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ダイバー(冒険者)  作者: 飛び猫
19/19

15 アバター

 スカイブロックでナンバーズのリンクがほぼ終了した頃。

 漸く酔いから目覚めたカイネルはその惨状を目にした。

 目の前で土下座するテンスがすぐにカイネルに言葉をかける。

「おはようございます殿」

「?」

 カイネルはその態度に困惑して、彼女に、"どうしたの?"と優しく声をかける。

「殿に置かれましては本日のご機嫌はいかがですか?もしすぐれないようでしたら、すぐにでも私が介抱いたしまする」

「どうしたのテンス、話し方が変だよ」

 そう言うカイネルは、自身が酔ってしでかしたことなど全て忘れてしまっている。

「変でございますか?ならばお仕置きでしょうか?殿」

「へ?」

「ぜひとも、このテンスめにそのご不満をぶちまけていただきたく!」

 顔を上げたテンスの表情はうっとりとしていて、舌を出してハァハァと息を切らしていた。

「………」

 カイネルは思考した。

 これはもしかすると、ナノマシーンが体内でよくない動作をしているのではないだろうか――と。

 すぐにテンスをソファーに寝かせて瞳孔や体の異変を探るカイネルは、服を剥ぎ取って上半身を触診し始めた。

「殿……」

 テンスはゆっくりと目を閉じて身構えた。


 おかしい、どこにも異常がない…。ただの杞憂か?


 カイネルはテンスの服をそっと元に戻すと部屋を一瞥する。

「空の酒…そうだ、ボクはたしかナエリカと酒を飲んで――」

 それからの記憶がないことから、彼は眠ってしまったのだと推測した。

「テンス他の子はどうした?」

「…殿、お仕置きは?して下さらないので」

 現状異変が起きているのがテンスだけとは限らない、と考えたカイネルはすぐに他の異常を確認し始める。

「テンス緊急なんだ他の子は?」

「は!エイトス姉上は自室にてお着替えを、セヴンス様は寝室にて寝ております、クスス姉上は"おかずができた"との事で自室へ、ナインス姉上はそちらでお隠れに、イレヴンスはサーティーンスと自室へと向かいました」

 フォース姉上、フィフス姉上は天外の整備をしています、と言ったテンスはそっとカイネルの手を握る。

「ナインス?いるのかい?」

 壁の中の収納のためのボックスが一つ開いていて、そこから恐る恐る顔を覗かせるナインスはすでに半泣きだった。

「い、います、なんで、しょうか――カイネル?」

 カイネルが優しく微笑みかけるが、ナインスは一向にそのボックスから出ようとしなかった。

「どうしたの?出てきてくれないかい」

「……で、出て行けば、私、"丸齧り"されてしまう、です?」

 カイネルは首を傾げる。

「"丸齧り"?お腹空いたのかい?」

 カイネルがそう言うとナインスはその小さな頭を左右に振って、恐る恐るボックスから出てきた。

「う~、怖い、です~、肉食系男子です~」

 ナインスが近くまで寄るとカイネルは優しく頭を撫でながら言う。

「ナインス、ここでなにがあったのか教えてくれないかな?」

「う~、はい…です~」


 ナインスは自身の体験をカイネルに話した。

 事実を知ったカイネルは頭を抱えてしばらく沈黙する。

 "俺様"だって?おまけに"丸齧り"――このボクが?

 必死に思い出そうとするがその時のことは一切思い出せなかった。

「……ボクがそんなことを言った――」

 自身の知らない部分に直面した彼は、さらにもっと詳しく知りたくなった。

「テンス…ボクは、一体キミに何をしたんだい?」

「は!私がこの部屋へ辿り着いた時にはすでにセヴンス様が殿と接吻をしていまして、その後私に"可愛いなお前"と言って寝室へ」

「……スー…ハァァアア……、寝室でナエリカと同じようにキミにも…その―――キスを?」

 腕をスリスリと触るテンスは、上目遣いでコクコクと頷く。

 カイネルはスッと立ち上がるとテンスに頭を下げる。

「本当に申し訳ない!謝っても足りないだろうけど、申し訳ない」

 テンスはすぐに自らも立って、"滅相もないです"と両手を振る。

「……ナエリカやエイトス、それにクススとイレヴンスにも謝らないといけない」

 カイネルはふと今日まで酒を飲だ日の後のことを思い出して、これまでもこういうことがあったんじゃないかと頭を悩ませるのだった。


 数時間後、もう一度リビングに初期ロット以外のナンバーズが集まった時には、部屋はキレイに片付いてカイネルの頭も普段どおり冷静さを取り戻していた。

 しかし、ナエリカの態度やクスス、エイトス、テンス、イレヴンスの態度は以前のものとは違っていて、その他の姉妹たちは彼女たちに何があったのかを知りたがったが、カイネルは一先ず"今はどうでもいいことだ"と無理やりに言いくるめた。

