13 マインドブレイク
金属と金属がぶつかり合いう鈍い音が響くと、クススの表情は言葉では言い表せないものになる。
瞑った瞳を開けると、そこには黒いフード付のマントが目に入り、言葉を失うテンス。
今までその表情は常に笑みを浮かべていたが、今は目の前に死神でも現れたかのような表情に変わるトウェルフス。
風にそのマントが靡き、栗色の髪が左右へと揺れる。手にしたカタナで対神宝具のフラガラッハを受け止める者は言う。
「こいつは…斬ってもいいのかい、テンス――」
「カイネル!!」
テンスは満面の笑みを浮かべて名前を呼ぶと、腰から力なく崩れる。
未だに体の自由が利かないクススも、その表情に安堵を浮かべるが、すぐに気を引き締め直してカイネルに答えた。
「そいつは敵よ!すぐに斬って!!」
その声にトウェルフスはアロンダイトを呼び戻す。
「アロンダイト!!」
呼ばれたアロンダイトは素早く彼女の下に移動する。が、唐突に床から生えた2本の大剣に阻まれて、さらに生えた2本で完全に動きを封じられる。
「リミテッドソードメイド――」
カイネルのEXスキルであるそれは、ナノマシーンでできた鉱物を使ったスカイブロックの上でなら、ダンジョンと同様にどこでも剣を生製できる。
トウェルフスは舌打ちと共に後方に飛び退くと、すでに気を失ったイレヴンスのミョルニルに手を伸ばす。
しかし、彼女がそれを拾う事はできなかった。なぜなら、ミョルニルの傍に移動したカイネルが、新たに剣製されたカタナで斬りかかってきたからだ。
あと少し足を止めるのが遅ければ、その体が真っ二つになっていただろうことは間違いない。音のないまま刃だけが瞬間で横切り、数秒後に音と風が追いつく。
ギリギリのところでかわした、そう思って笑みを浮かべたトウェルフスだったが、彼女が一歩踏み込もうとすると身に着けた騎士服の表面だけがスーっと切れてしまう。
「か、かまいたち!?」
刃が生み出した真空に引き込まれた風が、まるで刃のように彼女の服を切り裂いたのだ。
これほどの剣の使い手なら、この間侵入した時にセヴンスを含める全員を切り伏せることができたはず…、なのに、何故――
そんなことを考えるトウェルフスの背後に、オーバーアクセルを使い移動するカイネル。
しかし、振り抜いたカタナは根元から折れてしまった。
「帰りが遅いと思っていたら、リリアン!なに手間取ってんだ」
現れた銀髪は腰にまで届くほど長く、右手に大鎌を携えていた。大鎌はトウェルフス――リリアンの背中を護るように、床にその刃を突き刺し、その大きさは以前見た物よりも数倍は大きくなっていた。
「マリアン!助かったわ!」
現れたセカンドをマリアンと呼ぶリリアン。テンスとクススはその姿をただただ見ているしかなかった。
「あは!お前!この間の白面野郎か!」
満面の笑みでマリアンはそう言うと、デスサイズを引き抜いてカイネルに振るう。
デスサイズの大きさが小さくなったり大きくなったりと、間合いが読みづらいが、それはカイネルにとってはどうという事はなかった。
「…タイムアルター」
セルフアジャストメント・タイムアルターによって、その大鎌がどれほど大きさを増そうと、全てが遅く見えるカイネルには簡単にかわせてしまう。
そして、再び超加速で大鎌を振るうその背後に移動して剣製しカタナを振るう。
「デスサイズ!!」
マリアンの声に反応するようにデスサイズの影が意思を持って背後のカイネルを襲う。慌てて防ごうとするが、それは防ごうとしたカナタをすり抜けてカイネル届くかに見えた。が、カタナから手を離した彼は一瞬にしてその場からクススの近くに移動する。
「現状を簡単に説明しろ、でないと誰も護れない!」
「テンスと私、この場に倒れているのは味方、私は体を斬られて敵に操られて――」
カイネルはすぐに状況を把握してクススを抱き上げるとサーティーンスの所へと超加速で移動する。ほぼ全力に近い移動によってクススは意識を失い、倒れているサーティーンスを抱えてテンスのところへと移動すると叫んだ。
「ヴァハムート!!」
