夢現の狭間
* * *
目覚めたとき、そこには見知らぬ天井の格子が広がっていた。
―――そこで、気が付く。
ここは棟梁の屋敷だ。来たばかりの自分が知らないのも無理はない。……都合のよい駒である自分が、知る筈もないのだ。
今までの生活からは考えられないような羽毛布団には目もくれずに少年は体を起こす。
真夜中なのだろうか、辺りはしんと静まり返り、物音ひとつしない。橙の淡い灯りがこの一室を闇の中で浮かび上がらせていた。
「目が覚めたか、光鷹」
まだ聞き慣れない棟梁―――親方様の低い声は、人を威圧する力があるように光鷹には感じられた。
はっと振り返りば、開いた襖の隙間にゆったりと彼は寄りかかっている。ただし、瞼はしっかりと閉じられた状態で。
"故郷"では耳にすることのなかった、選ばれた者だけが持つことを許されるひとつの力を秘めた声だった。
「俺は、一体…………」
どうも光鷹の記憶は曖昧だった。意識を我が物としていた間何があったかさっぱり記録が抜け落ちている。いや、所々断片的に思い浮かべられることはあるのだが。
「―――時期棟梁たる者」
しかし、不安なままの光鷹を置き去りに、淡々と親方様は語りかけてくる。
「臣下からは勿論のこと、町民からも信頼を得なければならない」
なぜか分かるか、問いかけられた少年は、この偉大なる人物を目の前にただ目を瞬かせるのみだ。
親方様の伝説は辺境の地に住む光鷹のもとまで轟き、その実力を近隣諸国に知らしめている。
そんな雲上人の持論に無力な子どもが一体何を見出だせるのか。
「……もし"これ"が本物の暗殺であった時、お前は既に事切れている」
光鷹の背に戦慄が迸った。
銀色に鋭く輝く何かが、自分目掛けて飛んできて……。
そっと自らの肩に手を添えた。微睡みの中でずっと存在した疼きが、現実でははっきりと痛みとして表れてそこにある。
記憶のピースは当てはまった。
掌を刺激するこの感覚が包帯であることは確かめられた。
かすり傷、なんてものではない。
雷に実際打たれたことなぞないが、稲妻が落ちてきたような想像を絶する衝撃である。
貫かれたために跡形が残ることはないだろうが、"貫かれた"この事実一点に心は震えた。
「お前が殺される刹那の間に、お前を守るモノがないとき、お前はそれまでの男だったと証明される」
声を押し殺し咽び泣く光鷹に、現棟梁はひたすら真っ直ぐ視線を注ぐ。
灯りがポツリと照らす異質な空間の中で、少年はただただ涙だけを溢した。
だからだろう、その少年を見下ろす巨漢の瞳に"何か"の潜む影を見逃してしまったのは。
―――今でも思うのだ。
もしもあの時、生涯に一度きりだった意味の籠った眼差しに気付けていたのなら、未来はどんな風に揺れ動いたのだろうと。
もしも、あの人を恨まずにいられていたのなら、自分は、自分たちは―――。
秘められた時間は果たして夢か現か。闇の中へと溶けていく。
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