4・課外授業(クエスト)前編
「じゃあ授業は終わりだ」
「気をつけ! にゃいっ?」
学級委員となったロレッタ。
こうやって盛大に噛むのも何回目になるのやら。
「先生〜、今のは噛んだわけではなく、猫要素はふんだんに取り入れたキャラ作りといいますか〜」
「自分で言うな自分で。さっさと終われ」
改めて「にゃい!」……ってまた噛みやがった。
というかたった二文字でどうして噛みやがるんだ。
「おい、ロレッタ。こっちに来てくれるか?」
——『クラス目標』も『学級委員』も決めた。
徐々に生徒達も俺の授業に慣れてきている……と自分では思っている。
授業中に冗談を言ったら、少し笑うようにもなってくれた。
しかし……机に座っている彼女達を見ていたら、どうしても思うんだよな。
「ど、どうしたんですか先生! まままま、まさか……私が何回も噛んじゃうから、学級委員を降格させるつもりじゃ!」
「そんなことで学級委員を辞めさせたりしねえよ」
そう言うと、ほっと胸を撫で下ろすロレッタ。
「何ですか〜、先生。驚かさないでくださいよ〜」
「いきなりフランクになったな!」
実際。
ロレッタはレベルという観点では、三組では劣等生だ。
いや魔法のチョークのおかげで、学年単位で見たら立派な優等生だけどよ。
だけど、一番こうやって心を開いてくれているのがロレッタでもある。
そういう二つの理由があった。
「ちょっとやりたいことがあるんだ。付いてきてくれるか?」
「エッチなことはダメですよ」
「……なっ。何を言ってやがる」
「冗談ですよ。冗談」
猫耳が「しめしめ……先生を驚かせてやったぜ」という風にぐにゃぐにゃと動く。
俺は何を、こんな小さい子に慌ててやがるんだ。
「とにかく来い!」
「了解—」
というわけで、ロレッタを連れて俺はあるところに向かうのであった。
◆
「あら……あなたはタクマ先生ですか? 教育ギルドに何のご用ですか?」
そう。
俺が訪れたのは、アドルフ奴隷学校の校舎内にある『教育ギルド』と呼ばれる場所である。
そこまで広く室内にボロボロのカウンター。
カウンターの向こうではメガネをかけ、耳が長い美人の女性が首を傾げていた。
「クレアさんから聞いたんですが、ここでクエストを受注することが出来るんですよね」
「そうです。課外授業を、ね」
課外授業——。
魔王が滅ぼされたとはいえ、人々に害をなすモンスターはまだ全滅していない。
そんなモンスターを倒したり、はたまた落とし物を捜したり、殺人事件の犯人を突き詰めたり。
人々からの要望に対して、クエストとして冒険者等に依頼するのが『冒険者ギルド』の役目。
そして——その中でも、冒険者ギルドでは手の追いつかないクエスト。教育的意義が高い、と考えられるクエストがここ『教育ギルド』に集められる。
この教育ギルドのクエスト……いや課外授業は基本的に生徒が自由に受注することが出来、そこに先生が付いていくことも出来る。
というより、最初の内は先生が同伴でなければ受けることも出来ない。
……とここまで、クレアさんから聞いたこと。
「課外授業をクリアすればお金を手に入れることが出来るんですよね?」
「そうですね。課外授業に応じた報酬が支払われます」
実際——校長から給料は渡されるのだが、それだけでは生活していくだけで精一杯なのだ。
召還者なんだから、もっと高給を支払えよ。
と毒づいたくなるが、そこは運営難の奴隷学校。そんな余裕はないらしい。
そこで俺が異世界でお金を稼ぐ手段——その一つがこの課外授業なのである。
「先生? 何をするつもりですか?」
ロレッタが頭上にクエスチョンマークを浮かべる。
「今から俺とお前で課外授業をクリアするんだよ」
「ク、課外授業ですかっ?」
猫耳が怖がっているように、ぺたっと垂れ下がる。
「先生っ! 課外授業って、普通奴隷学校に入学して半年くらい経ってから初めてするようなもんなんですよっ! それなのに……まだ十日も経っていないのに、課外授業をするなんて……」
「心配すんな。俺がいるから」
それに一番難易度の低そうな課外授業を受注するつもりだ。
「安心してください。もし危険を感じた場合は『転移石』があるため、これで逃げてくれればいいですよ」
離れた場所からでも、一瞬で奴隷学校へと帰還することが出来る転移石。
「ただし——使用した場合は後から料金を請求させてもらいますけどね」
「了解。じゃあ……今ある課外授業を紹介してもらいたいんですけど……」
まだロレッタは俺の服の裾を掴み「ねえねえ、帰りましょうよー」と駄々をこねていたりするが、そんなもんは無視して受け付けのお姉さんから渡された紙を見る。
『スライム十体を討伐せよ!