舞い降りたそれは、2本の巨大な足にガッシリと組まれた4本の腕、さらにその顔はドラゴンのようだがどこか違っていて、広げた翼は8枚あり腰の背面から2本の尾が生えていた。
「今から敵対行動をとるものは全て攻撃しろ!」
ヴァハムートは現れてすぐにカイネルに言われるままに動いた。
右手と左手に黒い槍を作り出すとそれをリリアンとマリアンに投擲する。
「ダークランス――」
その黒い投擲槍が二人に襲い掛かる間、カイネルはフォースとイレヴンス、そしてナインスをそれぞれ倒れていたところから、エイトスやテンスがいる所へと移動させる。
再びヴァハムートを呼び戻したカイネルは、傷ついた彼女たちを地上に降ろすように言い、自らはその場に留まる。
「一切承知」
「カイネル!」
テンスの呼ぶ声にもカイネルは振り向きすらしなかった。
ヴァハムートが去った天外の発着場にはカイネルと、いまだ表情を曇らせるリリアンと、張り詰めた緊張感で笑みを浮かべるマリアンだけが残る。
「人間のくせに、なんだいこの殺気は――」
ただ目の前に立っているだけのカイネルだが、身動き一つで体を斬られるという感覚が彼女を襲う。
地上の人間は虫程度だと考えていたのに、こいつは違う、まったく別の存在だ。
マリアンが、デスサイズの影を徐々に枝分かれさせて床に広げると、足元全体が影に覆われる。
どういうつもりだ…、影が床を覆う前に攻撃してくるかと思ったのに、攻撃どころか、身動きすらしない。マリアンはそう思いながらデスサイズを水平に構える。
「何考えてんだ、お前…」
それは彼女の素直な疑問だった。目の前の男が一体何を考えているのか、行動の意味自体が彼女にとって異質なのだ。
その質問にカイネルは答えた。
「…男……キミたちが"父"とする男の目的。それを知りたいと思う自分の欲求が、こんな状況でも最優先で思考してしまっているんですよ。まったく、"知らない"という事の怖さ、"無知"の愚かさは総じて度し難い」
この期に及んで目の前の私との戦いよりも――
「それで死んでりゃ世話ないな!」
デスサイズをその場で勢い良く振るうマリアン。しかし、それがカイネルに向かうことはなかった。剣製され床から生えた数十本の大剣によって進行が妨げられたからだ。
カイネルは影の上を歩きながら、"この影で攻撃しないのかい"と言う。それを聞いたマリアンはその表情に怒りを浮かべる。
そんなマリアンに前衛を任せるリリアンは、捕らえられていたアロンダイトを開放して、床に転がっている他の対神宝具を拾って集めていた。
「デスサイズの闇に呑まれな!」
その言葉で影がカイネルを中心に球体を作る。一瞬でカイネルを捕らえたと錯覚したマリアンだったが、リリアンの声でカイネルがすでに移動したことに気がつく。
「あれを避けるのか――でも!」
未だに歩くだけのカイネルの横から影が刃を形作り襲い掛かる。そして、カイネルの腕を影が通過するとマリアンは笑みを浮かべた。
「その影に斬られたら最後!私のデスサイズは魂を斬る!」
デスサイズは肉体を通過しただけで魂を斬ることができる。そう思っているマリアンは、動きを止めるカイネルがまさに魂を斬られたのだと思い、デスサイズの本体を小さくして再び元の大きさに戻し斬りかかる。
「体内のナノマシーンに影響を与えているだけか…」
そう呟いたカイネルは、突撃してくるマリアンが振り払ったデスサイズを剣製したカタナで受け止める。
何!と言い後方に飛び退くマリアンは、自身の知識を再確認するようにデスサイズの能力と困惑を口にした。
「デスサイズは魂を切り裂く!どうして動けるんだ!?」
「…"魂"――ね」
そう言ってカイネルは左手で頭を触る。
「この世界でそんな不確かなものを口にするなんて、キミたちは本当に変な集団だよ。"魂を斬る"?ただ体内のナノマシーンの機能を一時的に麻痺させているだけだ」
「ナノマシーンを麻痺?なんのことだ!」
「それすらも知らないのか…なら、さぞかし恐ろしいだろ、自身の無知による恐怖をキミは感じているんだ。ナノマシーンというものを知っているのに、その性質についてはそこまで知らない」
