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ダイバー(冒険者)  作者: 飛び猫
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4 ギルド

 コトーデ王国の宮殿にはメイドが230名、執事が30名、近衛兵が120名日中は働いている。かれらを除けば王と王妃が3人、王女4人と王子2人、宰相が2人暮している。

 メイドや執事は居住区が宮殿近くにあり、近衛兵は宮殿内で24時間交替で警備の眼を光らせている。

 王宮軍軍統括司令官であり近衛兵統括のダンダ・リオ・ラインハートは元ダイバー。近衛兵や王宮軍のほぼ全員がそれと同じく過去にはダイバーとしてダンジョンへと挑んでいた者たちだ。

 この世界には古代人が残したLvシステムと数多のアイテム、ダンジョンと魔物が存在している。Lvを上げれば個人の能力値、筋力だとかではなく攻撃した時に世界からそのLvに応じた攻撃力補正を付与される。つまりいくらLvを上げても大岩を片手で抱えることはできないということだ。

 しかし、戦いにおいてのLvシステムの影響はダンジョン内に留まらないためダイバーのようなLvを上昇させた者を兵士として召抱えるのは至極当然なのだ。

 こうしたことからも宮殿の警備や国の守りは堅い。

 メイドの仕事は主に宮殿内の王族に仕えることで執事の仕事はその他雑務である。メイドはほぼ全員が貴族の娘たちで執事も貴族出の次男三男が多い。

 メイドや執事が貴族出が多いのは言わずもがな王族の伴侶となる可能性がある以上血筋にはうるさいのである。ちなみに王妃の一人も元メイドで王様の近くで働いていて見初められたのだ。

 この世界の国は基本ダンジョンの恩恵で成り立っているが、コトーデ王国だけは他とは違う部分がある。それは、宮殿がその名も"キャッスル"と称された元ダンジョンだからである。

 キャッスルを攻略したギルドが何を隠そうこの国の王の血筋の始まりである。世界数多あるダンジョンでもっとも攻略し易かったキャッスルは、まるで早い者勝ちのボーナスステージのようなダンジョンだった。

 コトーデ王国の宮殿付近と内部にはダンジョン時代の名残が幾つかある。

「ダン!ダンよ!何処か!?」

 偉そうな帽子に訝しげな髭の持ち主は宰相の一人バラドア・デ・ロバルトアール。

 ダンとは王宮軍軍統括司令官であり近衛兵統括のダンダ・リオ・ラインハートのことである。

「何用ですかな?ロバルトアール宰相殿」

 マントの下から胸の前で組まれた腕の筋肉がその腰に帯剣したバルディアン(長剣)の倍の幅はあろうかという中年騎士こそダンダ・リオ・ラインハート。

 ダンダは赤いマントを翻して宰相バラドアの方へと歩み寄った。

「貴様の息子が助かったというのは本当か!リュノラドスキュラシュカの角はどうやって手に入れたんだ?!」

 血相を変えた様子の宰相バラドアは2バレンはある身長のダンダに縋るように抱きついてそう聞いた。

「落ち着いて下され宰相殿、確かに我が息子ロランは既に魔瘴病を完治させて今は元気に走り回れるほどにまで回復しておりますが、あの角は娘のメイアが手に入れたものなので我の知るよしもないことです」

「わ、わしの娘婿が魔瘴病でもって半年なのだ!どうにか貴様の娘に頼んで少しばかり分けてはもらえないか?」

 ダンダは眼を閉じて、お気の毒ですがと言うと続けて言った。

「娘の手元も既にアレは残ってなく、さらにアレを手に入れるのに娘もその仲間も大変な大怪我をおったとのこと………手元に残っていれば今すぐにでもお譲りしたい気持ちは我にもありますが―――現状無い物はお譲りできかねます」

 そんな、と言って宰相バラドアは膝を落とし肩をガクッと落とした。そんな彼にダンダは、"ですが"と後付してこう答えた。

「ご存じないようですのでお教えしますが、アレは今街の医者の手元にいくつかあるそうです」

「ほ、真か!?…しかし、何故街医者ごときがアレを持っているのだ?」

「何でも、ワールドという名のダイバーが無償で配布したのだそうです」

 あのワールドが、と口にするところを見ると宰相バラドアの耳にまでワールドの名声は届いているようだ。

 ダンダの言葉を聞いた宰相バラドアはすぐさまその足で街へと行き医者の下を訪れるのだった。

 街ではもう魔瘴病は完治しうる病気になっていて、そのことが王宮にも届き始めた頃に行われた王の謁見の儀でついに王の耳にも入ることとなる。

「では…すでに例の角は民の下へ広まっているのかえ?」

 宰相の一人アレアニアス・デ・ネーテルハシムは知略に秀でた片メガネの宰相一歳の若い男。

 アレアニアスにそう問いかけられた兵士の一人が返事をして下がる。そのやり取りを見ていたコトーデ王は静かに口を開いた。

「そのワールドとやら…単身、ソロの冒険者と聞く……是非とも我が軍にほしい人材であるな」

「しかし…陛下、かの者のギルドは国のギルド会へ入会を拒んだり、チカミチという名の商会と提携し一部市場独占していますぅッゴホゴホッゴホ!」

 人相が悪くまた具合も悪そうに咳き込む男は宰相カノヒ・デ・ロンデンバク。彼は手元の紙をペラペラとめくりながら王へと歩みを進めるが、咳とともにそれらを落としてしまう。しかし、それを見て笑みを浮かべるものは皆無でそれどころか居た堪れないと言わんばかりにダンダなどは眼を強く閉じた。