 初期ロットが未だ目覚めていないことをカイネルは話題に上げて、その理由を彼女たちに話した。

「記憶の初期化?ファーストお姉様たち全員をですか?」

 そう言うフィフスはカイネルとは初対面だが、リンクした姉妹の記憶から大体の話を理解していた。

「…ファーストとはそういう手はずで打ち合わせていたけど、実は少し違うんだ。…もうそろそろ入ってきたらどうだい?」

 カイネルは開きっぱなしのリビング入り口に向けてそう言う。

 そして、彼の声に招かれるように一人姿を現したのはサードことジュリアンだった。

「サードお姉様!」

「よう!みんな揃ってんな」

 様子からして、彼女が記憶を消されて初期化されていないことは明らかだった。

「カイネル様、これはどういうことなのでしょうか?」

 サーティーンスがそう聞くとジュリアンがそれに答えた。

「それについては私が話すよ、まず、初期ロットの記憶削除は私以外のリリアン・マリアン・ユリアンだけするように私がカイネルに頼んだ。そうしないと彼女らを教育して生きていくことができないからね」

 ジュリアンは壁にもたれかかると、服からライターとタバコを取り出してそれを口にして火をつけた。

「あ!吸ってもいいよね?」

「ああ構わないよ」

 カイネルがそう言うと、ふーと煙を吐いたジュリアンは本題を口にする。

「私たち初期ロットはこのスカイブロックで暮らし、あんたたちはカイネルと地上で暮らしな」

「!」「サードお姉様…」「サード姉様!!」

 姉妹は驚きサードの名を呼ぶ。ジュリアンは灰を捨てるために壁の一部のボタンを押して水の入ったコップを出すとタバコの灰を落としながら続けた。

「正直、私たち初期ロットは地上じゃ生きられない、全員に首輪代わりのナノマシーンが投与されていて、私は長いことこのナノマシーンの除去法を探していたが…結局は見つからなかった。だから私たちはこのスカイブロックから一生離れられない」

 ジュリアンの言葉にナインスはポロポロと涙を流し、フィフスも悲しげな表情を浮かべる。

「まー私たちは無理だけど、あんたらは別にここに縛られなくても構わない、三人の面倒は私がみるから――スィクスス」

「はい!」

「あんたが本来こん中で一番上の姉なんだから、ちゃんと妹たちの面倒をみな、分かったね」

「……はい」

 暗い空気の中、カイネルが一言だけ呟いた。

「今は無理でも…いつかは彼女たちも地上で暮らせるようになるさ――」

 "いつかは――"その言葉は地上に向かう彼女たちを励まし、またジュリアンたちにも可能性を見せる言葉だった。

「…フー…そうなるといいかもね」

「きっと、なる、私は、そんな気がする」

 フォースの言葉に他の姉妹を顔を見合わせ頷く。



 ジュリアンはカイネルの提案で対神宝具の保管管理も引き受け、天外の発着場にて別れをむかえようとしていた。

 カイネルがコールオブヴァハムートでヴァハムートを召喚すると、天外を準備していたフィフスが腰を抜かして下着が丸見えになるハプニングがあったり。

 エイトスが、カイネルの手をとってそれに飛び移った瞬間、風でスカートが捲れて穿いてないことが発覚し"替えの下着が無かったから"というハプニングもあったが、何とか彼女らを地上で待つホチアの元へと連れて行くことができた。

 もちろん、ホチアは怒りを通り越して呆れて、"あ~もういいです、カイネルが拾ってくるものは大体女の子なので…もう、なんか、分かってました"とぼやいた。が、彼女もナンバーズたちに同情的で歳の近いテンスとは仲良く話していた。

 カイネルは、彼女たちを地上で住まわすことで一番最初に問題になることは"住む場所"だと分かっていた。銀髪の女ばかりの集団はバルファーデンでは手配されていて、カフドや周辺ににもその情報は流れていた。

