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ダイバー(冒険者)  作者: 飛び猫
17/19

EX エリカと不滅鉱石


 イモータルオブジェクト――――ブラックスミス(鍛冶師)の称号"グレーゴル"を与えられたアルバー家。その一族の歴史上でも誰一人として加工することができなかった金属。

 コトーデ王国の所有するダンジョン、タワーの三十階層から四十階層のどこかに存在すると噂される希少金属。それの在りかはアルバー家のものしか知らず、知った所で手に入らない。

 オブジェクトは物体の意味を持つ古代語ゆえに、ブラックスミスの間では鉱物の意を表す"オー"と変え"イモータルオー"とも称される。


 エリカ・アルバー、それがワタシの名前。

 アルバー家の長女として生まれたワタシがブラックスミスの道に興味を持つのは必然だった。けど、ワタシは女で、"ブラックスミスの世界は本来男のものだ"って風習は根強く残っていた。

 それでも、14にして耐久値6千の剣を加工して作ったり、耐久値1万2千の防具を加工して作ったりと才能を発揮した。

 兄が作り出す剣の耐久値は4千が最高クラス、初代から父の代まで見ても最高が5千2百。いつからか、父からグレーゴルを引き継ぐのはワタシに違いないという考えを持つようになるのも必然だった。

 しかし、15になってすぐ父は兄にグレーゴルを譲ることを決めた。勿論、反対した。

「ならばエリカ!一つお前がグレーゴルを引き継げる条件を出そう!それを成し遂げたなら――」

 父の条件、それは――イモータルオブジェクトの取得および加工。

 それが意味する所は―――

 "絶対に不可能"である


 ワタシがまず始めたのはLvを上げること。

 Lv2で得たスキルは"名工"、この呼び方はブラックスミスの中で広がった呼び方で、本来の呼び方等はワタシも知らない。

 "名工"はまさにブラックスミス向けのスキルで、鉱石の加工で得る経験値の量が増加するというものだ。

 Lv15で得たのは"匠"、それは初代が第四次スキルで得たものと同じで、武器に関して"常に最大のもの"を作りだす。

 当時のワタシはこの2つのスキルを所持していて、第三次スキルが得られるだろうLv25まではあと4だった。

 本来、次に何が得られるかは一切わからない。が、ワタシは次に得られるスキルこそ望むものであると確信していた。

 日々の修練と別に日替わりでギルドの武器や防具の整備をして経験値を稼ぎ、16になる少し前にワタシはLv25なった。

 その時得たスキルこそ、ワタシがブラックスミスのグレーゴルを引き継ぐための鍵だった。

 "錬金工"――どんなもの、どんな硬度、どんな質量でも加工することができるというブラックスミスが取得できる最高のスキルとされている。

 そのスキルは歴史上得られたブラックスミスは皆無。唯一ワタシ、エリカ・グレーゴル・アルバーのみ。

 おそらくだけど、このスキルはイモータルオブジェクトを加工できる条件の一つ。

 アルバーの所有するイモータルオブジェクト、それを錬金工のスキルで加工しようとしたが、"エクスピレーション"と表示されて錬金対象に選べなかった。

 その意味が"有効期限切れ"と分かり、ワタシはある仮説を立てた。イモータルオブジェクトは、それをダンジョンから持ち出した時から一定期間で加工対象にならなくなってしまう期限付きのアイテム。

 つまりは、それ自体をダンジョンから新たに持ち帰らなければいけないということ。

 ただダイバーに頼めばいい問題でもない、アルバーの所有していたイモータルオブジェクトも発見された時、縦7バレン(m)、横5バレン、幅1バレンの巨大なものと30クレン(cm)四方のものがいくつかあった。けど、持ち帰ったのは小さいほう。でかい方はカットは勿論破壊もできないためとてもじゃないけど持ち帰れなかったらしい。

