EX1 笛吹き男
「笛吹き男?そんなギルドあったかしら?」
「最近結成されたギルドらしくてな、新人・初心者大歓迎の優良ギルドで色々とお得だそうだ、初期アイテムや初期装備をタダで配ってくれるって噂だぜ」
「へーそれはいいこと聞いたな~、行ってみるかな」
そんな会話が酒場でされているなどとはカイネル・レイナルドは思いもしない。
朝、眼が覚めると長らく聞こえなかった生活音が響き、それは野菜を刻む包丁の音やお湯を沸かす音、それに香ばしい香りは食欲をそそる。
体を起こしてあくびをし、目を擦りながら部屋を出ると小さな女の子が台所に立って慌しく働いていた。彼女の名前はアリア・レイナルド、数ヶ月前からカイネルの妹として一緒に暮している。
「あ、おはよう御座います!義兄さん!すぐに朝食ができますから」
「おはようアリア」
カイネルはこうして朝を向かえることが週に一度あり、その日は決まって朝から沢山の料理がテーブルに並ぶ。
真夜中に帰って次の日の夕方には再びタワーへ上るカイネルには、朝しかちゃんと料理を振舞えないためにアリアが考えたのが"朝食はご馳走"というものだった。だけど、いまだアリアの料理の腕は発展途上、失敗をすることもある。
表の井戸から水を汲み上げてオケに水を入れ顔を洗う。コトーデの気候は1年通して熱すぎず寒すぎずだが、年末から年始にかけての早朝はさすがに肌寒くカイネルはくしゃみをする。
朝食を食べる前に、カイネルはいまだ眠りの中にある二人の妹を起こすために部屋へと向かう。メイネとネテルはメイド学校へ通い将来王宮で働くことを目標に日々精進していて、カイネルのたまの休みも今は学校と重なってあまり同じ時間を過ごせていない。
起こしに来たカイネルに気がつかないほど深い眠りについているのは、二人がカイネルを深夜に出迎えようと頑張って起きていたためで。
「二人とももう起きないといけないよ」
「ん~…ふぁ~…おはよう兄ちゃん」
「んー………まてぇぇぇぇ……もうすこしぃぃぃ――――」
どうやらまだネテルは寝ぼけている様子で、布団の中でミノムシのように蹲っている。カイネルは無理やりにその布団を取りネテルの体を抱き上げると朝の挨拶をした。
「おはよう、お寝坊さん」
そうして二人と朝食をとりながらカイネルは話をし、勿論アリアもその輪に入っている。もう両親のいないアリアとメイネとネテルの三人をカイネルは兄として父として接している。
早朝だというのに笑い声の絶えない家はカイネルにとっても心休まる場所。
「でねでねお兄ちゃん」「うんうんそうなんだよ兄ちゃん」「もう義兄さんたら」
三人と楽しく騒がしく朝食を終えたカイネルはアリアと一緒に食器を片して、アリアの入れたお茶を飲みながら一心地つく。すると、アリアが不意にある話題を話し出した。
「義兄さん、"笛吹き男"って言うギルドを知ってますか?」
「"笛吹き男"?ん~聞いたことないかな。有名なのかい?」
「最近よくない噂を耳にするので気になっていたんです」
よくない噂?とカイネルは小首を傾げた。
「なんでもギルドに入った人が数日経つと行方不明になっているんだそうです」
「行方不明…」
「はい、私が聞いたところすでに30人以上がギルドに加入後行方不明になっているようなんです」
コトーデではダイバーが帰ってこないことは珍しくない。ギルド全員が次の日には帰ってこないことも頻繁にあることだ。しかし、加入して間もないダイバーがというのは確かにおかしい事だった。
「義兄さんはソロだから大丈夫だと思いますけど…その、気をつけてくださいね」
「うん、胆に命じておくよ…ところで、そろそろ手を離してもらえないかな」
「え!………」
アリアは顔を真っ赤にして掴んでいたカイネルの手を離した。
この時のカイネルはこの話題のことを軽く考えていた。しかし、この話は彼にとって人生を大きく左右する出来事であったことを後で知ることとなる。
夕方、カイネルが雑貨屋"チカミチ"でアイテムを購入していた時だった。
「あ、あの~ダイバーの方ですよね?見たところすでに高階層へ挑まれているのでは―――」