ナノマシーンの性質だって?そんなもの人の頭に潜り込んで記憶を書き換えたり、命令を絶対に順守させることができるだけだろ。いや、待て、魂を攻撃しているのではなく、あの影がナノマシーンに影響を与えているのだとしたら――
「つまり、デスサイズの影は、体内のナノマシーンに麻痺するように命令しているということか?」
「そのとおり…、それだけの理解力があるのに"魂を斬る"なんて口にするってことは、キミも操られている駒に過ぎないのか」
カイネルがこうも会話に時間をかけるのは、フォースたちから聞いた"ナエリカはすぐに記憶を取り戻す"、それ自体が今や信憑性がないものに変わってしまったため。仮に、ナエリカの状態がナノマシーンにより記憶を削除、再構築しているなら、それはもう元には戻らない。
見極めが肝心だ、ナエリカの状態は彼女たちにも当てはまるのだから。
「あの男にとって、キミなんかはその程度のことを教えるに値しない存在ってことだよ。キミ程度の記憶は、すでに何回も書き換えられているんじゃないのかい?」
その言葉に、マリアンは苛立ちを露にして、デスサイズで床を殴り飛ばして罵声を言う。
「私が興味ないだけだ!私は記憶を書き換えられてなんかいない!それこそフォース…、今のファーストぐらいさ」
「今のファースト?」
「前のファーストがここにいるリリアンで、今のファーストは前のフォースってことだよ…、って言ってもお前には関係ないか」
カイネルは彼女の言動からいくつかの情報を得る。
記憶を書き換えているのは確かだ、問題はそれをどうやって元に戻すのか…。
「ファースト、その子の記憶を書き換えたのは…キミたちにとって都合が悪かったから、つまり、彼女は以前にキミたちと敵対していた…違うかい?」
カイネルの問いに答えたのはマリアンではなくリリアンだった。
「ファーストが私であったころは、あの子はフォースとして私たちとなんら変わらない姉妹でした。が、彼女はライブラリーから要らない知識を得すぎたために、お父様を裏切る行為をしたのです」
「つまり、"反逆"ってことだね」
「裏切りの末路は記憶を書き換えてもう一度お父様に尽くすことでしたが、彼女はまたも姉妹たちを先導して反逆を企んだ…愚かな事ですがね」
そう言うリリアンは何かを企んでいるようで、やたら素直に会話を進める。カイネルは、それにも気づいていたがそのまま会話を続けた。
「反逆――その時のことをキミたちは覚えているのかい?彼女はキミたちも助けようとしていたんじゃないかい?最初から彼女の言葉を否定したのかい?」
その言葉に、何をバカな――という表情を浮かべたリリアン。しかし、マリアンは少し違う反応をみせた。
「ユリアンが…、ユリアンは…、く!なんだ!これは――」
頭を押さえてマリアンが苦しがると、広げたデスサイズの影が小さくなっていく。
ユリアン…は私に言った。"ここを抜け出そう"と確かにそう言い、私は…なんて答えた?
「ち、がう、私はそうじゃない!ユリアン!!」
マリアンがその手を空に伸ばすと背中に剣が刺さる。
「…リリアン……どういうことだ!これは――」
彼女の背中に刺さったのはフラガラッハで、それを持つリリアンは言葉では言い表せない表情を浮かべている。
「まさか、私の記憶も書き換えたのか?リリアン――」
「……彼と戦いなさい」
一言そう言うとリリアンはフラガラッハを引き抜いて鞘に収めた。
操られるマリアンはその脳裏に過去の映像を垣間見る。
あれは何時だったか――
「ねぇマリアン、地上には"お祭り"っていうものがあるのよ」
「なんだそれ?強いの――」
「人がいっぱい集まって美味しい物を食べたり、好きな人に告白したりするのよ」
美味しい物か…それはぜひ食べてみたい。そんなことを言った私をユリアンは笑顔で見ている。
スカイブロックのライブラリーで色々な知識を覚えてくるユリアンは、いつも私の部屋でそれらを話して聞かせてくれる。
「でも、それを今話す必要がある?リンクすれば済む事だろ――」
