Prologue 『24』
ここは深夜2時の某会社社内。
根上屋音遠は独りパソコンの前でキーボードを叩いていた。
「明日の朝までに残り500ページ……大丈夫、私ならいける……大丈夫、いける……」
女性は自分に言い聞かすようにブツブツとそんなことを呟いている。
足元には大量の栄養ドリンク。
……そう、彼女は社畜だった。
ふと、その時。
部屋の窓が開いたかと思うと、外から何かが飛び込んできた。
「ね、ねおんちゃん~!
やっと見つけたビュッ!」
豚の貯金箱に羽根が生えたような可愛らしいデザイン。
音遠は思わず声をあげた。
「ぶ、ブタスキーじゃない!
うわ久しぶり……10年以上ぶりじゃない?」
豚のオモチャに懐かしそうな声をかける彼女であったが、豚の方は何故かシリアスな顔をして近づいてくる。
「ねおんちゃん……いや、初代魔法少女テラカワのテラカワインジゴブルー!
助けて欲しいビュッ!」
根上屋音遠は……いや、初代魔法少女テラカワインジゴブルーは、目をぱちくりさせ、首を傾げた。
「え?
いやいやいや?
引退して何年になると思ってるの?
私、今年で28だよ?」
「10000人に1人の天才魔法少女であるテラカワインジゴブルーにしか、あの紫色の月を倒す力は……世界の危機を救う力はないんだビュッ!」
10000人に1人って、あれ、マジだったのか。
相方も10000人に1人の逸材だったし、次世代のテラカワは5人組だったし、「ああ、そういうレベルの『10000人に1人』ね」と思っていた、と音遠は考えた。
「あの紫色の月、やっぱりヤバいやつなんだね。
あれもクソタワーケの仕業?」
「どうも違うみたいビュッ。
もっと大きななにかが動き出してるみたいビュッ」
「他の魔法少女は?」
「一応戦いに参加してるけど、絶対勝てないビュッ」
「私、仕事中なんだけど」
「世界の危機と、どっちが大事ビュッか?」
「あ、じゃあ、よっちゃんは?
もう1人の『10000人に1人』、テラカワイエローでも良いじゃない」
「彼女は、その……結婚して……妊娠中……ビュッ」
「チキショー‼」
魂の声をひねり出すと、音遠は……いや、初代魔法少女テラカワインジゴブルーは、ブタスキーから魔法のタクトを奪い取った。
「もう、ホントにこれで最後だからね!
私、もう魔法少女じゃないし!
ていうか、もはや少女じゃないし!
魔法女だし!」
「わ、わかったビュッ!
ホントに申し訳ないと思ってるビュッ!」
マスコットキャラの悲しそうな顔を見て、彼女は……少女は、苦笑いをする。
そして。
「ラブラブチュッチュッ、素敵なアイドルになーれ!」
28歳女性が発するには、あまりにもイタ過ぎる言葉を音遠が叫ぶと。
着ていた服が無くなり、カラフルな光がリボンのように彼女の回りを包み始めた。




