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ダイバー(冒険者)  作者: 飛び猫
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5 リサリア

 コトーデ王国では年に一度開催される剣闘会リサリアが今まさに盛大に行われている。

 会場はコトーデ王国で最も古い建造物である闘技場で、150バレン四方の戦場を約10万人を収容できる広さがあり、控え室などの部屋の数は26設けられていてどの部屋も日々の掃除などで清潔に保たれている。

 修繕などを繰り返して老朽化しているにもかかわらずまだまだ現役で使える立派な建物だ。

 そんな闘技場の壁をガシガシと蹴りつける女の姿がある。

「なんなのよ!あの子あの歳であの強さなんて!反則じゃない!」

 赤髪ローズことローズ・マリアンナは、先の一回戦でノラの集いのカイネル・レイナルドに一度も刃を当てられないままに負けてしまったことに腹を立てているのだ。

 彼女の趣味は人やモンスターを切り刻んで苦しむ姿を見ることだが、今回の戦いはただただ短剣を素振りしていただけで気が付けば負けが決まっていたようなものだから、彼女の機嫌が悪いのも無理はなかった。

「絶対に!許さないんだから!カイネル・レイナルド~!」

 急に寒気がしたカイネルはノラの集いの近くの控え室の中で辺りを見回すが人の気配は無かった。

 エリカがコネで借りたその部屋は彼女専用の控え室になっていて、手に持っているのはモンスターの鎧繊維ガイセンイで編んだ防具とコルオロスの骨を研磨して作った仮面だが、それはカイネルがワールドとして戦う為の変装道具なのだ。

 早速それらを身に着けると立ち振る舞いを前もって設定していた風にしてみる。

「……"俺様"がワールドだ…」

 あまりに言い慣れない言葉にカイネル自身照れくさくなってしまったようで片膝を突いた。

「やっぱり"俺"にしよう…その方がまだ抵抗が少ないし」

 喋り方から仕草までワールドを演じることになったカイネル。勿論そのすべてを彼が考えたわけではなく、エリカ・グレーゴル・アルバーが考えたわけで―――

「カイネル~いる?なんだ、もう着替えたんじゃない」

「エリカ、やはりボクには"俺様"はちょっと辛いから"俺"で構わないかな?」

 不満気な顔のエリカは、あ~あ"俺様"の方が絶対カッコイイのにと言うと肩を落とした。

「でもカイネルがそう言うならそっちの方がいいと思うし…仕方ないかな~」

 彼女が手に持っている武器"カタナ"は特注の品でワールドとして戦う時専用。素人が扱えばすぐに刃が欠けたり折れたりと玄人向きの武器で、おそらく扱えるのは現状カイネルだけであるとエリカは考えている。

「私的には"俺様"と"ゴミ虫が!"がイケてると思うんだけど。あ!でもアレだけは絶対だからね!」

「……"俺様の剣に酔いな"―――ってこれ、凄く勇気がいるんだけど」

 エリカのワールド像は独創的な性格をしていて、しかも圧倒的な強さを持っている設定なのだろう。その余裕を感じさせるために喋り方も大胆不敵にしているようだ。

「大丈夫だよカッコイイから!会場の女の子も絶対喜ぶから!絶対!」

 鼻息荒くエリカはカイネルにカタナを渡した。

 それらを装備しながらカイネルは、多分無理だろうなと思いながらも自分だとばれないようにしようと決意を新たに、ノラの集いのメンバーが待つ控え室へ向かうのだった。


 ノラの集いの控え室には一回戦を戦ったティファニー・ローガスの話題で盛り上がっていた。

 ティファニーは戦いで両手に斧という変則的な武器を使う。Lvは39だがそのLv以上に盗賊時代の戦闘経験が多く、実力だけならLv50にも勝ちうる力を持っている。

「いや~アタイの斧で剣を折られた相手の顔!最高だったな~」

 ティファニーはカイネルが一回戦で見せた様に対戦相手の武器を破壊して勝利を収めていた。

「でもなティファニー、本来のお前の戦い方の方がもっと圧倒できたと思うぞ」

 レイフ・ラドクロスの言う"本来の戦い方"とは、盗賊時代の姑息な戦法のことで石飛礫や暗器や閃光玉や煙玉などを使って戦うことで、しかしティファニーは今回斧のみで敵を倒して見せた。