 カノヒは長年財務を担当してきて国外との交渉事にもその手腕を発揮してきたが、強国である連邦国との戦争を回避する為に杯に毒が盛られているのを承知の上でそれを飲み干して連邦国との戦争を回避したのだ。その後解毒したが、そのときの毒が少し体内に残った為に現在のような弱弱しく、また人相も悪く見えてしまうようになった。

 ゆえに全てを知っているダンダたちは彼を敬わずにはいられないのである。

「ですが、同時に彼のこの国に齎した利益も少なくありませんぅゴホゴホ!…そこで、此度行われるギルド会主催のギルド間剣闘会"リサリア"にてその者のギルドを招待し、その人相と技量をとくと御覧頂いた上で今後のご参考になられますよう何とぞ――っゴホゴホ!ゴホ!……以上です―――」

「………うむ、よきに計らえ」

 こうしてギルド"ノラの集い"は、毎年行われているギルド会主催のギルド間剣闘会"リサリア"へと招待されることになったのだ。


 ノラの集いでは現在ギルドマスターワールドを筆頭に15人のダイバーが所属している。主に初心者が多いこのギルドには5人の強者がいる。

 一人目はワールド、二人目はクラウド・ヘイブン、三人目はサルバーニ・ローガス、四人目はティファニー・ローガス、五人目はカイネル・レイナルド。

 ワールドはLvや武器容姿や年齢などがギルドの設立メンバーのみしか知らない。

 クラウド・ヘイブンはノラの集いサブマスターのレイフ・ラドクロスに憧れてダイバーになった男で、レイフが元のギルドを辞めてこのギルドへ入ったことを知って追いかける形でギルドへ来た。年齢は27でクレイモア(大剣)を扱うダイバー。

 ローガス兄妹は元々盗賊の一味だったがクラウド・ヘイブンに一味を潰された時に彼に見込まれてギルド入りした。兄は槍妹は双斧を使い、常にクラウドとパーティーを組んで依頼をこなしている。

 カイネル・レイナルドはサブマスターのレイフが唐突にメンバーに紹介して、次の日にはギルドの依頼を数十こなしてギルドの週間の獲得報酬がワールドに次ぐ額になっていてギルド内で話題になった。

 そんなカイネルは一月後にはワールドのサポートもこなしていると噂を聞いたクラウドはレイフに懇願して自分がワールドのサポートをするのが当然だと言ったが、当時彼のLvは36で到底ワールドのサポートはできないとレイフは言いくるめた。しかし、クラウドはカイネルの当時のLvが自分より低いことをギルドのレベルやスキルの情報が書かれた"戦力表"で知っていた。

 クラウドはカイネルに対し決闘を要求したが笑顔で毎回避けていた。

 そんなノラの集いに王宮から手紙が届いた。内容は勿論"リサリア"への招待状―――

「"よってこの度貴殿のギルドノラの集いをリサリアへ招待せん。この手紙と後にギルドへ送る者に詳しい内容と第一に対する返答を伝えること"だとさ―――マジかよ」

 レイフは驚きながら目の前にいるクライドやローガス兄妹、アリアやレミーナやメイシャに視線を配った。

「まさかリサリアの招待状が届くなんて………初めてじゃないですか?ギルド会が所属しているギルド以外を招待するなんて…」

「あの…リサリアって何ですか?私農地育ちでこっちのことはあまり詳しくないのですが――」

 メイシャの言葉にアリアが耳打ちする。

「リサリアは、毎年開催されるギルド会に入会しているギルド同士で剣闘するところを観客に見せて楽しませるというお祭りのようなものです。ちなみに、リサリアは初代王妃様のお名前なんです」

「とにかく、この話はこの手紙に書いてある"ここへ来る詳しい人物"なる者を待つとしようか」

 正午前、ギルドノラの集いにギルド会から派遣された男が尋ねてきた。

 男は軍師風の風貌にメガネをかけていて、その肩書きはギルドクロスハートサブマスターでギルド会の下働き。

 キョロキョロと周りを見渡しながらブツブツと何かを呟きながらレイフの前に立った。

「意外とキレイな所ですねノラの集いは……申し遅れました、私はギルド会から派遣されましたラウロウ・レレイと申します」

 レイフは簡単に挨拶を済ませるとバーカウンターのような場所の奥にあるボックス席に案内をした。お茶にします?それともジュースとか?と言うレイフに、いいえ結構ですとラウロウは手で止める。

 話はすぐにリサリアの本題へと移行し、コッソリとその話をカウンターの影から聞き耳を立てているアリアの耳にも届く。

「今回開催されるリサリアにあなた方ノラの集いをお誘いしたのは他でもない、陛下の興味を引いたワールドに出場してほしいからで……他ギルドのメンバーさんは別にどうでもいいということです―――ワールドさえ参加していただければね」

