6 ナノマシーン
剣闘会リサリアは終了し慌しく閉幕へと向かった。
試合は決勝でシルフナイツの風刃アリアレスとノラの集いのワールドが戦い、その結果は開始数秒でアリアレスがワールドの蹴りをうけて闘技場の壁に顔面をぶつけ、のびた為に剣を交えずに終了した。
ティファニー・ローガスは、三回戦でアリアレスに惜しくも破れはしたが、女性の中で最も勝ち抜いたことを表彰され褒賞を得た。
優勝したワールドは結局一度もその身を傷つけられることなくリサリアの頂点にたってしまったのだった。
ワールドへの褒賞に関しては後日、王が直接手渡すことになっていてその日は王と話す機会はなかった。
こうしてノラの集いはリサリアでまた新たに名声を得てその名を広めた。リサリア後、チカミチの宿ではノラの集いの面々が祝賀会を開いていた。
「しかし、終わってみればワールドのダンナの一人勝ちだったけど…」
ティファニーは、大胆にはだけた胸元にコップに満たした酒を垂らしながら、早速愚痴を吐露している。
「アリアレスのあの"カマイタチ"でアタイの服がボロボロにされなければまだ戦えたのに~」
「でも、テメーも頑張ったんじゃないか?クラウドもサルバーニも鼻高々だろうさ!」
赤毛の長髪を肩から前にザッとたらした女性はチカミチの女主人ベルギット・ベルベルト。今ここにある酒や食事は彼女から提供された物で、ノラの集いで扱われる日用品から冒険用品までも彼女の提供で賄われているのは深く知れ渡っていることだ。
31歳の彼女はシアとレイフとは友人関係で、ワールドがカイネルであることを理解している人物でもある。
「にしてもなんだい…結局ワールド見たさにこんだけ集まるなんて。テメーらノラの集いは本当に気楽でいいな」
ベルギットの視線の先には白面に全身黒のフードの付いたマント姿のワールドとその周りに屯する面々、金髪に金色の瞳の女性エリカ・グレーゴル・アルバーに緑の髪に黄色い瞳の女性メイシャ・カロフッツォとレミーナ・ハウスだ。
暗く薄い青い短い髪に茶色い瞳のレミーナなんかはワールドの腕に絡みつくようにして話をしていて、それをエリカが憤怒の形相で睨みつけている。
「ま、確かにあの戦いを見せられちゃ~女なら子宮が疼くってもんだ。だろティファニー?」
「アタイはクラウドのダンナ一筋さ。でも、確かに強かったな~うちのギルマス」
ワールド様は何故仮面を?お歳は幾つですか?どこにお住まいで?ご趣味はなんですか?と次々に質問を投げつけるレミーナにただただ困り果てるワールド。それを見ていたエリカはとうとうレミーナに激怒した。
「ちょっと!ワールドが困ってるでしょうーが!少し離れなさいよ!」
エリカにそう言われたレミーナは、「は?」と言って言い返す。
「何ですかそれ?やきもちですか?あっれ~エリカさんはカイネル一筋なのにワールド様にまで手をつける気ですか~?」
ムカッという文字が表情から読み取れるほどにエリカはさらに怒りを露にする。
二人の言い合いがさらに加熱していき、近くにいたメイシャは少し困り顔になりながらワールドに話しかけた。
「あのワールドさん、カイネルくんはどうしたんですか?姿が見えないようですけど…」
「か、彼は用事で今日は来られないと聞いている。私と同じく忙しい奴だからな彼は」
それを聞いてメイシャは残念そうな顔をしているようにワールドには見えた。
「今日、旦那さんは一緒じゃないのかい?」
「え!ええ、今日は……今日はちょっと体の具合が悪いみたいで……」
ワールドことカイネルは気が付いていた。メイシャは普段カイネルの前では常に笑顔を絶やさないのだが、今ワールドとしての彼を前にとても辛そうに笑顔を作っていることに。
そして、おそらくは彼女は夫婦仲があまりよくないのだろう、疲労や虚無感がその表情から読み取れた。
彼がカイネル・レイナルドとして彼女に深く関わることは薄々勘付いていたのだろう。カイネルはメイシャを心配そうに見つめていた。
肩をトントンと叩かれたワールドが振り返るとにやけるレイフ・ラドクロスがそこにいた。
「よう!モテモテだな~羨ましい限りだ~街でも今お前の話題で持ちきりだ」
ボクの苦労も知らないで、と不満を表情に出すカイネルだが白面を着けているためにそれがレイフに伝わることはなく。
いったい何の用だと言うワールドを前にレイフは、そうだそうだと男二人を前に立たせる。
「こいつ等も挨拶したいってよ、な!お前ら」
一人はセル・レッヘルト。15歳の新人ダイバーでアリア・レイナルドに好意を寄せている。
もう一人はヒュカイン・サーブライ。18歳のこちらは他ギルドからの移籍ダイバーで、後天的なレッドスキル持ちでそのためにギルドを追い出されるように辞めさせられた珍しい人物。
紹介された二人は深く頭を下げた。
「セル!レッヘルト!です!今日の試合とても感動しました!あのクロスハートのギルドマスター銀獅子のゼガードとの戦いを無傷で勝利!その後も瞬殺!秒殺!瞬殺!圧倒的強さに今や見たものは皆即死"死神のワールド"と呼ばれています!」
さっきのレミーナとは違った意味で対応に困るワールド。彼のような存在もダイバーにたまにいてギルドやダイバーのことにやたらと詳しく、おそらくレイフのことも知っていて褒めちぎったうえでの採用だろうことはカイネルも即座に理解した。
「自分はヒュカインと申します。元は黒羽の騎士団に所属していましたが、レベル20で発現したスキル"アウター"が原因でこちらに移ることになりました。…仲間だった人たちに向けられたあの視線を今も忘れられません」
アウターは他人のスキルを勝手に自分のスキルとして使い、元の持ち主はそのスキルを一時使えなくなるレッドスキルだ。
