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ダイバー(冒険者)  作者: 飛び猫
3/19

2 アリア・バレンティナ

 世界は残酷だ。

「あの子の親ダイバーだったらしいんだけど、この間タワーの中で遺体が見つかったらしいわ」

 両親は冒険者ダイバーだった。私の家はごくごく一般的な家柄で朝起きると父と母は決まって"行ってきます"と言って出かける。

 私は当然のように"行ってらっしゃい"と返す。夕方前には二人して"ただいま"と言って帰ってくるから、私は"お帰り"と言って迎える。

「タルタロスだそうだあの子の両親を襲ったのは。そのタルタロス?今はもう討伐されたって聞いたよ」

 その日もいつも通りだった。だけど……夕方になっても夜になっても父も母も帰ってはこなかった。翌日になってようやく家の玄関を叩く音が聞こえて私は駆け寄った。

 でも、でもそこにいたのは父のギルドの人だった。その人の口から出た言葉を私は受け止められなかった。

「キミの両親の遺体がダンジョン内で見つかった…遺体はこちらで火葬しておく」

 両親の遺体は酷いものだったらしい。モンスターに食い散らかされてしまって人としての形を保っていなかったらしい。

 母はノラのダイバーだったのでギルドなんかは特になく、父の入っていたギルドが葬式をしてくれたが遺体は既に"炭"だった。

 私は父と母以外の血縁者がいない。その日まで3人で生きてきた。これからは―――

「家賃は半年分貰ってるけどそれ以降はまた払ってもらわないといけないからそのつもりでいてね。可哀想だと思うけど――」

 私は仕事を探した。でも、12歳でしかも女の私ができる仕事はこの街には無かった。

 ただただ時間だけが過ぎていく。毎日の食事を取るために両親蓄えを使い、日々の仕事探しはうまくいかなかった。

 ある日妙なおじさんが仕事があると話しかけてきた。ようやく仕事につけると喜んだのも束の間、店に着いて待っている時だった。

「アンタ新人かい?ガキでも男は喜んで腰を振ってくるわ。……?どんな仕事かって?男に体を売る仕事だよ」

 私は逃げ出した。私には足りなかった覚悟が―――

 そして半年という時間と両親の蓄えが無くなるのはほぼ同時期だった。

 家を無くした私は衣類や家具を売ったお金で数日を過ごし、とうとうそれも無くなって路上でただただ街を眺めていた。

 体の異臭も空腹もすでに耐えられる限度を超えた時に男は現れた。

「家族はいないのかい?」

 私は横倒しにした体を起してその男に言葉をかけていた。

「お腹空いたのお金も家も家族も無いの…何も無いの―――私の体をあげるから……お金を下さい」

 私に出せるのは体だけそれ以外もうなにもない。この男に全てを差し出せばきっとお腹いっぱいご飯が食べられる。家で暮らしてまた"おかえり"って声をかけられる。

 男は私の体をそっと抱きかかえるとその額に額を当てて言った。

「帰る家が無いのか…ならボクの家に来るといい」

 空腹で虚ろな意識の中男の話を聞いていた。

 男はノラのダイバーで父を亡くしてから家族のために戦っていると、妹二人を養っていると、先日母を亡くしたのだと、自分はとても無力だと。

 男の眼からはポロポロと涙を流して言った"こんなボクだけどキミを救ってもいいかな"と―――

 家に着くと私より小さい女の子が二人で出迎えてくれた。暖かいご飯のあと三人でお風呂に入り私はようやく人に戻った。

「そうか…ご両親が―――」

 私は自分の事を話した。男は"世界は残酷だ"そう言いながらまた涙を流した。