 少しだけ額に血管を浮かばせてレイフが愛想笑いを返す。

「ワールドさえですか…アイツもそれなりに忙しい身でして――」

 その言葉通りワールドはギルドに顔を出せないほど多忙。しかし、ラウロウの言葉を聞いたレイフは耳を疑った。

「異例ですが、陛下は今回勝利者に"霊酒"を与えると仰ってます」

「え!え!?れ、れいしゅを!!」

 霊酒―――口にすれば外傷を瞬時に回復する、それ自体は一年に限られた量だけしか取れず使える者は限られた者とリサリアで深い傷を負った者だけ。

 ラウロウが"無理にとは言いませんけど"と言い終る前にクイ気味に、ぜひ!参加させます!とレイフは当人のワールドに確認も取らずに参加を決めてしまった。

 来訪者が帰ったノラの集いでは頭を抱えたレイフと困った顔をしたアリアが、ど~しよう!どうするんですか!と話している。

「報酬に眼が眩んでついつい了承してしまったけどワールドにどうやって説明しよう!アリアちゃん!」

「それに関して私に言われてもギルマスには会ったことすらないんですから…本当に、どうするんですかレイフさん」

 レイフはもう一度ど~しよう!と声を上げた。

 彼がここまで困るのにはとある理由がある。

 場所が変わって、鋼や鉱石を加工する錬金工房のあるエリカ・グレーゴル・アルバーの自宅にレイフはいた。

 そこにはカイネルとエリカの姿があるが、二人とも呆れた顔をしている。

「アンタバカ!?ワールドがリサリアに出られるわけがないでしょ!ワールドって存在は実在しない架空の人物なんだからね!」

「…分かってるさ!分かっちゃいるけど……ついつい霊酒って言葉に飛びついてしまった。カイネル――――すまん!」

「ワールドに関しては有耶無耶にして放っておいたボクにも責任がありますし、…どうにか―――ボクだとばれないように戦うことはできますが、姿までは変えられないので変装とかしないといけませんね」

 最近話題のワールドはノラの集いのギルドマスターでありながら実際には会えないことが多いが、それは彼が現実には実在してないからで、それを知っているのはカイネルとレイフとエリカを除けばチカミチの女主人ベルギット・ベルベルトぐらいである。

 そんなワールドをリサリアへ出場させるには無理と言うもの。しかし、カイネルとレイフの隣で何かを考え付いたエリカが声を上げた。

「ねーカイネル、私にいい考えがあるんだけど―――試してみない?」

「…………無茶はさせない方向でなら……」

 まるで私がいつも無茶させてるみたいに聞こえてるけど、と言いつつエリカがカイネルに耳打ちをした。

 レイフは心配そうにその様子を窺っているが頭は霊酒のことで埋め尽くされているのが表情に出ている。

 エリカはちょっと待ってて、と二人に言うと奥の部屋へと入っていった。

「こんなこともあろうかと、前々から準備していたカイネルの新装備なのだ!」

 ガラガラと荷台を持ってきたエリカはそれをカイネルの目の前で止めた。

「これは……アーマーと言うより衣、機動性を重視して防御力を捨てた防具だね。武器の方は…片刃長剣?いや、それにしては細い……モンスターの攻撃を防いだら折れてしまいそうだけど、その分攻撃に入れば多少の硬度は簡単に斬れるだろうね…軽い―――」

 カイネルがその武器を手に取るとあまりの軽さに少しだけ口に出して驚いた。

「さすがカイネルね!それは剣じゃない、"カタナ"と言う種類の武器。突きや斬撃に特化しているけど一歩間違えば刃は直ぐに欠けちゃう使い手次第では一度でナマクラになるわ。でも、カイネルぐらいの使い手なら斬れない物はない!どんな鉱石だろうが硬質系のモンスターだろうがね」

「カタナ……」

 工房のガラス窓めがけて上から下へとそれを振るったカイネル。ヒュンという音が鳴ったと思えばガラスにピシっとヒビが入った。

「あ」

「あ、じゃないわよ!こんなところで試し振りしないでよ~」

 クルクルと手元で回転させながら鞘に収めるとカイネルはゴメンとエリカに謝った。

 カイネルはカタナを元の荷台に置くと一つ疑問を口にした。

「カタナがあと三本あるようだけど?これは…予備かな」

「いいえそのカタナ四本全てを使って戦うのよカイネル。あなたの戦闘スタイルなら一本あればって考えるのも無理ないけど、前に私とタワーに上った時に見せたあのスキルなら四本全て使いながら戦えるはずよ」

「…なるほど、確かに戦い方を変えれば―――それでこの軽さに薄さなんだね」

「ええそうよ」

 一人話しについていけないレイフは、「何この俺だけ分かってない感じ」と溜め息を吐く。

 モンスターの鎧繊維ガイセンイで編んだその防具は軽くそして耐久性収縮性に優れている。マントのように膝下までを覆っていた。

 早速防具を身に着けるとその風貌はまるで影のような死神のような顔はコルオロスと言うモンスターの骨を研磨して作った仮面で覆われて口元が少し窺えるだけ。その骨は内側からは外が透けて見える特殊なものでカイネルからは周りがはっきりと見えた。