 それらはダイバーが語って聞かせたもので、実際にそれをみたブラックスミスはいないのが、現状で唯一アルバー家は大金でそれを譲って貰ったが結局加工できなかったのだ。

 ダイバーではその大きなものを適度な大きさにもできないため、質量もあって重く大きなそれを持ち帰る術はない。そのため、ワタシが同行しカットして持ち帰る必要がある。


「ああ゛?三十七階層?」「別に構わないぜ」「ウチのギルド雇うつもりならそれなりにいるぜ?」

 一言声をかけて大金を積むとどのギルドもそう言って笑顔を見せる。けど、その後でエリカ・アルバーの名を聞いた途端――

「悪いが他を当たってくれ」「あ~急に依頼が入ったようだ」「……その金じゃたりねーな」

 どうして皆が急に依頼を断ったのか、それは兄が裏で手を回していたからだ。

 全くもって我が兄ながらに姑息。


「どこかない?ワタシと三十七階層へ行ってくれるギルドは!」

 ワタシが叫んでいるのはタワーのゲート内。

 足を止める者がいても引き受けてくれるダイバーはいなかった。兄の手回しがよほどなのか度胸がないのか。

「腰抜けばかりね」

 半ば挑発的にワタシはダイバーを探していた。すると明らかにガラの悪いパーティーが近寄ってきて言う。

「三十七階層に連れてけって?俺らならいいぜ」

 5人パーティー、Lv29から32、この強さなら大丈夫だろう。

「金ならいくらでも出すわ!だから三十七階層へ連れて行って!」

 男たちは前金を出すと簡単に引き受けてくれた。

 即席でそろえた装備を身に纏いタワーへを上がっていく。

「楽な仕事だな――」

 そんな言葉を吐いている時点で、こいつらがたいしたダイバーじゃないことはすぐに分かった。

 けど、ワタシにとっては好都合、"切り捨てるには"という意味で――

 タワーの三十五階層についたころだった。

「こいつで最後!」

 クリムの上位種クリムバス8体を倒してパーティーが一心地ついた。その瞬間にそれが現れた。

「デルシウスだぞ!」

 それはタワーの二十階層以上で稀に現れるモンスターで、錬金生命体ながら討伐すればデルシウスという鉱石を落とす。

 男たちはすぐに現れたそれを追い出す。

「ちょ!ちょっとあんたたち!」

 そこに穴があれば入りたくなる、そんなバカなやつらが誘われるように一箇所に走っていく姿はまさに滑稽だった。

 さらに、その集団が大きなゴツゴツの物体に一瞬にして吹き飛ばされた様は、並べられたゴミの筒に石を当てた時のように吹き飛ぶといよいよ人がゴミのようだった。

 一人は下敷きに、一人は壁に激突、一人は左足を下敷きに、一人は床に這い蹲った。

「あれは…何――」

 後から知ったことだけど、それをダイバーはオーダグランと呼ぶ。オーダムスの変異種で十から三十階層のどの階層でも出現し鉱石を貪る――強さはLv50前後らしい。

「何だこいつ!ステータスが全く見えね!」

 一人足の遅かった男はその鈍足のおかげで一切傷を負っておらず。左足を潰された男を肩に担ぎその場を逃げようとする。

「ちょっと!何してるのよ!」

「何って!逃げるんだよ!」

「は?!それじゃ約束が違うじゃない!」

 知ったことか!と怒鳴った男は来た道を慌てて戻って行った。

 ワタシはその場でオーグランがデルシウスを貪るのを眺めて、それがいつこっちを向くのかと警戒し動けずにいた。

 オーグランは、デルシウスを食べ終えるとゆったりとした足取りでダンジョンの奥へと姿を消した。


 タワーの三十五階層でワタシは一人取り残されてしまう。

 何分かその場で止まっていたが、今は地上に戻ることを優先することにした。

 しかし、来た道を数分戻るとダイバーがモンスターに襲われていて、それが先に逃げようとしていたあの男で間違いなかった。

「かなり前に逃げたはずなのに…」

 物陰から様子を窺っていると、男は6体のモンスターと戦っているようで、一緒に連れてきていた仲間の姿はどこにも見当たらなかった。

「くそ!なんでだよ!見逃せよ…すぐそこなんだぜ!」

 男の言葉どおりその先に横穴があり、しかしモンスターたちの後ろで…。倒さないととてもじゃないけど――

 その後すぐに男の断末魔が響き、ワタシは引き返した道をさらに引き返すことになった。

 モンスターの巣窟で三流の短剣と二流の防具で身を固めた戦闘に関してド素人のブラックスミスが野ネズミのように這い回る。こっちの方が滑稽だわ。


 あれから何時間たったのだろう。

「タワーを上り始めたのが昼過ぎ…三十五階層までに二時間弱、それから大体一時間だとしたら夕方まではそれなりに時間があるはず」

 できるだけ姿勢を低く、気配を消して、三十五階層の横穴を探して――

「で、迷子になりました――」

 笑えない、本当に、笑えない。

 逆にどんどんタワーの上に向かっていたりして…、なんて思っていると、そこに三十六階層へと続く階段がいくつか見つかる。

「むしろ上へ上れって?」

 上等!

