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ダイバー(冒険者)  作者: 飛び猫
11/19

9 ヴァハムート

 カフドの防衛を任される騎士団エクスカリバーは困惑していた。

 南方から侵攻してきたバルファーデンはコトーデの軍を含めて十六万、東方から侵攻してきたドラゴンヘッドは目測できないほどに魔物を連れていて、首都付近の南西に広がる平原に集結し互いに睨み合っているからだ。

 エクスカリバーの団長バートレン・ナルカスハージェは、カフドの国首の言いつけで"動くな"を言いつけられているが、実際にこの二軍が衝突しようものなら7万の騎士団では止めに入ることもできはしない。

 そして、バートレンは呟くのだった。

 どれぐらい死人が出るか分からんぞ、と――


 ドラゴンヘッドのギルドマスター、スター・ファミルガはテイムしたドラゴンの上でバルファーデンとコトーデの合同軍の方角を睨み付けていた。

「リアーノン!今日は腹一杯になるまで食ってかまわんからな!何せ十万以上もいるんだからな食い切れんぞ~!がははははぁ!」

 ドラゴンにそう言う男は髭面に不細工な鼻をしている。髪も手入れされていなくてとてもじゃないが清潔感のかけらもない。

 そんなスターのドラゴンはフルレッドドラゴン、Lv101と強力なモンスターでフォレストの赤い植物が広がるルートの隠された部屋にいたのを、数十人がかり二日間かけてテイムした。

「ギルマス!レーム!ギクス!アルファーが到着しました!」

「おう!」

 現れたのはドラゴンテイルのマスターにして、ドラゴンヘッドのサブマスターでもある、レーム・クランクランという眼帯の男で、テイムした爪に炎を纏った獣系のシガーというモンスターに跨っていた。

 その左目はシガーをテイムする際に負った傷で、レームはそれを誇りとしているが同時に恥としている。

「遅くなってすまなかったなスター、シーの奴がやけに怯えて言うことを聞いてくれなかったんだ」

「怯える?いったい何にだ?」

「レームもか?私のライラも何かに怯えてここに着たがらなかった」

 ギクス・レイラーは、ライラという名の獣系のモンスターで雷を纏う獣ヒウムをテイムしていて、その帯電した体に乗っているせいか彼の髪は常に天に向かって逆立っている。

「お前のライラもかギクス?今回の仕事はどーもマズイ気がする。お前のヴァルスはどうだ?アルファー?」

 その男はアルファー・クリート、ファヴァはヴァルスと名づけた素早い動きをする黒き獣系の錬金生命体でフォレストにいる数少ない錬金系のモンスター。

「……俺のヴァルスは恐怖を知らない、だが俺は今ここにいたくない…恐怖ゆえにな。出立時、イースタにいたフィリアナもゴーストが騒ぐと言っていた」

 フィリアナ・マキナはドラゴンヘッドにおけるギルドサブマスターの中でただ一人の女性。今回はサウスタの防衛をまかされていて、テイムモンスターであるヒュルケは霊魔と呼ばれるモンスターで彼女はゴーストと呼んでいる。

「揃いも揃って怖気づいてるな!冒険者の数が40倍強違うんだ!モンスターどももそりゃー緊張するわな!だがな!所詮敵じゃないのさ!俺様のリアーノンをみろよ!平然とこの後の食事を楽しみにしているぜ!」