 髪の毛すらも窺えずそれがカイネルだとは誰も分からないだろう。鏡を前に、これなら間違いなくボクだとは判りませんねとカイネルが言う。

「全然ダメ!"ボク"なんて言ってちゃ、"俺"って一人称で二人称は"ゴミ"か"ザコ"、敬語なんてナンセンスなんだからね!偽るなら徹底的に!」

「……分かった――"ゴミ"」

「!――私の二人称はエリカでいいでしょ!バカ~!」

 ゴメンゴメンと謝るカイネルにエリカはバカを連呼する。

 ノラの集いギルドマスターワールドがこの世に誕生した瞬間だった。


 リサリアの開催日まで残り数日となったある日のノラの集い。

 剣闘会に出場するメンバーを三人選ぶ過程で色々と問題が起こっていた。

「ワールドが選ばれるのは当然として!どうして俺が出れないんだ!レイフさん!!」

 クラウド・ヘイブンはレイフに詰め寄るとそう言った。

「そうは言ってもな、ワールドは必須だし女性代表としてティファニーそしてその二人を外した中で一対一に強いカイネルが選ばれるのは当然と思うんだがな~クラウド」

「確かにアイツは一対一に秀でているかもしれない、ですが!俺はこのギルド中で一番スキルに富んでいます」

 クラウドのスキルはチャームでその効果は自分が人から注目されればされるほどステータスが上昇するというもので、群衆の視線の集まる決闘などではどれほどの効果を齎すか計り知れない物だ。

 レイフが困った表情を浮かべているとその後ろから澄んだキレイな声の女性が現れた。

「クライドあまりレイフに無理言わないの、…カイネルが代わってもいいって言うなら代わって貰えばいいんじゃないの?ね、レイフ――」

 肩にかからない程度の髪は薄い青色で瞳は薄い紫をした彼女はシア・ラドクロス。レイフの妻でノラの集いにおいて裏のサブマスターと称されるのは、レイフの脚が悪い為外回りを彼女が代わりに務めている所為でもある。

 さっきまでレイフに強く言えていたクラウドも突然弱弱しい話し方に変わり、さらには反論もしないままに彼女に促されるままカイネルの下へと向かった。

「しっかりしてよレイフ……ところで、ワールドって本当に今度のリサリアに出るの?」

「ん?ん、ああ!今まで紹介できなかったが今度のリサリアには必ず姿を見せるぜ」

 シアはワールドにこれまであったことがなかった。最近ではワールドの存在すら疑っていてその正体が何なのかを感付いていた。

 しかし、ワールドのリサリア出場で彼女の考えは根底から崩れてしまっていた。

「いたのね…ワールド―――」

「ん?なんか言ったかい?」

 いいえ、と言いながらシアはクラウドとカイネルの下へと向かった。

 クラウドはぶっきら棒にカイネルに経緯を説明して、俺がリサリアに出るからお前は辞退しろと伝えているところだった。

「そうですね、ボクは辞退しますよ」

「そうか納得できないのは当然………は?!」

「ボクは当日用事もありますし、元々対人戦は得意ではありませんから――」

 カイネルがアッサリと了承したためにクラウドは少し戸惑いを見せそれに気付いたシアは彼に囁くように言った。

「ほらね、話し合えば簡単に収まることもあるのよ――覚えておきなさいクラウド」

 はいと返事をするクラウドは提示版の前に立つカイネルの姿をもう一度その視界に捉えた。


 カイネル・レイナルドは困惑していた。それは義妹のアリアが珍しく怒りを表した表情で彼を怒鳴ったからで……。

「どうしてなんです!義兄さん!」

「……どうしてと言われてもね―――ボクは対人戦闘は嫌いなんだけど」

「メイネもネテルも楽しみにしてたんですよ!学校の友達にも見に来るように頼んだって言ってました!本当に、とても楽しみにしてたんですから!」

 それはリサリアの話でカイネルが出場すると事前にレイフから聞いていたアリアは妹たちにもそのことを伝えていて、しかし次の日にはそれが無かったことになってしまっていたからだ。

 本当ならアリアは久しぶりに家にいる義兄と楽しい時間を過ごしたかったのだろうが、それ以上にリサリアを楽しみにしていた妹たちにどう言ったものかと頭を抱えてしまった。

「こんなことなら当日まで隠しておくべきでした……はぁ~」

「まさかボクが戦うところをそんなに楽しみにしてたなんて……予想外だったよ」

 アリアは短い期間でカイネルが少し天然気のある人物だと理解があり溜め息を吐きながらも、「こうなることを予想しておかなかった私の落ち度でしたね」と悩むのを止めた。

 カイネルはダイバー以外の時間を自宅と実祖母ルーディの家を行き来して過ごすことが多い。そんな彼の用事というやつにアリアは、今さらながら気になって仕方がなくなってきていた。

 大きめのリクライニングチェアで体を休めるカイネルにアリアはその身をゆっくりと預けた。

「どうしたんだい?アリア――」

「……用事って何ですか?まさか――――エリカさんじゃありませんよね?」

 カイネルは表情は変えず内心ギクッとしていた。用事自体は"ワールドとしてリサリアへ出場すること"なのだが、そんなことは言えるわけもなく。

 用事のことは言えないけど言わないとそれはそれで不自然だし、とは言え他に理由があるわけでもなし、嘘はすぐに見抜かれてしまうだろうし、ここはうまく言い訳しないとな―――なんて考えているカイネルは意を決して話し出した。