ユリアンが知ったことは、月に一度のリンクで他の姉妹にも共有されるため、本来は口頭で伝える必要はない。しかし、ユリアンは、「お話したいの!」と口を尖らせる。
他の姉妹とは少し変わった考えや行動をとるユリアンは、私にとってカワイイ妹。多分だけど、一番多く一緒に時間を過ごしている。
「そう言えばこの間話していたこと考えてくれた?」
「あ~、父様に"地上で暮らしたいって話す"ってやつ?」
ユリアンは前々から地上への憧れが強くて、それが日に日に増していた。それは他の姉妹たちにもリンクによって影響を与え、地上の話は他の姉妹たちも好んでするようになった。
元々が地上の人間だったと分かっている私たちは、それが里心というやつなのだろうとユリアンは言う。
そんなことを姉妹たちがリンクで共有していくことが嫌いな姉妹もいた。
「おいリリアン!」
「…なんだマリアン」
それは、ナンバーズたる私たちの姉でファーストの地位にいるリリアン。
「ユリアンの"ライブラリー閲覧権"を無くすように父様に言ったってのは本当か?」
「そのことか、あの子は他の姉妹にいらん知識を与えすぎる」
リリアンは私たちとは違い地上で育ったわけじゃない。スカイで冷凍された卵子に父様の精子を受精させて生まれた、いわば私たちのナノマシーン変貌の元となった存在。
その所為か、他の姉妹と違って地上のことを良く思っていない様子だった。
「別にそれくらいいいだろ?地上に興味を持つことも将来の邪魔になるわけじゃない」
「私たちは天を支配する神を倒すために生み出された、それ以外の知識など必要はない」
父様の目的は私たち"ヴァルキュリア"により、スカイブロックよりも高い場所にいる神を倒すこと。それは私たち姉妹に命令として脳に刻まれている。
「もちろん神とは戦うさ、だからと言って地上に興味を持つ事が悪い事じゃないだろ?」
私の言葉にリリアンは表情を変えることなく首を振る。
「ライブラリーの資料から得た知識の所為で、お父様との接吻を拒否する子が増えている」
私たちはお父様が望めばそれをする事が義務付けられている。が、最近になって他の男の存在を知った姉妹が、老けた老人の父様とのそういった行為を拒否する事が増えてきた。それは必然なことだが、父様にとっては人形が反抗すること事態が気に食わないのだろう。
「なぁ、リリアンはこのままでいいのか?」
「何が言いたい?」
「私たちは神を倒すために作られた"対神宝具という道具を使う道具"だ」
「……」
「本当にそれでいいのか?神を倒した後は?その後、父様はどうするんだ?リリアン――」
その問いにリリアンはついに口を閉ざした。
それから数日後、ユリアンは籠に囚われた。私は父様に直接会ってユリアンの解放を願い出た。しかし――
「ならん。フォースはいらん知識を持ちすぎた、お前までもが私に意見するようになったことが証拠だ」
父様の意見はまったくそのとおりだった。
私たちはしばらくリンクを禁止されたが、それぞれの意識の変化はすでにある域にまで達していた。
「脱獄!!」
「バカ!声がでかいぞユリアン――」
それはユリアンが籠に囚われてから数週間がたったころだった。私は姉妹たちと話をして、このスカイブロックからの脱走を計画した。
「そうだ、お前をその籠から出せば後はフィフスたちと合流するだけだ」
「マリアン、フィフスではないわ、彼女の名前はユリノよ」
「ユリノ?お前が付けてやった名前か?」
初期ロットであるファーストからフォースまでは父様から与えられた名前があり、フィフス以下は名前を与えられていない。私は何の抵抗もなく妹たちを数字で呼んでいたが、ユリアンはそれが気に入らなかったらしい。
「ユリノはとてもかわいいですよ、"いつか地上最強の王子様が自分に見惚れてお城に連れ帰る"なんて妄想を話してくれますの」
「王子様ね~地上最強なら私が戦ってみたいぐらいだ」
私はデスサイズで籠を斬り開くとユリアンは言った。
「私にとっての王子様はマリアンですわ」