 スターの言うとおり、フルレッドドラゴンは今か今かと待ちわびているようだった。

「たく、うちのギルマスと相棒は肝が据わっているというか、バカというか―――」

「誰だ~!今!バカと言った奴は!!バカって言った奴がバカなんだからな!」

 アルファーは、"自分で3回も言っている事に気づかんとは…"と眉間を触る。

 ドラゴンヘッドは戦場に集結し、バルファーデンもコトーデもすでに準備は完了している。

「さぁー戦争だぁああ!!!!」


 ガリュード要塞では白面の男がフォレストを攻略して帰還していた。出迎えたバルファーデンの第5王女リサーナは喜びと小さな疑問に複雑な思いだった。

「お帰りなさいませワールド様…………、そちらのお連れ様はどちら様でしょうか?」

 白面の男ワールドの隣には彼女の知らない顔の少女がいて、着ている服や格好からしてフォレストの冒険者に見えた。

「ウチはホチア!カ……ん!ワールドに雇われた専属クーリエさ!」

 そう言った少女の懐から毛玉の塊が飛び出てきた。

「!毛玉!」

「ウチの家族のコロロさ!毛玉じゃないやい!」

 白面の男ワールド、その内のカイネル・レイナルドはリサーナの視線やホチアの視線に射されながらも黙っているのは、この場はそれしか手段がないと悟っているからだ。

「クーリエとは古代語ですわね、どういった意味なのですか?メイドとは違うようですが…」

「メイドと一緒にするな!クーリエはウォーカー、冒険者の傍に常に共にいて、それが死ぬときは自身も死ぬ覚悟を持った気高い運び屋さ!」

 胸を張るホチアにリサーナは笑みを浮かべると言った。

「無い胸を張って…ようするに従者ですね」

「ちがわい!生涯を共にする家族ってことさ!」

 目には見えないがその間にはなにやら熱いものが飛び交ってるようにも見えた。

「いい加減止めるんだ二人とも。私は得る物を得て戻ってきた、現状どうなっているのかを知りたんだが?」

 ワールドの言葉に二人はようやく互いに顔を背けた。

「現在、我がバルファーデンはナエリカ将軍がコトーデ王宮軍カーハス・ロバルトアールとともにカフドの地に集結。敵側のドラゴンヘッドはその数は未知、人数だけなら数千といったところかと」

「1373人さ!モンスターが約5391!その内レベル50以上が3000ちょいで、レベル80以上が800ぐらい、レベル100以上が1体さ!」

 ホチアがそう言うとリサーナは少し不機嫌そうに目を細めた。

「ならもう戦端は開かれているかもしれない」

「ではここから?」

「ああ、私はここより参戦する――」

 要塞の上からカフドの方角に左手を掲げるとワールドは言う。

 "コールオブヴァハムート"――――


「カーハス殿あのモンスターは?レベルいくつですか?」

「70台だ!無理せず時間を稼げ!」

「こいつはいくつだカーハス!!」

「は!?そいつは…見えない!80台だ逃げの一手ですよ!」

 ナエリカにそう言い返すカーハスは、スキル"クレヤボヤンス"で対象のステータスを自身の倍までは見ることができ、彼のLvは44であるために対象が88までならばその目に見える。そしてその目は、千里万里を見渡すことができるといわれるほどに遠くを見渡せると言われている。