それは少年だった。明らかに13、4の少年が数名いてその中の男の子がカイネルに話しかけてきたのだ。
「確かにボクは高階層、三十階層以上まで上ってるけど?それがどうかしたかい?」
三十階層以上からは俗に高階層と称されていて、新人から見てそこに挑むダイバーだと判るのは鑑定力でステータスやLvが見えないためだ。
「ぼくたちもダイバーなのですが、最近なったばかりでできれば助言なんか頂けたらと」
カイネルの鑑定力で少年たちがLv8~10の集まりなのは一目で分かった。カイネルは今までレッドスキル"パーティージャック"のせいで他のダイバーとタワーへ上ったことがなく、ましてやパーティーを組んだことなどは一度たりとてなかった。
「…確かにキミたちは新人のようだね。なら、ボクから助言をするとなると一つかな…"ボクとは関わらないほうがいい"だよ」
「?…どういう意味ですか?」
今までもカイネルはそうしてきたように少年たちに自分がレッド持ちであることを明かした。こうすれば間違いなく自分からは離れていく、そう今回もそうなると彼は考えていた。
「レッドスキル……ギルドに入らないでたった一人で高階層へ?!凄い!凄いですよ!あ、ぼくはフレンっていいます!よければもっと詳しくお話を聞きたいのですが!」
フレンの反応はカイネルにとっては新鮮なものだった。レッドと明かしてここまで興味をもたれたことは一度としてなかったからだ。フレンだけではない、他の少年たちも口々に"凄い"とカイネルを褒め称えた。
「…キミらは変わってるね、ボクがレッド持ちと分かってもそうやって目を輝かせた人は見たことないよ」
「だって!"パーティージャック"といえばレッドスキルの三凶じゃないですか!普通ならダイバーとして一生で中階層までしか到達できないって聞きますよ。なのにアナタはお歳も若いのにソロレベル水準が35以上の高階層まで上っているなんて!」
あまりに褒めちぎるフレンにカイネルは頭を掻きながら名乗った。
「キミはどうやらずいぶんと本を読んでいるようだね。ボクはカイネルだ!よろしく―――」
差し伸べた手をフレンは躊躇なく掴んだ。よろしくお願いしますと―――
それから少年たちとカイネルはチカミチの隣にある食堂で夕飯を兼ねて話をすることになった。フレンはカイネルからそのLvに応じたレベリングの仕方やギリーを稼ぐためのモンスターの種類など色々な話をした。
「なるほど!カイネルさんとの話は本なんかよりずっと身になります!な!みんな!」
「そうかい?それはよかった。でも、今話したことはほとんど仕方ないから、それしかボクがダイバーとしてやっていけなかったからできたことなんだよ。だから、キミたちは無理に実践する必要はないよ、聞いたところレッドもないし無難にいいギルドに入って強い人と一緒に戦った方がレベルも上がりやすい」
「ギルドならもう入っているんですよ、かなりいいギルドがあったのでみんなで一緒に入ったんです」
「ならいいんだけどね…最後にもう一度だけ言っておくけど、レッドスキル持ちには気をつけるんだよボクの経験則で言うけどレッドは本当に危険だ。それを隠している可能性もある、誰もがボクのように正直じゃないからね」
カイネルは自らがレッド持ちだから余計にその危険性をフレンたちに言い聞かせた。
「はい!カイネル先生!」
それは少年たちの中の一人の女の子が言った言葉だった。
「先生って…」
「そうだね!ぼくらにとってはカイネルさんはもう先生だ!カイネル先生って呼んでもいいですよね!」
照れくさそうに頭を掻くカイネルは"好きにするといい"と言ってコップの水を飲み干した。
数日の間、カイネルはフレンたちと度々ダイバーについてタワーについて話をした。その期間は、カイネルにとっても楽しいもので、タワーに上るよりも彼らと語ることを楽しみにしていたと言っても違いなかった。
そしてある日のこと―――、タワーからダイブしたカイネルはそのまま装備の手入れをするためにブラックスミスのおじさんのところへ行っていた。
別の客と会話をしながら武器の手入れをするおじさんは、少し時間がかかるからそれまで時間をつぶすようにと言った。