「それでもボクは優しくできる。人に優しくできる―――キミさえ良ければ家族になってくれないかい」

 私は眼から流れる涙で視界を歪めながら男に返事をした。

「ボクはカイネル、カイネル・レイナルド」

 私は―――

 アリア・バレンティナ――――

 今日からはアリア・レイナルド―――


 私がアリア・レイナルドになってから2年の時が経った。

 私の朝はまずメイネとネテル、二人の妹を起こしてから市場へ向かうことから始まる。

 朝食に使う野菜と果物を買い家に帰ると丁度二人が着替えを済ませて部屋から出てくる。

 挨拶もそこそこに二人は私が作ったご飯に手をつける。

「アリアお姉ちゃん美味しいよこれ」

 その言葉が今一番うれしい。食事を済ませた二人は学校へと向かう。二人が通っているのはメイド学校で将来的には貴族か王様の下で働けるように勉強している。

 二人の兄で私の義理の兄でもあるカイネル義兄さんいわく"働くにしろ嫁ぐにしろ将来的にメイドを目指した方がいい"とのことで二人は毎日学校に通っている。

 私も義兄さんに学校へ通うよう言われたがどうしても働きたくて、今はとあるギルドで庶務として働いている。

「二人とも気をつけて行ってらっしゃい」

 二人は義兄さんに似て栗色の髪に淡い朱色の瞳。メイネが12歳でネテルが9歳の姉妹、私が15で少し年上だから彼女たちは姉のように慕ってくれる。いや、事実姉なのです。

 義兄さんはほとんど家には顔を出さない。それでも二人は"さびしい"だとかは絶対に口にしない。二人の母が亡くなった時も泣くのを我慢していたそうだ。

 でも、義兄さんの前では我慢できずに大きな声を上げて泣いたのだそうだ。二人にとって義兄さんは唯一心を休める存在で普段の強がりも義兄さんの前では見せない。

 義兄さんがたまに帰ってこようものならご馳走を私にねだり義兄さんに買ってもらったお気に入りの服を着て食事をする。学校でのことや近所の話をする光景は本当に見ていて幸せを感じずにはいられない。

 義兄さんが再びタワーへ向かうとなると抱き合って見送る。その時ほど咽から"行かないで"と言いたいと思うことはない。私もメイネもネテルも"大事な人"を亡くしているためか"もし"を考えるとその時間が一番辛い。

 妹たちを見送った後農地に近い自宅から少し離れたタワー近くにある仕事場へと行く。

 仕事場に着くとまず看板を外に出すのだけどその看板には"ギルド――ノラの集い――依頼受けます"と書いてある。

 名前の通りこのギルドはノラたちが集まって依頼をこなしたり、日々のダンジョン探索で得た素材を提携している道具屋"チカミチ"へ売ったりしてその収益で経営をしている。

 ギルドに入ることの利点として病気や怪我のさいに保障がでること、自身が得た利益とは別途給与が毎月支払われること、最後に万が一命を失った時残された家族が自立できるまでのサポートと金銭面の救済である。

 つまりギルドに入れば得することばかりなのだ。でも、ギルドに入れない場合もある。それはギルドやギルドのメンバーに不利益になるようなことをする可能性がある人物は査定段階でお断りする決まりがある。

 ノラダイバーなら基本誰でも歓迎するこのギルドも過去に何人かお断りしている。例を挙げるならお断りした過去のダイバーに酒や博打で日々を過ごす男がいた。勿論、問答無用で追い返した。

「おはようアリアちゃん」

「あ!おはよう御座います!レイフさん!」

 レイフ・ラドクロスさんはこのギルドのサブマスターです。彼は元ダイバーで過去に足を痛めたために引退して前のギルドを抜けることになった。そんな時にノラの集いのマスターからサブマスターにと誘われたらしい。