「なんだ!?アレは!!」

 その目に映ったのは巨大な物体。

「城砦が…動いているのか……」

 ナエリカの目には、城砦の外壁の高さほどの物体がまっすぐ軍へ向けて進んでくるように見えた。だが、カーハスの目にははっきりと映っていた。

「まじか!アレは!モンスターです!推定レベルは未知数!ダンダ軍統括が数十人いたなら倒せるかもという奴ですよ!ちくしょう~何が勝ち戦だ!恨むぜ叔父上!!」

 カーハスは自分を指揮官として派遣した、偉そうな帽子に訝しげな髭面の叔父のバラドア・デ・ロバルトアールに恨み言を言った後コトーデ全軍に向けて言った。

「全軍後退!防陣だ!守りを固めろ!」

 その声にコトーデの軍は後退を始める。しかし、ナエリカの率いるバルファーデン軍は一切退くことをしない。

「前衛防衛だ!全軍アレを押し止めろ!!」

「な!んな無茶ですよ!姫さんも見れば分かるでしょうが!アレは一旦分厚い壁を張らないと止まりませんよ!」

「バカなことを言うな!アレは前衛で止めなければ後衛まで巻き込んでこちらの陣形が瓦解するぞ!全軍!突っ込め~!!」

 バルファーデン軍は巨体の前にぞろぞろと集まっていく。

「ま!じ!で!これだからぁあああ!気位の高い女って~の~!!」

 カーハスは一人転進してバルファーデン軍の後方を追っていく。

「カーハス無理するなコトーデは下がっててよいのだぞ」

「ここまできて下がれますかっての!部下は犠牲にできませんが、俺ごときの小さな命ならば使いますよ!」

 カーハスは引きつった顔でそう言うと目の前の巨体を見てナエリカに聞く。

「アレは何なんです!あれほどのモンスターは見たことがありませんが…」

「アレはドラゴンだ!フォレストにいる魔物の中でもおそらく一番強い!」

 いやはや桁違いとはこのことだな、バカやろーが!と叫ぶカーハスの背後で彼を呼ぶ声が響く。

「カーハス指令!!」

「ん?お前たち!なぜついて来たんだ!」

 それはカーハスの側近たちと後退させたはずのコトーデ軍だった。

「指令一人を行かせられるわけがないですよ!」

「………く!バカどもが~!」

 カーハスは笑みを浮かべながらそう言う。

「良い部下を持っているじゃないか!カーハス!」

「ああ、バカものどもだ!最高のな!」

 衝突するドラゴンは赤く紅蓮のように見えた。数千の軍勢に押し止められたドラゴンは、その爪で、牙で、尻尾で、それらを弾き飛ばす。

 まるで風に吹かれてまった木の葉の如く人が空を飛んだ。楯を構えたバルファーデンの兵をその口に銜えたドラゴンは、その頭を天へと向け一瞬のもとに牙をつきたてた。

「ぐあぁあああ!!」

 空から剣や楯や防具、鮮血が辺りへ飛び散り、ドラゴンがギロリと睨み付けると、バルファーデン軍もコトーデ軍も絶望の表情を浮かべる。

「弓隊!!放て!!」

 それはバルファーデンの弓部隊で指揮はナエリカが執っている。放たれた矢はドラゴンの硬質な外皮に容易に弾かれてしまった。

「投げ槍隊!!」

 次に投擲系で一番殺傷力の高い投げ槍をナエリカは放とうとする。だが、ドラゴンはその炎道を赤くさせて放たれた槍向けて口を開いた。

 一瞬で投げ槍を消し炭にしたその炎をゆっくりと地上に向ける。

「ブレスだ!各位退避!!固まるな」

「楯を持ってる奴!火を防げ!!」

 固まるなと言ったのはナエリカで、楯にブレスを防ぐように言ったのはカーハスだった。だが、どちらの判断も意味はなさなかった。

 ブレスの範囲は50バレンをゆうに越えてナエリカの目の前の兵にまで届き、若干名ブレスに楯を構えて突撃したコトーデ兵はその楯ごと燃えてのたうち回っている。

「負傷した者には回復薬と火消剤を与えておけ!急げ!」

「一瞬で兵が灰に……」

 部下の一人に火消剤を振りかけながらナエリカはカーハスに言う。

「いなくなった兵を労わっても帰っては来ぬぞ!」

「分かってますよ!ちくしょうおぉおお!」

 カーハスは、目の前で炎に燃えている部下の傍に寄るとそれを消そうと必死に防具を脱がせる。

「すぐに消してやるからな!…………………!おいおい、おいおいおいおい!冗談だろ!!」

 今、目の前にいるドラゴンは翼を広げたら10バレンほどの大きさで、それでも城砦に見えて巨大と思えたが、カーハスはそれを目にして絶句した。

 広げられた26バレンほどの翼を持つそれは、手前にいるドラゴンの倍以上もある。