「実は用事はエリカの工房で新しい武器の新調をしてもらおうと考えていてね。都合のつく日がリサリアの当日だけだったんだよ」

「やっぱり…エリカさんなんですね……」

 おそらくカイネルが一番共に時間を過ごすことが多い人物は彼の専属ブラックスミスであるエリカである。義妹としてだけでなく、純粋に女として義理の兄であるカイネルのそばにいたいアリアは、ただのやきもちだと理解していてもそれを隠せずにいるのだ。

 カイネルの体に腰掛けるアリアは、彼の両手をそっと自らの体の前に持ってくると、カイネルがアリアを優しく抱きしめている風にして、あの人は家族じゃないんですよ義兄さんと口にした。

 そんなアリアの言葉を聞いてカイネルはただただ"ああ"と言うことしかできなかった。


 アリアがカイネルと二人だけの時間を過ごしていた時、ノラの集いではある事件が起きていた。

「レイフさんエルキシルの買い置きは!俺の所為でアニキが!」

 喚いているのはサルバーニ・ローガスで腕を組んで首を振るレイフに何度も頭を下げる。サルバーニの隣には妹のティファニーも立ち尽くしていて、その視線の先には大怪我をしてベットに寝かされたクラウド・ヘイブンの姿があった。

「エルキシルは品切れていて買い足しができてないんだ。幸いクラウドの怪我は一月も寝ていれば問題なく回復するだろう」

 それじゃリサリアには!?とサルバーニが再び大声を出す。ティファニーはクラウドの手を握りながらサルバーニに声をかけた。

「サルバーニ少し静かにして、クラウドが何か言いたがっている」

 クラウドは眼を閉じたままサルバーニに、「お前の所為じゃないさ…あんな所にモンスターが隠れているなんて誰も気が付きはしなかっただろう。…気にするな――」と言うと次にレイフを呼び、不本意ながらと前置きしてリサリア出場を断念することを伝えた。

 サルバーニは男泣きしてしまい、その声がギルド内に響いた。

「俺っちなんかを庇わなければアニキは!」

「アルバーニ!いい加減に静かにしなよ!あんたの所為だけじゃない、アタイの所為でもあるんだから……ダンナの体に障るからもう騒がないでよ」

 ティファニーがサルバーニを握りこぶしで殴りつけ落ち着かせ、すまんとションボリとした彼は静かにその場に座りクラウドをもう一度見た。

 依頼の途中でクラウドが大怪我を負ってしまった結果、数日後のリサリアに出場する人間が一人足りなくなってしまいレイフは頭を悩ませることになった。現状リサリアに出場できるのはサルバーニかカイネルだが、サルバーニはクラウドが出場できなくなった原因が自分であると言い張り、そんな訳でリサリアには出場を辞退しているがカイネルはワールドとして出場しなくてはならない。

「あ゛~困ったな~どうしようかな~なーシア」

「こうなったら…私からカイネルくんに頼んでみるわ」

 そいつはどうだろうな、と苦笑いを浮かべるレイフにシアは小首を傾げた。彼女の主観ではカイネルは人からの頼みを断ることがない人間だと認識していたため、レイフの言葉が何を根拠に言っているのかが判らなかった。

 久しぶりの長期休暇を過ごしていたカイネル宅にシアが足を運ぶのはその後直ぐだった。

 カイネルの自宅は農夫だった父が生涯で獲得したものの中で一番高価な物、一代で貸家ではなく一軒屋を得るのは並大抵の事ではない。亡き父の形見の農具売り払ったカイネルでもこの家だけは手放せず守り続けた。仮にこの家を売却していたなら亡き母を多少長生きさせられたかもしれないが母がそれを許さなかったのは言うまでもない。

 自宅の門を叩くとアリアが顔を覗かせ笑顔でシアを迎え、カイネルの妹たちもシアに気付いて今から自室へと足早に逃げる。そんな二人にシアは"私嫌われてる?"と思って溜め息を吐いた。

「珍しいですねシアさんがここに来るなんて……」

 何やら書物を書き手を止めカイネルは腰を上げると浅くお辞儀をする。シアはアリアに促されるがままカイネルの前の席に座り勧められた飲み物をやんわりと断りクラウドの話をした。

「実はね…今日、クラウドが冒険中に大怪我を負ってしまってね、今度のリサリアには出られなくなってしまったのよ」

「クラウドさんの容体は?」

「それに関しては約半月寝ていれば問題ないわ……それでねカイネルくん、今度のリサリアやっぱりアナタにでてほしいんだけど―――」

「ボクに?……すみませんシアさんその日は用事があってとても出られそうにないです」

 シアは思わず、「へ!」と声を出して驚いた。

「で、でもねカイネルくん、リサリアに出場できるのは多分今回が最初で最後…それにアナタに断られると出場枠の一つを潰すことになって、参加するだけで貰えるギリーも諦めることになるの……もう一度考えてくれない」