 息巻いて上った階段の先でワタシはモンスターと会う。

 クリムバスが一体。ワタシはそれと追いかけっこした挙句、足を滑らせて狭い横穴へと転がり、頭部を強打して意識を失った。

 次に目覚めた時、ワタシは足首を捻っていて、壁を手で押さえながら立ち上がる。

 気絶していた時間は分からないけど、夕方を過ぎているのは明らかだった。

「アレは――」

 ダークサイド――Lvが70以上のモンスターで"歩く死兵"と呼ばれている。ダイバーが夕方には地上へと降りる理由が、こいつを含む凶悪なモンスターの活動時間が夜だから。

 昼間のタワーがハングステンの硬度ならば、夜のタワーはデリス並の硬度も違う。もっと極端に言うと、その辺の小石と宝石との価値の差ぐらいの差がある。

 夜のモンスターの脅威はダイバーも恐れをなすほど。そんな所に、ブラックスミスのかよわい少女が一人取り残されるなんて…。

「でも大丈夫、ここから動かなければ――」

 しかし、その考えはすぐに間違いだったと気付かされる。

 ダークサイドがその数を徐々に増やしている。時々それらがワタシの存在に気付いているように見えた。

 そして、ワタシの隠れていた狭い横穴に入ってきた拳くらいのそれと"目"が合った。

「…ん!(目玉!?)」

 細長い触手の先に確かに目玉がついていて、タワー内を照らす光源に当たって光っている。

 一瞬声を上げようするが、今声を出せばダークサイドに気付かれるかもしれないため、ワタシは手にしたニリスでできた短剣を衝きたてた。

 その判断が正しかったのかそうでないかは後ですぐにわかった。

 駆け出して、穴の中を触手とは反対に逃げていくと次々に触手が伸びてきた。

「ひ!(キモチ悪い!)」

 穴の大きさがもう少し小さかったら間違いなく追いつかれていた。痛む足で若干の上り坂を駆けていくと唐突に体が宙へと浮いた。

「え!」

 それが床に開いた穴であると気付いたのは下まで落ちてからだった。

 落ちた先で完全に足を挫いたワタシは伸びてくる触手から逃げる手段を失った。先に目玉の付いたそれはワタシの体を拘束してゆっくりと締め上げだした。

「…ぐ!きゃぁあぁぁあ!」

 締め上げながら落ちてきた穴へと連れ込まれそうになる。

 助けのない状況で、酷く喚いた気がする。誰にも聞こえない、誰も助けに来ない、自分で助かることができない。

 ワタシが諦めるのにそう時間はかからなかった。

 称号を得ようと遥々タワーに上った挙句に、一人で名前も分からないモンスターに殺される…。

「やだぁぁああ゛!ワタシはぁああ゛!」

 死にたく――――ない――――

 最後の抵抗、無駄なあがき、なんと言われようとも――

「ワタシはぁああ!」

 そのあがきは無駄にはならなかった。

 ワタシの絶体絶命の場面に現れた男は、栗色の髪を揺らしながらニリスの長剣リュシエールを手にしていた。


 まるで羽のようにリュシエールを振り回し、ワタシを拘束する触手を切り払ってしまう。

 重力に引かれて落下する体を受け止めると優しいく耳を撫でるような声で話す。

「大丈夫?」

「……死ぬかと思ったわ」

 酷い格好で鎧はボロボロ、服もところどころ破けている。ワタシがはだけた部分を隠していると彼はそっと自身が着ていた上着を貸してくれた。

「あ、ありがとう」

 彼はワタシが足を挫いていることに気がつくと腰のカバンから回復薬を取り出して飲ませてくれた。

 それはもちろんワタシも持っていたけど、いつの間にかカバン自体をなくしてしまっていた。

「少しすれば傷も捻挫も治るから、その後外を目指そうか…カバンを無くした?――探してこようか」

 冷静、その言葉で彼を言い表すことができるほど落ち着いていた。彼は周囲を警戒していながらワタシのことを気遣ってくれた。

 カバンを見つけた彼は、「途中で引っかかっていたよ」と言って落ちた縦穴から出てくる。

「どうしてこんなところに――」

「それは僕のセリフだよ、こんな時間に、見たところダイバーでもなさそうだし」

 ワタシはすぐにそれもそうかと言って立とうとするが、足の痛みでよろめいてしまう。が、彼が受け止めてくれたけど、ワタシはその違和感に視線を向けると決して小さくはないが豊満とも言いがたい胸に彼の指が完全に埋まっていた。

 パチンとなるはずの私の平手打ちは空を切り。

「ダーク!」

 それはダークサイドの大剣をかわすために彼がワタシを抱えて飛び退いたからで。

 ワタシを抱えながら走り出すと彼は言う。

「絶対に動かないで!」

 彼の駆ける足はとても速くてダークサイドからどんどん離れていった。

 しかし、彼が向かう先はどう見ても壁だけしかない行き止まり。

「ちょっと、このままだと」 

「黙っていないと舌を噛むよ!」

 彼が壁に迫ったその瞬間、ワタシの体は重力に逆らって上へ上へと上った。

 壁がまるで床だと思わせるほどの速さで駆ける彼は、まさに"天駆ける"というやつだった。

 タワーの壁を駆け上がると、長年何者にも犯されていないのが目に見える縦穴が視界に入ってくる。

「悪いけど…アレに突っ込むよ!」

 アレって――目の前にある"謎の植物"や"謎の白い糸"や"何かしらの体液"が付着したアレのこと?