おじさんに言われるがまま時間つぶしに散歩をしていたカイネルは気になる噂話を耳にする。
「おい、聞いたか?あの噂」「ああ、また"笛吹き男"だろ?数人がまた帰ってこなかったって聞いたぜ」「やばいよな~、噂じゃ新人ばかりを狙って勧誘かけてるらしいぜ」
またあのギルドの噂かとカイネルは足を止めた。男たちの話からするとギルド"笛吹き男"はかなりの新人を勧誘して、その新人がタワーから帰ってこなくて数が日々増えているということだった。
「確か今日もタワーへ向かって行ったぜ」「また新人を連れて行って帰ったときにはいませんでしたって落ちだろうな」
今日まで何度かタワーの入り口でそれらしいのを探して待ち伏せていたカイネルだったが、とうとうその姿をその目で見ることは一度もなかった。そしてまた今日も自分がいない時にタワーへ上った噂を耳にした。
「やれやれ、これはもうボクだけじゃなく他のギルドと協力して真相を究明しなければいけないな」
噂の出どころが広すぎて根元を見つけ出すのは難しく、"笛吹き男"なるギルドを探そうにも検討もつかなかった。
装備を受け取ったカイネルはすぐにタワーへと戻った。普段なら二十階層までは駆け足で駆け抜けるところだが、今日に限っては噂のギルドを捜し求めて一層一層に目を通していった。
どこの層も普段と同じく有名なギルドの占有下にあって本当にいつも通りだった。二十六階層まで慎重に辺りに注意しながら上ったがそれらしきギルドは見あたらなかった。
結局、噂は噂でしかないとカイネルは諦めかけていた。しかし、彼は三度目のそれを耳にした。
「ついさっき通った連中明らかに変だったよな」「ああ、中にはレベル8なんてのもいたぞ」「でも、ここはもう二十八階層だぜ中にはレベル41のやつもいたが無茶だろ」
それは二十八階層の終わりで休憩をしていた男たちの会話だった。カイネルは今度こそと意気込んで足早に二十九階層へと進んだ。
二十九階層は"フロアボス"つまり"階層主"が存在しているが、三十階層への階段前付近で広い空間にリスポーンする足の遅い錬金系モンスターがいて非常に防御力の高いのが特徴的だ。
このモンスターはLvだけ見ると30という数字だが、そのステータスの二つ耐久度と防御力がLv45のダイバーが漸く確認できる数字なのだ。そのためにカイネルもこのボスだけは戦わずに次の階層へと通過するだけになる。
そんな"階層主"がいる空間に近づくとカイネルは目を疑った。いつもは大岩のような塊が中央に堂々といるだけの空間に複数の人影がいるのだ。その内すでに倒れている人数が5人ほどいて、立っているのは4人だけだった。
「バカな!こいつと戦うのは危険だと分かっているだろうに!」
その目をボスに向けると耐久度が四割まで減っていてカイネルは思考した。このボスはおそらくLv50なくては耐久度を1クレンも減らすことはできない。しかし、現状ボスの耐久度が減っている、つまりはそれだけのLvのダイバーがいるはず。
しかし、戦闘しているダイバーの中で一番高いLvでも41。その他のLvは30前後が二人とLv13が一人だけだった。
「どうやってボスの耐久度を削った?スキル?あいつの防御力を上回るにはレベル40以上にソロフェンサーで攻撃力を倍加して漸くってところだ、そんなスキルはないはず……いや――」
いや、一つだけ心当たりがカイネルにはあった。
「レッドスキル"ソールイーター"か!」
パーティーメンバーが一人欠けるごとに戦闘力が倍。つまり仲間を犠牲にステータスが倍になるスキル、それだけではレッドとは呼ばれない。このスキルは所有者を狂わす。
最初はなんら他と変わりない精神を持っていても、一度仲間の死や他者の死でその恩恵を受けたならもう戻れない。自身を超えうる力、人としての限界を超える感覚がそうさせるとか。
「おい!大丈夫か!」
倒れた人影に駆け寄ったカイネルは悪寒に襲われた。起こした女の子の顔を彼はつい最近目にしていて、話もしてご飯もともに食した。
「キミは!そんな……じゃあ!」