 アリアはシアの言葉に!と反応をしたが、さすがにカイネルを差し置いて受けるわけにもいかずソワソワして見守っている。

 筆を指で遊ばせながら頬杖をつくカイネルは筆でトンと机を鳴らすと、「よし」と言って何かを決意しシアに伝えた。

「出ましょう…でも、やはり用事は優先したいので一回戦だけで二回戦目は不戦敗で構わなければですが―――」

 ホッと胸を撫で下ろしたシアはカイネルに笑顔を向けて立ち上がって歩み寄るとそっと手に触れて言う。

「助かるわ、出場さえしてしまえば褒賞は得られるでしょう」

 あまりに自然に手に触れてくるのでカイネルもその手を掃うことはなかった。アリアは頬を膨らませて不満を露にする。

「シアさん用件は終わりましたよね!ね!」

「え?ええ――」

 おそらくシア自身は気が付いてないが彼女は極度の異常を嫌い、そしてそれを脱した時に他人の肌に触れて安心したがる癖があるのだ。ただ単に触れるだけなら特に問題にはならないのだろうが彼女は指を絡めるように触れることから、あのクラウドさえも勘違いしてしまいそうになったほどだ。

 シアが帰った後カイネルにメイネとネテルが興奮してじゃれていた。

「これで明日友達に出れなくなったって言わずに済むんだね~やったね、ネテル~」

「うんうん私お兄ちゃんの戦うところ見てみたい~みんなで応援行くからね!」

「そういや私も兄ちゃんが戦うところ見たことないや…アリア姉ちゃんは?」

「私もないわ」

 普段からカイネルの温厚な性格しか見てないから三人はリサリアに対する期待が妙に高まってしまっている。そんな三人の前で手抜きの戦いを見せるわけにいかなくなったカイネルは一人心に頑張ることを誓ったのだった。


 ギルド会に属しているギルドは全部で12。その12の内で強ギルドというのは3ギルドあり一つはクロスハート、二つにローズドール、三つにシルフナイツでこの三強ギルドが実質主要ギルドと言っていい。

「今年もクロスハート団長のゼガードが優勝するに決まってるぜ」「いいや、ローズドールの紅髪ローズが今年こそ!」「シルフナイツは今年も不戦勝するに300ギリーだ!」

 会場の闘技場は既に満杯近い人が観客席を埋め尽くして今か今かとダイバーたちの決闘を待っている。

 北側ゲートの上に王や王妃が見物する場があり、南ゲートの上に各ギルドのサポート関係者が見物する場がある。東西に分かれた観客席は席順などなく、なんとなくでグループごとに座っている。

 その東側の観客席の南寄り中列ほどにアリアやメイネやネテル、そしてメイネやネテルの同級生たちが座っていた。売店で購入したであろう菓子の類とチカミチの特製サンドをその手元に持ってキャッキャッワイワイとカイネルの登場を待っていた。

「兄ちゃん何時ごろだろうねアリア姉ちゃん」

 メイネにそう聞かれたアリアは胸元から折りたたまれた紙を取り出して開いた。そしてその紙を見ながらメイネに伝えた。

「多分一時間後ぐらいかな、4番目だしねそのぐらいだと思うよ」

「一時間か~結構かかるんだね」

「メイネちゃんのお兄さんが戦うところ早く見たいな~」「ネテルちゃんのお兄様よりも私はゼガード様のご活躍を見たいわ」「私はローズ様のご活躍を見に来たのよ」

 クラスメイトの目的はカイネルだけが目的ではなく、毎年開催されるリサリアで活躍する他のギルドのダイバーたちはすでにアイドルと言っていいほどの人気を博していた。

 3強のギルド以外の9のギルドもそれなりの強者がいるがやはり眼落ちしてしまう。体だけでなく技も心も強い者を観客は見たがるは当然だ。

「リサリアって私見たことないんだけどアリア姉ちゃんはあるの?」

「うん、小さい頃に一回だけね…父さんが出場したのよ。その時はルールも何も知らずに見ていてすごく驚いたことを覚えているわ」

「驚く?何に驚いたのアリアお姉ちゃん」

「リサリアでは対戦相手が死なない限り腕を切り落とそうが足を切り落とそうがなんでもありなのよ、しかも審判はいなく相手が降参するか剣を持ってなくなった場合だけ試合は終わるのだから―――少し間違えば死んでしまうの」

 そのアリアの言葉にメイネとネテルは思わず口を塞いだ。二人は知らなかったのだリサリアがとても危険なことだと、周りの人間はすでにそれらになれてしまって危険だとは思っていなかった。だから、メイネとネテルはクラスメイトの言葉通りただの祭りだと受け止めてしまったのも無理はなかった。

「麻痺しているのよ…みんなリサリアではそれが"普通"だと考えてしまっているの」

「カイネルお兄ちゃんは…大丈夫だよね?アリアお姉ちゃん」

 アリアはこくりと頷くと大丈夫よと笑顔をネテルに返した。事実カイネルは大丈夫だとアリアは理解していたがその胸には少しも不安が無いといえば嘘になる程度は心配していた。