最低レベル:3
人数:2人〜3人
報酬額:1万スコア』
その中でも目を惹いたのがこの『スライム討伐』課外授業である。
「じゃあ、これで良いですか」
「課外授業受注は先生と……えーっとロレッタさん? の二人で良いですか? あら。ロレッタさんは一年生なのにもうレベルが3もあるんですね。優秀なんですね」
俺が持っている同じような通信簿を広げる受付のお姉さん。
そう言われて、ロレッタの元気が少し戻り、自信ありげに胸を張る。
……まあこいつが、クラスで一番レベルが低いんですけどね!
「よっしゃ! 行くぞ。ロレッタ」
「先生、やっぱ本当に行くんですか? やっぱり止めませんか? ああー、お助けをー!」
転移石をお姉さんから貰い。
嫌がるロレッタを引きずって、無理矢理連れて行くのであった。
◆
「ふうー、結構殺っちゃいましたね!」
物騒なことを口にしているのは気付いているのだろうか。
——俺達がやってきたのは、アドルフのすぐ近くにあるマターヌの森。
森の中。
九匹目のスライムを倒したところで、ロレッタは満足げに汗を拭った。
「ふむ……意外に簡単だったな」
何だか拍子抜けである。。
ちなみにスライムというのは、ゲル状のモンスターであり、攻撃手段も体当たり一辺倒しかない所謂ザコモンスターである。
スライムを倒すと、地面に『スライムの核』と呼ばれる、欠片のようなものが手に入り、これを持ち帰ることによって「ちゃんと、スライムを倒した」ことの証明となるらしい。
「というかお前、怖がっていたわりには強いじゃないか」
「そうでしょそうでしょ! これも先生のおかげですにゃー」
気持ちよさそうな顔をして、喉を鳴らすロレッタ。
ロレッタは獣人族、と呼ばれる獣と人を合わせたような種族である。
その中でも『猫科』に属しているロレッタは、猫耳のことといい猫みたいな素振りをたまに挟んでくる。
地面にしゃがみ、右手を器用に使って猫のように顔を洗っていくロレッタ。
……可愛い、なんて思ってねえぞ!
生徒に欲情するのは何か違うと思うのだ。
目指しているのはハーレムクラスだけどな!
「てぃや!」
普段は普通なのだが、ロレッタは戦闘時になると両手両足の爪が猫のように伸びる。
獣人族のロレッタにとって、剣や弓よりも己が『爪』こそが最大の武器となる。
十匹目のスライムを見つけ、ロレッタは鋭い爪を向けて襲いかかる。
「やりましたよ! 先生。十匹目のスライムを倒しましたぁ!」
スライムを一撃で粉砕し、嬉しそうに言うロレッタ。
レベルアップ!
の文字がホップし、そのことがロレッタがレベル4になったことを主張している。
ロレッタは三組の中では確かに劣等生だ。
しかし魔法のチョークの力もあり、十日足らずでレベルを4まで上げたロレッタにとって、スライム如きのモンスターなど取るに足らない存在だったのだ。
「よくやったな。よしよし……褒めてやるよ」
俺はロレッタの頭を撫でてやろうと右手を差し出す。
「……っ!」
すると、ビクッと体を震わせ即座に離れるロレッタ。
「ロレッタ?」
「す、すみません……殴られるかと思って」
「心配するな。俺はお前を絶対に殴ったりしない」
生徒を『体罰』と称して、殴ったりする先生は大嫌いなのだ!
「本当ですか?」
「本当だ」
そう言うと、恐る恐るロレッタは近付いてくる。
そして差し出された頭を、俺は右手でくしゃくしゃと撫でてやる。
「ふぇえ〜、褒められてしまいましたぁ〜」
至福の表情を浮かべるロレッタ。
可愛い、なんて思ってねえぞ!
だが、思わず俺の方が照れてしまい手を離してしまった。
「っ!」
瞬間。
その巨躯を揺らして、ヤツが森の奥からやって来た。
「な、なんだ……! こいつは? スライムの主か?」
——俺とロレッタを軽く一呑み出来そうな巨大な黄色のスライム。
通信簿を開くとそこにはこう書いてあった。
『キングスライム
レベル:8』
どうやらラスボスの登場のようであった。