 赤色の髪とメガネが特徴の渋いおじさんなのです。

「あのレイフさん、ギルマスは今度いつ帰ってくるんですか?」

 私はまだこのギルドのマスターに会ったことが無い。他のメンバーは日に一度はギルド本部に顔を出すんだけど、ギルマス…ワールドさんは一度も顔を合わさない。

 ワールド、世界という意味を持つ言葉を名前に持つギルマスはここ1年でこの国の有名人になった。

「さ~どうだろう。あいつは忙しい身だからな――そのうち会えるさ」

 ギルマスが有名になった理由は提携している道具屋"チカミチ"で販売しているとある道具が深く関係している。

 ワールドマップ。タワーの一層一層を正確に精密に書き記してモンスターや危険区域をも記載された完全な地図。

 そのマップをチカミチの主人であるベルギットさんと契約して売り上げの半分をノラの集いの収益にしてもらった。

 その結果徐々にダイバーたちにそのマップのよさが広まり、二十階層までのマップは安価に販売されていて四十階層まではそこそこの値段、そして四十一階層から今到達している最高地点の四十七階層にもなると個人では購入できない値段が付けられていてそれこそギルド規模で購入することぐらいしかできない。

 それでも今までに3枚が売却されていることからやはり一級の道具なのだと証明している。

 チカミチももとは雑貨屋程度だったが今では幅広い事業を展開している。ちなみにお胸の大きな美人のお姉さんで口癖が"テメー"というちょっと男勝りな人。

 時々酒に酔って"ワールドはいるか!"って顔を出すんだけどその度ギルマスはいないので"なんだ…いないのかい"と言って寂しそうに帰って行く。

「おはようさん!アリア!サブマス!」

 本部に駆け足で入って来たのは野良の集いのメンバーのレミーナさん。彼女はレッドスキル持ちのノラダイバーだった人でワールドさんに憧れてこのギルドに入ったらしい。

「ね!ね!ギルマスはワールド様は?」

「残念ですが今日も不在なんですよ」

「え~そっか~残念だわ~…アリアお兄さんは?」

 義兄さんもこのギルドのメンバーで創設時に入っていてギルマスに次ぐ稼ぎ頭である。

「明後日には一度帰ると言ってましたけど」

「カイネルもよくやるよね半月は帰ってこないんでしょ?そんなに稼いでどこに出費があるのやら」

「うちは妹たちが学校に通っているのでその分義兄さんは忙しいんですよ」

 3児のパパかいなと言うとレミーナさんはギルドの掲示板に張られた紙を品定めし、一枚選ぶとそれを手に取りレイフさんに渡した。

「ハレネルノの蜜を1.5ガルン(kg)をチカミチに納品するクエストか……よし!行ってこい」

「行ってきま~」

 ギルドのノルマは1日1クエストでそれさえ達成できれば月末に給金が別途支給される。私やレイフさんのような一般職は固定給が毎月支払われ、ダイバーの補助として担当したクエストの数に応じてさらにボーナスも加算されるので最近では国一番の優良ギルドとして有名なのだ。

 私の担当は義兄さん…と言いたいところですが、残念ながら義兄さんの担当はビネットさんという人でサブマスターのレイフさんの奥さんで、足の悪いレイフさんの代わりに遠出や資材の調達をしている働き者の笑顔の絶えないいい人。

 私もいつかは旦那様に尽くすカワイイ奥さんになれるといいななんて思ってしまいます。

「おはようございます!」

 突然大声で入って来たのは緑の髪に黄色い瞳の若い女性。彼女の名前はメイシャ・カロフッツォ、先日新しくメンバーになったこのギルドのダイバーです。

「おはよう御座いますメイシャさん」

 彼女は現在27歳でついこの前まで農夫の旦那さんを支える奥さんだったのですが、旦那さんが病気を患って働いていくことが困難になったため自ら働き口を探して結局はダイバーしかなれなかったんですが、スキル鑑定時にレッドスキル持ちというのが分かって色々なギルドに断られて行き着いたのがこのギルドだったそうです。