「ちょ、無理無理無理ぃいいいい!む―――――」

 ザザザザザ、ベタベタ、ベチョ。

 それらの擬音がワタシの耳に響く。ああ、ワタシ汚れちゃったな――

 今まで家のおかげでキレイで真っ直ぐ生きてこれた。ありがとう父さん、母さん。

 ワタシがそんなことを考えている間に、ワタシと彼は縦穴を抜けてそれなりの広さのある空間に出る。

「ここまでくれば一先ず安心だ…僕はカイネル、キミは?」

「……ワタシはエリカ、ブラックスミスの――ただのエリカよ」

 体を拭きながら答えるワタシに背を向けてゴソゴソと何かし始めるカイネル。

 彼の装備を見て疑問が浮かんだ。どう見ても三十階層以上で戦っている冒険者には見えないからだ。

 粗末な剣、防具は胸当てすらつけていなく、ブラックスミスで言う"ハダカ"というやつだった。装備はブラックスミスにとって服のようなものだからそう言うのだが…。

「…カイネル、助けてもらってこんなこと言うのは間違っているかもしれないけど…、その格好は何?」

 彼は自身の体を一瞥して、何が?と問い返してきた。

「何が?って装備よ!そ・う・び!」

 首を傾げてすっ呆ける彼の剣を奪い取り言う。

「この剣、刃もボロボロだし元々質の低い武器だったんでしょうけど、もう使い物にならないわ!それに防具は?軽装なんてもんじゃないわハダカよハダカ!」

「……それだけ話せるならもう安心だね」

 何こいつ――、それがカイネルの第一印象だった。

 彼がこそこそと何かをし始めるのに気が付いて、近寄って覗き込むとよく分からない生物の生皮を大きな方のカバンから取り出していた。

「何それ?」

「…質問が多いなキミは――」

 カイネルは呆れながらもワタシに一から説明してくれた。

「リトロスの皮、そのニオイでレベルが30以下なら近寄ってこなくなるんだ、この縦穴を利用するモンスターはいないだろうけど、大きさからレベルの低いモンスターなら入ってこれるからね。例えば、さっき見かけた触手のモンスターとかね」

 ちなみにリトロスは獣系のモンスターで素早いやつね、と言うと、カイネルは大きなカバンから何かの包みを取り出してワタシに手渡す。

 何だろうと受け取りその包みを広げると、野菜にソーセージやミンチした肉を固めて焼いたものをパンで挟んだサンドが入っていた。

「ダイバーの非常食って奴?」

「違うよ、昼に食べようと思って忘れてたものだよ」

「あんたのは?」

「僕はさっき食べたから遠慮は要らないよ」

 ワタシはこういうのを食べたことがなかったせいか、変に"口に合わないんじゃないか"という先入観を持ってしまって、恐る恐るそれを口にした。

 口にして分かる冷めていてもソーセージの食感や、ミンチ旨みが密かに空腹だった胃が加わり舌に衝撃を与えた。

「何これ…美味しい!」

 噛めば噛むほどにそれの美味しさが口に広がり、さらにその具とパンにたっぷりと付けられたソースに本当に驚かされた。

「ねーこれ何?ウチの料理人にも教えたいぐらい美味しいわ」

「家に料理人がいるのかい?お金持ちってやつだね」

 何か棘のある言い方…。

「で、これからどうするの?カイネルも帰りそびれちゃったんでしょ?」

 質問にカイネルはカバンから布を取り出してそれを被る。

「…まさか寝るつもり?」

「だって夜だよ?モンスターのレベルは昼とは段違いだし、今は寝るのが最善だよ」

 そう言ったカイネルにワタシは本当に寝るのかと尋ねる。

「なら少し話す?僕も聞きたいことがあるし」

「聞きたいこと?一体何、言っておくけどワタシはブラックスミスだからそっち方面の話しかできないわよ」

「どうしてブラックスミスのキミがこんな所に?別にタワーを上る理由もないだろうに」

 ワタシはこれまでの経緯を説明し、今日のことを事細かに話した。

「で、一人になったワタシは穴に落ちて気絶、気がついたら夜になってて後はあの触手がね」

「…なるほど……困ったことになったね」

「そう、現在進行形なのよ」

「おそらく勘違いしているだろうから訂正するけど、"困ったこと"ってのは――そのイモータルオブジェクト…このままじゃ無くなっちゃうよ」

 その言葉に少しウトウトしていたワタシの睡魔が吹き飛ぶ。

「な、無くなる!どどどどどういうこと?」

「オーダグランだよ、あいつは本来走ったりはしないんだ。そんなあいつが走ったってことはとてもお腹が空いているってことだから、このままだとそのイモータルオブジェクトも食べられてしまうかも――」