「私が?確かにお姫様ってガラじゃないか…ほらユリアン姫お手を――」
ユリアンの手をとってユリノたちの待つ天外の発着場へ向かう。
籠のあった部屋と天外とは別の建物、足早に駆ける私とユリアンは階段を上って、天外の発着場への廊下と繋がっている場所へと到着する。すると、そこには血まみれの妹の姿が。
「トウェルフス!!」
「アミー!!」
12番目の妹、ユリアンはアミーと呼んでいた。アミーは私たちが抱き上げた時にはすでに息はなく、傍に落ちていたゲイボルグはユリアンの対神宝具。ユリアンは、「そんな!そんな!」と泣いていた。
私はすぐに発着場への入り口へと向かいそれを見た。妹たちが倒れていて、その前で一人両手を広げて立つのはユリノ。
「リリアン!」
ユリノの前に立つリリアンに声をかけると、その表情はいつもと変わらず"特に何も気にならない"といった表情をしている。
「…マリアン……脱走など考えるからこうなる」
「どうしてお前が…リリアン、お前だって――」
「………はー」
リリアンは溜め息を吐くとアロンダイトを鞘に収めた。
「マリアン、私は姉妹なんてどうでもいいの。お父様だって関係ない」
「だったら、どうして邪魔をするんだ」
「邪魔だから…私にとって"あなた"以外は全部ただの"邪魔"」
リリアンの言葉に私は戸惑い、その所為で行動が一歩遅れた。
手を広げるユリノに駆け寄るリリアンの手には何もない。しかし、その道の途中にスィクススのフラガラッハが床に突き刺さっていた。
私は全力で駆けてユリノを庇い、その背にフラガラッハの刃が刺さる。すると、体が何かに汚染される感覚に襲われ自由が利かなくなる。
「がはっ!…ユリノ…逃げ――」
"逃げろ"と言おうとしたが、ユリノはそこから動けるほどの状態じゃないことはすぐに理解できた。
体の動かない私の前でユリノが限界を迎えて膝から崩れた。そんな彼女の体を支えたのはユリアンだった。
「マリアン!ユリノ…みんなを庇って」
「早く逃げろ……ユリアン」
だが、ユリアンはユリノを床に寝かせると、その手に持っていたゲイボルグを私の後ろのリリアンに向けて突いた。
その後、二人がどうなったかは私の記憶にはない。
カイネルは確かな確証を得た。ナノマシーンによる記憶の書き換え、それによる人格の変化、ある程度の記憶の残映から書き換える前の記憶を取り戻す事ができる。
その確証はナエリカを救う事ができる事の確証でもある。
「どうやら、事はとても複雑なようだ…」
確証は得たが、それによって"目の前の二人をどうするのか"、それが次に思考すべきことになった。
マリアンとリリアンの二人を敵と見るか、カイネルは襲い掛かる大鎌をかわしながらそれを考える。が、展開は急を迎える。
「ファースト時間稼ぎ大儀である」
その声は間違いなくナエリカのものだった。天外に乗って登場した彼女は腰に対神宝具エクスカリバーカリバーンを帯剣し、胸を強調した騎士服を身に纏い、外が白く内が赤いそのマントを靡かせて、頭には目元から頭部を覆う冑を着けていた。
混乱するマリアンは未だに操られたまま、リリアンは現れたナエリカ、セヴンスに膝突くと対神宝具を床において言う。
「マリアンが一部の記憶が戻ったため、フラガラッハで操っていますお父様」
現れたセヴンスをお父様と呼ぶリリアンにカイネルは眉を顰めた。
「ふむ、まー所詮ナノマシーンがカイバに影響を及ぼすのは単体では不安定。やはり、装着型の方が安定性は高いか――」
セヴンスは腕を組むとそう言い、そして、腰からエクスカリバーカリバーンを抜剣すると、それを戦っているマリアンとカイネルに向けて振るった。
あまりに素早い振りにスキルを使ってないカイネルは、振られた剣を視認できなかった。
振られた剣から剣撃が放たれる。それがどういう現象かは分からなかったが、カイネルはカタナで防げないと判断してマリアンの体を突き飛ばしてからその場を移動する。
見た所ナノマシーンによって起きている現象じゃない、つまりボクの知らない"何か"によってあれは発生している。媒介は何だ?カガク?いや、ブンシガクか?