「俺様が~!ドラゴンヘッドのギルドマスター!スター・ファミルガだ!相棒のリアーノンはとても腹が減っている!餌の諸君存分に逃げ回れ!ははははは!」

 こんなものが敵なのか……、その言葉を最後に一人の兵が力尽き息絶えた。

 腰から砕ける兵、手にした剣を放す兵、絶対なそれを前に笑みを浮かべ高笑いする兵、ものがな日々を思い出して走馬灯を見る兵。

「ふん………餌とは言ってくれる」

 さすがのナエリカも状況に眉を歪めた。

 天より地を見下ろすスターはその不細工な面に笑みを浮べて言った。

「蹂躙だ!!」


 カフドの国首は長机に馳走を並べてゆったりと満喫していた。

 戦争が始まればその日のうちに補給を要求される。そうなれば喜んでそれをすることをすでに決めている。勿論、相応の対価を要求するつもりでだ。

 そしてもうすぐ、騎士団エクスカリバーの団長バートレン・ナルカスハージェがそれを告げる使者を送り出すはずだと。

 だが、国首の考えはあっけなく、ことごとく無にきし、それどころか長机の馳走を床にぶちまけることになった。

「騎士団エクスカリバー団長バートレン・ナルカスハージェ様が戦死なさいました!」

 国土防衛のために騎士団を展開させていたバートレンは、一切戦場には近づくことなくただただ眺めていた。しかし、彼の元に近づいてくる影があった。

「貴様!誰か!」

「初めましてエクスカリバー団長殿、それではさようなら…」

 影はその姿を晒すことなく一瞬で目の前のバートレンの首を刎ねた。そして、影は次々にエクスカリバーの団員をことごとく切り伏せていった。緑の平原が赤く染まるほどに…。


「団長だけでなく7万の団員までもが死んでいたと申すか!?」

「私がスキルで確認いたしました…敵はたった数十名で―――――」

 そこまで言った伝令の頭部が地をゴロっと転がり、自身の首なしの体を見ながら絶命する。国首は椅子を転がしてその身を床に叩きつけた。

「な、何者か!!」

「…………醜い家畜風情が、死を持って醜さの罰と知れ」

 現れた影は槍を手にそれで心の臓を貫くと言った。

「ゲイボルグ、貴様には勿体無い……その身を赤く染めるために心臓を射貫く槍だ」

 貫かれた国首は肉片一つ残さずに血の海へと化した。

 カフドの国首やその戦力である騎士団エクスカリバーの全滅に気づく者など、死地にあるバルファーデンとコトーデ両軍にいるはずもなく。またそれに気づけたのは、ドラゴンヘッドの傘下ドラゴンアイの長にして、素早い動きをする黒き獣系の錬金生命体ファヴァ、その名をヴァルスを有するアルファー・クリートだけだった。

「なんなのだアレは―――」


 戦場はドラゴンヘッドのギルドマスター、スター・ファミルガとコトーデのダイバー上がりの兵たちの戦いになっていた。

 バルファーデンの兵は人に特化した戦しかしらず、モンスター相手には不利な経験値であるためだが、カーハスはもう幾度死んだと思ったか分からないほど九死に一生を得ていた。

「火に強いモンスターの体液をわざわざ鎧に混ぜただけはあるな。さすがはグレーゴルを与えられしアルバー家。最高のブラックスミスだ!」

 だが、それだけでは勝てない。カーハスは理解する、バルファーデンがなぜドラゴンヘッドではなくコトーデと事を構えたのかを―――

 そりゃ誰だってこんな化け物と戦いたくないよな――、その言葉を吐いたカーハスは指令官として決断を迫られていた。撤退するか否かを。

 そんなカーハスを見下ろす不細工な面の男、スターは余裕の表情を浮べて大笑いしていた。

 このままいけばスターは、彼が知る中で一番美しく気高い女を手中にできると信じて疑わなかった。

 だが、そんな思考したことなどはこの世界の誰も知ることはない。この世界の誰もだ。


「主よ、我が主よ、戦場を確認した。人が万人以上、魔物が千匹以上視認。敵はアレ全てか?主よ」

「いいや、敵はドラゴンとそのマスターだ。あそこにフルレッドドラゴンがいるだろう?」

「確認した。ならば我が主力を持って殲滅する。よいか主よ」

「いいだろう。ヴァハムート―――」

 戦場に落ちる影、太陽の光りを遮ったそれを見上げない者はいなかった。時折逆光して見ることは叶わず、Lvシステムによって冒険者たちの目にした文字は古代語で"アンノーン"。ゆっくりと舞い降りてくるそれは、2本の巨大な足にガッシリと組まれた4本の腕、さらにその顔はドラゴンのようで、だがどこか違っていて、広げた翼は8枚あり腰の背面から2本の尾が生えていた。