レッド持ちの苦しみや悲しみは同じレッド持ちにしか理解されない。ワールドは、「キミを歓迎する」と言ってヒュカインの肩に手を置くと彼は目を潤ませて感謝の言葉を伝えた。
親しかった仲間から嫌悪にも似た眼差しを向けられるのはカイネル自身は経験がない。しかし、経験がないからこそその苦しみがどれだけ深いかは容易に想像できてしまう。
「……それでも―――それでも、他人を嫌いにならないでくれ。彼らもおそらくは動揺しているだけなのかもしれない」
「なら…まだいいんですけどね」
アリアが到着する頃には、ワールドは宿を後にしていて酔っ払ったベルギットに男たちが絡まれているところだった。
「エリカさんお疲れ様でした」
「あ、アリアじゃないお守りは終わったの?」
妹たち、メイネとネテルとそのクラスメイトと買い物に付き合った後に、アリアはここへ来たということをエリカも理解していてそう言ったのだ。
「ええ、妹たちは別の親御さんに預けてきました。さすがにワールドさんは帰っちゃいましたか…挨拶したかったんだけどな」
「直ぐに会えるじゃないの――」
エリカは少しお酒が入っていてついつい口が滑ってしまった。しかし、アリアは明日も来るんですか?とあまり気にしていない様子だった。
さーどうだったかしらね~、と誤魔化すエリカにアリアは小首を傾げる。
リサリアから二日後、王宮より褒賞の通知がノラの集いワールド宛に届いた。
内容はこうだ、"いかの日時に王宮へ来られたし"というもだった。通知の後日にカイネルはワールドの格好で王宮を訪れ、王宮の謁見の間の手前にある控え室で数分待った後にメイドが呼びに入ってきて漸く王の眼前に立った。
王の姿は何度かその眼にしていたカイネルだが、こうして王座に座している姿を見るとやはりそれなりの威厳は感じられた。隣に控えている王宮軍軍統括司令官のダンダ・リオ・ラインハートはその隆起した筋肉で威圧しているようだった。
そして、王国宰相の一人バラドア・デ・ロバルトアールが偉そうな帽子に蓄えた訝しげな髭を触りながら、全身黒のフードに白面のワールドを前に口を尖らせている。
「ノラの集い!ワールド!リサリアの優勝にたいし褒賞を贈与する!第一項!霊酒を一樽!第二項!30万ギリー!コトーデ王国宰相バラドア・デ・ロバルトアールの名において贈与する!」
「ありがたく頂戴いたします」
書簡をクルクルと丸めるとそれを膝着くワールドの手に収める。王は書簡を手にしたワールドに、何か他の申したいことはあるか?と声をかけた。
ワールドはその問いかけに顔を上げて話し出した。
「なぜユラダリアの難民を引き入れないのかお聞かせ願えますか?」
「……ユラダリアの難民………戦争の話か」
ユラダリアという言葉にダンダとバラドアも反応したが、すぐには言葉を発しなかった。
「どこで戦争のことを知ったのか聞いてもいいかな?」
「ええ、ご存知かと思いますが私のギルドノラの集いはチカミチとはそれなりに深い仲です。前回、品物の搬入書を見てやたらと回復薬の数が少なかったので、物資の流れを追えば王国軍が大量に購入していたのでそこから国外の情報を広く探った結果戦争のことを知りました」
なるほどと肯いた王はどうして難民を受け入れられないかを話し出した。
一つは国庫。国が保有する財産で賄えるのはコトーデ国民たちだけであること。
次に土地。コトーデ王国はその土地のほとんどをタワーがある王都が占め、残りを各貴族たちに与えて農地としている。そのため難民を数千もは受け入れられないとのことだ。
最後に王はワールドにこう言った。
"私が守るのは国民だけだ"と――――
「それにユラダリアの民は皆"雑種"であるしな」
"雑種"と言う言葉にダンダもバラドアも真意は理解していなかった。
しかしワールドは、カイネルはその真意が理解できてしまった。ダイバーゆえに…。
「確かに彼らは私たちとは異なる。だが、私たちも全員が"混血"である事実は変えられないでしょう」
"混血"、それに王は目を丸くして驚いた。そして関心の意味の溜め息を吐いてワールドを褒めた。
「素晴らしい…、キミはダン以上のダイバーということか……"第百階層"はどんな所だったのだ?」
ダンダもバラドアもその言葉にはついに声を漏らしてしまった。
「やはり存じていましたか。ならこの王宮がかつてなんて呼ばれていたのかもご存知ですか?」
「うむ、何せ我が先祖が攻略した――――いや…"強奪"した場所だからな」
「この城は元は"初心者の館"と呼称されて新人の冒険者、"新規のユーザー"に対して補助をしていた機関だった。そのためにモンスターなんていないし、物資は豊富でギリーも大量に保管されていたはず」
話を理解しようとダンダとバラドアは頭をフル回転させているようだったが、その理解が及ぶ前に次々と王とワールドの間で言葉が飛び交う。
「アイテムや武器や防具は勿論、古代人の知識たる書物、他のダンジョンのこともここには保管されていた。それらを手に入れられたのもここで働いていた者たちがいなくなったためだ」
「ここを維持していた"ウンエイ"ですね。彼らがここを去った理由をご存知ですか?」
「いいや、我が知っているのはこの星のこととダンジョンのこと、そして我々の事だ。それらを内々で秘匿しておくことで我々王家は栄えることができた」
「そうですか…私もそれが知りたくて今タワーへと足を向けているのですが――」
ワールドはそう言った後ハッとして自分が何を話していたのかを思い出した。
「話が脱線してしまいましたが、私たちがこの星の生まれでユラダリアの人たちが他の星からの移民者の末裔だったとしても、私は助けるべきだと思います。できれば王にもそう考えていただければ幸いです」