「エクセレント!実にいい!これこそアンチゴォッヅゥ、ノ~~~ブルウェポン!見ろ!ファースト!ナノマシーン配合の超合金すら再生しないぞ!」
その言葉を聞いてカイネルは冷や汗を掻く。あの攻撃を剣製したカタナで防ごうと考えたなら、カタナは塵に、体はズタズタ、あの壁や床となんら変わりない結果を迎えていただろう。
神を倒すための武器がナノマシーンを破壊するためのそれなら、神自体がそれでできていると言っているようなものだ。
「あれ自体は脅威ではない、あれは当たらなければあまり意味がない、それよりもナエリカだ。あの冑、防具にしてはそこまでの意味はなさそう…、つまりアレはお父様なる男がナエリカを操作するために被せた物ってことになるか――」
独り言を呟いているカイネル。その行動は不安の表れに近い、思考の予想を超えた事態にはそうなる傾向にある。
「侵入者くん、キミはセヴンスの知り合いと見たが、どうだい?彼女のこの力は――」
何を突然、そうカイネルは思うが、男の状況を察するにその会話は余裕の表れだろうか、実際にここにいるのはセヴンスで、男自身は別の場所で座っているか寝ているか、とにかく安全な場所にいるということ。
「一つ質問をしてもいいかな」
「ん~いいだろう、ここまできたキミには一つ褒美として教授するのも吝かではない」
セヴンスの声で変な喋り方をする男にカイネルは少しだけ苛立つ。
「神、それがいるとして、あんたはどうしてそれを倒そうとしている?何が目的なんだ?」
「私の目的?オーケー、実にいい質問だ!私は発掘家として地上で古代の遺跡を探索していたんだが、このスカイブロックはこの位置にずっと停滞しているのを、この下にある遺跡の碑文から読み解いたんだ。もちろん、そこに書かれていたことはこのスカイブロックへの行きかただけだ。
あの遺跡に保管されていた天外でここへと到達した私は、モンスターの巣窟へと入った気分だったよ。しかし、ここに警備なんてものは一切いなかった、私はここにある文献を約10年かけて読み解き、その結果スカイブロックの真上には決まった時間に"コアブロック"への天外を動かす事ができることが分かったのだ」
「"コアブロック"?」
カイネルはその言葉を知らない振りをしたが、本当は"コアブロック"のことはある程度の知識を持ってはいた。そこに何がいて何があるといった知識はあまりないが、彼は確かにそれを知っていた。
「そう!"コアブロック"!私はそこへ一度だけ行った事があるが、その時連れて行った娘たちは試作型の対神宝具を持たせていたのだが、あっけなく返り討ちにあったのだよ、もちろんある程度の個体とは渡り合えたんだがね」
コアブロックに行った事がある?前に見た時、男のステータスはその辺のダイバーよりも低かった。それで生きて帰ってくるなんてかなりの強運だな。
「私の目的はつまりそういうことだよ」
男はそう言ってセヴンスの口元に笑みを刻んだが、目的の本質をはぐらかすために、"つまり"などと用いて言った事はカイネルには分かっていた。
目的は"コアブロック"、それじゃない、ボクが知りたいのは"そこでどうするか"だ。
「コアブロックで何をするつもりか聞いていないけど…」
「ふん、キミへの褒美は以上だ、何もかもを私が教えていては意味がないだろ?」
教えたくない、そういうことだろ。
「ま、大体の察しがつくが――」
「なに…」
この男が求めているのは知識という力、知識は時に力に勝る事がある。方向性は色々だ、知識の種類はほぼ無限にあり、この男の場合はおそらく――
「長寿…長命…不老…不死、余命もそんなにない人の考えそうな事は、知識を得るために必要な時間を得ること―――だろ」
「……同類かね、キミは――」
ボクがコアブロックに求める知識はそんな個人的なことじゃない。
「話はもういいんじゃないかな――」
カイネルはそう言うとセヴンスの目の前から姿を消した。
「分かっているよ侵入者くん、キミがとても速く動けるってことはね!」
男はセヴンス声でそう言い、セヴンスの体で剣を振るう。剣製されたカタナを次々に砕いていくセヴンスは、カイネルの武器を奪う考えのようで。
しかし、カイネルの剣製はこのスカイブロックではほぼ無尽蔵にできる。そのため、セヴンス操る男は壊しても壊しても生えてくるカタナを斬り続けた。だが、その表情はなぜか笑みを浮べ続けていた。
おそらくは体を動かす感覚を同調させているために、男は現状を楽しんでいると思われる。
そんなセヴンスの近くには、カイネルに突き飛ばされたマリアンとそれを見下ろすリリアンがいた。