 集落から遠くなると彼女たちは生きてはいけない、生活力はほぼ無いに等しく、金銭面でも銀髪が目立って働き口も探せない。

 人が住んでいる近くだが人目には付かず、カイネル自身が頻繁に会いに行ける場所。

「そんな場所一つしか知らないな――」

 呟いたカイネルはホチアとナエリカ、ナンバーズたちに秘密を教えることを決意する。

 ヴァハムートに乗った一行は、デクリの上空から真っ直ぐタワーへと向かう。タワーが見えてくると、カイネルは"ここから上へ"と言って高度を上げさせる。

 タワーの七十階層辺りの外壁を黒い影がスッと上へ上へと登っていき、百階層に到達すると彼女たちは揃って驚きの声を上げた。

「これって、スカイブロック!」

 タワーの上に着陸したようにスカイブロックが半分ほど載っていた。そのスカイブロックは、浮遊機関を半損していて全体を支えられずにタワーへともたれかかっている様に見えた。

 外層幕もしっかりと張られて、内部に入るとデクリの上空にあったスカイブロックとなんら変わりはなかった。

「カイネルここは――」

「キミたちの新しい家だよ、内部の構造は向こうと変わりないだろうけど、天外は2つしかないし街に降りる手段がそれしかないけど」

「ち、地上で、暮らせない、です?」

 ナインスはエイトスの後ろに隠れながらそう言う。

「キミたちが地上で暮らすには少し時間が掛かる、ここは仮拠点みたいなものだよ、地上の生活に十分慣れたならその時はボクが責任を持って地上で暮らせるよう手配しよう」

 彼女たちをそこへと案内するとヴァハムートに別れをつげる。

「次回はいい戦場へ招いてもらいたいものだな主よ」

 意味深な言葉を残してヴァハムートは消え去る。

 カイネルはスカイブロックの中へ行く前に彼女たちを連れてタワーの中へと入る。タワーの中ということは百階層へ直接入るということで、入ったとたんに"タワー攻略~!"と声を上げたホチアにカイネルは口元を緩めた。

 スカイブロックへと向かうための天外が一つそこにあるが、スカイブロック自体が落ちてきているために使用した形跡はなく、九十九階層へと続く螺旋の廊下と隣接したスカイブロックから入ってきた穴があるだけ。その穴はカイネルがリミテッドソードメイドで、その部分の外壁を剣に作り変えて開けたものだった。

 一度通ると数時間で塞がってしまうその道は、カイネルでない限りはもう一度通ることはできない、完全にスカイブロックへの道は彼にしか開くことができないものだった。

「これなら他の人間がキミたちの所へ行く可能性も無い。…仮に百階層に上れる者がいた場合だけどね」

 カイネルが彼女たちに見せたかったものは何も百階層ではない、そこにある一つの遺骸だった。

「主、この遺骸――」

「そう、この遺骸には脳がない」

 遺骸は白骨化していて、頭部の骨には頭に脳の代わりとなる機械がボルトで取り付けられていた。

「おそらくこれは古代にいた冒険者のものだろう、推測するに年齢は十代、この頭に付けられた機械を切り開いてわかったことはこれが古代人の脳だということ」

「ですが、カイネル様…古代人は私たちと同じ存在であるとスカイブロックのライブラリーにはありました」

 クススは自身の記憶から古代人の知識を思い出す。

「機械仕掛け、ロボットといいますが、それがいることは知っています。"アンドロイド"と呼ぶようですが、骨格や内臓も機械仕掛けだったと記憶していますわ」

「そうクススの言うとおり、この遺骸は機械仕掛けではないし、完全な古代人でもない」

 カイネルは左手でその機械を持ち上げると言った。

「これは"デン脳"と呼ぶものらしい」

 カイネルは、それを指で触りながら中のものを取り出した。

「この管の中にはさらに小さな管が入っていて、それらが脳のように微量なデンリュウを流している。本来は人の体を機械化する過程で脳も機械化できた。が、彼ら古代人の住むチキュウはすでに大気中のタイデンリュウが機械に影響を及ぼすために、それを採用できたのはウチュウクウカンでのみだったんだ」