「レイフのダンナ、アタイはクラウドのダンナが出れない分もカッコよく上品に戦いたいのさ」

 クラウド・ヘイブンは本来ならカイネル・レイナルドに代わってリサリアへ出るはずだったが、数日前に大怪我を負ってしまったため今は療養中。ティファニーはクラウドに入れ込んでいるが同時に尊敬もしている為に、クラウドの名に傷が付かないよう戦っているのだろう。

 そんなけな気な彼女にシア・ラドクロスは笑みを浮かべて言う。

「きっとクラウドも鼻高々よ。Bブロックはこのままティファニーが勝ち進むとして、Aはカイネルくんが不戦敗でアリアレスが"今年も"不戦勝。C・Dは誰が勝ちあがってもおかしくない、E・F・Gも同じくで波乱のHが本命…といっても一組だけ、クロスハートのギルドマスター"ゼガード・リオ・ラインハート"対ノラの集いギルドマスター"ワールド"。一回戦からこのカード…おそらく仕組まれているわね」

「だろうな、毎年ブロックごとに4人でシードが一人、今年は三人増えたためにJブロックに6人で一人だけが他より一回多く戦うことになっているのに…そのカードがこの二人なんて出来すぎてるからな~」

 大方お偉いさん方の中に早々にご退場したい方でもいるんだろ、じゃなきゃこんなカードは組やしない。それに仮に仕組まれること無くこの結果なら逆にワールドには都合がいいだろうしな―――と、レイフの言葉のどちらが真実でもワールドがよほど注目されているという事に違いは無い。

「その―――ワールドはまだ現れないようだけど?」

 いまだ姿を見たこともないシアはワールドの存在自体を疑っている。レイフは、確かに遅いな~とドアの方を見て言うとドアノブが回りその姿を現した。

 全身黒のフード男、その顔は白面でほぼ覆われ口元が少し見えるだけ、左右に二本ずつカタナを吊るした男。

「……アナタがワールド?」

 部屋にいた全員が言葉を失う中、レイフがその男の隣に立って肩に手を置く。

「よう遅かったじゃね~か!みんな!こいつがうちのギルマス"ワールド"だ!」

 だが、あまりのインパクトに誰も話しかけることができない。ワールドの後ろから入って来たエリカがワールドの背中に手を当てて。

「ほら、アナタからも挨拶しないと」

 やけに親しげに話すエリカの姿を見たシアは疑問を持ったが、それを口にすることが無いのは彼女が慎重でまた思慮深いからだ。

「……"私"がワールドだ。初顔もいるが気軽に接してくれて構わない」

 この時、ワールドことカイネルは背中をエリカに抓られていたが誰も気付けない。エリカは自分が考えた"俺様"口調から"俺"にするのも本当は嫌だったのだが、それをワールドことカイネルは"私"と言ってしまったのだから仕方ない。

 白面の中のカイネルは困った表情をしているがそれに気付く者がいるはずも無く―――

「私はシアと申します。その、一応レイフの妻ということになっているのでよろしくお願いします」

 いや~事実そうだろうが、まったくウチのカミさんは本当恥ずかしがり屋だからな~。そう言うレイフの言葉にシアは少し頬を赤らめた。

「シア、知っていますよ。レイフのサポート以上にアナタの活躍がこのギルドを支えていることを」

「あ、ありがとうございます」

 話し方に威厳あり、その立ち方だけでも只者じゃないことをシアは理解していた。同時に疑問が強まったのも確かだった―――ワールドが誰であるかという。

「あんたがワールドのダンナ!いや~変な格好~!」

 ケラケラと笑いながらそう言うティファニーに周りは言葉を失った。

「これは……趣味だからとしか、私には言いようが無い」

「趣味!ダンナ!よした方がいいですって!ちょ~変っスもん!」

 これには考案したエリカも怒りを抑えきれなくなるが、レイフがなんとか宥めて事なきを得た。

 カイネルが趣味という言葉を選んだのは、間違いなくエリカの趣味そのものだったからだ。そのワールドのことを変だのと言われたのだから、エリカの怒りは抑えられたが次にどこかしら悪口など言われた時には、彼女の怒りは雷鳴の如くティファニーに向くことだろう。

「まぁ~まぁ~そんなことよりもだ、こうして珍しくタワーからワールドが降りてきてるんだ話したいことあるやつは話すといい、あと~ティファニー……あんまし"変だ"なんて口にしすぎるとワールドに除名されっぞ―――こう見えてもギルマスなんだからな」

