Prologue 『21』
中川なつみは頭を抱えて現状を整理する。
警察という組織に属する彼女であるが、新米であるせいで国家の非常事態であるにも関わらず、小さな交番でお留守番をさせられていた。
他の先輩や、有能な同期達は今頃『紫色の月、緊急会議』に参加しているというのに……。
しかしもちろん、交番で町の治安を守ることも大事な仕事であるから、悔しいけれど彼女に文句はなかった。
近くに大きな交番がいくつもあり、あってもなくても良いような場所への勤務ではあったけれど。
文句があるのは、むしろ、目の前の男に対してである。
「何故に僕を拘束する?」
「……警察だからよ」
「ケイサツ?」
「……正義の味方ってこと」
「ははあ、成る程分かった!
ならば協力しよう!」
男の元気な返事に頭をボリボリ掻くことで答えると、彼女は調書を埋め始める。
「……君、名前は?」
「ユースレス・ユートピアだ!」
自信満々に答える外国人。
……恐らく成人前、くらいだろうか。
金髪碧眼の美少年というのは、もちろん中川なつみも大好物であった。
しかし。
「住んでるのはどこ?」
「ユートピア王国の城下町だ!」
「……職業は?」
「勇者だ!」
「……はあ……帰りたい……」
流石のなつみも溜め息をつく。
顔はイケメンなのだが、どう見ても勇者のコスプレをした痛いガイジンだったのだ。
男はまるで本物のような鎧を身に纏い、まるで本物のような盾を装備して。
そして……。
「……君、日本では、こういうものをもって歩いちゃいけないんだよ?」
まるで本物のような聖剣を、持っていた。
「そ、そうなのか……それで生活が回っていけるのか?
凄いな……なんて平和な場所なんだ……!」
男は興奮したように声をあげている。
「し、しかしこれがないと、僕は戦えないぞ?
『紫色の月』を倒すために召喚されたのだ、それでは困る!」
成る程、あの月を倒すために召喚された異世界の勇者、という設定のコスプレなのか。
意外と凝った背景に、なつみは少しだけ感心する。
こほん、と彼女は咳払いをすると、どこかで聞いた恥ずかしい台詞を口にした。
「『力なき正義は無力であり、正義なき力は圧政である』」
「ん?」
「君はこの国の法律を知らない。
つまりこの国の常識を……この国の正義ってものを知らない。
つまり、『正義なき力』ってやつさ。
そんな君が力を振るうのは、危険だと、そうは思わないかい?」
「ふむ、一理ある……!」
なつみはなんとか相手の土俵に上がって説得を試みる、が。
「……ところで君は、正義の味方なのに、何故紫色の月と戦わないんだい?」
男の発言に次の言葉を紡げず、グッと押し黙る。
「……ああそうか、君は、あれなんだね!
『力なき正義』ってやつなんだね!」
ガイジンの無神経な言葉に、なつみは顔を揚げ上げられなかった。
悔しさのあまり、泣いてしまっていたのだ。
涙を流すなつみに、男はキョトンとした顔で話しかける。
「なんで泣いてるの?」
「き、君には分からないわよ!?」
「ああ、分からないね。
『力なき正義』と『正義なき力』が共闘するんだぜ?
それはもう、『力ある正義』だろう?」
男は笑ながら、なつみに手をさしのべる。
「え?え?」
未だに状況を理解していない彼女が思わず男の手をとった、次の瞬間。
「じゃあ、いくよ?
『飛行魔法』!」
ガゴン、と激しい音とともに。
「え?え?」
男が。
なつみが。
……そして、警察署が。
……浮いた。
勇者はプロローグ37話くらいに登場します。