リリアンはスィクススたちと戦っていた時のような笑顔は見せず、まるで苦しんでいるかの表情でマリアンを見下ろしていた。
「マリアン…」
「…くそ!くそ!!絶対に許さない!リリアン!お前だけは!!」
リリアンは激昂しているマリアンを見ながら昔のことをその脳裏に思い出す。
あれは私が16歳になった時のことだ。小さい頃にお父様に頼んだ姉妹が今になって突然できた。
彼女たちをお父様は姉妹だと言って、私が一番の姉であると言った。私が姉…突然現れた"こいつら"が妹だと…、こんなフェイクが欲しかったんじゃない。
私は彼女たちと距離をとった。下の妹はマリアン、その下が、ジュリアン、そしてユリアン。彼女たち三人はそれぞれ歳も違うし性格もバラバラだったが仲はいいように見えた。
マリアンはよく私の元に来ては質問をしてきていた。お父様に彼女たちの教育を任された私は色々思考した結果、マリアンを教育してからジュリアンやユリアンを教育する事に決めた。
日に8時間はマリアンと過ごすようになって、私は次第にマリアンに興味を持つようになった。
「な~な~リリアン、これはなんだ?」
「…それは魔物、地上では冒険者たちがモンスターと呼ぶ存在だ」
「強いのか!こいつ!」
「さーどうだろうな、私たちにとっては神以外は相手ではないだろうな」
マリアンは物事を強いか弱いかで考えていて、私にも初日に木刀を振ってきた。手刀で気絶させてあしらうと、その後は素直に話を聞くようになった。
私がマリアンに教えたことは戦い方とスカイブロックで生活するためのマナーだ。
教えた事はすぐに覚えるマリアンは、それをジュリアンとユリアンに教えた。
「な~な~リリアン」
「どうした?」
「どうすればリリアンみたいに強くなれる?」
「私みたいに?」
「やっぱ身長かな?」
正直私の身体能力は彼女たちよりもハイスペックなため、努力どうこうでどうにかなるものではない。
「私はその…」
なんと言えばいいか分からずに戸惑う私にマリアンは言う。
「ま、私が妹である以上"姉様"にあたるリリアンに敵わないのは当たり前なんだけどね」
"姉様"――そう言われて私は少し胸の辺りがざわざわした。
「なーマリアン――――」
「なに?」
明日から二人きりの時は姉様って呼んでくれないか?
私は何を言っているんだ、彼女たちは地上から私がさらってきた人間の記憶を改変してできた存在、つまりは偽りの存在"フェイカー"だ。そんな外も内もデタラメな彼女たちに興味を持つ事自体が無意味だ。
「分かった!姉様!」
それから二人きりの時はマリアンに"姉様"と呼ばせるようになった。私は次第にマリアンに心を開いて自分でも不思議なくらいに彼女を可愛がった。
マリアンに対する教育で私はいつの間にか自身を根本から見直すようになった。
私が18になる頃には8番目までの姉妹ができていた。その頃にはマリアンも下の妹たちを教育するようになっていた。
そんな時、私たちはお父様の命でコアブロックに行くことになった。
結果は初期ロットの姉妹以外の死亡、試作型対神宝具の半損だった。
「お父様、無闇に姉妹たちを死地へと向かわせるのは止めて下さい!」
「どうしたリリアン?」
「今回連れて行ったフィフスからエイトスはまだ成長も浅く、戦闘経験にしてもほぼ皆無でした!それを突然あのような神と戦わせるなど――」
「…いかんなリリアン……あれらは道具だ、私にとってもお前にとっても道具なのだよ」
お父様はそう言うと私の頭を撫でながら笑みを浮かべた。
「リリアン…お前は、"いらんことを覚えすぎた"ようだな」
その日の内に私は何かを失った。
お父様に何をされたかは分かっているが、何を失ったかが分からなかった。いや、忘れてしまったんだ。
次の日から私は妹たちと一緒に過ごす時間を減らされて、たまに妹たちが楽しそうに話すところを眺める事が多くなった。
マリアンがユリアンと仲良くしているのを見ると何故か胸に痛みが走った。最初は気のせいだろうと思っていたのに、日に日にその痛みが強くなっていった。
「な~リリアン、少しいいか」
「どうしたマリアン」
マリアンと話すと頭に痛みが走る気がした。それが、本当に痛いのかさえ分からなかった。
「ユリアンがさ、"地上で暮らしてみたい"って言ってるんだ」
それは私に響いた、マリアンが口にしたことで私にもようやく理解できた。それは嫉妬。
「リリアンからお父様に頼んでみてくれないか?もちろん私が責任を持って面倒見るし」
つまりマリアンも地上に降りると言う事…、マリアンが…マリアンが――
嫉妬、嫉妬嫉妬嫉妬、嫉妬…それが憎しみに変わるのに時間はかからなかった。
どうしてだマリアン――