「……その話を受ければ先の我が質問に答えてもらえるんだろうな?ワールドよ」
「"第百階層"ですか?……それが対価というなら喜んでお話しましょう。あと、こそこそとしている人たちはご遠慮してもらいたいですね」
王は王座から立ち上がると右手をバラドアとダンダへと向けて払い宣言した。"我が名において命ずるユラダリアの民を難民として引き受けるよう貴族に命じよ!"と。
「はは!」
返事をしたバラドアは侍従に相槌を打ち、そしてダンダも王座の左右後方にある扉に向かうとノックを二回ならした。すると、多数の足音がバタバタとその場から立ち去る。
「これで構わないかな?」
「ええ、正直難民の受け入れが拒否された時のことをいくつか用意しておいたのですが…」
「意外だったかね?我がタワーの話に食いついたことが」
「では、お話しますか…"タワーの第百階層"のことを」
王はその目を確かに輝かせながらワールドの言葉に耳を傾けた。
「タワーは全百階層からなるダンジョンで九十九階層に最後の強力なモンスターがいて攻略難易度は非常に高い。ですが、本来いるはずのそのモンスター、"ラストフロアボス"は私の前には現れなかった。
私は難なく百階層へと上ることができたのもそのためで、それで百階層に入った私が目にしたのは古代語で書かれた"クリアルーム"という場所でした。私は祖母が鑑定師で古代語には幼い頃から触れていたため、所々読めない部分もありましたが色々と過去やこの世界のことを知ることができました」
「ふむ、"アルティマナ"は現れなかったのか…で、本来得られる物は手に入ったのか?」
アルティマナがラストフロアボスのことであることはワールドも直ぐに理解し、王の言う"本来得られる物"について推察して話した。
「おそらくそれは"エンシェントホーリーレリック"のことですね。"リミテッドソードメイド"直訳すると"限定剣製"という物を得ました」
限定剣製か、とワールドの言葉を繰り返し言った王は何かを考えるように額に指を置く。そして、続けよと言うとワールドがまた語りだす。
「アイテムや武器の類ではなく"EXスキル"というもので、効果は他のスキルのような"常時発動型"ではなく"自発動型"のスキルで、私が手にしたことのある武器をイメージから生成することができるスキルです」
イメージから生成とは、つまり意識下にある武器を作り出すことで、武器を作り出すスキルなのか?と王に訊ねられたワールドはそれを否定した。
「"作り出す"と言うよりも"生み出す"と言った方が近いですね、例えばこの床――――」
そう言ってワールドは床に向けて手を広げて言った。
リミテッドソードメイド―――と。
すると、床の表面からまるで木が生えるように剣が生えてきたではないか。
王を含めるその場にいたものは全員驚きを露にし、王は王座から立ち上がるほどだった。
いまだ手に触れていない剣は、己が主が引き抜くのを待つかのように直立している。そしてワールドに引き抜かれた剣は床から赤い閃光を放ちながらその手に収まった。
「おぉ…………た、対価はなんなのだ?それほどのスキルだ、体の一部か?それとも寿命か?」
「陛下それは古代の小説を読みすぎです、対価はありますダンジョン内もしくは古代の遺跡内でのみ払うことのできるものです」
それはなんなのだ、と訊ねた王にワールドはマントの下から回復薬を取り出して言った。
「陛下はこの薬の効果を知っていますか?」
「無論だ、それは掠り傷程度を瞬時に回復する、であろう」
「なら、霊酒の効果は?」
「身体のあらゆる負傷、腕や足が斬り飛ばされていたとしても繋げたり生やしたりすることができる…であろう?なんだ、何故そんなことを聞く?」
「どうして、これらにそんな効果があるのか…それは、この薬や霊酒に含まれる"ナノマシーン"が関係しています」
ナノマシーンと言う単語に一同は疑問の表情を浮かべた。
「"ナノ"は大きさの単位で"マシーン"は機械と言う意味です」
「機械?空島、スカイに生息するモンスターがそのような物ばかりと伺っております陛下」
ダンダはそう言うと再びワールドへと眼を向けた。
「"ナノ"は目に見えない大きさで、そんな大きさの機械が大量にこの霊酒に含まれていて、それらは機械と言っても鉱石でできているのではなく、万能細胞で構成されたもので鉱石や身体のような生身にも変化できる。
つまり、薬が傷を塞ぐさいでくれるのもこの"ナノマシーン"のおかげなのです」
万能細胞と言う言葉にやはり疑問を浮かべる王に、再生を司る身体に含まれる極々小さな物とお考え下さい陛下とワールドが言う。
「そして、この"ナノマシーン"が私のスキルの対価なのです。この床、いやこの城やダンジョンは"ナノマシーン"の集合体、万能合金で作られているのでそれらを構成する"ナノマシーン"に働きかけることで剣を今のように生やすことができるのです」
ダンダはその額から冷や汗を流しているのは理解が及ばないからで、バラドアも同様に眼を白黒させている。
王は頭の中を整理しているようで、それを終えると自分なりの理解を語った。
「かつて、この城の柱を騎士が剣で傷つけた折に暫くすると傷そのものが消えてなくなってしまったのだが…。つまりその"ナノマシーン"なる物が勝手に修復していたと言うことか…。古代人の有する"カガク"とやらは本当に素晴らしいものだな」
「ええ"カガク"はとても素晴らしいものですね」
「最後に、その能力は発動に何らかの制限はあるのか?」
「いいえ、数や距離は特に制限がありません。見える範囲でならいくらでも武器を生成できます」
ワールドと王のなかでは話しが一折着いたようで、王は肯くと大変満足だと言った。
「また、語らう場を設けられるかのワールドよ」