 寝耳に水、ワタシはあまりのことにパニックになって、モンスターに襲われても泣かなかったのにわんわんと泣きじゃくってしまう。

「そんなのないよ~、ワタシの苦労がぁああ、ワタシの人生がぁああ」

 一流としての称号を得ることだけがワタシの夢であり願望だったのだ。その時ほど自分が思っていた以上にそれにこだわっていたことに気付かされることはなかった。

 何のために汗だくになって日に何回もハンマーで金属を叩いたり、鉱石を加工したり――

「それが全部水の泡って何よ~」

 子どものように泣きじゃくるワタシだったが、カイネルの言葉でピタッと泣き止んだ。

「諦めるのかい?キミのこれまでを簡単に捨てることができるのかい?」

「……でも、もう――」

 背を向けて布に包まっていたカイネルはスッと立ち上がると言った。

「諦められない、捨てられない、ならどうするべきか…」

「………」

「キミは今すぐ僕に頼むべきだ」

 突然何をと一瞬思ったが、カイネルの瞳はすでに何かを決意しているようで。

 ワタシは何故だか、その瞳に勇気付けられてその場で彼に頭を下げた。

「お願い!ワタシを連れて行って!」

「…いいよ任せて――」

 笑顔でそう言ったカイネルの顔をその時はっきりと記憶に刻んだ。 


 身を潜めていた空間から横穴を切り開いて外へと出ると、そこは三十七階層への階段がある空間でモンスターも驚くほどいた。

 ナイトリッチは、その姿が古代人の物語に出てくる首なし騎士に似ていることから"デュラハン"とも呼ばれているらしい。

 クリムブラックは通常のクリムより強くて武器が大きいハサミなのが特徴。

 カイネルがすぐにあのボロイ剣でクリムブラックを切り捨てていき、足の遅いナイトリッチを無視してタワーの中を走っていく。

 ワタシはその後ろを鎧も武器も持たない状態で、人生で発したことのない奇声を上げながら駆け抜けた。

 あのリュシエールは確かにボロボロで切れ味など到底ないのに、彼の剣技があの剣の限界を引き出しているのか、それとも彼の剣技にたいしてあの剣が限界を超えようとしているのか。