それはフレンとともにいた少年たちだった。すでに息のない女の子の頬をそっと撫でた彼は不意に襲う苦しみに胸を押さえた。
まただ!また守れなかった!近くにいたのに!そばにいたのに!ボクの!ボクの手の中にいたのに!また!零れていった………。
カイネルは女の子を床に置くと立ち上がった。
状況をもう一度眺めてすぐに見覚えのある顔を見つける。
「フレン!!」
それはフレンに間違いなかった。だが、彼は、フレンはその瞬間に口から血を吐き、腹部からは剣が突き出していた。
「!!フレ―――――」
フレンを襲ったのはモンスターではない。仲間だったはずの一人に後ろから斬られたのだ。おそらく他の子もあの二人に斬られたのだとカイネルは察した。
そして一人の男が叫ぶ、歓喜の叫びを―――
「きた!きた!きた!きた~!!これだぜこれ!!この高揚感!これこそ本物の力だ!」
その声には聞き覚えがあった。いつだったかあれはカイネルが初めてタワーへ上ると決めた日、メイア・シャス・ラインハートと出会ったあの日あの声に話しかけられた。
男の体が青光りして、剣を構えボスへと突進する。そしてボスはボロボロと崩れて飛散し、欠片は緑色を淡く放ちながら消え去った。
「ハハ、フハハハハ、ハハハハハハ!見ろ!間違いなくレベルがまた上がったぞ!」
カイネルはフレンを貫く男の手元を斬ると膝から力無く倒れるフレンの体を支えた。
「フレン…これを――」
手にした回復薬を彼の口元へと持っていくが彼がそれを口にすることはなかった。
「カ、カイネル先生…ぼく間違えちゃった…、ぼくらが入ったギルドは、悪いギルドだったよ…」
「しゃべるんじゃない、これを早く飲むんだ」
しかし、フレンは首を振ると喋り続けた。
「守れなかったんだ仲間を、…家族を……先生、ぼく夢があったんだ、いつかみんなでギルドを作って、…そしたら先生も、入って………」
そう言ったフレンの手はストンっと地面に落ちた。
フレンが語った夢は一度はカイネルが諦め目を背けたもの、まさか彼がそんなことを思い描いていたとはカイネルも知らず、しかし不思議とその情景を素直に思い浮かべることができた。
本当に素直に――――
「ハーメルン!!」
その名は一度メイア・シャス・ラインハートが口にしていたのを耳にしていた。男は、「あ゛あ゛!!なんだ!」と振り向きぶっきら棒に笑って見せた。
「は!なんだお前?そいつらの知り合いか?」
カイネルはすでに抜剣していた。彼は今日まで人を斬ったことはなかったが、しかし今日はそれを自ら望んでしようと思ったのだ。
「おいお前ら相手してやれ。だが気ー付けろ、そいつこの俺の目でも全然見えやしねー。つまりレベル50以上はあるということだ」
ハーメルンはそう言ったが、カイネルのLvは38しかなかった。カイネルがそれをどうやっているのかハーメルンは知りもしなし、カイネルが答えることもない。
最初は短剣を使う痩せ型の男だった。カイネルは男の短剣を鼻先でかわすと剣を振り上げてその右手を斬り飛ばした。
「ぎゃぁぁああああ!!手がぁあああ!!!」
そしてすぐさま叫ぶ男の首を刎ねた。コロコロと転がる首を見てハーメルンは、ほ~っと言って笑みを浮かべる。
次に大きな腹を揺らし手首から血を流す男が長剣を手にカイネルへ斬りかかる。その長剣を軽く弾いたカイネルは男の腹に剣を突きたてた。そしてゆっくりその剣を右にずらしてゆくと男は口から大量に血を吐いて痙攣し始める。
一気に剣が体から右へと血を散らしながら抜けると、男は音を立てて倒れた。臓物がうねるように飛び出るところをハーメルンは笑みを浮かべながら眺めている。そして言った―――
「いや~助かったぜ!そいつらを殺してくれてありがとうよ!結構なギリーを要求されててな、どのみち後で殺ろうと考えていたんだ。パーティーに入れていればソウルイーターでさらに強くなれたんだけどな、よくばりはいけないよな~!」
言い終わると同時に動いたハーメルンの動きはあまりに速くてカイネルはそれを避けきれなかった。頬をかすめた切っ先はさらにその身を斬ろうと襲ってくる。
速さだけじゃない、剣先に触れてないのに頬が斬れた…力も尋常じゃない!