 レイフにそう言われたティファニーは、「ゲ!」と口に出して顔を青くするとワールドに近寄って肩を組み言うのだった。

「だ、ダンナはそんな了見の狭い人間じゃないだろ~な!な!」

 ワールドことカイネルは、ああ私は"そんな了見の狭い人間"じゃないよと言って見せるが、その後ろに控えるエリカは"私の了見はそんな広くないけどね"と呟いた。

「ワールド…さん、私聞きたいことがあるのだけど」

 それはシアの疑問の中で一番聞きたかったことだった。

「なんだいシア?私に答えられることならいいが」

「まず、アナタのレベル。そして攻略済み階層と現状の階層到達域……お答えできますか?」

 それはシアだけの疑問じゃない。レイフにしてもカイネルのそれらを聞く機会はあまりなく、なんとなくどの辺を攻略しているのかを知っているぐらいだ。

「レベルは教えられない、到達域もな。が、攻略済み階層は教えることができる私が現在階層の細部まで知っているのは七十八…七十八階層までだ」

「な!七十八!も、モンスターの強さは!ダンジョン構造の変化は!教えていただけませんか!」

 興奮した様子のシアは鼻息荒くそう言う。

 シアは個人的にタワーについての図鑑を作成していて、それが唯一の趣味であることから七十八という未知の領域を聞けると思っただけで興奮してしまったのだ。

「あんま興奮しすぎるなよ、また鼻血出すぞ」

 この時レイフはとても複雑な心境だった。なぜならシアのその図鑑の制作にはそれまで彼が手を貸していたからだ。彼らの馴れ初めはなんてことはない、その図鑑の制作がきっかけで図鑑こそが二人だけの世界だったからだ。

 そのことを十二分に理解しているワールドことカイネルはシアのその質問に、ただただ答えられないとだけ言ったのだった。

 彼女の図鑑はレイフが足を怪我する前に攻略していた四十階層後半で止まったままで、それが生きがいだった彼女はおそらく欲求不満になっているのだろう、肩を落とした姿はとても寂しそうに見えた。

「そういえばこの前クラウドのダンナが言ってたんだけど、ワールドのダンナはカイネルがサポートしてるって本当なのかい?じゃなかった、ですか?」

 こういう時に空気を読まず場の話題を変えられるのはティファニーの長所である。

「そうですね、彼には随分と助けられているよ」

「じゃーカイネルもダンナと同じ階層まで行けるってことでいいのかい?じゃなかった、ですか?」

 その問いには、はいそうですとは言えず黙ってしまうワールドことカイネル。

 カイネルはノラの集いのメンバー表にLv38と記入しているため、そんなLvで七十八階層クラスなど到底無理な話なのだ。

「彼は言うならば特別だからな、なんせ四十階層後半でも一人で戦えるだけの力を持っている。さらにスキルにしても逃げるのだけは私以上の才の持ち主だと思っている」

 逃げるだけなら、その場はそんな言葉で誤魔化すのが精一杯でカイネルの話題を終えた。


 刻々と時間が過ぎ次々と対戦が行われていく中、時に腕や足を斬り落とされたりすると会場の観客が歓声の声を上げる。

 恐々と対戦を観戦する観衆にメイネとネテルは異常さを感じずにはいられなかった。農地育ちの人間はリサリアの行われるこの時期に収穫が重なりとても観戦になどはこられない、ゆえに彼女たちは初めてのリサリア観戦で友人や周りの観客が血に沸き狂喜することにすでに滅入っているようだ。

 淡々と王族や貴族はワールドの試合までの間の試合を眺めて、つまらなそうに退屈そうに時間が過ぎるのを待っていた。カイネルとローズの戦いの時も"茶番だ"と一言述べただけで、幼い王子でさえ"もっと腕とか斬っちゃえばいいのに"と退屈を口にした。

 控え室から窺える会場の風景に観戦していたワールドが口を開いた。

「狂っている…人と人が戦うことの本当の姿を知らないんだな」

 唐突なワールドの言葉に反応したのはエリカだけだった。

「仕方ないんじゃない?これが普通ってだけで誰も異常だとは感じないでしょ」

 その言葉にワールドは納得せず再び異常だと口にした。

「それでも気付くべきだ。命の重さと今の平和を無償で与えられている現実に……知っているかい?この国以外のことを――」

 この国以外のこと、そう聞かれたエリカたちは口々に"知らない"と言った。

「西側の国ベリナではダンジョンなんてものはない、国中が農地と言ってもいい。貧しくはないが慎ましく暮していれば飢えることはない、この国へも収穫物を販売して国益としている。だけど、この国の東ユラダリアでは国民が貧困の中にいて、この瞬間にも人が子供が死んでいる」