 カイネルの話についてこられる知識の持ち主はおそらく今はいないナンバーズの父のみだろう。ナエリカはすでに理解できないために口を挿んだ。

「主、もっと分かりやすく話してはいただけませんか?」

「…そうだね、ごめん先走りすぎたよ。今大事なのはこの遺骸がなんなのかだった」

 カイネルは手にしたそれを遺骸の傍に戻すと本題を言う。

「この遺骸は"冒険者"のものだけど、古代人の言葉で"アバター"という仮の自分のものなんだ」

 アバター?と首を傾げるホチアとテンス。

「君たちの父が言っていた神核者の護る"コアブロック"、…そこは本来この"アバター"を保管しておく場所なんだ」

「なら父様がコアブロックに固執していたのは――」

「おそらく"アバター"の存在を彼は知らなかっただろうな…、彼が求めていたのは神核者に用いられている技術で自身を不死者にすることだろう」

 カイネルは指を立ててある問題を彼女らに言う。

「古代人が自身の仮の存在である"アバター"を使って、この星のダンジョンで冒険するのは何故だと思う?」

「…自身の体ではなく、他人の体を使って――ダンジョンで冒険する理由?」

「それは"身体能力"ですか主――」

 首を傾げるフィフスの隣でナエリカがそう言う。

「そのとおりだセヴン。古代人は長い"ウチュウクウカン"での生活で筋力は最低限しか身に付けないことが日常になっているようなんだ」

「だから、他の体でダンジョンなどに行きモンスターと戦うのですか?なんだか変な話ですわ」

 クススの言葉に共感する者も少なくない中、カイネルは腕を組んでその理由を話す。

「古代人はここをアトラクション、"リアル プラネット ロール プレイング ゲーム"として作ったらしいよ」

「アトラクション?」「本格的、惑星、誰かを演じる、遊び?」

 エイトスとクススがそう言うとカイネルは続ける。

「"RPRPG"とも"MMRDRPG"とも言われているこの星は"遊び場"として作られた星なんだよ。ボクらはその中ではNPC、"ノン プレイヤー キャラクター"と呼ばれる存在だったんだ」

 話が終盤に近づくとカイネルにナエリカが聞いた。

「それを私たちに話した理由を聞かせて下さい――主」

「うん、そうだね。そこの遺骸――レベルいくつだと思う?」

 カイネルのその質問に答えたのはイレヴンスとサーティーンス。

「私たちはその…スキルなんかはあってないようなものですので、その遺骸が生前の強さは…なんとも言えません」

「見た目も小さいし、それほど強くはなかったのでは…と推測します」

 カイネルは、自分を指してボクは69と自身のLvを言うと話を続ける。

「本来、戦いでのレベルの恩恵はごく少量…、スキルにずば抜けたものがあるのはそのためなんだけど、古代の冒険者はその肉体自体が素手でモンスターを倒せるほどの力を持っていたとボクは推測している」

「素手で?モンスターをですか?」

「この遺骸、もちろん元々ここにあったものじゃない。元々八十六階層の隠し部屋、もしくは罠が仕掛けられた部屋の中にあったんだ。そして、その遺骸は何かの甲殻系モンスターの外殻を素手で貫いた状態で見つけた」

 カイネルはカタナを剣製してそれを振ってみせ、ナノマシーン鉱石でできた床に傷をつけた。

「こんなことをしても折れないこのカタナでさえ、その甲殻系のモンスターの死体の外殻に傷つけることができなかった。それを素手で貫く古代の冒険者の身体能力…これは異常だ」

「確かに、そのような力を持ったものがいたなら私たちは手も足もでませんね。例え対神宝具を持っていたとしても――」

 クススはそう言い、ですが今は遺骸となっていますが――とそれを見る。

「さっきも言ったろ――"アバター"を保管しているのが"コアブロック"だと」

 漸く事の真意に気づくクススとセヴンス。

「"コアブロック"内には未だおそらくだけど、2万体以上の古代の冒険者の"アバター"が存在している――ボクはそう予想する」

「に、2万!?」

 驚きを表したのは話を理解している一部で、ホチアやテンスは必死に理解しようとするが常に首を傾げている。

「2万ものそれが危険だと言うことですか?」

 ナエリカの言葉にカイネルは首を左右に振る。

「ボクの望みはね、"自身の意思すら持たない"彼ら、"己の意思で死ぬことすらできない"彼女らに死を与えること――」

 クススとナエリカはその言葉の重みをその旨に感じる。

「元々ここに書かれていたことから推測したことだから、"コアブロック"に行ったところで何もないかもしれないけど。キミたちにこの話をしたのは、いつかキミたちがその事実にここの文面から辿り着くかもしれないから――」