「私の足らない説明でよろしければいくらでも――」
タワーの第百階層に関する話題を終えたワールドは次に戦争に関する話を持ち出した。
戦況やバルファーデンの内情、今後の対策や終戦への交渉に関してだ。
戦況は五分五分でバルファーデンの内情はダンジョンの獲得を推し進める強行派に傾いているらしい。それに対するコトーデ王国の対処は全軍の派遣で交渉は一切していないとのことだった。
それを聞いたワールドはカイネルとして困惑していた。何せ戦争を止める気がお互いにないのだ、それはどちらかが敗北しうるまで苦しみ続ける人たちがいるということだから。
「"助けないなんて選択肢はない"……」
「…なんのことかな?」
「かつて、この世界が古代人で溢れていた時に、この星の本来の人を助けるためにその身を捧げた冒険者の物語があるんです。その、冒険者は他の冒険者に"どうして彼らを助けるのか?"と訊ねられた時にそう答えたそうです。
その話を父から聞いた時から……その冒険者は、私の中で目標として、今でも私の支えになってくれています」
それはワールドではなくカイネルとして彼は口にした。
その後、ワールドはある提案を王に伝え、王はその提案に賛成した。
去り際に王はこう言った。
"タワー全百階層クリアおめでとう"と。
報酬の霊酒を受け取る時にワールドはダンダに話しかけられた。内容は最後に王にした提案のことだった。
提案はバルファーデンへの戦争終結の交渉役で、それ自体をワールド単独で行うというものだ。
「無謀が過ぎる…たった一人でこの戦争を止められると考えているのか?」
ダンダはこの戦争がバルファーデンの一方的な見解から発しているとしてこちら側、コトーデ側には一切非がないと言い、それゆえにワールドの行動の意味の無さを解いた。
「キミがどうしようとしているのかは知らんが、この戦争はこちらの譲歩で止まりはしない。明日にも再びバルファーデンの軍事侵攻があるだろう。無論こちらも全力でそれを防ぐがな」
「……私も話し合いで解決できるなんて考えは持っていません。むしろ、武力だけで抑止力だけで今回はバルファーデンを一時撤退させるのが本当の目的です」
「抑止力?先ほど見せたキミのスキルでか?こう言っては何だが……キミの戦い方とあのスキルがあれば強者足りえるだろう、しかし所詮"個"であって数で攻められるとどうしようもない」
戦争とは数で戦うもので、一騎当千ができる強者でも二千五千一万を相手には敗北あるのみ。ダンダの言葉は戦争を肌で感じた者だけが理解していることで、彼にしてみればワールドに対しての助言に他ならなかった。
しかし、ワールドはその口元に余裕を見せて言う。
「リサリアでの私がまさか本気で戦っていたとお考えですか司令官閣下?」
「……どういう意味だ?」
ワールドは疑問の表情を浮かべるダンダにそれ以上は語らなかった。ダンダは最後に、明日にでも戦場へ向かうと言ってワールドことカイネルも必ず向かうことを約束した。
霊酒を持ち帰ったワールドはギルドでレイフとエリカに会う。
レイフは霊酒を受け取ると早速それを小さなコップに注いで恐る恐る飲み込んだ。レイフは元々ダイバーだったが、足を負傷したことで前線を退くことになった。今までも色々な回復系のアイテムで治療を試みたが足は一向に治らなかった。
霊酒は、ありとあらゆる外傷を一瞬で治癒することができる、とされているため彼の期待は高かった。しかし、レイフの足はやはり治りはしなかった。
「くそ!またか!これもダメなのか!」
「…レイフさん、おそらくその足の傷はただの負傷じゃないと思う。"呪い"か"永続的負傷"かもしれない」
白面を外してカイネルの姿に戻った彼はレイフにそう告げる。
「そいつは何だ?"呪い"の意味は分かるが、"永続的負傷"?ってのはなんだよカイネル」
呪いは特定のモンスターが攻撃で与えた傷が原因で発症し、解く為にはそのモンスターの体液から抗体を作り体に取り込む必要がある。
永続的負傷は一定の確率で起こりうるデバフ効果で、鑑定でも見ることができないステータスの異常である。治療方法はいまだ分かっていない。
鑑定でも見ることができないデバフのことをどうやって知ることができたのかというと、かつていたこの世界には珍しい外科医がその技術で冒険者の腕を治療した時に、治療したはずの外傷が何度となく復元されたことで発覚した。
カイネルの言葉にレイフは肩をガクッと落としたが、直ぐにその姿勢を正した。
「たく、いつまでも落ち込んでてもしゃ~ねーしな!くそったれな世界でも簡単に俺は諦めね~ぜ!」
「ふっ―――レイフさんのいい所ですね」
「楽観者とも言えるけどね」
エリカの言葉に、褒め言葉をどーもと返すレイフは霊酒を手にいまだ大怪我で寝込んでいるクラウド・ヘイブンのところへと足を向けた。
カイネルと二人きりになったエリカは、王宮の話題を出した。会話の始まりは"戦争に参加するの?"だった。それはカイネルがダイバーでエリカがその専属ブラックスミスだから出た言葉。
「戦争はボクが止める。こんな頼りないボクじゃできることはないけど、エリカやレイフさんやギルドの皆が望んで生まれたワールドでなら止められる」
「それはカイネルがしなきゃダメ?戦うのは人なんだよ!モンスターとは違う、人を殺すってことに必ずなる…傷ついた防具や武器なら私が直してあげられる!けど!!……傷ついた"心"までは私じゃ治せないんだよ――」
ポロポロとあふれ出す感情が彼女の足へと落ちる。カイネルは優しく頭を撫でると言った。
「これは"ボクにしかできないこと"だから、カイネルとしてもワールドとしてもできることはこれだけだから…」
「他人を傷つけることが大っ嫌いなカイネルには人殺しなんて無理だよ!」