 メイシャさんは緊張しながら掲示板の前まで行くと緑色の紙をジッと見つめてその中の一つを手に取り私に近づいてきた。

「今日もこれをお願いします」

 彼女の担当は新米の私でお互いにぎこちないながらも日々精進しています。

「"第一階層の調査"ですねわかりました」

 この緑のクエストは初心者クエストというLvの低いダイバー専用で調査とは名ばかりのレベリングクエストです。

 一般ギルドは初心者と経験者でパーティーを組ませてレベリングをしていけるのですが、レッドスキルを持っていると下手にパーティーを組めないのでその対策としてこのクエストが考案されたのです。

 ダイバーになったばかりのメイシャさんみたいな人が困ることのないように設けられたクエスト。考案したのは勿論ギルドマスターのワールド氏。

 コツコツこなせばレベルも上がるし給金も貰える。しかし、いつまでもは受けられないようになっていてLv10からは緑は選べなくなってしまうシステムになっているのです。

 私がメイシャさんを送り出すと入れ替わりでもう一人の新人メンバーが入ってきた。

「あ、あ、あの――おはよう…ございます」

 セル・レッヘルトくん15歳、私と同じ歳の新人ダイバー。彼は少し変わった経歴を持っていてご両親はご健在で家柄は裕福、スキルも色付きではなく普通のギルドにも入れるのになぜかこのギルドに入っている。本当不思議の一言である。

「おはようセルくん」

 セルくんはメイシャさんと同じ緑のクエストを掲示板から手に取ると私に駆け寄ってくる。

「こ、これ」

「"第一階層の調査"ですねわかりました。…………?どうかしましたか?」

「あ、あの、い、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」

 まさに謎です。

 とにかく他にもメンバーはいるんですが、とりあえず私が説明できるのはこれくらいです。

 ノラの集いは今日も営業中です。ご利用の際はギルド本部レイフまで連絡下さい。


 街の西側にあるもっとも大きな建物の一番上に金色に光るヘレス鉱石で作られた鐘が正午を報せる。

 この時間は私にとって一日で一番忙しい時間です。

 タワーの地上階層でチカミチの出店の売り子としてのクエストをするからなのですが、昼食時に販売される"チカミチ特製サンド"なる商品が今大流行してお店は猫の手も借りたいほどに忙しくて。

「"特サンミックス"三人前です!」

「"特サンチキン"十人前追加です!」

「"特サンスペシャル"は完売しました!完売ありがとう御座います!」

 出店の前は人ごみができて列を整理する人たちは大変苦労している。私は注文を受けて商品を品出しの人から受け取って客に渡すという作業を担当していて、同じく右側の売り子を担当しているチカミチのサーチェさんは私が一人担当する間に二人の客を担当し終えているというまさに売り子のエースです。

 それでも私は早く客を捌いている方でただサーチェさんが異常な早さなだけなのです。

 約二十分という早さで2000個が完売してしまうのですが、その理由がダイバーだけでなく一般の人も買いにくるからで。

 以前の地上階層はダイバーと軽食の出店が少しとブラックスミスの出店だけが立ち入ることのできる場所だったらしいのですが、その雰囲気を破壊したのがチカミチの"チカミチ特製サンド"の販売で、一般の人も気軽にタワーへと入るようになって噂では王族の方も何度かお忍びで購入しに来たそうです。

 その人気の秘密は秘伝のタレでそれ作った人こそベルギットさん。チカミチの女主人で元々小さい雑貨屋を親から継いで日々細々と暮らしていた彼女。そんな時に趣味で店頭に販売していた自家製のタレを一人のダイバーが口にし絶賛し、それを使った手製のサンドをタワーの中で販売してはと持ちかけられたのです。そのダイバーこそノラの集いを作る前のワールド氏。

 そういった経緯でタワーの地上階層で出店をしたところこれが大盛況。チカミチの知名度は一気に広まり、後にワールド氏がギルドを作る資金のきっかけとなる"ワールドマップ"を販売をするとその知名度は国中に及んだのでした。

