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Prologue 『16』
理科大学講師である田中隆は、人気のない教室の中で、黒板にひたすら数式を書く作業に没頭していた。
黒板いっぱいに計算を終えたら、次の黒板へ。
空いている黒板がなくなれば、最初の黒板の計算を消して。
そうやって、教室にある4つの黒板を、もう何往復しただろうか。
部屋の中は、むっとするような熱気とチョークの粉で靄がかかっている。
そして。
「ふむ。
ああ、やはりやはりやはり!!」
計算の答えを見て、田中は声を震わせて喜んだ。
「あれは、生き物だ……そして……生き物じゃあない!」
チョークまみれの手でボサボサの頭を掻き毟ると、彼は大声で叫ぶ。
「欲しい!
サンプルが!
検体が!
いつでも!
いくつでも!
いくらでも!!」
研究者という名の獣である彼は、紫色の月を見て嗤う。
もはや、紫色の月の謎さえ知ることが出来れば、他の全ての事などどうでも良かった。
そう。
瓶底眼鏡の下にあるその瞳が、何故か紫色になっていることなど。
彼にとっては、もはや瑣事、なのであった。