「大怪我をしてもあっという間に傷が治る薬があるから本当に大丈夫」

 その言葉はきっと自分自身に言い聞かせていることでもあるのだろう。

 会場にドラの音が響くといよいよリサリアが始まる。

「赤羽の騎士団、黄昏の旅団、ノーズスト(跋扈)、レイブンクラウン、シャーネット、黒羽の騎士団、猫の道、アイロイロ、ブーブーバン」

 参加ギルドの名称を大声で告げるのは鎧を纏った体躯のがっしりした男。

「そして!今回王より推挙されたギルド会に所属してない外部ギルド!ノラの集い!」

 ざわつく観客たち。無理もない九十年近いリサリアの歴史上外部のギルドが出場したことは一度としてなかったのだから。

「かのギルドのギルドマスターは!かのワールドマップの製作者ワールドである!必ずや皆の期待に応えるだろう!」

 喚声が会場に響くとその熱気が上昇し、リサリア初体験のメイネやネテルなどは体を強張らせるほどだった。

 しかし、その熱気はまだ序の口でこの先に紹介されたギルドの名で再び上昇する。

「前回準優勝!紅髪ローズがギルドマスターを務める!ローズドール!」

 それまでは名前だけの紹介だったが、ここからはどうやら代表一名つまりギルドマスターが登場するらしく、南ゲートが音を立てて開くと赤い長髪を靡かせながら妖艶な容姿、とくに胸元を強調した鎧に身を包んだ女が登場した。

「実力は十分!風刃アリアレスがギルドマスターを務める!シルフナイツ!」

 緑髪に金の瞳容姿は間違い無く美形の男が軽装にマントという姿で登場すると黄色い声援が会場に響く。

「優勝回数はすでに7回!最強の男!銀獅子ゼガードがギルドマスターを務める!クロスハート!」

 今日一の歓声を会場に轟かせながら銀色の鎧に身を包んだ男がその背にバセラーダ(大剣)を背負って登場した。

 三人はなにやら会話をしているようだが観客には当然聞こえることは無い。

「これより!第87回!リサリアを!開催する!」


 闘技場はコトーデ王国の首都の東側にあり、その南ゲート側にある控え室は二十近く設けられ、その中の一つにノラの集いの出場メンバーとそのサポートが集っていた。

 出場選手の一人はティファニー・ローガスでサポートはシア・ラドクロス、もう一人はカイネル・レイナルドでサポートはブラックスミスのエリカ・グレーゴル・アルバー、そして最後にワールドとそのサポートレイフ・ラドクロスなのだが肝心のワールドの姿はなかった。

「ワールドのダンナはまだこないのレイフのダンナ?」

 困った顔でティファニーに苦笑いを返すレイフは"いや~もういるんだけどね~"と思わずにはいられなかった。

 ワールドはカイネルとレイフがノラの集いを作る時にギルドマスターに就かせた架空の人物で、その実カイネルが変装してそれを演じることでこの世に誕生した男なのだ。その事実を知っているのはチカミチの女主人ベルギット・ベルベルトとブラックスミスのエリカだけ。

「カイネルくんは確かAブロックの4戦目よね?準備はできて――」

 シアがそう言ってカイネルに近づいていくと、その前にエリカが立ち塞がり、手にしたクロガネのハンマーを左手にポンポン打ち付けながらカイネルの代わりに答えた。

「このエリカ様が付いているのよ!万に一つも抜かりは無いわ!」

 エリカはシアが必要以上に他人に触れる人物と認識している為にここまで警戒しているのだ。

「それにしてもボクがAブロックでよかった(ワールドより後だったら大変だっただろうし)」

「?よかったって…カイネルくんあなた―――」

 カイネルのその言葉にシアが一つの疑問を抱くのは一回戦の対戦相手によるものだった。

「対戦相手があのローズさんなのよ、いくらなんでもそれは油断しすぎよ」

 前回前々回と準優勝の赤髪ローズの名は伊達じゃないことは確か。しかし、カイネル自身からはそれに対する気負いというものが一切感じられないし、それにエリカやレイフもそれに関してなにも心配していない様子。

 シアとティファニーもだがそれに疑問を抱かずにはいられなかった。

「そうか、シアはカイネルが戦うところを見たことなかったな。な~に心配なんて必要ないさ――カイネルは…強いぜ」

 レイフの言葉に、シアは納得することはできなかったようだが、この瞬間不安よりも好奇心が彼女の中で上回った。

 ドラの音が6回響いた頃控え室に係りがカイネルを呼びにきた。

「それじゃ行ってきます」

「妹たちにいいとこ見せてきな!」「明日にはカイネルの名前を知らない人はいないわよ!そしてこの私の名前もさらに―――」

 レイフとエリカに笑顔を返すとカイネルは静かに扉を閉めた。


 会場はローズコールが巻き起こり異様な盛り上がりを見せていた。

「いよいよ兄ちゃんの出番だね…対戦相手のローズさん?強いのかな」

 メイネの心配に対し隣に座っていたクラスメイトが丁寧に答えた。

「赤髪ローズ――その戦い方は双短剣の使い手でモンスターでも人でもその血を浴びるのが生きがい。ギルドローズドールの他のメンバーも同属の人間が集まりかなり危ない集まりになっているとか」