 それ以来ワールド氏を信頼と尊敬していてノラの集いをサポートしている。これは近しい人は誰でも知っていることなのですが、彼女はずっと一途にワールド氏に片思いしていて彼女を嫁にしようと言い寄る男の人を片っ端から断っているのだそうです。

 ワールド氏は周りの女性に好かれる人でそれが私にとってはありがたいことで。私は義兄さんが女の人から言い寄られたりするのを見たことが無く、それがワールド氏が女性から好意を持たれすぎる所為であるのは間違いなくて本当なら義兄さんももっと女性に言い寄られてもおかしくは無いのですが私的には本当に助かっています。

「"チカミチ特製サンド"全種完売いたしました!お買い上げできなかった方はまた明日来てください!」

 チカミチの売り子のクエストを終えるとしばし昼食の時間です。ベルギットさんが部下と私たちのために手製でお昼を運んできてくれます。

「てめぇーら!今日もお疲れ!あたしの手作りサンド食っていきな!」

 号令のような掛け声に私たちが返事をするとベルギットさんは笑顔で"うまいか?"と聞いてくる。勿論口を揃えて"うまい"と言う。そうかそうかとベルギットさんは満足げな顔で自らも食しだす。

 地上階層で食事をしているとやはり気になるのは左右に分かれた階段と明らかに右寄りなブラックスミスの店。

 一般のギルドは右の階段ノラは左の階段という決まりのようなものがあり、誰もがそれを忠実に守っているのです。でも、それが互いに楽なのだから構わないのですが、なんだかちょっと寂しい気もしているんです。

「どうかしたの?武器屋なんか眺めて」

 唐突に話しかけてきたのは金髪に金色の瞳の女性。

「エリカさん」

 エリカ・グレーゴル・アルバーさんという女性のブラックスミスさん。ノラの集い専属のブラックスミスといいたいとこだけど…。

「カイネルは?」

 エリカさんは義兄さんの専属ブラックスミスで義兄さんに近しい女性の中で唯一義兄さんに好意を寄せている人なのです。

「義兄さんはまだ暫く帰ってきませんよ」

「うん、知ってる」

 ならなんで私に聞いたのか、そう言いたいけどグッと我慢する。私にとってエリカさんはいつも義兄さんの話を義妹の私に自慢げに語る天敵に近い存在。本音を言うと"大"が付くほど苦手です。

「明後日帰ってくるんでしょ?装備の修復依頼入ってるから知ってるわよ」

 じゃー何故聞くのか?

「心配じゃない…」

「え?」

「カイネル、なんか生き急いでる感じするじゃない?アリアちゃんも心配じゃないかなって」

 確かに義兄さんは頑張りすぎているなと思わないでもない。ノラで数週間もタワーに上ったっきり降りてこないこともある。

 噂では義兄さんがワールド氏のお手伝いをしていると言う人もいたり。

「私的にはカイネルは将来の旦那様だから♪心配するのは妻として当然なんだけど―――」

「!?妻って!」

 この人が冗談ではなく本気でそう言っていることを私は直感で分かってしまう。

 義兄さんとエリカさんの間に昔なにがあったのかを私は知らないけど、多分"決定的な何か"があったんだと思う。

「おっと、客が来たようだから戻るわ」

 この人はこう見えて忙しい人で、何せ"グレーゴル・アルバー"といえばブラックスミスの中で唯一コトーデ王国から称号"グレーゴル"を与えられたアルバー家の血筋なんですから。