「それは違うよ、ボクはもう立派な"人殺し"だ。殺して、殺して、助けるために…、いや、助けられなかったのかボクは―――ただの復讐したってことかな。つまり、復讐者ってことだよ」
自分の手に視野を落とした彼は過去の映像がチラつきそれを握りつぶした。
「ハーメルンのことね……でも、あれは、あれは―――」
カイネルの過去の全てを知っているわけではない彼女は、気持ちを言葉にできずにただただ悲しい顔をした。
エリカを慰めたカイネルは、いつものカバンを腰に巻きつけて、いつもの剣を腰に提げてギルドを後にした。
クラウドに霊酒を届けたレイフがギルドフロアに戻るとエリカがまだ一人で泣いていた。
レイフは頭をポリポリと掻いてエリカに近寄ると、「アイツはまたタワーへ行ったのか?」と声をかける。
「たく、アイツは本当にお人よしだからな、だから俺たちが就いててやらないとな。だろ?」
「…スンッ、アンタに言われなくてもわかってるわよ、バカ!」
レイフの脛を蹴とばしてエリカはギルドを後にする。脛を蹴られたレイフはあまり痛がる様子を見せなかったが、エリカの姿が見えなくなると蹲って呻いた。
「つぅ~!」
戦場はユラダリアの東にある荒野ですでにバルファーデンの拠点がいくつか設置されている。バルファーデンではコトーデなどと違ってレベリングする手段がない。なぜならモンスターがいるダンジョンがないからだ。
一般的に一人の人間が日常生活だけで経験値を得て約9Lv分が一生で得られる最高値だ。ならバルファーデンの人々は全員がLv9以下であるかと聞かれれば"否"と答えるしかない。それは、ひとえにLvシステムの影響を受けない人間がいるからである。
勿論、Lvシステムの影響を受けないということはスキルやステータスも関係ないし、鑑定師が鑑定した所で見えるのはデバフとバフのみが見えるだけ。
ゆえに彼らは、日々体を鍛える訓練をして対人用の戦術に磨きをかけている。それをふまえてコトーデとバルファーデンの軍事力の差は五分と五分、もしくは少しだけコトーデが質で優っている。
「どうやら今日はこちら側が攻撃へ転じる番だな」
男はバルファーデンの拠点の一つを任されている拠点隊長。即席の拠点の高台にはドラが設けられていて、敵の侵入を発見したら即座にそれで報せることになっている。
「動きは速くて剣の技量もアチラが上だが、できるだけ2対1、3対1を心がければこちらが有利に戦える」
「数だけは多いですからな、波状突進からの乱戦で敵の戦力を分散させればこちらに有利になるというものです」
拠点隊長と部下の会話は次の戦闘への意気込みだろうか、戦意は高くてさらに気力も充実している様子だった。
「我々はバルファーデンの将軍ナエリカ様についていけば難なく勝利が得られるさ。向こうは弓や投げ槍を使ってこないし、人数は5万程度で小隊の力はあれど、中隊や大隊になるとまるで連携がなってないからな」
女はバルファーデンという大国で三人しかなれない将軍という地位についていた。名前はナエリカ・ハルファーといい貴族ではなく王家に属し、第3王女の立場にありながら18歳で士官学校を主席卒業し19で軍属へ21で少将へ23で中将へ昇格したあと北東の国との国境警備司令官を就任し、26歳にして将軍になり西軍司令官に任命された。
髪は短く身体つきもいいので、鎧を着た後姿では男としか見えない。しかし、前から見ると女という性別を隠し切ることはできず、顔やその声はまさに王族の姫そのもの。
その緑炎のような髪を風に靡かせながら、彼女はユラダリアに設けた本拠点からコトーデの方角を睨みつけていた。
「どうやら動き出したようだな」
本拠点まで響いてきたドラの音が"敵軍に動きあリ"の合図。ナエリカは部下を引き連れて、本拠地から南東にある拠点へと移動しその光景を目にした。
コトーデ王国軍が拠点から300バレンの位置に展開していてバルファーデン軍の様子を窺っているようだった。そして、異様なのがその群衆の前を人影が歩いているのだ。それもたった一人で――――
「……あれは、何を意味しているのだろうな」
「単身…使者でしょうか?しかし、使者にしても今さら何を?という感じですね」
バルファーデン側はその人影に向けて弓を構えた。拠点の位置はコトーデに対して弧を描く形で4つ配置されていて、その拠点一つ一つから次々に矢が射られた。
穴だらけ確定だなと兵士が呟いた。ナエリカもそれを疑うことはなくそれを眺めていた。
人影は消えたが、それは矢によって倒れたのではない。
「む!北側の拠点が!」
ナエリカがいる拠点から一番近い拠点には約五千の兵士がいて彼女の部下でもある少将が率いていて、その拠点は彼女の中で一番強固な拠点だった為に、それを見たときには彼女の表情も驚愕を露にした。
群衆の中で悲鳴が響きわたっていることから敵に攻められているのは確かだった。
「て、敵襲だと!いつの間に!」
コトーデ軍からの人影に気を取られて北側に回りこまれたのか。そうナエリカは考えたが、そんなミスを彼女がするはずはなかった。
ナエリカのそばに仕える部下の一人の眼が青白く光るとその視界が望遠レンズのように遠くの物を大きく見せる。スキル"ハンターアイ"はタワーなどのダンジョン内ではあまり役に立たないが、こういった戦闘では戦況把握などに役立つスキルの一つである。
「敵影……い、一!」
「一人だと言うのか!バカな!」
その後も彼女の部下は北の拠点の状況を伝え続けた。
「敵影が次々とこちらの兵を斬っております!あ!あれはクライス少将と対峙……!いや!クライス少将が――――」
「クライスがどうした!?早く申せ!」
彼女の部下は言葉を詰まらせていたが意を決したように話し出した。