 武器とは本来"斬って突ければいい"なんて言われるほどに道具としてしか見られない。ブラックスミスの中にもそう考える人も少なくないのに、カイネルを見ていると…。

「ねぇ、あのナイトリッチってモンスターレベルいくつだったの?」

「あれは44とか46とかだったよ」

 それが見えるって事は彼がLv40以上だということ。

「それより見えてきたよ」

「階段!」

 昼間の階段にモンスターが近寄ることはそうそうないが、夜間には下へ上へと時間や場所を変えての移動が確認されていた。

 今もまた昼間にいたモンスターがいた。

「あれがリトロスね――」

 大きな口に鋭い牙、二足歩行だが腕は無い。

「本来攻撃的なモンスターだけど夜はおとなしいものだから無視して進もう」

「え!…う、うん」

 カイネルは平然と横を通り過ぎるが、ワタシは恐る恐る階段を上るそれの横を抜いていった。

 彼の言葉通り、リトロスは一切こっちを警戒することなく上っていく。

「ねぇ!アレなんで襲ってこないの!」

「…本当に質問が多いな…、あの集団は昼間に下の階層でLvが一定以上上がったから上の階層に移動しているんだよ」

 一つ勉強になった、とワタシはもう一度振り返ってモンスターを一瞥した。

 そうやって聞いてからそれらを見ると、なんだか"生真面目だな"と変に感心してしまった。

「ところで、もう三十七階層だけどそのイモータルオブジェクトってどこにあるの?」

「あ!……入り口――って言うかなんて言うか"アーチ"みたいなのがあるって」

 そう言うとカイネルは、「アーチ?………拱門のことか――」と指を鳴らす。

「そこならすぐ近くだ…でも、あそこには何かあったかな?」

 彼はそう呟きながら再び駆け出す。


 しばらくするとワタシたちの目の前に3バレンの高さがあるアーチが現れる。

「ようやく……やったわ!カイ――――」

 ワタシが部屋に入ろうとするとカイネルが突然飛びついてきて押し倒された。

「……へ?なに!」

 彼の視線はワタシではなく部屋の中に向いていた。すぐにワタシも部屋の中を見て自分の視界にそれを入れる。

 モンスターの名前は変な記号で見えず、耐久度も数字のないただのバー。

 何こいつ!ヤバイ、こいつは――

「キミは下がってるんだ、まさかこいつがここにいるなんて――」

「知っているのこいつ――」

「ソードブレイカー…前はこいつに殺されかけた」

「殺され――逃げなきゃ!」

 カイネルはボロボロの剣を背中の方の腰に収めると、背負っていたカバンを床に落として中から剣を取り出した。

「とっておきってやつだよ」

 取り出された剣を鞘から引き抜くと黒光りするデリスの長剣ブリノールが姿を現す。

「そんなの持ってるなら最初から――」

 ワタシが言い終わる前に彼は駆け出していた。

 キィン!とかん高い音が響くとデリスの長剣ブリノールが細いというのか薄いというのか、剣の様で剣ではないそれに防がれた。

「なに、あの武器――」

 ブラックスミスの鑑定力はほぼ武器防具専用と言っていい。そのために、その武器のステータスを見ることができた。

「…"ザンハトウ"種類は"カタナ"?………耐久値2万!?」

 化け物級の耐久値に見覚えも聞き覚えもない武器の種類。

 戦いは始めからカイネルの攻撃が圧倒的に優勢に見えた。でも、ブラックスミスのワタシにはその戦いの行方がはっきりと見えていた。

「嘘でしょ…ブリノールの耐久値がもう半分!さっきまで全快だったのに――」

 おそらくはあのカタナの特性。

 ソードブレイカーがそれを一度鞘に収めると、素早い一撃がカイネルを襲う。

 見えない攻撃!?

 ワタシの視界には、ソードブレイカーのその黒い腕が腰の辺りから前に振り出され、振り終わるとそこにカタナが現れたように見えた。

 長剣を前に構えて防ごうとしていたカイネル。しかし、ぶつかった衝撃も音もなにもない。

 彼の持つ長剣がいきなり中ほどからポロっと取れ落ちてワタシは漸く悟った。

 斬られたんだ!

 斬撃の速度が速すぎて目に見えなかっただけで実際にはカタナと長剣は接触していた。

「剣が折られちゃったら戦いようがないじゃない!」

 その時のワタシは、カイネルの"剣だけ"が斬られたのだという錯覚をしていた。

 長剣が落ちた後もソードブレイカーもカイネルも全く動く気配がなかった。けど、彼が口から血を吐いて後ろ向けに体が倒れる。

 ワタシはその意味がすぐには理解できなくて立ち尽くした。自分の視界に映っていた彼の耐久度のバーが赤く点滅している。

 それは武器なんかを作っているとよく目にした光景だった。折れた武器、そうそこに転がっているブリノールもそうだ。赤く点滅している。耐久値が0になったからだ。つまり――

 ワタシは腰を抜かして、声も上げずに、ボロボロと零れる涙に視界をゆがませながら彼を見つめていた。

「…………」

 彼は死んだ…、おそらくソードブレイカーはカタナを振り抜いた後に突きを放っていたのだろう。彼の背中から血が広がっているため、刃が貫通してないとそうはならない。

 ワタシの無謀な頼みで――

 ソードブレイカーがゆっくりとその黒い全身を一歩また一歩と彼に歩み寄る。振り上げられたカタナが振り下ろされる所を直視できずに顔を背けた。

 ギャィン!

