ると顔も人形のように整っている。
そしていつも軽そうな鎧を身につけているのが印象的である。
「話しかけないでくれ! 私は……こんなもんで私は納得していないのだ!」
俺が話しかけても、素振りを続けるジェシカ。
「凄いじゃないか。みんなは疲れているのに、お前は素振りを続けていられる。大した体力だ」
「クッ……こんなものでは私の全盛期には届かない。少しずつ勘は取り戻してきているが……クッ、殺せ!」
こいつは元々、貴族の娘さんだったらしく、さらに王国? の騎士団にも所属していたらしい。
本当か嘘か分からないが、全盛期のレベルは100はあったらしい。
しかし奴隷契約によって、無理矢理レベルを1にされてしまったジェシカ。
みんなより抜きん出ている存在だと思うが、レベル100の頃があった彼女からして、まだまだ納得出来るレベルには到達していないだろう。
「さっきの素振りも六百回しか出来なかった……」
「六百回? 百回の間違いなんじゃないのか」
「いや六百だ。先生は一振りで同時に七回相手を切り刻む奥義『七閃』を知っているだろう?」
いや知らねえよ!
当たり前のような顔をして言うんじゃねえよ!
「七閃は私の得意の奥義だったわけだが……しかし! 今の私では一振りで六閃しかすることが出来ない」
「十分凄いと思うんだが……」
「クッ! これくらいなら、騎士団入りたての新人でも運が良ければ可能な領域だ。敵に憐れみをかけられるとはな。騎士の恥だ。クッ、殺せ!」
ジェシカが素振りを止め、俺の前で胸を突き出す。
そこに短剣を突き刺してくれ、と言わんばかりに。
ジェシカの豊満な胸が目の前に迫り、思わず視線を逸らしてしまう。
(こいつ……三組の中でも、一番優秀なんだけどな……)
騎士のプライドというのだろうか。
まだ俺に心を開いてくれず『敵』だと認識しているらしい。
そして極め付けは「クッ、殺せ!」という女騎士みたいな口癖。
しかも相当のネガティブ思考らしく、事あるごとに「クッ、殺せ!」と言い張ってくる。
「お前もロレッタを見習えよ」
あいつは劣等生のくせに学級委員に立候補するくらいの自信家だぞ?
ただのバカかもしれないが……ああいう、あいつの長所もジェシカも見習うべきだと思う。
「クッ……先ほどのロレッタ殿は素振りを十回したところで息切れして、残り九十回は声を出していただけ……! あんな怠け者に私もなれというのか。クッ、殺せ!」
……やっぱ気付いていたか。
ジェシカは死を覚悟したのか、目を瞑っている。
さあて、どうしたことかな。
そう思って頭を掻いていると、
「おいおい。タクマ! 何をしてやがんだ。次は一組様の番だぜ?」
校舎の方から生徒を引き連れた勇者のようなヤツが来た。
偽の勇者の名を——リュウヤと言う。
「悪い悪い。さっさと退かせてもらうよ」
グラウンドを使い時間が過ぎても、残っていたのはこちらだ。
なので謝ってから、ジェシカを連れてさっさと帰ろうとしたのに、
「ちょっと待てよ。それ、お前んとこの生徒だよな?」
ニヤッ、と意地が悪そうな笑みを浮かべ、リュウヤが俺達の足を止めさせた。
「ん? そうだが」
「ちょっと面白いこと考えた。帰る前にちょっと面貸せよ」
ちょいちょい、と人差し指を曲げるリュウヤ。
「面白いこと?」
「ああ——オレは前に言った通り、一組を『最強軍団』にしたいと思って居るんだ」
ああ、確かにそんなこと言ってたな。
「そこで、だ。オレとお前んとこの生徒。どっちの方が強いか模擬戦をしてみないか?」
リュウヤがジェシカの方に視線を注いで言う。
撫で回すような視線である。
俺から見てもはっきりと分かる。
足の爪先から、頭の天辺まで順番に見ていくような動きだ。
男の俺からしても寒気がする視線を。
ジェシカはつん、と澄ました表情で受け流す。
「そんなもん却下に決まってるだろ。俺の生徒を危ない目に遭わせてられん」
「お? 逃げんのか?」
「そう思ってくれても、俺は結構。バカバカしいことに付き合ってられん」
全く……この戦闘狂が。
リュウヤも「ちっ、この意気地なしが」と幼馴染みの女の子みたいなことを言い、そんなもん気にせず校舎へと戻ろうとしたら、
「先生。私は別に良いですが?」
——後ろで好戦的な笑みを浮かべるジェシカに気付いた。
「ジェシカ……模擬戦とはいえ、怪我をしてしまうかもしれないんだぞ?」
「先生。私を舐めているのか? クッ! 先生に舐められてしまった。クッ、殺せ!」
「いや、そういうことじゃなくて、だな……」
「……大丈夫ですよ。たかが一対一。私の敵じゃない」
そんなジェシカの言葉に激昂したのだろうか、
「おう? お前、でかい口叩くじゃねえか!」
「でかい口なのはそちらだ。大きな声を出して、相手を威圧しようとしていないか? 議論の場では役に立つかもしれないが、戦場では無意味だ」
ジェシカの挑発にご立腹のリュウヤ。
どうやら、もう退くことが出来なくなったらしい。
俺は溜息を吐いて、
「模擬戦やってやってもいいぜ」
「お前がその気じゃなくても、無理矢理戦わせてやんよ!」
「ただ条件がある。お前んとこの生徒で一番強いヤツを出してもいい。ただし、一対一だ」
「元からそのつもりだ!」
リュウヤの声が耳障りだったので、指で耳栓をする。
ニホンにいる頃では、ビビってしまっているところだっただろう。
しかしここは異世界。
多分……俺、リュウヤよりレベル高いしな。
「では始めようか」
リュウヤを戦闘狂だと言ったな。
あれは本当の話だ。
しかし——それ以上の戦闘狂がここにいたわけだ。
ジェシカは水を得た魚のような顔をして、リュウヤを一直線に睨んでいた。