 ダンジョンのある国はその他の国の事など気にはしない。なぜなら、ダンジョンの恩恵で国が成り立つからだ。

 しかし、その恩恵を受けられない国はベリナのように他国への輸出で国を守るか、それができなければユラダリアのように貧困で飢えるか。

「ユラダリアはこの国と大国バルファーデンに挟まれていて、実りも少なく鉱山などもない。それにこの国はバルファーデンと戦争中だ」

「戦争!?そんな!協定があるはずよこの国はバルファーデンにもダンジョンの恩恵を与えているはず」

 シアが言う通りこの国はバルファーデンと同盟関係にあるはずだった。

「実はなシアその協定は去年の夏ごろには破棄されていてな、バルファーデン側からこの国に宣戦布告してきたんだ」

 その事実を知っていたレイフは、黙ってて悪かったとシアやティファニーに頭を下げた。

「最近王国軍がタワーに遠征に行かない理由も戦争が理由で、その戦争がユラダリアで行われていてユラダリア自体はどちらにもつくことはできない為に国の中で強国同士の戦いが行われ、国民はその所為で家を失い農地を荒らされて餓えに苦しんでいる」

 かといってこの国やバルファーデンはユラダリアの国民を救うこともしない、そう言ってワールドは壁を叩いた。

「そこで俺たちのギルドがユラダリア内に支援所を建てたんだがな、子供だけで数百人…大人や老人を合わせると約千人集まった。国境付近だけでこれだ、国中から集まればいくらノラの集いでも破綻しかねない」

「総出費の額に不明額があったけど―――その支援所へのお金だったのね…」

 疑問が一つ解消されて納得しているシア、そしてワールドは再び話を進める。

「本来ならこの国が率先してユラダリアの人たちを難民として迎えるべきなんだ!……だが、貴族が!王族がそれをすることはなくその上国境を堅く閉ざしてしまっている」

「貴族たちは蓄えた富が難民たちに食われるのを恐れているのね…そして王も―――」

 ワールドはシアの言葉に"そうだ"と言った。

「でも、それは私たちも一緒だ。私にもこの国には餓えてほしくはない、かと言ってこのままユラダリアの人たちをそのままにはできない。だから、このリサリアで優勝したら王に直接難民の受け入れを願い出るつもりだ…例え賞金や報酬を貰えなくなっても」

「カイ…!―――ワールド、なにもお前がそこまでするこたねーだろ?戦争に負けたら俺たちだって蓄えがないと餓えちまうぜ」

 レイフの言葉は真実その通りなのだろう。だが、かと言ってこのまま餓えに苦しむ人をワールドが―――カイネルがよしとするだろうか。

「私の中に"救わないなんて選択肢は無い"」

 答えは"否"だ。

「…さすがギルドマスターです、私は賛成します!例え私たちが富、日々に充実していたとしても!苦しんでいる人たちがいるのなら助けるべきです!」

 そう言ったのは珍しく声を張ったシアだった。レイフが大口を開けて驚くほどだから本当に珍しいことなのだ。

「アタイは少し分からないな、アタイは自分が最優先だから次にサルバーニとクラウドのダンナそして皆。だから他の国の人間って言われても」

 ティファニーの言葉も尤もだ、とワールドが言うとティファニーに"だからこそ"と言葉を続けた。

「ほんの少しだけでいいんだ。その大切な人の中に"他人"を入れてほしい、それだけで世界が平和になる」

「……まるで―――」

 カイネルくんみたい、そう言いそうになったシアはジッとワールドを見つめた。

「それはそうとして、バルファーデンってダンジョンないわよね、この国と戦争して勝てるの?レベルシステムの恩恵も無しで――」

 エリカが言うのはダンジョン内の魔物を倒すことで手に入る経験値で上昇するLvのことだ。

「それがそうでもない、レベルシステム自体は身体能力を上げるものじゃない、仮にレベル1の人間の体の丈夫さとレベル30の人間の丈夫さを比べてもその違いはない。

 力にしても筋力のあるほうが重いものを持てる、剣や防具だけその補正で重いものを持てたりするがそれも少しだけ。一番違いが出る素早さでさえ多少速くなる程度、結局たいした違いにはならないのさ」

「けどスキルは?スキルも反則級のやつなら戦いに使えるんじゃない?」

「スキルにしても大体は自分かモンスターに対してだから結局は人間相手だと当てにならない。バルファーデンの軍事力は兵力だけで10万に及ぶ、どれだけ耐久力があっても斬られれば傷を負い命を落とす結局は数さ。確かにかのダンダ・リオ・ラインハート程のレベルなら百人相手でも負けはしないだろうが…」