 鈍い音がワタシの耳に響いてすぐに視線をそこへと戻す。

「…なんで――」

 死んだと思ったカイネルがソードブレイカーと競り合っていたのだ。互いの目の前で交錯するカタナとそのボロボロの長剣。

「リュシエール!?」

 彼が手にしていたのは腰に収めたはずの長剣で、現状も彼の耐久度は赤く点滅したままで、もう何が何だか分からなかった。

「漸く奥の手を出したな――速すぎて腹を突かれたのは予想外だったよ」

 立って、話して、戦っている。

「耐久度がないのに…なんで?」

 再び始まったカイネルの攻撃にモンスターはそのカタナを鞘に収めた。またアレが来る!とワタシは思った、けど今度は、それを抜いた瞬間にカイネルの姿が消える。

 いや、速すぎる動きを目で追えなかったのだ。伸ばされたモンスターの腕にカタナはおろか手すらなかった。

 振りぬかれたカタナは柄を握る手ごとカイネルの後ろに飛んでいる。

 彼はカタナを引き抜く手首を斬ってしまったのだ。

「3回も…通じるはずもないだろ」

 そのまま彼はモンスターの首を刎ねて剣を鞘に収めた。

 勝った…カイネルが――

 ワタシは腰が抜けて動けなかったためその場で彼の笑みを見た。優しい笑顔のまま彼はその場に崩れてしまった。

 立てないワタシは床を這いつくばって彼の傍に寄る。

「し、死んだの?」

 相当動転していたせいかワタシはそんな第一声を浴びせてしまう。

「…こんな時でも質問かい?生きているよ、見ていたよねあいつを倒すところ」

 コクコクと肯くワタシはすぐに自分のカバンから回復薬を取り出す。

「これ」

「…ごめん、少し気を失うかも……しれ……な…」 

 そう言って彼は本当に気を失ってしまった。

「え?ええ!?ちょっとコレ飲みなさいよ!」

 片手で回復薬を彼の口に当てるが全て外へと零れてしまう。それはワタシが焦っていたせいでもあるけど。

 頭を押さえて口を開けて回復薬を飲ませる…て!手が足りない!

 ワタシは意を決して回復薬を口に含むと、彼の頭を押さえて、口を開けて、口と口を合わせて回復薬を飲ませた。

 彼の服を捲って血が止まったのを確認すると漸く一心地吐く。


 数十分後、彼が目を覚ます頃にはワタシも冷静さを取り戻していた。取り戻して赤面していた。

 今日初めて出会った人とよもや唇を交し合うとは夢にも思わず。傷ついた体を確かめる彼の姿が、まるで耐久値1万越えの良質な大剣のように輝いて見えてしまう。

 落ち着くのよエリカ!ワタシの愛するものは自身で造形したものなの!アレは違うわ!私の知らないところで勝手に生まれて今日まで生きてきた存在よ!

「僕の心配はもういいから早く用件を済ませれば?」

 ワタシがちらちら見ていることに気がついたカイネルが言う。

「わ、分かってるわよ!」

 カバンからハンマーを持ち出してコンコンと鉱石を片っ端から叩いていく。すると、叩いた鉱石の中にハンマーを弾き返した上、視界に古代語が表示されるものがあった。

「あったわ」

 拳程のそれのそばに大きな岩塊があった。表面はツルツルとした肌触り、光りを弾くことはなく全て吸収しているようだった。

 両手で触れて錬金工のスキルを発動させると視界にパラメーターが現れる。

「何これすごい」

 最も優れている鉱石のダグステンの倍ほどのステータスで、耐久値は数値が記号ばかり並んでよく分からなかった。

 この前みたいなエクスピレーションの文字は浮かばない。

「錬金工のスキルは本来錬金工房があってこそだけど――」

 ワタシの意思で手が青白く光り始める。

「切断だけなら――」

 大きさを固定、切断面は荒くなっちゃうけど後で加工すれば問題はない。

 赤い閃光が左右にもれると絶対不滅のそれがキレイに切り取れた。

「やった!やったわ――」

 それを急いでカイネルに見せる。

「ほらコレがイモータルよ」

「へー耐久値がない鉱石か…それで武器を作れば最強だね」

 ワタシはその長さ1バレン、高さと幅が30クレンのそれを、カバンに入れようとするが到底入りきらない。仕方なく布を被せて直接抱きしめると思わず顔がにやけてしまう。

 そんなワタシの後ろでイモータルオブジェクトの岩塊を凝視していたカイネル。

「……どうしたの?」

「…これ、斬れるんじゃないかなってさ――」

 そう言った彼は腰から本当にボロボロのリュシエールを引き抜いて構える。

 その空気がワタシに"斬れるかも"という期待をさせる。

 下から上へと振り上げられたそれがもう一度下へと振り下ろされる。

 ギィイン!