カイネルは攻撃を避けながら考えていた。どうやってハーメルンを殺すかを。
首を刎ね飛ばそうか、心の臓を貫こうか、手足を斬り飛ばして苦しみながら死ぬようにしてやろうかと。
そんなことを考えている間もハーメルンの剣で己の皮膚が切り裂かれて血が流れていく。
「おかしいな~俺は今6人の生け贄を捧げて6倍の強さを得ているんだぞ…、なのにどうして攻撃が当たらないんだ!!」
ハーメルンは気づいていないステータスでは確実にカイネルの3倍の差があった。しかし、カイネルとハーメルンにはステータスでは見えない圧倒的に違う力があった。それは技術、剣術の差――
「あなたは一つ勘違いをしている」
「ん?何言ってやがる!勘違いだ~ぁ!」
「あなたの力は本当の力じゃない、フェイク……偽物だ!」
ハーメルンの素早い攻撃に自分の攻撃を完全に合わせる。カイネルの頬を空気が切り裂くと、ハーメルンの肩をかすった剣はその皮を切り裂いた。
「く!そ!が~!」
罵声とともに剣を振るうハーメルンは次第に大振りになっていく。カイネルによってつけられた傷が増えていくとともにハーメルンの中であるものが膨れ上がっていく。
なんだこいつは!?6倍だぞ!レベル60クラスのステータスなんだぞ!!なのに何故こいつを斬れない!こいつぁ~化け―――
ハーメルンの中に膨れ上がっていくのは"恐怖"で、それをハーメルンが受け入れることはない。
「あいつらはどうせいなくなっても誰も気にしないやつらだったんだよ~!それをどうしようが俺の勝手だろうが!!」
「……………」
「なぜだ~!なぜだ!なぜだ!なぜだ~!!なんで俺の攻撃が当たらない!」
徐々に後ずさるハーメルンは膨れ上がったそれを表情に浮かべた。
「あなたは運がよかったようですね…。レッドスキルを持っていても、ステータスは早熟する方だった。…あなたの間違いは、あなたの選択だ…」
剣の鞘をハーメルンの目の前に投げるとその視界を一瞬奪い、その鞘が剣で払われるとカイネルの姿は視界から消えていた。
「どこだ!どこ行きやがった!」
辺りを見回すハーメルンは背後から殺気を感じて振り向こうとする。が、振り向き終わる前に体を何かが通過して、ゆっくりと下を見ると黒い鎧と服が中ほどから斬れ落ちてしまう。そして、腹に薄っすらと血が滲むとそれが徐々に体に赤い線を描く。
「これが…あなたの"選択"だ」
カイネルがハーメルンの上半身を強く蹴飛ばすとそれは上下に分かれて、いまだ分かたれたことに気づかない半身を床に転がる目がジッと眺めていた。
なんだあれは?俺の脚か?俺は、手にしたはずだ!人の世界を外れた力を、なのに俺は負けたのか?ああ、これが―――"死"か―――――
いつだったかフレンがこんなことを言っていた。
「先生はギルドを作らないんですか?」
「ギルド?それはどうだろうな、財政的にも無理だし一生縁はないと思うよ」
ギルドを作ることは簡単だがそれを維持するのは難しい。ギルド登録はギルド教会へ入っていてもいなくても国へ出さなくてはいけなくてそれにさえも費用がかかる。
「え~もったいないな~先生ならいいギルドマスターになると思うんだけどな~」
「先生ならなれそう」「だね!きっとそうに違いないッス!」「きっと、やさしいギルマスになれるわね」
少年たちの無垢な心はカイネルにとっては眩し過ぎた。だからだろうか、カイネルがあんな冗談を口にしたのは。
「もしボクがギルドを作ったなら、キミたちに責任とって入ってもらわないとね」
カイネルは普段から軽口などは言わない、それは現実に対して常に直視しているからだ。言った自分でも口を塞ぐほどに驚いたカイネルにたいしてフレンたちは笑顔で即答した。
「入りますとも!なぁみんな!」
口々にそう言う彼らにカイネルは少し照れて苦笑いしてしまう。
そんな風にフレンたちとした会話を思い出しながらカイネルは彼らの体を運んでいた。
その荷ゾリをカイネルは殺したハーメルンの仲間の一人の腹の大きな男から奪った。どうやらハーメルンは、ステータスを上昇させた後に上層で鉱石を手に入れて運搬するためにそれを用意していたようだった。