 数の暴力。つまりダンジョンでどれだけ強者たり得ても、戦争においては数が増さる方が勝つということ。

「じゃ、このまま戦争が続けば私たちも危ないんじゃない?"ダイバーたちも戦争に参加"なんてことになったら――」

「それはさせない、私がさせない」

 どうやって?そのレイフの問いはシアやエリカも思っていたことで。

「私が戦争にでてバルファーデンを引かせる。たとえ何人殺すことになっても――」

 エリカは、「何馬鹿なこと言ってるの!」と言い。レイフは、「無茶だぜワールド!」と言い、シアは言葉を失った。

「大体!レベル云々でどうにもならないのならアンタが戦っても一緒だってことでしょ!私は反対よ!」

「そうだぜワールド!いくら戦争がよくないって言ってもお前がそこまでして止めることができるとは限らないだろ?頼むから無茶すんなよ――」

 もう決めたことだと言たワールドはドアの方へ向かうとそれを開ける。するとそこには入れずにいた係りの女性が立っていた。

「ワ、ワールド様時間ですのでゲートまで来てください」

 ワールドはその係りの女性について行くように部屋を後にした。

 残されたエリカはサポート用に観客席に向かうことも忘れて椅子に腰掛けた。

「あんなこと考えてたなんて…」

「くそ!俺の足がこんなんじゃなければ!」

 レイフの肩に手を置いたシアは、無茶言わないのと宥めた。内心シアはある欲求が膨れていくのに気が付いていてそれがワールドの素顔を知りたいというものであると気付くのは少し後ことだ。


 ついに始まるワールド対ゼガードの一戦。

 今日最大の歓声の中ゼガードがゲートから姿を現し、それを煽るようにバセラーダ(大剣)を振り回すゼガードは余裕の笑みを浮かべている。

 そして、その全貌が謎のワールドがゲートから現れると会場はしばし静寂に包まれ、話し声が会場中から聞こえてくる。

「あれがワールド…妙な仮面を着けとるぞ」「楯も防具も着けてないな」「なんか恐いわね」

 カイネルが放った殺気のようなものを一切出さずにその姿だけで会場の空気が変わった。フードに白面姿の性別の不明な人間が現れたらこの反応が打倒なのだろう。

「レベルはどれぐらいだろう…私の鑑定力じゃ何も見えない」

 メイア・シャス・ラインハートは冒険者なら誰でも使えるスキルとは別の力、他の冒険者のLvやステータスが見える"鑑定"で闘技場のワールドを見るがLvという文字のところに靄がかかっていて同じくステータスの部分も窺えない。

「な、なかなかに凛々しいお姿ですねワールド様」

 ミファリア・ガルバーナはそう無理矢理にワールドを褒めるがそれ以上は何の言葉も出てこなかった。

 一方反対側の観客席ではアリア・レイナルドとメイネとネテルとそのクラスメイトが観戦しているが、そちらの一行もワールドの姿にただただ複雑な表情を浮かべていた。

「何か恐いねワールドさん」

 ネテルの言葉にうんと肯くメイネは隣に座るアリアに話しかける。

「アリア姉ちゃんも初めてワールドさんを見るんだよね?」

「ええ、ギルドにも一切顔を出さないからね…もしかするとみんなを驚かせないように今までそうしていたのかもしれないわ」

 レイフから聞いていたワールド像は、優しくて気立てのいい大らかな好青年というものだったので、アリアも見た目でのインパクトに驚きを隠せなかった。

 会場の雰囲気に納得してない人間が一人サポートの観戦席にいた。ワールドを作り上げたエリカ・グレーゴル・アルバーその人だ。

「ちょっとちょっと!何よこの空気!私のワールドカッコイイじゃない!ね!レイフ!」

「ん?あ、ああまぁな――」

 空返事を返すレイフにエリカは先のワールドことカイネルが話したことについてふれる。

「まだ気にしてんの?まぁ~気にするなって方が無理か…」

「……俺、なんでも知ってる気になってたなって思ってさ……でも、結局アイツがあんなこと考えてることさえ気付けなかった」

 レイフは溜め息を吐くと"戦争か~"と言った。

「まだ二十歳そこそこのガキが、そんなもんの中に入って行って問題の一切を解決しようと背負ってってな~…そんなもん無茶だ。戦争は化け物だ、冒険とは違う…冒険はかけるのは自分と身近な人間だけだが戦争は国や国民だ、んなもん王様の仕事ってもんだろ」