「どうしてだリリアン!!」
その声にリリアンはハッとして足元のマリアンを見る。
「私はお前の味方だと言ってたのは嘘か?私に今日まで言っていた言葉も嘘なのか!」
「…違いますわ、私は――」
突然混乱するリリアンは自身の異変に気がつく。
私は何かを忘れている。
不意に感じた違和感は彼女を思考させるには十分なものだった。
彼女の違和感は記憶の齟齬で、それは小さいものではなく、考えれば考えるほどそれは膨らんでいった。
私は元々こんな話し方をしていただろうか、私はこんな格好で、こんなにも意地悪く、こんなにも嫌味な――こんなものだったか?私は――
リリアンは手からフラガラッハを放してそれが床に落ちると、突然に声を出して顔を手で押さえた。
「私、私が何を?私は、わた、わたああぁああぁあぁあああぁああ゛あ゛!!!」
その奇声にセヴンスを操る男は気づき舌打ちをする。
「チッ!"マインドブレイク"か――」
マリアンはリリアンの異変に困惑しながらもセヴンスの声を聞く。
「いきなりどうしたんだ…」
「リリアンは元々知識欲の高い子どもだったからな、私は彼女の欲を制限するためにとある種類のナノマシーンを投与しているんだが…、それがある程度のキャパを超える容量に達するとああやって"マインドブレイク"を起こすようになった」
まったく…私に似て頭も良ければこんな事はせずに済んだのだが、と言ってセヴンスを操る男はリリアンに駆け寄る。
カイネルはその状況に足を止めると剣製する事もやめる。その瞬間にセヴンスの頭に付けられた冑を奪うことに集中するためだ。
耳元でセヴンスが何かを言うと、奇声を上げていたリリアンはバタリッと倒れてしまった。
「リリアンに何をしたんだ父様!」
「なに、魔法の言葉を聞かせたのだよ。再起動するまでは少し気を失うが、あのままでは廃人になってしまうのでね」
「違う!私が聞きたいのはリリアンの話し方のことだ!元々あんな話し方をしていなかった!どうしてフォース…、ユリアンのような話し方をしている!」
セヴンスを操る男の本体は、人体操作を可能にするユニットの上で、頭に視覚や感覚を同調させるための器具をつけた状態で寝ている。マリアンの言葉に、ユニットの上の男の腕がピクリと動く。
「リンクの応用だよセカンド…、実験を兼ねてフォースの記憶とリリアンの記憶を一部入れ替えたのだよ」
「記憶を入れ替えた?ユリアンとリリアンの――」
マリアンはその事実に思い当たる点がいくつかあり、最近のリリアンの言動とユリアンの言動を思い出す。
思い出した記憶と今までの記憶の二人を比べればそれは間違いなかった。
「セカンド…もういいかな、私は彼の相手で忙しい――ん?」
セヴンスの背後に移動したカイネルはその頭部の冑を奪い取ろうとする。が、カイネルの手を遮るようにエクスカリバーカリバーンから分離したパーツが自動で反撃に移る。
「面倒な機能だな――」
かわしたカイネルは、あらかじめその場所に刺して置いたカタナを手に持つ。それは剣製された物ではなく、エリカ・グレーゴル・アルバーがブラックスミスとして手製したもので、耐久値において剣製された物より群を抜いている。
カタナを持つカイネルを見てユニットの上の男はセヴンスの表情に笑みを浮かべる。
「そんな棒切れなど、このエ~クスッカ~リバ~で!」
その金色に輝く大剣のような長剣を振り上げると妙に輝きを増してカイネルに襲い掛かる。
男はその剣で目の前の侵入者のカタナを簡単にへし折ることをイメージしていた。だが、そのイメージは呆気なく崩れ去る。
振り下ろされた長剣をカタナで容易に受け止めたカイネルは笑みを浮かべる。
「ナノマシーン合金なら簡単に折れただろうけど、このカタナは特別製でナノマシーンの鉱石を一切使っていない…つまりその剣の能力では簡単には折れない」
自身の思い通りにならない男は苛立ちを見せる。
「所詮、それは対神宝具ではない。耐久度がない以上こちらが打ち負けることはない!」
そう、対神宝具にも耐久度があるが、エクスカリバーカリバーンにはそれがないと言っていい。それは鞘が常に所有者を回復させるためのスキル"ヒール"が耐久度にも影響を与えることで、常に上限以上の耐久度を持つからと元々の耐久度の桁が違うからだ。
実際に耐久度は存在するが、とてもじゃないが何者にもそれを削りきる事はできない。
「それはただの傲慢になるかもしれないけど――」
セヴンスの体、セヴンスの剣筋に間違いないが、カイネルにとっては違和感が常にある死合いだった。
確かに、ナエリカだ――体もその剣の技量も――――でも。
「何かが違う――」