「血を浴びるのが生きがい…」

 生唾を飲みこんでメイネはゲートから出てきた人物に眼を向けた。

「赤髪ローズ…」

 ローズは声援に答えるように手を上げてさらに腰の短剣を抜き振って見せた。しかし、会場の人間は知らないローズが興奮していることに―――

 彼女は対戦相手を見て自分より年下の男であることに興奮していた。なぜならローズは年下の男をいじめるのが趣味だからで、さらにその姿を見て自分好みのかわいらしい顔立ちを歪ませたいという衝動でもう待ちきれないほどだった。

「あ~早くいらっしゃいな、カイネル・レイナルド…」

 彼女の視線の先のゲートが開くとあれだけ騒がしかった会場が静まり返ってしまった。なにせ姿を現す前からすでに殺気放っていたからで、鎧姿の男が入場のコールを忘れるほどだった。

 何なの!?アレは!こんな殺気をあの歳で放つなんて…カイネル、ああカイネルいいわ!アナタいいわ!とローズは興奮の度合いを増してしまったらしい。

 この時会場にはあのメイア・シャス・ラインハートとその弟のロラン、そして親友のミファリア・ガルバーナを連れて来ていたのだ。

「あの人が姉さまを助けた人?……凄い迫力ですね」

「ええそうよ。さすがカイネルくんね会場を黙らせてしまったわ」

 メイアは本来ならこの大会に出場するはずだったが、バルバロスの一件で兄であるゼガードに出場停止の処分を言いつけられたために今年は見物人として観客席に座っている。

「それにしてもワールド様までまだまだありますわね…あらこれ美味しいですわ」

 チカミチ特製サンドを口にしながら退屈そうな顔をするミファリアの目的はワールドのようで。

「ワールドが兄様と同じ組だなんて、決勝戦が早い段階で行われるみたいでなんかワクワクしますね姉様」

「そうねワールドの強さは知らないけれど兄さんのスキルは本当に強いから――」

 そうこう言っているうちにドラの音が会場に響いた。

 三回鳴らされることが試合開始の合図。三回目が鳴らされた瞬間に動いたのはローズだった。

 すでに抜剣された短剣を後ろ手に低い姿勢でカイネルの懐へ近づくと確実に咽下へそれを振りぬいた。しかし、抜剣すらしてなかったはずのカイネルの長剣が音を置き去りにして引き抜かれるとその短剣にぶつかった。

「気が早いお嬢さんだ…だけど、ボクもあまり時間をかけたくはないですから歓迎しますよ」

「…生意気なボウヤね!その顔苦痛で歪ませてあげる!!」

 左右の短剣を素早く多方向に振るローズに、それを全て避けるカイネルは最小限で的確な動きをしている。

 しかし、その戦い方は本来のオールカウンターとは全く違う。それに気が付いているのはエリカやレイフを除いて唯一メイアだけだった。

 おかしいわ、カイネルくんの戦い方は本来なら一撃必中の完全反撃。なのに何度も避けるだけで反撃していない、何か別の目的があるのかしら…攻撃を避けて眼を慣らしているとか―――

 そんなことを推測するメイネだったが、彼女はこの疑問を解くことはできないだろう。なぜならカイネルはこの戦いを準備運動としか考えていないからだ。そんなことだと予想しうる人間はこの会場には決しているはずもない。

「そろそろ十分か…アナタには悪いけど―――」

「何言ってるのよ!(何で当たらないの!!)」

 一瞬だった。ローズの両手の短剣が音を立てて砕かれて、足を払われてバランスを崩した彼女の体を左手で抱え、その首に剣を突きつける。カイネルは笑顔を浮かべて"勝負ありです"と言う。

「……こ、降参するわ――(何よ!何よ!この強さ!私が子ども扱いなんて~)」

 頬を赤めたローズは悔しそうに顔を歪めた。試合終了のドラの音は一回でその音が鳴り終わる前に歓声が会場に轟き試合は終了した。

 メイネとネテルは兄の活躍にクラスメイトと喜びあい、アリアは始めてみる義兄の強さに感動を覚えていた。カイネルはその長剣を普段通りに腰の鞘に普通に収めようとしたが、エリカに言われたことを思い出して魅せるように手元でクルクルと回転させて鞘に収めた。

「カッコいいわねあの子」「若い上に強い!」「きゃ~カイネル様~」

 カイネルが最後に剣を手元で遊ばせたのはワールドになった時のためにワザとそうしたのだ。剣を鞘に収める時カイネルは独特な仕草をすることがあり、剣を普通に収めた場合はそのまま鞘を撫でてしまうのだ。

 それゆえにあえてそうしたのだが、それが観客の一部女性に異常なほど響いたことは彼自身予想だにしていなかったことで。

「メイネちゃんのお兄様こんなに強かったのですね!私ファンになりました!次の試合も楽しみですね」

「ありがとう。…でも兄ちゃんはこの試合で終わりなの」

 その言葉に他のクラスメイトも"何故"と聞く。

「お兄ちゃんはねこの後用事があって、本当なら今日は一試合も出ないはずだったんだけど無理して出場したの」

 ネテルの言葉に、せっかく勝ったのに勿体無いねと一様に言った。

 こうして図らずもカイネル・レイナルドの名はその強さと共に会場に来ている者の記憶に刻まれた。

次話14時投稿予定。

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