「でもカイネル、ワールドはそれを全部背負うつもりだし、孤児院や病院やブラックスミスへの援助もアイツ個人でしてるし……そういうやつなのよ――だから、私はアイツの重みを少しでも軽くできるように頑張るわ。戦争が何よ!王様が何よ!カイネルがそうするって言ったなら私はそれを手伝うだけよ」

 エリカの言葉にレイフは頭をぶっきら棒にかくとア~と声を上げ、アイツには助けてもらった恩があるし!絶望の先に道を示してくれたのもアイツだ!俺だって借りたままじゃないぜ!利子つけて返してやる!と言い切った。

「その意気よ!」

 そんな話をしているとはカイネルは思いもしない。彼は暴走して戦争やその他もろもろを口走ってしまったこと少し後悔していた。

 後悔しているのか?彼らに言ってしまったことを、黙ってただ自分だけで全てをやればいいと?そんなのは無謀だ、一人でなんでもできるならボクは母を助けられたはずだ。あの子も他にも大勢助けられたはずだ。ノラの集いを作ったのはボクじゃない、レイフさんとベルギットさんでチカミチの協力無しには成り立たなかった。メイネやネテルにしてもアリアが世話してくれなければ…結局ボクは一人では何もできないってことだ。

 呆然と立ち尽くすカイネルことワールドを見てゼガードはバセラーダ(大剣)を向けて話しかけた。

「噂のワールドがどれほどの者かと思っていたが、見たところたいしたことはないな!」

 ゼガードの眼には"鑑定"でステータスの一部が見えていた。筋力補正250と防御補正280と耐久補正320という数字、その他の俊敏補正や回避補正は目に見えない。勿論、スキルとLvも。

「貴様はどうやら回避に秀でたダイバーらしい…が、それだけではダイバーではなくマッピングで金を稼ぐただの商人だな」

 ゼガードの判断は言葉の通りで、彼の筋力補正は540で防御補正は640あり11ガルンあるバセラーダ(大剣)を簡単に片手で扱えるため目の前のワールドなどは敵ではないと考えた。

 しかも、彼のスキルは三強と呼ばれるスキルの一つ"加重軽減"の能力"リリーフ"。その能力は装備するものの重さを八割無いものにするというでたらめなものだ。

 彼が身に着ける銀色の鎧もゆうに300ガルンはあるが八割軽減で60ガルンほどにしか体感で感じていないはずだ。

「この私に斬られることを光栄に思うんだな!」

 その言葉に会場は再び沸く。

「さすがゼガード!」「よ!最強!」「今年も優勝だ!」

 ドラの音が二回鳴り三回目が鳴るとゼガードが一気にワールドとの間合いを詰めバセラーダ(大剣)を振り上げられる。

 音を置き去りにする剣速でそれが振り下ろされるが、それがワールドを捉えることはなかった。

 呆然と立ち尽くしていたかに思えたワールドは抜剣することなく、身軽に体を回転させてバセラーダ(大剣)を避けさらに翻り向かってくるそれを後方へ宙返りして避けて見せた。

「逃げだけは達者なようだな!」

 地面が窪むほど蹴りすぐさま再び間合いを詰めたゼガードの猛攻が始まる。右へ左へ後方へ避けていたワールドに渾身の切り払いをするゼガード。会場も盛り上がり歓声に沸く。

 だが、一度たりとてバセラーダ(大剣)がワールドを捉えることはなく、曲芸のような回避で避け続けていた。

「よくかわす!」

 ゼガードが振り回していたバセラーダ(大剣)を止めると、次にワールドがその腰に提げたカタナを一本鞘ごと投げつけた。

「!?」

 それが攻撃なのか何なのか躊躇っているゼガードは、さらなる衝撃的な光景に眼を疑った。一本だったカタナが、二本、三本と宙に浮いていて四本目が彼の真横へと投げられた。

「何の―――」

 何のつもりだ、そう言い終わる前にそれは起こった。淡く青白く光るものに包まれたワールドが一瞬にして視界からかき消えたのだ。

 闘技場の観客席から戦いの様子を見ていた者たちもその姿を見失う。一瞬、ほんの瞬きする間に誰のどの視界からもその姿が消えて、次に彼ら彼女らがその姿を眼にした時にはすでにゼガードの背後にいて、投げられたカタナを宙で鞘から抜刀していた。