 その手から作られる武器は万物を斬り砕き貫き、その手から作られる防具は斬っても叩いても突いてもビクともしないと称されている。

 しかし、ブラックスミスになる女性は本来少ない。それは"力"が弱いからで鉱石を叩いて精錬するブラックスミスにとってそれが決定的に良し悪しを決める。

 そんな世界の中でさらにその頂点の"アルバー"の中でも彼女は随一のブラックスミス―――と世間では言われている。

 引く手数多のエリカさんがワールド氏ならともかく、義兄さんの専属として働いている時点でその本気度が窺えて本当に―――

「油断できません…ムム~」


 夕方を報せる鐘の音が耳の奥まで響いてくる。

「お疲れ様でした」

「お疲れアリアちゃん」

 レイフさんに挨拶をすませ夕飯の買い物をしてから家に帰る道すがら空を見上げると、数千というタコが空に広がる光景は何度見ても見とれてしまう。

 哀しいかなそこにいないと分かっている姿を探してしまう。

 家路の途中でメイドの学校からの帰りらしき子供たちとすれ違い妹たちも帰っている頃だろうと歩幅を大きくする。

 私の暮す家の場所は学校からは一番遠い。メイネとネテルは毎朝毎夕その道のりを足をだるくしながら通っているので食事だけはちゃんとした物を食べさせなければと思考を凝らしている。

 家に着き玄関を開けて目にしたその光景は驚きとしか言い表せないものだった。

「どうしたの二人とも!?そんな泥だらけで!」

 着ている制服や髪まで泥だらけ、よく見ると所々すり傷もある。

「あ、お帰りなさいアリアお姉ちゃん」

「そんなことより何があったの?転んだの?それとも落ちたの?」

「ん~とね」

 答えづらそうにメイネがしているとネテルがこちらに駆け寄ってくる。

「ごめんなさいアリアお姉ちゃん、私がいけないのカイネル兄ちゃんを馬鹿にした男の子とケンカになって」

「………なんだケンカか~……って!ケンカなんかしちゃダメじゃないの」

「ネテルは悪くないよ。あいつ等が先に兄ちゃんの悪口言ったから悪いんだ!ネテルが引っ叩かなかったら私がやってたね」

「…確かに義兄さんが悪く言われたのなら私だって怒るけど……暴力はダメよ、義兄さんも暴力で何も解決しないって言っていたじゃない」

「でも兄ちゃんなら"ネテルを泣かせた報いを"ってぶっ飛ばしに行くと思うけどな」

 そう思わなくも無い。義兄さんは優しい人だけど家族が傷つけられると豹変してしまうことがあるのです。

 あれはメイネが学校に行き始めた頃―――

 当時まだ私は義兄さんの妹になって間もなかった。メイネをメイド学校に通わせる為に義兄さんは事前に数百万ギリーを学校に寄付したりメイネが通える環境作りをしていた。

 今でこそ学校に普通に通っているメイネも当時は"いじめ"という大きな壁が立ち塞がっていた。しかし、義兄さんに心配させまいとメイネは誰にもそれを打ち明けずに学校に通っていた。

 しかし、ある日義兄さんに買って貰った真新しい靴を学校に履いていったメイネは帰ってきた時に裸足で、私が詳しく事情を聞いてみるとようやくメイネの口から"いじめ"を受けている事実が分かった。

 翌日には私が学校に出向きその事実を追求したけど学校は知らぬ存ぜぬを貫き通した。

 結局メイネのために何もできなかった私は義兄さんにそれを相談した。話を聞いた義兄さんは"後はボクに任せて"と言い学校へと出向いた。

 数日がたった頃、学校の授業参観という形で親たちも学校にいる時に学校の理事長が全体集会を急遽開いた。

 私も義兄さんの代わりにその場にいて、理事長は集会でこの学校の経営難を救ってくれた寄付者を紹介すると生徒たちを集めて言った。

 その瞬間までこの学校が経営難とは知らずにいた生徒や親はざわついていた。そう言う私も驚きは隠せず、いったいどこのどんな人が経営難を解決するほどの援助をしたのか――ただそれだけの思いで壇上へ眼を向けた。