 その鋭い眼光はあまりに鋭く地を這う魔物は怯えていた。それの大きさは城壁などをゆうに超え、悠然とまた不敵に降下してくる。

 対峙したのはフルレッドドラゴン。ドラゴンは同じく悠然と不敵に羽ばたいてそれを見ている。

「我が名はヴァハムート…。この戦場にて何者も我が眼前から逃げること叶わぬ」

 その人のような胴体にドラゴンの頭部を持ったそれは言葉を発した。名を発したそれをそこにいた者たちは理解に及ばず、ゆえに戦場は停止した。

「誰の許しを得て貴様は我の前で羽ばたいておる。虫けらが――――」

 激しく羽ばたくフルレッドドラゴンの翼に対して、ヴァハムートの翼はただ揺らいでいる程度。

「ギャアァアアア!!」

 それはドラゴンの返事だったのだろうか。だが、ヴァハムートには理解できなかった。

「ふ、すまんな。獣のに言葉は不要だったか…」

 突然現れたそれにスターは苛立ちを露にし、激高してフルレッドドラゴンに命令する。

「リアーノン!アレを食い散らかせ!!」

 吼えたリアーノンは勢いよくヴァハムートに突進して行く。が、その行く道はすぐに阻まれた。

 ヴァハムートの前5バレン程の場所でリアーノンは何かに阻まれて進めなくなり、かといって後ろに下がることもできなかった。

「どうした!リアーノン!!」

 必死に抗おうとするリアーノンは、しかし、見えざる何かによって一向に動くことができなかった。

 その様子を下から眺めていたナエリカはこの状況に一つだけ思い当たる節があった。

「間違いなくワールドだ!」

「…ワールドって白面の男ですか?どう見ても言葉を喋る――化け物ですが!」

「違う!アレがワールドではなく!アレを従えているのがワールドだと言っている!」

「ってことは味方なのですか?アレ…」

 カーハスは空を仰ぎ見ると呟いた。俺の頭がおかしくなったのか、世界がおかしくなったのか、それとも両方か……、と。

 ヴァハムートは必死に抗うフルレッドドラゴンをジッと観察していた。

「ドラゴンは世界で最も強力な魔物ゆえに自らより強い存在に対面せど恐怖などは一切感じることがない。それゆえに知らずに散り行くのだな、恐怖という奴を―――」

 4本の腕を解くと2本で翼を、もう2本で腕を掴んだ。少しだけ4本の腕に力を加えて、それらを果実でももぐようにして引き裂かれるとリアーノンは再び吼えた。

「リアーノン!!!」

「吼えるな。仮にも貴様は魔物の中の魔物であろうが」

 まるで時間をかけていたぶるようにヴァハムートは振舞う。

「いい加減にしろヴァハムート。いつまで時間をかけている」

 それはヴァハムートの頭に乗った者の言葉。

「貴様は!…白面……、そうか貴様が噂のワールド!」

 スターはヴァハムートの頭の上にいる白面に覚えがあった。バルファーデンがコトーデに対することを止めた原因、コトーデがバルファーデンと再び手を結ぶことになった要因。

 リアーノンの背から頭を伝い宙を飛んだスターはワールドに斬りかかろうとした。

「主よ、いかに?」

「かまわない、これは私が摘み取る」

 飛び掛ってくるスターにワールドは腰にぶら下がっていた一本のカタナを放り投げた。

「こんなもの!」

 スターは宙で器用に体を傾けてそれを避け、そして背中の大刀を取り出す。だが、その瞬間に目の前の白面が姿を消してしまい。

「なに!今までそこにいたはず!」

 スターがその行方を知ることはない。ワールドはすでにリアーノンの頭部に移動してしまっている。ワールドのスキルはレッドスキルであるパーティージャック、ソロフェンサー、オーバーアクセル・ジ・ワールド、後はEXスキルが二つ。この5つが彼の全てのスキルというわけではない。

 その身を見る全ての目の力を眩ます"ジャマー"と、刹那と呼ばれる一瞬を見る力"セルフアジャストメント・タイムアルター"。自己の時間を変化し調整し、それによって高速で動く自分を通常時と同じように操ったり、高速状態で周りを観察したりするスキル。この二つも彼が有するスキルだ。

「タイムアルター……オーバーアクセル―――」

 自身の筋力とスキルによって働くナノマシーンの補助が圧倒的な移動力を生み出し、スキルによってナノマシーンで脳を活性化し、眼に映る映像はその速さの中で宙に浮くカタナの握りの場所をはっきりと捉える。確りと握ったカタナはその手に甚大なダメージを与える。スターの背面に現れたワールドは痛みを感じながらもそのカタナで切り伏せる。