 ゼガードがそれに気付いて振り向くがバセラーダ(大剣)をすでに背後にいるワールドの前には出すことはできずに、左手一本でカタナを受けようとして後方にアーム(籠手)の部分を突き出した。

 銀色の鎧は鉱石の中でも硬いと言われるレイタイト鉱石でダイア鉱石の上をいく硬さを誇る。ゆえに彼は迷うことなくその左手を突き出したのだが、彼は知らなかったのだカタナは"受ける"より"避ける"ことが必要だと。

「ぐぁ!!」

 絶対に斬れないはずのレイタイト鉱石の銀鎧が、簡単にその刃の侵入を許し、腕を半分ほど切り裂いて血が溢れ出た。

 バカな!レイタイトだぞ!奴の筋力補正は俺の防御・耐久補正の半分以下しかないのに!どんなトリックだ!スキルか?!奴のスキルが!!―――そんなゼガードの考えは疑問の解消する前に唐突に止まる。

 今の今まで目の前で己が腕を斬ったカタナを持っていたワールドの姿がそのカタナだけを残して再び消えた。そして次にその姿を観客に晒したワールドは再び腕を斬られたゼガードの背後で別のカタナを宙で抜刀し―――

「な!後ろだと!」

 背に靡いていたマントごと鎧が縦に割けて血が切っ先に付いた。観客たちもワールドがまるで瞬間移動しているかのように錯覚して、ザワザワと騒ぎ出した。

「今消えたよな…」「何が起こっているんじゃ」「気付けばゼガードが斬られているな…」「これがワールド様の実力なのね」

 会場でそんな言葉が聞こえる間もワールドは再び消えては現れて、消えては現れてを繰り返しながらゼガードへ攻撃をする。一切反撃もできないゼガードを見て観客席の彼の妹メイアが驚きを露にしていた。彼女は幼少から最強だと思っていた人物が兄ゼガードだったのだが、目の前の光景の現実感のなさに言葉を失っていた。

 隣にいるミファリアは眼を輝かせ、「何アレ!何アレ!凄すぎますわ!」と興奮に震えていた。

 そんな二人の後ろからいつの間にか人ごみを割って入ってきていた男が話しかけた。

「ギルマスやられてんな~や~キレイなお譲さん方、お隣よろしいですかな?」

 レオナルド・レ・フィレンツェは気障な言葉を発すると口元にキラリと笑みを浮かべた。だが、彼の言葉に二人は反応しなかったので肩をガクッと落とした。

「見事な無視だな、それもしかたないか…ワールドのスキルはどうやら―――」

 グレゴール・バゼナーがそこまで口にすると食い気味でメイアが聞く。

「あれはスキルなのですか!何っというのですか?」

「おそらくだがアレは"オーバーアクセル・ジ・ワールド"だと思う」

「"オーバーアクセル・ジ・ワールド"……効果は?」

「たしか武器防具を身につけていない場合に俊敏性補正・所謂"素早さ"が30倍されるというものだ」

 メイアは30倍と口にし再び闘技場に眼を向けた。

「人の視認速度を確実に超えている…とてつもないスキルね」

 そんなメイアの言葉にグレゴールは、彼女の隣にいたメイアの弟ロランを肩車して腰掛けてると、そうでもないんだがなと言う。

「あのスキルは400なら12000というとてつもない数字の素早さを持てるが、その素早さ自体が危険になる。なぜなら、足の筋力が骨がその負荷に絶えられないからだ」

「でもワールドは現に使っているでしょ」

「うむ、あれは7倍か8倍かそれぐらいに"抑えている"んだろう。あのスキルは4倍でも弓が如く己を弾き矢が如く速さで移動する。その程度に抑えていても、何かしらに当たれば体が粉砕してしまうスキルだ。

 ワールドは完全にアレを使いこなしているようだが…一歩間違えば、例えば小石なんかが進行上に突然現れたら?あの速さだ、肉を裂き骨を砕いてその身を貫くだろうな」

 危険なスキルということをメイアは理解して現実を直視した。

「ワールドは強いわ、兄さんよりもずっと」

 ロランも、「兄様よりも強い人を初めて見ました」と驚きを露にした。

 闘技場には歓声が響きわたり、その中に時折「腕を斬れ!」だの「足を落としちまえ!」といった言葉を吐く客もいた。

 ワールドことカイネルは床に落ちた鞘の一つ一つを拾っては同じ方向に投げた。そして宙に浮いていたままゼガードを何度も斬りつけたカタナをそれと同じ方向に全て投げると一本一本を鞘に収めた。そうして四本のカタナは鞘に収まった状態でワールドの腰に再び吊るされ、それらが一瞬で行われて会場は再び歓声に沸いた。