「義兄さん!?」

 壇上に立っていたのは間違いなくカイネル義兄さんだった。タワーに出かけているとばかり思っていた義兄さんが壇上で口を開いた。

「やぁ、皆さん。ボクはカイネル・レイナルドといいます。この学校へ援助させていただいています」

 義兄さんはメイドの学校へ通えるのが貴族や資産家の家柄の者だけという話をし始めた。

 昔はメイドという仕事が王宮での仕事に限られていてある程度品格というものが必要な職種だった。

 その習慣はいまだ学校への入学条件に残っていて、貴族または数百万ギリーの寄付ができる資産家に限られるというもので、そんな条件を満たせるのは一部の有名ギルドに所属するダイバーぐらい。

 しかし、メイド学校も一つではなくて有名な学校ほど王宮で仕える可能性が高いためこの学校には寄付してまで入学させたがるダイバーは減少していった。

 そうしているうちに学校は経営難になり土地の維持や校舎の維持が難しくなっていた。

 そんな時に学校に妹を入学させたいというダイバーが現れ、理事長は普通数百万の寄付金を数千万必要だと話を持ちかけた。

 普通ならそんな話を呑まず他の学校へ入れることを考えるのだろうが、そのダイバーは条件を即断で呑みその代わりとして逆に条件を出した。

「この学校は明日から"貴族だけじゃない開かれた学校"に変わります」

 毎年数千万ギリーを寄付する代わりに入学する際の条件の撤廃をそのダイバーは理事長に要求し、結果このメイド学校は家柄関係なくある程度の学費を払うだけで誰でも入学できる学校へと変わった。

「これからは身分の違う者同士が通える学校として世間でも話題になり、おそらく王宮からの召抱えもあると思います。その時はこの学校のメイドとして恥じない仕事ができるよう身分に関わらずこれからも精進して下さい」

 その後、数名の貴族の生徒が学校を去ってしまったらしいのですが、その他はそれまで通り学校へ通っているようです。

 次の月から数百の貴族じゃない生徒が入学して、義兄さんの行った通りに学校は変わって行きました。

 そういえばメイネのいじめの件は義兄さんが壇上で雄弁に語った後の言葉が解決に繋がったのですが…。

「あと、ボクの妹の靴が昨日無くなってしまいました。"誰か"はボクはもう知っているのですが、靴を持っていった人に忠告します」

 純粋な殺気を義兄さんはその場に放つとある一点を見ながら言いました。

「早めに返した方が身のためだ。でないと―――後悔することになる」

 私も感じたその殺気を身に受けるのは生まれて初めてだったんですが恐怖と言うよりも畏怖といった感覚だったのを今でも覚えています。

 その直後すぐにメイネの靴は返って来ました。靴箱の中には靴と手紙が置いてあり筆筆と御詫びの言葉が書かれていて、やっとメイネは辛い時期を抜け出せたのだと安堵していました。

 これは余談なのですが、あの義兄さんの壇上からの殺気を受けた数名の生徒が義兄さんに恋をしてしまったらしく、メイネは数名のクラスメイトから紹介してほしいとねだられたそうです。

 私もその瞬間惚れ直したということも余談です。

「またいじめられたとかじゃないのね?」

「違うよ男の子だって言ったよ」

「なんかギルドのお父さんがノラのダイバーの悪口言ってたって言ってて、それで私の兄ちゃんもノラだよって言ったら突然卑怯者だとか臆病者だとか邪魔だとか言いだして」

「それでケンカになったの?本当バカなんだから―――」

 まったく、この子達は義兄さんとたくましいところがそっくりなんだから。

 義兄さんに似て本当に二人は兄妹なんだな――――

「アリアお姉ちゃん今の顔お兄ちゃんみたいだった」

「そうだね今アリア姉ちゃん兄ちゃんみたいだったね」

「…本当?」

「多分私たちに似てきたんだよ」

 そうか、血なんて繋がってなくたって一緒に暮していれば似ていくんだ。

 きっとそうならいいのにな――――

 義兄さん、メイネとネテルは今日も元気いっぱいです。

 それと―――

 アリア・レイナルドは今日も元気です。

次話は明日正午投稿予定です。

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