 鈍い音と共にリュシエールが根元から折れてしまう。

「あっ」

「……やっぱり無理だったみたいだ、斬れそうだったんだけどな…手が痺れちゃった」

 何やってんの…と言ったワタシは彼に聞く。

「その剣大事なものじゃなかったの?」

「ん?あ~まぁね、こいつはかなり使い込んだから――でも、僕の勝手な言い分だけど、こいつも最後に"斬れないものを斬ってみたい"って思ったと思うし、ま~いいかな」

 珍しいことを言うなと思っているとカイネルは、"あ!"と声を上げてワタシをみる。

「何?どうかした?」

「…どうしよう、もう武器がないや」

「え?!」

 ワタシも目的を達成して気が抜けていたけど、彼もこの後のことをすっかり頭から忘れていたみたいだった。

「…でも大丈夫だよあそこに横穴もあるし」

 彼の言うとおりそこには横穴がある、が、また何かしらの体液がへばり付いている。

「ワタシ…嫌なんだけど」

 そんなワタシを無視するかのようにすでにそこへ入ってしまう。ワタシも渋々その後を追っていく。


 再び狭い空間でカイネルと二人きりになるとさっきのことが気になってワタシはそれを口出す。

「ねーさっき戦っている時にさ、カイネルの耐久度が赤く点滅していたのに…どうして生きているの?」

 オーダグランにダイバーが襲われた時にも、壁に激突した一人は血も流していない状態で耐久度を失ったせいで死んでいた。

「普通なら耐久度が無くなったら即死するんだと思っていたけど――」

「耐久度か…アレは確かになくなると体が硬直する。けど、実際に体が無事ならまだ死んでいない、"仮死状態"ってのに近いかも」

 言ってることの半分は理解できた。

「耐久度はシステムの一部、無くなることで体を硬直させる命令が出される…って言っても分からないよね。簡単に言うと"意思の持ちよう"で僕は死ななかったって言えばいいのかな――」

 ワタシもLvシステムのことは理解の浅い部分で知っているけど、彼はそれについてかなり勉強していたらしい。

 ナノマシーンやら回復薬やらの説明のあと、頭の中に耐久度と深い関係があるナノマシーンがそれの消失で体が硬直するようシステムに組み込まれていると説明をされた。

「……分かったわ――ある程度だけど…」

「…よかった…ところで寒くないかい?」

「え?別に寒くは無いけど――」

 寒いと言った彼を見るとガタガタと震えていた。

「どうやら僕の体の異変らしいな…寒い」

「何その震え方!危ないんじゃない?」

 ワタシは体を温めようと擦ってみるが状況は改善されなかった。

「どうしようカイネル――」

「………」

 気がつくと彼は意識を失っていて、慌てに慌てたワタシは咄嗟に彼の服を脱がせて自身もハダカになる。

「ちょっとなに死にそうになってるのよ!」

 彼はうわ言のように何度も"僕は死なない、死ねないんだ"と繰り返していた。

「か、勝手に死なないでよね!ワタシが最高の剣を作ったら絶対にカイネルに使ってもらうんだから」

 ピッタリと体をくっ付けてワタシは彼を暖めた。

 カイネルを暖めながら、あの戦いでみた彼の動きから剣ではなくもっと軽くて切れ味に特化した武器がいいと考えた。

「そうカイネルの新しい武器は、あのモンスターが使っていた"カタナ"がいいんじゃ――」


 明け方、朝日を背に二つのタコがゆっくりと舞い降りた。

 カイネルは朝にはすっかり元気を取り戻し、寝ていたワタシのハダカの感触をしっかり覚えたに違いない。思い返しても顔が熱くなる。

 アルバー家に帰った私はすぐに工房に父と兄を呼んで"カタナ"を作った。

「確かに確認した、認めよう!今日からお前がグレーゴルを引き継ぐのだ!」

 父の言葉に兄は膝を崩し、ワタシの工房の助手たちは一斉に手を鳴らした。

 正式にワタシはグレーゴル・アルバーと名乗り、陛下にも謁見して今後も精進していくことを誓った。

 その後ワタシはすぐにカイネルの下を訪れる。

 その時の話は割愛するけど、色々あってすぐには"カタナ"を渡せなかった。

 カイネルはギルドを作るために奔走していて専属のブラックスミスを探していた。

「当てにしていた知り合いのおじさんがもうすぐ引退するらしいんだ。だから一から探さなくちゃいけなくてね」

 ワタシはその話を聞いた途端自分の今後が見えた気がして――

「じゃーワタシなんてどう?こう見えてもアルバーっていうブラックスミスの名家の出で、この間グレーゴルの称号を継いだんだけど」

 彼は少しの間固まっていた。

「エリカってアルバー家の人間だったのか…どおりで珍しい髪の色だと思ってたんだよ、とても綺麗だしね」

 ワタシの金髪はアルバー家特有のもので、この国だけじゃなく周りの国を入れてもアルバー家だけのものだ。自分でもあまり気にしたことはなかったし、今までも"綺麗だ"とか"美しい"だとか言われたことはあったけど。

「どうしたのエリカ…顔が赤いけど?」

 好きな人に髪を褒められただけでここまで動揺するなんて思いもしなかった。

「べ、別になんでもないんだからね!で、どうするの雇うの?雇わないの!どっち!!」

 ワタシの手を握った彼は出会ったときのように優しく微笑んで頷いた。

 こうしてワタシ、エリカ・グレーゴル・アルバーはギルド"ノラの集い"専属のブラックスミスになったのだ。


 最後に、言っておくけど…、"一目惚れ"ってやつは自分じゃどうにもならないんだからね!

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