 背中を斬られたスターにすれば一瞬だが、ワールドにとってはある程度体内時間が経っている。

 手首の骨折、腕の骨にもヒビが入ったかな。

 この程度で済んでよかった、と内心安心したワールドはそのままスターを蹴り飛ばしヴァハムートの頭に戻る。

 斬られたスターをリアーノンがその口で受け止め、その身はゆっくりと地に落ちた。

「降伏しろ、我が主の気が変わらぬうちにな」

 ヴァハムートの言葉にリアーノンの口元に倒れたスターは立ち上がってそれを見上げた。

 これは夢か?これはいったい何なんだ!ふざけるな!俺様とリアーノンはいずれこの地上の全てを手にするんだぞ!それなのに!降伏だと――――

「しない………降伏などしない!」

「主よ、いかがする?」

「…………構わない排除しろ」

 御意、と言ったヴァハムートは4本の手で円を描く。赤黒く何かが集束してその円に留まりそれを言う。

「メガフレア―――」

 スターはフルレッドドラゴンとともに一瞬にして無にかえる。その瞬間は辺りの大気が弾き飛ばされるように数十ガレンも響いた。

 戦場は停止したまま現状を把握できずにいる。

「なんという魔物だ…」

「あのドラゴンを一瞬で倒しちまった…」

 ナエリカもカーハスもただただ天を眺めて呆けていた。

「勝ったのか?」「我々の勝ち…か?」「おお!神よ!」

 それはバルファーデンの兵の声。

「アレって味方か?」「敵?味方?どっちだ?」「なんだあのモンスター」

 それはコトーデの兵の声。

「おいボスが…」「リアーノンが!」「ヘッドが消えた…」「……逃げろ―――」

 ドラゴンヘッドのウォーカーが逃げろと言う前に、テイムされたモンスターたちは主を乗せられるものは乗せ、乗せられないものは危機を知らせる為に主を引っ張った。


 戦場はもはや戦場ではなくなった。逃げるものを追うことは誰もしないし、勝ち鬨を上げるものもいない、ただただそれは安心か絶望かの違い。

 戦いは2時間と22分26秒で終了した。勝者はいない、あるいはその心に勝利を得たものが。敗者はいない、されど敗者はその心に敗北を認めたもの全てなのかもしれない。

 いまだ悠然に天に舞うヴァハムートは消える前にその身を地に降ろす。

「対価をいただこうか主よ」

 地上に降り立った白面の男に駆けよる女が一人。表情は笑みに満ち男の名を呼んでいた。が、しかしその表情は目の前で起きたことに変貌する。

「左腕だ受け取れ―――」

 ヴァハムートの頭部が消え行く体から離れて地に立つ白面の男の側面を通り抜けて消え去った。

「しかと賜れり」

 突然鮮血を撒き散らしながら白面の男の体がゆったりと地面に倒れこむ。

「なぜだ!!!!!」

 叫んだ女は戦いの後の身にもかかわらず平原を疾走する。駆け寄って確認できたのは白面の男の左腕がきれいになくなっていること。

「ワールド!!おい!なぜ!あの魔物はおぬしを襲う!おぬしが従えた魔物だろうが!」

 その問いに男は答えない、なぜなら気絶しているから。

 そして女は決意する。白面に手をかけるとそっとそれを外す。外れるまでの数秒間に女は幾重もの素顔を思い浮かべたが、それらはいずれも当たらなかった。

「…若すぎる……」

 白面の男の素顔はおそらくは年の頃20、19に見え、そっと頬を撫でそして無い腕をその手で押さえこんだ女は呟き続けた。

「止まれ!」

 どうしてこんな若者がこんなものを背負わねばならない!

「止まれ!」

 どうしてこんな若者が私より先に死なねばならない!

「止まれ!」

 何が最強の男だ!何が結婚だ!そんなものはこの若者の前には必要ない!称号も、何もかもを仮面によって拒絶しているこの若者には何の意味も無い!

「止まれと言ってるんだ!……お願いだ――」

 こんな若者に全てを背負わせたのは私の間違いだ!