三十階層の降下するための横穴へ向かうまでに数人のダイバーがそれを目撃したらしく、それがのちに噂されて"三十階層の死体引き"や"死体を運ぶ死神"などと言われることになる。
横穴に到着したカイネルは、6人の体を紐でつなげて彼らのカバンからタコを取り出しす。取り出したタコは二種類で片方は一人用、もう片方は六人用のタコでそれはカイネルからフレンたちにした助言の一つ。
「ちゃんと言ったことを実行していたんだな…」
カイネルは、彼らの体にしがみついて横穴に立つと、勢いよく外へと飛び出してタワーから落下し始めた。普段はダイバーが落下するために設けられた広場へ飛び降りるカイネルだが、フレンたちをそこへ下ろすと騒ぎになるのは目に見えているために、今回は少し離れていてそれなりに広さもある川の方へとできるだけ方向を定めてから六人のタコを開いた。開いたタコは彼らをカイネルから一度遠ざけて、カイネルもすぐにタコを開いた。
少し上空で降下する彼らを眺めながら色々なことを考えてしまうカイネル。
夕日に照らされながら誰もいない空の上でカイネルは叫んだ。その声は宙を響き、しかし誰にも聞こえはしなかった。
先に着地したカイネルはカバンからフックのついたロープを取り出して駆け出した。無誘導で落下するタコは風に流されて当然。
「このままだと下流の川へ落ちてしまう!」
回転させたフックのついたロープを狙い定めて飛ばすと、6人の体を運ぶタコをきれいに捉えた。足を踏ん張りタコが風に流されないように引き寄せる。
無事に6人を下ろすと、彼はそれを担いで川の近くにある納屋へといったん置いて、彼らの家族を探すために街を走った。その結果分かったことは、彼らが毎日帰っていたのは賃貸の小屋でその前まで暮らしていたのは孤児院だったことだ。
彼らは孤児院の廃業によって已む無くダイバーとなったのだ。カイネルはいつだったかフレンにこんな質問をしたことがあった。
「どうしてダイバーに?他にもブラックスミスとか職種はあったろうに」
「ん~やっぱり憧れですかね。それに約束したんですぼくらはみんな"家族"だってね」
「家族なら一緒にいなきゃ」「俺が長男!」「ぼくだよ!」「弟が多くてお姉さんは大変よ」
彼らの笑い声しか思い出せないが、辛かったはずだ、苦しかったはずだとカイネルは思わずにいれなかった。
その後、彼らを埋葬したのはカイネルの父と母が眠る場所の隣。そして、彼らをサポートしていた老夫婦のブラックスミスがいることを知ったカイネルは、遺品の装備を持って会いに行った。
老夫婦は彼らを孫のように可愛がっていたのだろう、きっと生きていると信じて再び訪れることを祈っていたがついにその願いは叶わなかったのだ。遺品を抱いて崩れ落ちる二人に、それ以上何も言えず彼らの墓の場所だけ教えてカイネルは立ち去った。
それから数日チカミチでアイテムを補充しに立ち寄ったカイネル。
「らっしゃい!…?どうしたテメー?何かあったのか?」
「…ベルギットさん……」
チカミチの女主人ベルギット・ベルベルトは悲嘆の表情を浮かべるカイネルを見て、棚から手製のサンドを取り出すと手渡して言った。
「何があったかは聞かねーがそれでも食べて元気出しな!」
「………」
カイネルはそれを口にすると美味いと口にして絶賛した。
「美味しいです……美味しいですこれ…」
「だろ!私の手作りだ!美味いもん食って腹から幸せになれば悲しみなんて忘れられるさ!」
そう言ったベルギットはカイネルをギュッと抱きしめて頭をワシャワシャと撫でた。
「笑え笑え!悲しみが小さくなっちまうくらい笑っちまえ!」
カイネルは泣きながら笑った。そして涙が止まるころには、ベルギットに手製のサンドを売り出す提案をしていた。
チカミチを後にしたカイネルは心を休めるため、早めに自宅へと帰りアリアたちに笑顔を見せた。
その日の晩にアリアは再び噂話をし始める。
「義兄さん知ってる?"死体を運ぶ死神"の噂!」
「……それは興味深いな―――」
そう言ったカイネルの顔には悲愴感などまったくなかった。