 カイネルは笑顔で彼女たちを見る。すると、ナエリカが片膝を突いて跪きカイネルに言った。

「それが主の望みであれば、吾身を持ってお供いたします」

「よく分からなかったけど!ウチもカイネルのクーリエとしてその"なんたら"ってとこに行く!もちろんコロロとシュシュもさ!」

 そんな二人に続くようにクススが、「私もお役に立てるなら何でもいたしますわ」と言い、他の姉妹も同じようなことをカイネルに伝えた。


 カイネルの話が終わると、彼女たちは一先ずスカイブロックで生活させることになりそこで別れ、ホチアとナエリカを連れて八十階層まで降りる。

 何故八十階層まで彼らが降りてきたのかというと、九十八階層からダイブすることは自殺行為だからで、それ自体は一度カイネルが実践していた。

 ダイブして数十秒後には体内のナノマシーンが原因で失神する。カイネルはすぐに気がつくことができ事なきを得たが、死んでもおかしくない状況だったのは確かだった。

 クススが天外で地上に降りる際に外層幕を張って降りていたのもそのためだとカイネルは言う。

「本来高度一千バレン(m)程度の高さで外層幕なんて必要ないんだ――」

 そう言ったカイネルにナエリカは自身が高い所が苦手だと告げる。すると、"ボクと二人で降りるかい?"と言うカイネル。

「無理です!私には無理です主~!」

 泣きべそをかくナエリカと満面の笑みを浮かべるカイネル。

 ホチアが、その身に大き目のタコの筒を付けて、シュシュを体に縛り付けると迷いなく飛び降りる。すぐに小さくなったホチアがタコを開いたのを見てナエリカは言葉を失う。

「あんなに早く開いたら降りるまで何分かかるんですか!?」

「数分だよ、心配ないよ高いほうが安全なんだよ十分タワーから離れられるし、タコが絡まることは万に一つもないけど…、もし絡まっても直すだけの時間はあるから」

「そんなの信用できない!」

 ナエリカの説得を諦めたカイネルはジリジリと横穴へと近づく。

「いや、無理、無理だ、無理だ!――――主ぃぃぃいいいいい!」

 ナエリカが気を失ったのはタコが開いてすぐだった。

「あれ?気絶したのかい?お~い、ナエリカ?せっかくのいい景色なのに」

 ワールドの白面を被ってまだ一月も経っていないことを不意に思い出すカイネル。

 忙しい一月だったと言って明日から体を休めたい気持ちで一杯だったが、戦争の処理、ナエリカ、ナンバーズ、ディアルムドと名乗った神核者。

 まだまだ彼に安息は訪れないことは間違いなかった。が、一つ朗報があるとすれば彼の腰に巻きつけた筒の中の注射。これがあればレイフの足を直すことができる。

 今はそのことと、自身の腕の中のナエリカを救えたことにホッと一息吐くカイネルは、沈みかけた夕日を見ながら"よかった"と呟いた。



 バルファーデンのハルファー城にはドラゴンヘッドの一団が訪れていた。

 レーム・クランクラン、ギクス・レイラー、アルファー・クリート、フィリアナ・マキナ、彼らがバルファーデンを訪れたのはフォレストのキャンプを今後どうしていくかの相談だった。

 一団の話を第1王女ユーファが将軍ヒュデルンをお供に連れて聞いていた。

 レームの話は4人の中から新たにギルドを率いる者を立てることを提案して、ギクスはそれに賛成してアルファーは反対していた。

 フィリアナは別の視点で新たな提案をしていた。それは"コトーデ王国の領地にする"というもので、なぜバルファーデンではなくコトーデなのかを話していた。

「我々が負けたのはバルファーデンではなくワールドという個人によ。私のテイムモンスターのヒュルケから聞いたことだけど、あのモンスターはフォレストの最奥に辿り着いた者が手にできるEXスキルなのよ」

「あ~ヒュルケっていうのは、彼女のテイムモンスターで"ゴースト"と呼ばれる霊魔なんだが、なんでもこの世界の"ナビ"、案内役なんだそうだ…です」

 フィリアナの言葉に説明を付け足すレームは、彼女が懇切丁寧に説明するたちでないことを理解している。

「ワールドがフォレストの攻略にかけた時間は約1日とヒュルケは言っていた、彼は何?冒険者?いいえ違うは、彼は力、絶対的な力の塊」

「あ~何故ワールド氏がフォレストを攻略した期間を約1日としたのかと言うと、その期間にフォレストを訪れた謎の若者が、入って出てくるまでの間に古代語で"攻略おめでとう"と表示されたからでして…っていつまで俺が説明しなけりゃならんのかなこれ」