 女の声はただただ響いた。

 その時、女の周りで次々と煙が巻き起こり、すぐに辺りが見えないほどの煙に囲まれるとその中から現れたのは少女だった。

「はぁ、はぁ……左腕の、損傷?丸々無いじゃないのさ!バカ!カイネル!!」

 息を切らし目を赤くして涙を流しながら少女はそう言うと、意識のない若者の傍に寄って腰に下げたカバンから小さな瓶を取り出す。

「……なんだお前は?」

 女の言葉に少女は言う。

「その手!邪魔!!」

 止血しようとする女の手をどけるよう言い、取り出した小瓶を口にするとそのまま若者の口に自分の口を合わせた。

「おい!貴様!!」

 女が少女に掴みかかると少女の顔は若者から離れる。そして数秒のうちに左の腕の先が泡のようにポコポコと音を立てて徐々に再生しだす。

「起きたら絶対ぶってやるんだから!」

 少女は掴まれていることなど気にもしないで若者にそう言うと外された白面を手に取る。

「そうか、回復薬」

 女はそう言ってようやく少女から手を離す。


 それはヴァハムートが戦場に現れる10分ほど前のこと。

「これがタコ?ただの筒に見えるけど…」

 ホチアが筒を手にそう言うと、その肩に乗った毛むくじゃらのテイムモンスターのコロロもその瞳をパチパチさせる。

「筒に巻きついている紐を外して引っ張るとタコが広がる。しっかりと体に固定しておかないといけないからこのカバンのここにいれておけば紐の部分だけ外に出るから…」

「なるほど、手に持って引っ張ったら握力だけじゃ掴んでられないしね」

 カイネル・レイナルドは笑みを浮べてカバンを手渡す。

「それとコレを」

「それって砦で貰ったやつ?」

 小さな瓶を腰の袋から取り出しホチアに差し出す。

「"貰った"んじゃなくて正しくは"預けていた"んだけどね。これは霊酒だよ予備のね」

「どうしてウチが?カイネルが持っておかないと」

「主よ」

 それはヴァハムートの声低く深みのある声はカイネルを主と呼ぶ。

「主よ、もうすぐカフドの地にたどり着く」

「分かったヴァハムート…、よし、ホチア。これから言うことを聞いてほしい」

 カイネルがホチアに伝えたのはこうだ。

 戦場の少し離れた場所で彼女は飛び降りる。その後、戦場から少し離れた場所でヴァハムートが消えるのを確認してからそこへ向かって行く。そうすれば、おそらくカイネル自身が倒れていて腕を怪我している。

「怪我というより損傷かな?」

「で?またまた怪我したカイネルのところに出て行ってウチに泣けっての?……バカ!もうバカ!カイネルはバカ!」

「……多分意識もないだろうから倒れているボクにそいつを飲ませてほしい。できればだけど、この仮面が外れていたらボクが起きたのを確認してからでいいから被せてほしい」

 ホチアは黙ったままカイネルの腹筋を何度も叩いた。

「………言ったろ…ボクと歩くって―――」

「……分かってるさ!分かってるけど…また怪我するって分かってて、それを見届けるしかないなんて!」

 その目に涙を溜めながらホチアはいまだ拳を突き出す。

「ボクはね、ボクが傷つくことを悲しむことのないようこの面を被っているんだ。ボクだと分かって悲しむのならボクだと分からなければいい。でも、キミはボクを知ってしまっている―――悲しむことが苦しいのなら、どうか飛び降りたらフォレストに帰るんだ」

 カイネルは本音を溢すようにそう言う。が、しかし、そのれを聞いたホチアは涙を拭って言った。

「帰るかバカ!ウチは決めたんだ!ウチはカイネルのクーリエ!常に傍にいてその背を支えるってさ!」

「…悪かった、ボクが間違っていたよキミはボクのクーリエだ。なら後は頼むよボクのクーリエ」

「もちろんさ!」

 そう言ったホチアにカイネルは笑みを返してその顔に白面を着けた。


 目を覚ましたカイネルは、その身に抱きつくホチアと、右手を握るナエリカを見て自分がどうなったのかを理解した。

「ヴァハムートに聞いてたよりずっと強い衝撃だった。…これは多用できる代物じゃないな――」

「カイネル~」

「…ワールド、いやカイネルと呼んだほうがいいか?」

 ナエリカの問いにカイネルはゆっくり間を取って回答した。

「今は、ワールドだ」

 ホチアに渡された白面を被ったカイネルは、ワールドとして立ち上がると地面に刺さったカタナを握り締めて引き抜いた。

 そして力の限りその場で叫んだ。

「戦いは終わりだ!勝利は我が名にあり!我が名はワールド!!」

 その声に戦場の兵は歓喜の声を上げそれを響かせた。

「何ゆえそこまでワールドという名を高める?神にでもなるつもりなのか?」

 ナエリカはそう呟いて、それに答えたのはホチアだった。

「つもりじゃないさ、……ワールドはそのための仮面だから、その名の前には争いや餓えや貧困なんか無い世界―――」

 そんな世界の神に―――

 ホチアはカイネルの理想を聞いていた。そしてその理想がとてもじゃないが叶わないことも理解していた。

「私は……決めたぞ」

「?」

 ナエリカの決意にホチアは首を傾げた。彼女の決意をホチアが知るのはその時ではなかった。

 戦場はその勝利の余韻を感じることなく慌しく撤収を始める。そんな中、ナエリカとカーハスはワールドの下に集まって彼から意外な事実を聞くこととなる。

「カフドの騎士団が全滅!?」

「それが本当だとしたら…大変なことですよ!」

 カーハスは、自分の許容を超えていますよ!と荷が勝ちすぎることを口にして顔を青くした。

「ついさっきまでここにいたヴァハムート、巨大なモンスターは生体感知のスキルを持ってたんだが、戦場に到達する数分前に、ここから北東の位置に展開していた万の人の気配が、たった数十の"何か"の気配によって殲滅させられた」