「少将は、少将は首を斬られました…おそらく即死かと―――」
「あのクライスが即死だと!?」
ナエリカは部下に今すぐ出陣すると言いかけたがそれを口から言葉として出すことはなかった。瞬きをした記憶もなく彼女の視界にはそいつが現れた。
ローブというよりフードの付いた黒いマントを身に着け、顔には真っ白な面を着けている性別の不明な人間。その手には髪が薄い青の人間の頭部が握られていた。
「ク、クライス少将の!」
「あ奴いつの間にこちらに来た?!」
白面のその手から離れた頭部が地面へと落ちる、それと同時にその姿が再び視界から消え、もう一度姿を現した時にはすでに10人ほどが倒れた後だった。
「速すぎて目で追えないなどと!!」
あるはずのない光景が繰り広げられる中、ナエリカはあることに気付いた。白面は武器を持っていないのだ。
「剣も無しにどうやって?!」
疑問の問いは次に白面が動いた時に理解することになる。ナエリカの部下たちが次々倒れる中で彼女が一瞬眼にしたのは、白面は斬られた部下の手にしていた剣で部下自身を斬っていたのだ。
タネが分かったところで他の者がどうすることもできないと察した彼女は、すぐさま白面の方へと走り出しそれを見た部下は叫んだ。
「将軍!危険です!」
その言葉に反応したのは白面だった。それまでナエリカから見て右向きに向いていた白面が急に彼女の方へと向き直し、いままでは使い捨てにしていた部下から奪った武器を持って歩き出した。
彼女はその行動自体は理解できていなかったが、速さが脅威だったそれが歩いて近寄ってくることを好機と考えた。
奴はおそらくスキルで異常な速さを得ていて今はそれが使えないか使わない、どちらにしてもこちらが眼で捉えられるなら剣でも―――。彼女のそんな考えは全てにおいて間違いだった。
周りの人間も確実にその眼では追えなかっただろう、光速の2連撃をナエリカは放った。が、彼女の剣の軌道に白面は逆の軌道同じ威力で返し、跳ね上がった彼女の剣を持った腕を左手で捕まえた。
「なかなかにいい太刀筋だ」
それは彼女だけに聞こえた白面の声で、それが若い男であることは明白だった。
「く!」
掴まれた腕は少しも動かせず彼女は左手で白面の男の顔を殴ろうとするが、腕をさらに力強く握られて剣を放してしまう。そして白面の男は彼女の手を離して剣で素早く斬りつけた。
斬られた、と思った彼女は身動ぎ一つできずにいたが、ボトボトと音を立ててその身から落ちたのは血ではなく身に着けていた鎧。
「鎧だけを斬ったのか!?」
白面の男は剣を捨てて拳を彼女の腹部へと叩き込んだ。彼女の意識はそこで途絶える。
「どうなっているんだ……矢が一切飛んでこんぞ」「敵兵が出てくる様子もないですね」
コトーデ側ではダンダを先頭に展開した陣形で先頭近くの兵たちが戸惑い始めていた。ワールドがバルファーデン側へ単身向かってからすでに数十分が経過しているのだからそれも当然と言えば当然なのだ。
ダンダはただワールドに言われたことを思い出していた。"私が敵将を捕らえてくるのでそれまでは絶対に動くことのないように"、その言葉だけを残してワールドは敵陣へと向かった。
「敵将はあの"ナエリカ"だからな簡単には捕らえられんだろう。それも敵の只中、火中の実を拾うよりも難しいだろう」
独り言を口ずさむダンダは、どうせ無理だ、どうせ戦いになると考えていた。
ダンダは幼い頃読み聞かされた古代人の物語"黒の二刀流剣士"が好きで憧れていた。その物語の主人公の強さに憧れ、同じように剣を二本扱ったこともあった。しかし、歳を経て彼は次第に憧れ、二本のルイーシュ(片手長剣)を捨て現実と向き合いバルディアン(長剣)を手に持った。
あの黒の二刀流剣士のような力も技術もない。自分はそうなんだ、彼ではない、ここには彼はいない、所詮この世界には存在しない。
彼も常に一対一だった。だからこそあの強さを維持できたし心が挫けることもなかった。でも戦争では一人の強さなどは本当に小さい、小さくそれでいて儚い。
「彼も気付くだろう、個の力などは霞、幻想に近いものだと」
ダンダは抜剣するとそれをバルファーデンへと向けた。とその時――――
「私は動くなと言ったはずだが?」
「!ワールドか?!」
いつのまにか現れたワールドにダンダや他の兵も驚いていた。しかも、一人ではなく美麗な女をその肩に担いでいた。
ワールドはそっと女を地面に寝かせるとダンダに言った。
「彼女がナエリカ将軍だ。彼女を使ってバルファーデンと交渉するといい」
「本当にさらって来るとは…」
「私はこれから少し敵側の首都まで攻めてくる。だから後のことは司令官殿にお任せする……が、彼女を傷つけることは私が許さない。もし、そうなるなら私の名で誰であろうと斬る」
ワールドの刺すような殺気にダンダまでもが冷や汗を掻く。
「…しかし、バルファーデンの首都まで攻め込む必要があるのか?」
「例えナエリカ将軍を人質にとっても交渉は難しい、それに敵国の王とも話さなければならないと私は考えている」
敵国の王と話をするなどはダンダからすると思考のどこにもなかったこと。ダンダはワールドを制止しようと声を出すが、言い終わる前にワールドは舞い散る砂ボコリだけを残して消えた。
ワールドが姿を消して直ぐにダンダは軍と国境付近の軍拠点へと帰還した。勿論ワールドから交渉にと預かったナエリカ将軍を連れて。
目覚めた場所でナエリカはその手を縛られていたが自由に歩き回れた。
「ここは…コトーデの拠点か?どうやら私は捕虜にされてしまったらしいな」
自分の腕を縛る縄を見ながら溜め息を吐いたナエリカは白面の男の事を思い出していた。
圧倒的な強さは精神と体の両方の強さを感じさせ、剣の技量は途方もない修練もしくは実戦で得たものだろうし。