 レームは本来面倒なことが嫌いで、このやり取りにずいぶん前から嫌気が差していた。

「彼がコトーデの人間なら…我々がコトーデに就くのもまた道理」

 話し終えたフィリアナは、その幾重も裂けたスカートをヒラヒラと靡かせながら足を組み替え、薄い青紫の髪に隠れた左目を一瞬だけ見せる。

「えーと、つまり、フィリアナさんは我がバルファーデンとの同盟を反故にすると?」

「違う、そうじゃない、バルファーデンと同盟は断続し、その上で我々はコトーデに属するのよ」

 フィリアナの言葉にユーファは困惑して、隣に座るヒュデルンに視線を移す。その視線を汲み取ったヒュデルンがフィリアナに返答する。

「その申し出は受けられない。コトーデはドラゴンヘッドに関しては関与したくないと考えている。ゆえに、レーム殿が言うようにそちらの方で代表を新たに立てるのがよいのではないだろうか?」

 バルファーデンもコトーデもそれどころではないのだ。ナエリカ誘拐やその部隊の半壊損でバルファーデンは混乱している。コトーデはカーハス・ロバルトアールの死で、宰相の一人バラドア・デ・ロバルトアールは今や骨の抜かれたように身が入らず自宅で寝込んでしまっていた。

 カーハスはダンダ・リオ・ラインハートの側近としても名の通った軍人で、コトーデの中では出世頭だった。宰相の甥である前に、"自身の力で階級を上げる努力を惜しまない"と周囲に関心されるほどだった。

 葬儀に遺体もない、戦勝凱旋が一転、国葬にて盛大に弔われた。

 ナエリカが不在に意外とバルファーデン国内は平穏だった。将軍という地位の人間がいない場合、普通の国なら土台を支える柱が一本折れているに等しい。国が傾く場合も少なくない。

 しかし、バルファーデンはコトーデとの同盟で西側が脅かされることがなく、ドラゴンヘッドとの同盟にカフドの騎士団の弱体で北側も安泰。東は自国と広がる広大な海。

 脅威がないこともそうだが、一番の要因はナエリカが誘拐されていることを国民が知らないこと、軍の中でもごく少数の者しか知らないことだからだ。

 ドラゴンヘッドの一団と別れたあと、ユーファは仔細を王に話すためにハルファー城を出発する。

「ん?アレは――」

 ユーファが向かっている先は王の隠れている場所ユラダリアの東部。そこへ向かっている彼女が目撃したのはコトーデへ霊魔に乗って移動する、ドラゴンヘッド傘下ドラゴンブレスギルドマスターのフィリアナ・マキナだった。

 彼女の目的やドラゴンヘッドの話し合いがどうなったのかは、ユーファの理解するところではないが、彼女のワールドへの執着が何かよくないものにならなければと心配するのだった。



 ドラゴンヘッドとバルファーデンの一団との間にそんなことがあったなど帰ったばかりのボクはまだ知らない。

 帰って直ぐギルドへ寄りレイフさんとシアさん、それに丁度帰っていたメイシャ・カロフッツォとクラウド・ヘイブン、サルバーニ・ローガス、ティファニー・ローガスの三人と顔を合わせる。