「それがカフドの騎士団、エクスカリバーだと言うのか?」

「その確認にはカーハス、あんたに行ってもらう」

「え!俺が!」

「ナエリカ将軍には、今からカフドの国首のもとへ行ってもらい色々と戦後処理の話をしなくてはいけないからな」

 そう言ったワールドはナエリカとホチアを連れてカフドの首都へ向かった。


 カーハスは負傷兵を置いて北東へ向かい、その惨劇を目にする。

「剣、こっちは矢傷…なのに矢自体は無くなっている。あとは…コレ、巨人にでも踏み潰されたのか?」

 その言葉どおりそこには人と分かる"もの"が散らばっていた。7万を超える屍のほとんどがそれでやられているように見えた。

「これほどの事ができるのはもう人外、人の枠から外れている。コレとやり合うなんてことになると―――」

 確実に死ぬ――

 カーハスが平原の調査をしている時、ワールドたちはカフドの首都に到着していた。

 しかし、国首に会うことは叶わなかった。なぜなら国首は暗殺されていたからだ。

「まさか国首まで殺されているとは――」

「意外ではないな。おそらく狙いは始めから国首と騎士団だったんだろう」

 国首代行と会うことになったワールドとナエリカ、そしてホチアは貴賓室でそんな話をしていた。

「しかし、ワールド…いったい何者が?」

 ナエリカの疑問は実に芯を得ていた。誰が?何故?どうやって?それらはこの問題の答えを出すための式だ。

「どうやって、スキルではないのはたしかだ。何故、それはおそらく利益があるから。誰が、それに関してはいまだ不明」

「それでは何も分かっていないのと変わらないだろ?」

「いいや、スキルでは万の兵を相手に一人で勝利することができるものはない。が、武器にならある。それに利益に関してはおそらく国益だろうなカフドが困って喜ぶ国」

 ワールドは心当たりがある口ぶりでそう言うが結論を話すことは無かった。

 そんな彼にナエリカはそれ以上の詮索はせず、そして唐突に彼女はある決意を口にする。 

「ワールド、いや…カイネル」

「…今の私はワールドだと言ったはずだが?」

 椅子から立ち上がったナエリカは扉の前で何かを確認する。

「おそらく代理はすぐには決まらないだろう。だから、頼む…その白面を取ってほしい」

「断る」

 即答するワールドにナエリカは頭を下げて懇願する。

「どうか、この通りだ」

 しばらく考えたワールドはその手を白面にかける。

「……顔を見られた上に名前をしられたんですから、外さないわけにはいかないようですね。で、なんですか?」

 そして白面を取ったカイネルの前に移動したナエリカは、その剣をゆっくり抜くと逆さに持って両膝を床につける。

「カイネル、我が剣を取り主になってほしい」

「…断る」

 迷い無くそう答えたカイネルにナエリカはもう一度言う。

「我が剣の主となってほしい!」

「…はぁー。…理由、それぐらいなら聞いてあげますよ」

 カイネルは溜め息混じりにそう言うと白面を机の上に置く。

 ナエリカが姿勢を崩さずに話し始めたのは自身の事だった。

「私は自分で何かを手にしたことは無く、姫の地位や軍属としての将軍の地位は全て父に与えられた物。私が唯一私の力で得たのはこの剣を扱う技術のみ。しかし、それは自身のために揮うものではなく父や国民のために揮っていた。いつかはそれを、私が信じた本当に大事な大切な者のために揮いたいと願っていた。

 しかし私の心がそれを見つけることはついに今日まで叶わなかった。ゆえに、ワールドと剣を交えたときに思ってしまった。この男になら、と。だが、それすらも本当の意味で仕えたいという願望には価しなかった。結果、結婚などと迷走してしまった私だったが。カイネル、本当のあなたを見て思ったのだ。この方に仕えたい!と――」

 剣は主あってこそ揮う価値がある。自身を主とできない私が唯一仕えたいと思ったカイネルこそがそれだ。

「どうか、我が剣の主になってほしい!カイネル!」

 必死の形相のナエリカだった、がついにカイネルがその剣に触れることはなかった。

 彼女はカイネルが再び白面を着けたことでようやく剣を収めて椅子に腰掛けた。そして、やがてくる者を待つ間彼女はいつもどおりに振舞えるように心を落ち着かせた。

 その心が静まることは早かったが、その熱は冷めることが無かった。

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