「私の軍は10万の兵がいたのにあの男はたった一人だった、恐怖を感じなかったのか?10万の敵相手に…」
自分には無理だ、彼女は不意に口から笑みが漏れて、と同時に溜め息を吐いた。
「あんな男がいるなんて…私が手加減されるような―――声からしても若い男だったな…」
人生の中で彼女は常に告白される側で、常に自分よりも階級や強さが低い男ばかりだった。戦術も戦略も何もなしにあまりに強烈な出会いは彼女の心を魅了してしまい、あの討ち合った一瞬が彼女の過ごした人生で一番胸が高鳴った時間であることは彼女ももう気付いている。
敵陣の中で捕らわれているという状況にもかかわらず、彼女は微笑まずにはいられない。
そんな彼女の前に姿を現したのは白面の男ではなく、コトーデ王宮軍軍統括司令官ダンダ・リオ・ラインハート。
「おお、気がついたようですなナエリカ将軍」
鍛えられた筋肉のついた腕を組みながらダンダは椅子に腰掛ける。
椅子の横にあるテーブルの上のナイフを手に取るとおもむろにナエリカの腕を縛る縄を切る。
「貴方はダンダ・リオ・ラインハート殿ですか?私を尋問しに?」
「いいや、将軍の身の安全はある男によって保障済みである。尋問などとしようものなら私が彼に斬られるだろうな」
「それは白面の男か?彼はダンダ殿よりも位が上なのか?」
ダンダは首を振るとそれを否定した。
「あの男は軍人ではない、"ダイバー"だ」
「冒険者!?たかが冒険者一人に私は捕らわれたのか!?……ふ、ふふふふふ、はははははは!」
盛大に笑ったナエリカはそれが収まるとダンダに質問する。
「彼は名はなんと言う」
ダンダはワールドと答えてついでに彼の所属するギルドの名も言った。
「ノラの集いのギルドマスターワールド。それが彼だ」
まさか自分を10万の敵兵の中から連れ去った男が、冒険者で一ギルドのマスターに過ぎないと聞かされた彼女は、ふと浮かんだ疑問を目の前のダンダに尋ねた。
「何故彼は一人できた?しかも堂々と正面から―――」
「ワールドがレッド持ちだからだ。我々と共に戦えば我々のスキルが尽く扱えなくなる、ゆえに彼は単身で乗り込んだのだよ」
Lvシステムの影響下にない者がいるバルファーデンでも、スキルを持っているものは少なからずいてそれらは優良視されている。そのためバルファーデンという国でもレッド持ちは迫害されることが多い。
「レッドゆえに単身でか…彼の孤高の強さは異常だと感じたが、それも一つの理由かもしれないな。で、彼はどこに?挨拶ぐらいしておきたいし、私も尋問も無しでただ人質にという訳ではないのだろ?その意図を知りたいところだが…」
ダンダはワールドの現状と現在の行動をナエリカに伝えた。ワールドがユラダリアを憂いてこの戦争を止めようとしていることも、今もバルファーデンの首都へ向かっていることも、そしてバルファーデン王に会おうとしていることも話した。
そこまで聞いたナエリカは、だが、不思議と彼ならばそれも当然なのかもしれないと彼女は思ってしまう。
王の近衛騎士アルファールたちも今頃驚いていることだろうと彼女は笑うと、自らは大人しく捕らわれていようと言った。
一方ワールドことカイネルはというと、ナエリカとダンダが話している時にはすでにバルファーデンの首都にいて、しかもハルファー城の内部に侵入していた。
徒歩で一週間という距離を数時間で駆けたわりには今だ息も切らしていなかった。どうして彼がそれだけ駆けても息を切らさないのか?それは、彼の日常から至るもので、彼は日に六十階層から九十階層までを出現する錬金系のモンスターを約600体近く倒しているからだ。日に三十階層分の錬金系モンスターを狩ることを彼は目標に半年ほど重ね、最近ではスキル"リミテッドソードメイド"のおかげで日に往復することもあった。
そんなことを毎日続けていた彼は常識離れの持久力を得ていた。
すでに斬った人数すら分からないし、その内命を落とした者が何人いるか見当もつかない。最初に首を刎ねた彼には家族がいただろう…、恋人が、友人がいただろう。これは迷いではなく"呪い"だ―――私の、ボクの覚悟はできている。
そんなことを考えながらカイネル、いやワールドはバルファーデンの王の前に立つ。
「い、いかなる者だ、貴様は!よもや我が城へ単身で侵入する者がいようとは―――」
「私の名前はワールド、コトーデに属する冒険者。陛下の前に現れたのは少しばかり話をしたかったから、で、何ゆえ私の国へ侵略など始めたのか聞いてもよろしいか?」
バルファーデン王は額に汗を掻きながら、ワールドに"何故そんなことを聞く"と聞き返す。
「質問に対して質問で返すのか…まぁいいが、事と次第によっては必要なだけ斬る。私が必要とするだけ命を摘み取る」
「き、貴様は、神にでもなったつもりか!」
「神?そんなものはこの世にはいないさ、いるのは生きとし生けるものだけ、全ては死をもってその生を終える。勿論私には罪があり、いつかはそれに対して罰も受けることになるだろうな」
ワールドは白面の内側で口に笑みを刻む。が、その表情は哀しげで誰にも見えなかった。
「貴様……死神か―――」
「さぁ、話してもらおう」
王は語った、バルファーデンもまた別の勢力との戦争を控えていてそれ自体が負けが決まっていると。敵はコトーデと同じダンジョンを有し、また人は彼らを"ウォーカー"と呼ぶ。
ダンジョンは深き森で"フォレスト"と呼称され、それを所有し得たるは連合ギルド"ドラゴンヘッド"。この世界で唯一ダンジョンをギルドで管理していて、冒険者の数は約2800ほどでそれ以外を含めると約2万人がフォレストの前の町、彼らの言う"キャンプ"で暮している。