「久しぶりだな!カイネル!もう済んだのか?」

 その言葉にボクは頷いてレイフさんだけをギルドの裏口に誘い、ナエリカのことやスカイブロックでのことこれからのことを話した。

「…かなり複雑なことになってやがるな…だが、大体分かった」

「まずはナエリカのことをバルファーデンに話して、それから次にカフドやドラゴンヘッドにことの顛末を話す。もちろん殆ど嘘を話すことになるんだけどね」

「よし!俺はこれからその娘っ子たちの生活物資をあのちびっ子に渡す。ベルギットにも話しておくぜ」

「待ってくださいレイフさん…実はもう一つ朗報があるんです――」

 ボクがそう言うとレイフさんは「朗報?俺にとっての朗報はお前がちゃんと無事に帰ってきたことだぜ。それ以上は必要ないけどな」と言ってくれた。

「……光りの中では影になり、影の中では獣の形を成す――それと戦いました」

「…なんだと!それで!お前大丈夫なのか!!」

「肩から胸にかけて貫通した傷を負わされて、直ぐに回復薬を飲んでみたけどレイフさん同様直ぐには血が止まらなかったんです」

 レイフさんは表情を強張らせて「患部を見せてみろ!」と言った。

「心配は要りません。もう治っています」

「…バカな!完治したのか?!どうやって!」

「これです。これは注射器で中にその傷を治すための薬が入っているんです」

 レイフさんは震える手でその注射をボクの手ごと握りしめた。

「これで……俺の足は―――」

「治ります!」

「……ぁ――――」

 声を殺して天井を見上げた彼の頬には溢れる感情が止めどなく流れた。

「おれぁまた、ダイバーに戻れるのか?」

「はい」

「人生ってやつは!ちくしょー!目から水が出やがる!!」


 突然の出来事にホチアとナエリカは裏口をそっと閉めた。

 その数秒後に表側からシアが入ってきて事情を聞く。

 シアは泣き止まないレイフの頭を背伸びしてそっと抱きしめる。

「実は…レイフ、あなたに伝えたいことがあるの」

「な…なんだよこの人生の最高潮の俺にこれ以上いいことなんてあるわけねーから、悪いことなんだろうが」

「子供ができたの」

「子供が?誰のだ?とらに(隣)のメシリか?それともポーラ?」

「 "私たちの"――だよ」

 レイフはシアの肩を押さえて目を合わせて「本当か!!」と目を丸くする。隣のカイネルも口を開けたまま閉じないほどに驚いた。

 レイフは自分のダテめがねをテーブルに置いて、そのまま横倒しのタルに頭をぶつけた。

「ちょ、レイフ?」

「イテー…夢じゃない――――現実か――まだ、信じられない。な、カイネル…一発顔面を殴ってくれ!本気で!!」

「悪いけどボクが本気で殴ったら骨が折れちゃうよ」

「ははは!だな!はは!やった!俺は今幸せだぞ!!」

 レイフはカイネルとシアに抱きつくとそう言って泣きながら笑った。



 カイネルが帰って3日の内にバルファーデンへの報告、ドラゴンヘッドとカフドへの報告書が送られ今回の騒動の後始末が行われた。

 バルファーデンへは直接カイネルがワールドとして出向いた。

「…では脅威は去ったっと?でナエリカは?」

「残念だが、彼女は俺が見つけたときにはもう――」

「……」

 ワールドの報告を聞いたのは第1王女ユーファとヒュデルン将軍で、国王はナエリカ失踪から体調を崩していた。

 ユーファは深い溜め息を吐いて身を崩す。

 ヒュデルン将軍はすぐに彼女の肩を触り励ます。

「これについては公にした方がいい」

 ワールドの言葉にヒュデルン将軍がユーファの代わりに答える。

「それはこちらが決めることだ」

「いいや、公にしてもらう。そして、ここからは公にはしないで貰いたい」

 ワールドは右手で入り口に手招きをすると銀髪の女が床を鳴らして入ってくる。

 マントの付いた騎士服の女は顔をワールドのように上半分に白面で覆っていた。

「そちらは何者ですか?」

「彼女はセヴン。ぜひあなた方にご紹介しておきたい人物です」

 白面の女が片膝を突いて頭を下げるとユーファとヒュデルンは目を見合わせて首を傾げた。

「私の名はセブン、この名は主ができたことで新たに改名した名。かつては――」

 彼女はその白面に手をかけ外すと二人に顔を見せた。

「!あなた!ナエリカ!」「ナエリカ姫?!」

「お久しぶりですお姉様、ヒュデルン将軍。ナエリカ・ハルファーただいま帰りました」

 ナエリカはそう言うと自身の剣を抜いて言う。

「この身はすでに主を見つけ名を変え、国を裏切った身…今日は我が剣を返すために参りました」

「将軍職…軍職を返上するということですか?何故です?助かったのならまた国に帰ればよい話ではないのですか?」

 ナエリカは首を左右に振って言う。

「私はもうこの国には戻れません、父にも会えません、部下にも会えません。ただただ私の身勝手です」

「……何かは分かりませんが――もう決めたことなのですね」

 肯く彼女にユーファは笑顔で、「昔から一度決めたら絶対に枉げない子だったものね」と言いヒュデルンに目で合図を送る。

 するとヒュデルンはナエリカへと近づいて、その剣を一度受け取り、さらに差し出された鞘を手にとって剣を収めるとユーファの元へと持って行く。

「確かに受け取りました。…国王にはなんと?」

「国王には"わが身、鞘となり、幸自の合を得た者"とお伝え下さい」

「"わが身、鞘となり、幸自の合を得た者"……しかと、伝えます―――ナエリカ…いいえ、セヴン…あなたが名を変えようと私はあなたの姉です。いつでも会いにきて構いませんよ」

 そう言ってその頬に涙を流すユーファに、ナエリカも再び身に付けた仮面の下から頬を伝い涙を流し答えた。

「ありがとうございます"ユーファ王女"」



 ナエリカとバルファーデンから帰ったカイネルは、レイフに頼んだナンバーズたちの生活品などを運搬したクーリエのホチアの様子を見るために、コトーデの街の外れにある森の中へと向かった。