 だが、ワールドが闘技場に割れんばかりの声を上げてそれを黙らせた。

「黙れぇええ!この!愚か者どもがぁあああ!!」

 静寂に包まれた雑踏に向けてワールドはなおも咆えた。

「今!"腕を斬れ"と言った者!"足を落とせ"と言った者!ここへ降りて来い!私が貴様の腕を斬ってやろう!足を落としてやろう!この場に下りてくる程の度胸がないのならば!今すぐこの闘技場を去れ!

 これは私たちの戦いだ!声援や応援ならかまわない!だが!人が斬られるところを見たいだけなら!鏡の前で自身の体でも斬って満足していろゲスが!」

 リサリアでは普通のことだった。人を斬ってそれを見て歓声をあげることが、だが日々のなか日常でならそれは異常だ。それが分かっている者も分かってない者もワールドの言葉にただただ言葉を失った。

「他人の痛みを知れ!でなければ!いつか自分の痛みを!他人に理解してもらうこともできずに!他人に傷つけられることになるぞ!」

 ワールドの言葉で何人が心を動かされるかは分からない。しかし、ワールドは、いやカイネルは言わずにはいられなかった。自国が戦争をしていることさえ知らずにいる人たちを黙ってこのままにしてはおけなかったのだ。

「こなクソがぁあああ!」

 それはバセラーダ(大剣)を持ったゼガードだった。

「まだ!俺は!戦えるぞ!」

 ボロボロになった体でゼガードは渾身の一撃をワールドに向けた。だが、振り下ろしたバセラーダ(大剣)はワールドに当たることはなかった。速さではなく圧倒的な技量で。

「斬った……俺の剣を斬ったのか?!」

 あまりの剣速にバセラーダ(大剣)の斬り離れた半身は闘技場の壁に突き刺さっている。

「……私の勝ちだ――」

 静寂から歓喜の声が沸くまでにそう時間はかからなかった。

 ドラの音が戦いの終幕を告げゼガードとの一戦を勝利したワールド。

 ゼガードは目の前の白面に畏怖を覚えると同時に尊敬に似た感情を抱いていた。

 成人して親父にすら負けたことがなかったが、世界には俺を超える存在がいたとは……どうすればここまで強くなれるのか―――

 ゼガードがそんな考えを抱いたことなどは観客やワールドも気付くはずもなく。

「皆!勝者ワールドに!盛大な拍手を!!」

 それは王の一声。

 喝采の中、ワールドは最後に抜刀したカタナを左右へ払って、クルクルと回転させながら鞘へと収めると右手を胸に当て一礼してゲートを潜った。

 サポートに運ばれていたゼガードを見ながらメイネはアリアに言った。

「ワールドさんてあんなに強いのに手加減するなんて優しいね」

「え?手加減?どうしてそう思うの?」

 だって―――そう言ってメイネが指さしたのは傷ついたゼガードで。

「鎧があんなに簡単に斬れているのに腕も脚も繋がったままだし、それに言ってたじゃない"他人の痛みを知れ"って。それってつまり相手が痛いだろうから鎧ばかりあんなに傷だらけなんだよね」

 言われなければ気が付かなかった。よくよく見ると鎧の傷に対して出血量がとても少ないし、ゼガード自身で歩けるようすでもある。

「…本当、優しいのねワールドさんって」

 アリアがそう口にしていた頃、反対側で観戦していたメイアたちもワールドの手加減の話していた。

「底知れない強さはまさに騎士英雄のよう!その上で手加減なんてワールド様…凄すぎます!ムフ~」

 ミファリアは鼻息荒くワールドを賛美していた。ロランも目を輝かせて肯きグレゴールも笑ってそれに賛同していたが、レオナルドだけは口を尖らせていた。

「確かに強いと思うが、顔を隠している時点で俺は気に食わないけどな」

 きっと猿顔を隠しているのさ、と息巻いて言うレオナルドにミファリアはギロリと睨みつける。

 メイアは苦笑いを浮かべてそれを見ていたがあることを急に思いつき、頭で考えるより前に言葉に出した。

「ワールドとカイネルくんどっちが強いんだろう…」

 それは素朴な疑問でしかなかったが、現実でその疑問の回答が得られることはない。なぜなら、その二人は同一人物なのだから。

次話は――明日正午投稿予定。

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