大小様々なギルドの連合組織"ドラゴンヘッド"の冒険者、"ウォーカー"たちは特殊な固有スキルを持つ者が稀にいて、血筋で受け継がれるそのスキルは"テイム"。モンスターをその支配下に置いて操るスキルで、それによって彼らは冒険者の中でも独自の戦力を持ち冒険者の数十倍のモンスターをいつでもどこへでも向かわせられる。
フォレストは最深部まですでに幾人もが到達し、平均のLvも60以上という強者がそろう場所。タワーの平均Lvが48前後であることからもその強さが窺えるが、数に関していえば数万の冒険者がいるタワーと違って多くはない、しかし個々の能力の高さは他からかけ離れている。
ドラゴンヘッドがバルファーデンへ宣戦布告した理由を聞いたワールドは困惑する。事の発端はドラゴンヘッドのギルドマスターにあたる男がバルファーデンの第5王女に恋をし、第5王女がそれを振った事から始まっているのだ。
くだらない、そうワールドが思ってしまうのも無理もない。色恋の惚れた云々で国に戦いを挑むなど馬鹿げていて、その結果国力増強を図ったバルファーデンがコトーデに戦争を仕掛けたなど冗談にしてもたちの悪い話だった。
「そんなことでユラダリアを巻き込んでコトーデに戦争を挑んだのか?」
「そんなことではない!我が娘リサーナをあんな男へくれてやるほど私はバカではない!」
「コトーデとバルファーデンは元々同盟関係だったはずだ。なぜ助けを求めなかった?」
王は王座の端を叩くと言った。
「要請は出したさ!だが、それにたいする返答が私の娘3人をコトーデへ嫁がせることだったのだ!そんな馬鹿げた代償をのめるわけないだろう?!」
発狂するバルファーデン王にワールドは暫し無言でいた。バルファーデンがバルファーデンならコトーデもコトーデだと思いながら溜め息を吐くとワールドは王に言う。
「……事情は理解した。…バルファーデンがコトーデともう一度同盟関係を結んで、ユラダリアへ物資などの援助を約束するならコトーデも無償で救援を出しドラゴンヘッドのことは何とかしよう」
「そんなこと貴様の独断で決めれるのか?」
「この件に関しては私が一任されている。それにこちらはナエリカ将軍の身柄を預かっている」
「ナエリカを!」
「条件を受け入れたなら彼女の帰還も約束しよう」
「…………………」
悩んだ王は深く溜め息を吐いた後、ワールドの言った条件を受け入れた。
ワールドことカイネルは、王の前から去る時に思わずにはいられなかった。"いつかは罰を受けることになる"?バカな…それは償いじゃない、ただの"自己満足"――――思い上がりだな…ボクの。
こうしてワールドはバルファーデン側との交渉を終えて、バルファーデンの首都からユラダリアとコトーデの国境へと帰還する頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。
さすがに疲れを感じたカイネルは、さっさとダンダに報告してワールドの仮面を外し体を休めたい思いでいっぱいだった。
「司令官閣下なら奥の拠点に」
ダンダの部下からそう聞いたワールドは足早に奥へと進む。すると、聞いていたのと違って大きなテントが二つあり、彼はどちらにダンダがいるのか分からなかったため適当に右側へと入っていった。
入ると同時にその判断が誤りであったことは確実で、彼の前には一切の着衣を身に着けていないとても豊満な胸の持ち主が立っていた。
「…………ん?ああキミか。もう首都から帰ったのか?早いな聞きしに優るとはこのこと……ん?どうかしたのか?」
女はナエリカでお湯で体を拭いていた様子だった。
「……………スマナイ、へヤヲマチガエタヨウダ」
白面の内を赤く染めてワールドは部屋を出ようとするが。
「何を急ぐ?もう少し私と話をしようではないか」
強引に手を引かれたワールドは、疲労からか足を絡ませてバランスを崩してそれを止めようと手がかりを探しあるものを掴んだ。それは柔らかかったし生暖かかった。
「ん!なかなかに大胆なのだなワールドは」
「…………………」
女性に対する免疫はそれなりにあるつもりだったカイネルは、だがしかし、すっかりワールドを演じることを忘れてしまっていた。
「ご、ごめんなさい!わざとじゃ―――」
「…ん?話し方が少し変わったか?もしくはそれが本当のキミの話し方なのだな、そうだろ?」
慌てて否定するもナエリカはどちらでもいいからと言ってカイネルを裸で引き止める。
「キミは冒険者だと聞いたがレベルはいくつなんだ?身体能力は常人とは異なるようだがそれはスキルの恩恵かい?」
「………ナエリカさん、ボクは疲れているんだ…今日は色々と大変だったから。お願いですからもう開放してください」
カイネルはワールドとして会話するのを止めナエリカにそう言った。すると、ナエリカはまた明日話せるかなとカイネルに聞く。
「明日にはあなたはもうバルファーデンへと帰っていますし、ボクもコトーデとバルファーデンの近況をユラダリアの代表に話さなくてはならないので」
「忙しいと?ふふふ、まぁいいキミとはまたいずれゆっくり話す機会もあるだろうしな」
あまりに躊躇なく仲良く振舞ってくるナエリカにカイネルはついつい聞いてしまう。
「ボクはアナタの部下を殺しました……怨まないんですか?」
少なくとも数十名は確実に即死だったことを分かっているカイネルはナエリカに怨みはないのか?怒りはないのか?と尋ねた。
「…無いさ、戦争だもの。それが私の部下でも敵でも戦争なら人が死ぬ、それが当たり前なんだよ」
カイネルは、そうですかと言うと一礼してそのテントを後にした。
ことの仔細をダンダを通じコトーデ王に伝えると、後日バルファーデンと会食を行い事を計ることとなった。
次話13時投稿予定。