Prologue 『9』
アメリカ合衆国、第38収容所。
ここには懲役が1000年を超える特殊な犯罪者のみが収容されていた。
通称、『38・地下サーカス』と名付けられたこの施設は。
その別称が示す通りまるで巨大な地下に広がる面白サーカス場であった。
虎を素手で殺す空手家や、サイコキネシスで殺人を犯す超能力者、5㎞離れたミジンコをヘッドショットするスナイパーなどは、比較的浅い階層で刑に服している。
そう、彼らは比較的可愛らしい囚人なのだ。
――――――――――――第38収容所、最下層――――――――――――
牢屋の中にいる5mを超える巨漢は、太さ40cmの鋼鉄糸で体中をグルグル巻きにされ、目隠し・防音ヘッドホン・猿轡を着けられて壁に固定されていた。
鼻からはチューブが伸びており、そこから栄養が定期的に流されている。
そう、彼は、ただ生かされていた。
「かつての殺人鬼様も、こうなっちゃあお終いだな」
看守はそういいながら煙草を揉み消すと。
「ウチのお食事は美味しいって評判だぜ、どんな味だい?
666番。
いや、ケイオス・ケロイドスカー様よぉ」
一通り爆笑して、巨漢に唾を吐きかけた。
もちろん猿轡をしている囚人は一言も声を発することができない。
「おやおや、相変わらず無口な奴だね、HAHAHA!
……さてと。
暇だしテレビでも見るとするか」
看守は携帯テレビを取り出すと、適当にチャンネルを捻る。
『……続いて世界のニュースです。
日本の上空に今夜、突然2つ目の月が出現しました』
「おいおい、此奴はすげえぜ。
とうとう月にも複数形が必要になるな。
moonsかな、meenかな? HAHAHA!」
看守が自分のアメリカン・ジョークで爆笑していると。
「……”Purple moon”」
牢屋の中で、呟く声が聞こえた。
「は?」
いつの間にか囚人は、猿轡を噛み切っていた。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
囚人は激しくギシギシと動き出す。
鋼鉄糸がプチプチと弾け、次第に体の拘束を解いていく。
そんな様を見ながら看守は大喜びした。
「なんだなんだァ?
今まであんなにおとなしかったのに。
ああ、良かった。
やっと、貴様を、殺せるぜ」
看守はまずサブマシンガンを構えて囚人に目掛けて引き金を引いた。
更に対戦車用ライフルを複数発打ち込む。
「さあ、どうだいケイオス!
『38・地下サーカス』名物、鉛玉のお味は? HAHAHA!」
ブチブチブチブチ!!
「……は?」
巨漢は銃弾を全く意に介する事無く、自らの拘束を解くと。
のしのしと看守の方へ歩きだし、彼らを遮る鉄格子を容易に捻じ開いた。
「おお、流石は伝説の殺人鬼。
恐れ入るわ、すげぇすげぇ。
こりゃあ、勝ち目ないわ」
看守は汗を垂らしながらも、言葉にはまだ余裕がありそうである。
それもそのはず。
看守は懐から最後のボタンを取り出した。
「そういえば、日本にはこんな言葉があるらしいぜ。
『ヘッドがエンプティだと、ドリームを詰め込める』……てな。
ほら、夢でも詰め込んでろよ。HAHAHA!」
彼の持つ最後のボタンは……巨漢の脳内に埋め込まれた爆弾であった。
スイッチを押す音が響いたと同時に、囚人の頭から轟音が響き渡り、目隠しと防音ヘッドホンがブスブスと焦げて地面に落ちる。
「forgive me、Dr Volga! HAHAHA!!
……What?」
巨漢はその歩みを止めない。
目は真っ赤に充血し血の涙が。
耳、鼻、口からも血煙が上がっている。
確かに頭の中の爆弾は爆発したはずなのに!!
「Puuuuuuuuuuuuuuurple mooooooooooooooooooooooon!!」
「あ、ヘアへ……heeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeelp meeeeeeeeeeeeeeeeee!!」
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……この日、アメリカ合衆国・第38収容所は壊滅した。
サーカス団が行う最後の演目はマジックショーであった。
虎を素手で殺す空手家も。
サイコキネシスで殺人を犯す超能力者も。
5㎞離れたミジンコをヘッドショットするスナイパーも。
一人残らず挽肉に変身して。
ショーは大団円で幕を閉じたのである。
そして。
独りぼっちになったサーカス団員は。
「Ja……pan……」
と呟くと。
……太平洋へ向かって、歩き出した。