 その森なら街からはタワーで見えず、人が時折自生する山菜を摘みにくるもののほとんど人気はない。

「天外で降りるには丁度いいだろ」

「はい、そうですね」

 カイネルがナエリカと空を見上げると天外が一つ降りてくる。

 天外にはホチアとテンスとテイムモンスターのシュシュだ。

「あ~カイネル!…と姫様ぁー」

殿(との)とセヴンスさん」

 ホチアは天外から飛び降りるとシュシュも一回転して飛び降りる。テンスはホチアと違いワンピースであるために天外が地に着くまでは降りられない。

 テンスは天外を降りると頭を下げてからその服をカイネルに見せて「どうですか?」と言う。

 似合っているよとカイネルが言うと彼女はうれしさのあまりに頬を押さえて一回転した。ふわりとワンピースが少女の生足を窺わせるとホチアがカイネルの視界を遮る。

 睨み付ける彼女にカイネルは困惑気味に声をかけた。

「どうしたのホチア?顔が怖いよ?」

「……テンスにキスしたカイネルさんはきっと少女の下着に興奮するので見てはいけません」

「そんな!ボクが少女の下着に興奮するなんて本気で思っているのかい?!」

「…………うん」

 ホチアの返答にカイネルは頭を抱えてふらつく。そんなカイネルをサッと支えたナエリカが言う。

「主、少女に欲情した場合は私で発散して下さい」

「……セヴン…それは本気で言っているのかい?」

 カイネルは不思議そうに首を傾げるナエリカに溜め息を付く。

「事実は捻じ曲がって現実を侵食して行くんだね……、この身で体験できてよかったよ」

「……冗談はさて置き、テンスたちの生活品は全部運び終わったから安心して。テンスはこれから私の家に遊びにくるんだ~」

「そうなのです!これからホチアさんのお家にお出かけです」

 テンスは興奮気味にそう言うとホチアと顔を見合わせて笑いあう。

「ホチア家見つかったんだ…」

「うん、今日はテンスをお泊りさせてあげるつもりさ」

「そうなると天外を隠さないといけなくなるなし外層幕も消えてしまうんじゃないかな」

 天外の大きさは大人20人が乗れるほど大きくてとてもじゃないが人目からは隠し辛い。外層幕にいたっては数時間で消えてしまうと前にクススから聞いていたためカイネルはそう言う。

「それなら大丈夫です殿!」

 天外のボタンをホチアが押すと外層幕が瞬時に無くなってしまう。もう一度ボタンを操作すると再び外層幕が展開し一同が声をあげる。

「へ~再展開できるのか」

「どうやら本来の天外は外層幕を削除と展開が可能なのです。私たちのスカイブロックにあった天外はその機能を封じられていたらしいのです。さらにこのボタンを押すと――」

 テンスが再び何かのボタンを押すと天外が一瞬にして消えてしまう。

「…迷彩か…凄い機能だね」

「これならば何者にも見えません」

「しかし、これは見つけるのが大変では?」

 ナエリカの言葉にカイネルが"大丈夫だろう"と言う。

「ほら」

 カイネルは地面の草が潰れてそこだけが不自然だった。

「よく見ないと分からないけど、これなら分かるし。あと場所もここの木を覚えておけば大丈夫だよ」

 そう言ったカイネルはテンスとホチアの二人を見て安心すると、タワーの街への帰路についた。



 ユラダリアの復興、バルファーデンとコトーデの戦争に関する後始末、ドラゴンヘッドとの後始末、ナンバーズたちの生活支援。

 レイフのダイバー復帰、シアの妊娠の祝い、それ以外にもやらなくてはならないことが山積みのカイネル。

 しかし、彼には彼だけが知る一つの問題を抱えていた。

 それは彼だけでなくギルドノラの集いも巻き込み、そのメンバーも巻き込むことだった。


 タワーの街の門を通ったカイネルは自分の右腕を見て何度か握り締めたり開いたりする。

「もう剣は握れそうにないな…」

 その独り言は本当に誰にも聞こえない―――


次回から新しい章になります。

新しい大陸でスキルではなく、魔法を使うカイネルが一からスタートをきります。

ダイバー編のその後からの始まり…の予定。ダイバー編は本来少年期が長くなる予定で考えていましたが、それは書籍化でもしたら加筆して全体のカイネル視点や心情を増やせるように書くつもりです。(別に書籍化するとは言っていない)

新しい章の更新は書き貯めてからになります。

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